赤毛の司書犬が、口に『導きの書』をくわえて全速力で走って来る。ロストレイルの停車するホームの一角、長椅子や小さなテーブルが置かれ、簡易的な待合室となっているその場所には、今回のカンダータへの旅を了承したロストナンバー達が居る。 山伏のような衣装まとった玖郎が、鉢金で覆われた眼をクロハナへと向ける。逞しい猛禽の肢の鋭い爪でホームの床をカチリと叩いて、赤褐色の翼を微かに揺らがせて、体ごとクロハナを向く。 玖郎のすぐ傍で急停止し、クロハナはくわえていた『導きの書』を床に置いた。「チケットの準備、出来ました。情報のまとめ、出来ました。『導きの書』、読みました」 『導きの書』に挟んだ、比較的新しそうな地図を引き出す。「地図、見つけた」「ほな、見てみよかー」 のんびりとした口調で、森山天童が地図を拾い上げる。細身の肩に羽織った女性柄の着物の裾が翻る。柔らかな香の匂いがふわり、広がる。 地図を広げる手の片方、左手の小指に巻いた赤い紐がゆらゆらと揺れる。思わず眼で追うクロハナの頭を、天童は撫でる。 テーブルの上にカンダータの一区域分の地図が広げられた。 地図に記されているのは、凍り付いた荒野と、急峻な崖に囲まれ迷路のように入り組んだ峡谷。「救援の依頼。飛行するマキーナ破壊の依頼」「硬くて鉄の臭いがすんだよな」 純白の大きな翼を背に折り畳んで、理星が地図を覗き込む。銀の睫毛に縁取られた銀の眼が、どこか子供じみて瞬きする。温かな空気をまとっているのは、少し前までしていた日向ぼっこの穏かな熱がその身に残っているからだろうか。「カンダータの小隊。でも、大分、兵士、減ってる。怪我した兵士たくさん。死んだ兵士、たくさん」「マキーナの数は、それなりに多そうだね」 峡谷の形状を確かめながら、篠宮紗弓が銀の眼をそっとしかめる。着物の袖から、相談の合間にどうぞと持ち込んだ手製のマドレーヌの甘い匂いが優しく零れる。理星が、クロハナが、思わず頬を緩める。「最初、荒野で戦闘。辺境哨戒の小隊。マキーナを発見次第破壊して、少しでも数を減らす、目的」 荒野、とクロハナは黒い爪で地図を示す。「荒野に、三体。地を這う虫の形したマキーナ。兵士百人で戦闘。何人か犠牲出た。カンダータの兵士達にとって、マキーナ、強い敵。人間殺す恐ろしい敵。マキーナ、もう少しで破壊出来そうになった時、峡谷へ逃走。皆で追う。もう少しで憎いマキーナ破壊出来る。そうすればきっと、あのマキーナに殺された仲間、うかばれる。殺されるかもしれなかった護るべき民間人も、助かる。そう思って、追った」 『導きの書』から得た情報もあるのだろう、現場を見て来たように司書は話す。「峡谷、入った。空の高くまで、崖。崖の空、黒い霧漂う。崖の高いところから、毒の霧、噴き出す。霧、軽い。地面までは降りてこない。毒の霧と雪雲の斑の空。霧の中から、飛行型マキーナ、飛び出した。地虫型、囮。峡谷に人間を誘き寄せる、囮。飛行型マキーナ、空から銃弾たくさん撃った。腹から砲弾も、尖ったミサイルも、撃った。炎吐くのも、居た。小隊、混乱。地虫型、見失った。たくさんの兵士、傷付いた。死んだ。――撤退に失敗した」 ここに追い込まれた、と入り組んだ峡谷の一点を示す。「雪の吹き溜まり。吐いた息、凍る寒さ。凍てついた崖の側面に洞穴見つけて、狭い空飛ぶマキーナから隠れている。地対空の武器、持ってはいるけれど、空、狭くて使えない。撃てば崖、崩れる。皆で生き埋め。だからその場から動けずにいる。彼らの救出を、お願いします」 でも、と付け足す。「彼らは、兵士。ロストナンバーが、マキーナを引きつけてくれれば、その隙、縫える。自分達で脱出する。万が一、峡谷からの脱出中に地虫型に出会っても、自分達で倒せる」 だから、と玖郎へ眼を向ける。以前壱番世界でファージに取り憑かれた大犬を倒した玖郎の強さを、司書は知っている。僅かに首を傾げるような仕種で話を聞いていた玖郎は、クロハナと眼が合うと小さく頷いた。「飛行するマキーナと、戦ってください」 理星の背にある、純白の翼を羨ましそうに見上げる。その額から生える黒い三本角を、畏怖さえ籠めた眼の色で見仰ぐ。角はきっと、すごい力を秘めているのだ、と訳もなく信じきっている。「ボスみてぇなでっけぇのとかいるのかな」「飛行型マキーナ、群。わたしくらいのから、理星の大きな翼広げたくらいのまで、たくさん。動き、形、蝿に近い。二十に少し足りないくらいの数。ボス、居る。群を統率。大きさ、分からないけれど、群統率の為、他と違う特徴、あるはず。