ナラゴニアの一件の後、すったもんだしまくった挙げ句(参照:『博物屋~NoLifeKing~』:大掃除編)ターミナルの博物屋に居候することとなった元・旅団員のサキ(男だぜ!)。消えるか死ぬかの問題も図書館発行の難民パスで解決してしまったし、おせっかいな図書館員たちが猛烈構ってくれてしまった為、何となく死ぬのもやめて生活をはじめた次第である。――出会ったばかりの自分に親身になってくれた上に有り金ぽーんと渡してくれちゃった少女もいるし……ヒャッハーな男からバイト先も紹介して貰って、見習いながら夜な夜なバイトにも通い、標本を避けた博物屋の二階に寝床を作り、怪しい魔導師から貰ったクッションを枕に眠る日々。道で会ういつも餌づけされてる犬(竜だったか?)も何だか知らんがこっちを見て嬉しげに尻尾を振ってくれる。(前に手持ちのクッキーをやったからか!?)平和な日々。「先輩様が体を動かしたくなったらここっつってたかんな」生まれた世界や旅団では、割と殺伐とした生活を送っていたサキである。姿を消す能力と合わせて暗殺術に長け、得意武器は投げナイフ。司書カウベルに「暴力が振るいたいだけなら図書館員への申請書はカウベルがオール却下しますからね!」と無駄にデカイ胸を張られ、腹がたったので申請はしていない。だから休みはコロシアムで体を動かす。素ぶり、ナイフの的当て、模擬戦。併設されたジムでの筋トレ。暴力が好き、と思っていたが案外体を動かすだけでも気持ちの良いものだと、最近考えるようになってきた。あと、他のコロシアムの客とのやりとりも……存外楽しい。「な、ちょっと体を動かしたいんだが、付き合わねぇか? トレーニングでもいいし……もしあんたが戦闘できるんなら模擬戦を頼みたいんだ」 釣り目気味な目も細めれば気のいいやつに見える――バイト先で学んだ処世術だ。「俺はサキ。元旅団員だが、ターミナルに住んでるんだ」 空っぽの右手を差し出す。 手を取ってくれるか。 いつもドキドキしてしまうサキであった。
「俺はサキ。元旅団員だが、ターミナルに住んでるんだ」 サキが差し出した右手はギュッと力強く握り返された。 「ルンは、ルン。よろしく。サキ、お前はサキ……うん、覚えた」 「ルンは、ルンな。俺も覚えたぜ」 サキがニッと口元を上げると、ルンは大きく口を開けて快活に笑った。 金色のライオンのような髪と色黒の肌。全身の入れ墨に野性味を感じる毛皮の衣装。 ルンの笑顔は太陽の様であり、引き締まった四肢は獣のようであった。 「あんたの刺青、かっこいいな」 全身を飾る見事な文様に目を奪われて、思わずそう言うと、ルンはキョトンとした顔で自分の腕や胴周りをみた。 「これか?」 そして、ふむ、と頷くとサキの目を見て言う。 「これは、誇り」 「誇りか」 金の瞳がキラキラしている。 「似合ってるな」 「うん」 ルンは謙遜をしない。サキは素直にカッコイイなと思った。 最近思う。女は強い。 特に瞳が。 男には無い何か特別な光ってるものが詰ってるんじゃねーかと。 惹かれる。 「ルールは? 殺す気でやっていいのか?」 「大丈夫、ここ神様たちの国。死んでも死なない」 「まぁそうだな。そうそう死にゃあしねえだろ。俺の武器はナイフだ。 一本じゃない。ルンは弓矢か?」 「そう。あと、刀ある」 ルンは腰に下げた狩猟刀を見せた。お互い武器は隠さない。 「じゃあナイフは投げるぞ。あと俺は姿を消せるんだが……これはアリか?」 サキの姿がその言葉とともにふいに消える。ルンはじっとサキの居た場所を見つめてから、頷いた。 「わかった。有りだ」 「じゃあ全力で」 「全力だ」 サキが姿を現す。二人は見つめ合っている。高揚している。体が、いつでも動けるように弾む。 「戦闘不能か、降参。