「ほんまに…この道で…あってんやろな…?」 間違っとったら許さん、と、まるで射殺しそうな尖った視線を傍らに投げ、尊ははぁはぁというよりはぜぇぜぇに近い息を吐きだしながら言った。握力は既に限界にも等しいのに、ゴールが全く見えてこない。強く吹き付ける冷たい風が体温を奪って今にも凍えそうで、凍死するのが先か、墜落死するのが先かという気分だった。 しかしそんな過酷な状況をわかってくれているのかいないのか、傍らから返ってきたのは何とも心許ない言葉である。 「たぶん…」 ネクロリアはどこか遠い遠い明後日の方を向いていた。 答えた本人とて既に限界に等しかった。崖みたいな山道にへばりつき頭上を仰ぎ見る。青く晴れ渡った空は果てしなく遠い。崖のような山道…というより間違いなく道に迷った挙げ句の崖、の終わりは一向に見えず。100m高くなる毎に1℃下がるとか言う標高、今何m地点にいるのかはわからなかったが、もはや寒いという言葉では表せず、かじかむ指に力が入らなくなっていた。 「村の…話では…間違いなく…この山の…先…」 息も絶え絶えに答えたのはテオだった。道を間違えている可能性には敢えて触れない。目指す先はこの上なのだ。ならばこのまま突き進むのみ。万一、もっと平易で簡単で楽な道があったとしたら、などと考えただけでも心がへし折れそうだったのである。だからその可能性は考えない。何より、ほぼ直角に山の頂上を目指すこのルートは間違いなく最短ではないか。 しかし。 「……」 なんとも苦渋に満ちた沈黙が降ってくる。言いたいことはわかっている。みな同じ気持ちだったからだ。ここまできて今更下りるという選択肢は3人にはなかった。むしろ、下りる方が危険だろう。 そもそも、なんでこんなところで命綱もなくロッククライミングなどを強いられているのか。 3人はそれぞれに思いを馳せてみた。 ▼ 事の起こりは数日前、世界図書館で本を読んでいたテオがページをめくろうとした時にそれは起こった。 突然本が発火したのである。いや、本がというには少々語弊があるか。火の玉が飛んできたのだ。自分に当たらなかっただけ良しとすべきなのか。 テオは半ば呆然と諸悪の根元を振り返った。 「……」 それがテオと尊と尊のフォクタン――キントンとの出会いであった。互いの第一印象は…推して知るべし。 尊が恐らくは謝罪をしようと口を開いた時、テオは頭から水をかけられた。 燃えあがる本は無事鎮火。テオは水浸しのままそちらを振り返った。尊もそちらを見た。 そこに非常用水と書かれた赤いバケツを持った男が立っていた。 「大丈夫ですか!?」 それがテオとネクロリアと尊とキントンの出会いであった。 「……」 彼らの互いの第一印象も推して知るべし。 言いたいことは山のようにあったろう、しかし気まずい沈黙を破ったテオの開口一番は、 「伝承の魔獣って何だったんでしょうねぇ」 だった。もはや怒りを通り越してしまっているようだ。もしかしたら逆かもしれなかったが。 んなもんわかるか、と内心で突っ込む尊には諸悪の根元という良心の呵責があった。だから。 「この際だから行ってみたらどうでしょう?」 というネクロリアの提案に。 「しゃーないな。行ってやらん事もないで」 偉そうに尊は言ったのだった。 かくて彼らはテオの読みかけの本の続きを求めて旅に出ることにしたのである。 本の前半部の記憶を頼りに3人はその村を訪れた。小さな村落で、さっそく長老に話を聞いてみる。 長老は話した。 村の守り神――アルゲンタビス・マグニフィセンス。尊がオウム返そうとして失敗した。1度聞いたくらいではとてもその名を覚えられそうになかったからだ。ついでに長老の聞き取りづらいしゃがれた声のせいもある。 長老は続けた。炎を吐く巨鳥であると。3人はそれぞれ心の中で勝手に命名した――ファイアバード。安易。 とにもかくにもそれは連なる山脈の中でも一番高い山の頂に棲むという。 ただし長老は見たことがないと語った。見るからに100は軽く超えてそうな風貌の長老である。つまりこの100年、それは姿を現していないということだろうか。 不安と期待を胸に翌日3人はさっそく山を登ることにした。 最初は道なりに進む。