星、星、星……暗く、どこまでも果てのないその空間に少女はペットと一緒にいた。 以前までは楽しいものに溢れかえっていたのに、いきなりいろんなものが失われてしまった。喪失のあと少女は気が付いた。 星に会いたい、と。 暗い画面にいくつも浮かぶホログラム。 すべて星が映ったもの。 そのひとつ、暗い闇に流れる星を少女とペットは飽きもせず見ていた。「ぶーたんは、これが好きよね。ふふ。……どうしてしゃべっちゃったのかしら」 ぶーぶーとブーたんは批難するような声をあげる。「二人で遊ぶっていったけど、二人だとつまらないもの。ううん、ぶーたんと一緒なのはいいのよ。けど、もう時間がないもの。またデータ、壊れちゃった」 暗い画面に浮かぶホログラムがひとつ、また形が壊れたのに少女は顔を歪める。「エネルギーが足りないの。ねぇブーたん、お願い。誰かを信じたって仕方ないもの。けど、ブーたんは別よ、お前は特別だもの。偉い人たちが作ったのよね? 一年くらい前にね、化け物が暴れた記録があってね、それを元にしてるんだって」 ぶーぶー。「そうよ、お前が言うみたいに、世界を変えましょう」 ぶーぶー。「お前の好きな世界に。けど、カケボシがいなくちゃいやよ。私の願いも叶えて、いいわね?」 ぶー。 ぱリんとまた一つ、暗闇のなか、ホログラムが壊れた。まるで魂が、軋むような音をたてて。 ☆ ★ ☆ 司書室にカウベル・カワード――現在はピンクのミニ浴衣の姿……いやいやそれより特筆すべきは室内が完全に目張りされていて、真っ暗なこと。そしてカウベルが懐中電灯で自分の顔を下からライトアップしていることのほうが気になる――とりあえずそんなカウベルが依頼を受けたロストナンバーたちを出迎えた。「インヤンガイで停電が起きましたぁ。えっとねそんなに広い範囲じゃないんだけど複数箇所同時に落ちたみたいね……うーんザックリ!」 懐中電灯で資料を照らす面々の額からは汗が流れた。部屋が異様に暑い。「っと、今新しい情報が。停電しているのはいくつかの変電所の供給範囲内でー、 停電範囲内の人間は全員昏睡状態…… んんん? 何かヤッバイ匂い、うっそぉ遊んでたら初動が遅いとか怒られるタイプじゃない? ヤッダァ」 カウベルは勢いよく立ちあがると部屋の照明をつけた。ロストナンバーは部屋の中にいくつか置かれた暖房器具と、カウベルの足元にある水桶を見てうんざりと顔を歪める。「停電しているはずの街で壺中天システムだけが稼働している模様……。 現在事件範囲を仮封鎖中。人の出入りは現在のところは安全に出来ているが救護に人員が割かれて原因追究は人手不足。ただし、稼働している壺中天端末に近づいた者は端末から延びる紫の稲光のようなものに当てられて昏睡……」 資料とトラベラーズノートを見比べていたカウベルが首を傾げて言った。「これはこないだ黒にゃんちゃんが担当してた神隠し事件と関係があるみたいね。 だって、ほらぁ」 カウベルが添付されていた地図の停電地区が赤く囲まれた範囲を順番に指差した。「ここってそれぞれカケボシちゃんの事務所の跡地よぉ」 ★ インヤンガイ行きのチケットを配りながらカウベルは相変わらず緊迫感の無い笑顔を浮かべていた。「街灯が無い方が星がいっぱい見えるのよねぇ。到着は夜だからついでに眺めて来たらいいんじゃないかしらぁ?」 両手のVサインを重ねる。指が星型を作った。「原因究明と対処、できるとこまでお願いね!」※注意※・当シナリオは北野東眞WRのシナリオ『【星屑の祈り】エルシオン』と同時に起こったものといたします。PCの同時参加は御遠慮いただけますよう、どうぞよろしくお願いいたします。