羽音? 色? 鳴き声? わからない。分からないけれど、ボス倒せば、群バラバラ。全滅、一番いいけれど」 以前インヤンガイの廟で子供の暴霊を見つけたように、敵のボスを見つけてください、と紗弓を見る。「でも、群バラバラだけでも、いい。カンダータの兵士、一度撤退できる分だけの助けでいいと、連絡、受けています」 天童の着物の帯に手挟んだ葉団扇を、きっとすごい武器なのだろうときらきらした眼で見詰める。もしかしたら、着物に焚き染めたふわりと漂う香の匂いも、戦闘時には何かの力になるのかもしれない、と期待籠めた眼差しを向ける。「カンダータの人達、世界図書館を信頼しきってはいない。ロストナンバーの実力、評価されてはいるけれど、……」「これ以上信用を下げる事はしたくないね」 紗弓がしみじみと頷く。 クロハナは少し眼を伏せ、上げる。厳しい戦闘へと彼らを送り出すため、永久戦場・カンダータ行きのチケットを取り出す。「小隊、ロストナンバーを攻撃すること、決して、無い。けれど、彼らから情報、得られない。援助、得られない。彼らにその余裕、無い。あなたたちに後方を任せて、撤退するだけ」「足止めに利用されるのか」 玖郎の言葉に、クロハナは申し訳無さそうに頷く。 それでも、どうか、と三角耳の頭を下げる。「カンダータ、向かってください。マキーナ、倒してください。出立まで、まだ少し、時間。カンダータ、寒い。しっかり準備、お願いします」 群か、と玖郎が小鳥の動きじみて首を傾げる。「……いっそ編隊でも組むか」 吐き出す息が無精髭にまとわりつく。そのまま白く凍りついて霜のようになる。洞穴の暗がりで、空飛ぶマキーナには何の役にも立たぬ銃剣を御守のように抱く。凍った壁に背中を預け、青年少尉はただ静かに息を繰り返す。 無精髭に覆われた唇が歪む。息しか出来ぬ自らを嗤う。率いる兵士を窮地に追い込んだ自身を責めて歯を食いしばる。その顔を洞穴に潜む兵士達に見せぬよう、顔を外へと向ける。 兵士百人の内、半数近くがマキーナの放つ炎に巻かれた。銃弾に倒れた。ミサイルの炎に焼かれた。生き残った者の大半も、負傷している。 洞穴の入り口は低く狭い。崖の底にある洞穴の入り口は、氷混じりの雪が吹き込み、白く積もっている。 近い空をマキーナが行くのか、神経に障る低い駆動音がする。蝿の羽ばたきにも似た音に、凍り付いた壁が震える。そう深くはない洞穴の最奥で、負傷した兵達が恐怖にか痛みにか、震える声で呻く。 恐怖しても無理はない、と少尉は思う。空から突如、銃弾が爆弾が炎が、砕けた岩が、降り注いだ。見仰げば、毒霧の空を数十のマキーナが群れ飛んでいた。禍々しい青銅色の甲殻と、見えぬほど素早く羽ばたく鉄鋼の翼。膨らんだ腹に抱いた気味の悪い卵のような爆弾、虫の肢じみた銃口から絶えず放たれる銃弾。 つい先程までの地獄が脳裏に蘇り、少尉は銃剣の筒をきつく握り締める。 洞穴を見つけ、隠れなければ間違いなく全滅していた。 声が外に洩れるのを嫌い、兵の誰かが負傷兵の口を塞いだらしい。呻き声が苦しげにくぐもる。 駆動音が遠くなる。どうやら今は助かったようだが、このままでは、(全滅を待つだけだ)「少尉」 地を這うように、自分よりも年上の通信兵がにじり寄る。肩越しに振り返り、眼だけで頷く。「援護が来ます」 少尉よりも戦場経験豊富な通信兵は、この窮地に在っても落ち着いている。割れた眼鏡の奥の眼は、未だ強さを失っていない。「これがちょっと変わった援護で」 くすり、と笑ってさえ見せる。「少尉もご存知でしょう、……例の、ロストナンバーの傭兵達だそうです」 通信兵の言葉を聞きつけて、洞穴の奥にうずくまる兵士達がざわめく。「凄い力持ってるって話だぜ」「けど、はっきり味方かもわかんねェよ」「信用出来るのか」 安堵する者、警戒する者、兵士達の思いは様々だ。 兵士達のざわめきを、少尉は片手を挙げて制する。「今は、生き延びる事を最優先しよう」 低く言い、マキーナの群が飛ぶ峡谷へと鋭さ取り戻した視線を投げる。「利用出来るものは利用する。援護が来次第、隙を見て峡谷より脱出する」=========!注意!この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。ただし、参加締切までにご参加にならなかった場合、参加権は失われます。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、ライターの意向により参加がキャンセルになることがあります(チケットは返却されます)。その場合、参加枠数がひとつ減った状態での運営になり、予定者の中に参加できない方が発生することがあります。<参加予定者>玖郎(cfmr9797)森山 天童(craf2831)理星(cmwz5682)篠宮 紗弓(cspf4177)=========
