クリエイター阿瀬 春(wxft9376)
管理番号1147-27195 オファー日2014-01-22(水) 16:56

オファーPC 東野 楽園(cwbw1545)コンダクター 女 14歳 夢守(神託の都メイムの夢守)

<ノベル>

 乾いた蒼の空から砂まじりの風が降る。 
 雲ひとつ無い昼の空の下、人影少なな石畳の道を風が走り抜けてゆく。蜘蛛の巣のように複雑に入り組んだ道を、石積みの家々を、風が渡る。石畳や家の屋根に積もった砂を巻き上げ空へと帰る。
 頭から被った砂避けの衣を風に攫われそうになり、少女は衣ごと己が身を抱き締める。乱暴な風を遣り過す。旅に窶れ果てた頬が衣から覗く。風の尾に引かれ、もつれた黒髪が揺れる。蒼穹を仰ぐ白い頬には明るい陽光ではなく、幾日も眠ること叶わなかったかのような濃い疲労の影が落ちている。
 石畳の縁に古びた靴先を躓かせながら、少女は歩く。
 町を支配する静けさを僅かにも乱さぬよう、息を潜める。
「……みんな、ほんとに眠ってるんだ」
 ひび割れた唇から嗄れた声が零れる。
「此処でなら――」
 町を占める静寂に押し包まれ、掠れた声は空に消える。幾日かぶりに発した声に、意味する言葉に、少女は知らず微笑む。
 奇妙な静けさに支配されたその石造りの町には、ヴォロス各地から人々が訪れる。人々が求むるは、メイムの竜刻が夢の内にもたらすという未来の暗示。
 夢を求むる人々の為、メイムの町には『夢見の館』と呼ばれる建物が数多設けられている。
 少女が歩む通りにも、『夢見の館』の名を冠した建物が幾つも並ぶ。幾度も『夢見の館』の入り口を潜ろうとする度、少女は怖じて足を止める。逃げ出すように踵を返す。
 何かに追われるように迷路の町を彷徨うて後、少女が辿り着いたのは、低い柵に囲われた前庭に今を盛りと花を開かせる草木に半ば埋れ、一見しただけでは民家と見紛うほどに小さな『夢見の館』。
 少女の間近の茂みが揺れる。薄紫の小さな花をつける濃翠を分けて現われたは、花いっぱいの篭を手にした一人の老婆。己が館の前にぽつんと立つ少女を眼にして、思いがけぬ場所で人と鉢合わせた猫のように小さく首を傾げて後、
「今日は」
 静かに笑む。肩のあたりで切り揃えた白の髪が、乾いた風に揺れる。老いてなお直に伸びた背で品良くお辞儀をし、老婆は少女に手を差し伸べた。
「『神託の都』メイムに、ようこそ」
 老婆の柔らかな声に触れられた途端、少女は糸が切れたようにその場にへたり込む。その場に蹲り、石畳の道に両手をつく。額を大地に押し付ける。
「わたしを、……わたしを、夢守にしてください」
 伏して懇願する少女の傍ら、老婆は花篭を片腕に掛けたまま近付き跪く。少女の細い背中をあやすように優しく擦り、立ち上がらせる。
「おいでなさい」
 老婆に導かれ、少女は館に入る。入り口を潜ってすぐに、小さなテーブルと椅子。老婆に勧められるまま、砂避けの衣を脱ぎ、柔らかなクッションの置かれた椅子に背を預け、摘み立ての香草のお茶を口に含む。
 向かいの椅子で少女の様子を窺うて後、老婆は少女の心の奥底に触れようとするが如く、少女の黒い瞳を見据える。
「貴女は何故夢守になりたいの?」
 冷徹な言葉で真直ぐに斬り込まれ、少女は小さく息を呑む。咄嗟に俯く顔を必死にもたげ、己を見詰める老婆の琥珀の瞳を見詰め返す。
「わたし、は、」
 人と眼を合わせたことなど久しく無かった。言葉を交わすことなど絶えて無かった。己の思いを言葉にしようとして、思いよりも先に涙が頬を伝った。
 老婆は少女の涙に動じることなく、琥珀の瞳を瞬かせる。立ち上がり、お茶のお代わりをカップに注ぐ。ゆったりとした、優雅にも見える所作でハンカチを取り出し、涙を拭いなさいと少女の痩せた手に掴ませる。そうして再び、向かい合うて座す。少女の言葉を待つ。
「夢を、見るの。必ず現実になる、夢」
 苦しげに唇を歪ませながら、少女は訥々と語り出す。
 産まれた時より、己には他人が持たぬ力が備わっていた事。
 己が異能を異能とは知らず、見た夢を周囲の人々に知らせ、夢が現実となる毎に人々に疎まれ、忌み嫌われ、仕舞いには追われるように故郷を逃げ出した事。
「夢は変えられない。現実は変えられない。夢で見た運命を覆す事はできないの、絶対に」
 己が見る夢に怯えながら、夢が現実となる度に幾度も絶望した。それでも生きる道を探して旅を続ける内に、思った。
「この力を、自分の力を、役に立てたい」
 当所ない旅路の中に一筋の光を見つけ、その光を頼りに『神託の都』メイムを、メイムの夢守の存在を探し当てた。
「夢守として他人の眠りを守れるようになれば、夢を導けるようになれば、」
 黒く隈の浮いた頬に流れる涙を拭い、少女は顔を上げる。
「自分の力を制御する術を掴めるかも、しれない」
 夢に怯えず生きることが出来るかもしれない。
 この地に一縷の希望を託し、雪深い草原を、魔獣棲む山脈を、砂礫の大地を、幾度も死に瀕しながらも踏破した。
 己が希望の象徴である夢守を必死の思いで見詰め、少女は再度深く頭を下げる。
「わたしを、夢守にしてください」
 絶望の波に呑まれながらも光求めて足掻く少女に、
「分かったわ」
 夢守の老婆は躊躇うことなく、力強く頷いてみせた。
「けれど、その前に」
 つと立ち上がり、腕まくりをする。泥まみれで帰って来た子供に向けるかのような、どこか楽しげな苦笑いを皺深い目尻に浮かべる。
「お風呂にしましょう」