停電エリアのひとつ。 カケボシが最後に住んでいたという事務所跡のあるエリアだ。 増築を重ねたせいで歪んだシルエットのビルの隙間から、黄みがかった星がいくつか見えた。 カウベルが言っていたほど、多くの星は見えない。インヤンガイの湿気た、それでいて埃っぽいような匂いのする空気が、星の光を阻んでいた。 「カケボシさんは星が好きだったのでしょうか?」 シーアールシーゼロは二人を振り返り、カウベルと同じように指を重ねて星型を作り、それをおでこに掲げて見せた。 「どうだろうね、オデコに刺青を入れるセンスはわかんないな。イヴちゃんは知ってたかなー?」 ニコ・ライニオは資料に添付されていたカケボシの写真を思い出して眉をひそめる。強面でしかも黒い星の刺青は刀傷のようなもので割れていた。まだ少女だと言われているイヴが何故それほど彼に惹かれているのか、外見からではまるでわからない。 外見なんてほんの一面。ほんの少しのデータでしかなく、本質からは遠いのだろう。 人型をとっているとはいえ、本質が竜であるニコには暗視の能力があり、他の二人より多くの星を見ることができた。初めは蛍のようにビルの隙間を横切っていた救護班の灯りも見えなくなった。インヤンガイに着いて早々にキューブを貨幣に変換し、いくつかの火器を買いこんだ坂上 健が念のためこのエリアからの退去を依頼したからだ。 人が居ない、明かりも無い、暴霊の気配もない。 そんな静かな街中で、健は時々思い出したかのように自らのセクタンを見つめては謝り倒していた。 「ポッポ……ポッポォ……本当は俺もお前をオウルから変化させるのはすっげぇ嫌だ……! でもこのままじゃ原因究明に障りが出かねない……許せ、許せポッポ……」 普段はオウルフォームを取らせているポッポは今回ロボット姿であり、健の言葉に反応するように目や胸元をピコピコと光らせた。 「オウルフォームだって暗視能力があって良かったんじゃん? って、うわっ眩しい! いきなりライト向けるなって言ってんだろ」 ニコが嫌そうに目元を覆って、歯を剥く。 「じゃああんたは機械に強い方か? あんたは??」 順番に視線を向けられて、ニコがしぶしぶと、ゼロがほんわりとした表情でフルフルと首を振った。 「ゼロは恐らくハードよりソフトのが強いのです」 「ほーら、必要だろうがウチのポッポの能力が! だから俺は泣く泣くだなぁ!」 「ポッポさん、よろしくなのです!」 ゼロは健のカバンの上に乗ったポッポに手を伸ばすと握手をした。毒気を抜かれた健がポカンと口を開けて立ち止まってしまったのを、ニコが道の先を指差して促す。 「進もーよ」 テクテクと、三人はカケボシ事務所の跡地へ向かう。 「――少しでもカケボシの情報を引き寄せるために、カケボシの生活圏に存在した人間の記憶を吸い取って抽出してるんじゃないかって予測は立つ。被害を広げないってだけなら、倒れた人の救助後範囲外から建物ごと爆破が1番簡単だ。まず安全な場所から壺中天に入ってカケボシの事務所で何が起こってるか確かめるようぜ」 エリアに入る前に、健はそう提案した。 「救助活動は思ったより順調らしいのです。比較的人口の少ないエリアだったのが幸いしたのと、紫の稲光は壺中天端末から伸びて一人ずつ昏睡させていったようなのです。外に居た人の中には走って逃げ切れた人もいたそうで」 ゼロが救護班から聞いてきた情報を報告する。 「あと、救護に入ってから稲妻に当てられた人の一部が目覚めたそうです。記憶が一部無くなっているそうですが、体調には異常はないと……前の神隠し事件よりはもしかしたら状況は良いのかもしれないです」 最初の神隠し事件の際は、そもそも被害者は記憶だけでなく体も別口で回収されてしまい、完全に姿を消してしまっていた。その点、今回は体は残っている。 ゼロは前の事件の情報から被害者の回復の可能性は低く見積もっていたが、救護班からの情報を聞くことで幾分希望を持つことができた。 「健のカケボシの記憶を集めているっていう予測は賛成。あと停電の原因はイヴちゃんがカケボシを復活させるためにエネルギーを必要としてたから、かな?」 ニコは腕を組んで口を尖らせている。珍しく……彼にしては不機嫌な様子だった。 「例の紫の稲妻を発生させる為とも考えることができるのです。