凍り付いた岩壁が見仰ぐ視界のどこまでも高くそそり立つ。今にも吹雪きそうな灰鼠色の雪雲すら遠い。太陽など無いのではないかと思わせるほど、崖に挟まれた峡谷の空は狭い。その空すら奪うように、悲鳴のような音立てて、黒い毒霧が岩壁の亀裂から噴き出す。 「居る」 黒い岩肌にしがみつく氷片と同じ白の翼を雪風に揺らし、理星は万年雪の銀色した眼を細める。髪と同じ、銀の睫毛の陰がどこかあどけない瞳に落ちる。斜め頭上の黒い毒霧の雲を仰ぐ。空を覆い、先を隠す毒霧は、けれど暗闇にも惑うことのない理星の妨げにはならない。 「ああ、居るな」 鉄のにおいがする、と応えて、玖郎。鉢金付いた半面で眼をほとんど覆い、視界に頼らぬ判断を行っているのは故がある。 背に二対の赤褐色の翼持ち、逞しい猛禽の肢持つ玖郎は陰陽五行で言えば木行の天狗。相克である金行のものは天敵。金行のものは多く、視覚惑わす幻術を多く使う。 今回敵となるカンダータのマキーナは、天敵である金行のものにあたる。苦手な属性のものである分、機械の身を持つマキーナの鉄の臭いには敏感だ。 「あれが厄介だね」 闇より艶やかな黒髪を凍てついた風になぶらせながら、篠宮紗弓は煙るような銀の眼で空を仰ぐ。唇から零れる息が白い。風に流れ、黒髪にまとわりついて花咲くように白く凍る。 「寒くないのかい」 紗弓が心配げな視線を向けるのは、薄手の衣服を纏うただけの理星。理星はくすぐったそうな笑みを浮かべる。気にかけてもらえたことが何より嬉しい、子どものような笑顔。 「ぜんぜん平気」 仲間を氷のような風から護るように、純白の翼を広げる。薄い衣服にへばりついた霜の粒を払う。毒も寒さも、と何でもないように笑う。 「ただの感覚なだけだし、」 マキーナの放つだろう火も銃弾も、それによって負うどんな傷も、理星を死に至らしめることは出来ない。どれだけ皮膚が裂けて血が噴出そうと、骨が折れ内臓が傷もうと、 「死なねぇから平気」 天使族と鬼族、ふたつの血を継ぐ理星は、たとえ望んでも死ねない。戦にあって、それは強みであるのかもしれないが、 「それでも、痛いだろうに」 紗弓は眉間に皺を刻む。 「これ、やるわ」 使い、と森山天童が自らの背の漆黒の翼を引き抜き、各々に差し出す。 「寒さ和らげてくれるで」 「俺にも?」 宝物を貰ったように、理星の眼が輝く。羽を両手で受け取る。失くさないようにしないと、と懐へ大事にしまいこむ。 「以前、それでやりとりをした」 よければわけてもらいたいと思っていた、と玖郎は頷く。 「列車でいくさをした際だったか」 「トレインウォーやね」 山伏姿の玖郎に羽を渡して、天童は手にした葉団扇で口許を隠して笑む。慣れぬ片仮名の言葉に、玖郎は首を傾げる。 「今日は気合入れて来たんやで」 普段は女物の着物をふわりと羽織り、柔らかな格好をしている天童だが、今日ばかりは動きの妨げとなる羽織は仕舞いこんでいる。言葉の通り、『気合の入った』天狗の正装である山伏姿。普段は見えぬように隠している黒翼は凍える風に晒し、天狗の一本下駄で氷雪の地を踏みしめる。 「けど、ほんまは荒事は苦手なんよ」 本気かも冗談かも分からぬ、笑み含んだ声で言う。 「フォローするよ」 羽を掌に、紗弓は穏かに応ずる。 「確かに温かいね」 緩く結うた黒髪の流れる細い肩を包むのは、いつものたおやかな着物ではなく、黒を基調とする体の線に沿うた動き易い衣服。 毒霧の空を、銀の眼で仰ぐ。掌の羽をベルトに挟み、空になった白い手が翻る。手首を飾る青い宝玉嵌めこまれた銀のバングルが煌く。凍える風が、『風の愛し子』である紗弓の意志を受ける。護るようにその身を包んで緩やかな螺旋を描く。 「私はボスを探すよ」 「たのむ」 短く言って、玖郎は氷の地を蹴る。二対の翼が風を撃つ。翼の力受けた風が周囲に散る。 「……行くぜ」 冷たい空気を胸に吸い込んで、理星は眼を上げる。その眼に捉えて、毒霧の中から湧き出る飛行型マキーナの群。純白の翼が大きく広がる。素早く掌を閃かせれば、その体内に有する大太刀『鬼ノ角』が光零しながら現れる。 「せやね」 天童の紫眼がゆったりと瞬く。