船がその海域に近付くと、目に見えて海水の色が変わった。 紺色に近いその海域にあって、何かを取り囲むように円形に透明度が高い。 更にその中央付近の海面には、こちらも円形に、透明な水を切り取るように今度はダークグレーの海域。「うひゃー、ちょっと怖いですね」 No.8の感想よろしく、この海域は漁師の間で「海神の瞳」と呼ばれている地域だ。 半径50mほどの大きな透明の海水層、中心に半径5mほどの黒灰色の海水層。 フタを開けば海底にある熱水噴出孔から鉄分や硫黄を含んだ熱水が噴き出しているため中央部分が黒く、 その硫黄と40度を超える熱海水にやられて微生物の繁茂できない透明な海水層が円形に広がっているだけに過ぎない。 ただし、ブルーインブルーの地学・海洋学ではまだまだ海底の探索は進んでいないために、 海神の恩恵あるパワースポット、という位置づけになっている。「大自然の神秘ってやつですねっ!」 はしゃぐNo.8の横で、ハイユは胸の谷間から取りだしたメモを広げ読み上げる。 ――あくまで、仮説だが。 この海域の地下数百メートルでマグマの温度は千度に昇り、海水は温められて上昇する。 当然、温度は円形、立体的に見れば噴出孔を中心とした球形に分布するが、この時、硫黄を分解して生きる耐熱性の微生物群が留まる海域がある。 海面の温度が80度ほどとすれば周囲の海水と混ざり合ってちょうど40~50度ほどになるのが半径5mほどの距離。 そこには同じく40~50度を活動温度にでき、硫黄を栄養源にする微生物群の層が形成される。 よって、その区域を超えれば今度はその温度や残留した微量元素が残るために通常の生物が生存できない死の海域が広がるのだ。 死の海域といっても、その範囲が半径50m。空から見れば紺色の海面に透明――つまり、薄い水色と黒灰色の二重円となる。「……だとさ」「うわー、センパイ。すごいっ! 何言ってるのかさっぱりわからないけど頭良さそうですっ!」「今回の依頼人のレポートの下書きだよ。私はこんなん考えるんめんどい」「へー、へー。よくわかんないけど、へー!」 依頼人。ぴんと指をたてた少女の姿が一瞬だけ脳裏を過ぎる。 ――そこで、海水のサンプルを取得して欲しい。 黒灰色と透明の中央を定点にして、十字方向に3メートル刻みでいいからサンプルを取る。もちろん、可能ならば取れるだけ取って欲しい。 採取したらニスキン、つまり採水用の魔法瓶にいれ、なるべく静かに運搬してくれ。 採取時はかきまぜないように。 それと深度別のも欲しいので、それぞれの点で先頭に錘を、各長さに結び目をつけたロープをまっすぐにおろし―― 読むのを放棄。「と、いうことで、よろしく」「センパイ。もしかしてそのために私をっ!?」 メモを読むのを放棄したハイユは、そのままNo.8に指令を渡すと、 No.8が作業要員として連れてこられたことを悟り哀しそうな抗議をあげた。 もちろん、抗議は無駄に終わり、一日仕事の労働を強いられる。 もっともNo.8でなければ数日がかりの大調査なので、適材適所には違いない。 やがて、満足のいく数のサンプルがそろった頃、漁船の乗組員は少し離れたところで海水浴をしていた。 海水浴といっても、荒波にもまれた大男達が海につかり、のんびりと浮かんでいる。 まるで温泉だ。「ところでこの海域につかってる漁師いるけど、あれ大丈夫なん?」「大丈夫です。いいお湯ですよっ! ……あのセンパイ? 大丈夫だと思ったから私に取り行かせたんですよね?」「え? ……ああ、うん。そうだよ」「今の間が気になります!」 結局、水着に着替えた二人は海水浴、ならぬ温浴を楽しむ。 口に入ると硫黄くさくて、鉄くさくて、ついでに塩っからいという海水だが、 風呂として温まるには最適の温度である。中心に近付けば温かく、外側に出ればぬるい。 外端には岩礁もあるので、少しの休憩を挟んで、また海水浴がてらに温泉浴。「お嬢によると、ここの海底深くにはすごいお宝があるらしい」「お宝!? 本当ですか! よーっし、これでもスキュラなんで海底はお手の物ですっ!」「やめといたほうがいいよ。