――ヴォロス・メイム 砂に埋もれるようにして存在するその街へ、4人の旅人が現れた。彼女たちの先頭を歩いていた黒髪と金の瞳の少女は、小さくため息をついて辺りを見渡す。(この辺りに『夢見の館』は無いかしら?) 最近、竜刻に纏わる儀式に参加した東野 楽園はその最中にヴォロスとの繋がりを深めた故頭上に真理数がちらつき始めていた。今回はここへと帰属する為にここを訪れたのだ。 そして楽園にはメイムの『夢守』になるという目的もある。そんな彼女を見守ろうと、死の魔女と樹菓、共に儀式へと参加したアマリリス・リーゼンブルグとココに来たわけだが……。「どこも入口に青い幕が下がっている。……入れそうにないな」「取り敢えず、聞いてみてはどうでしょう?」 アマリリスが表情を険しくし、樹菓が提案する。と、死の魔女はにたっ、と笑ってある張り紙を見つけた。「きっとこれの真っ最中なのですわ」「これは『夢守』の試験……?」 楽園は目を丸くする。その張り紙によると、時折『夢守』になる試験をやっているらしい。偶然にも今回彼女たちが訪れた区域ではそれをしているという事だ。 青い幕が下がっている『夢見の館』では試験が行われており、『夢守』になる人と関係者以外入れないそうだ。 楽園たちは暫くしてその1つに入り、早速試験を受ける事になった。「ようこそおいでくださいました。本日は『夢守』になる資格があるか、調べさせていただきますね」 そう言って、フードを目深にかぶった男はそういい、先ずは楽園と面接を行う。男と向き合った楽園は、にこりと笑う。「まず、志望動機は?」「この地に生き、人々の夢を守りたいからです」「夢守の役目については?」「神託を得る方に寄り添い、凶夢に魘されれば起こす他、眠っている間の安全を守る事と思います」 男と楽園の問答を聞き、アマリリス達は黙って見守る。その他幾つもの言葉が交わされ、ややあって男は頷いた。「面接は合格でしょう。さて、早速実技としましょうか」 男はそう言うと、黒い天幕へと4人を案内する。そして、柔らかな花の香りがする中、死の魔女たち3人を見てこう言った。「貴方のお友達に、眠ってもらいましょう。そして、その間楽園さん、貴方が彼女たちの眠りを守るのです。 うまく守れたら合格としましょう。もし、3人の内1人でも途中で目覚める事があれば失格です。よろしいですね?」 男の問いに、楽園は真剣な表情で頷く。そして、アマリリスと樹菓、死の魔女もまた覚悟を決めた。「私は貴方たちの眠りを守る事をここに誓うわ。子守歌を唄って悪夢を祓い、健やかで安らかな癒しの眠りを与えて……」 楽園は何時ものように優しく笑い、こう、小さな声で囁いた。 ――さあ……私を信じて受け入れて頂戴。 こうして、楽園の最後の試練が幕を開ける。果たして彼女は『夢守』になれるのだろうか? そしてアマリリス、樹花、死の魔女の運命は……?=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>東野 楽園(cwbw1545)死の魔女(cfvb1404)樹菓(cwcw2489)アマリリス・リーゼンブルグ(cbfm8372)
起:試練の始まり ――ヴォロス・メイム:夢見の館 夢守の選抜試験を受けることになった東野 楽園は、真面目な表情で準備を進めていた。彼女の門出を見守る為に、大切な友達であるアマリリス・リーゼンブルグ、死の魔女、樹菓の3人が来てくれた。そして、自分の試験に立ち会ってくれる。 (これが、夢守としての初仕事……) 楽園ははゆっくりと顔を上げ、天幕へ向かう。既に3人の友人たちはそこで待機しているのだ。 「それでは、試験を始めましょうか?」 フードを目深に被った夢守の男が、彼女に問いかける。楽園は静かに頷き、用意したものを籠に入れて天幕へと進んだ。 ――私は、壱番世界を捨て、この大地で生きる。 