「劉さん? 劉さん……ですよね? 誰かお探しなんです??」 ド派手な柄シャツに胸元から覗く蜘蛛のタトゥー。 様々な人種のいる0世界でも、明らかに堅気ではなさそうな茶髪の男。 公園内で先ほどから神経質そうにつま先で地面を蹴っては、きょろきょろとあたりを見渡し、少し移動してはまたきょろきょろとあたりを見渡し爪を噛んだ……。 つまり明らかに不審な行動をしていたヴァージニア・劉は一般人からは避けられており、その行く先はモーゼの様に人波が割れていた。 しかしそんな劉に話しかけた少女がいた。 麦わら帽子にピンクの着物。男の胸までほどの身長ながら、臆すること無く緑の瞳で劉を見つめている。「あんた……温泉の時の……」 ちらちらと周囲に睨みを効かせてから、劉は少女――ソア・ヒタネと眼を合わせた。 二人はヴォロスの温泉旅行の際に面識があった。特に劉は酒に酔った勢いでソアに色々と愚痴というか悩みをぶっちゃけてしまった手前、何となく気恥かしい。 ちょっと逃げたい気持ちになった劉だが、ふと目的を思い出し、少し身を低くしてからソアにぼそぼそと話しかけた。「わりぃが……金貸してくれねぇか」 ハイ、チンピラ万歳! と、心の中で自ら卑下する劉である。近くに人が居たら通報ものだが、とりあえず声の聞こえるような範囲に人は居なかった。後はソアの反応だが……「もしかして、お家からまた追い出されたとか……あの、いくら必要ですか? あ、靴はちゃんと履いてますね、よかった……」 ほんわりと笑顔でそう言ったソアに劉は驚く。そこまで話してしまっていたか……いや、でもそれなら今は話は速い。「ヤニ代だけでいい」「はい。ヤニって何ですか?」 純粋で無垢な瞳を向けられて、劉は思わず舌打ちした。 ★ ★ ★ ★ ★「おいサキ。男同伴の女の子がお前を御指名だぞ」「うわっソア!?」 ソアがその華やかな場所へ足を踏み入れたのは二度目で――オープン前の準備中であるとはいえ、自分にそぐわないような気がして非常に勇気がいたのだが――顔を真っ赤にしたサキにあっという間に裏にある個室に押し込められ、そこが特に華美でもなく適度に汚れたテーブルとイスがあって、何となく落ちついて息を吐いた。「サキさん、お土産の果物です。今日はちょっと相談がありまして……」「いきなり仕事中に来んなよ! あと博物屋の前に野菜とか置いてくのやめろー!!」「す、すみません……お邪魔でしたか?」「いや、だから、メールとか、あーいや俺はノート持ってないんだった、クソっ! 野菜は置いてかないで上がってけよ!」「あわわ、すみません……」「え、何、あんたら付き合ってんの? うぜー」 劉が眼も合わさず呟き、居心地悪そうにテーブルの隅の灰皿を手元に寄せようとしたところ。「付き合ってねぇよ!」「付き合ってません!!」 顔を真っ赤にした二人がテーブルを叩いたので、灰皿は地面に落ちた。うぜぇ……が、ちょっとビビった劉である。「あの、こちらのヴァージニア・劉さんが」「ヴァニーちゃんが」「死ね」「ア?」「……」「劉さんがですね。あまり生きる気力が無いといいますか、ちょっとご自分を卑下なさっているので、サキさんと少し似ているような気が……」「えっ、俺こんな暗くねぇし」「……」 劉は床に落ちた灰皿を見たまま無言だった。「境遇も似てらっしゃるんですよ! ね、劉さん」「まあ」「言わんとしていることはわからなくもねぇが、なんか認めがたいわぁ」 サキが本人を眼の前に失礼なことを言い放ちつつ口を尖らす。ちょっと仕草がカウベルに似ていてソアはコッソリと笑った。