道といっても村の者たちが薬草採りに使う自ずからなった申し訳程度のものだ。それも進めば進むほど木々は鬱蒼と生い茂り、木の葉が陽を遮り、薄暗い中をわずかな木漏れ日を頼りに進むほかなくて、その道がいつしか獣道へと姿を変えていたことにも3人は全く気づかなかった。 はたと気づくと3人は何かに周りを囲まれていた。 なにぶん不慣れな土地で見知った獣もあるまい。3人はほぼ同時に身構えて顔を見合わせた。ここへきて3人はようやく気づいたのである。お互いが、初対面であったことに。いやいや、もちろんそんな事は世界図書館で出会ったときからわかっていることだった。だから道中のロストレイルの中でも互いのことをいろいろ話したはずなのだ。ただ話していないことの方が圧倒的に多かったに過ぎない。概ね伝承の魔獣について互いの推測を語らうことに終始したことも原因に挙げられるだろう。ただ一つラッキーなことがあるとすれば、それを伝承の魔獣と対峙する前に気づけたことだろうか。 敵と遭遇した場合、自分の身を守りきるのは絶対条件だが、問題はそこから先だった。果たして彼らは自分の背中を預けて戦える仲間なのか、さっさと逃げた方がいいのか、互いの武器は近距離なのか遠距離なのか、どんな武器なのか、どんな戦闘スタイルなのか、全く検討がつかない。 いや、とネクロリアは思った。尊の武器は間違いなく腰に提げている鞭だろう。ただ図書館で彼が手にしていたのはセクタンの躾の本であり、しかも躾に失敗してテオの本を燃やす体たらくだったのだから、彼はロストナンバーになって日が浅いと思われた。くぐった修羅場の数はいかがなものか。 一方、テオはネクロリアが手に持っている“本”に目をとめていた。まさかあれの角で敵の頭を殴る、というわけでもあるまい。ロストナンバーは覚醒後歳をとらないため、見た目の年齢と実年齢とくぐった修羅場の数は比例しないものだが。果たして彼はどのようなタイプの戦闘を得意とするのか。 それよりも、もっと不可解そうな顔をしていたのはテオを振り返った尊である。テオが手にしているのは何かの液体の入った小瓶だったのだ。最初に脳裏に浮かんだのはニトログリセリン。ダイナマイトの原料だ。しかし、そんなものを不用意に爆発されたら、こっちの身も危険じゃないのか、ならば自分はどう動けばいい、いや、そもそも、あれは本当に爆発物なのか。 3人は互いに互いを牽制し合うように、獣の出方以上に互いの出方に意識を集中させていた。 5匹の獣がじりじりと間合いをつめてくる。第一印象は銀狼。この辺ではスターシアと呼ばれていると知ったのは帰りのことである。 「目には目を、猛獣には猛獣をですか?」 ピンチを楽しむような笑みを浮かべてネクロリアが手にしていた“本”を翳した。 「そら、かわい子ちゃんには優しくしたらな、なぁ」 尊が得物を構える。鞭はしなって地面を叩いた。最近猛獣には飢えている。是非とも調教を。とはいえ1対1ならともかくいきなり1対多では分が悪い。尊の傍らではキントンが今にも狐火を放ちそうな体勢だ。 「どうせなら優しくされたいんですけどねぇ」 一触即発のこの状況下でなんとものんびりとテオが肩を竦めてみせた。どこまで本気なのか、その表情もまったくもってあわてた様子がない。 威嚇するようにうなり声をあげていた一頭が地面を蹴ったと同時、他の4頭も飛びかかってきた。 3人は誰も何も言わなかった。 ただ、同時に踵を返していた。 振り返りざま、尊が鞭を一回ふるって奴らを牽制し、テオが何やら小瓶の中身をぶちまけただけで、3人は蜘蛛の子を散らしたのである。人はそれを戦略的撤退と呼んだ。 思惑はそれぞれあったのだろうがどうやら結論は同じだったらしい。かみ合っているのか、いないのか。 とにもかくにも。 この辺りからそれぞれに迷子の予感はあった。 獣を撒いて爬虫類的なものからの驚異を退け、底なし沼にはまったり、川に流されたり、滝壺に落ちたり、不幸な事故に遭ったり、なんやかやしながら3人は道なき道の果てにやがてたどり着いたのである。その絶壁に。 それは目の前を遮るような巨大な崖の壁だった。 目的地はこの頂上。 ▼ というわけで現在に至る。 「アカン…もう限界や…」 尊には珍しく弱気な発言が口をついた。