一つの意思を、強く胸に抱いて。 群青の天幕。その中でアマリリス、死の魔女、樹菓は用意されたお茶を口にしながら試験の時を待っていた。ややあって楽園が入室するのを見、3人とも彼女にほほ笑みかけた。 (彼女達は、みんな私の大切な友達。私の帰属の旅に快く付き合ってくれた心優しい人達ですもの。絶対に守ってみせる) 楽園が内心でそう決心する。と、背の高い男装の令嬢、アマリリスはそっと楽園の手を取った。 「ここへは君が夢守になるのを見届けに来たんだ。私は、君を信じているよ」 「ありがとう。がんばるわ」 軽く指を絡めて、ぎゅっと手の暖かさを合わせて笑い合う。アマリリスの言葉に楽園は励まされ、幾分か緊張がほぐれたようだった。 「私にとって眠るという事のは大仕事ですわ。既に死した身ですから、普段眠る必要もありませんし……」 死の魔女がケラケラ笑いながらそう言えば、楽園はくすっ、と笑って 「それならば、私は子守唄を歌いましょう。元より、そのつもりでしたから」 「まぁ! 楽園さん、嬉しいわ。こちらからお願いするつもりだったのに……。でしたら、お願いしますわね、恐ろしい魔女に怯えて眠れないでいる子供でさえも安眠するような、とびっきりの唄を」 楽園の申し出に死の魔女は歓喜の声を上げ、ウインクを1つしてお願いする。楽園は「ええ」と優しい笑顔で強く頷いた。 2人のやり取りを見ていた樹菓は、自分に対し少しだけ苦笑した。この儀式に望むに当たり、幾分か緊張していたようだ。 (私は冥府の書記官として、数知れない人との別れを見てきたつもりですが……自身の事になると、どうもだめみたいですね) 背筋を正しながら顔を上げると、楽園が優しい笑顔を樹菓に向けていた。 「私、がんばるわ。だから見守っていてね」 「勿論ですよ。旅の終わりと新たな旅立ちを見届けてこそ冥府の書記官ですから」 樹菓がそういえばアマリリスと死の魔女は思わず、といった様子で微笑んでいた。それに気づくと樹菓はうっすらと頬を赤くする。 うら若い乙女達のやり取りを聞きながら、試験官となった夢守の男性は懐から鈴を取り出すと、そっと揺らした。どうやらそろそろ試験が始まるらしい。 「それでは、実技試験と参りましょう。今回は普段眠る事が困難な種族の方もいらっしゃいますのでラベンダーの香を使用します。よろしいでしょうか?」 男性は、楽園が用意したラベンダーのお香を見せながら問いかければ、3人とも頷く。それを確認すると男性は再び口を開いた。 「分かりました。では、こちらで横になってください」 男性の指示に従い、アマリリス達は横になる。気温にあった温度の床はふかふかで、抱きしめると気持ち良いだろうクッションや枕も用意されている。 「おやすみ、楽園」 瞳を閉ざす前、アマリリスは帽子を取ると静かにそう言った。楽園も、おやすみ、と返せば彼女は頷いて瞳を閉ざす。樹菓と死の魔女も目を瞑り、3人とも眠ろうとし始めてのを確認してから、楽園はその場にしゃがみこんだ。 「貴女達は、大切な親友だもの。守ってみせるわ」 楽園はそう言いながら歌い始める。嘗て母から習ったマザーグースが、薄暗くなった空間に優しく溢れ出る。壱番世界の住人ならば誰もが聞いたことのなる、懐かしくて暖かいその歌は、やがて3人をそっと、そっと眠りの世界へと引き込んでいった。 傍らで様子を見ていた男は、黙って楽園たちを見つめていた。そうしながらフードを正し、楽園へと歩み寄る。 (さて、どのような結果になりますでしょうかね) 歌い続ける小柄な少女の瞳を見つめ、口元に笑みを浮かべて。そうしながら3人の様子にも気を配る。緊急時に『起こす』のは彼の役目であり、その事は楽園にも話している。そうなった場合……楽園は、再び実技試験を受けなくてはならなくなるのだ。 (この少女ならば、きっと夢守としてもやっていけるでしょう。