オープニング

 古城蒔也がそこをぶらついていたのは、特に何の意図もない。強いて言えば退屈していてじっとしているのが耐え難く、何か暴れられる依頼でもないか、巻き込んでくれる騒ぎはないかと期待してぶらついているだけだ。
 けれどターミナルで、そうそう蒔也好みの騒ぎは起きない。呑気で安穏とした空気を尻目に、つまんねぇとぼやきながら歩く先にコタロ・ムラタナを見つけたのは偶然だ。今日はクッキーを隠し持って某司書を捜しているのではなく、偶々そこを通りかかっただけだろう。
 この広いターミナルで、なんて運命的な出会い(棒読み)。
「鼠クーン」
 躊躇せず声をかけたのは、勿論暇だったからだ。満面の笑みを浮かべてどこまでも友好的に手を振るのに、何故だろう、コタロの頬が引き攣ったように見える。まぁ、見間違いで済ませられる範囲だが。
 ゆらりと大きく視線が揺れ、それでも声をかけられた以上はと蒔也が寄って行くの待っているコタロに軽い足取りで近寄る。
「よ。何やってるんだ、こんなとこで」
「いや……、別に。……世界図書館にでも、行こうかと……」
「へー。何しに?」
 何しにってお前。と言わんばかりの胡散臭そうな一瞥はくれられたが、コタロはもごもごと依頼を探しに、と答える。
「ちょうど俺も暇してたんだ、鼠クンと一緒に依頼を受けるのもよさげだな」
「……できれば避けたい……」
 ぼそりとした呟きは聞き取れたが、聞こえなかったことにして世界図書館がある方角を指し示す。
「それじゃ、ついでだし一緒に行くか」
「あ、……いや、……」
 やはりやめるとか後にするとか、聞こえそうなところで蒔也は行くだろ? と楽しげな笑顔で思い切り語尾を上げる。コタロの視線がふらふらと揺れ、諦めたように落ちる。
「……ああ……」
「そういえば、鼠クンは何の為に依頼を受けてるんだ?」
「……何、の為……?」
 質問の意味が分からないといった様子で聞き返されるが、蒔也は例えばと指を立てる。
「俺なら主に暇潰しの破壊。後は爆破したいから? 若しくは派手に暴れられたらなーって、」
「どれも爆破絡みかっ」
 コタロでさえ思わず突っ込む回答に、蒔也は自分でけらけらと笑う。小さく息を吐いたコタロに、だから鼠クンはと重ねて促す。金の為とか生活の為は大前提だからそれ以外でなと付け足すと、コタロは眉根を寄せて考え込む。
「それ以外なら……、腕を鈍らせない為、……?」
 戸惑いながらも答えられたそれに、思わず蒔也の目が輝く。知らず後退りしたコタロは、その時点で本能に従い踵を返しておくべきだったかもしれない。
「偉いなぁ、鼠クン。じゃあ、俺も手伝ってやるぜ!」
「いや、……遠慮す、」
「遠慮すんな。いつ何時も訓練したいって鼠クンの立派な心意気に打たれたんだって、マジで!」
 だからどんと胸を借りるがいいと胸を張る蒔也に、色々何か違わないか? と思いつつも上手く言葉にできないコタロは、流されていくしか術がない。
「そうだな。ここは一つシンプルに、世界図書館まで鬼ごっこ、でどうだ?」
 嬉々としてされた提案は予想よりひどくなかったのだろう、コタロも小さく息を吐いている。その程度ならと頷きかけたところに、蒔也がにんまりと嬉しそうに手袋を外した。
「鼠クンは逃げる、俺はタッチしたら勝ち。ってことで」
「待て! わ、わざわざ手袋を外す、い、意味がっ」
 確か触った物を爆破させられるんじゃなかったかと僅かに青褪めつつ突っ込まれ、蒔也はそうだけど? と今更の確認に笑顔で頷く。
「断るっ!」
「断るなよ。本気でやらないと、訓練になんねぇだろ?」
 目一杯協力したいだけじゃないかとにこにこと言い募る蒔也に、コタロは口を開閉させども言葉が出てこない。嫌だ断るの一点張りですむ話だとは思うが、コタロが思いついていないのだからしょうがない。
「じゃあはじめ、」
「待て!」
 すぐにも始めたいところをすかさず制されて不満げな顔をした蒔也は、ルールは明確にしろ……っと必死な様子のコタロに納得して頷く。
「か、関係ない人は巻き込むな……っ」
「ああ、それは当然。俺のターゲットは鼠クンだけだって」
 ターゲットって何事だと珍しく食い下がってくるのを軽くあしらった蒔也が、後は? と促すとしばらく考えて付け足される。
「……建物は、壊すな」
「弁償させられても困るしな。あ、けど鼠クンも世界図書館以外の建物に入ったらアウトだぜ」
 かくれんぼじゃないんだからなと蒔也が条件を足すと、ふらりとコタロの視線が逃げる。隠れて遣り過ごす気だったのだろうか。
「世界図書館に……辿り着けば。自分の勝ち、か……」
「そう。その前に俺が鼠クンにタッチしたら、俺の勝ち」
 単純明快だろ? とわくわくして目を輝かせる蒔也に、コタロはもはや言うべき言葉も見つからずにじりじりと距離を取る。
 先日の依頼時にも、あの手が自分に向けられたことを覚えている。深い付き合いがあるわけではないが、蒔也はコタロに触れる瞬間もきっとあの楽しそうな笑みを浮かべたままだろう。
 ぞくり、と背筋に寒気が走る。
「それじゃ、十数えたら追いかけるからな。いーち、にーい、」
 子供みたいに無邪気な声で数え始める蒔也に押されるようにして、コタロは世界図書館に向かって駆け出した。
 どうしてこうなったー! と切実な悲鳴は、今のところコタロの胸中にだけ響いている。