そもそもサーカス団にいたとはいえ、アクロバットをやっていたわけではない。人より多少腕力や体力があったとしてもしょせんはビーストマスターである。自分が何かやるわけではなく、猛獣たちに芸をやらせる側だったのだ。 「あ…あそこ、休めそうですよ」 ネクロリアがブルーグレーの目を細めて言った。彼は持ち前の不屈の精神でもって、打開策を探すように周囲に視線を投げていたのだ。さすがに指さす余裕はないので顎をしゃくってそちらを目配せする。 その視線を追いかけてテオは目を輝かせた。 そこには崖が削れてできたようなちょっとした足場があったのだ。崖にへばりつかなくても座れそうな空間がある。それだけで現実だけでなく心の奥底まで崖っぷちだった気持ちが浮上してきた。 「ああ…あそこで少し…休みましょう…」 テオの提案にようやく尊もそちらへ視線を向けた。 九死に一生ってこんな時に使うのだろうか、などと思いながら尊もそちらへゆっくりと体を動かしたのだった。 ▼ その足場はただの足場ではなかった。藁か何かで出来た巨大なお椀のようなものがある。その中に、これまた3人がすっぽり収まりそうな巨大な卵が2つ。 「まるで、何かの巣みたいですね」 ネクロリアは興味津々とお椀の中を覗きこんだ。伝承の魔獣は魔鳥。そしてお誂え向きに鳥の巣ときたもんだ。これがそうなら頑張ってこの岩壁を上ってきた甲斐もあるというものだ。 そんなネクロリアを後目に尊はどこか遠い目をしながらテオに声をかけた。 「1番“奴”の巣。2番“奴”の獲物の巣。3番“奴”はただの通りすがり。4番“奴”の獲物は実はわしら…どれや思う?」 「希望は3番ですけど、雰囲気的には1か2か4でしょう」 「やっぱ、そうやんなあ…」 「1と2なら、我々にその気がないことを示せば見逃してもらえるかもしれませんけど…」 言いかけたテオの言葉をさらうように“奴”が二人の鼻先を滑空した。気圧されるように二人は後退る。 「もしかしてこれが伝承の魔獣?」 「いえそれなら“彼”はファイアバード(?)ではなくグリフォンになると思います」 下半身に獅子の体を持つ巨大な鷲。もちろん地域によって呼び方はさまざまあるだろう。それはロストレイルのチケットによって自分たちが理解出来る言葉として認識される。だとするなら伝承の魔獣もファイアバードではないということになるのだが。 閑話休題。 「つまり、ちゃうってことやんな」 ゆっくり旋回するグリフォンに尊は鞭をとった。こんな絶壁の途中に逃げる場所もない。 そこへ巣の中に突入していたネクロリアが顔を出す。 「何か呼び出しますか?」 彼は既に手にしていたガイドブックを開いていた。彼のトラベルギアは相手が攻撃さえしてくれればそれを返すことが出来るのだが、この狭い足場では攻撃を受ける前に羽ばたきの風圧だけでうっかり飛ばされかねない。ここまで登ってきた労力以前にこの高さから落ちた時のことを考えると、攻撃を待つという選択肢はなかった。 かといってやる気の尊を押し退けて自分が前に出る理由もない。ただ、出来ればグリフォンの目を別の方へ向けたいことと、尊がキントンを囮に使えないことから、ガイドブック内の物語から適当なモンスターを呼び出そうと考えたのだ。 しかし尊の答えは意外なものだった。 「餌出せ、餌!」 「餌?」 意表を突かれらネクロリアに尊はにやりと笑ってみせる。 「上まで乗せてってもらう」 尊の指さす先に上空で弧を描くグリフォンの姿があった。 「ほぉ?」 ロッククライミングに辟易していたテオが笑みをこぼす。 「いいですね。でも餌って…」 ネクロリアは苦笑を滲ませた頬をかく。何でも呼び出せるというわけでもないのだが。そもそもグリフォンの大好物ってなんだろう。 グリフォンがこちらに狙いを定めるように見据えてきた。負けじと尊が睨み返す。 「来いや!」 最初に動いたのはキントンだった。狐火が滑空してくるグリフォンを襲う。それを軽やかにかわしながらスピードを落とさず、どころか更に増して突っ込んでくるグリフォンにテオが小瓶の蓋を開いた。中から溢れる液体にテオが強く息を吹きかける。 液体は小さな飛沫となって爪をたてたグリフォンの行く手を遮った。液体はただの液体ではない。炎のような熱を帯びている。 