ターミナルの閑静な住宅街の一角に、ハーケズヤ家は存在する。 女主人のシュマイト・ハーケズヤがベッドで微睡をむさぼっていると、本気を出したら一流、手を抜いても一般レベルのぐうたらメイドのハイユ・ティップラルが風呂の支度が出来たと起こしにきた。 身体と心を熱い湯をかぶりしゃきんとさせるのがシュマイトの目覚めの日課だ。 「うむ、今日も一日、がんばろう」 湯をかぶった汗を流し、ようやく完璧に目を覚ましたシュマイトは風呂場から外に出る。 籠にはタオルと服がしっかりとセットされているのを見て、この点だけはハイユがいてよかったとつくづく思う。 ターミナルにやってきたシュマイトはここで新しい技術を学べると知識欲から覚醒を嘆くことはなかったが、問題はあった。 それは 「今日の服は動きやすいものと頼んだが、ちゃんと用意されているようだな」 服である。 シュマイトとて年頃の娘。服には気を遣いたい、おしゃれだって興味ないわけではない。 しかし 十九年という短い人生においてシャマイトの人生を彩ってきたのは研究、研究、研究……女の子らしいことを経験したことがあまりなかった。 研究におしゃれは必要なかった。むしろ、フリルやリボンなどは身体の動きを制限されて邪魔ですらあった。服なんて礼儀にのっとったものでいいじゃないかと思ったが、ターミナルではいろんなイベントが存在し、参加するたびにまわりがそれにあわせておしゃりを見ているとなおのこと。 ターミナルで大切な友人が出来たことも大きい。 可愛らしい彼女はおしゃれだって大好きで、そんな彼女を見ていると自分もと思うことはちらりとある。 だが、一体、なにを着たらいい? 自分に何が合う? その場の空気を悪くしない、見ている人を困らせない、可愛くて、自分に似合う、その季節らしい服――シンプルだが難題だ。 ハイユみたいに着崩した服なんて言語道断! まぁあれはふくよかな胸のせいで締め付けると呼吸が苦しいという理由があるので百歩譲って、うむ…… ターミナルでの一人暮らしは苦労の連続だった。特に服は今まで研究に没頭し、メイドに任せぱなしであったツケがまわってきた。 仕方ないので苦肉の策として今まで通りの白シャツ、ネクタイ、藤色のベストを――自分に似合っているし、どこに出てもおかしくない。 そんなこんなでなんとかやっていると覚醒したハイユとターミナルで再会し、故郷での生活が戻ってきたのは実は大変助かっていた。 ハイユは確かにさぼるし、からかってきて憤慨されられることもしばしばあるが、メイドとしてハイユの腕の良さをシュマイトは誰よりも一番知っている。 口にこそ出さないがシュマイトはハイユのことも大切な友人とも思っている。彼女は自分をからかいながらも心の底から気にかけてくれるのはちゃんと感じていた。 だからハイユが選ぶ服に間違はない。 彼女の用意してくれた服を着ることで心からの信頼を示すのがシュマイトなりのハイユへの友情だ。 タオルで白肌を拭き、そのあと髪の毛は水を落とす程度にとどめておく。髪はあとでハイユが整えてくれる。タオルで身体を巻き、服へと手を伸ばした。服はちゃんと動きやすいものだ。よし。 あとは…… 「!?」 それを見た瞬間、シュマイトの蒼天色の瞳は零れ落ちるくらい大きく見開かれ、口からは意味不明な声が漏れた。 つまり絶叫したのである。 「どうしたの? お嬢」 「~~っ」 「あ、髪の毛と乾かさないとね」 ハイユは慣れたように口をぱくぱくさせているシュマイトの後ろにまわりこんで髪の毛を乾かしにかかる。 たっぷり一分間ほど、混乱を味わったシュマイトは震える指で籠を指差した。 「は、ハイユ」 「なに? お嬢」 「これはなんだ」 「これ? 服じゃない? 今日は動きやすいのがいいっていうから、いつものブラウスにズボンで」 「そうじゃない!」 シュマイトは叫んだ。 「これのことだ!」 これ――シュマイトが真っ赤になって示すのは、黒色にふりふりの白のフリルとレースのついたTバック! ブラジャーも同じく黒で中央には赤リボンでセクシーなのに可愛さアピールも忘れない品となっている。 「かわいいでしょ? お嬢にはやっぱりセクシーだけど可愛さも必要だと思うんだよね。リボンとフリルつきでふわふわしてるかんじでさ、これをちら見させ出来たら知的セクシーキャラだよ!」 「……」 あまりのことに絶句するシュマイトにハイユはふふん! ぷるんとした胸を誇らしげに揺らした。 「ほんと、探すの苦労したんだよ? ターミナルがいくら広いし、なんでも揃うっていうけど、お嬢のつるぺたな胸に合うブラがなくてさ。店員にいちいちつるぺでもセクシーかつ色気むんむんな下着ありませんかって聞いたんだから!」 「!?」 シュマイトの顔が怒りに真っ赤になる。 「これも愛するお嬢のためだからね、足が棒になるくらい歩き回ってもあたしは全然かまわないよ。ん? あまりの歓びに言葉もない」 「ちがーう!」 屋敷中にシュマイトの怒声が轟いた。 「……な、なんてものを買ってくるんだ! こ、こんなもの」 「こんなものって、ひどいな。