合格して欲しいものですね) 男が考え事をしている間に、楽園は歌い終えていた。わずかに緊張しながらも、彼女は3人に微笑みかける。 (彼女達の眠りを守るのが東野 楽園の……いえ、夢守エデンの初仕事。絶対に、守ると決めたのだから) いつしか、3人とも寝息を立て始めた。楽園は、そっと寄り添うように座り込んだ。ラベンダーの上品な香りの中で、彼女は試練の時を迎えていた。 『故郷と訣別し、この大地に生きる』 迷いがないと言えば嘘になるけれど、全て私が決めた事。 他人に依存するのはもう、終わりよ。 承:さぁ、眠りの世界へ ――? ? ? ラベンダーの香りが漂う中、アマリリス、死の魔女、樹菓はゆっくりと夢の中へと降りていく。そして、彼女たちはいつの間にかロストレイルの中にいた。 「あら? すんなり眠る事が出来ましたわね。これは夢の中だってわかるんですもの!」 普段の調子で楽しげに笑う死の魔女に、樹菓もアマリリスも微笑む。が、いつの間にか乗り込んでいたロストレイルは、普段と様子が少し違う。内装はわずかに草臥れ、乗っているのは自分たちだけ。そして、走っているのは『ディラックの空』ではないような、真っ白い空間だった。 「これは……」 状況を把握しようとアマリリスが窓の外を覗くと、遠くに黒い点が見えた。それはだんだんと大きくなり……音もなく接近している事に気づく。 「ここは私が」 樹菓はトラベルギア『導きの杖』握り締め、意識を集中する。同時に、3人へと降りかかろうとする『悪夢』を見定めると杖を握り締めてからそこへと向け、受け流した。そして、今度は3つの影が飛び出し、それもまた『導きの杖』を向けて受け流す。樹菓は己の能力『死の予感』を活用して不必要な争いを避けているのだ。 「まぁ! 影が流れていきますわねっ」 「……これだけで終わるとは思えないが」 2人の前に立ち、『悪夢』を払う事に集中する樹菓に感嘆の息を漏らす死の魔女。アマリリスは辺りを見渡し、念の為に警戒しておく。 「また来ますわね」 死の魔女の言葉通り、今度は反対側の窓へと黒い影が飛んでくる。わずかにそれを見透かした彼女は、その中に悲しい顔をした自分が入っている事に気づいた。 (これは、私自身?!) クスクスクス、と溢れる笑い声。最初は訳がわからなかった樹菓とアマリリスであったが、死の魔女は再び近づいてきた影に映る顔を見て確信する。 「これは、私たちの『影』のようですわ。それも……」 「楽園との別れを惜しみ、さみしがる気持ちなのか?」 影の中に自分の顔を見たのか、アマリリスがため息をつく。樹菓はその間にも導きの杖を振るっていた。 「気をしっかりと持ちましょう。私たちは楽園さんの門出を祝うために来たのですから!」 「勿論ですわ。ここで目覚めてしまってはお祝いもできませんもの」 「そうだね。それに、今頃彼女は頑張っている筈だ。ならば私たちも己に屈してはいけないね」 死の魔女とアマリリスが其々赤い瞳と青い瞳が頷いた。樹菓は己の赤い瞳を細めて笑い、杖を握り締める。その手に死の魔女とアマリリスが己の手を添えた。 「手伝おう」 「一緒に参りましょう?」 「……! はいっ!!」 樹菓が凛々しい笑顔で答え、2人に頷き返す。3人は大切な友達の門出を祝いたい思いを胸に、その影を弾こうと力を込めた。黒い影は、どんどん数を増やし、ロストレイルへと迫る。それでも3人は『導きの杖』を使って弾き飛ばした。 けれども、数は減るどころか増える一方だった。いつしか『導きの杖』の制御を外れてロストレイルへとぶつかる影も現れる。ぶつかる度に聞こえるのは、3人の内の、誰かの声。そのどれもが楽園との別れを寂しがる物だった。 やがて、黒い影に塗りつぶされてロストレイルは止まる。そして……いつの間にか、彼女たちはロストレイルから移転し、ターミナルのような場所へと飛ばされてしまったのだった。 ――ヴォロス・メイム:夢見の館 眠り続ける3人の傍、楽園は優しくも真剣な表情で寄り添っていた。喉が渇いたであろう者にはそっと水挿しで水を与え、額に汗を浮かばせている者には木綿のハンカチで拭う。献身的な楽園の姿を、試験官は静かに見つめていた。 暫くして、楽園はふと3人の表情を見た。わずかに険しくなったようなそれに、彼女は金色の瞳を細める。 (魘されている……?) 膝枕をしようとも考えたが、3人とも差はあれど表情が曇っている。彼女はもう一度優しくマザーグースを歌いながら、あやすように3人の髪を撫でた。 白くふわふわとした床に流れる、茶色、金色、オレンジ色の髪を、優しく、解すようになでると、胸の奥が熱くなった。彼女たちの見ている夢がどんなものか気になるが、今はこの眠りを守ることが、彼女の使命だ。 (きっと、大丈夫……) 楽園が心を込めて髪をなでると、幾分か3人とも表情を和らげたような気がした。それでも、彼女の唇は、穏やかなマザーグースを紡ぎ続けた。 ――Twinkle, twinkle, little star……。 (暗い闇を照らす星よ、どうか迷える旅人の導であれ) ――? ? ? 「ここは、ターミナルのようだね」 アマリリスが帽子を押さえながら辺りを見渡していると、樹菓が瞳を細める。そして、満ちるなにかに死の魔女はくすり、と笑った。 「夢の中ですもの。何があってもおかしくはありませんわ」 「そして、今は楽園さんの試練中です。先ほどの影といい……」 樹菓が杖を握りしめていると、不意に声がした。それは確かに……アマリリスのそれと同じだった。 《彼女は大切な親友だ。失いたくはない。……こんなに寂しい思いをするくらいならば、こんな事を続けても意味はないのではないか?》 アマリリスが振り返ると、そこにはもう一人の自分がいた。彼女は凛とした声でアマリリスへと問いかける。 《楽園がそばに居てくれると、とても安らぐ。何時までも共に旅ができたらどんなに素敵だろう! 居なくなってしまうなんて、耐えられない》 彼女がそう言った途端、3人の体に浮遊感が生まれる。確かに、アマリリスも楽園の旅立ちを寂しく思っている。けれども、祝福する気持ちもあるのだ。 死の魔女が顔を上げると、血色の良いビスクドールのような少女が見下ろしていた。その姿に、死の魔女はくすり、と笑う。彼女には、目の前の少女が誰であるか直ぐにわかったのだ。だから彼女は、ケラケラと笑って声をかける。 「あら、生前の私ではありませんか」 《そうよ、独りぼっちの魔女さん?》 少女はくすくすと笑うと、死の魔女に侮蔑の視線を投げつける。ふわり、とパニエの入ったスカートを揺らしながら足をぶらつかせ、少女が冷たい言葉を紡ぎ出す。 《ふふ、貴女が斬首された理由をご存知?》 氷のナイフで心の繊細な部分を抉りだそうとするように、少女の赤い瞳が死の魔女を射抜く。僅かに体がこわばる彼女に対し、少女はくすくすと笑い続ける。 「私が邪悪な存在だったから……」 《違うわ、独りぼっちの魔女さん。貴女が斬首された理由。それは、貴女が孤独であったからに他ならないのですわ》 アマリリスと樹菓がきょとんとする中、ふわっ、と少女が死の魔女の前に降り立つ。そのまま詰め寄り、少女がにぃ、と嫌悪を滲ませた笑みで言葉を続ける。 《貴女が勝手に"お友達"と呼んでいる存在は所詮意思のない骸でしょう? あら、やっぱり独りぼっちでお人形遊びに興じてる、ただの寂しい子供じゃない、貴女は!》 「お人形遊び……?」 首をわずかに傾げる死の魔女。その様子に、少女がケラケラ笑って死の魔女の髪を弄ぶ。 《それに、本当のお友達だと“思い込んでいる”楽園さんも結局は“生きている”人間。いずれ貴女の元を去り、残るのは孤独だけ》 少女が楽しげにそう言えば、死の魔女は口を噤む。