オープニング

 公然の秘密、という言葉がある。表向きは秘密とされているが、実際には広く知れ渡っている事柄を指す。秘密とはこの世で最も脆いもののひとつ、それを打ち明け共有出来る友を持つ者は幸いである。胸に抱えた秘密の重さは人に話してしまえば軽くなるものだし、更には罪悪感を連帯所有することで深まる絆もあるだろう。

 ……さて。あなたはそんな、誰かに打ち明けたくてたまらない秘密を抱えてはいないだろうか?それなら、ターミナルの裏路地の更に奥、人目を避けるように存在する『告解室』に足を運んでみるといい。
 告解室、とは誰が呼び始めたかその部屋の通称だ。表に屋号の書かれた看板は無く、傍目には何の為の施設か分からない。
 ただ一言、開けるのを少し躊躇う重厚なオーク材のドアに、こんな言葉が掲げられているだけ。

『二人の秘密は神の秘密、三人の秘密は万人の秘密。それでも重荷を捨てたい方を歓迎します』

 覚悟を決めて中に入れば、壁にぽつんとつけられた格子窓、それからふかふかの1人掛けソファがあなたを待っている。壁の向こうで聞き耳を立てているのがどんな人物かは分からない。ただ黙って聴いてもらうのもいいだろう、くだらないと笑い飛ばしてもらってもいいだろう。

 この部屋で確かなことは一つ。ここで打ち明けられた秘密が部屋の外に漏れることはない、ということ。
 さあ、準備が出来たなら深呼吸をして。重荷を少し、ここに置いていくといい。

品目ソロシナリオ 管理番号2963
クリエイター瀬島(wbec6581)
クリエイターコメント乙女の秘密、それはもはや秘密ではない!
こんにちは瀬島です。

さて、秘密を打ち明けてみませんか。
独り言によし、愚痴によし、懺悔によし。
どシリアスからギャグまで幅広く対応いたします。

【告解室について】
OPの通り、一人掛けソファと小さな格子窓のついた狭い部屋です。
西洋の教会にある告解室をご想像ください。
採光窓はありますがすりガラスになっており、外から見えることはありません。

話を聴いてくれる人物は声以外の全てが謎に包まれています。
プレイングにてご指定いただければある程度人選を行います。
優しい女性がいい、同世代がいい、説教されたいなどお気軽にどうぞ。
お任せや描写なし、過去納品された中からご指定頂くなども歓迎です。
特に指定がなければプレイングの雰囲気に合わせて適宜描写します。

【ご注意】
格子窓の中を覗く、格子窓の中に入るなど、
話を聴いてくれる人物と声以外で接触するプレイングは不採用といたします。
中の人など居ない!(ピシャッ)

参加者
霧花(cvdp5863)ツーリスト 女 20歳 花魁

ノベル

「そもじの姿が見えぬでは、寂しゅうわいな」

 霧花が袂から取り出した一枚の紅葉が、告解を行う者と受ける者を、隔てるあるいは繋げる窓の格子、その隙間についと差し挟まる。はっきりと目に見える境目にひとつ色づく、老いてなお凛と誇る秋のしらせ。

「そう思うのなら、寂しくないように何事かを思えばいい。ここはそういうところだ」
「ほほ、弁が立つのう」

 風の通る隙間も無いような閉ざされた空間で、紅葉は時折ふたりの声を受けて葉先をちらりと揺らす。

「此処はまこと不思議なところよ」
「この部屋が、かね」
「さて……」

 ターミナルという小さな箱庭の中の、更に小さな小さなこの部屋。ここを初めて訪れたはずだが、何故か霧花は懐かしさにも似た感情を覚える。それが何故かは分からない、ただこの部屋は、どことなく。

「まるで何処でも無いようじゃわえ、ほんに不思議な……」

 ここでなら、言葉に出来るかもしれない。





 そもじは己の生い立ち、生業、生きる術……。まァ何でもよい、兎も角、己が生きる為の何がしかについて疑いを持ったことはあるかえ? わっちは……わっちはそう、無かった、と言えばよいであろうかの。

 わっちの生まれ落ちた処は、どこともつかぬ、どちらとも呼べぬ場所じゃった。現し世と幽界の狭間にの、井の字のように大路が通っておるのじゃ。四つの四つ辻、端にはそれぞれ大橋が架かって……橋から先は名前が在るが、わっちの生まれた処にはそれが無い。まるでこの部屋のようじゃわい。
 そんな処に生まれ落ちたわっちが人で在る訳がない、それには何の疑いも無くての。人は喰らうもの、さもなくば気の儘に弄ぶだけのものじゃ。そこは人と同じであろ? 強きが弱きを捕らえて、喰らうのも使うのも自然な理……現し世で幾度と無く目にした人どもの営みと何も違いは無い。人であろうと、なかろうと、その理は同じじゃった。そこに疑いの入る隙間など、とてもとても。