お嬢のいうお宝だし、金銀財宝ってよりは……ええと、説明がめんどいな」 ――熱水噴出孔の回りはマグマに温められた海水が高温になっている。 ターミナル流に壱番世界の単位で言えば、水が沸騰するのが100度、海水は塩分のせいで沸点上昇があるからもう少し高いが、それより深くなるについて水圧が膨大になる。 単純に圧力が高ければ沸点は上昇する。海全体に抑えつけられれば生半可な沸点では爆発できないということだ。 だから、海底は数百度に高まった海水が滞留している。そんな状態が何百、何千、何万年も続けばそこには独自の生態系が構築されるだろう。 私は専門が機械だからそれほどでもないが、生物を専門にしているやつらなら目の色を変える程のお宝だろうな。 脳内に依頼人のアドバイスをリフレインさせたものの、ハイユは説明をどうはしょれば簡単か考える。「センパイっ!」「熱いから」「とんでもなく熱かったですよーっ!!!」 ハイユが四文字でできる説明を考えている間に実践したらしい。 ものすごい勢いで外側へ移動し、火傷したらしき足の一本を冷たい海水で冷やしている。 やがて、ここまで移動してきた船が温浴後の漁師たちを回収し、舳先を二人に向けて近づいてきた。 甲板から日焼けした筋骨隆々の船員が手をふっている。「おーい、お嬢ちゃんたちー。そろそろ帰ぇるわー」「ご苦労さん」「んじゃ、明日、迎えにくっからなー!」「はいよー」 ぼーーーーーぅ、と汽笛を一発。 船はゆっくりと海域を離れていく。「センパイ? 帰らなくていいんですか? 私は別に溺れませんけど、センパイは一晩泳いでられないんじゃ」「ああ、あっちに見える小島あるだろ? あそこに小屋があるらしい。 ちゃんと食糧や布団もあるからそこに泊まる。明日、もう一回サンプル採取して帰らなきゃならないらしいんで、 戻るの面倒だから、あそこに泊まることにした。そこまで引っ張ってってくれ。それと小屋の掃除と料理とベッドメイク、よろしく」「わかりましたー」 No.8の足で泳げば二分もかからない距離の小島に上陸すると、無人島のわりには簡単な整備がすでにされていた。 小さな丘とまばらな木材がある程度の島に設置されているにしては小屋も風雨をしのぐには便利で、飲み水や薪、炭の類は倉庫に豊富に積んである。 漁師の避難小屋を兼ねているが、やはり温泉目当ての保養所に近いものがあった。 無駄に肌触りのいいカーペットやシーツ、故買屋で調達してきたようなランプ。 何より、小屋を一歩出れば無限とも思える大海原が広がり「海神の瞳」ほどではないものの、この小屋に近い浜辺にも40度近い熱水が押し寄せている。 海の生物から見れば生存に困難をきたすほどの熱水だが、人間の視点で見ればものすごく広い大温泉だ。 夕日が沈む光景を丸太に座って眺めながら、No.8が即席で用意したバーベキューを口に運ぶ。「お、料理の腕あがったかな」「わーい! 嬉しいですっ!!」 二人きりでバーベキューを囲み、果てしない大海原が真っ暗になっても、 メイド二人の他愛ないおしゃべりはいつまでも終わらない。 きゃっきゃと楽しそうな声と共に、夜はとっぷり更けていった。 ――完。「と、いうことで。ここは温泉でビーチ。手料理も食べたわけだし、回りは誰もいないし、夜もとっぷり暮れたし、報告書はさっき完結した」「あ、あの、センパイっ? なんで私に馬乗りになってるんですかっ!?」 小屋の柔らかなベッドと白いシーツの上。 ふよんとした柔らかな体の重みを涙目のNo.8に預け、ハイユはいつも露わな胸元のボタンをさらにもうひとつ外すと獲物を見る野生動物の眼光で 艶やかに微笑んだ。 No.8の白い耳朶に唇をあて、火傷痕のある足の吸盤をまさぐって左手の親指と人差し指の間に挟み、優しくこねて、とろとろに甘い声色でささやく。「で、どこまでならやっていいんかね?」「ひゃぅぅぅぅっ!? セ、センパイ、全年齢対象でお願いしますっ!」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ハイユ・ティップラル(cxda9871)No.8(cxhs1345)=========