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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
コタロ・ムラタナ(cxvf2951)
古城 蒔也(crhn3859)
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品目企画シナリオ 管理番号2877
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
クリエイターコメント逃げてー! 全力で逃げてー! と、依頼文を拝見して真っ先に叫んでしまいましたが。
書かせて頂く際にはテンションは上昇しても、公平にさせて頂きますのでご安心ください。
ともあれ素敵鬼ごっこの提案、嬉々として力一杯綴らせて頂く所存です。宜しくお願いします。

ルールは提案して頂いたまま、何の改変もなくそのまま行かせてもらいます。思う様逃げ、追いかけてください。
どんな心境で追い追われ、どんな手段を使って勝とうとするかをお聞かせください。
反則上等! でも、フェアプレー精神でも歓迎です。

勝ち負けの判断は、お二人様の申し合わせがなければこちらでプレイングを拝見し、これは勝つな。と思った側に勝手に軍配を上げさせて頂こうと思います。
勝った時、負けた時のリアクションと、その際の対処方法も添えておいてくださいませ。

ではでは、鬼ごっこの行く末を誰より楽しみにしながらお待ちしております。

参加者
古城 蒔也(crhn3859)ツーリスト 男 28歳 壊し屋
コタロ・ムラタナ(cxvf2951)ツーリスト 男 25歳 軍人

ノベル

 いーち、にーい、とのんびり数を数えながら既に姿のないコタロの姿を思い浮かべ、蒔也はうっそりと笑った。
(鼠クンは図体でかいからなぁ。胴体の真ん中からやったら、綺麗に見えそうだ)
 さーん、しーい、と数を続けながら爆発の瞬間を思い浮かべて目を細める。豪勢な打ち上げ花火よろしく吹き飛ぶ姿にほうと感嘆を洩らしたしたのも束の間、でもなぁと僅かに眉根を寄せた。
(あんまり派手すぎると、鼠クンのイメージと合わねぇんだよな。だからって弱すぎるとしょぼくなるし、せっかく爆破すんのに勿体ねぇだろ。強すぎず弱すぎず……威力の調整がなぁ、)
 ぶつぶつと知らず真剣に考え込んでいた蒔也は、はっと我に返って目を瞬かせた。どこまで数えたっけ?
「……ま、いっか。それなりに待った待った」
 下手をすれば、十秒も経過しているかもしれない。もたもたしていては負けてしまう、急がないと。
 よく我慢したもんだと頻りに頷いてルール厳守の自分を褒め、ゴールである世界図書館の位置を脳内地図で確認して前を見据える。口許には、いつもより一層楽しげな笑み。
「さ、それじゃ爆破に向かうとしますかね!」
 確か名目上は鬼ごっこですよね!? と蒔也の不穏当な言葉に突っ込める相手は、残念ながら今ここにはいない。訓練を兼ねた遊びなんて口実はどこ吹く風、本気でやる気っぽく目が輝いているように見えると指摘できる誰かもいない。
 つまり、破壊衝動の赴くまま本気の追跡が始まる。
「まずは最短距離から潰すか」
 建物には入らないというルール上、辿れる道筋は絞られる。遠回りすれば蒔也の目はかわせるかもしれないが、結局のところゴールが決まっているのだから意味はない。逸早くゴールに向かう、というのが正しい選択だろう。
「ま、逃がす気はねぇけどな!」
 弾んだ声で宣言する蒔也の目は、コタロの姿を探しつつ捕獲に使えそうな道具も探している。凡そ十秒のハンデは、思うより大きい。少しでも差を詰めるのに必要な物は、
「お。いいもん発見」
 前方に自転車やスケボーを持って揃っている少年たちを見つけ、急いで駆け寄る。手近にいた一人からスケボーをひょいと取り上げ、借りるなーと声をかけた時にはボードは既に蒔也の足の下。
「っ、ドロボー!」
「人聞き悪ぃなぁ、返しに来るって」
 またいつか。今度。多分。きっと。
 聞かせられない続きは心中に留め、器用にスケボーを操って距離を稼ぐ。程なくして逃げるコタロの背中を見つけ、にいと口の端を持ち上げながらサイレンサーつきのハンドガンを取り出した。
 こんなこともあろうかと、常日頃持ち歩いている常備品だ。蒔也に憂いはない。
「鼠クン、みーっけ!」
 聞こえるように声を張ると、肩越しに振り返ってきたコタロは蒔也が構えるハンドガンを見てぎょっとしている。何か言いたげに口は開閉させるが、その間も惜しんで逃げにかかる姿に正解と笑みを含んで呟き、引き金を引く。
 駆け抜けた真横の店舗に被弾したのをちらりと確認したコタロは何か言いたげにしたが、結局言葉を呑んで店と店の間の細い路地に入り込む。
「そんなとこ入ったら、狙いがつけやす、い……?」
 つけやすいぜと笑いながら照準を合わせようとした蒔也は、確かにそこに入ったはずのコタロを見失って何度か目を瞬かせた。からっと上から何かが転げてきて視線を上げると、上手く壁を伝って屋根に向かっているコタロが目に入った。
「すっげ、壁なんか登るかー?」
 そんなこともできちゃうのかとけらけら笑った蒔也は、建物に入るの禁止じゃなかったっけー? と少し遠い姿に呼びかける。ちらりと見下ろしてきたコタロは少し口篭った後、入ってない、と吐き捨てて再び逃げ始める。
 ずっりーのと口では言いながら面白そうに笑った蒔也はスケボーを足で跳ね上げて抱え、路地から出ると屋根を移動していくコタロの姿を時折確認しつつ追いかけ始めた。