「劉さんはネクラで」「そんなかんじだな」「コミュ障で」「しゃべんねぇしな」「童貞? らしく」「おいソア意味わかっていってんのか?」「女にモテねーし」「顔は悪くなさそうだが」「生きてたっていい事なんか何もねーし」「あー」「胸の刺青のせいで働き口もねーし」「隠せよ」「普通の銭湯や温泉じゃ墨入りお断りだしよー だそうで」「あんた良く覚えてんな……」「わたしは飲んでなかったので」 照れて笑うソアを見て、サキは劉がちょっと哀れになった。「まぁなんだ。お前顔怖い方だから、ちょっと顔を緩めるとかな。先輩からのアドバイスで俺、こないだダチができたし」「本当ですか! おめでとうございます!」「そんなに喜ぶと俺が友達いねぇみたいじゃねぇかよっ!!」 無邪気に手を叩いたソアにサキがつっこむ。しかしソアの言葉はそんなに大きく外れてもいない。「あのさ、なんていうか……コミュ障克服講座になってねーか?」 劉がおずおずと二人の会話に割って入る。 サキが顎を上げて見下ろすようにして劉に言った。「あぁ? 違うのか?」 なんとなく、劉を目下に置こうとしてしまうサキである。血がうずくようだ。「おーい、サキ。初指名祝いで酒奢ってやるよ。店で出せねぇ賞味期限切れたやつだけどな!」「先輩アリぃーーっす!!」 サキが酒瓶用のコンテナいっぱいに酒を受け取ってきた。 中にはカラフルに色々な瓶が詰っている。「ソアは……ジュースだよな。俺は飲むけど。まぁあんたもちょっと飲んで、ぶっちゃけた話をしようぜ?」 サキは劉に瓶のままのビールを差し出した。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ヴァージニア・劉(csfr8065)ソア・ヒタネ(cwed3922)=========
「ほい、カンパイ」 まだ栓も空けてない劉のビール瓶にガツリと自分の瓶をぶつけ、サキはそのままビールをあおる。 「プハー! うめぇーホラホラお前もはやく開けろよー」 劉はほいと放られた栓抜きをキャッチした。隣を窺うと、ソアが素手でオレンジジュースの瓶をポンッと開けたところだった。思わず変な顔になった男性陣二人であったが、ソアはそんな様子には気づかずにそっとグラスにジュースを注ぐ。 ニコニコとグラスを揚げてジュースに口を付けるソアを見て、劉は栓抜きをテーブルに置き、テーブルの角にビールの口をぶつけて、器用に栓をあけた。 「おおっ、飲み慣れてるカンジじゃねーか、いいねいいね」 顔がさっそく赤くなり出してるサキが嬉しげに手を叩いた。 劉は勢いづけとばかりにグビグビと喉を鳴らし、一気に半分ほどビールを空ける。 「サキね。女みたいな名前だな、アンタ」 瓶の口を突き付けるようにそう言うと、ソファに深くもたれかかった。 「ヴァージニアちゃんに言われたくないですぅ」 口を尖らせるサキにソアがニコニコと相槌を打つ。 「お二人とも可愛いお名前ですよね」 「嬉しくねぇし……」 ゲンナリと劉がビールをあおる。 「全然褒め言葉になってねぇんだよなぁー、男は可愛いって言われても喜ばないだろー」 「ええっすみません……お二人の共通点かなーなんて思いまして」 「そもそも共通してどうすんだよー」 「似てるからって仲良くなれるワケじゃねーだろ」 「そそそそうですか? あ、じゃあ私もカウベルさんと牛同士なんて思ってるの、ダメなんでしょうか……うーん確かに関係ないですよね……」 だんだんしょんぼりと尻すぼみになっていくソアを見て男二人は気まずげに手を振った。 「や、アレは喜ぶんじゃないの、牛同士とか」 「それぞれな。