柔らかなハイユの双丘がふわりとNo.8の頬に張り付いた。 別の意味で柔らかい足を散々に嬲られていたNo.8は思わず飛び起きてハイユの上体を跳ね飛ばす。 「いきなりこんなシーンから開始だと……? 無茶振り過ぎるっ!?」 「何をメタな事言うかね。ほらほら、脱ぎ脱ぎしてー」 「ぎにゃー!? センパイっ、タンマですっ!? これ以上は編集されますっ!?」 「もうされてるよ。ほらほらここらへんに光の帯とか陽炎とか湯気とか出てくる予定。あ、DVD出すけどそっちはわざとらしい障害物がなくなってるから安心してね」 「誰に言ってるんですか、って言うか、DVDって何ですか。実は酔っ払ってないですか、センパイっ!?」 あらぬ方向に笑顔とストップモーションをサービスしつつ、わざとらしい愛嬌を振りまくハイユの後頭部めがけNo.8が叫ぶ。 いつのまにか薄い上着は剥がれ、ワイシャツのボタンは全て外されていた。 後で温泉で一泳ぎしようと水着を着こんでいなければ、すでに大変な事態だったかも知れない。 その最後の防衛線はハイユの指で苦もなく外され、No.8の二本の腕とたくさんの足が自身の身を隠すため体に巻きつく。 「ちょっと! センパイ、いきなりどこまでーっ!」 「ほい、とった」 「っきゃぁぁぁぁぁ!?」 「で、こっちね。ほらほら、脱いだら温泉入る」 ハイユに引っ張られ、悲鳴をあげながらNo.8は強引に暖かな海水へと放り込まれる。 昼間に散々堪能したが、数時間あけただけでまた新鮮なぬくもりが肌に伝わってきた。 熱水の押し寄せる海岸は夜になると風に冷まされて海水内の温度差が大きい。そのため、上半身は程よくぬるく、足元がこちらも心地良く暖かい。 ふっ、と我に返る。 目の前には暗い海原、体の周りには暖かな海水、鼻をくすぐるのは散々太陽に焼かれた砂浜の火照りがようやく冷めた何とも言えない香り。 寄せては返す細波の音がザザ……ンと耳に心地良い。 はるか頭上には穏やかに輝く星々。大きな輝きは月のような衛星だろうか。 大自然の作るヒーリング効果を、おお、と喉をならし全身で噛み締め、仄かに光を湛える海原の水平線を眺めていると、No.8の隣にハイユが並ぶ。 「おつかれー」 呆気にとられるNo.8の背中からハイユの手が伸び、体に触れてきた。 だが先ほどの這い回るような感触とは違い、ぺしぺしと陽気なものだ。 「やー。温泉? 暖海? 熱水鉱床? どれでもいいや。ここ気持ちいいね」 「え、あ、そーっすね。って。え? あれ?」 ハイユの腕は相変わらずNo.8の体に絡みつくように撫で、さする。 ただ、その部位はといえば肩と首、肩甲骨に沿って背筋。 「ふふ、気持ちいい?」 気持ちいいかといわれれば。 さっき、物凄く緊張したのもあり、昼間に重労働したのもあって、その筋肉が解されていく過程は非常にキモチいい。 「あ、気持ちいーです。あれ?」 「何戸惑ってんのかな? もしかしてなんか期待した?」 「ちょ! いや、何を期待するんですかっ!?」 「マッサージは地肌を直接刺激した方が効くのよ。体を締めつける服は血行を阻害するからNGね。わかったらとっととマッサージに適した格好になるんだ」 「……そ、そういうことですかっ! ですよねっ! なーんだ! いきなり脱がされるわ、センパイも脱ぐわで何がおきるのかと思いましたよー……うぅ」 僅かに残った布を自分で外しつつジト目のNo.8に微笑みかけ、はっはっはっ、とハイユの空々しい笑い声が二人だけの海岸に響く。 「んじゃ改めて。働き者の8ちゃんにご褒美のマッサージしてあげる。これもメイドの業務だし、一応評判は良かったんだよ」 「わ、ありがとうございま……おおおおおおおお、いい! そ、そこ! そこ! 首筋から肩のスジばってるとこ、ごりごりって、ごりごりって!!」 「ごりごり、だとイマイチ色っぽい鳴き声じゃないな。んー、8ちゃん、首筋こるタイプ? んじゃ、このへん気持ちーだろ」 「あ、そのスジのとこっ、おおおおおおお。すごいです、センパイ! なんか、ほぐれていくっ」 足先を僅かに海底につくくらいの深さでは、体重の負担はほぼ消える。 No.8は体質的にさらに海に馴染むため、ハイユの手技がダイレクトに凝り固まった筋肉を捕らえ、揉み解して、和らげる効果も一際、顕著だった。 