千里眼の力持つ眼は、毒霧の中蠢くマキーナの動向を確かに掴んでいる。 「炙りだしたろ」 天狗の葉団扇で覆った口許に、笑みが浮かぶ。ひょいと身軽く片足立ち、一本下駄の歯で地を鳴らす。漆黒の翼が羽ばたけば、体重がなくなったように山伏姿の天狗は空に舞う。 「腐食の香や」 ふうわり、葉団扇を扇ぐ。風が生まれる。不思議の力持つほのかな香が、思わぬ素早さで毒霧へと向かう。一帯の空を覆う黒の毒霧が、見る間に灰色に染め上がる。 凍える空気に青紫の火花が爆ぜる。不穏な轟きたてて、蒼白い光を滾り渦巻かせる黒雲が宙に集まる。光が跳ねる。一瞬の輝きが数多に連なり、目指すは天駆ける玖郎の両の腕。轟音立てて、腕に装備するトラルギアの金属手甲、『神鳴』に着雷する。『神鳴』を介し、青紫の稲妻が雷の影響受けぬ天狗の身体を鎧じみて包む。 「えらいもんやねぇ」 紫眼に青紫の雷光映し、天童は玖郎の傍らに並ぶ。稲妻含む空気が天童の黒翼を撫でる。雷の影響受けぬ者であれば痛みと麻痺を受けようが、天童も玖郎と同属。世界を違え、姿も違えど、属する理は同じ。 蛇のような雷を翼に跳ねさせながら、天童は葉団扇で口許隠し、笑う。細めた眼で、腐食の香で灰色に染まった毒霧を見詰める。 「あんじょう効いとる」 耳障りな羽音がする。空に鉄の身体を持ち上げる分だけ、規則正しく激しく羽ばたくはずの硬質な翼の羽音は、けれどひどく、不規則だ。 「篠宮はん」 天童の呼びかけに応え、唯一人氷の地に立つ紗弓が風を操る。空翔る三人を、紗弓の風が追い越す。天幕を払いのけるように、灰色の霧が晴れる。 霧の退けられた峡谷の空は、毒霧よりも黒い雪雲の空。 その空を不機嫌に、不規則に飛び回って、数機の飛行型マキーナ。鉄の翼や節くれた機械の身体のあちこちに赤く黒く、錆が浮いている。翼の一部を赤く錆び付かせた一機が、群から落ちる。氷片舞う空を黒い煙吐きながら滑り落ち、――不意に、力強く羽ばたく。半球の形した身体の前面に付いた複眼じみた視覚センサーが虹色に光る。空に居ながらも人の姿したものを、『殺すべきもの』を見つけた使命感に燃えるように、耳障りな羽音立てて、一直線に玖郎達に突っ込んでくる。決死を思わせる速さで、距離を詰める。 玖郎が翼を羽ばたかせるよりも、天童が天狗の力を使うよりも、速く。 灰蒼色の雪よりも真白い白の塊が、放たれた矢の鋭敏さでマキーナに突進する。 「理星さん!」 紗弓が叫ぶ。同時、風を紡ぐ。隼の速さで飛ぶ理星に、この風は間に合うか。 (せめて、身を護ってやらないと……!) どんなに傷を負っても死なないと言っていた。それでも、と紗弓は思う。 (フォローくらいさせておくれよ) 凄まじい速さ持つもの同士が鈍色の宙で激突する。純白の翼が風に散る。鉄の硬さと鋭さ持つものに柔らかな皮膚が抉られる。血の玉が飛沫く。それでも。 それでも、力失くして空によろめいたのは、鉄の身のマキーナ。鉄の羽よりも速い力で体当たりをぶちかまされ、半球の機体にぶら下がる幾つかの肢が折れる。数枚の鉄羽の何枚かが潰れる。落ちる。 鉄羽に裂かれた全身から血を撒き散らしながら、理星は更に羽ばたく。痛みに躊躇う様子は微塵も無い。銀の眼が見据えているのは、上空のマキーナの黒い群。 「無茶をする」 身につけた天童の羽を通して、紗弓の声が届く。不思議な暖かさの優しい風がふわりと傷付いた身を包む。 「無茶じゃねぇもん」 「そんな傷だらけになってしもて」 力強い羽音が傍らに並ぶ。呆れたような天童の声が追いかけて来る。 「すぐ治る」 裂けた褐色の肌の傷は理星の言葉通りに塞がっていく。抉れた肉が盛り上がり、新しい桃色の皮膚に覆われる。血の痕さえ呑みこんで、傷が消える。 「ほら、平気」 無邪気に笑う理星の傍を、玖郎の赤褐色の翼が掠めて過ぎる。帯電した空気が天童と理星の髪でぱちんと跳ねる。 「せっかちやなあ」 天童が剽けた仕種で肩をすくめる。 青白い雷の光纏って、玖郎は氷の空を奔る。マキーナの群へ突入する。翼に肢に無数にまとわりつく稲妻が、玖郎が空を縦横に翔る毎、剣呑な光を周囲に飛び散らす。放たれた雷光がマキーナの鉄の羽に落ちる。羽焼かれたマキーナは宙で機体を震わせる。がくりと落ちかけて、どうにか持ち応える。 突如として群に飛び込んで来た『殺すべきもの』に、マキーナ達は戸惑ったように鉄の羽をばたつかせる。その間に、翼持つ者は鉄の羽を雷で薙ぐ。旋回し、急停止し、宙で円を描く。青紫の光が尾を引く。機体を食む錆と爆ぜる雷に耐えかねた一機が羽を落とす。