――0世界、2011年9月下旬。 「おおお、本当に竜な人がいる! おおおおおおおお!」 「あはは、珍しいのは最初だけだよー」 「おねーさん写真いいっすか、うああやべえええ」 「うふふ一枚だけよー」 ピピッ――パシャッ! ローアングルから竜人のおねえさんの御御足を狙い、月見里 眞仁はデジカメのシャッターを押した。 「綺麗だ」 「やっだぁ、もう、ほらほらぁ、あっちにも竜の子いるわよぉ」 「おおおおおおお、モノホンのドラゴンいぇええええええっす!!!!」 「またねー竜好きのおにぃさん」 「ありがとうございましたぁ! 行くぞっトレモ!」 ひらひらと手を振るおねえさんにきびっと一礼。眞仁はオウルフォームのセクタンに声をかけると次の被写体を目指して通りを走った。 突然の覚醒から世界図書館による保護、壱番世界から連行されるが如くロストレイルに乗せられ旅客登録と一通りの説明を受けてからターミナルの街中へ出るまではとてつもなく目まぐるしかったが、憧れとの出会いが全てを吹き飛ばして行く。 憧れ――クリーチャー、特にドラゴン。 壱番世界では大工であり、フィギュアの原型師でもあった眞仁は自身が愛してやまなかった創造物達が実際に動き話す姿を見て興奮が止まらなかった。 ちょうど良く持っていたデジカメもナイスだ。次に壱番世界へ戻った時はメモリーカードの追加を買おう。16GB…いや32GBだ…。実家にあるPCにデータを移すのは問題ないだろうか。いや間違って家族が見ても多分フィギュアかコスプレの類と思うだけだろう。よし、PCのメモリも増築だ……! 意識が猛スピードで電気屋を通り抜け貯金残高まで駆けてゆき、一周して視界へと戻って来る。まずは目の前の愛すべき生き物たち。 「すみませーん、写真いいですか?」 「え? 私ですか? 新人さんです?」 「はい! 綺麗な鱗ですねー!」 眞仁は子供の背丈ほどしかない橙色のドラゴンと目線を合わすためにしゃがみこみ、ズボンの尻ポケットから飛び出しそうになった財布とパスケースを左手で押し込む。 「写真ってアレですね、小さい肖像画みたいなのを作れるんでしょう、良かったら一枚いただけますかね」 「あー、ポラロイドじゃねぇから……じゃあ印刷したら持って来ますよ!」 「じゃあお名前を伺っても」 「ヤマナシ マヒトです! ヤマナアシじゃなくてヤマナシー!」 眞仁の手からすっと、差し出されたのは名刺――イベントの必須アイテムだ。名前とメールアドレス(勿論壱番世界のものなのでこちらでは意味がないが)背景には眞仁が作った翼を広げたドラゴンのフィギュアが印刷されている。 細い爪の先で器用にそれを受け取ったドラゴンは目を細めた。 「ほうほう、こりゃ美人ですねぇ」 「あはは、それ俺が作ったんですよ!」 「へえそりゃ」 感心したように何度も頷いた後、上目づかいに眞仁を見る。 「人間ってぇのは、ドラゴンの性別はわからないものだと思ってましたが、貴方はわかるんですね?」 「え、勿論」 ――眞仁は割と本物だった。 * * * * * * * * * * 「うふ、うふふ、もふもふ」 そこはターミナルの一角にあるアニモフグッズ専門店。一本裏にあるセクタングッズ専門店と双角を成す、ふわもこファンシーグッズ好きには言わずと知れた有名店である。 「ちとてんの尻尾とどっちがふわふわかしら? ちょっと逃げないで、うふ、うふふふふふ」 月見里 咲夜はそう言って、自らの肩に乗るフォックスフォームのセクタン・ちとてんの尻尾をそっとつまんだ。いやいやと肩を登って逃げてくるちとてんに頬を擦りよせ、咲夜は幸せそうに微笑んだ。 「もふもふ……」 右手に兎型アニモフのぬいぐるみを掴み、左手にリス型のアニモフのぬいぐるみを掴む。肘に下げた買い物かごには既に猫型アニモフのペンケース、熊型アニモフのスリッパ、タヌキ型アニモフのフリースパーカー……その他小物類が入っており、財布の入ったちりめんの巾着が底に埋もれていた。 レジに出すときはどうしようかしら、ちょっとした発掘だわ、と咲夜は思った。勿論両手に持ったぬいぐるみも買う。だってもふもふなんだもの。 「これ下さいな」 「まぁ、今日も沢山。ありがとう!」 既に常連と化している咲夜に店員が親しげに声をかけた。 「その髪飾り新作? やっぱり可愛いわね。買い取りの話、考えてくれた?」 「えぇ、冗談じゃなかったんですか?」 咲夜の髪飾りは自作のちりめん細工だ。巾着や財布、帯止めなど、趣味でちょこちょこと作っていたアイテムに目を留めた店員から店での販売を持ちかけられたのは少し前。 咲夜からしてみればまったくの趣味の手作り品なので、冗談かと思っていた。 「だって、アニモフって可愛いもの好きじゃない? こういう小物持って行くと喜ぶのよー!」 「あぁ、なるほど……!」 以前モフトピアを尋ねた際、咲夜はアニモフのファッションショーの手伝いをし、アニモフとちとてんにちりめんのアクセサリーを作って飾り付け一緒に写真を撮った。お気に入りの写真で、今も大事に写真立てに入れてある。 ふわふわ淡色のアニモフにちりめんの鮮やかな色が良く似合うのだ。 「うふふ、可愛いですよね」 「可愛いわよねー」 店員とにへにへとちょっとだらしなく笑い合う。同志、という言葉が頭をよぎった。 