クリエイター宮本ぽち(wysf1295)
管理番号1151-9600 オファー日2011-03-04(金) 01:04

オファーPC 春秋 冬夏(csry1755)コンダクター 女 16歳 学生(高1)

<ノベル>

 ねえ。ルゥに話したことあったっけ?
 私の町に人気(ひとけ)のない公園があるの。公園って言っても遊具は一つも無くてね。屋根付きの小さなベンチとテーブル、公衆トイレがぽつんって建ってるだけ。
 元々はちっちゃな温泉施設があったんだけど、今じゃ面影は一つしか残ってなくて。でもね、すっごくすっごく綺麗なんだよ――。
 
   ◇ ◇ ◇

 トンネルはいつだって違う世界に繋がっている。出口が見えぬわずかな不安と、その先に満ちる光への期待を孕みながら。
 春秋冬夏は桜のトンネルを走り抜ける。目を瞑って、なだらかな坂道を駆け上がる。幾度となく通った道程。はらはらと舞う花のみならず、さらさらと渡る風の姿までをも鮮明に感じ取ることができる。
 やがてゴールに達し、息と胸を弾ませながら目を開く。
(ああ)
 漏れるのは安堵と落胆。視界を占めるのは桜の大木。辿って来た坂道にも桜の巨木が張り出している。湾曲した桜の腕(かいな)がアーケードのように差しかかるこの坂を冬夏は密かにトンネルと呼んでいた。
「トンネルを抜けるとそこは……か」
 何もかもがいつも通りの光景だ。いつも通りにベンチに腰を下ろす冬夏の髪に悪戯な花弁が舞い降りた。
 忘れられた公園。そんな形容が当てはまるだろうか。かつては小さな温泉施設があり、人と活気で賑わっていた。しかし別の場所に新しい源泉が見つかって人も建物もそちらに移り、老朽化していたこちらは取り壊された。今となってはこの桜だけが当時の名残だ。
「んー。ぽかぽか」
 冬夏は大らかに伸びをし、バッグから本を取り出した。何せこの場所は冬夏のお気に入りなのだ。ちょっとした高台にあり、景色も日当たりもいい。おまけに訪れる者もほとんどなく、存分に物語の世界に浸ることができるのである。天気の良い休日には弁当に菓子、水筒まで持参して読書に耽るのが習慣だった。
「わあ……。ああ、危ない、そっち行っちゃ駄目だよ」
 頁をめくる度、冬夏の心は違う世界へと旅に出る。登場人物の一挙一動に共鳴し、感嘆し、心配する冬夏を静かな桜だけが見下ろしている。
 流れる風。滴る桜。気まぐれな花弁が頁の上に迷い込み、ほんの刹那、我に返った。
「あっ。もうお昼かあ」
 腕時計を見たらキュウとお腹が鳴った。弁当箱の蓋を開けるも、視線はなかなか頁を離れない。しまいには読書を続けながら卵焼きに箸をつける始末だ。
「お行儀悪いかな。……誰も見てないし、いいよね?」
 誰にともなく尋ねれば、桜の花が微笑むように風にそよいだ。
 ここは忘れられた秘密基地。小さな、けれど優しく柔らかな冬夏だけの世界。

