うっそうとした森の中にぽつりと存在する遺跡の近く。 いや、正確にはその一部だろうか。現地の生き物たちが出入りしている階段があった。 そこにあるのは、もう忘れられて随分と経つ地下水路。 そのほぼ中央部分に、水路を挟んで向かい合うように2つの大型機構が置かれていた。 どれほど放置されているのか、錆び付き穴が空きもはや機能を成していないだろうそれは、かつて遺跡に住む人々を支えていたであろう上水道設備。 その取水口。もはや水を取り込む能力もなく、たとえ取り込めたとしても途中の穴から漏れてしまうであろうその入り口から、カラカラと音がする。 この浄水設備、小石や砂などによる物理的濾過の他に魔力的濾過機構も備えていた。 見るからに濾過機能は失われている設備だが、しかしその魔力機構自体は2つの竜刻を核として、まだ生きていたりするのだった。「例えば、それは相関機構」 チケットの挟まれた導きの書を片手に、世界司書リクレカ・ミウフレビヌは口を開いた。「場所はヴォロス未開地、竜刻の回収をお願いします」「今回の目的地は今は使われていない地下水路です。文化生活圏からは離れていますので知的種族との接触はないでしょう」 近くのテーブルに置かれた携帯映像端末は森に隠された川沿いの階段を映していた。「皆様はこの階段から地下水路に進入、同層にある2つの大型濾過機構から竜刻を回収してください。それほど複雑ではないようですが、具体的な地下構造までは予言に出ませんでしたので現地対応でお願いします」 映像が階段に進入すると画質が赤外線カメラっぽく切り替わった。石敷きの広間のそこかしこに燭台はあるものの、朽ちかけているように見えるそれが使い物になるかどうかはかなり怪しい。「見ての通り中は暗いので、必要な方は何らかの対策を用意してください。また水路に架かっていた橋もおそらく朽ちていると思われます」 ちなみに流れはそれほど激しくないが、竜刻の影響か見えない障壁があるため橋以外の部分を飛んだり泳いだりして渡ることはできないらしい。保存状態は比較的良く、苔むしている他は特に内部に荒れた形跡はないようだ。「地形的な危険は以上と思われます。現地生物はダークバットのみ襲ってくると出ていますが、皆様なら大丈夫でしょう」 ダークバットは洞窟などによくいる蝙蝠の一種だ。獰猛な性格だが、ここに生息しているのはそれほどの強さではないらしい。ただ名前の通り闇属性持ちなので一部の攻撃は通用しない可能性が高い。「一応、闇の霧により視界を奪う特殊攻撃がありますのでそれだけ気を付けてください」 そこまで説明が済むと、蝙蝠が映っていた映像が濾過機構のフリップに切り替わった。「肝心の竜刻ですが、濾過機構のポンプ部分に存在します。2基とも同じ構造ですので片方の場所が分かればもう片方も同じ位置に竜刻があると思われます。機構自体は既に機能していないので現地影響は気にしなくて結構です。取り出し方は皆様に任せます」 説明と同時にフリップに丸印が現れた。制御部ではなく配管の中にあるようだ。「そしてこれが今回一番重要な事ですが、取り出すときは2つ同時に取り出してください。片方のみを取り出した場合、不測の事態が起こる可能性があります」 なんでも竜刻か濾過機構のどちらかに何らかの魔力的相関性があり、片方の竜刻のみ取り出すと残された機構が魔力的不安定に陥るのだとか。「2基の機構は直線距離では近い位置にあるようです。ただ陸路では結構離れているとも出ています」 おそらく水路で隔てられているのだろう。先の説明にもあったが水路は飛んで渡ることも泳いで渡ることも出来ない。「ちなみにこの水路、水質は非常に良いそうです。現地生物の水飲み場にもなっているようですし、せっかくの機会ですからついでに飲んでみてはどうでしょう」 最後にそんなことを告げながら、リクレカはヴォロス行きのチケットを差し出したのだった。
