●きっかけは旅行のあとで ブルーインブルーの旅行から数日後、舞原絵奈はサシャ・エルガシャと二人、オープンカフェにいた。「ひさしぶりに大勢のごはん、作っちゃいました」 絵奈は今でも、思い出すと笑顔になるのを抑えられない。それは、かつて絵奈のいた日常の光景でもある。「絵奈様もメイドのお仕事をされてたんですか」 サシャに熱い視線を向けられ、絵奈は真っ赤になった。「本当に少しだけですよ。サシャさんみたいな本物のメイドさんに比べたら全然へたっぴで、お恥ずかしいかぎりです」 つい萎縮してしまう絵奈。「そんなことありません! 絵奈様の家事の腕は、旅行の時に見せていただきましたから」 心強い笑顔を浮かべ、サシャは言う。「メイドにとって一番大切なものって、相手の事を考える心だと思います。いくら技術があっても、それだけでは充分とは言えません」「誰の事かな?」 熱弁をふるうサシャの背後に、メイドの間違った例が現れた。隣には幸せそうな笑顔の──つまりいつも通りの幸せの魔女もいる。「あれ、ハイユ様。どうしてここに?」「幸せちゃんとハネムーンの計画をね」「ねえハイユさん、私、子供は赤穂四十七士が作れるくらいほしいわ」「よぉし、パパがんばっちゃうぞー!」 この二人からまともな返答を得るのは難しい。声に出さずとも絵奈とサシャの理解は共通していた。「で? あたしが技術しかないぽんこつメイドだって?」 ハイユ・ティップラルの言葉にサシャは目を見開き、あわてて否定する。「そ、そんなこと言ってませんよ! ワタシはただ、絵奈様がメイドの仕事をされた事があると言うお話を聞いて」「絵奈さん、メイド服を着て! 私の幸せのために! さあ!」 幸せの魔女のボルテージが跳ね上がる。「え? ええと……」 あまりの急展開に絵奈は戸惑うしかない。「着せるだけなんてもったいないよ。ここは絵奈ちゃんにメイドさんの格好でご奉仕してもらおうぜ」「それだわ、ハイユさん!」「ご自分もメイドじゃありませんか」 暴走を続ける二人はサシャのツッコミに顔を見合わせた。そしてどちらからともなしに邪悪な笑顔を浮かべる。「では、こうしましょう」 おもむろに咳払いをして幸せの魔女が言う。「孤児院でハウスキーパーのバイトをしている私も含め、ここにいるのは全員がメイド。それならメイドとして、正々堂々と勝負しない? もちろん負けた人にはバツゲーム付きで」 『メイド』という単語にサシャが、『勝負』という単語に絵奈が、『バツゲーム』という単語にハイユが、それぞれ反応した。●そして、巻き込まれる 普段は巻き込むこと専門とも言える世界司書、紫上緋穂。だが本日は違っていた。 最初は巻き込まれるかと思ったのだが、話を聞いて目を輝かせて、自分から巻き込まれに行ったのである。「さーて、それじゃあルールを説明するよっ!」 四人が緋穂に案内されたのは無人のチェンバー。その中には屋根の色だけ違う小さな家が四軒。だが外から見ても人の住んでいる気配はなく、むしろ放置されて久しい感じがする。「みんなには、この家を一軒ずつ担当してもらいまーす。家の中の散らかりようはだいたい同じくらい。放置されていた時間も同じくらい。だから、この家を綺麗にしてもらいます」 審査部門は次の4つ。 【片付け】【掃除】【ベッドメイキング】【料理】【テーブルセット】 室内は一般的に想像される男の一人暮らしを表したような酷い有様で、なおかつホコリが積もっていたり壁にシミができていたりする。 寝室も勿論、シーツは黄ばんでいてそのままでは寝られそうにない。 キッチンはさすがに使ったままの状態ではないが、放置されて久しいため、カトラリー類を綺麗にする必要もあるだろう。 テーブルセットはダイニングで……と言いたいところだが、これだけは家の外に出したテーブルで行なってもらう。テーブルは4人がけのものを想像してもらうといいだろう。「審査は私、紫上緋穂がやらせてもらうよー。勿論公平に厳正な審査を心がけるからよろしくね!」 勝者が決まったら、勝者のセットしたテーブルでティータイムと罰ゲームタイム。 