今や、互の目しか見ていない2人の間に冷たい風が吹き、少女はあやすように甘く囁く。 《眼を覚まして、孤独である事を受け入れるのですわ。ねぇ、独りぼっちの魔女さん?》 「……」 その言葉に死の魔女が明らかに苦笑する。 アマリリスと死の魔女の様子を見つつあたりを見渡した樹菓は、物陰からオレンジ色の髪をした女性を見つけ、1つ頷く。 「貴女は、私ですね」 樹菓の目の前には泣きはらした顔のもうひとりの自分が佇んでいた。もう一人の自分は乾かない涙もそのままに歩み寄ってくる。 《大切な友達が去る事は悲しいです。このままずっと、ずっと一緒に居られるとおもったのに……》 もう一人の自分の声に、樹菓はわずかに息を飲んだ。寂しさに震えた声。ロストナンバーとして覚醒する前、何度も聞いた事のある声だ。 (大切な人との別れを寂しがる。それは生者も死者も同じ……) 《別れたくありません。このまま会えなくなるのは、とても寂しくて辛い。私は……私は……っ》 泣き崩れるもう一人の自分に寄り添い、樹菓はその手を握った。確かに、そうだ。自分も親友との別れは寂しくて辛い。けれども……。 転:入り混じる決意が掴む居場所 実技試験が始まり、一時間が過ぎた。楽園は僅かに表情の曇った3人の髪を撫でながら、そっと祈るように瞳を細めた。 自分は、ここで旅を終えて新しい人生を歩む。そこに至るまで、色々な事があり遠回りもした。けれども、いつもそばに仲間たちがいてくれた。その事が、楽園にはとても嬉しいことだった。 楽園はまず、アマリリスの手を取る。そして、両手で包み込むように、優しく握り締めた。 (貴女達とはこれでお別れだけど、ずっとずっと、忘れないわ。私の旅は終わるけど、貴女達がロストナンバーでいる限り、いつでもこの街で逢えるもの) 〈アマリリスの場合〉 (楽園は、愛らしい女性であるし大切な親友だ。そんな彼女と会えなくなる……寂しい、以外の感情は無いだろう) アマリリスは、帽子をかぶり直しつつ優しい微笑を浮かべた。この浮遊感に抗わなくてはならない。もし、身を任せていたら目覚めてしまう。今目覚めたらダメだ、と強く念じつつも、彼女は普段どうりの凛々しい洗練された立ち振る舞いでもう一人の自分と向き合う。 「確かに、この別れは寂しいよ」 《そうだろうね》 その答えに、もう一人の自分が満足そうに大きく頷く。けれども、アマリリスは言葉を紡ぎ続ける。 「だが同時に私は、彼女がこの地と縁を結ばれた事、彼女が自分自身のあるべき場所を定めた事を祝福しているんだ」 優しい眼差しで楽園の事を思い、ぐっ、と胸元に拳を押さえつける。それを反対の手で包み込みながら、顔を上げる。 「私もまた在りたいと望む世界があるから、彼女の気持ちはよくわかる。だから、私は楽園がいない事を寂しいと思うと同時に……」 脳裏にカンダータの事や楽園の笑顔を思い出しながら、もう一人の自分と瞳を合わせる。明らかに動揺するもう一人に止めを刺すように、アマリリスは口元を綻ばせる。 「彼女の門出を祝福し、送り出したい。それが、私の正直な気持ちだ」 アマリリスの表情が、和らいだのを見た楽園は、次に死の魔女の手を握り締めた。そして、静かに念じる。 (愛し支えてくれる人達が、心から慈しんでくれる人達が私にはいる。だから、解った) ――自分は『一人』だけど『独り』じゃないと……。 〈死の魔女の場合〉 死の魔女は、瞳を閉ざした。それに少女はにぃ、と笑うが次の瞬間、表情が崩れる。 「それは違いますわ」 死の魔女は、少女を突き飛ばす。そして、普段同様ケラケラ笑ってスカートを翻す。少女の言葉なんて、死の魔女には何の意味がなかった。信じている物が、信じている親友が、彼女に平常心をキープさせていた。 「もう、私は死に【囚われ】てはいませんの。生けるお友達が私に"生"の在り方を、"死"の尊さを教えてくれたのですから。