後は、死んでも終わり。ルールは簡単が良い」 「ОK。アンタ、話が早くていいな」 「ルンだ」 「わりぃ。ルン」 「さあ、殺ろう」 そう言うと、サキがグッと姿勢を低くする。ルンも大弓に矢をつがえ狙いを定めた。 矢の初弾。 サキが横に跳びかわす。お互いそれは予想の通り。 続けて弓をつがえるルンに向けてサキはナイフを投げる。狙いは弓の弦。狙いに気づいたルンが手首を捻り、ナイフを弓の金属部分に当ててたたき落とした。 サキが思わず口笛を吹く。 ルンが笑った。 サキは姿を消してから距離を詰める。低い姿勢のまま弓矢の先を見据えたまま。 片手に持てるだけの矢を持ったルンは連続で矢を放ち出した。真っすぐサキを狙う。 一本。 サキが少し右に駆けて避けるのを更にもう一本。サキの半歩だけ右にもう一本。 大きく右に跳んだサキをルンの視線が追っている。 踏み込んで横に薙がれたナイフをルンは腰につけたままの狩猟刀を右手で持ちあげ受けた。 「見えてるのか?」 「ルンは狩人。お前の匂い、覚えただけ」 そのまま大弓を振るって先に攻撃。弓の弦がサキの頬を滑ると、ナイフのように肌が切れた。 「気配じゃなくて匂いか。そりゃ消せねぇわ」 一旦間合いを空ける為にサキは後ろに駆けた。地面に刺さる矢を抜きながらその力で少しずつ方向を変える。 矢はへし折ってから矢頭の方だけルンに向かって投げつけた。この長さなら射返すことはできないだろう。 しかしルンは動じることなく弓を居続ける。そして突然ハッとした顔をして慌てて弓をつがえる手を止め、口を開いた。 「サキ、悪い、ルンが言い忘れた」 「何??」 サキがズリズリと地面との摩擦で勢いを殺し止まる。 「ルンの弓矢。ギア。弦は切れない。矢も湧く」 そう言ってルンが矢筒を見せる。確かに中身は減ってない。 「まじか。じゃあそこは狙っても意味がないな」 「そうだ。悪かった」 「いや、言ってくれてありがとよ」 改めて、サキが走る。 ルンも走った。 サキのナイフは今度は足を狙って来る。が、ルンは跳ばないでステップだけで避けた。 ジャンプをすれば良い的になってしまう。 ナイフはルンと違って限りが有るのだろう、サキは相変わらず落ちている矢を拾いナイフに混ぜて放った。 「!!」 気づくとテンポ良くかわしていたはずの弓矢の一本がルンに迫っている。狙いは右肩。 スライディングをするように体を倒してルンはその一撃を避けた。 激しく半身が地面に擦れるがそのまま転がって身を起こす。 「何だ今のは! わからなかった! もう一度だ!」 ルンの目が嬉しそうに輝くので、サキは途切れそうになる息を大きく吐いて戻してから先ほどと同じように駆ける。 またナイフと矢を交えて投げる。ルンが次を逃すまいと攻撃の手も考えず眼を見開いたままそれらを躱していく。 ―― 一瞬 少しだけ早く投げられた右手のナイフを追って左手で矢じりのついたままの矢が投げられる。 それは少しだけ速度を殺してあり、しかし矢じりが有る為落ちることなく真っすぐとルンへと飛んでくる。 ルンはもう一度転がるようにしてそれを躱した。 そしてガバリと立ちあがると嬉しそうに跳びはねた。 「わかった! 凄い! 嬉しい! 楽しい! サキは凄い!」 全身で喜びと尊敬を表すルンに、苦笑しながらサキはナイフを拾う。 「喜んで貰えたなら光栄だ」 「強いはうれしい。お前もそうだ。そういう匂いがする」 「また匂いか! 鼻が良いのは羨ましいな」 「誇りだ」 「誇りか」 次の攻撃はルンからだった。サキの攻撃の間の無いほど、連続で矢を飛ばす。 それは右へ左へ、そしてサキから学んだ、緩急をつけて。 「ほう、ほうほうほう! すごい、あれを躱すのか! 本気、出して良さそうだ」 「なんだ、まだ本気じゃないのか?」 