あたしがわざわざ探して買ってきたのに」 「こんなものだろう! どうしてわたしが」 「だって、お嬢、気にしてるじゃない。あたしと服を交換したときとか」 「!?」 つい最近、メイドの巧みな罠にはまって互いの服を着たのは記憶に新しい。 シュマイトにハイユの服はぶかぶかで困ったものだ。 ハイユはハイユで「同じデザインの服を着る」と言って事前にリリィにシュマイトの普段着と同じサイズ違いを用意していたのを身に着けると、なんと服のボタンが……これ以上は語るまい。 「つるぺたはどうしようもなくても、服はおしゃれしたほうがいいと思うんだよね」 「し、下着じゃないか」 「あまーい。お嬢、女ってのは下着こそおしゃれするんだよ」 「ほ、ほー。そういうハイユ、お前はなにかおしゃれな下着をつけているのか」 「お嬢ったらだいたーん。ま、知りたいなら教えるけど、女の一番セクシーな下着って香水なんだよね。ほら、自分にあった香水! あたしって下手なもの着るときつきつでさ」 「なぬっ!」 本日、何度目かの絶句を味わうシュマイト。それにハイユは黒い笑みを浮かべた。まぁ、下着が香水なんてそんなセクシーすぎること、あんまりしないんだけどね。最近は見せる用は黒下着だし。 しかし、ハイユの言葉を真っ向から受け止めて思考回路がぷっしゅー! と湯気立つ寸前のシュマイトは言葉もない。 「あたしとしては愛するお嬢が女の子らしくなれるようにって優しさをもって買ってきたんだよ」 「……」 「ほら、最近、お友達になった女の子たちといろんなところに行くじゃない? 御泊りとかでださい下着つけてちゃはずかしいし、こういうのも一個、二個、もっといたほうがいいよ?」 ターミナルで知り合った親友の彼女が手をとって誘ってくれた研究以外の広がった世界。そこでいろんな子たちと知り合って思い出作るために遊びに行ったり、冒険をしたり――。 おしゃれな彼女たちを見ていて楽しいし、自分なりにおしゃれも何度かしたが――そうか、女の子同士は下着も見るのか! とシュマイトはまるで稲妻に撃たれたような衝撃を受けた。 「い、いや、ださいとか、ださくないとか……わたしはこういうのは」 「あたしの苦労を無にするつもりなのー」 「それは勝手な苦労だろう!」 シュマイトが叫ぶ。 「なによ、お嬢ったら……ああ」 妙に納得した声をあげるハイユにシュマイトは頭いっぱいに?マークを浮かべる。 「もしかして、これもつけれないとか?」 「なぬ!」 「やだー、これ、ターミナルでもかなり苦労して探した一番小さいやつなんだけどなぁ。そっかー、お嬢は着ないんじゃなくて、着れないかー。あたしとしたことが」 「……っ! だ、誰も着れないといってないだろう!」 シュマイトは必死に叫んでいた。 いくら寄せて、あげて、もちあげるだけの、胸まわりの脂肪もないといっても、それを自ら認めるのは女性としてのプライドの崩壊になってしまう。それに一番小さいサイズなら絶対に合うはずだ、たぶん。 「無理しなくてもいいんだよー。よし、アレだ! 豊胸マシン発明しろよ。サンプルならほら、ここにこんなダイナマイツが」 ハイユが首の後ろと腰に手をあてたセクシーポーズでぷるんぷるんと胸を揺らす。 それを見た瞬間、シュマイトのなかの切れてはいけない血管がぶちぶちぶち! 音をたてて切れた。 「……」 「お嬢?」 シュマイトは黙って籠のなかにあるパスホルダーを手にとるとトラベルギアを取り出した。 「?」 今度はハイユが頭いっぱいに?マークを浮かべる番だった。 ばんっばんっばんばんっ――! 見よ、貧乳の力を、 体感するがいい、貧乳の嘆きを 知るがいい、貧乳の恨み!! 「え、ちょ、わー!」 シュマイトの無言の怒りによって炸裂する発砲にハイユはあわてて逃げる。が、本気で怒ったシュマイトに敵うはずもなかった。 壁に追いつめられたハイユをじとっとシュマイトは睨みつける。 「お、お嬢」 「部屋を片付けろ。あと下着をもってこい」 ハイユは珍しく無駄口を叩かずに出て行った。 その背を昏い瞳で見つめたシュマイトは、はぁと悲しみのため息をついた。朝だというのにどっと疲れてしまった。 「……セクシー下着」 そっと手を伸ばす。 ハイユのからかいについ怒りの炎を壮大に燃やしてしまったが、別に興味がないわけではない。シュマイトだって女の子なのだ。 友人たちと御泊りにいったとき、ださい下着で笑われたくない。彼女たちみたいにおしゃれになりたい。 ブラジャーを胸にあてる。 すか。 すかすかすか。 「……っっ!!」 ブラジャーが本来包み込むべき場所に隙間……そっとおさえるとぺにょんと潰れる感触が掌に広がる。 シュマイトは全身を悲しみに震わせてがっくりと俯いた。 (お嬢、ごめん) 新しい下着をもってきたハイユはドアからその光景をついうっかり見てしまい、心から反省した。 (子ども用のやつ、買ってきたらよかったね) 今日もハーケズヤ家は平和……なのだ。
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