 逃げろ、逃げろ、逃げろ。本能と理性が一緒になって攻め立ててくるのは、その一言だけだ。
 何故今自分が追い立てられているのか、捕まったら爆破という罰ゲーム以前の笑えない事態が待っているのか、蒔也が何を考えているのか、さっぱり分からない。理解不能だ。ただ暇をしている蒔也と行き会った、それが不運の始まりなのか。
 否。そもそもを質すならば、蒔也と知り合った不運を嘆くべきか。
 しかし、今ここで覆らない過去を後悔している暇はない。捕まったら死ぬのなら、本気で逃げる。それに尽きる。
「鼠クン、みーっけ!」
 嬉々とした声に早すぎるだろうと振り返り、相手がスケボーに乗っていることに気づく。しかしいつの間にそんな物をと問い質すなら、彼が構えるハンドガン──しかもサイレンサー付きとは用意がよすぎないだろうか──こそをそうすべきだろう。
 何を考えているのかと口を開きかけたが、上手く言葉にならない。このままでは確実に撃たれると踏んで即座に逃げにかかると、本気で真横の壁に被弾するのを見て頬が引き攣る。
(建物を壊さないに抵触しないのか、今のは!?)
 蒔也の思う破壊の範囲には入らない小さな被害としても、壊していることに変わりはない。あれを相手にルールを守って逃げていては、必ず捕まると奥歯を噛み締めた。
 目についた細い路地に入ると、躊躇なく壁を伝って屋根に上がる。建物に登りはしたけれど、入っていない。ルール上、問題はないはずだ。
「ずっりーの」
 楽しげな批判が下から聞こえてくるが、無視だ。お前も似たようなものだろうといった言葉は喉の奥、詰まって出てこないので溜め息に変えて屋根に魔法陣を描きつける。人様のお宅に勝手なことをして申し訳ないと心中に謝るが、こちらも命がかかっているのだから大目に見てもらおう。
 再び走りながらボウガンを取り出して矢の先に移動符を貼り付けるが、手持ちの移動符はそう多くない。もう少し効率的に距離を稼げないかと思案していると、何かが投げつけられてきた。嫌な予感がして即座に石を拾い、碌に確かめもしないままそれにぶつけると小規模ながら爆発が起きた。
 蒔也が走るのは、露店が並びちらほらと行き交う人たちもいる道だ。何を考えているのかと思わず下を窺うと、にいと笑った蒔也が大きく手を振っているのを見つける。
「降りてこいよ、鼠クン」
 そんなところじゃ届かねぇだろと笑いながら片手に跳ねさせているのは、今コタロに向けて投げてきた手榴弾か。
「っ、た、他人を、」
 巻き込まないルールはどこに行ったと声を荒げる前に、蒔也はやだなぁと声にして笑いコタロを見据えて目を細めた。
「鼠クン、ルールってのは破るためにあるんだぜ」
「っ……!」
 これでは逃げるに逃げられない。張ったりだとは思うが絶対にそうだと断言できない以上、降りるしかない。さすがに目の前に下りるほど馬鹿正直にはなれず、反対側に回って屋根から飛び降り、すぐさま追いかけてくる蒔也と対峙する。