落ちた羽を追うように墜落する。 そうしてようやく、マキーナの群は玖郎の攻撃に備える。身体の前面に一対付いた複眼を巡らせる。群を掻き乱す玖郎を視覚センサーに捕らえ、肢に備えた小銃から銃弾を撃とうとして、 ――撃てない。敵の身体を強い電波が膜のように覆っている。検知器が乱れる。照準が定まらない。味方と通信し連携を取ろうにも、互いに疎通が出来ない。電波が届かない。味方の電波も受け取れない。 うろたえる。鉄の羽を無闇に羽ばたかせる。複眼をぎょろつかせる。気流の渦に巻き込まれたように、電波が、隊列が、通信が、害される。 爆ぜる雷を連れて、玖郎はマキーナの間を縫うて飛ぶ。飛び回り、確認するのは、相手の死角。節くれた機械の肢を巡らせ、銃弾を放つまでの速度。 鉄の臭いが鼻を突く。精悍な唇が一文字に引き結ばれる。擦れ違いざまの土産に、『神鳴』を遣る。青紫の稲妻が宙を奔る。間近で電流を複眼に食らったマキーナが、金属の擦れるような悲鳴をあげる。 耳を圧する機械音を弾き飛ばして、鋭い鈴の音がマキーナの集る空に響く。紗弓の風の助けを得て、空一杯に響いた鈴の音の源は、純白の翼羽ばたかせる理星の手の中。雪と氷だらけの灰色の風景にあって、暖かな色を揺らがせる金と銀の鈴。 人の耳には何の影響も無いその音は、けれどマキーナにとっては感覚狂わせる毒。錆浮かせたマキーナ達が、玖郎の雷に羽や眼を撃たれたマキーナ達が、ふと動きを緩める。玖郎に向かおうとしていた羽を、仲間であるはずのマキーナへと向ける。節くれた肢の先を味方に向ける。火の臭いと爆音と共、銃弾が肢の先から吐き出される。腹が開き、白煙吐いてミサイルが発射される。 空に紅の爆炎が幾つも弾ける。仲間に撃たれたマキーナが砕け散る。数枚持つ鉄羽を全て焼かれ、胴を貫かれ、墜落する。 空で、マキーナ達は混乱の極みに在る。 地に墜落してきたマキーナが、大地に刺さる直前で折れた羽をばたつかせる。風を撒き散らして、どうにか宙に留まる。小銃持つ肢をざわめかせる。虹色の複眼が、肢の節の振動検知器が、近付く人間の姿と足音を捉える。 捉えて、次の瞬間。 炎がマキーナを包んで膨れ上がる。炎の衝撃が大地の氷を殴る。朱に溶ける大地に、マキーナが焼けた鉄屑を落とす。黒焦げた燃え滓がその場で砕ける。 桜色の唇が、静かに閉じる。『灼熱の魔女』の二つ名持つ紗弓が業火操る詠唱を終わらせれば、炎は扉に閉ざされるように消える。 転がるマキーナの残骸には眼もくれず、紗弓は空翔る者達の討ち漏らした機体が他に無いか、素早く眼を巡らせる。操る風で確認する。 全体を見回して、気付く。混乱の空から距離を置いた毒霧の雲中に、玖郎達が相手をしているマキーナよりも小型のマキーナが数機、いる。仲間の危機にあって救援にも現れない彼らは、こちらの様子を窺いながら、峡谷の狭い空を縫い、何処かへ飛び去ろうとしている。 「西に五機」 空を縦横に翔る玖郎達の耳に、天童の羽を介した紗弓の声が届く。 「偵察機かもしれないね」 「追えば敵のおさも発見できるか」 玖郎が小さく頷く。鉄の臭いを、未だ動く機械の駆動音を辿り空を駆けようとして、 「待って」 理星の悲痛な声に引きとめられた。 「どうした」 「ヒトがいる」 銀の眼をいっぱいに見開き、理星は首を巡らせる。僅かに音を零す金銀の鈴を掌に握りこむ。乱戦の最中、ほんの微かに捉えた誰かの声を必死に手繰り寄せる。 「兵士のヒトたちだ」 理星が一身に感じ取っているのは、兵士たちの苦しげな喘ぎ。傷口から噴き出す血の臭い、焼け爛れた皮膚から滲む体液の臭い。 「助けに行く」 小さな爆発を繰り返し、火を噴いて落ちていくマキーナの群はもう、理星の意識に止まらない。 「すげぇ痛ぇ思いしてるヒトがいる」 矢のように風雪の空を飛んでいく純白の翼を目印に、 「ほな、一足先にそっち行ってみよか」 天童が漆黒の翼を羽ばたかせる。 「嗚呼、助けないとね」 紗弓が地を駆ける。 「……できることをするまでだ」 周囲の空に動く敵が一機たりとも居ないことを確かめ、玖郎もまた皆の後に続く。敵は編隊を組んでいる様子。あまりに孤立するのは不利だろう。 務めであるのだろう、と思う。負わねばならぬ咎であり、命であるのだろう、と思う。指揮の任を得てより、それは腹に据えていたはずだった。 (いざとなればこの様か) 青年少尉は銃剣を手に立ち尽くす。凍てついた洞穴の隅には、軍服をどす黒いまでの大量の血で染め、浅い呼吸を繰り返す負傷兵が数人、うずくまり、横たわりしている。