ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
(あ……あれは) 目の前にいるのは、あどけない童女。 五つか、六つくらいだろうか。 少女は、大きな絵本を抱え込むようにして、夢中で読んでいる。 少女の傍らには、様々な絵本が山積みになって、彼女に読まれるのを待っている。 (もう少し前は、お母さんやおじいちゃんおばあちゃんに読んでもらってたんだよね) 懐かしさが込み上げて、彼女は少し笑った。 あれは、彼女自身。 彼女が辿ってきた道のりだ。 ――彼女、春秋 冬夏は、過去の自分と邂逅していた。 今と、あまり変わらない、などとおかしく思いつつ。 (あの頃は、本が友達だった) 近所に同じ年代の子どもがおらず、遊び相手がいなかった。 そんな彼女に、家族は本を与え、物語という世界を教えてくれた。 (字が読めるようになった時は……本当に嬉しかったな) 本は冬夏の友人で、先生だった。 旅の引率者であり、道連れであり、戦友でもあった。 冬夏は、現実世界には存在しない幻想的な生き物や景色、力が出て来るファンタジーの物語が好きだった。古典の名作から、ライトノベルと呼ばれる新しいものまで、片端から読んで夢を膨らませた。 (エルフとか、妖精とか、魔法使いとか。いつか会えるって……純粋に信じてた。竜や龍やドラゴンに会いたいってずっと思ってた) そういったもの、特に龍は、冬夏にとってファンタジーの象徴だったから。 いつかはきっと会える、という思いが、会えたらいいのに、という願いに変わったのは、冬夏が成長し現実を知ったからだった。現実とファンタジーの、決して交われない道を知ったからだった。 ――あの日までは。 (あっ) 場面が切り替わる。 冬夏の視線の先の冬夏は、自身の運命を変えた旅人と出会っていた。 驚きに上気する頬、きらきら輝く眼。 あの時の自分がそれをどれだけ喜んだか、今でもつい先ほどのことのように思い出せる。 (あれがなかったら、私は、会いたいって願う気持ちのまま、一生を終えていたんだろうな。世界がたくさんあるなんて知らないまま) 異世界間を旅する覚醒者と出会い、冬夏もまた目覚めた。 あの日のあの出会いがなければ、今の冬夏はなかったのだ。 (今の私は……幸せ。夢見ていた人たちに会えたもの) ロストナンバーになって、世界が広がった。 選択肢が増え、背負うべきものが増えたけれど、傷つくことも哀しい思いをすることもあるけれど、冬夏に後悔はないのだ。 (そうじゃなかったら出会えなかった人たちと友達になれた。知らない景色や世界を見られた。色々な生き方に触れられた) 異文化との出会いは楽しいことばかりではなく、時に苦渋の選択を迫られもする。 冬夏は非力で、足りないものばかりで、出来ないこともたくさんある。 しかし、だからこそ判ったことも、たくさんある。 (それでも、出逢った人たちが少しでも笑顔になれるように、出来ることをしたい) 目の前の冬夏が、旅人と笑みをかわし、握手をする。 そのまま手をつなぎで歩いてゆく背中を見送って、冬夏は、ああ本当に私は幸せだ、と思った。 * * * * * 「……起きたか」 眼を開けると、見慣れない天窓が視界に飛び込んできた。 傍らから聴こえた声は、朱金の髪の巫子のものだ。 「あ、そっか……私」 その辺りで、冬夏は、自分が神託の都メイムに来ていたこと、付き添いを顔見知りのロストナンバーに頼んだことを思い出した。 「どうだった?」 問われて、冬夏は微笑んだ。 「再確認したって感じです」 「そうか」 「旅を続ければ、きっとこれから先、いっぱい悩んだり悔しい思いをしたり、歯痒く感じたりすると思うんです。私、まだまだ子どもだし、知識も経験も、度胸も足りていないと思うから」 その、足りないものが、我が身に災厄をなすことも、いずれはあるのかもしれない。 別れや喪失に泣くこともあるかもしれない。 「でも、私、こんな世界を夢見てたから。今、ここにいられることをすごく幸せだと思ってるから。だから、後悔はしたくない、って。未知の世界が怖くないわけじゃないけど、怖いって気持ちに負けたくないって」 「前へ、進みたい、と?」 「はい。真っ直ぐ前を見て、一歩ずつでいいから進みたいって思いました。それで、色んなことを知りたいです」 定まらぬ未来に怯えて尻込みしていても意味がない。 知って、学んで、経験して、積み重ねてゆく中で、自分を強く柔軟に構築してゆきたいと思うのだ。 「それでね、誰かが笑顔になれるお手伝いが出来たら、嬉しいなあって思うんです」 「……そうか。確かに、そう思えることは、とても幸せなのかもしれないな」 「ええ」 頷き、冬夏はテントを後にする。 今は迷っても仕方がない。 ただ、自分の思うように、『なりたい自分』が手招くままに、まっすぐ進むだけだ。
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