だから、私は孤独ではありません。死に【囚われ】た哀れな魔女ではありませんの」 ケラケラケラ、と楽しげに笑って少女にさらに言い放つ。死の魔女の表情はとても明るく、尻餅を付いた少女へとさらに言葉を続けた。 「生けるお友達……楽園さんも、いずれ私の前から去るでしょうね。けれども、繋がれた心の鎖は永遠に離れる事はないのですわ。だから!」 確かな意志を持って、死の魔女は告げる。胸を張って、笑顔で。 「ここに居るのは、孤独な魔女じゃありませんの。だって私は独りぼっちの魔女じゃありませんものっ!」 死の魔女の表情も和らぎ、最後に楽園は樹菓の手を取った。同じように両手で包み込むように手を取り、優しく握り締める。そうしながら無事を祈り、決意を固める。 (ロストナンバーとして覚醒して確かに掴み得たモノがあるとしたら、それは『かけがえのない人との絆』と別離も喪失も乗り越えて、『新しく踏み出す勇気』だわ。私はもう、迷わないし、恐れない。私は……) 〈樹菓の場合〉 「いいですか?」 樹菓は努めて穏やかな声で、諭すような口ぶりで言う。 「もし先に冥府が見つかっていたら私が、楽園さんや友達にお別れを告げる立場になっていたかもしれないんですよ」 《でも……》 もう一人の自分は、しゃくりあげながら樹菓と目を合わせる。樹菓は、その手に少し力を込めて、祝福したい気持ちを伝えようと思う。 「私も嘗ては人でした。けれど、その過去を断ち切って冥府の神になりました。今、楽園さんも自らの決断を以て、そうした旅立ちに直面しているのです」 樹菓は、もう一人の自分を立たせて背筋を伸ばす。と、目を合わせたまましっかりとした言葉を繋げる。 「冥府の神である私にとって人の『未来』とは定められたもので……『未来』を夢に託するなど詮無い事だと感じていました。でも……」 そこで一度口を閉ざし、樹菓は色々と思い出す。色々な場所をめぐり、人々の暮らしを見る事で湧いた思い。それをしっかりと口にする。 「未来が見えないロストナンバーになった今は、その気持ちが少しだけ分かります。見えないからこそ知りたいと思うのだと」 樹菓は、ただ静かに、もう一人の自分の手を取ったまま頷いて、言う。 ――だから楽園さんは、『帰属』する事を選んだのでしょう。 樹菓の表情も柔らかくなり、楽園は安堵の息を吐いた。静かに手を離し、全てが終わるのを感じる。 (別れを惜しんでくれる人がいて、幸せ者だわ) ありがとう、と小さく呟いた時……、楽園の中で『何か』落ち着いたような気持ちが胸に広がった。 もし、アマリリス達が目覚めていたならばこの時にはっきり目にしただろう。 楽園の頭上に浮かんだ、ヴォロスの真理数を。 結:エデンの旅立ち 夢の中、『もう一人の自分』と対峙していた3人は、それぞれの答えを告げた。それと同時に、音もなく『もう一人の自分』が足元から崩れ始める。 「マイナスの感情もあるけれど、祝福する気持ちもある。それは誰だってきっと同じだろう。だから、私はお前の言う負の感情も受け止めるよ」 両方とも私の真実の気持ちなのだから、とアマリリスが言えば樹菓もにこりと笑う。死の魔女は生前の自分を僅かに睨めつけたが……ややあって愉快そうに笑い声を上げた。 「ふふ、『昔の私』である貴女に、この幸せが解りますかしら? 本当に『独りぼっち』ならば、きっとこの幸せに巡り合う事も、こうして見送って素直に無事を祈れる事も、なかった筈ですわ」 死の魔女の言葉に、少女が唖然とする。同時に霧散していく影。徐々にターミナルが輪郭を失い、やがて白くまばゆい空間となった。 「私たちが旅を続ける限り、また巡り会えます。その時まで少しさよならするだけです。二度と会えない訳ではありません」 樹菓がそう呟けば、3人の目の前に1つの光景が浮かぶ。美しい女性へと成長した楽園が立派に夢守としての勤めを果たす姿を。