峡谷よりの離脱にはとても耐えられまい。万が一マキーナに襲われれば、他の皆の枷ともなろう。 (捨て置いて、ゆっくりと死なせるよりは) 歯を食いしばる。渦巻く思いを奥歯で噛み殺す。短い敬礼後、銃剣を構える。負傷兵の一人が腫れ上がった瞼を上げて笑う。震える手をあげて返礼し、ここですよ、と自らの首を示す。 ――と。 暗い洞穴に風が雪崩れ込んだ。入り口で待機していた兵士達の声が上がる。少尉の背中を風が殴りつける。振り向いた少尉の銃剣掴むその手を、 「待って」 褐色の少年の手が掴む。額に三本の黒い角、背には巨大な白い翼。銀の色した瞳は、まるで自分がどこか怪我をしているかのように悲しく歪んでいる。 誰何するよりも先、奇異な姿に怯むよりも先、少尉は自らの手を掴む少年の指が持つ熱いほどの体温に眼を見開いた。 「頼むよ、殺さねぇでくれよ」 「助けに来たで」 必死の形相する少年の肩越し、黒翼負うた、袖の長い奇妙な衣装纏った青年がおっとりと立つ。少年の肩叩いて、少尉の手首握り締める褐色の指を解かせる。細身の少年に握られただけで酷く痛む手首を擦る少尉の肩もついでのように叩く。 「金平糖やるわ」 青年は華やかな色と柔らかな角持つ小さな珠のようなものを差し伸ばす。 「疲れた時は、甘いもんがええんやで」 少尉が戸惑って眉顰めるのには構わず、手を取る。金平糖をひとつふたつ、掌に載せる。 「食べる食べないは好きにし」 紫の眼をにこにこと細め、瀕死の重傷負った兵士の傍らにしゃがみこむ。凍りつき、ひび割れた唇に柔らかな色の金平糖を押し込む。自らの翼から羽を抜き、血塗れの胸にふわりと置く。それだけで、寒さに蒼白かった兵士の顔色が和らいだ。 白翼の少年がその場に跪く。巨大な翼から羽を引き抜く。横たわる負傷兵の、赤黒く弾けた傷口にその翼を貼り付ける。見る間に血の色に染まる白い羽の下、止まらず溢れ続けていた血が止まる。兵士の苦悶の表情が安らぐ。 「……ロストナンバーか」 ようやく、少尉は言葉と息を吐き出した。 青年が周囲の兵士に自らの羽と金平糖を配りつつ、頷く。 重傷者の傍に膝を突いた少年が、血の沁みたような布を懐から取り出す。傷薬だと無邪気な顔で笑う。 「すげぇ効くんだぜ」 そんなもので助かるものか、と少尉は言いかけて、口を閉ざす。『傷薬』を傷口に塗られた負傷者の顔色は確かに回復している。死に至るしかなかったはずの銃創が、黒く焼け爛れた皮膚が、確かに塞がろうとしている。消えようとしている。 「それは、何かの血か」 「傷薬だってば」 困ったように、少年は笑う。表情を隠すように、白い翼が少年の姿を包む。危険をかいくぐって救援に訪れた者を困らせるのも申し訳ない気がして、少尉は掌に金平糖を載せたまま、首を巡らせる。霜のついた無精髭を掌で擦る。 洞穴の入り口に、赤褐色の翼持つ者がこちらに背を向けて立っている。人のものでない隆々とした猛禽の肢を眼にして、少尉は何故か安堵を覚える。あんな凄い肢を以ってすれば、きっとマキーナなど一撃で仕留められるのではないか。あの肢の持ち主が此処を護ってくれているのであれば、此処は安全なのではないか。そう思って、苦く笑う。子どもの願望じみている。 入り口を護り、外を警戒する赤褐色の翼持つ男が、何かに気付いてその身を脇に退けた。近くに居た兵士達がどよめく。何事かと眼を向けて、少尉は銀色の毛並みした巨大な狼を見た。大量の暖かな息吐く狼の背には、黒髪の女。女を追うて、真白の、これも大きな鷹が洞穴に滑り込んで来る。狼の背から降りた女の伸ばした腕に翼広げて停まる。 銀の狼と白の鷹を入り口の護りに遣り、温和そうな顔した女は重症ではないものの、歩くに苦労しそうな怪我人の傍に寄る。柔らかそうな眉を難しげに寄せ、暖かな呼気吐きながら、銀色の腕輪した手で負傷者の怪我した足に触れる。負傷者が驚いた声をあげる。痛みが消えたのか、傷が癒えたのか。 「凄まじいものですね」 洞穴の陰で静かに控えていた通信兵が、眼鏡の奥の眼を綻ばせる。黒翼の青年に貰った金平糖を美味そうに口に含んでいる。 「助かった、……そう思っていいのか」 「生き抜かねばなりません」 生き残った者の責務です、と通信兵は穏かに笑う。 不意に訪れて、どうしようもない危機を奇跡のように覆すロストナンバー達。彼らを信用しても良いものか、少尉は悩む。必ず得られる助けではない、傭兵のような者達を頼りにしてしまっても良いのか。 「利用出来るものは利用する、そう言っていたではありませんか」 少尉の迷いを、老練の通信兵は笑い飛ばす。 