「よし」
 スタートラインに立った冬夏はぱちんと頬を叩いた。
 深呼吸する。目を閉じて走り出す。普段から青痣の絶えない冬夏のこと、目を瞑って走るなどもってのほかだと家族から注意を受けている。だが、通い慣れたこのトンネルならば足を踏み外すことはないと断言できた。
 その証拠に、閉じた瞼の裏に景色が次々と立ち現れる。髪をくすぐる風。蝋の薄片のような桜の花弁。桜を透過した陽光が地面の上で水面(みなも)のように揺れている。花越しの空はミルキーブルーで、和紙を優しくちぎったような雲が浮かんでいて……。
 冬夏は春が好きだ。夏も秋も冬も好きだが、今は春だから春が一番好きだ。毎年のことなのに、花の香を孕んだ風に体が軽くなる。ありふれた季節なのに、柔らかな日差しにどうしようもなく心が浮き立つ。このまま飛べそうな気さえする。
(ああ)
 だが、目を開けばいつも通りの秘密基地が待ち受けているだけなのだ。桜の大木。屋根。ベンチ。テーブル。――いつからだっただろう、ほのかな期待とともに目を閉じるようになったのは。
「そうだよね。そんなわけない……よね」
 トンネルをくぐって不可思議な冒険へ出発する少女の物語を読んだことがある。筒状の道は別の世界へ通ずる暗喩として用いられやすいと聞いて想像を膨らませたこともあった。だが、冬夏は既に中学校を卒業し、この春休みが明ければ高校生となる年齢に達していた。
「トンネルを抜けるとそこはいつもの場所でした……?」
 歌うように独りごちた後で、小さな違和感に首を傾げた。花びらの絨毯が敷き詰められた敷地の奥、地面がむき出しになっている区画がある。雪の日の駐車場に似ていると訳もなく思った。雪景色の中で、車が駐まっていた箇所だけが切り抜かれたようにアスファルトを覗かせているあの状態だった。
(誰かお花見にでも来たのかな。ま、いいか)
 流れる風。滴る桜。眼下の町は春の霞にうっすらと煙っている。知らず、自分が通う高校の建物を探していた。
「高校生剣士とか、精霊使いとか……。ふふ。妄想だよね」
 幼い頃からいつも隣には本があった。小学校に入りたての時分、小学五年生の探偵団が活躍する児童書を読んだ。自分も彼らの年齢になれば同じ事ができると思っていた。しかし高学年になっても冬夏は冬夏のままで、代わりに、幻想世界に飛ばされてドラゴンと契約する十四歳の少女の物語に夢中になった。中学生になればこんな体験ができるのだろうかと淡く期待した。
 物語のように何でもできると思っていた。どこへだって行けると信じていた。だが、成長と共に現実を知り、確信めいた夢は叶うあてのない空想へと変質した。
(でも、楽しみだな。文化祭とかでお店出してみたいし。委員会はやっぱり図書委員がいいな。勉強は絶対難しくなるよね。ちゃんとついていけるかなあ?)
 それはありふれた期待と不安。きっと、大学に入る時も就職する際も同じ感情がリフレインするのだろう。中学校や小学校の入学式でそうだったように。
「どんな所かな。どんな人がいるのかな。うん、やっぱり楽しみ」
 小さな世界、忘れられたベンチで膝を抱える。
「……いつか行けたらいいのになあ……」
 独白が唇を滑り落ちる。押し込めた真情を聞いていたのは花を降らせる桜だけだっただろう。
 しかし、春は黙して語らない。季節はいつだってありふれて、寡黙だ。

