オープニング

 世界図書館の一画に、「司書室棟」がある。
 ここはその名のとおり、「司書室」が並んでいる棟だ。司書室とは、一定以上の経験のある世界司書が職務のために与えられている個室である。ふだんは共同の執務室を使っている司書も、特定の世界について深く研究している司書はその資料の保管場所として用いているし、込み入った事案の冒険旅行を手配するときは派遣するロストナンバーを集めて事前の打ち合わせにも使う。中には、本来は禁止されているはずなのだが、司書室に住みつき寝起きしているもの、ひそかにペットを飼育しているものなどもいると言われている。

 司書室棟への立ち入りは、特に制限されていないため、ロストナンバーの中には、親しい司書を訪ねるものもいる。あるいはまだ不慣れな旅人が、手続き書類の持って行き場所がわからずに迷い込むこともあるかもしれない。
 司書室の扉には名前が掲示されているから、そこがなんという司書の部屋かはすぐにわかる。
 ノックをして返事があれば、そっと扉を開けてみるといいだろう。
 たいていの司書たちは、仕事の手をとめて少し話に付き合うくらいはしてくれるはずである。あるいはここから、新たな冒険旅行が始まることさえあるかもしれない。
 司書室とは、そういう場所だ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 カウベルの司書室の扉を開けた者は初めは大抵驚いた。
 目前にはずらりとハンガーにかかった服が並んでいて、完全に視界を遮っている。
 司書室を私物置き場にするのは禁止されているはず……だが、もはや誰もツッコミを入れる者はいない。某リベル司書に至ってはカウベルの司書室の前は無理をしてでも避けて通ると言われている。
 そのくらい鬱蒼(「うっそぉ☆」とのカウベルからの一言は無視したほうが賢明)と服が繁る入り口を抜けると(ちなみに↓+ジャンプボタンで抜ける必要はない。しゃがんでも匍匐前進でも抜けられる)そこは何となくちぐはぐな部屋だった。
 落ちついた紺色のカーペットに、高級感のある渋い色の家具達。と、そこここに落ちているカラフルな衣装。どこの世界のものかも知れない妖しい小物がアンティークな花柄のソファの上に山積みになっている。
 その雑多さは汚い……というよりは賑やかに分類されるように思われる。不潔でないことだけがギリギリその境を良い方に越えさせてくれていた。

「あらぁ、いらっしゃい。紅茶が入ったところよぉ?」

 この部屋の主は穏やかな日差し差し込む窓際で、優美な猫足のティーテーブルの傍、ポット片手に微笑んでいる。
 無駄に(誰にとって無駄かってカウベルにとってだ)高級な茶器を慣れた手つきで扱い香りの高い紅い液体がカップに注がれる。
 シュガーポットには淡く色づいた薔薇の形の角砂糖。
 ここがカウベルの部屋じゃなかったらなぁ……と、まぁ私はいつも思うのだが、他ではそうそう飲めない味の茶であるからして、わざわざ好き好んでこの部屋を訪れた君は思う存分その味を味わえばよいと思う。
 ちなみに、大抵部屋のどこかにパンツが落ちてるが、無視してやってくれ。つっこんでも大して面白いことにはならない。

「で、えーっとぉ、どういった御用件だったかしらぁ?」

 ここで社交辞令やツッコミの類は後回しにしろ。まず用件を言え! 先にカウベルにしゃべらせてロクなことはない。
 ロストナンバーと言えども時間が無限だと思ってはいけない。時間は有限なのだ。
 くれぐれも、ダラダラとカウベルのペースに巻き込まれないこと。
 気をつけてくれたまえ。では、健闘を祈る。



●ご案内
このシナリオは、世界司書カウベル・カワードの部屋に訪れたというシチュエーションが描かれます。司書と参加者の会話が中心になります。プレイングでは、
・司書室を訪れた理由
・司書に話したいこと
・司書に対するあなたの印象や感情
などを書いていただくとよいでしょう。

字数に余裕があれば「やってみたい冒険旅行」や「どこかの世界で聞いた噂や気になる情報」などを話してみて下さい。もしかしたら、新たな冒険のきっかけになることもあるかもしれませんよ。

品目シナリオ 管理番号3025
クリエイター灰色 冬々(wsre8586)
クリエイターコメントお世話になっております灰冬です。

そのうち出したいなーと思いながらも出せずにいた司書室です。
何度か企画案としてもいただいておりまして、そちらの方で書けなかった方は申し訳ございませんでした。

司書室はエントリー状況次第で、終了までに後1,2回運用できたらなぁと思っています(今後の枠数は未定)
最後にカウベルとちょっと遊んでやろう!という方はご参加いただけましたら嬉しいです。