「それは、そうだが」 「マキーナを倒すにも、命あればこそです」 言いながら、通信兵は少尉の掌の金平糖へひょいと手を伸ばす。少尉は慌てて淡い色の珠を口に運ぶ。重傷者が動けるようになれば知らせてくれ、と通信兵と白翼の少年に頼み、その場を離れる。凍てついた洞穴で各々に撤退準備に取り掛かる兵士の様子を確かめる。自分は見張りの僅かな助けになればと入り口へ向かう。 黒翼の青年と同属なのだろうか。少しばかり似た衣装の背には、二対の頑丈そうな赤褐色の翼。直ぐに伸ばした背中は、此方が自らの姿をいくら訝しもうと一向に構わない強靭さが感じられた。 隣に並ぶ。奇妙な面で上半面を覆った顔を僅かに傾け、男は幼子のような仕種で少尉を見る。 「暖かそうだ」 気まずさを誤魔化して、精悍な顎の半ばを隠す野兎の襟巻きを褒めれば、 「うまかった」 野兎の肉についての返事が返って来た。 「うまいのか」 「うまい」 思わず噴き出す少尉を不思議そうに見、男は大真面目に頷く。頷いて、 「くる」 低い抑揚で告げる。 「もうちょいで皆治るからな」 少尉を優しい風で押し退けて、白翼の少年が洞穴から飛び出し、駆けて行く。翼が広がる。冷たい風が波のように押し寄せる。少尉が眼を細めた瞬間、少年は崖に挟まれた狭い空へと、飛ぶ。 少年を追って、男が地を蹴る。毒霧の黒い雲目掛け、舞い上がる。 「うまいこと逃げるんやで」 洞穴から黒翼の青年が衣装の裾揺らして現れる。暗紫の眼で、毒霧の空を睨み上げる。少尉には毒霧に覆われているようにしか見えない空に、 「居るのか」 「うん、ようさん居るわ」 マキーナの姿を見て取っているらしい。 「銀月、白陽」 艶やかな黒髪の女に呼ばれ、洞穴の入り口に伏せていた狼と岩塊に停まっていた鷹が反応する。銀と白の美しい獣達に小隊の警護を命じ、 「陽動は任せて」 強い意志に満ちた眼で頷く。身を凍らせる風吹き荒ぶ峡谷へと駆け出す。黒髪に風が巻きついたように見えて、次の瞬間、風が濁流じみて空へと跳ね上がる。黒の毒霧が風に切り裂かれる。巻き込まれ、遥か空へと連れ去られる。 毒霧の失せた空には、黒く光るマキーナの群。虹色の眼が、数え切れぬほどに空に光る。 思わず身を竦ませる少尉の前を、銀色の狼が護るように立ち塞がる。白の大鷹が威嚇の声で鋭く鳴く。 空気が熱を孕み、先を駆ける女の背中へと収束する。 「派手にやってみよう」 氷の谷が緋色に染まる。女の周囲に炎が生まれる。炎は命持つ龍のように峡谷の崖を駆け上る。洞穴より遥か離れた空を目指す。 呼吸ひとつ分で、理星はマキーナの群の真ん中へと突っ込む。風が耳元で喚く。鉄の羽が翼を、飛ぶ身を引き裂く。マキーナが種々の銃弾を雨のように放つ。身体を撃たれた衝撃に弾き飛ばされても、翼の動きは止めない。噴き出す血にも痛みにも構わず、大太刀『鬼ノ角』を一閃する。 「俺は自分が痛ぇのは嫌いじゃねぇけど、」 鋭い太刀には、見えぬ空気の刃を纏わせている。両断された羽を撒き散らして、マキーナが落下する。 「あのヒトたちがこれ以上辛い思いすんのはぜってぇ嫌だ!」 マキーナが放つ銃弾の雨に撃たれ、純白の翼は血の朱。 鉄の羽に裂かれた頬から溢れる血を掌で拭う。拭う間に傷口は塞がっている。 (なんで、……) 理星はマキーナの虹色の複眼を見る。こちらの意思など通じようもない、殺すだけの機械の眼。 (なんで殺すんだ) 脳裏に蘇るのは、洞穴の隅に蹲っていた負傷兵の姿。 (俺はどうにかしてヒトと仲良くなりたくて生きてるのに) なんで、と銀色の眼が悲しく瞬く。 銃弾の雨の最中、マキーナを片端から斬り捨てながら、 (俺は守る方がいいな) いっそ無垢なほどに、理星は思う。 足元の空で鮮やかな紅の火焔が派手に弾ける。マキーナを何体か吹き飛ばしたあの炎は、紗弓のものか。炎に魅かれる虫のように、何体かのマキーナが羽を翻す。 「こっち来んといてや」 炎の真下、天童は葉団扇で口許隠して笑む。玖郎や理星のように、この腕でマキーナを直接破壊することは難いけれど。 黒翼羽ばたかせれば、天童の身から雷の茨が散る。炎の花が咲き乱れる。雷と炎が空を走り、紗弓の陽動につられたマキーナを焼く。炎帯びたマキーナを、けれど天童は地に落ちることも許さない。自然の力操る天狗はその力を遺憾なく発揮する。風さえ操り、手も使わずにマキーナを掴み、崖に叩き付ける。マキーナの腹に抱いたミサイルが次々に爆発する。 「――あかん、囲まれとるやんか」 見仰げば、理星が上下左右をマキーナの群に取り囲まれている。