突然現れた灼熱の壁にグリフォンが翼を広げて慌ててブレーキをかけた。 その時には尊の鞭がしなってグリフォンの首に巻き付いていた。そのまま尊は地面を蹴ってグリフォンの背へダイビングしている。 ネクロリアがひゅーっと口笛を吹いた。やるなあ、と口の中で呟き。空を旋回していた一羽の鷹がグリフォンを急襲した。尊を振り落とすのに必死だったグリフォンは鷹に視界を奪われくるくると回りながら闇雲に飛び始める。 「アホかっ! 餌言うたやんけっ!」 悪態を吐きながら尊が鞭を振るう。 「そっちは下じゃ、ボケ!」 半ばパニック状態だったグリフォンを怒鳴りつけて、尊は力一杯グリフォンの首根っこを引っ張りあげた。それに怒ったのか、半狂乱でグリフォンが暴れた。 「のわっ!?」 振り落とされたら一巻の終わりだ。だが、彼の体は宙に投げ出されていた。 「おおっと…ただの鷹じゃないんですよ」 ネクロリアが右手を振ると鷹が変化する。その体は人のようになり翼を広げて尊の体を抱き上げた。 「ハーピィですか」 「上まで乗せてってもらうって聞いて、その手があったかと気づいたんです」 「もっと早く気づいて欲しかったですねぇ…」 テオがやれやれと息を吐く。 「まぁ、でも、結果オーライですよね?」 ネクロリアがそちらを指した。 空を翔けるグリフォンの背中で尊がどや顔でこちらに手を振っていた。手懐けるのに成功したらしい。 「どうやら乗せていってもらえそうですね」 テオがにこやかに言った。 「はい」 ▼ グリフォンの羽ばたき一つで3人は山脈の上空にまで上った。足下に広がる山々を見下ろしながら、一番高い山の頂に目を凝らす。 しかし魔獣らしき姿はない。 「やっぱ、もう、おらんのかなぁ?」 「絶滅したとか?」 「さぁ? なにぶん読む前に燃え尽きちゃいましたから」 「……」 その件に関しては尊もあまり文句が言えず目をそらしたとき、ふと空が陰った。 山の天気は変わりやすいと言うが、さすがに太陽がいきなり消えるほどの雲が突然出現したとは思えない。 尊は空を仰いだ。 テオもネクロリアも空を仰いだ。 「……」 3人は言葉もなくそれを見渡していた。 バリバリバリ!! 或いは、ゴロゴロゴロ!! まるで雷のような轟音が鳴り響き、3人は反射的に両手で耳を塞ぐ。 いや、3人だけではない。 グリフォンも驚いたように急降下を開始した。まるで、それから逃げるように。 離れれば離れるほど、彼らの頭上に突如出現し陽光を遮ったものの全貌が明らかになった。もちろん雷雲などではない。 「鳥…だ…」 「でかすぎやろ」 翼を広げたそのさまはジャンボジェットくらいありそうな気がした。もちろん、至近で見ているからそう感じるだけで、実際には10mほどしかなかったのだが。それでも巨鳥と呼ぶにふさわしい。空の絶対王者。 「これが…伝承の…魔獣…」 「取りあえず火の鳥ではなさそうですね」 さすがにその体は炎に覆われてはいない。下から見る限り、その胴は白い羽で覆われているように見える。 これがアルゲンタビス・マグニフィセンス。 悠然と空を横切っていく巨鳥を気づけば3人は呆然と見送っていた。 「いやいやいや、追わなアカンやろ!」 我に返った尊が言った。 「そ、そうですね」 ネクロリアが頷く。 「行きましょう」 テオの言に尊は鞭を振るった。 「追うで!」 グリフォンに命じる。 しかしグリフォンは嫌がった。無理もない。力関係は歴然なのだ。だが、ここで諦めるわけにもいかなかった。 「追えっちゅーんじゃ!!」 尻を叩いてグリフォンの首を巨鳥に向けさせる。グリフォンは尊に逆らえぬまま巨鳥に向けて飛んだ。 追ってくるグリフォンに気づいたのか、巨鳥がこちらを振り返る。 その凄まじい眼光はまるで稲妻のようで、グリフォンの震えがその背に跨る3人にまで伝わってくるほどだ。 巨鳥が声をあげる。さきほどの雷のような音はこの巨鳥の鳴き声だったのか。身を震わすほどの音に再び3人は耳を塞いだ。 グリフォンが突然旋回する。 驚きの声をあげるより早く、彼らのいた場所を炎の柱が駆け抜けていた。 巨鳥が炎を吐いたのだ。そういえば長老がそんなことを言っていた。 半ば恐慌状態に陥ったグリフォンが暴れ出す。尊は抱きつくようにして何度も「大丈夫だ」と言い聞かせた。 