参加者
ユニ・クレイアーシャ(cccb7382)ツーリスト その他 16歳 みずくささかなびと

ノベル

「あらぁ、いらっしゃい。紅茶が入ったところよぉ?」
「ああ、えっと……今日は」

 覚醒して間も無いツーリスト、ユニ・クレイアーシャは、体中にカラフルな衣装や小物がこんがらがって、まるで網にかかった魚のようになっていた。それでもユニはちょっとホッとしたように、ゆったりと笑顔を浮かべて部屋の主に挨拶をする。
 ここに来るまで、何だか慌ただしかった。
 覚醒し、保護され、図書館に連れて来られ……合間、色んな人々……自分と似た形をしているのに、ふんわりとしていて温かい、そして、かなり乾いた感じの、人々に会った。
 それは元の自分の世界では珍しい形だったのだけど。
 皆、親切で、でもそう、名前を聞くのを忘れていて。
 いつの間にかこの部屋の前に居たのだった。
 たまたま手の空いている司書を紹介されたのか、それとも保護された時に遣り取りがあった人だったか……と首を捻ったような。

「で、えーっとぉ、どういった御用件だったかしらぁ?」

 カウベル=カワード。
 部屋の扉にかかっていた札には、そう書かれていた。

「カウベル君?」
「えぇ、カウベルよぉ、貴方はぁ……えーっと、お名前は何て言うのかしらぁ?」

 ほんわりとした日差しにのんびりとしたカウベルの声が合わさって、非常に緩やかな空気が漂っていた。水の中から見た光もこれほどゆっくりではなかった。もっと水の底。揺れる草と自分のような。
 そして、その中でチカチカと浅瀬の魚のように強い色彩が溢れている。
 自分の体に絡みついているカラフルな布を両手で光にかざしていると、その後ろからカウベルが屈んで顔を寄せた。
 そういえば名前を聞かれたのだった。

「僕はユニだよ」
「ユニちゃんね、何だかエキゾチックな雰囲気ねぇ。あら? 違ったかしら、オクシデンタル……うーん、違うわね……貴方みたいなカンジってどういう風に言えば良かったかしらぁ」

 カウベルはそう言いながら、手を伸ばすとユニが持っていた布をそっと奪い取った。彼女が身につけているのと似ている、その見慣れない衣服が気になってユニは思い切って尋ねて見る。