楽しみ、と笑顔を見せる参加者たち。 彼女たちは知らない。こっそりと緋穂が送っていたエアメールの内容を。『第一回・メイド対抗ハウスキーピング対決エントリーリスト。 風:気まぐれなこと風のごとき幸せの魔女 林:一人静かに仕事に打ち込む絵奈 火:本業メイドの仕事に魂を燃やすサシャ 山:動こうとしないハイユ 勝者/敗者予想求む!』=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ハイユ・ティップラル(cxda9871)サシャ・エルガシャ(chsz4170)幸せの魔女(cyxm2318)舞原絵奈(csss4616)
「じゃあ、はーじめーるよー!」 臨戦態勢の四人が、緋穂の合図でそれぞれの担当となった家へと走りこんでいく。家の間取りは2DK程度の二階建て、こじんまりとした一軒家だが、散らかりようが酷い。一人暮らしの男性の部屋のようだと緋穂は例えたが、一人暮らしでも綺麗に片付けている男性がいることを付け加えておく。 だが今回の部屋はそれと正反対の『いつのものかわからないアイテムがかなり散らかっていて、何もかもそのままにしてあるような部屋』である。一体誰が住んでいたのだろうという疑問も湧いてくるが……4軒も。それは聞いてはいけないのだろうか。 何とはもあれそれぞれのプライドと罰ゲームをかけた勝負が今、始まった。 ■ラウンド1:片付け&掃除 何を置いてもまずは片付けないことには話は始まらない。玄関を入って雑然と散らかった廊下を見て、舞原 絵奈はひとつため息を付いた。 覚醒前にいた組織ではさすがにここまで散らかることは殆ど無かった――こんなになる前に片付けていたからである。だが呆れてばかりいても始まらないので、絵奈はまず散らかっているモノが何であるのか確認をする。よく見れば衣服や食べ物の入っていたと思われる容器の他には紙が多いことが分かった。 床全面を覆うように広げられたルーズリーフに、白紙に印字した紙、手帳をちぎったような走り書き入りの何か。ぐちゃぐちゃと丸めた紙……。 「っ……!」 何かが足の裏に刺激を与えた。慌ててみてみれば、それはよく10本セットとかで壱番世界の100円ショップで売っているような安価なボールペン。ただ気になるのはインクが入っていないこと。もっと正しく描写すれば、インクを使い果たしているのだ。 (……学生さん? ううん、作家さんかな……) 学生にしては決め手に欠ける。どちらかと言えば手書きで執筆する作家さんっぽい……? 絵奈は持ち物から住人のおおよその職業を推測しながらとりあえず不要と思える食べ物の入っていた容器をゴミ袋に突っ込んでいく。そして部屋の隅に積まれていた古新聞を片付けようとしてふと気がついた。 「あれ……?」 新聞が一種類ではないのだ。壱番世界で言うところの普通紙とスポーツ紙、それらがごそっとでてきた。それも一日分ではない。 「もしかしたら、新聞記者さんとか、大学教授さんとか?」 いろいろな可能性が出てきた。とりあえず新聞は捨てないほうがいいかと判断し、日付ごとに分けて積んでおく。 となると困った。明らかにゴミとなるものはわかるけれど、この紙束をどうするべきか。白紙なのに汚れている紙(もったいない!)は捨てていいものとしても、他の印字されているものやメモ書きはもしかしたら大切なモノかもしれない。 「うーん」 悩んだ挙句、紙は束にまとめて。丸められているものは捨てるのだろうと判断して。 足場は出来たものの、大量の紙束と新聞が邪魔をして、あまり片付いたような気がしないでもなかった。 続いて掃除である。まずは掃き掃除。こちらはきちんと積んである古新聞もどかして、隅から隅まで行う。掃き掃除をきちんとしておけば、その後の拭き掃除で余計な苦労をしなくて済むからだ。 次いで拭き掃除。これは念入りに、家中を磨く勢いで行う。 (普通に考えて、私の勝機は万に一つもないと思う……けど) ザッザッと力を入れて何かの液体の跡を拭き取る絵奈は、心の中にずっと燻っている不安と向き合う。