「そっちは任せます」 ネクロリアが言う。 「命令すんな」 「信じてます」 ネクロリアはガイドブックを開いた。 尊はふんと鼻を鳴らしてグリフォンの操縦に注力する。巨鳥と渡り合うための足場は今の3人にはグリフォンの背中しかないのだ。それを失うわけにはいかない。 巨鳥が一つ羽ばたいた。 その風圧だけでグリフォンは飛ばされそうになる。 「右や!」 声を張り上げながら尊は鞭を振るった。虚空に放たれたそれに、グリフォンが導かれるように右へ飛翔する。巨鳥に翻弄されないように、安定的な足場を確保する。この鞭技とプライドで。そして巨鳥の相手は…この背は2人に任せる。 ネクロリアがガイドブックからこの巨鳥に対抗できるモンスターを呼び出す。 「巨鳥には怪鳥っ!」 そこから駆けるように現れたのは鳥の翼と胴体に雄鹿の頭と足を持ったモンスターペリュトンだった。 巨鳥の吐き出す炎を軽やかにかわしてペリュトンが角を突きたてる。嘴にしても爪にしても牙にしても、下から攻撃されることは少ない。こういうのを相手にしたことがないからだろう、巨鳥は嫌がるに翼を羽ばたき牽制してペリュトンと距離をとろうとした。それを追うペリュトン。 交錯する2者。 激しい攻防の合間を抜けるように尊はグリフォンを飛ばす。 その攻防を睨みつけるように観察していたテオが降りかかる火の粉を払いながら尊に声をかけた。 「そろそろこの子も限界のようですね」 「……」 尊は答えない。だがグリフォンには肉体的疲労だけでなく巨鳥の傍を飛んでいる精神的ストレスも加わっていた。確かにテオの言うとおりだ。 「なんや策でもあるんか?」 珍しく尊は下手に出た。猛獣使いは猛獣と心を通わせてこその猛獣使い。既にグリフォンは相棒なのだ。 テオは尊に耳打ちした。 「しゃーない、のったるわ!」 尊が鞭を振るう。その導きに任せてグリフォンが飛ぶ。 巨鳥はすばしっこいペリュトンに意識が集中している。 テオは小瓶を開いた。先ほど使いきったように思われた小瓶は既に液体で満ちている。 グリフォンが巨鳥の右翼の下から上へ前から後ろへ飛んだ。 「離れてください!!」 テオが声をあげる。 それにネクロリアが応えた。と言っても、彼が、尊やテオから離れたわけではない。そもそも、グリフォンの背にいて、そんなことは不可能なのだ。 だから。 ペリュトンが巨鳥から離れた。 どこへか? もちろん、ネクロリアたちのいる方へだ。 それを巨鳥が追いかける。 そこには既に罠が用意されていた。 テオの意志に従い細い編み目を作った小瓶の中の液体。灼熱の蜘蛛の巣が巨鳥を捕らえる。 3人は巨鳥の悲鳴に耳を塞いだ。 ネクロリアがガイドブックを閉じる。モンスターは消えた。 テオも小瓶の蓋を閉じる。巨鳥を捕獲した液体は消えた。 地上へ落ちる巨鳥をグリフォンに乗った3人と1匹が追いかけた。 巨鳥が地上に倒れている。羽を焦がしぐったりしているが死んではいなかった。 3人はグリフォンから降り立ち近づいた。 「……」 「これが村の守り神ですか…」 「そのようですね」 尊は巨鳥に近づくとそっとその首に抱きついた。まるで守るみたいに。 「村の守り神、倒しちゃったらアカンやろ?」 「言われてみたら、それもそうかも」 「当初の目的は伝承の魔獣は実在するのか、実在するとしたらそれは一体どんな魔獣なのかを調べて、本の補修をすることですから」 テオが笑みを返す。魔獣を倒しにきたわけではなかったのだ。 そういう意味では少しやりすぎたかも、と思わなくもない。出会った場所が空の上でなかったら、もう少し穏便にことを運べたかもしれなかったな、と思う。 「取りあえず一件落着ですか?」 ネクロリアは言いながら巨鳥の翼の手当を始めた。それに尊も続く。 「帰ったら、本の補修作業が待ってますよ」 テオの言にネクロリアと尊が「うへぇー」と舌を出した。 だけど、自分で続きを綴るのだ。 百聞は一見に如かず、百見は一行に如かず。 たまには読むばかりではなく、自分で綴ってみるのも悪くないのかもしれない。 そんなことを思いながらテオも手当に加わった。 ◆大団円◆
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