イラスト/虎目石(ibpc2223)
『辛いことを乗り越えて、怖い思いを振りきって、笑いたい。そんなときに、その人を思う。それってとっても特別な存在ですよね』 ブルーインブルーの花祭り『ドルチ・フェステ』 潮風を染める程の甘いシュシュの花の香り。――花びらにくちづけをしたら 王子様に会いに行くの――風よ 歌声とともに花香を届けて――胸の芯まで甘く染まる 片恋の香りを 人魚の恋歌。「恋のお守り……」 ふぅ、と押し花にしたシュシュの花を見つめながらソア・ヒタネはため息をついた。 花祭りでレイラから貰った言葉と、レイラから貰った恋花と。 何度も何度も繰り返し考えている。――サキさんのこと…… お花見の時助けられて以来、辛い時や怖い時には、すぐ彼のことが頭に浮かんでしまう。 頼りたいだけ? しかし、頼りになる人なら、同じチェンバーで働いてる人や、依頼を一緒に受ける仲間の人にもいっぱいいる。でも、考えるだけで胸の中があったかくなったり、ドキドキしたりするなんて、他の人にはならない。「特別……」 レイラがつけていた不思議な色合いのストール、押し花と同じ香りで。『そんな特別な人にも、シュシュの花は気持ちを届けてくれると思いますよ』 彼女はソアからの「自分は恋をしているのか?」という問いにハッキリと答えを言わなかった。 それでも届くのかな。「……そうだと、いいなぁ、って。私はレイラさんに答えたんだ」 よしっ、とソアは自分の頬を叩くと立ち上がった。* * * * * * 元旅団員で、ソア達の勧めを受けて図書館員になったサキが最初に受けた依頼は、皮肉にもインヤンガイで蘇った元旅団員との戦いだったと聞く。 本当は着いて行きたかったけど、戦えないソアはターミナルで待っていた。 先輩や劉さんも一緒と聞いてはいたけれど、元仲間の人と戦ったのだ。辛い思いをしたかもしれない。「おかえりなさい、サキさん。お疲れ様でした」 サキさんが帰ってきたら、そう言って笑顔で迎えて。「ええと、ええと……」 色々と労いの言葉をかけようと思っていたのに、サキの顔を見た途端頭から飛んでしまった。 サキと正面から向き合っていると、なんだか顔が熱くなって気恥ずかしい。 対するサキも何だかフワフワと目線が泳いでいて。「お、おう」 と、一言言うと黙ってしまった。 だから、ソアもこう言うのがやっとだった。「そ、その……良かったら、わたしの家でゆっくりしていきませんか?」「うん」 サキもそう言うのがやっとだった。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ソア・ヒタネ(cwed3922)サキ(cnma2144)=========
「すみません、晩御飯に食べたいものはありますか? 買い物をしていきたいんです」 ソアは隣を行くサキに遠慮がちに声をかけた。 サキは特に何をしゃべるわけでもなく、口を尖らせた様な顔をしてゆっくり歩いていた。 ――お疲れなのかもしれない…… やはり買い出しは先にしておくべきだったか。 好きな食べ物を聞いてそれを料理に出したい。その気持ちから通り道に近いとはいえ買い物を後に回してしまった。これは自分がしたい事を優先してしまっただけで、サキさんの為にはなっていないのかもしれない。 サキが答える前にグルグルと考え込んでしまい、気付いた時には驚いた顔のサキに手を引かれていた。 「え、買い出しすんならこっちだろ?」 「……! そ、そうですね!」 曲がり角を通りすぎそうになっていたらしい。 サキは心配そうな顔をした後、小さく舌打ちをして手を離した。 「すみません……」 「いや、別にいいけど……」 サキはサキで色々考えていた。食べたいものに野菜や煮物しか浮かんでこない。ソアの顔を見ると醤油と海藻出汁と白飯が浮かぶ。しかしわざわざ相手の得意料理を言ってしまうなんて、何となくだが恥ずかしい。そもそも自分はどちらかといえば所謂、西洋文化系の人間であって、和食が好きになったのもつい最近(博物屋も食文化的には近かったので、普段はパン食である)。いつの間に餌づけされていたのか漬物食べたい。 そして隣にいるソアがおどおどグルグルしているのは何となく気配でわかっていたが、何故そうなっているかがわからなかった。なるべく歩く速度は抑えている。