一通り。つまりはNo.8の頭の先から八本の足の先までがハイユの白い指先で散々にこねまわされた後「おしまい。アンコール?」という申し出を断って砂浜へとあがり、シートを敷いただけの地面に寝転ぶと、乾いた地面とその上を流れる夜風が火照った身体を冷ましていく。 「ふっはぁぁぁ。頭がくらくらします」 「温泉マッサージはそんなもんだ。8ちゃんの場合は熱に弱いのかも知れないけどね」 「はっふぅぅ、極楽でしたぁ……」 「じゃ、ホントのこっから極楽ね」 ハイユの目がきらりと不穏な光を帯びた。 うつ伏せで浜辺に寝そべるNo.8がハイユの一言にダークな気配を感じて振り返る。 彼女は水着を着用していた。着用してはいるのだがどう考えても倫理的に問題がありすぎた。 「ちょ、いや、センパイ!? そ、その水着……。いや、それ水着ですか!?」 「これ? 温泉マッサージするなら脱がなきゃいけないかなーって思って、そのためだ。いきなり脱ぐことになってもメイド服の下は水着だからご安心って。あー、うん、言いたいことはわかるよ。温泉で水着は邪道だと思うけどそこはオトナだから自重した」 「そうじゃなくてー!」 「うんうん。大祭の射的でGETした「倫理的に問題のある水着」だけどいいよね!」 「だって、センパイ。その水着、いくらなんでも」 「おっと、それ以上言うとべろちゅーするよ。どこがどう倫理的に問題なのかは脳内映像でお楽しみいただくことになってるんだ」 「意味不明な事を言わないでくださ……ひゃぁぅっ!?」 ハイユが素早くNo.8の腰にまたがった。頭と逆方向を向いているので目の前には八本の足がある。 どこから取り出したのか聞かない方がいいところに隠し持っていたらしい小さな広口瓶を広げ、その中からぬるりとした何かを指にたっぷり掬い取った。 「はい、力抜いてねー」 「セ、センパイ……。優しくしてくださいね?」 「あらら。そんなかーいぃコト言われたら手加減したくなくなるなー」 「や、やらぁっ! そんなに吸盤を撫でられたら……私っ!?」 「ほーれほれほれ」 「ひゃんんんん……しみちゃうっ!」 足から伝わる甘い痛みがハイユの指の動きをダイレクトに脳に伝える。 脊髄反射でNo.8の身体がびくんびくんとくねるが、どこをどうポジション取りしたのか、ハイユのバランスが崩れる気配はない。 じんじんと波打つように襲い掛かるとろけるような疼痛の漣は、少しづつそのうねりを大きくしていき、やがて、No.8の身体が自然にびくびくと反応しだした。 やがて、黙るように、動かないようにじっと耐えていたNo.8の精神がガマンの限界を訴え、おりしもハイユが笑いながら吸盤をもてあそぶと、No.8が悲鳴のように声をあげた。 「あ……きゃぅ……ぎっ! ぎゃーっ!!!! ストップですっ!? 超ヒリヒリしますっ!? シミる、シミますそのヤケド薬! 痛い痛い!!! にぎゃあぁぁぁぁぁぁ」 「おー、よく頑張った。えらいえらい」 頭をぐりぐりと撫でられ、No.8は何も言えずに黙る。 が、ハイユの手は留まらない。このままでは良いように弄ばれる未来しか見えない。 「か、かくなる上は……ッ!」 「お?」 No.8の手がハイユの右手首を掴んだ。と、同時にNo.8の足が数本、ハイユの身体に絡みつく。 わき腹に一本、右腕に一本、首筋に一本、胸に一本、大腿部に一本。 咄嗟に振りほどこうとした伸ばすハイユの左手だったが、反対側から伸びた足が左腕を捉える。 「こ、このまま一方的に負けてたりしませんよ、センパイ。さあ、楽しい楽しい温泉ナイトを楽しむんです。元に戻りましょう、ね!?」 「うんうん、イヤだって言ったら?」 「このままセクハラします!」 「あ。それ歓迎。さあカモン! あたし、どうすればいい? これ脱ぐ?」 「くっ、ぐぬぬぬっ」 元より本人は否定しているが今、ハイユに絡み付いているNo.8の足はタコの足に類似した器官である。 温泉であたためられ、汗を流した直後ならともかく、ハイユのマッサージとセクハラで体温が高潮している今、この足の粘膜を乾燥から守るべく粘多く粘液が分泌されているため、足が這い回っただけでとろりとぬめる。 