 何故か肩に大きな袋を担いでいる蒔也がそれを投げつけてくるので、咄嗟にボウガンで撃ち落とす。が、移動符により強制的に屋根に追いやられる前、その袋は蒔也が続けて投げた何かによって小規模な爆発を起こし、ぼふっと弾けていた。
 本体と大半は避けられたが、風に乗ってコタロを覆ったのは白い粉。顔に塗れたそれを舐めれば、小麦粉らしい。
「うはは、真っ白! ハツカネズミかよ!」
 粉鼠だと腹を抱えて笑っている蒔也に、顔を拭いながら再び移動符を張ったボウガンを向ける。同じ魔法陣上に移動させれば蒔也も粉まみれだ、ざまあみろ。
 残る移動符は僅か、後はもう自分を移動させる最後の手段に取っておくなら自力で世界図書館に向かわねばならない。さっきの爆発騒ぎで人が集まってきた、蒔也が降りてくるまでに少しでも距離を稼ぐべく目についたワイヤーを買い求めると後は一心に走る。
 積み上げられた荷物を軽く飛び越え、横に並ぶ三人連れを避けるべく壁を走って追い越し、疎らに歩く人の間を器用に縫って走る。少しでも先に進むべく細い手摺を駆け抜けると、再び立ちはだかる建物の壁を登って直線距離を進むべく再び屋根に登る。振り返り、蒔也の姿がないことにほっとしながらも油断するなと自分に言い聞かせてボウガンの矢にワイヤーと爆発符を括りつけた。
 トラムの遠い走者音が聞こえている。蒔也に発見される前にその屋根に飛び乗れば、かなりの距離を稼げるはずだ。普通に道を辿っていれば、いつまたどこで他人を巻き込むか分からない。今いる場所からレールまでは大分距離はあるが、練習している暇はない。チャンスは一度きり。
(ここは、どこの戦場だ……?)
 思わず皮肉に心中で呟いたコタロは、ふと先ほど問われた質問を思い出した。何故、依頼を受けるのか。咄嗟に出てきた先に挙げた答えも、間違いではない。けれど。
(自分は、兵士だからだ)
 兵とは組織の為に闘う者。図書館に忠誠を誓っている訳ではないが、コタロは自分が兵である事に重きを置いている。故に、任務として依頼を受け続けるのだ。
 見つけた答えに、ほんの僅か、口の端が持ち上がる。
「往生際が悪いぜ、鼠クン」
 また屋根の上にいるしさーと笑いながら嘆く蒔也の声に振り返り、近づいてくるトラムに気づく。
 タイミングを見計らって太く伸びた木の枝にボウガンを向け、着矢させる。ワイヤーがしっかりと枝に絡まったのを見て飛び降り、遠心力を使ってその先を通り抜けるトラムの屋根に向かう。爆発符を使って上手くワイヤーが解けたのもいいが、勢い余って顔面から転んでしまった。
 トラムから転げ落ちていたら、大怪我ではすまないところだ。
「……くそ……っ」
 痛い額を押さえ、振り返るとかなりの勢いで遠ざかっていく蒔也がそれでも腹を抱えて笑っているのは分かる。自分でもちょっと、今のは無様だったと思う。
(ぶっつけ本番にしては、いい出来、だ……)
 自分を慰めるように心中に呟くが、ダメージは大きい。色んな意味で。
 世界図書館に一番近づいた地点でトラムを飛び降りるまで、何となく膝を抱えてしゃがんでいたのは誰にも見つかってないといいのだが。