仕組みは不明ですが、大きなエネルギーが必要そうなことは確かなのです!」 ゼロは曖昧ながらも説得力のある意見を言い胸を張った。 「ただ、外部から壺中天経由でカケボシさんの事務所にアクセスするのは不可能なのです」 「えっ何で?」 健がゼロの発言に目を丸くする。 「カケボシさんのサイトが残っていません。外部から探るのはかなり困難なのです」 「じゃあ、事務所の跡地に直接行くしかないってこと?」 「停電エリア内の端末の紫の稲妻を上手く辿ればあるいは。でも、どうせなら事務所の中は一度探索したほうが良いと思うのです。爆破してしまってからでは遅いのです」 「カケボシの記憶、即ちデータを一番多く持ってるのって、イヴちゃん自身じゃないのかな。一緒にいたわけだし、何よりカケボシのことを一番よく見ていたはず。彼女のもつデータからなら、理想のカケボシが蘇るんじゃ?」 埃っぽい部屋。懐中電灯の光が照らす、埃の積もったデスク、ソファ、棚、段ボール箱の山。床に散る本やノートや書類。 「普通に考えればー別の何が足りなかったとか、イヴの記憶がデータにできなかったからとか? というか『理想の』って何かひっかかるな。都合の良いとこだけの好きな相手とか、怖くねぇか」 「KIRINにそんなことを言われるとは……」 ぼそりとニコは酷いことを呟いた。 「俺はカケボシに会ってるからなぁ。カケボシはさ、どんな状態でもイヴと居られれば幸せって言ってたんだよ。カケボシの幸せを考えるなら、本当は甦らせる必要なんてないんだ」 「僕はカケボシの幸せより、イヴちゃんの幸せを考えたいよ。だってまだ生きてる女の子なんだよ? まだずっと悩むんだよ。かわいそうじゃん」 「1人を幸せにするために大多数を不幸にする選択は俺にはない」 健は積もった埃の中に薄い小さな足跡を見つけ、それを足の先で擦った。 「他を巻き込みたがらなかったカケボシの幸せは応援するけど、他者を踏み潰すイヴの幸せは欠片も認められないって言ってるだけだ、俺は」 「僕だってみんなを不幸にするやりかたは認められないけど。 欠片くらいは認めてやりたいんだよ。女の子のお願いは、できるなら叶えてあげたいからさ……」 「イヴさんは一度はここに来たみたいです。でも埃の状態から言って、停電の時期よりは前と思うのです」 「俺もそう思ってたとこだ」 「ここにはイヴちゃんが会う前のカケボシが……“あった”のかな」 「あんたなぁ……」 「みんなが幸せになる方法はありますか?」 ゼロの言葉に二人が同時にそちらを向いた。銀の髪が弱い光を反射してチラチラと光っていた。 「ゼロはみんなが平和なのが良いです。そしてゼロは選ばないのです」 健とニコは、選ばないといった言葉の意味を計りかねた。しかしゼロは涼しい顔のまま奥のドアへ向かってしまい、二人はそれを聞きそびれてしまった。 「端末はどこだ? 健は気を付けろよ、カケボシに会ったことがあるなら狙われるかもしれないし」 「前情報的に無差別だろうが」 「僕はギアで防御できるの。下がってなよ」 「端末を操作するのは俺だろう」 ――バチバチバチバチッ 「きゅー」 「ゼロ!? 大丈夫か!?」 奥の部屋から紫の閃光とともに転がり出してきたゼロに二人が駆け寄る。 何事も無かったかのようにむくりと起き出したゼロは二人をやや後ろに押し戻す。 「端末発見なのです!」 「バチバチ言ってただろが、記憶は大丈夫か!?」 おろおろと頭を撫でる健にゼロはビシっと敬礼をする。 「ゼロは巨大なのです。そう簡単に持って行かれる程軟なデータではないのです。しかし紫の光に吸引力があるのは確かです、やはり原因に近づくには端末から流れ込むのが一番かと」 「いろいろ謎だけど、そこはつっこんじゃいけないんだよな??」 「稲妻は僕が弾くから、健が端末まで走って操作して通常ログイン」 「壺中天内に入るところでゼロが稲妻を掴みます。二人はゼロの事を掴んでいてくださいね」 「お、おう、やってみる」 「GO!」 