理星を助けるために囲みを突破すべく、天童は翼を強く羽ばたかせる。炎を抜け、マキーナの群に突っ込む天童の脇を、玖郎が駆け上る。 紗弓の陽動の炎を、玖郎は風で分ける。青白い光の尾を引く紫電の鎧まとい、何体かのマキーナを引きつける。地に沈むように低く低く、翼を傾ける。地を奔る獣の速度で、氷の谷の底を飛ぶ。谷の形状を風に読む。飛ぶに足りぬ風を自らの力で生み出す。地を削るほどに低く落とした爪先を、マキーナの放った銃弾が掠める。厭う鉄の臭いに、不機嫌な息を吐き出す。風の流れに沿い、迷路のように入り組む谷の岐路に入り込む。すぐさま翼を翻す。鞠が跳ね上がるように、狭い空へ急上昇する。狭い路に入り込んできたマキーナの背を鋭い爪持つ足元に据え、翼の角度を変える。降る。 そこはマキーナの死角。 鉤の形した強靭な爪が、風を得た鋭さで機械の背に掴みかかる。猛禽の肢が、鉄の羽を穿ち、鋼板の背を貫く。舞い降りる速度はそれでも死なず、マキーナは岩壁に叩き付けられる。 「玖郎はん!」 その身につけた天童の羽が危急を告げた。 玖郎は半面で覆うた顔を狭い空へと向ける。岩壁に打ち付けられひしゃげたマキーナが、岩肌を滑り落ちる。地に落ち、赤い炎吐いて爆発する。 「無茶やなあ、もう」 「ごめん」 天童が肩越しに寄越した苦笑いに、理星は心底しょげて眉を下げる。 「責めてへんよ」 周囲をマキーナが囲んでいる。虹色に光る無数の複眼が、不気味に明滅を繰り返す。何かの意志受けてか、数体分のマキーナの眼が、危険な赤に代わる。赤い眼の機体を避けて、他の機体がふわりと包囲を解く。 「自爆なとする気か」 天童が眼を見開く。理星が天童の身を護るように翼を広げて、 「――見つけた!」 天童の羽を介し、紗弓の声が響いた。紗弓の風がマキーナの群を弾き飛ばす。群の最奥で低い羽音立てて飛ぶ一際巨大な機体を示す。 ――群の、王。 王を護る為か、自爆しようとしていたマキーナ達が慌てて身を翻す。 「捕まえたろ」 天童の左手の小指に結わえた赤い紐が音も無く伸びる。無数に分かれ、伸び、絡み合う。投網の体を為し、空へ広がる。紗弓の風が王を護ろうとするマキーナ達を打ちのめし、弾き、散り散りに追う。赤い紐の網に喰らい付こうとするマキーナ達を、隼の速さで翔る理星の大太刀が斬り伏せる。 赤い紐の網がボスの身体に引っ掛かる。鉄の羽が紐を切り裂こうとするが、鋼の切れ味持った赤の紐は、簡単には断てない。動きを封ぜられ、ボスが耳障りな羽音で喚く。節足から火焔噴くも、焼くは傍ら飛ぶ味方ばかり。 「こっちや!」 天童の声に導かれ、玖郎が空に現れる。蒼白い雷光連れて、王の背目掛け、降る。玖郎の『神鳴』の凶悪な爪が王の死角からその機体に突き刺さる。玖郎の鎧形作る雷が機体に雪崩れ込む。王は吼える。猛禽の肢と『神鳴』とでその身に取り付く玖郎を振り落とそうと激しく暴れる。岩壁に機体を打ちつける。玖郎は離れない。それでも一瞬、雷の流れが途絶える。 刹那、峡谷を震わせ巨大な雷が降った。玖郎の雷と共鳴し、無数に爆ぜる青紫の光がその場の全ての者の視界を眩ませる。 青の光の中、雷の影響受けぬ玖郎目掛け、自らの操る雷を降らせた天童が紫の瞳を笑みに細める。天狗二人分の雷は、王の身を砕いた。機体が力失う。黒焦げて地に沈む王を蹴り、玖郎は空へ舞う。 断末魔と共、王は足掻く。節足の銃口から炎を吐く。銃弾を撒き散らす。崖が砕ける。揺らぎ、崩れる。氷と粉塵撒き散らして、峡谷の空に岩塊が降る。 理星は咄嗟に巨大な翼を広げる。せめて、翼の届く範囲にいる仲間だけでも護りたいと精一杯に身を硬くする。 轟音たてて谷底へ降り注ごうとする無数の岩に向け、 「あかんで」 子どもに言い聞かせるようなのんびりとした口調で、けれど素早く、天童が葉団扇を大きく仰ぐ。旋風が巻き上がる。人よりも巨大な岩も、拳大の岩も、一つ残らず風が掴む。 「天狗礫やあ」 おっとりとした言葉とは裏腹、天童の操る暴風が唸りをあげる。司令塔を失い右往左往するマキーナの残党へ、崩壊した岩を礫として叩き付ける。打たれたマキーナが空でよろける。潰される。互いにぶつかり合い、爆発の炎をあげる。 マキーナの爆発を呑みこんで、紅の炎が峡谷に咲く。地に落ちる機体も礫も、全てを雪色の灰燼に変える。 「撤退は順調のようだよ」 大地踏みしめ、『灼熱の魔女』は笑う。 終
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