うじうじ考えていても答えは出ないし前には進めない。ここは不安な気持ちは抑えてやれることを精一杯やるだけだ。 (これは自分との戦い……) そう思えば頑張れる。 念入りに拭き掃除をすれば、埃も落ちて室内が明るく見えてくる。どうしても落とせなかったシミと、何かで壁紙を傷つけてしまった痕は、絨毯と本棚で隠して。 次は衣類や寝具の手洗い……水は冷たいけれど、なんだか懐かしくなって昔を思い出してしまう。 「ふふ……」 懐かしさから笑を漏らした絵奈を、窓の外から緋穂が観察……いや、採点していた。 「うん、正攻法でツボは抑えているかな~絵奈さんらしいや」 *-*-* 絵奈が正攻法で行く一方で、色々な意味で大胆なのはハイユ・ティップラル。散らかりきった部屋を見て思うのは……。 (べ、別にメイドの仕事なんてどうでもいいんだからね! バツゲームをやらせたいだけなんだから! ってのも半分くらいはあるけど、最近あたしがメイドさんだという事実を忘れられがちだ。アイデンティティがクライシスの危機だね。 だ・か・ら、今回は給料も出ないのにスペシャルサービス! エロメイドでもぐうたらメイドでもない、マジカルメイドの本気(と書いてチートと読む)を見るがいい) という勢いとやる気たっぷりの心中である。だがまず片付けを……と思ったら。 ガッ……ボスッ。ガッ……ボスッ。 明らかにゴミとわかるものは別だが、そうでないガラクタを掴んではゴミ袋に詰め、掴んではゴミ袋に詰めるハイユ。 「あのー、ハイユさん……」 様子を見に来た緋穂が遠慮がちに声をかけると、皆まで言わずとも言いたいことを理解してくれたようで。 「思い出の品? 知るか。廃屋に放置の時点でゴミ扱いされても仕方ないじゃん」 尤もな返事が返ってきた。とりあえずゴミ袋に入れて、それを一箇所にまとめてサルベージも処分もしやすくするのが心遣いってやつだ。ちなみにこれ、散らかりすぎて手がつけられない時によくやったりする手。 「捨てられたくないブツはそこから自力で漁れ」 「……う、うん」 まるで女王様から命じられたかのように、緋穂は怯んで頷いてしまった。恐ろしい、本気の駄メイド。 漸く邪魔なガラクタ共をどかしたハイユは窓を開け、風の魔法を使うと同時にハタキで壁と家具をぽんぽんぽん。掃除は上からといわれているように、まずは上の方からホコリを落とす。その埃も籠っていた悪臭も、風の魔法で道を作ってあげればすんなりと窓から出ていってくれて快適。新鮮な空気が入ってくれば、掃除をしているこちらも気持ちがいいというもの。 「おー、いい風だ」 すうっと深呼吸して、ハイユは次の段階へと移る。今度は水の魔法だ。水の魔法を壁紙や床に作用させ、シミも手垢も浮かせてしまえば後は雑巾で拭き取るだけ。床を拭くそのポーズがとても妖艶であるのだが、皆様に映像でお見せできないのが心苦しい所。 「すごい、あっという間に綺麗になった! 魔法ってすごいんだねー」 「これこれ、魔法だけでなくてあたしも褒めなさい」 緋穂の言葉にチャチャを入れる余裕が有る程である。 魔法を使うなんてずるい? いや、自らの持つ能力をフルに使っているだけであって、ズルくは無いだろう。ただ惜しむらくは、普段から本気を出して働いていればこんなに素晴らしいメイドであると、普段の行いで証明できたのに……という所。いや、普段ぐうたらしていてここぞという時にその力を発揮するからいいのだろうか? ハイユもシーツや寝具カバーを外し、ベッドメイキングの準備へと入る。 *-*-* 誰よりも個性あふれるコンセプトを用意したのは幸せの魔女である。テーマは【誰もが幸せを感じられるような幸せな家】。 「うふふ。この私直々にハウスキーピングを行うんだから、そこには幸せが訪れて当然よ。この勝負……勝ったも同然ねぇ」 可愛く笑う幸せの魔女は、片付けを重点的に行うつもりだ。 「まずは」 と手を付け始めたのは、そこここにちらばっているガラクタ(に見える)たち。『縁起の良いもの』と『縁起の良くないもの』に仕分けるのだ。幸せの魔女らしい目の付け所である。 