サキは次は姿を消したり現わしたり、細かく切り替えながらナイフを投げる。 位置はもう匂いでバレることがわかっている。 が、投げる時の動作が曖昧になればルンは惑わされるはずだ。 ――またもう一度などと言われたら困るが サキはそう思いながらナイフを投げながら距離を改めて詰めていく。 ルンも止まってはいない。 一緒に駆けながら弓も引く。ナイフは避けられるものだけおおざっぱに避けた。躱しきれないものは致命的な傷にならない程度に受けて攻撃を返すことに専念する。 サキがかっこいいと言った刺青にもひとつふたつと傷が入っていく。 だんだんとコロシアムの壁までの距離が詰り、サキは思い切り踏み込んで至近距離でナイフを投げた。狙いは今までより内側。ルンが避けない軌道よりほんの少しだけ押し込む。 「っ!!」 ルンはコロシアムの壁を蹴った。 そのままサキの攻撃を避け大きく平行移動。 サキはルンの姿を眼で追えない。ただ、本能で体を右に倒した。 心臓の位置を矢が通り過ぎていく。 倒れた先に矢じりが上向きに落ちていて、付いた手の平を貫いた。 「ふっはははっ」 サキは笑う。 罠だ。 ルンはサキの攻撃を避けて転げても大きな傷など受けていなかった。 攻撃の緩急だけであんなに驚き感激していたのにこれだ。 周囲を観察し、状況を利用する能力はルンのほうが遥かに上なのだ。 「終わりか?」 「まだっ!!」 サキがまたナイフを投げた。右、そして左。 手のひらに穴が空こうが速度も精度も変わらない。 ルンも笑う。 弓の横薙ぎでナイフが3本落ちた。一本がルンの狩猟刀の鞘を落とす。 「むっ」 足に絡まる鞘をルンは無理やり踏んだ。一瞬動きが止まる。 そこに跳びかかって来たサキの蹴りを弓の腹で受けた。横に流す。 サキの左手が伸びるが、踏んだ鞘を滑らせその勢いで足を振り上げる。 左手の攻撃が弾かれると同時に足元を鞘が薙ぎ、たまらずサキは跳ぶ。ルンは姿勢を立て直し、間合いを取ると矢を連射する。 サキも何となくわかってきた。 ――追い込まれている。 矢が飛んでくるのを避けるとその先にも矢が飛んでくる。 一度はナイフで受けたが弓の一撃は重く、ナイフが跳び手が痺れた。 まずったと思いながら逃げる。右へ。右へ。 ――いや、右はダメだ。 わかってはいるが、サキの動きはもうルンに読まれていた。 ――手の打ちを明かさなきゃ良かったか。いやそういう問題でもなさそうだ。 体は熱いが頭は冷めてきた。 冷めてももう手が浮かばない。 壁が近づく。 ルンのように駆けられれば、ルンのように跳べれば。 ――あるいは。 「参りました」 サキは壁にピッタリと貼りつくと両手を上げた。 ルンが短く息を吐くと弓を降ろす。 気づけば息切れしているのはサキだけであった。 「はぁはぁ……やっぱり体がなまってんのか、それともあんたがすげぇのか」 「ルンだ。ルンは強い」 「はぁ……そうだ、ルンは強い」 サキは壁にもたれかかりながら頬の傷を拭った。 もう血が乾きパラパラと赤黒い欠片となって落ちた。 「ルンは強い奴好き! サキも強かった」 ルンは軽い足取りでサキの横に膝をつくと、サキに顔を寄せた。 「だからサキも好きだぞ? また殺ろう!」 自身の傷も気にせずに、ギュッとハグ。 そしてペロリと頬を舐めた。 「うお。あ。あわわわわわわ」 サキは真っ赤になり、さらに自分の体に擦り寄せられているルンの体の豊満さに気づき動揺した。 ルンは無邪気に笑っている。 サキは自分の掌から流れる血に滑ってずっこけた。 血の匂いと。 汗の匂いと。 ――なんだか良い匂いがした。 (終)
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