紫の冗談みたいに太い稲妻が6畳くらいの部屋の中で鞭のようにしなっていた。 ニコが小さな手鏡のようなギアで、迫って来る光を反射し受け流す。 端末までは大した距離じゃなかったが、全てがスローモーションのように感じた。 俺はドアを過ぎてから気付いて咄嗟にゼロを小脇に抱えて、カバンから転げ落ちそうになったポッポをゼロがすかさず掴むところを見た。 ゼロの銀色の髪とニコの赤い髪が美しく光るところを見て、黒髪なんてつまらないなと、全然関係ないことを考えた。 弾かれた稲妻の枝分かれた端が懲りずに伸びて来て、微かに頬を擦る。 痺れた感覚。 一瞬、学生時代の他愛のない記憶が浮かび。 「逃がさないのです!」 無理やり腕の中から手を伸ばしたゼロの手が発光しながら稲妻の端を掴んだ。 デスクに降りたポッポがフックの様な手で指していくスイッチやキーをすかさず操作していく。 だんだん視界が眩しく、手元がおぼつかなくなってくる。 『行っけええええええええ!!!!!!!!!!』 バチバチと、火花。 眩暈。 ――ダイヴ。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ★ ★ ★ ★ ★ ――ぶー…… そこは目がおかしくなるような、真っ白な空間だった。 夜を反転したように。 黒い星が浮かぶ。 地面は見え無いが、健、ゼロ、ニコ、それからチャイ=ブレに似たモンスターが、同じ高さに浮かんでいた。 モンスターには数個の光の球がめり込んでいる。 「『無限ヴォイニッチキャノン』を使用したのです。ゼロの演算能力を超巨大化して生み出し、さらにそれを超巨大化させ圧縮した意味ありげで無意味な情報塊なのです」 「アレが食べきれずに、さっきからぶーぶー唸ってるんだ。攻撃してくる様子もないよ。拍子抜けだな」 「健さん記憶は大丈夫です? 稲妻の端っこが当たったのでムリヤリもぎ取って戻したのです」 「あ、あーあの高校の頃、改造学ランが先生にバレて……、いや覚えてるみたいだ。ありがとうな、ゼロ」 そう言った健の目からぽろりと涙がこぼれた。 ニコがギョッとして、身を引く。 「男に貸すハンカチは持ってないんだけど」 「はぁ? 何言って、って、アレ、これ俺の涙か?」 「健さんの涙なのです」 健は首を傾げながら涙の原因を探す。 今は壺中天の中だが、少なくとも外傷は無いように見える。しかし、何か、胸にひっかかる。重さ。 さっき、高校の頃の記憶を確かめたあたり。 「……カケボシといるイヴが見えた」 ニコが口の端を下げたまま、ハンカチを投げてよこす。 「さっき稲妻を戻した時に、逆に記憶を貰ってしまったのかもしれないです」 「あの、ぶーって呼ばれてる、モンスターの記憶? あんなのでも、記憶はあるのか?」 「おい、何かアイツ様子が」 モンスターがぶぅぶぅと鳴くと、周囲にPCのモニタのようにいくつかのスクリーンが展開された。 三人が身構える。 ――ぶーちゃんはね、以前、このインヤンガイに来た世界樹旅団っていう人たちが育てていた化け物のデータを元に私たちが作ったの ――私、あなたと同じじゃないの。それでも、好きになってくれる? 連れて、いってくれる? ――まさか、これが ――イヴの脳みそ、死んじゃうよ。もう維持できないの。 ぶーぶーと、モンスターは悲しげに鳴く。 ――カケボシ! ぶーちゃん! 大好き! ――今度こそ……。今度こそ……。 ―― 突然、モンスターの体にめり込んでいた光球が四散した。 『ぶぅううううぉおおおおおおおおおおおおおおお』 モンスターの体がメリメリと薄く伸びて行き、体中から稲妻が幾本も周囲に伸びる。 「おいおいおい、ヤッベェぞ、ゼロさっきのヴォイ何とかもう一回撃てないのか!」 「やります!」 ゼロの体がモンスターと張り合うように大きくなっていく、先ほどより大きな光球が何発も放たれ、敵の体にめり込む。 『ぶおおおおおおおお!!!!』 