「あ、そのお皿。高そうなのに捨てちゃうの!?」 幸せの魔女ががしがしと勢い良くゴミ袋に仕分けしていくものだから、見ていた緋穂が思わず声を上げた。すると幸せの魔女はお皿を一枚拾って、緋穂に魅せる。 「ほら、ここを見てちょうだい。欠けているでしょう? 欠けたりヒビが入ったりしている食器は危ないだけでなく、運気的にも良くないのよ。だからこういうものは思い切って処分するの」 「なるほどー……私も気をつけよっと」 ガシャン……既にいくつか袋に詰め込まれた食器類が音を立てた。 そして幸せの魔女の判別により『縁起の良くないもの』と判断された物品の入ったゴミ袋はささっと家の外へ出される。縁起が悪ければどんなものでも躊躇いなく捨てたがゆえにかなりのゴミ袋の量となったが、その分家の中はすっきりとした。 次に彼女が持ちだしたのは、なんと風水盤。『幸せの流れる気』を読むならお手の物の幸せの魔女は、気の流れに従って頭の中で家具の配置を描く。 「よし、これで行きましょう!」 頭の中の図通りに一人で家具を動かすのはいささか大仕事ではあったが、幸せな家を作るのに手抜きはできない。なんとかタンスをズルズルと動かすと、その裏に落ちていたのは……。 「あら、ついてるわね」 へそくりにでもしていたのだろうか、幾つものナレッジキューブが埃にまみれて落ちていた。 「少し疲れた気もするけれど、まだまだよ」 家具の再配置を漸く終え、家の中心に立った彼女は精神を集中させる。 ふわり、窓から入った風が彼女の糸のような金色の髪を震わせる。 「私の名前は幸せの魔女。幸せを追い求め、決してそれを逃がさない残酷な魔女……」 呟くのは願いを込めたお呪い。幸せの気流が外に逃げ出さないよう、家の中に留まり続けるように。 「なんか、すごい……」 緋穂には幸せの気流を見ることはできないが、幸せの魔女の片づけっぷりとお呪いを見ていると、本当にこの家には幸せが満ちているのだ、そう思えてきた。 しかしまだ掃除が残っている。けれども元々彼女は掃除は必要最低限に済ますつもりでいた。片付けを重点的に行いたかったのだ。実際現時点でまだ掃除にかかっていないのは幸せの魔女だけ。 「家というのはね、少し位は汚れが残っていたほうが可愛いものなのよ。勿論、不幸は根こそぎ落とすけどね」 そう言って、彼女は緋穂にウィンクをしてみせた。 *-*-* そしてこちらはというと、正統派メイドのサシャ・エルガシャが奮闘している。 「これは遣り甲斐あるね! よーし、がんばっちゃうぞ」 気合を入れるとセクタンのガネーシャがぷりぷりと身体を振ってみせた。どうやら手伝いがしたいようなのだが……。 「手伝ってくれるのガネーシャ? ありがとう、気持ちだけ有り難く受け取っとくね」 これは本人の能力を遺憾なく発揮しての真剣勝負。自分だけ手伝ってもらうわけにはいかない。けれどもその辞退の仕方にも優しいサシャの心が感じられて、ガネーシャも一瞬しゅんとしたようだが、すぐにご主人様の応援をすることに決めたようだ。 片付けをしながらふと思うのは、以前仕えていたお屋敷のこと。懐かしい思い出。 (家一軒くらいなんですか、旦那様のお屋敷はここよりずーっともーっと広かったんだから! 引き取られて間もない頃はよく迷子になったし) なんて考えていたら、ちょっと片づけの手が止まってしまっていて。 「……ってそんなのはどうでもいいの、とにかく! あのお屋敷に比べたらお茶の子さいさいですっ!」 誰も居ないのに思わず声を上げてぐっと握りこぶしを作った。 さすが本業だけあって片付けのツボは心得ていて、ゴミとそうでないものの見分けも早い。窓を開けて換気をしながらはたきを掛けてホコリを落とす。決して早くはないが、その仕事は丁寧で温かみを感じさせるものだ。 (速さも大事だけど真心こめて丁寧にするのが一番。使う人の事を一番に考えてこそのメイドですもの) 雑巾がけも丁寧で、隅々まで拭う。バケツの水はこまめに変えて、雑巾をきゅっと絞って。水は冷たくてちょっと手がかじかむけれど、喜んでくれる人の顔を思い浮かべれば、そのくらい簡単に我慢できるのがメイド魂。 