 トラムの屋根に飛び乗って遠ざかっていくコタロを眺め、蒔也はあーやっぱ面白ぇと蒔也はけらけら笑いながら立ち上がった。これで大分距離を稼がれることにはなるが、どこで降りようと行き先が分かっているなら一緒だ。律儀にルールを守るから遠いのであって、それを無視すればいくらでもショートカットのしようはある。
「先にトラムなんて使ってのは、鼠クンのほうだしな」
 文句は言わせないと一人で納得して頷いた蒔也は、スケボーを片手に屋根から下りて世界図書館に向かい始めた。その足取りが軽いのは、暇だと思う間もないほど楽しいからだ。
 初めてコタロに会った時は、面白みのない人間だと思った。壊したいとも思わず、思えず、コタロにとっては幸いなことに蒔也の興味の外にいた。
 けれど最近のコタロは、どんどん人間臭くなっている。観察するのが楽しくて、どんどんと興味を惹かれる。だからこそ、壊したい。
「あいつを許可なく壊したら、怒られるかなぁ」
 ぽつりと呟き、その想像に目を細める。
 怒り狂った誰かが、蒔也を壊しに来るだろうか。ああ、それはそれで楽しそうだけれど。
「ちゃんと逃げ切ってくれよ、鼠クン」
 鼻歌混じりに、決して聞こえないところでエールを送る。コタロではなく、自分の為に。
 壊されるのは好きだけれど、怒られるのは好きじゃない。だから、怒られない事態にしてほしい。
 彼が望むのは退屈しない楽しい時間、だ。壊せるなら最高に楽しいだろうけれど、今はまだいい。我慢できる。──狩りは全力でするけれど。
 とりあえず世界図書館の前で、待ち構えるのが先決だろう。コタロの性格を鑑みれば、蒔也が見ていなくても大っぴらにルールを破れるとは思えない。多少の先行は、それこそ些細なハンデだ。
 ヘッドホンから流れる音楽を口ずさみつつ、途中で油性のマジックを買うくらい余裕を見せながら世界図書館の前に辿り着いた蒔也は、のんびりとコタロを待つ。
 一番近い場所で降りて最短を選んだなら必ず右から来るはずだと判じてそちらに顔を巡らせ、絶望的に顔色をなくして足を止めたコタロに軽く手を持ち上げた。
「よお。遅かったなぁ、鼠クン」
 待ちくたびれたぜと茶目っ気たっぷりに笑って見せる蒔也に、コタロはじりと後退りしている。
「あっれー。俺まだタッチしてねぇから、負け確定ってわけじゃねぇのに。逃げちゃうのかよ?」
「っ、……」
 何か言いかけて口を閉じたコタロは、ふらりと視線を彷徨わせてから恨めしげに見据えてくる。何が言いたいかの見当はつくが、にーっと笑って答えない。
「は、……、……早過ぎ、ない……かっ」
「そっかぁ? 鼠クンが遅かっただけだろ?」
 痛くて気絶してたんだったりしてと自分の額を指してけらけらと笑うと、違うと反論しかけて口を開閉させたコタロはぶすっと黙り込む。ゆらりと立ち上る腹立たしげな気配に、口許が緩むのを止められない。
「おまえが俺を壊してみるか……?」
 構わないぜと挑発するように手を広げる蒔也に、コタロは必要ないと短く吐き捨てた。
 世界図書館の入り口は、蒔也の後ろ。蒔也の手を掻い潜らないと、ゴールはできない。コタロの目は蒔也の動きを見逃すまいと据えられ、僅かの反応にも対応される。
 後ろポケットに入れた小麦粉を握り込んだ蒔也は、その隙を衝いて走り出したコタロにそれを投げつける。煙幕代わりの小麦粉自体が爆弾で、コタロの目の前で弾け飛ぶ。フェイントを入れて潜ろうとしていたコタロが咄嗟に壁際に飛んだのを見越し、手を伸ばす。が、一瞬早くコタロの姿が消えた。