・古代遺跡探訪 遺跡の一部と思われる広い通路の真ん中にロストレイルは停車した。 今回の目的地、水路遺構は周辺一帯に広がる都市遺跡の一部となっている。事前の説明からその規模に興味を示していたのがシーアールシーゼロだ。 「やっぱりとても広いのです。人もいっぱい住んでいたみたいなのですー」 移動中の列車内から昔の住民や生活様式に興味津々だったゼロは目の前に広がる光景に目をキラキラさせている。 時間もあるし、ひょっとしたら地下水路の情報もあるかもと一行はまず地上遺跡を観光することにした。 一通り見て分かったのは、おそらくここはかつて首都か王都だったであろう事。住居はもちろんのこと商店や宿泊施設なども豊富にあり、教会や兵舎等の宗教・軍事施設もの規模も大きかった。北側に堀がありその先には城のようなものもあったのだが、あちこち崩壊しており危なそうなので外から見るだけに留めることになった。 住人は人間族が中心で、文化様式は中世欧州に近いことが僅かに残された石碑に記されていた。 「どの家にも井戸があるみたいですぅ」 「でも全部枯れてしまっているみたいですね」 川原撫子と舞原絵奈が井戸を見ながら話していた。広い街だが水は北側の堀にしか無く、やはり大部分を水道設備に頼っていたようだ。中央の噴水や大きな建物はまた別の仕組みが使われているようだが見た目では詳しいことは分からなかった。 「先人の知恵は凄いのですー」 地上遺跡を堪能した様子のゼロに、一行はいよいよ本命の水路遺構へと向かうことにした。 遺跡を西に抜け、地下の入り口を目指す。 (まずは関連施設からですか) 今回が初依頼の高倉霧人は、ロストナンバーとしては新米との意識から行動は控えめにし同行者の観察を重視するつもりでいた。こちらでの作法その他を早く学ぼうと考えたのだろう。今回は要点さえ押さえればさほど難しくなさそうな依頼というのもある。 (それにしても、齢68にしての新境地ですか。これだから人生はやめ難いんですよね) それにロストナンバーはその気にさえなればいくつもの世界を旅する事が出来る。これほど刺激的な新境地はそう無いかもしれない。ちなみに図書館の資料と年齢が違うのはよくあることだから気にしない方向で。 時折ブドウらしき木の実が生っているのを横目に見ながら、一同は入り口の階段に到着した。 ・それぞれの暗闇対策 地下水路は真っ暗という事で、撫子は懐中電灯付ヘルメット、絵奈はランプを取り出した。撫子のセレクト理由はというと。 「ほら、車やバイクの整備とか簡単な機械なら対応出来ますけどぉ、オーパーツにはロボタン居ないと不安じゃないですかぁ☆ そうすると手が空く照明ってこれしか思いつかなくてぇ……格好悪いかなって思ってるので言わないでくださいぃ」 多分誰も思っていないので大丈夫だ。 (僕は特に不要ですね、そのへんの修行と対策はしてますし) 霧人には暗闇対策は必要ないようだ。そして本来はゼロも必要ないはずなのだが。 「せっかくだから使ってみるのです」 いつの間にかロボ娘パーツ・サーモグラフィー機能付きヘルメットを被っていた。 「わ、ゼロちゃんちょっぴり格好良いかも」 「わぁ、ゼロちゃんとお揃いみたいですぅ☆」 絵奈と撫子と3人で軽く盛り上がる。 (楽しそうですね。そういえばお三方は面識があったそうで) ロストレイルに乗り合わせた時の事を思い出す。 「あっ、ゼロちゃんと絵奈さんだぁ☆ 今日はよろしくお願いしますぅ☆ そちらの方はカンダータでお見かけしましたっけ、名前教えて貰ってもいいですかぁ☆」 「高倉霧人です。こちらでは新米ですのでいろいろ学ばせてもらいますよ」 「高倉さんですね。せっかくだし楽しく行きましょ☆」 他にも絵奈はゼロにだけは砕けた話し方をしていたり。なんでも一緒に異世界に遊びに行ったりする仲だとか。 「あ、霧人さん。すみません、なんか3人で盛り上がっちゃって」 「いえ、大丈夫ですよ。こういうのは眺めているのも楽しいですから」 その絵奈が霧人に話しかけてきた。1人観察していたのが気になったらしい。せっかくだから話の輪に加わる。 「面白いですね、どこで手に入れたのですか?」 「秋葉原ジェノサイダーズでの戦利品なのです」 あまり目にすることのないアイテムは異世界で手に入れたようだ。