「カーテンやカーペットもこれでよしっ」 部屋が明るく見えるように、この部屋を使う人が気持ちよく過ごせるように、ホコリまみれだったカーテンとカーペットは新しく、それも明るい色に変えた。身の回りに置くものの色を変えるだけで、不思議と雰囲気も気持ちも変わってくるものだ。 テーブルやベッドサイドテーブルには花を活ける。テーブルには食事の邪魔にならないように、けれども目を引いて目を休められるようなものを。ベッドサイドテーブルには眠りの邪魔をしないように香りの弱い花を。 そしてベッドサイドテーブルには水差しとコップも用意して。 「ねぇ、なんで水差しなの?」 率直に問うた緋穂に、サシャは笑って答える。 「こうすれば夜中喉が渇いて起きた時にわざわざキッチンに行かなくて済むでしょ?」 「ああ、なるほど! これから乾燥する季節だけど、お布団から出たくない季節でもあるしね、助かるなぁ」 広い屋敷に仕えていたからこその気遣いであろう。広いお屋敷では水をもらいにキッチンまで行くのさえ大変なのだ。 わたしもやってみようかなぁ、そう呟く緋穂をよそにサシャはシーツを洗うべく、手慣れた様子でベッドから剥ぎとっていた。 ■ラウンド2:ベッドメイキング ベッドメイキングにいたっては、おおまかな対処法が二手にわかれた。即ち、元々あった寝具を洗う方法と新しい寝具に替える方法である。 サシャ、絵奈、ハイユは前者を選んだ。シーツは洗って欲して綺麗に。だが相当古いシーツについたシミや色あせは取れないことが多い。洗って干してフカフカになったものの、どこか違和感が残ってしまったのである。 そんな中、同じ洗うでも自らの持つ能力をフルに使用するハイユは違った。掃除の時に使ったように水の魔法で汚れを浮かせての洗濯。風と火の魔法でふわっと乾かして。枕と布団は日に干した。そしてベッドに風の魔法をつかってふかふかにしたのである。……やっぱり魔法ってずるいんじゃ……いや、これも彼女の個性と技術の一部だと思えば、それを使うなということはできないのだろう。 一方、潔く新品に取り替えることを選んだのは幸せの魔女。古いシーツ類にこだわらず、ささっと捨ててしまうさまが潔い。 新品のシーツを敷くその手さばきは仕事で慣れているのか、素早く、そして幸運にも一度でピンとシワが伸びる。 「布団はひとつ、枕は二つ……ふふ」 シングルベッドに枕が二つあることに後で緋穂は首をかしげて、そして理解して笑った。 ■ラウンド3:料理&テーブルセッティング このパートは一番個性が出るところである。さて、四人はそれぞれ何を作るのだろうか。 「こちらはサシャさんのキッチンでーす。何を作っているのかなー?」 「ふふ、いい匂いでしょ? よく煮込んだクリームシチューなのよ。味見してみる?」 「するする!」 ぱああっと瞳を輝かせた緋穂に、サシャは小皿にシチューをよそってみせて。緋穂はそれをふーふー冷ましてからこくり。 「ん~コクがあっておいしいっ」 「まだまだ煮こむから、出来上がりを楽しみにしててね。デザートもあるよ!」 どうやらデザートとしては英国の代表的なお菓子である、ドライフルーツをたっぷり練りこんだプティングが用意されているようである。これもまた楽しみだ。 「こっちは絵奈さんのキッチンですよー。おお、一度にいろいろなことをしてるね! 何品か作るのかな?」 「チキンカレー、生野菜サラダ、コンソメスープ、フルーツヨーグルトの予定です」 「すごい、コース料理みたいだね!」 「どれも簡単なものばかりでお恥ずかしいですけれど……」 緋穂に感動されている間も手を止めずに、絵奈は手慣れた様子で調理を進めていく。どれも個々としては比較的簡単にできるメニューではあるが、その組み合わせがしっかりとしているから見栄えも良くなるし満足感も与えられるのだろう。 「コンソメとカレーのいい匂いっ……!」 どんなセット料理になるのか楽しみだ。 「はーい、こっちはハイユさんのキッチンだよ。