 
 戸惑いながらも夢守の入れてくれた熱い湯を使い、旅塵を落とす。夢守の用意してくれた清潔な衣服に袖を通し、仕切られた奥の部屋で何事か用意をしている夢守に礼を言う。夢守は丸髷結った白髪の頭を横に振った。
「娘のお古で悪いけれど」
「わたしが使っても……?」
「もう随分前に自立しているからいいのよ」
 言いつつ、夢守は全ての窓に遮光の厚布を垂らした暗い部屋の央に立つ。老いて尚白い手で示すのは、白い薄布の天蓋に覆われた寝台。そう広くない部屋の何処かで焚かれる香の柔らかな匂いが、湯浴みで清めた身体を包む。
 少女は身を強張らせる。
「眠らなきゃ、だめ?」
「貴女、もう随分と眠っていないのではなくて?」
 夢に怯える少女を寝台に座らせ、夢守の老婆は寝台脇の椅子に腰掛ける。揃えた膝の上できつい拳をつくる少女の手を老いた両手で包みこむ。俯く少女の額に掛かる黒髪を、孫にするような手つきで払う。
 柔らかな陽の色した眼で、夢守は強く微笑む。
「私はメイムの夢守。貴女の眠りを守る為に此処に居る」
 夢守の言葉に胸を突かれ、少女は瞳を上げる。夢守の凛とした笑みに勇気を得て、寝台に横になる。
 眠るには緊張しすぎている少女の額を夢守は撫でる。精神を寛がせる作用の香の匂いが染みこんだ乾いた掌で少女の両の眼を覆う。
「悪夢を祓い、健やかで安らかな癒しの眠りを与えるが私の務め」
 静かに静かに、夢守は誓う。眠れぬ少女の為に、子守歌を唄い始める。
 少女にとっては聞き慣れぬ異国の言葉、けれどどこか懐かしさを感じさせる旋律。老いた夢守の喉から発せられているとは思えぬほどに美しく透き通った声が、眠り誘うて音を重ねる。
 間近に感じる柔らかな声に、眼を覆う掌の優しい温もりに、少女は深く息を吐き出す。息と共、震える瞼を閉ざす。
 疲れ切った身に、優しい歌が降り注ぐ。夢守の掌が怯えて凍えた心に寄り添うてくれている気がして、瞼の裏に涙の熱が集まる。
「ありが、と……」
 涙の雫と言葉を零して、少女は深い眠りに沈む。
「おやすみなさい」
 少女の手を両手で包み、夢守の老婆は囁く。穏かな寝息たてる少女の傍ら、少女を取り巻く凶夢を見据えるかの如く、琥珀の瞳に強靭な光を宿らせ背筋を伸ばす。