「あの……その衣類は……どういうもの??」
「これぇ?」

 口を大きく開けて驚いたような表情を作ると、すぐに笑顔になって言った。

「ブラジャーよぉ、体をセクシィに魅せる為に寄せてぇ、上げる為のお洋服!」
「それって、この世界だと一般的なものなのかなぁ?」

 首をゆっくり傾げたユニを見て、カウベルはえーっと、とちょっと考えてから答える。

「そうねぇ、結構一般的なんじゃないかしらぁ、寄せて上げるモノがあるならだけどぉ。
 ……ユニちゃんは、どうなのかしらぁ??」

 そう言うとカウベルは迷わず、ユニの胸を掴んだ。
 ポカポカとした日差しの差す中。
 新人ツーリストは乳を揉まれている。



* * * * * * * *



「じゃあ、ユニちゃんはぁ、まだツーリストになりたてなのね!
 そう、だから何と言うか純粋というか、無垢というか……あらぁ、やっぱりちょっと違うかしら? 植物的……草食系……」
 だんだん合っているような合っていないような方向へ伸びていくカウベルの呟きを、ユニはニコニコと微笑みながら聞いていた。
 先ほど触ったカーペットの感触を思い出す。自分の世界には無かった、不思議なこそばゆい感覚。カウベルに聞いたら、自分の尻尾を触らせてくれた。少し固いけど、似ている感触に驚いた。
 思い出して、その新鮮な驚きに笑みを深める。
 カウベルもその笑顔を見て、嬉しそうに笑ってカップを口に運ぶ。
 この紅茶というお茶も、良く味は判らないけど、新しい。
 とにかく何でも新しくて興味深かった。元々、そう、ここにはこの世界での生活のあれこれを聞きに来たのだった。
 新しい世界、新しい生活に慣れる為に。
 だから、色々な疑問にゆったりとしたペースで答えてくれるカウベルとの会話は目的に叶っている。
 この部屋には元の世界にあったモノも少しはある……ただ、似ているだけかもしれないけれど……それから見たことのないモノが沢山。特に、恐らく衣類と思われる圧倒的な布の量。
 そうだ、カウベルの尻尾は、海獣の皮に似ている……。
「神秘的! これが一番近いかしらぁ? しっとりしているからぁ、美肌の神様とかどうかしらぁ。ねぇ、季節ってわかるかしら? 他の世界では、ずーっと寒い時間が続いたり、ずーっと、乾いた時間が続いたりするのよぉ、乾いた世界に行くとお肌が乾燥してひび割れたりしてしまうの!」
 カウベルは自分のつるりとした頬を両手で押さえた。
「へぇ、この世界もとても水が少ないように感じたけれど、もっとなのかなぁ?」
「ええ、もっと、とってもよぉ、ユニちゃんの世界はきっとブルーインブルーに近いのね。
 0世界は一年中ずっとこんな感じなの」
「ここが、0世界だよね?」
「そうよぉ、あ、でももう少しで雪が降るかもしれないわぁ、毎年12月になると館長……えーっと、アリッサっていう女の子、会ったかしら? 彼女がクリスマスっていうお祭りをお祝いする為に雪を降らせるのよ!」
「ゆき??」
「やっぱり、ユニちゃんの世界には無かったのね! とっても感動するわよぅ、冷たくて白くてフワフワと空から降って来るの!」
 カウベルはパッと立ち上がると、腰から本の様なものを外し一枚破いて細かくちぎり、パァッと宙へ投げた。
 それはヒラヒラとゆっくりと揺れて落ちて来てユニの頭や肩に積もる。
「水の中を砂が落ちてくるみたいに?」
 ユニが頭を振るともう一度、地を目指して紙の欠片が落ちていく。
「あぁ! そうそう、スノードームがどこかにあったわ、ええと何処だったかしらぁ。あ、クリスマスのお洋服はねぇ、コレ、真っ赤で可愛いでしょう?」
 押し付けられるがまま手にした服は、赤い布が筒状になっていて、縁に白いカーペット状のフワフワがついたものだ。
「この服どうやって着るのかなぁ?」
「あらぁ、誰かにあげちゃったのかしらぁドーム。あ、ええとね、この服はぁ後ろの金具……ファスナーっていうんだけど、これを下げてぇ」
 じじっと言う音とともに筒が開いて一枚の布になった。
「おおっ」っと、思わず小さく声を上げるユニを、カウベルが楽しそうに衣装で包んでファスナーを上げる。
「こうするとぉ……あらぁ?」
 ストーンと、床に落ちた布を見て二人で目をぱちくりとさせて顔を見合わせた。
「そう、ええっと、ちょっとここにボリュームが無いと上手く引っかからないのよね?」
「だから寄せて上げるのかい?」
「あーうーん、そうだったかしらぁ?」
 カウベルが曖昧に首を捻るところを見ても、ユニは満足げに笑っていた。



* * * * * * * *



 彼女はとても親切だ。話のところどころにこの0世界や他の世界の話題を挟み、またユニの居た世界の様子を聞いては部屋にある小物を取り出し「こんなかんじ?」と尋ねてくれる。
 それから彼女の持っている衣装の多彩さは凄い。
「この服どういう構造なんだろう?」
 そうユニが言うと、彼女はできるだけ服を『開き』にしてくれる。
 自分の服は一枚の布を巻きつけただけのものだ。彼女の服は何枚もの布を縫ったり、留め具をつけたりしてくっつけてあるらしい。
「カウベル君が着てるとこ見てみたい」
 そう言うと、「ちょっと待ってね!」という声とともに衣装の壁へつっこんでいき、その影でゴソゴソしたかと思うと「ばばーん!!」と言って、その衣装を身につけて跳び出して来る。
 「ばばーん!!」の意味はわからないけれど、身を隠したかと思うと、あっと言う間に違う衣装になって現れるその様子が面白くてユニはとても楽しくなった。
「僕にも似合うかなぁ? 僕のはただ布を巻いているだけだから、何かちょっといいな、って」
「そうねぇ、ユニちゃんは細いけど身長があるからパンツも似合うかなぁって、着た事無いんじゃないかしらぁこういうの!」
 カウベルが服の山から取り出したのは、二つの細長い筒状の布が上部でくっついたようなカンジのモノ。
「それはどうやって着るのかな?」
「これはぁ、こう、足を片方ずつつっこんで、こう上げて、こう!!」
「へぇ! それは随分窮屈そうだねぇ」
「お気に召さなかったかしらぁ。あとはそうねぇ、ワンピースなんかいいんじゃないかしら、ほらぁ、今着ている服の両脇を繋げた感じね。これは上から被るだけよぉ!」
「ひゃあ」
 ズボッと布を頭から被せられて驚く。でもササッとカウベルが留め具をひっかけてくれて、キュッと幅広の布を腰で縛ってくれて。
「ねぇ、ホラホラ、ユニちゃんの髪の色とも合っているでしょう? そう、髪にもこうやって付ければ完璧よね!」
 大きな全身鏡の前にユニを誘い出すと、頭の一部にも同じように布を飾ってくれる。
「そうか、水の外だとこんなに布がフワフワするんだね、水の中でもフワフワするのだけど、とても様子が違うなぁ。僕も陸を知らないわけではないけれど、何だかとても新鮮な気がするね」
「私たちはぁ、お水の中に入る時はあんまりフワフワしない服を着るわねぇ。水着って言うの」
「ふぅん、何でフワフワにしないんだい?」
「ええっとぉ、上手く泳げないからかしらぁ? でも水着を着ても泳がない事もあるのよねぇ……」
「??」
 カウベルはまた悩み込んでしまった。カウベルにもわからないことが沢山あるらしくて、そのたびに難しい顔をして部屋の天井を見る。
 その間に、くるりと鏡の前で一周。
 ふわりと、服の端が空気を含んで広がった。
 水の中より重いようで軽い。
 元の世界と違っても同じでも、新しい事が沢山ある。
「ユニちゃん可愛い! もう一回まわってみせてぇ!!」
 いつの間にかこちらを向いていたカウベルが満面の笑みで手を叩いてくれるので、その音で空気が震えるのを感じながらもう一周。