あらあら、便利ねぇとハイユが呟くと、No.8が小刻みにぬるぬるする足を滑らせた。 倫理上問題のある水着は倫理上問題があるので倫理上、ああなっているべきところがそうなっているため(※脳内補完でお楽しみください)当然に効果は高い。 が、それでも。 頑張って動く触手は、風呂場で石鹸の泡のついた柔らかな布でごしごし擦るのとそんなに変わらない。 上半身が人間と同じ構造のNo.8にしてみれば、うつ伏せで寝そべったままの姿勢から、腰の上に座っているハイユをまさぐる運動は体勢的に相当キツいものがある。 それでも強く目をつむって一生懸命に全部の足を動かしている様を、微笑ましそうに見つめるハイユ。 「こんなに頑張っちゃってねぇ。純粋系な8ちゃんがあたしに一生懸命セクハラしようとしてるとか、萌えるわー。あ、反応するのが礼儀ね。きゃんきゃん。ひゃあひゃあ♪」 「センパイッ、バカにされてるよーにしか聞こえませんっ!!」 「えー。仕方ないな。じゃあ、ちょっと本気出すか。……ひゃぁんっ! あっあっあっあっ、やん、そこダメ……ふああああああ!!! そんな……トコ、だめ。だめだめだめだめ! だめだって……ひぁん。やぁぁぁ、も、もうダメ。やめて、もう……お願い、ひぁぁぁぁ……ッ!!!」 「…………セ、センパイ!? ふざけてますかっ!?」 思わぬ反応にNo.8の手が止まる。 「うん、ふざけてる。どう? 色っぽいでしょ?」 己の背を見ることができないNo.8から伺うことはできないが、ハイユは極上のドヤ顔を浮かべていることだろう。 それでも、反撃をせねば自分が餌食となってしまう。全年齢に公開できなくなるのはマズい。 そう、反撃をするのだと必死に己を言い聞かせ、おそるおそる足を動かしてみた。 ハイユの反応はすぐに帰ってくる。 「……あっ」 小さな声が心に突き刺さり、No.8の中で何かが切れた。 彼女の頭の中は真っ白で、そのクセに顔も肌も真っ赤に染まる。 今、セクハラをしているのはNo.8のはずなのに、何がどうなったのか明らかにNo.8の方こそ心に余裕がない。 「あ、あのセンパイ!?」 「あんあん。……うん? あ、もっと激しいコエが8ちゃんの好み? ちょっと待ってね。こほん。あーあー」 「あのー」 「……も」 「も?」 いきなりハイユが顔を寄せる。 はぁ……と湿り気を帯びた吐息がNo.8の首筋をくすぐった。 「ネ、モットォ……」 ハイユの囁きが、No.8の耳元ぎりぎりまで近づいた唇から紡ぎだされる。 やや高い声が音の針となり、No.8の脳髄に甘く甘くつきささる。 これが決定打となり、見境なくNo.8が暴れだした。 「に、にぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」 「……わ、やばい。調子に乗りすぎたかな。……ちょっと、8ちゃん。危ないって」 腰の上に乗っていたハイユは投げ出されまいと体重を小刻みに移動してバランスを取る。 やがて、腕立て伏せの要領でハイユごと体を持ち上げて振り落とす。 No.8が本気で逃げようとするのを見てとったハイユが一足先に砂浜へと体を下ろすと、体が自由になったのを幸いにNo.8は一目散に駆け出した。 脱ぎ散らかしていた衣服から彼女のトラベルギアでもあるベルトを拾い上げると、その中からひとつの金属球を取り出す。 「あれ、手榴弾? ……手榴弾!?」 脳が認識するより早く体が反応し、ハイユは砂浜へと五体投地して素早く砂をかき集め、頭を覆える程の高さの砂山を築く。 無意識に想定していた破壊のための爆音よりも幾分かしょぼい音がして、間もなくハイユの周囲を白い煙が覆った。 「おっと本気にしちゃった。8ちゃんてば、煙幕弾なんか使っちゃってまで逃げるなんて。ちっとやりすぎたかねぇ……この照れ屋さんめ。ま、そう簡単に下克上もリバシもできないのよ。あんなにサービスしてあげたのに逆に逃げちゃうなんて。……かわいいったらもう」 「うわぁぁぁぁぁん、センパイに遊ばれてるっ!! ええい、もうヘタレとでも何とでも呼ぶといいさっ! 全年齢のためには手段を選ばないのだっ!」 