そこはかとなくマニアックな響きがしたのはきっと気のせいではない。 ・こうもりさんこんにちは 階段を下りながら霧人が尋ねた。 「ところで蝙蝠ですが、皆様はどのようにお考えでしょうか」 霧人自身はセオリーから天井への警戒を考えている。さりげない質問のようで、その実同行者の練度を測るのが目的だ。 「気配や音などに警戒してすぐ対応出来るようにするつもりです」 絵奈は警戒重視の返答をした。言葉にこそしなかったが仲間が危ない時は身を挺してでも庇うつもりでいる。 「ギアで放水して薙ぎ払いますぅ。駄目なら鉄パイプでぶん殴りますぅ。それでも駄目なら松明に火をつけてぶん殴りますぅ」 撫子は迎撃重視の返答をした。もちろん襲われずに済むならそれに越したことはない。 (ふむ、絵奈さんはそれなりに経験がある模様、撫子さんはその場の判断で動くようですね。さて……) ここまでは特に驚くような答えもなかった。経験豊富な霧人にとっては普通の回答である。 残るはゼロである。霧人はカンダータで巨大化したゼロを見ている。その時からどこか超然としている彼女には何か計り知れない物を感じていた。 「ゼロは思うのです。用事でお邪魔しているゼロ達がコウモリさんの安寧を不当に妨げるのはいけないのです」 さすがゼロちゃんと思ったのが2人、なるほどそう来ましたかと思ったのが1人。 「でも、依頼なのでゼロはコウモリさんたちを不必要に傷つけないよう、竜刻を回収したいのです」 そう言いながらゼロが取り出したのは壱番世界製の蝙蝠避けグッズ。ついでにネズミ避けもあるがこの水路にはいなかった。兎とか蛇とか小鳥はいるけど。 階段を下りると程なくダークバットが2匹ほど飛んできた。 早速ゼロは忌避スプレーを吹きかけた……巨大化して。 「キィィィィー」 馴染みのない薄荷油の霧を突然大量に浴びせられたものだからたまらない。ダークバットはすっかり戦意を無くして混乱しながら飛び去っていった。 「コウモリさん、ごめんなさいなのです」 効果は抜群だった。というより、ちょっとやりすぎた。 「鼻がぁ、鼻が凄い刺激ですぅ」 持参した忌避スプレーは匂いによる撃退だった。それを巨大化して使ったのだから結果は言わずもがなである。 ダークバットは逃げ出した。小鳥達は逃げ出した。蛇達は逃げ出した。兎達は逃げ出した。川原撫子は鼻をつまんだ。舞原絵奈は鼻を押さえた。高倉霧人には効果がなかった……多分。 「ちょっとやりすぎたのです。てへぺろなのです」 ゼロはどこで覚えたのか、てへぺろをしながら謝った。言うまでもなく本人は平気である。 ・橋がないなら……? 薄荷油の匂いが抜けたところで改めて周囲を確認する一同。 階段が設置されている壁(後に支柱と判明する)を背に、他3方は水路に囲まれたほぼ正方形のフロアだ。水路の向こうにも石畳の床は見える。 「まずは橋があった位置の確認ですよね」 絵奈の言葉に一同は手分けをして床を調べた。 「端がすり減って丸くなっているのですー」 遺跡そのものにも興味津々だったゼロは水路に沿った石畳の縁が丸くなっている事に気付いた。ということは、井戸だけでなくこの水路でも沢山の人が水を利用していたのだろうか。 「あ、これがそうじゃないですかぁ?」 「こっちにもありますね」 橋の痕跡は階段から見て左手と右手奥に存在した。ついでにものすごく狭いながら支柱の回りも一周することが出来た。何も無かったけれど。 さて、どうやって水路を渡ろうか。 (私なら1人ずつ抱えて渡れるけど……もっといい方法用意している人がいるよね) 絵奈は必要ならば自分がと思いつつ、それとなく他の人の様子を見てみる。 「まあ、僕だけなら水面を走って行くことも不可能じゃないんですけどね」 「? 霧人さん、どうかしましたか?」 「いえ、別に何も」 うっかり呟いた内容を聞かれたのか少し警戒したが、どうやらそうではないようだ。霧人もまた他の人の様子を見るつもりらしい。 撫子はリュックから何かを出そうとしていた。