(さっきの、移動の魔法か!)
 それならば着地点が予測可能だ、先ほど使いそびれた閃光弾を世界図書館の入り口に目がけて投げる。咄嗟に目を庇って後ろに飛んだコタロを今度こそ捕まえ、
「参った!!」
 俺の負けだとあまりにも潔すぎる負けの宣告は、随分遠くから聞こえる。捕まえたはずだと自分の手を見た蒔也は、そこに服だけがあるのを見てちぇーと口を尖らせた。
 爆破しそびれた。
「何だよ、こっからが見せ場だってのに」
 ぶちぶちと文句をつけつつも服を返しに近寄っていく蒔也に、負けを認めた割には不服げなコタロが視線を向けてくる。ルールを破ったの何だのと言いたいのだろうかと皮肉げな笑みを浮かべると、訂正したいとぽつりとした言葉にきょとんとする。
「訂正って、何」
 この状態で勝ったと言い出す気かと眉を顰めると、依頼、と思ってもみなかった単語を紡がれる。
「……聞いただろう、さっき。……受ける理由」
「ああ。うん、聞いたっけ」
 そんな気もすると適当に頷く蒔也に、けれどコタロは真面目な顔で続ける。
「自分が兵士だから、だ」
 珍しくきっぱりと断言された答えに、続きを待つがそれ以上はないらしい。どうやら逃げている間に色々と考え、出た結論がそれ、なのだろう。伝えるべきが足りなさ過ぎて凡そ通じないが、如何にもコタロらしくぶはっと吹き出す。
「やっぱ面白いよ、おまえ!」
 けらけら笑って持っていた服を投げ渡し、ほっとしたように受け取ったコタロの隙をついて距離を詰めると、買ったばかりのマジックで頬に髭を三本ずつ落書きする。
「っ、な、何を……っ」
「鼠クンだろー、髭があってこそだって!」
 これで完璧! と満足そうにした蒔也に、コタロは必死で頬を拭っている。インクが伸びて余計にひどいことになっているが、気に留めた様子もない蒔也はコタロの襟首を捕まえて、さーそれじゃ依頼でも受けに行こうぜと引き摺り出す。
「っ、ま、……行かな、」
「爆破し損ねてつまんねぇから、ぱーっと派手なのいこうぜ」
 結構な確率で色々爆発させてましたよね!? と声にして突っ込めるほどのツワモノは、ここにはなく。
 色々と諦めたコタロが無駄な抵抗をやめて引っ張って行かれた先で、受ける依頼がどんな物になるか。それはまた、別のお話で。

クリエイターコメントどうしよう、楽しい! とひたすら楽しんで、勢いで突っ走った感は否めません。でも今回は最初から最後まで止まることなく、一気に書き上げられました。
書き手側のひたすら楽しかったこれが、ちゃんと上手くお届けできていたらいいのですが……っ。
楽しい企画を綴らせくださり、ありがとうございます。

逃げ方、追い方が非常に楽しく、プレイングだけで楽しませて頂けました。
勝ち負けどちらで行こうか書き出すまで迷っていたのですが、完全に流れでああなりました。
公平にやりますと言いながらも書いてる間中、やっぱり逃げてー! と唱えていたのは内緒にしときますね。
勝敗はさておき、無事に逃げ切れてよかったです。

ただ被害はなくとも割かし派手なことになったので、依頼を受ける前にお説教されてないといいんですが……。
早めに終わるよう、お祈りしてます。

お二人様の本気っぷりが、どちらも素敵でした。
一部曲解して使ったプレイングもありますが、ちょっとでも楽しんで頂けたら幸いです。
公開日時2013-08-17(土) 20:10

 

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