 大好きな誰かの胸に抱かれるように、眼が覚めた。
 『夢見の館』の薄暗がりに、柔らかなレースの天蓋にたゆたう淡い煙の香りに、頬をくすぐる微かな風に、少女は眼を瞬かせる。
 身体に重く染み込んでいた疲労が綺麗さっぱり抜けている。
 心を冷たく澱ませていた恐怖が嘘のように溶けて無い。
 頭を巡らせる。傍らに座し、音も無く扇で風を向け続けてくれていたらしい夢守を、信じられぬ思いで見る。
「眠れた」
 小さく零せば、夢守は琥珀の瞳を猫のように細めて笑んだ。
「夢を?」
 問われ、少女は身を起こす。首を横に振る。
「すごくたくさん眠った気がする」
「それほど時間は経っていないわ」
 夢守は立ち上がり、少女に手を伸べる。夢守の手に従い寝台を下り、少女は泣き出しそうに笑む。
「でも、夢の中で、夢守さまの手をずっと握ってた」
「そう」
 少女の痩せた肩に砂避けの衣を着せかけ、夢守は少女の手を引く。夢の中でそうであったと少女が言ったように、少女と手を繋いで夢見の為の部屋を出る。
「少し、付き合って頂戴」
 花篭を片手、少女の手をもう片手に、夢守の老婆は己が家を出る。
 迷路の町を迷うことなく歩いて、辿り着いたは町外れに近い墓地。空から降る砂に半ば埋もれるようにして、亡き人の名刻んだ灰白色の石が数十、数本の樹木の木陰に寄り添い並ぶ。
 ひとつの墓石の前、老婆は立つ。墓石に積もる砂を払い、墓前に供えられて数日も経たぬだろう花を新しい花と入れ替え、
「私の夫の墓よ」
 短く祈って、老婆は乾いた空を仰ぐ。
「私も、貴女と同じくらいの年で夢守となったの」
 懐かしむでもなく、語るべきことを語るかのように老婆は己が過去を述べる。
「そうして、私と同じく夢守だった夫と結ばれ、子を授かった。子供が大きくなって自立して、夫が亡くなって、……今はこうして細々と生活を営んでいるわ」
 夢守の仕事もしながらね、と小さく笑う。
「とても平凡で、とても幸せな生活よ」
 夢守の昔語りに、少女は不思議そうにしながらもじっと耳を傾ける。
「私は元々旅人だった。様々の場所を訪れ、様々な人に会ったわ。今思えば、何だか夢のような日々だったけれど」
 少女を振り返る陽の金色した眼が、十四の少女の瑞々しい光を帯びる。傷付きやすく、脆い少女の瞳。
「旅人になる前は、旅人になるなんて思ってもなかった。ましてこんなに広い大地で生きてゆけるなんて」
 旅人になるその前を老婆は語らず、ただ、少女を真直ぐに見る。
「運命は変えられる、絶対に」
 誰かに縋らねば生きて行けなかった十四の少女の瞳が、凛と立ち続けようとするしなやかに強い女の瞳に変わる。
「生き証人がここにいるんだから」
 己が夢に怯える少女に、夢守の老婆は手を伸ばす。勇気づけるように己の力を分け与えるように、少女の頬に両手で触れる。
「夢とは人を導き幸せにするもの。貴女が見る夢にもきっと意味がある」



 それが、師である夢守から受けた最初の教え。
 その日から、少女は夢守の老婆と起居を共にし、夢守になる為の修練を始めた。祖母ほどに年の離れた師の教えは厳しく、生活は質素の一言に尽きた。けれど、
「わたしは間違いなく、幸せでした」
 師の夫の墓に寄り添う真新しい墓前に花を供え、夢守の弟子である少女は祈る。弟子が夢守となる試験の前に息引き取った師に、試験の合格を誓う。
 今思えば、師はあの日の頃にはもう、己が余命僅かと知っていたのだろう。だからこそ、否、それでも。それでも少女に未来を託すべく、夢守は少女を弟子とした。
 師に繋いでもらった未来を明るい瞳で見通し、少女はいつまでも憧憬を捧げる師に語りかける。
「わたしは、あの日のあなたのように、自分の名を名乗れるようになりたい」
 夢守を目指す少女の心に、今も鮮やかに残る夢守の姿がある。
 それは少女に名を問われ応じる老婆の姿。
 彼女は遥かな大地に立ち、黄金に輝くその瞳に強く美しい微笑みを浮かべ、
『私はエデン。誇り高いメイムの夢守』
 そう、名乗った。





 かつて『神託の都メイム』には、『メイムの歌姫』と呼び慕われる夢守がいた。
 彼女の『夢見の館』での眠りは、まるで慈母の胸に抱かれているかのように安らかで、その眠りの内に見る夢は、心身に生きる力を満たしたと、神託の都の人々は言う。
 『メイムの歌姫』の名を継がんとするは、彼女と同じに何処よりかメイムを訪れメイムに根付きし、夢見の力を持つ少女――


クリエイターコメント お待たせいたしました。
 エデンさまが竜刻の大地に、メイムに帰属されたその後の、ずっとずっと先のおはなし、お届けさせていただきます。

 楽園さまの過去と未来を描けましたこと、とても嬉しく思います。
 おはなし、聞かせてくださいましてありがとうございました。
 またいつかきっとお会い出来ますこと、楽しみにしております。

 ありがとうございました。
公開日時2014-01-29(水) 21:30

 

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