なんか、無闇に近寄ると怪我しそうだけど」 「だいじょーぶよ。おいでおいで」 ハイユはギアの大型ナイフで切った野菜を鍋に入れ、もう一つには洗ったお米を入れてあるらしい。 そして使ったのは火と水と風の魔法。鍋の中の気圧を操って、圧力鍋で焚いたごはんと圧力鍋で煮たカレールーを作っているのだ。 ピンと粒の立ったご飯ととろとろのカレー。聞いただけでお腹が空いてくる。 「熱くて辛いカレーの後には冷たくて甘いアイスもあるよ」 「アイス!」 「味見してみる? ほら、あーん」 「あーん……」 差し出されたスプーンに乗った乳白色の塊を口に入れると、とろけて甘さが広がって。 「うーん、おいひいっ!」 思わず笑顔になってしまう。 「ここは魔女さんのー……この匂いは……お醤油?」 「ふふ、そうよ。肉じゃがを作っているの」 「肉じゃが!」 女の子らしい料理といえば何故か肉じゃがというイメージがある。女子力アピールに作ってあげたくなるというか、昔ながらのおふくろの味というか。 「魔女さん、将来はきっと良いお嫁さんになるね!」 「あら、貴方がもらってくれてもいいのよ?」 「あはは、魔女さん冗談が上手ー」 なんて会話をしているうちに、じゃがいもや人参に火が通ったようである。 さてさて、皆はこの料理にあわせてどんなテーブルセットをしたのだろうか。 *-*-* 「審査員の緋穂ですー。みなさんの料理が出揃いましたので、テーブルセットの審査をしましょうっ」 まずは幸せの魔女のテーブル。 テーブルクロスからして何処か和風な雰囲気。用意されている食器はすべて自前で用意したオーダーメイドの特注品というこだわりよう。色も肉じゃがが映える色合いで、まさしくこのために作られた食器だ。 湯のみに注がれたお茶には、全て茶柱が立っている。これは彼女にしかできないおもてなしだろう。 用意された肉じゃゃがは、たとえ肉じゃがを食べたことのない人にでもどこか懐かしさを感じさせる温かい味だ。 「わたしの料理で幸せにしてあげるわ」 続いてハイユのテーブル。 しいてあるクロスはカレーのシミが目立たない色をしており、食事中の客に余計な心配をかけさせない心遣いがされている。 カレーの色と香りを楽しむには花なんて邪魔だとばかりに殺風景ではあるが、それが逆に潔い。 水の魔法で洗ったのはカレー用のお皿、アイス用のお皿、スプーン二本。食べた後の洗い物にも優しい。 「絶妙な味は合間の水さえ必要にさせないよ」 次にサシャのテーブル。 白く厚手のクロスに同じ色のナプキン。銀のカトラリーを使った大きなお屋敷のお料理といった雰囲気のテーブル。 クリームシチューは具がとろける寸前まで煮こまれており、口に入れれば噛む必要もないほどだ。 食後のプティングも、今から気になってしかたがないほど。 「おかわりはたくさんあるから言ってね。花嫁修業を兼ねて特訓中なの」 最後に絵奈のテーブル。 掃除系に比べると苦手意識があるらしく、ゆえに身の丈にあったものをと考えられたそのテーブルには白いクロスがかけられ、中央に飾られた背の低い花が目に楽しい。 カレー用の薬味とドレッシング、水の入ったピッチャーも置かれていて、細部まで行き届いている。 料理は確かに一般家庭のセットに近いかもしれない。それでもバランスを考えて何品も用意されていて素晴らしい。 「あの……まずくはないと思うんですが……。食べてくださいね」 *-*-* 最初の予定では、勝者の用意したテーブルで食事を頂く予定だった。けれどもそれではせっかく用意された料理もテーブルも可哀想だから、4つのテーブルを食っっけて、プチバイキング気分にした。だって折角だもの、全員の料理、たべたいじゃない? 「絵奈ちゃん、このカレー美味しい」 「何言っているんですかっ……ハイユさんのとろとろカレーにはかないませんよ!」 「魔女様、この肉じゃが、ワタシでも何処か懐かしいと感じますっ」 「あらそれはよかったわ。このプティング、ドライフルーツたっぶりで美容にもよさそうね」 和気藹々と、思い思いに料理を口にして会話も食事もは進む。