そして、再会した自分たちと今と変わらない優しさで接してくれる姿を。 やがて、3人は幸せな気持ちで目が覚めた。 夢守が、楽園の肩に手を置く。同時に、アマリリス、死の魔女、樹菓はゆっくりと目を開いた。 「おめでとう。君は、彼女たちの眠りを守れた。……合格だ」 「えっ……」 楽園が顔を上げると、夢守の口元がアルカイックスマイルを浮かべている。彼は楽園に「お茶を用意しよう」と言うとその場を離れた。 アマリリスはぼんやりした目をこすり、軽く頭を降ると楽園に笑いかける。そして、死の魔女と樹菓もまた楽園の元へと歩み寄った。 「おめでとう、楽園。無事に定まったようだね」 「はい……っ」 アマリリスの言葉に、楽園は思わず歓喜の涙を浮かべる。樹菓はそんな彼女にハンカチを差し出し、小さく微笑んだ。 「楽園さん、おめでとうございます! どうぞこれからの人生を良いものにしてくださいねっ」 「ええ! きっと、夢守としての生を全うするわ!」 決意も新たに、楽園は微笑む。それに頷き、死の魔女もまた彼女の手を取る。 「旅をやめない限り、私たちはまたここで会えるのですわ。その時までのほんの少しのお別れ。淋しいけれど、悲しくはないのですわ」 「そうね。また会えるその日、心より楽しみにしているわ」 楽園がそう答えれば、みんなで心から笑い合う。じゃれあうように抱きしめ合うと、楽園は……1つの決意を持って言う。 「私は、今日、この時を持って姓を捨てるわ」 私は、エデン。 『楽園の夢守』として、今度こそ、この場所で、運命を全うする。 その決意を、樹菓達は静かに受け止める。凛とした眼差しで顔を上げた楽園……否、エデンは、ゆっくりと頭を下げた。 「今日は本当にありがとう。おかげで、私は夢守になる事が出来たわ。皆のお陰よ……!」 「友達の為なら、喜んで手を貸しますよ。ね、死の魔女さん、アマリリスさん?」 「ああ」 「そうですわ」 エデンの言葉に、樹菓も、アマリリスも、死の魔女も心から笑い、再びハグしあうと4人はまた、楽しげに笑いあった。 夢守が用意したお茶と菓子を暫く楽しんだ一行だったが、ロストレイルの時間が迫ってきた。名残惜しいものの、アマリリス達はそろそろ行かなくてはならない。 エデンは暫くの間『夢守』修行の為に留まる。入口の前で彼女と、試験官をした夢守の男は並んでロストナンバー達を見送ってくれた。 「君に、数多の幸せがあらんことを」 別れ際、アマリリスはエデンを抱きしめ、額に口付けする。それにくすぐったそうに瞳を細める乙女に、アマリリスはそっと言った。 「君はきっと、よい『夢守』になるよ。ふふ、私が保証するさ」 「ありがとう」 頑張るわ、と微笑むエデンはくすり、と笑い、一つの伝言をアマリリスに託す。それは軍服と赤い瞳が特徴的な、ある男への物だった。アマリリスは「確かに伝えるよ」と頷く。 「エデンさん、体に気をつけてくださいね」 「再会の時までに、とっておきの話を用意しますわ」 樹菓と死の魔女がそういうと、アマリリスが一礼する。 「また会おう」 その言葉に、エデンは頭を下げる。背を向けたロストナンバー達は、再会できる日を夢見ながら、ゆっくりとメイムの街を後にした。そうしながら、アマリリスは、エデンからの伝言を、きっとあの男へ伝えよう、と思うのだった。 貴方がもう少しロストナンバーでいるならば、数年後でも数十年後でもいいから、メイムにある『夢見の館』を訪ねて欲しい。私は貴方の夢を守り導く。目覚めた時、私を見て、貴方の素直な気持ちを伝えて欲しい。 訪ねてくれるその日までに、女を磨いて待っているわ。 エデン それが、アマリリスが受け取った伝言。これが伝えられた時、その男はどんな顔をするだろうか。そんな事を思いながら、彼女は一人くすっ、と笑った。 (終)
このライターへメールを送る