先輩からのアドバイスだったが、まさに牛歩といった状況に加え、道を間違えるソアに不安を感じる。 ――調子が悪かったりするんだろうか。 「……肉じゃが」 「!? そんなものでいいんですか!?」 「豚肉で……」 「はいっ!」 ソアがグッとガッツポーズを見せたので、サキは少しほっとした。 「実は家のあるチェンバーよりほんの少しだけ寒いチェンバーに小さい畑を借りたのです。前にいらっしゃった方が帰属するのでそのまま世話を引き継いだのですが……ちょうどタマネギやジャガイモ、ニンジンも美味しいものが採れたところなんです! とても綺麗に手入れされた畑で、お野菜もとても綺麗で――」 嬉しそうに頬を染めて語り出すソアの話を、聞きながら、もうひとつの懸念事項がサキの頭をよぎった。 ――戻ったら、ソアにハグ。 ルンがインヤンガイで言っていた言葉がリフレインする。 できるかボケ! とサキは思った。 □ □ □ □ □ □ □ □ □ ソアのことを黒毛和牛と呼ぶ肉屋の店主と軽く口論になり、最終的に和解して巨大な豚ブロックを割引きして貰うまで、たっぷり30分を要して買い出しは終了した。 荷物をどちらが持つかでサキが不機嫌になってしまい、荷物を持ったサキが大幅に先行してソアの家に帰る。 「ご飯にしますか? それともお風呂にしますか?」 「ソアアアアアアアアアッ」 「ふぎゅぅ!!」 顔を真っ赤にしたサキに両頬を掴まれ、ソアが間の抜けた声をあげる。 「どひらも大体準備でひてまふ!」 「お前は心底色々心配だよ!!」 柱に頭をぶつけてから、力のこもった声でサキは宣言した。 「風呂!」 「はいっ、お背中ながs」 「ソアアアアアアアアアッ」 「ふぎゅぅ!?」 サキはソアに再びクローを決めてから、ドッと疲れを感じてよろよろと風呂場に向かって歩き出した。 「あっ、脱衣所にタオルと浴衣を出してありますからっ」 「わかってっから着いてくんなぁー!」 「はい!」 パタパタと着いてくるソアを台所へ押し戻してから、サキは一人になって盛大なため息とともに頭から湯を浴びる。 「うーん、煮込むだけなので時間が余ってしまいました」 冷菜を先に並べて、ソアもまたため息をついていた。 菜箸の先で盛りつけたサトイモをつつく。煮こごりを絡めた凝った一品は肉じゃがとバランスは悪いかもしれない。「料理もカラフルがイイわよね!」というカウベルの一言から、長めのチンゲン菜を別茹でにして、刻んだニンジンも飾った。被らないように肉じゃがのニンジンは先ほど花の形に手早く細工。花の形は途中までは桜に、そして途中からシュシュの花の形にしていた。 副菜にと焼いておいた旬の鮭の西京焼きの横にはたっぷりの大根おろし。 それからキュウリと茄子とカブのお漬物。まだ鍋に入っているお味噌汁はシンプルにキノコと小葱。 ――いつもより華やかです! 青いケーキでも平気で食べるカウベルに感謝の気持ちで祈りながら、ジャガイモを転がしに鍋へと小走りに向かった。 お花見の時に聞けなかった料理の感想を聞いてみたいな。喜んで貰えるといいな、ソアはジャガイモが煮崩れないようにそっと鍋を混ぜながら微笑んだ。 □ □ □ □ □ □ □ □ □ 「うめぇー!」 サキは一口肉じゃがを食べご飯を頬張り飲みこんだところで、非常にシンプルに且つ素直に感想を発した。 「本当ですか!」 「いやマジで、味覚に自信はねぇが、ソアん飯は美味いわ。酒が欲しくなるぜぇ」 「買ってありますよ?」 「まじか!」 嬉しそうな反応にソアが取りに行こうと立ち上がったところで、サキは考え直したように首を振った。 「やっぱ今日は良いわ」 「そうですか?」 「いいからソアも食っとけ、お前その米入れの前で俺が食べ終わるの待ってるつもりだったろ」 ――おひつの事でしょうか? ソアは「そうです」と微笑みながら、サキの向かいの席についた。 「サキさんと初めて会ってから一年くらい経つんですね」 「もうそんなか」 出会った頃の事を思い出したのであろう、サキは苦笑しながら鮭の身を割った。 「その間にサキさんは自分の居場所を見つけて明るくなって……本当に嬉しいって思います」 明るい茶の瞳が少しだけ細められる。寄せられる眉。伺うような表情。 「お仕事お疲れさまでした。