その間に審査員は採点をしているようだ。 「ふう、皆に喜んでもらいたくてはりきっちゃった」 勝負だって聞いて思わず熱くなったけど、皆の笑顔が見られればそれで満足だとサシャは微笑んで。 (だってそれがメイドの本懐だもの) といいところに落ち着いたのに。 「勝負、どうなっただろうねー」 ハイユがサラリと言うものだから、サシャの心にくすぶっていたモノが飛び出てきた。 「……でもハイユ様にだけは敗けたくない。だってハイユ様、本気を出せば凄いのにいっつもふざけてばっかりなんですもの!」 「あたしなんかが本気出したら、世の中のメイドは全て路頭に迷うよ?」 「え、そんなっ……!」 「大丈夫、絵奈さん路頭に迷ったら、私が拾ってあげるから」 女、三人寄ればかしましいところを四人だ。相当盛り上がっている。それを緋穂は計算しながら横目で見ていた。 (きっと、結果なんてあまり必要ないんだろうなー。こうしてみんなで過ごす時間っていうのが大事なんだろうし) つ、と採点用紙に目を落として。 (あ、でも、罰ゲームに命をかけてきた人もいるんだっけ? なら結果発表しないとなぁ……) よし、と立ち上がって。 「結果出たよー! 発表するね~!」 手を振りながら駆けてくる緋穂を、四人は待ち遠しそうに見つめた。 *-*-* さて結果発表となると、皆、食べるのをやめてじっと緋穂を見守っている。 「えーとね、本当は全5部門で一位を取った回数が一番多い人を優勝にしようと思っていたんだけど……」 「「だけど?」」 四人の瞳がじっと緋穂に続きを促す。 「うん、みんなそれぞれ個性的で、得意分野がばらけていてね、同率一位を含めると皆2回ずつトップになってるんだ」 「それって、勝負付かなかったってことよね?」 「でも、それじゃつまらないでしょ?」 幸せの魔女の言葉に、緋穂は笑顔で確認を取る。 「私は……その、別に罰ゲームにこだわりは」 「最初に決めたルールなんだから、やっぱりここは罰ゲームがないとね」 控えめに告げる絵奈に対し、ハイユはやる気たっぷりだ。 「紫上様、どうやって勝敗をつけたんですか?」 サシャの問いに緋穂は手持ちの紙をめくって口を開く。 「うん、それぞれの部門で細かく採点していたんだけど、その数値の合計の一番高い人が勝者で、一番低い人が敗者でどうかな?」 提案に四人が頷けば、緋穂もわかった、と頷いて。 「じゃあ、発表しまーす! 1位は…… 同点で、ハイユさんと幸せの魔女さんです!!」 ざっ……絵奈とサシャの顔が青ざめる。勝者が二人ということは、どちらかが敗者で、しかも罰ゲームは二つということだ。その上運命の悪戯なのか、危険な罰ゲームを持ってきそうな二人が勝ってしまったのだ。 「で、敗者はどなた?」 にこにこにこ、笑顔で幸せの魔女が尋ねる。緋穂は気まずそうに視線を伏せて。 「その……僅差だったんだけどね、サシャさん、なんだ……」 「ワタシ!?」 サシャはあまりのことに悲鳴にも似た声を上げ、絵奈は人目のないところでそっと胸をなでおろした。 「じゃあ、料理を食べたら罰ゲームといこうか?」 「うう……ハイユ様、魔女様、罰ゲームってなんですか……」 これが精一杯頑張った結果なら仕方がない、サシャはがくりとうなだれながらも罰ゲームを受ける構えだ。 「そうねぇ、私とデートでもして貰おうかしら。濃密で背徳的なデートをね……。うふふ、うふふふふ」 「!?」 「あたしサイズの服を着てもらって、背と胸が足りない姿を記念撮影させてもらおうか」 「!?」 二人からの要求に、どう返そうかあわあわしているサシャ。そんなサシャを見守る絵奈は、僅差で勝てるなんて奇跡みたいだと思いながらもサシャが無理をしていないか心配で。 「サシャさん、頑張ってください……」 小さく応援の声を掛けた。 身体を動かしたあとの楽しいランチ。これが終わったら、罰ゲームの時間だろう。 罰ゲームがどんなことになったかは、また、別のお話……。 【おしまい】
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