恥ずかしさの極みで涙を流しながら、トラベルギアと一緒に掴んだ下着を素早く着込みつつ小屋の中へと逃亡する。 投げた手榴弾はただの煙幕弾だから足止め以上の効果は期待できない。 そもそも島なのでどこに逃げてもいずれ追いつかれるだろうし、かと言ってNo.8自身が全力で海の果てまで逃亡するとターミナルのホームあたりで待ち伏せされるだろうから、そこまですると話がこじれそうで、やりたくない。 (ううう、ターミナルで夜這いでも仕掛けられたら今度こそどうなるか分からないし……) 小屋の中で朝まで隠れるしかないと覚悟を決め、素早く扉をあけてもぐりこみ、潜伏先を探す。 木組みのベッド。 簡素なテーブル。 文机……は小さすぎて隠れきれないだろうから論外。 粗末な小屋にはロクな隠れ場所がない。だが。 頭上を見て、No.8は何かを閃き、壁へと近づいて壁を踏むように一歩を縦に踏み出した。 ぺたりと吸盤で壁に張り付き、ゆっくりと体重を支えつつ天井へと登り、僅かな隙間から天井裏へと体を潜ませる。 天井裏と言っても、本当の意味で天井の裏、つまりは三角形の家の屋根と部屋の天井の間にある僅かなスペースで、誇りに塗れていた。 「ううう、しかたないっ!!」 屋根の切れ目から先ほどまで自分がいたビーチを覗く。 煙幕弾で張った白煙の幕は切れていたが、そこに当然のごとくハイユの姿はない。 殺傷力はないにしてもまともに炸裂していたなら多少は目にしみて動けないはずなので、何らかの形で防いだのだろう。 だが、予想に反していつまで立っても小屋の扉が開かない。 まず調べるのは小屋のはずである。No.8は耳に全神経を集中しつつ、ハイユの気配を全力でサーチする。 思わず、No.8は祈りの言葉を唱えていた。 「神様、神様。どうかセクハラから私を守ってください……。大嫌いな人参もちゃんと食べます、わんこに追いかけられても恨んだりしません、こないだ拾った綺麗な貝殻も奉納します、場所を教えてくれればお参りにも行きます。だから神様、私を守ってください!」 「あー、あるある。狭い所に逃げ込んで、部屋の隅でガタガタ震えながら神様にお祈りするよね。戦場あるあるネタ?」 「ひっ……!?」 狭い所に逃げ込んだのがあっさり見つかり、No.8がさっと青ざめて涙目になる。 「うーん、かわいい。もうちょっといじめたいけど、少しだけガマンする。んと、8ちゃんとちょっと話をしようと思ってさ」 「は、話って何ですか?」 「うん。8ちゃんてば戦場を生きてきたんだよね?」 「そ、そうですけど」 「あたしも実はね、軍隊にいたことがあるの。ま、ちょっとヒドくて、限界まで使われて壊れたら捨てられるような扱いだったけどね」 ハイユはいつのまにか普段と変わらないような口調で、普段と全然違う昔話をしていた。 反応に困っているNo.8の傍まですっと近づいて、ごしごしと頭を撫でる。 「話すような事じゃないから話してないけどさ、同じように戦場を生きてきた8ちゃんになら少しだけ、話してもいいかなって思った」 「セ、センパイ……?」 「うん、メイドだけじゃなくて、戦場でもセンパイかな」 「は、はいっ」 「よろしくね。……ま、こんな話なんだけどいつもと変わらない感じでいいよ。変に気ぃ使わないで」 あはは、といつものように笑うハイユにNo.8はおずおずと笑顔を返す。 とりあえずこの狭い所からは出ようかと言うハイユの意見に従って、屋根裏から部屋の中へと降りた。 「あ、あのっ、セクハラはイヤですけど! 少し、センパイとの距離が近づいた気がして嬉しいです!」 「嬉しいこと言ってくれるねー。うんうん」 「なんかできることあったら何でも言ってくださいね」 「じゃあ気になってることがひとつ」 ハイユはぴっとNo.8を指差した。 「どこまでが美少女でどこからがタコなのかすごく気になる。せめてパレオの下が見たい!」 「ひぃっ、やっぱセクハラっすかー!?」 ハイユが素早く手を伸ばす。 反射的に逃げようとするNo.8の肩を抱くと、そのまま彼女の体をグイっと引き寄せた。
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