その……まさか最初のお仕事から旅団の方と戦うことになるなんて……私も考えも足りずに図書館員になれだなんて……」 違う、こんなことを言いたいのではない。 「わたしは一緒に戦えないし、力になれることなんてなくなっていくかもしれないけど、サキさんの人生が充実することを祈っているんです……その、それだけで……」 ――……そうじゃない。 「ソア、どうしたんだよ、何か変だぜ??」 「そ、そうでしょうか」 慌てて、肉じゃがに箸を伸ばす。 シュシュの花の形に切ったニンジン。 部屋に飾ったシュシュの花はこちらを見ているはず。 ――勇気をください……! 「わたし、サキさんが好きなんです……サキさんに恋してるんです!」 「ゴホッ」 サキは味噌汁に咽た。 「サキさんとずっと一緒にいたい、離れたくない……!」 「は、はい」 サキは姿勢を正した。 「そう気付いてから、いつも頭の中でサキさんでいっぱいで、自分が自分じゃなくなった感じがして、こんな気持ち初めてで、どうしたらいいか分からなくて怖いんです」 「あわわ……」 ソアは止まらない。 「ねえサキさん……こんな時、どうすればいいですか?」 「どう……」 「ごめんなさい……サキさんは強くなったのに、わたしは弱くなってしまいました」 サキは顔を赤くしたまま止まってしまった。 ソアも顔が熱かった。きっと同じように赤くなっているだろう。そして頭がカーッとして涙が出そうになってきた。 しばらく、しんとした沈黙の中、料理から出る湯気が少しずつ薄くなっていくところを見ていた。 「そ、ソアは、何で弱くなったって思うんだ?」 顔を上げるとサキはパッと目を反らした。しかし口を引き結んでからこちらを真っ直ぐに見なおす。 「お花見で迷子になっていたときにサキさんが来てくれた時から。 辛い時や怖い時にはサキさんが助けてくれないかなって、思ってしまうんです」 「辛いことがあったのか?」 サキは心配そうに聞く。ソアは慌てて首を横に振ってしまった。 「ちゃんと言えよ。わかんねぇから」 「大丈夫です。サキさんのことを考えるだけで、頭がいっぱいになって辛いことなんて……」 口を尖らせて、それからサキが言葉を選ぶようにゆっくりと話だす。 「ソアが弱かったら、俺なんかどうなんだよ。ターミナルに来てから、俺がどれだけのことを選んだと思う? 全部ソアが決めたようなもんだぜ」 ソアは目を丸くしてパチパチと瞬いた。 「俺なんかを頼るなよ……少しも強くもねぇし。ソアを頼ってるのは俺の方だと思う」 そう言うと、サキは立ちあがってソアの横で膝を折った。 ギュッと、ソアの頭を抱く。 ドキドキと胸が鳴ってはちきれそうだった。 それは、どちらも。 「今も、ソアから好きって言ってくれただろ? 俺は全部ソア次第だと思う……ぜ?」 「そ、そそそそそれはどういう」 「甘えて、甘えさせる。番いは、そのためにいる、ってルンが言ってた」 頭の上から響く声が余計に胸を高鳴らせる。ゆっくりと後頭部を撫でていく手のひらの感触。ソアは突然サキの顔を見たくなった。 「さ、サキさんの顔が見えません……!」 「見せられねぇえええええええええ」 ぎゅうううっと、さらに強く抱きしめられて。 ソアは苦しいと言ってもしばらく離して貰えなかった。 □ □ □ □ □ □ □ □ □ 「泊っていかれないんですか?」 明るい月の下で、ソアが寂しげに汚れた服に着替え直したサキを見つめた。 「先輩や劉にチキン野郎……いやもっと酷い事、言われるから今日泊らなかったことは内緒にしておいてくれよな……」 「?」 「まぁ、うん、ソアのそういうところ……好きだから」 ボッと、双方が赤くなって俯く。先ほどからこんなことばっかりである。 「今度、貰ったナレッジキューブも持ってくるな。アレ、手ぇつけてねぇし」 「ええ!? やはり全然足りませんでした……?」 「いやいや、俺は俺で稼いでるから。あれはソアの為に使えよ。これから何処で生きてくにしても金は大事だぞ」 ソアは不安気に緑の瞳をあげた。 「一緒ですよね……?」 「……うん」 ふわりと、冷たい風の中に。 甘い香り。 ――おめでとう! と声がしたような気がした。 (終)
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