それぞれ」 「カンパーイ!」 「かんぱい……」 何故か仲良く乾杯をし出す二人である。素直な女に弱いという共通点が新たに発見された瞬間であった。 「もう一本いくよな勿論」 「勿論」 「あ、ナイフお借りできますか? 果物剥きますね」 「おう、ちょっと待ってな」 劉は追加のビールの栓を大人しく栓抜きで抜き、ついでにサキの分の瓶も開けておいてやる。その様子をソアにニコニコと見られていたので、劉は複雑な顔をした。 「あんたは人生楽しそうだな……」 「? ハイ! 楽しいですよ! サキさんも前より明るくなっていらっしゃって、嬉しいんです。お友達ができたり、お仕事が充実しているからでしょうか?」 「……充実ねぇ、俺にはよくわかんねー感覚だな……」 「何かクシャミ出たんだけど、お前ら俺の話してないだろうな、やめろよ陰口とか!」 「陰口じゃないですよ!」 「人生が楽しそうなサキちゃん先輩のお話をしてたんだ」 「はぁー? 楽しくねーよ、べっつにぃ」 ソアの前にナイフと大ぶりのガラス皿を置いてやり、ソファーにどかっと座ると二本目のビールに口をつけた。 「なぁ、楽しいってどんなかんじだ? 今まで流されるままに生きてきたから、俺にはわかんねーんだよな」 「あーうん、わかるわーソレ、カウベルとかいっつも楽しいらしいぜ、なんだそれーってかんじ。あ、“生きる希望”とかも落ちてるらしいぜそこらへんに。なんかガーゴイルつれた魔導師が言ってた」 「落ちてたら苦労しねぇだろ」 「だよなー」 ショリショリと林檎をウサギ型にしながらソアは「やっぱり劉さんをここに連れてきて良かったな」と思う。二人のやりとりは気があってて楽しそうである。 「で、今男と同棲してんだって? この牛っ娘とどっちが本命なんだ。 俺が言えた義理じゃねーけど、二股はよくねーと思うぜ」 ぶっとサキがビールを吹きむせる。ソアが慌てて自分のオレンジジュースを差し出して、つい口をつけたところで劉が 「間接キッス」 と、呟いたのでサキはオレンジジュースも吹いた。 「ガキかてめぇは!!」 布巾で口を抑えつつサキが怒鳴りつける。しらっと劉は続けた。 「なんだ付き合ってねえのか。でも手くらいは握ったろ?」 「握りました!」 「答えてんじゃねーよ、ソアー!!」 「きゃあごめんなさい!」 あわわと手を振るソアに顔を真っ赤にしたサキが新しいジュースを差し出した。 「はぁー俺も三十になる前には童貞捨ててーんだけどなー」 「俺もとか言うなぁー! あとソアの前でそういう話すんなぁ!!」 「童貞ってなんですか!」 「だからするなぁーってえ!!」 ドンドンとテーブルを叩くサキである。 しばし沈黙。サキと劉が同時にウサギ林檎に手を取り、ショリリと齧った。劉は頭の方から、サキは尻の方から食べた。 「……アンタさ。前はどんな暮らししてたんだ。 旅団での事とか、出身世界での身の処し方。 聞かせろよ。家族とか……ダチはいたのか」 「私も聞きたいです!」 サキはビールを一口飲んでから言う。 「あんまりおもしろい話はねぇよ、訓練して人殺したりとか、俺は姿を消す能力があったから、結構重宝されてたし、家族はぁ、俺にも居なかったし、周りの奴にも居なかったなー」 記憶を辿ろうとサキは首をひねった。 「ダチっつか、仲間、は、元の世界にも旅団にも居なくはなかったけど、ドンドン居なくなってくだろ? 俺前衛だったし」 「あー使い捨てみたいな」 「そうそう」 「きゃあ!」 ソアが手からオレンジを落としてしまい皿が鳴る。 「大丈夫か? 手ぇ切ってないか」 「だだだ大丈夫です!」 「で、ヴァージニアちゃんはどうなんだよ」 「劉って呼べ」 「劉ちゃんはぁー」 「俺はご覧の通り。汚れ仕事専門のギャングのパシリ。 つっても実際はサンドバッグだけど。 蜘蛛の刺青は組織の一員の証」 劉はシャツを引っ張って蜘蛛の刺青をサキに見せた。 ヒュウっとサキが口笛を吹く。 「かっけぇじゃんそれ! ウチは目立たないよう目立たないようーみたいな方針だったからさーそういうシンボルみてぇなの? 無くってー」 「刺青綺麗です!」 「ん、そうか」 まんざらでもなさげに劉は口元を上げた。 「……変なの。 生い立ちとか話したの初めてだ。 友達いねーしな、俺。今日はやけに口が軽い。 似た者同士だからか?」 「まぁ、そういうことでいいんじゃね?」 ニッとサキが笑うのを見て、ソアがこっそりと喜ぶ。 「んじゃサキ先輩。 ソアを練習台に女の口説き方教えてくれ」 「はぁあああああ? いきなり何言ってくれるわけぇ? 酔ってるんじゃねーの劉ちゃんおおおい」 「え? 酔ってなんかねーよ」 ひくっ、とシャックリをしながら劉が言うので「クッソ」とサキが舌打ちした。 「ホストクラブでバイトするくらいなんだから、簡単だろーが」 「サキさんのお仕事って何か女性と関係あるんです??」 「ありありだろー」 「だからソアにそういう事教えるなっつーの!!」 ソアは首を傾げて手を合わせて言う。 「劉さんもここで「ばいと」してみたらどうでしょう? 劉さんも明るくなれるかも!」 サキがまたビールにむせた。 「ソアも良く分からないで勧めるの本当やめろよなー!」 「えええ、ごめんなさい、じゃあどんなお仕事なんですか?」 「顔真っ赤じゃねーかよ、なんだ口だけか。 童貞かよサキちゃん。初キッスもまだのクチか?」 「……キスくらいあるぅ……けど……」 ソアが不思議そうな顔をしてサキを覗き込むので、サキは見ていられずに顔をそらせた。 「ホストっつーのは、女を褒めまくってお話して気分良くして酒を飲ます仕事」 「……そうなんですか?」 「そぉーといえば……そぅーなようなぁ。俺まだほとんど飲み物配るだけで、そんなに女の相手はぁー……」 「へぇー」 ソアが心なしか冷たい声で頷くので、サキはテーブル越しに劉の胸倉をつかんで引き寄せた。 「てっめぇえええ……!!」 サキは色々言葉にならずにコイのように口をパクパクさせた。ニヤニヤと劉が両手をあげる。 「怒ったんならコロッセオで勝負しようぜ。 そっちが勝ったら舎弟にでも何にでもなってやらあ」 「望むところだチキショぉぉおおお!!!」 「俺が勝ったら……あー 女装でもしてもらうか? 似合いそうだし。んで画廊街で肖像画発注しようぜ」 「んだと? オレが勝った時も女装でいいぜ。勝負は平等なほうが燃えるからな」 「オーケイ、審判はソアに頼む。好きだからって贔屓すんなよ」 「え、ええええっ、好きだからって何ですか??」 「男と男の真剣勝負。チェリー対決だ」 「ちぇりーって何ですか!」 「聞くなソア、お子様は耳ふさいでろ!」 「あ、そうですよね、私なんか子供ですし……」 ソアがしょんぼりと肩を落とすのを見て、サキが慌てる。 「待て、待て、今のは無し」 「俺が勝ったらソアはお持ち帰りだ。 勿論大人の意味でな」 「お前も調子乗るなボケ!!」 サキが振るった拳を劉はビール瓶で受け止めた。 「……なんて。できもしねーことで挑発してみたり。 ちょっとは殺る気になったか?」 「殺る気満々だわクソォォォ」 サキがソアのジュースの瓶を奪い一口飲む。 「あまっ」 「あの、お二人はケンカをされてるんです?」 