* * * * * * * *



「ばばぁん」
「きゃーヤダ、可愛い! ユニちゃん大分着こなしが上手くなってきたんじゃなぁい?」
「僕の世界では見ないような色の服だねぇ、それにとても短いなぁ」
「大丈夫よう、0世界ではカウベルとリリイより肌を隠していればだいたいOKって言われているんだからぁ」
「じゃあ大丈夫かなぁ」
 さて、哀しきかな、すっかりユニ君はカウベルに毒されてしまったようである。
 カウベルはそれなりに正しいことも言うし、親切だ。しかし、一番真似してはいけないのはそのファッションセンスである。
「今度、リリイさんのお店でお洋服を仕立てて貰うといいんじゃないかしらぁ、今のお洋服も素敵だけど、リリイさんなら貴方にピッタリで最高に可愛い一着を作ってくれるわぁ」
「でもなんだっけ、なれっじきゅーぶ? が必要なのだろう。僕はまだ少ししか持っていないんだ」
「大丈夫よぉ、リリイさんには今度来た時に払うって言っておけばぁ、なんならカウベルがそう言っていたって言って貰えば大丈夫大丈夫ぅ!」
「それはとても安心だねぇ」
 第二に金銭感覚は真似をしてはいけない。いくら金儲けより趣味に近い0世界の店だって、持たざる者が来るのは嬉しいことではない。
 しかも異世界から来たばかりの不慣れな旅人を店の主人は追い返せないことが多い。
 そして他の世界へ旅立つ前に可及的速やかにしかしやんわりと金銭に対しての知識を教えてやらねばならない思いに駆られるだろう。図書館で誰か教えなかったのか!と心の中で叫びながら。
「困ったら、また何でも聞きにきてくれればいいのよぉ、それにトラベラーズノートを使ってくれればいつでも答えるわぁ」
「ありがとう、で、その『とらべらーずのーと』って言うのはなんだったかなぁ?」
「あら? まだ話して無かったかしらぁ??」
 そもそもカウベルに新人教育を任せるのは間違っている。カウベルが下っ端だから妥当な人事かというと、ただの二度手間だ。
「ふーん、あれ、この四角いのは何だったっけ」
「それはパスホルダーね!」
 非常に基本的なことを教えそびれていることが、必ずあるだろう。
 まず、新人ぽい奴がカウベルの部屋の付近をうろついていたら、何かの間違いなので、最寄りの司書に連絡されたし。
「何だか大分この世界に詳しくなってきた気がするなぁ」
 連絡されたし。



(終)

クリエイターコメントお待たせいたしました。
カウベルの【司書室にて】をお送りいたしました。

とてもゆったりした方がいらっしゃって、カウベルのノンビリ感と合わさってとってもユルユル空間に!
ボケっぱなしです。
もう少し雰囲気のある話もしたかったような気もしますが、それは他のお話に回させていただき、フワユルを追及しました。
短い期間にはなりますが、これからツーリストとしての生活を楽しんでいただけますよう、心からお祈り申し上げます。

ありがとうございました!
公開日時2013-11-23(土) 12:30

 

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