「じゃあ今度ちょっと作ってみますね。アニモフに似あいそうなのを」 「よろしくねー。ちょっとサービスしといたから!」 「! ありがとうございます!」 お代を払って両手にもふもふの詰った袋を提げて、弾んだ足取りで通りに飛びだした。0世界の変わらぬ白い空が心なしか明るく見える。 ~♪ ――ポスポス ――ポスポスポス……! 「んん? どうしたの、ちとてん?」 (ちょっとちょっと、ご主人さま!) と言わんばかりに、頭の上に乗ったちとてんが尻尾で頭をはたいてくる。 足を止めた咲夜の傍らにふわりと落ちてきたちとてんが示す方を向くと…… * * * * * * * * * * 「お兄ちゃん!?」 「な、咲夜!?」 眞仁は驚きのあまり思わずデジカメのシャッターを切った。写ったのは見知った……妹の……顔。 「なっなっなっ何でいるのよ、お兄ちゃん!!」 「咲夜こそ……!! お前、何でここに!!」 「ああああそうよね、お兄ちゃんが覚醒してないほうが不思議だもんね、やだああああ」 思わずしゃがみこんだ咲夜の荷物がボスリと軽い音を立てるのを見て、眞仁が眉をひそめて頬を掻いた。 「やだあ、は無いだろ。お前その荷物また母さんに怒られるぞ。俺の部屋の押し入れにはもう入らないからな」 「ちゃんとあたしの部屋に入るわよ! ちょっと、パスはぁ? 本当に本当に覚醒しちゃったの??」 「……ほら……」 口を尖らせてパスケースを差し出す兄からひったくるようにそれを受け取って、咲夜はじっとそれを見つめた。 「……何か変、ここのとこ何で隙間が空いてるの??」 「ぎくっ」 非常に王道的反応で胸を抑える兄をじと目で咲夜は睨んだ。パスの名字の振り仮名のところ。「ヤマナ」と「シ」の間に不自然な空白がある。 「さては、お兄ちゃん。登録の時、間違えたのね? っもう、いいかげんなんだから!」 「ぎくぎくっ!!」 図星な眞仁は胸を抑えたまま蹲った。登録をミスしただけでなく、修正の際にもカタカナが下手すぎたせいで散々引っかかったのだ。決していい加減だったわけではない。ただたんに下手だったのだ。 「咲夜、これ以上お兄ちゃんの傷を抉ってくれるな」 「もう。そうね、久しぶりだし、このくらいにしておこうかしら?」 パスケースを仕舞い直すと眞仁は近くのベンチを指差した。妹が両手の荷物を無言で差し出してくるのを受け取り、キツネ型のセクタンに笑いかける。ちとてんはすいすいと尻尾を揺らしただけで頷きもしない。 咲夜が背筋を伸ばしたままついっとベンチに腰掛けるのを見てから、隣に座り足を組む。 「一カ月ぶりくらいか? あんまりウチに帰ってなかったじゃないか。こっちに居たってことか?」 「違うわ。部活の合宿よ。 お兄ちゃんこそ、こっちで竜の人を追っかけてたんじゃないの?」 「いや、仕事と、イベントの為の原型作りで……」 「じゃあ、壱番世界にいたのね?」 「うん」 二人同時にため息を吐く。同じ屋根の下に住んでいるのに、忙しくてお互いのことに気づいてなかった。その上、まさか家ではなくこんなところで出会うとは……驚きを通り越して、何となく疲労感を感じる二人だ。 「なぁ、咲夜。さっきお兄ちゃんが覚醒してなかったのが不思議って言ったろ? あれ、どういう意味だ?」 通りを行く竜人や獣人を目で追いながら、さっきから気になっていた事を聞いてみる。 「そりゃあ覚醒してみれば何となく分かるでしょう? お兄ちゃんの作ってたフィギュア……」 「あー」 「他の世界にそっくりなところがあったわよ」 「もしかして咲夜が覚醒したのも……俺のせい?」 咲夜は少し驚いて眞仁の顔を見た。 兄は心配そうな不安そうな表情でこちらを見ている。 ――そんなこと考えてもいなかったのに 何て答えよう。 見つめ合って間。 しかしふとシリアスな兄の表情の横に掴みどころの無い顔のオウルフォームのセクタンの顔が覗いて、咲夜は思わずクスッと笑ってしまう。 「……わからないけど! 別に覚醒したのは悪いことじゃないわ!」 手を伸ばして兄のセクタンの首元を撫でてやる。 「名前は何て言うの」 「トレモ」 「トレモライト!」 「さすが妹。その子は」 「ちとてん」 「フォックスフォームもいいな」 「いいでしょう? うふふ」 ニンマリと口元を上げる妹の頭を眞仁は撫でた。 「こっちは天国だな」 「うーん、そうねあたし達にとっては、そうかも」 兄のデジカメを奪い取り写真をチェックする。咲夜は兄のせいで、クリーチャもいける口である。一枚一枚眺めながら「ここが可愛い」「ここが綺麗」とコメントをすると、嬉しそうに兄が頷いた。 ――別に元気が無いわけじゃないみたい。 ――いきなり不安そうな顔をしたからちょっとビックリした。 咲夜は先ほどの兄の顔を思い出して、ちょっとだけ、悪くない気持ちになる。 「よしっ」と言うと咲夜が立ちあがる。 「家に帰るわよ! お兄ちゃんまだロストレイルの乗り方とか良く分かってないでしょう?」 「おー頼りになるなー妹よ」 「先輩だもの!」 二人は駅に向けて歩きだす。 ――さて、お母さんに何て話そう。 一人じゃないことに安心感を感じて、二人並んで家路についた。
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