くいくいと劉の服の裾をひっぱるソアに劉が嬉しげに答えた。 「いや、ソアのおかげで仲良しになったぜ。ありがとうな」 「もーやだ、何か一方的に弱みを握られてる気分だわ。えーなんでこうなったの? 調子乗るなよな劉ちゃんよ、ソア何かこいつの話しろよ。つか何? こんな柄シャツ男とどこで知り合ったんだよ、友達選べよー」 「年越しの温泉ツアーで」 「あぁあ、何か聞いたわ、カウベルが行きたがってたヤツー」 「そうなんですか? カウベルさんもいらっしゃれば良かったのに」 嬉しげにフニャリと笑うソアの頬っぺたをサキは思わずつねった。 「ふええ、いらいでふー(痛いですー」 「あ、うん? 何かつい」 「結局のところサキ先輩はリア充でもねーし、恋がたきまで居てザマァってカンジッス?」 「何その語尾むかつくんですけど」 「劉さんの同居人さんの口癖でしたよね! わたしと同じくらいの女の子でしたでしょうか」 「おっ、その話詳しくー」 ビッとソアに指をつきつけると、今度は劉がむせる。 「今日もお家を追いだされていたところでちょうどお会いできたんですよね!」 「追い出されたとか何ソレ、年下の女に尻にしかれてんのお前。ぷーウケルゥー」 「ソアアァァァァ」 「きゃーすみません、また私余計なことを!?」 「いやいや、もっと話してくれよ、俺も劉のこともっと知りたいしな! 友達として!!」 「おい、火ぃ貸せライターつかねぇぞ、くっそ」 使い捨てライターを神経質にジリジリ鳴らしソアがしゃべりだそうとするのを劉は遮った。 「あいよ」 サキが滑らかな手つきで火を片手で覆いながらライターを差し出す。軽い職業病である。 「劉さんは女性が苦手なんですけど、その女の子は異性に見えないから苦手じゃないんですよね」 ゴホゴホと劉が今度は煙草の煙にむせた。 「ていうか、ソアも大丈夫ってことは異性として見てないんだな」 「あ、あれ!? そ、そうなんですか?? 苦手と思われるよりいいですかね」 「ソア……お前いいやつだよなー」 「え、へへ、そうですかぁ?」 劉が邪魔そうに自分の煙草の煙を手で払った。女はおしゃべりで怖い。その点に関しては同居人もソアも同じだと思った。 何となく話が途切れて、劉は煙草をふかすのに集中し、ソアは果物の皮をせっせと片付けだした。サキが果物をつまんでから、全員分水を注いだコップを並べる。 いつもよりしゃべりすぎて熱くなった喉を冷たい喉がすべりぬけ、三人はフゥと息を吐く。 そこでソアがきゅっと手を握り締めて切りだした。 「サキさん……図書館に旅客登録しませんか?」 「あぁ? 何で。そんなに困った事ないだろ?」 「そうすればロストレイルに乗れます」 ゴクリと唾を飲み込み、ソアは続けた。 「わたし、そんなに異世界に行った経験ないですけど、やっぱり本物の「世界」は独特の空気や、生命の息吹を感じる気がします。もしかしたらその中に、サキさんに合う世界があるかもしれません」 むずがゆそうにサキは言う。 「合う世界ね……」 「もちろん、安心して住めるおうちも必要だと思うので、サキさんのチェンバーのための協力はこれからもするつもりです。 でも。わたし、サキさんにもっと自由に色々な世界を見て貰いたい。 それに、一緒に行きたい所も……っと、これは余計なことですね……」 ソアが上気した顔で水をゴクゴクと飲み干す。 「今のサキさんなら、きっと大丈夫です。 お仕事が終わってからでも、図書館の方に行きませんか? わたしも一緒に、司書さん達に掛け合いますから!」 サキはポカンと口を開けてソアを見た。