うぞうぞと醜い体を揺らし、モンスターが苦しむ。 「おおおっ効いてる効いてる。どんどん行けー!」 「健さん健さんすみません。私にはこれ以上は無理なのです」 「は?」 「ゼロは何物も傷つけることはできないのです。そういうものなのです」 「えええ」 モンスターの周囲には尚もスクリーンが浮かんでは消えている。 それと同時に体にめりこむ光球が少しずつ小さく縮んでいくようだ。 光球が消える前にも稲妻が飛んでくる。 ただし、稲妻はまったく精度が無く、壺中天の空間中に広がるばかりだ。 時々三人の方に飛んで来た分だけ、ニコが鏡で弾く。 「気のせいでなければ、何か出力中です?? 『無限ヴォイニッチキャノン』は確かに吸収されているのです。ただ、その分データが外に出ていっているような」 「それって良いことか? 例えば外に居るやつらに記憶が戻るとか」 「わかりません」 「だよなー」 「ついでに暴走してるように見えるんだけど? あと気のせいじゃなければ、イヴちゃんがさ」 「気のせいだろ」 健はイヴの事を意識したとたんに涙腺が緩んでくるのを感じて慌てて目頭を押さえた。 「平和ってなんだ?」 「……ぶーさんは、倒しましょう」 巨大化したままのゼロがゆっくりと頷いた。 「ゼロはぶーさんを傷つけないギリギリの出力の『無限ヴォイニッチキャノン』を放つことが出来ます。それ以上の攻撃が少しでも加われば、ぶーさんはただでは済まないはずです」 「それって、コレでもいいってことか?」 健が白衣の下から手榴弾を取り出す。破裂・閃光各3個ずつ持ってきた。 「僕も稲妻が直接アイツに当たるように反射してみるよ。あのくらい膨らめば当たると思うんだけど……」 「各自、全力でお願いするのです」 ゼロがさらに体を膨らませて、大きな光の球を産み出す。 モンスターは記憶と稲妻を吐きだしながら、巨大化……というより、薄く薄くローラーで伸ばされたように、広がっていっていた。 稲妻が、こちらに伸びる。 「今です!!」 ★ ★ ★ ★ ★ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ――サーフェス。 白い。朝。 「おいおい『1人を幸せにするために大多数を不幸にする選択は俺にはない』とか言いながら、随分景気良くみなさんのおうちを吹っ飛ばしてんじゃん」 「怒られるかな? 怒られるよなー」 「僕は知らないぞ」 「うーん、残しておくと危険だったって事にしてくれよ。口裏合わせてくれ」 壺中天で手榴弾と稲妻が弾け、強い光に包まれた後。 サイト空間の消滅により三人は壺中天から強制ログアウトされ、カケボシの事務所に転がっていた。 怪我といえば、ログイン時にバタバタしたため、三人ともそれぞれ自由に床に伸びており、健とニコは腕や肘や後頭部をそれぞれ打った跡があったくらい。ゼロにいたっては、健の上に乗っかっていたので無傷であった。 カケボシ事務所の跡地を出てから、健は建物を爆破すると言いだした。 「壱番世界の俺の国ではお焚きあげってのがあってさ……物にも魂が宿るから、燃やして天に返してやるっていうやつで」 「はぁ……、感傷的だね」 イヴを追っていたチームから連絡があり、イヴの死亡は既に確認されている。 「昏睡していた人たちが半分くらい目覚めたらしいのです。残りの人がどうなるかはまだわかりませんが、まどろんでいるだけだと良いのです」 「結局、僕たちがアレを倒したから目覚めたの? それとも、アレを倒す前に吐いてたデータが昏睡してた人たちに戻ったのかな??」 「無責任だが……考えたくもない……」 「ゼロは倒したからだと思うのです」 健とニコは顔を見合わせてから、ゼロを見た。 「何で?」 「気休め??」 「ゼロはゼロの直感を信じるのです」 ゼロはVサインをした。 ビルから煙がゆるゆると空に昇っていく。 (終)
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