 …………されど、わっちは……。
 あの御方に出会うてしまった。

 褒め言葉の一つに、清濁併せ呑むというのがあるじゃろう。あの御方はちと……否、大分と違うのう。懐の広い御仁とは思うがの、現し世の濁りを笑いながら呑み乾せるような方では決して無いようにも思うのじゃ。……だから、惹かれもしたんじゃろうのう。

 清きもあれば濁りもある、流れは何処かで淀みを生む。強きと弱きがあれば、それは致し方ないこと、理じゃ。あの御方はそれに心を痛め、弱きを助けんが為に己の力を使うことを善しとする、そういう御方じゃった。
 何処の世でも同じじゃと思うがの……世間は広い。人一人の手に掴めるものの数などたかが知れておる。腕はふたつ、指は十、それ以上を欲せば何かを捨てねばならぬ。あの御方はそれが出来ぬと知っては嘆き、手を取れぬ弱き者を思っては己が身の力の無さに苛まれる。それでも諦めることを知らなんだ……。そうせずとも生きてゆける、何の不自由もせぬのに。只の、道楽者の気まぐれと思うていたのも遠い昔のようじゃわえ。





「遠い昔のようじゃわえ……」

 うっそりと目を細める霧花は、格子窓の向こうに何か……ここには在るはずの無い何かを見ていたのだろうか。

「今は、そうではない?」
「そもじはちいと、女心の機微に気を配ったほうがよいのう」
「これは失礼、ご婦人」

 朴訥なような、鈍感なだけのような、このやり取りに意味など無いのかもしれない。だが告解を受ける者が最初に呟いたように、そこに何事かを思えば、あるいは。





 手は出さぬと、決めておった。ただ見守るだけにせねばと。
 何ゆえか……そうじゃのう。あの御方は世の理に逆らってまで、人を守ろうとしておった。人で在ろうとしておった。わっちの目にはそれが眩しく映ったのやもしれぬ。

 わっちは所詮、此処ではない、何処でもない処、現し世とも幽界ともつかぬ狭間に生まれた化生のものじゃ。現し世にも、幽界にも、わっちの在れる場所は無い。もしあの御方に添おうとするならば、わっちは化生としての性を捨てねばなるまい。何処でもない処に生まれ、その上何者でも無くなることがどういうことなのか……あの大路が在る場所に未練など無いと思うておったが、わっちにはそれが大それたことのように思えての。理は捨てることも変えることもおいそれとは叶わぬ、それをあの御方は御身一つで遂げようとしておった。

 もしわっちが端から、何処の誰とはっきり名乗れる何者かで在ったなら、例えばそうじゃの、現し世の人で在ったなら……何も思い煩うことなど無かったであろうの。

 ……そう思っておったのも、今は昔。
 わっちは此処で、わっちの知らぬ新たな理の中に在る。それはあの御方も同じであった……。

 あの御方の姿を、たーみなるでお見かけしましてなぁ。狐が化かされてなるものかと思わず眉唾をやってしもうた……今のは、笑いどころじゃ。

 まぁ、よいわ。
 兎も角じゃ、あの御方もまた、旧き理を抜け出て新たな理の中に在る。それならばわっちは、あの御方に添うてもよいのではないか……そんなことを考えてしまっておる。

 瑣末じゃのう。

 ほんに……。





 口元を隠す、衣擦れの音。
 薄い呼吸の音、それは笑みのようだった。

 ふ、と風が吹き、自らの吐露を嗤う声の響きがまだ残っているうちに、霧花の姿は煙のように消えていた。今日この時、霧花がいた証。ひとひらの紅葉をそこに残して。

 秘密はいつか、理の箍を外すのだろうか。

クリエイターコメントお待たせいたしました、『告解室にて』提出いたします。ご参加ありがとうございました!
プレイングにて色めいた秘密と粋な足跡を残していって下さいまして、楽しく書かせていただきました。中の人は最後に何か声をかけることが多いのですが、今回はそれも要らないだろうなぁと。ちいさな言葉遊びを織り交ぜつつ、どことなく余韻を残すような書き方でお届けいたしました。お楽しみいただければ幸いです。

公開日時2013-09-29(日) 22:40

 

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