ちなみに彼女、今回の4人では一番の重装備と思われる。ここでその装備を確認しておくと、ギアや懐中電灯付きヘルメットの他にサイドベルトに小型トーチと松明1本、リュックには工具箱に手袋無線機鉤爪付きロープ、他に打撃兼杖代わりの鉄パイプも持って軽登山靴を履いている。 彼女はリュックからロープを取り出しながら問いかけた。 「これがあれば多分みんな渡れると思うんですけどぉ……あ、ゼロちゃん、大きくなりま」 なっていた、既に。 「橋を修繕すれば渡れると思うのです」 あらかじめそうしようと決めていたのだろう、どこからともなく板を取り出したゼロはそのまま一緒に巨大化して大きくなった板を水路に渡していった。 というかそれ、修繕というより再架橋では。 2方向に橋の痕跡があったことから、ここからは二手に分かれて行動することにした。ゼロ&絵奈のチームには撫子から無線機が、撫子&霧人チームにはゼロから封印のタグが渡された。暴走の危険はないと言われているが念のため貰ってきていたのだ。それとお願い事もされる。 「ノートにマッピングして一緒に地図を作るのです。あと面白そうな物があったら教えて欲しいのです」 ・そっちじゃないよ ゼロと絵奈は階段から右手の橋を渡った。渡った先は正面が壁になっていて、左右に長いフロアになっていた。 「壁に何か書いてあるのですー」 「あ、本当だ。えっと……飲料用だって」 どうやらこの水路、フロアによって水の用途がある程度決められているようだ。物珍しさから絵奈も遺跡のことは結構気になっていて、ゼロと一緒に細かく周囲を調べながらとりあえず橋から右方向へ進んでいた。ふと感じられる敵意。 「ゼロちゃん、蝙蝠が」 「おまかせなのです」 ダークバットの飛来にすぐに気付いた絵奈、それを聞いたゼロは超音波式の撃退器を、今度は作動させながら徐々に巨大化していった。 「お騒がせして申し訳ありませんなのです」 今度は大惨事にならずに撃退。ほどなく水路に突き当たり、橋の痕跡があったので再びゼロが橋を架ける。 (ゼロちゃんは凄いなぁ) 遊びに行くことは多かったものの、この手の依頼で一緒になるのは初めてだった絵奈はゼロの活躍に密かに感嘆の吐息を漏らしていた。能力のおかげもあるがそれを上手く活かす発想力は見事である。私はどうなんだろうと思うと、頑張ってはいるけど上手くやれているのかどうか。今回はまだあまり役に立てていない気もするし。 「どうしたのですー?」 「え? うん、ゼロちゃん凄いなぁって」 「そんなことはないのです。絵奈さんの活躍も報告書でよく見るのです」 ちょっぴり照れながら答えるゼロ。そうなのかなとも思うけど、ゼロちゃんがいうならそうなのかもしれないって思うことにした絵奈だった。 ただ、本来の目的はというと。 「行き止まりなのですー?」 「そうみたい」 水路の渡った先もその前とほぼ同じ細長いフロアだったが、しばらく進むと水路に突き当たってしまった。水路の向こうは壁になっていたし、右手側の水路の向こうは別のフロアが見えたものの橋の痕跡はどこにも見当たらなかった。もちろん水路には魔力障壁があるので無理矢理渡ることも出来ない。ただ、何も無かったかといえばそうでもなくて。 「あれ、これってひょっとして」 「おおー、こんな所に地図があったのです」 行き止まりの左手の壁には水路内の地図が載っていた。すぐに書き写したのは言うまでもない。 ところで、この水路の魔力障壁はあらゆる生物に等しく作用している。そしてこのルートは行き止まりだった。つまり。 「はっ、後ろ!? ゼロちゃん!」 「どうしたのですー?」 先程追い払ったダークバットともう1度遭遇することになった。さっきのを根に持っているのか、いきなりゼロに闇の霧を吹きかけてきた。 「わー、おもしろいのですー」 しかしゼロには効かなかった。なにせ出身世界がどこまでも闇なのだ。ただし、絵奈にとっては話が違った。 (これ以上はやらせないっ) ゼロを傷つけたくない一心で、しかしダークバットを傷つけるのはゼロが望まないだろう。絵奈はとっさの判断で魔力光球を放った。それは2人とダークバットの中間あたりで炸裂した。 「キィィッ」 閃光手榴弾を魔力で再現したようなものだ。ダークバットは苦手な光に恐れをなして逃げていった。 「絵奈さんは凄いのですー」 「え、いや、そんなことはない、よ? それより大丈夫?」 「全然平気なのですー」 恥ずかしさと照れ隠しが混ざって滑舌がちょっぴりおかしくなったのはご愛敬。地図によれば行き止まりの、元来た橋の左側もしっかり調べてから、元来た階段の反対側へ2人は1つ目の濾過機構を目指す。水は後でみんなで飲むことにした。 ……いつものメンバーで、今度は探検してみるのも楽しいかも――なんて話があったかどうかは、今のところ2人だけの秘密である。 一方の撫子と霧人。橋を渡った先のフロアは右手にのみ橋の痕跡があった。今度こそ鉤爪ロープの出番である、がその前に。 (ダークバット、1匹だけですね。さて、撫子さんはどうするのでしょう) 飛来するダークバットに気付いた撫子は、すぐにギアのホースを構えると水をぶっ放した。 「食べられるフルーツバットさん以外用はないですぅ! 来ないでくださいぃ!」 実は外のブドウも食べるが雑食で寄生虫もあったりするので食べられません(あくまでこの地域のは)。そんなわけで水流を3~4発食らったダークバットはすごすごと退散していった。 (まあ、あえて手を出すまでもないですか) そして今度こそ水路渡り。撫子が投げたロープの鉤爪は対岸の橋の支柱があったであろう穴に見事に引っかかった。 「高倉さん、ロープ保持して貰えますぅ?」 「お安いご用ですよ」 もう一端は霧人に抑えてもらいながら、綱渡りの要領で水路を渡る。 「よっ、はっ、ほっ……と、着きましたぁ☆ 今後は逆ですぅ」 今使ったロープを回収し、撫子が今度は元いた方にロープを投げる。 「いいですよぉ、渡ってくださぁい☆」 「では遠慮無く」 そう言いつつも、予想外に重いと色々怪しまれるかもしれないと密かに瞬間移動の応用でロープへの負荷を外見通りにしながら、あくまで何ともないように渡った霧人。 「わぁ、高倉さんってバランス感覚いいんですねぇ☆」 「それなりに鍛えていますので」 これくらいなら、そう怪しまれることもないだろう。 渡った先のフロアには、橋の痕跡か3カ所存在した。渡ってきた所とその左手側、そして右斜め前である。ちなみに右手側を橋の痕跡を無視して真っ直ぐ進むと、途中で左に折れた先で壁に突き当たって行き止まりだった。壁には「←洗浄・土 飲料用→」と書いてあった。下の絵と組み合わせて考えると左側は野菜などを洗う場所になるのだろうか。 撫子が壁の表記を書き写して元来た道を引き返している時、霧人は背後から接近するダークバットに気付いていた。 (この位置なら見られる心配もありませんね) 撫子の死角になっていることを確認した霧人は、一見何も無いように装いながらダークバットの接近を待ち、十分に引きつけた所で居合い一閃。速度強化と窃盗の魔力を付加した一撃にダークバットは瞬殺された。 (ふむ、薬草なんて食べるのですか) 気付けば手元にあった赤い草を見ながら心の中で呟く。 「あれ? 高倉さんどうかしましたぁ?」 「いえ、何でもないですよ」 運悪くゼロに見られたら何か言われるかもしれないが、突き当たりの行き止まりだし蛇に食べられる方が早いだろう。 その後、渡ってきた場所から見て右斜め前の橋の痕跡から水路を渡り、そのフロアには左手にしか痕跡がない所まで調べた時点でふとトラベラーズノートを確認する。するといつの間にやら水路全域の地図が出来ているではないか。 「行き止まりに地図があった、と」 地図によればこちらも少々遠回りになっているが、後戻りするよりはこのまま進んだ方がよさそうである。壁の表記を書き込みながら進み、ちょうど橋が1つに収束するエリアで4人は一度合流することになった。 ・1つ目発見 再びゼロが巨大化して橋を架ける作業を繰り返すこと2回、一同は1つ目の濾過機構へとたどり着いた。錆びた金網に囲われた巨大設備は昔の技術力の高さを窺わせる。水路を挟んで魔力障壁の向こう側にも同じ装置があるようだ。 「凄いです……こんな立派な設備まで作っていたんですね」 昔の技術力に感嘆の声を上げる絵奈。映像と実物ではやはり迫力が違う。 とはいえ感動ばかりもしていられないので、出発前にとっておいた構造のメモを取りだしてひとまず竜刻の位置を確認する。 「たしかココって言ってましたよね」 「ええ、強い魔力を感じますしおそらくソコでしょう」 霧人も魔力探知で竜刻の位置を確認、ついでに魔力的構造も密かに解析していた。 (なるほど、天秤式連環構造といったところですか) 双方の魔力がバランス良く保たれている時に高い魔力効率を発揮するシステムのようだ。上手く利用すれば高い効率を出せる反面ひどくバランスを崩すと危険な代物でもある。となると不測の事態は機構側の問題で起こる可能性が高い。 (ですが、どうやら僕しか気付いていないようですね) これは必要な情報だろうと、霧人は他の3人に説明した。少しは役立つ所も見せておいた方がいいだろうとの計算があったかどうかは本人のみぞ知る。 ・ぐるりとまわって もう1つの濾過機構は水路をぐるりと回った反対側に位置している。ということで一同は1つ目の機構に背を向け奧の橋の痕跡から遺跡のさらに奧へと向かっていった。ただ待っているのも何なので途中までは一緒にいくことにしたのだ。 壁の表示がいつの間にか「洗浄・脂」に変わり、濾過機構から数えて3カ所目の橋の痕跡で、今度はゼロ&撫子と絵奈&霧人に分かれた。 絵奈と霧人は元来た道を戻っていた。行きではルートから外れていたのか、いつの間にかダークバットが1匹。 絵奈は再び光球を作り出し、ダークバットとの間で炸裂させる。しかし今度のダークバットはそれではひるまなかった。 霧人を襲わせるわけにはいかないと、やむを得ずギアの短剣に魔力を込めて突撃する。 しつこさの割にあっけなく倒されたダークバット。絵奈はせめてもと死骸を行き止まりの角の方にそっと置いた。 (なかなかやりますね) まああれくらいなら自分も出来ますけど、なんて事は声には出さず、霧人はちょっとした戦闘談義を持ちかけた。 「先程は最初に閃光弾を撃っていましたが、あれはどうしてでしょう?」 「あれですか? ゼロちゃんが蝙蝠をあまり傷つけたくないようなので、苦手な光を出して追い払おうとしたんです」 今回は失敗でしたけどね、と絵奈は続ける。 「いい動きをしていましたけど、訓練などを受けていたとか」 「あ、はい。でも元の世界ではずっと半人前でしたし、今もまだまだ……」 その後何度かやりとりしているうちに、おやっと霧人は思った。 どうも絵奈は実力の割に自信がないような、少々卑下しすぎる部分があるように思える。霧人からすれば荒削りだが伸びしろもあるし、決して弱くはないと思うのだが。まあもっとも霧人自身が弱者だったことがこれまでないためそのあたり分かりにくいのかもしれないが。 向上心があるのはいいとして、あまり卑下しすぎて伸びしろが縮んだりしたら勿体ないし、何より自分がつまらない。そんなわけで。 「僕が見た感じでは、実力はある方だと思うのですけれどね。もう少し自信を持った方がいいと思いますよ。伸びるものも伸びなくなるかもしれないですし」 絵奈にとって、それはとても嫌な事だった。 「あ、ありがとうございます。よく言われるんですよね……でもでも、もっと色々出来るようになりたいと思っているんですよ。例えば――」 そこからは絵奈のロストナンバー生活記みたいな会話になっていった。0世界での生活歴がまだ短い霧人には結構有益な時間だったとかそうでもなかったとか。 ゼロと撫子は順調にもう1つの濾過機構を目指していた。実は別行動開始のポイントからもう1つ橋を架ければあとは真っ直ぐだったりする。 時折横からダークバットが襲ってくるものの。 「ちょっと通りますよなのです」 「洗われたくなきゃ来ないでくださいぃ」 「コウモリをお洗濯なのですー?」 「デッキブラシで磨いちゃいますぅ」 「コウモリがつるぴかになっちゃうのです」 「ピカピカに磨いちゃいますぅ」 「コウモリ禿げちゃうのですー?」 ……あれ、ひょっとしてこの組み合わせってストッパーが居ない? ま、まあそんなプチカオスが長いため以下省略します的な展開も交えつつ、どちらのチームも無事に濾過機構までたどり着いたのだった。 ・いっせーのーせ いよいよ竜刻の回収作業だ。 取り出しは同時に行わないといけないが、そのためにはまず竜刻を配管から露出させる必要がある。 ゼロ&撫子チームは主に……というか撫子が配管を分解していた。というのも。 「それじゃぁ準備しますねぇ☆」 撫子は工具箱と手袋を取りだして解体準備を進める。 ゼロはキラキラした目で撫子を見つめている。 「えっとぉ、絵奈さんのメモによるとぉ……」 撫子はメモと実物を見比べながら解体手順を確認している。 ゼロは期待100%の眼差しを撫子に向けている。 「壱号、こんな感じで行けるかなぁ?」 撫子は壱号と相談(?)しながら手順の最終確認をしている。 ゼロは撫子なら配管を綺麗に分解して竜刻を露出させてくれると確信を持った瞳で見つめている。 (ううっ、なんかプレッシャーが凄いですぅ) とはいえそこは仕事人魂を持つ撫子、古びて錆び付いたりしている部分に苦労しつつも順調に竜刻周りの配管を解体していった。 一方の絵奈&霧人チーム。こちらも主に絵奈が持ってきた簡易工具セットを使って機構の損傷を最小限に抑えようと奮闘していた。とはいえ撫子と違いこの手の作業の経験もほとんど無ければセクタン(ロボットフォーム)もないため苦戦していた。 「ちょっと代わってもらってもいいですか」 「あ、はい」 絵奈と交代した霧人は工具は受け取らず、竜刻の周りを凝視しながらおもむろに右手を構え、手刀を一閃。窃盗の魔力を加えたそれは配管自体には当たらず傷つけなかったものの。 「これで大分解体しやすくなったはずですよ」 「すごいです! ありがとうございます」 接続金具を根こそぎ外してしまっていた。こうなれば解体は容易である。 そして双方とも解体が終わり、魔力と思われる光の糸に繋がった小さな石が顔を出した。これが竜刻なのだろう。 念のため双方に封印のタグを貼り、撫子と絵奈が竜刻に触れる。もう片方の手には撫子が配った無線機。 『そちらは大丈夫ですか?』 『大丈夫ですぅ。絵奈さんも大丈夫ですかぁ』 『それじゃ、いっせーのーせで取り出しましょう』 『わかりましたぁ☆ それじゃあ合図お願いしますぅ』 『はい。じゃあ行きます、いっせーのーせ』 スッと両方の配管から竜刻が抜かれる。双子の魔力機構は同時にその動力源を失い。 (上手く行ったみたいですね) 特に異常を示すこともなく、水路の魔力障壁の消滅だけ伴って停止したのだった。 ・せっかくだから 障壁さえなくなれば水路上の移動障害はなくなる。 2つの機構の側に橋を渡して合流した4人は、ひとまず手の汚れを落としてから水を飲むことにした。 洗うのはもちろん「洗浄・脂」のフロア。先人達に敬意を示してのことだがこちらの方が下流という合理的な意味もある。 そして飲料用のフロアに移動して両手で水を口に運ぶ。一応洗ったのだが配管作業をしたからと撫子と絵奈は下流側に陣取った。 「冷たくておいしいのですー」 「一仕事終えたって感じですぅ」 「おいしい……昔の人はみんなこれを飲んでいたんですね」 「良い水です。体の隅々まで染み渡りますね」 (それに、ここの水は楽しそうですし) 自然と心を通わせることが出来る霧人は水の楽しげな雰囲気を感じ取ったようだ。 さて、目的も果たしたので後は帰るだけ。のはずだったのだが。 「せっかくの機会なので隅々まで調べるのです」 「私も、色々調べたいなって思っているのですけど……」 まだ水路の全てを見て回ったわけではなかった。幸いそう急がなければいけない事情もない。 というわけで、4人の遺跡探索はもう少しだけ続いたそうな。
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