このかんじ。ソアが手を引いて、キューブの入った袋を渡してくれた時と同じ。 ソアはいつも前で先を指差してくれる。考えないようにしていたことを容易くふっとばして、あっちが明るいと教えてくれる。 「女の言う事は聞いたほうがいいぜ。後がコエエからな」 劉がぼそぼそと目を逸らせたまま言う。酒が冷めてきた。何となく、何かが気恥かしかった。 「……そりゃな、最近再帰属とかも騒がれてるしな、どっか俺も出て行ったほうが……いい、のかもな」 「色んな世界があるんですよ」 「そりゃ知ってるよ、一応旅団の時もあちこち――潰しにだけど――行ったし」 「はい」 ソアが真剣にサキの話に相槌をうつ。劉もつられて頷いていた。 「や、でも俺もケンカっぱやいし、まだ、その、大丈夫か? 俺は、博物屋にも恩返し……みたいなこと、たぶんしなきゃなんねぇし」 「もごもご言ってて女々しいんですけど」 「ちっ、劉だってわかるだろ、そんな、何かを楽しみ?にするような。面倒クセェっつか、大それたもんじゃね? 俺たちみたいな人種にはさ……」 「温泉」 「ん?」 「温泉は気持ちよかった」 「チェンバーとかにもあるだろ……」 劉はスパスパ煙草を吸いながら何度か首をひねった。そして、言いづらそうに言った。 「まぁ、な。 でも、その、悪くないんじゃね? 俺もパスを持ってる。ソアも勿論持ってる。お前だけ持ってない」 「だから?」 「いや、だから、三人一緒に行けないだろうが」 「は?」 サキはまた口を大きく開けたまま固まった。 「そうですよ! 友達と行きたいとこに旅行に行けないなんて寂しいですよ!」 「うええええええ、え、なに、そんなこと考えたりするの劉が。ちょうビビるんですけどぉ」 「言ってないし……」 劉は顔を少し染めたまま苦そうな顔で煙草をすりつぶす。あーくそ、まだ結構長さあったのにウッカリ……。 「行ってもいい……かも」 サキがそう呟くとソアがパアアっと顔を明るくした。 「んん、よくわかんねぇが、行ってもいい気がして来た。ソアと劉と、他の奴もみんな……そうだな、行ってるんだよな冒険旅行」 「そうですよー! みなさん行かれてるんです! 博物屋さんだってー」 「あーそういやアレもツーリストか……いいかげんメールも使えないのも不便だしなぁ」 「あのさ」 サキが言いだしにくげに水で舌を湿らせた。 「あの、帰属とか、したいなら、教えてくれる? ソアも劉も、いきなり居なくなったりしねぇよな?」 膝の上で手を組んで、親指をくるくる回しながら、二人の顔を見ないで言った。 「もちろんですよー!」 「教えてもいい……」 「うん、じゃあ」 ソアがビッと立ちあがり、片手を握りしめて宣言した。 「では、善は急げです! いきましょうか!」 「ちょ、ソア待て仕事が」 「じゃあその後でー」 「待て、待て待て、自分で行くから、大丈夫だから、落ちつけよ!」 「落ちついて居られますか!」 ソアの姿がだんだん牛に変化していく。 「あわわ」 劉は灰皿を持ったまま、ソファから逃げ出した。 「ソアーーーどうどうどうどう、店内は変身禁止だから、ちょ、落ちつけー!!」 ――ブモーーーーーー!!!! 「ぎゃー」 ソアの角に服をひっかけられ、サキは悲鳴の余韻を残したまま店の外に消えた。 「あ、あの店長さん、ちぃっと、サキが用事出来ちゃって、俺かわりに手伝えマスカ?」 シャツのボタンを留めて刺青を隠しながら、劉はおずおずと店長に声をかけた。 (終)
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