「よし」
 いつものようにスタートラインに立ち、冬夏はぱちんと頬を叩いた。だが、バッグに入っているのは本ではなく問題集と筆記用具である。入学する高校はそれなりの進学校で、入学説明会の際に春休みの課題をどっさり渡されたのだ。
「もうすぐ高校生だもん。ちゃんと頑張らないと」
 決意を新たに深呼吸する。心地よい風が肺をくすぐり、知らず目を閉じた。
 いつものようにトンネルを走り出す。いつもの秘密基地を目指しながら、冬夏はいつしか息を詰めていた。二十五メートルプールを全速力で泳ぎ切る選手のように、ゴールすることだけを考えて。
(頑張らなきゃ)
 それでも、髪が軽やかに風に跳ねる。
(やることいっぱいあるんだよ)
 桜の囁きが鼓膜を揺さぶる。
(本は課題が終わってから読もう。いつでも読めるもん。……でも)
 柔らかな風が、優しい日差しが、どうしようもなく冬夏を高揚させる。体が軽くなる。このまま宙に浮けそうな気がする。
(いつか飛べたら……って)
 だが、目を開ければいつもの光景が広がっている筈なのだ。優しくて、けれど小さな、忘れられた世界が。
「ぷはあっ!」
 詰めていた息を吐き出すのとトンネルを抜けるのとはほとんど同時だった。呼吸を懸命に整える冬夏の上に桜が黙って花を降らせる。ようやく空を仰いだ冬夏は初めて異変に気付いた。
「……は。はあっ……」
 へたりとその場に座り込む。力が抜けたのも声が出ないのも乱れた息のせいではなかった。
 流れる風が滴る花を吹き散らし、扉が開くように“それ”が露わになっていく。
「良い気候だ。去るのが惜しいな」
 人影。次いで、独りごちる声。見慣れぬ顔だ。何より――見慣れぬ格好だ。
 珍しそうに桜を仰ぐその人物はファンタジー小説の挿絵で見かけるような服を纏っている。降り注ぐ花弁とあいまって、まさに空想のような一コマが出現していた。
(え……嘘……嘘?)
 当たり前のようにそこにある光景に冬夏は何度も目をこする。息を止めていたせいで頭がぼんやりしているのかも知れない。だが、幾度瞬きをしても頬をつねっても結果は変わらなかった。
 これは現実だ。この非現実は現実だ。
「どうして……」
 さわさわと風が吹き渡る。花吹雪の中、敷地の奥に不可思議な臙脂色が見え隠れする。冬夏はまた目を見開いた。それは列車だった。しかも、冬夏が知る味気ない電車や新幹線とは違う。レトロかつ重厚な車体はまさしく物語の挿絵のようであったのだ!
「嘘。嘘……じゃない、よね?」
 呼吸さえ忘れる。頬が紅潮する。声が届いたのか、人影が初めて冬夏に視線を向けた。
「おまえは――」
「あ、あの! 訊いていいですか? どこから来たんですか? あ、私は春秋冬夏って言います! あの……わあ、凄い、凄い!」
 相手が口を開く前に一息にそうまくし立てていた。興奮と化した歓喜が理性を遥か彼方に押しやってしまっていた。
「トウカというのか。私は……そうだな。“旅人”だ」
「旅人さん? ど、どこから来たんですか?」
「言えない。そういう決まりだ」
「ええっ……」
 冬夏はくしゃくしゃと泣き顔を作った。笑ったり泣いたりと忙しない様子に旅人は苦笑いを浮かべる。
「ひとつだけ、教えられる方法がある」
 やがて、そんな言葉と共に目の前に手が差し出された。
「私と同じ場所に来ればいい。どうする?」
「え」
「……無論、楽しい事ばかりではないが。身の危険だってある」
 言われて、わずかに足が竦む。剣も魔法も使えぬ身で一体何ができるのだろう。
「急かしはしない。決めるのはお前だ」
 二人の間で花が舞う。旅人の双眸がひたと冬夏を見つめている。冬夏は唇を噛み、懸命に言葉を探した。だが、実際に逡巡したのはほんの一瞬だったように思う。
 ――こんな時、愛読書の登場人物たちは暗いトンネルにだって怯まなかったのだから。
「はい。よろしくお願いします!」
 冬夏は軽やかに旅人と握手を交わした。旅人は「よし」と微笑み、手を繋いだまま列車へといざなう。空へと翔け上がる列車の中で、冬夏は生まれて初めて本を読んだ時のように目を輝かせ続けた。
 流れる風。滴る桜。春は寡黙に、優しく列車を見送る。手を振るように桜の梢をそよがせながら。フラワーシャワーのような花吹雪を惜しみなく贈りながら。
 世界図書館に到着した冬夏がセクタンのルゥリオンと出会うのはもう間もなくのこと――。

   ◇ ◇ ◇

 人が近付かなかったからかな、その公園はロストレイルの停車場になってたの。ね? あのトンネルは本当に違う世界に繋がってたんだよ。私、びっくりしちゃった。
 でも、その時思ったの。漠然と「こうだったらいいな」って思ってるだけじゃ何も変わらないんだなって。自分から動かなきゃ駄目なんだなって。だって、あの旅人さんに出会って、新しい世界と出会うことができて……苦しいこともあったけど、同じくらい色んな人と知り合えたし、こうやってルゥと一緒にいられるんだもんね。
 高校に入ってから忙しくなってなかなかあそこには行けなかったんだけど、今度久しぶりに行ってみようか。きっとルゥも気に入るよ。いつも傍に居てくれるルゥに見せたいの。私の始まりの場所を。

(了)

クリエイターコメントありがとうございました。ノベルをお届けいたします。
どうにか桜の季節に間に合いました。

浮き立つような情景とは裏腹の、ちょっぴり冷めた現実。途中まではそんなイメージです。
その分、後半の「物語のような」シーンに接した時の興奮が際立っていればと思います。
旅人さんと出会ったのは偶然かも知れませんが、あの場面で旅人さんの手を取ったのは冬夏さんのご意志ですよね。

始まりの物語を託していただき、ありがとうございました。
公開日時2011-03-25(金) 22:00

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル