「眠るときって、ヒツジを数えますよね……?」童顔にほんの少し不安げな色を浮かべ、世界司書アマノは集まったロストナンバーに尋ねた。「今回は、その、ヒツジのお茶会に参加してみませんか?というお誘いです」 まどろみを誘うような、うららかな春の日。モフトピアに浮かぶ暖かな島で、ひつじ型のアニモフ達がお茶会を開くらしい。何百年に一度のその日、特別製のハーブティを飲んだあとにひつじを数えながら眠ると、太陽と月の不思議な巡り合わせで、見た夢が現実になるのだという。 「夢が現実に!とは言ってもですね、そんな大げさでは無くて、単純なことらしいんです。たとえば、絵に描いたお菓子を食べられたりとか。すっごくおおきなアニモフを力いっぱい抱きしめてフカフカしたりとか……っていうのはまあ、僕の夢なんですけどね」人さし指をあごに当てウットリ夢想すると、我に返って付け加える。 「みなさんは、みなさんのお好きな夢でいいんですよ? ただ、いくつかルールがあります」 アマノはそう言って、持っていた紙を広げて見せた。 【ルール1.叶えられる夢は、ひとつだけ。】 【ルール2.夢は、お茶会に参加したみんなのもの。】 【ルール3.目が覚めたらすべて忘れてしまいます。】 「楽しそうでしょう」アマノがにこにこと笑う。 「【ルール2】はつまり、自分以外の夢もあわせて現実になってしまう……ということなのですが、モフトピアですし、命の危険などはありません。興味のある方はぜひ、お気軽に参加してみてください。こんな巡り合わせは滅多に無いらしくて、アニモフ達もおおはしゃぎなんだそうです。そうそう、まくらとかヌイグルミとか、これが無いと眠れないっていう安眠グッズが必要な方は、忘れずに持って行って下さいね!」
すてきなゆめをみた。 ゆめ? げんじつ? どこからゆめで、 どこまでがげんじつだったのか。 とおくからたびびとたちがやってきて、 とてもたのしいことがあった。 だけどざんねんなことがひとつ。 それがどんなゆめだったか…… ぜんぜん、おぼえてないの。 ミラクル☆グッドナイト 上空に浮遊する島々を不思議そうに眺め、コレット・ネロは顔に掛かる金色の髪をかき上げた。暖かな日差しに、やわらかく頬を撫でてゆく風。地面はコレットの瞳と同じ若草色の芝生に覆われ、その所々に色とりどりの小さな花が揺れている。 ヒツジアニモフの島は浮島の密集した地域に在り、青い空には、島々と、わたがしのような雲がふわふわと浮いていた。ロストナンバー達をここまで運んだ雲が、風に乗って遠ざかっていく。 「わあ」 同じ雲から降り立った仲間たちの方を振り返り、コレットが小さく歓声をあげた。 「わあ、わあ、ヒツジさんのアニモフがいっぱい」 楽しげにアニモフたちと走り回っている元気少女は井上ほたる、その様子を眺めて微笑んでいるのは、彼女の親友だという茉莉花 理緒。いつも笑っているような細い目を更に細め、にこにことアニモフたちを観察しているのは、大きな水棲哺乳類の姿をした獣人のシャチである。 「可愛い羊はんやなっ。ちょいと撫でさせて貰うてえぇか?」長楊枝を咥えた口元に親しげな笑みを浮かべて問うシャチに、ヒツジアニモフの一頭が嬉しげに跳びはねて近付き、首のあたりを差し出した。ふっかふかの手触りにますます頬が緩む。 「……ほんま、可愛いなぁー。兄ちゃん、食べてしまいたい位やわ♪ ……あっ……冗談やで、じょうだん!」 一瞬、身体をこわばらせ、うるんだ瞳で不安げにシャチを見上げたアニモフに、ぶんぶんと手を振って苦笑する。 「もう! シャチさん、アニモフちゃんをいじめちゃだめだよっ!」 「そうですよ? こんな純真な子たちを」 「せやさかい、軽いジョークやーって!」 めっ!という表情で大げさに窘める、ほたると理緒に、シャチは肩をすくめ、助けを求めるようにコレットを振り返った。コレットが首を傾げて手を振ると、「ああっ。コレットの嬢ちゃんにまで見捨てられてもたー!」と頭を抱え、身を捩る。 (みんな、楽しそう。) コレットが笑う。 誰もが、思わず笑顔になってしまう。 ここは、そんな穏やかな、明るい、暖かい場所だった。 少し身体の大きい、数頭のヒツジアニモフたちが、旅人たちに近付いて、メエと鳴いた。どうやらお茶会へ案内してくれるようだ。指し示すように、鼻先を草原の向こうの、大きな樹の方へと向ける。よく見ると、根元に、木製の素朴なテーブルと、椅子が並んでいるのが見えた。つんつんと鼻でつつくようにして旅人たちを促すアニモフたちとじゃれあいながら、一行は大きな樹を目指す。 「ふわあ、おっきい!」 辿りついてみると、その樹は遠くから眺めた時よりもずっと高く、ほたるは樹の天辺を見上げる為、首が痛くなるほど上を向かなくてはいけなかった。原っぱの真ん中にぽつんと立つ巨木は、まるでひとつの森であるかのように、様々な形の葉を茂らせ、ゆるやかな風に葉を揺らし、素朴なレースのテーブルクロスの上に、複雑な模様の影を投げかけている。樹と同じく予想以上に大きなテーブルには、ヒツジアニモフたちがもこもこと座っており、その周りを、エプロン姿のアニモフが数頭、ティーカップを運んでまわっていた。 蝶ネクタイを締めたアニモフが、恭しく椅子を引き、旅人たちはそれぞれ、案内された席に付いた。 「本格的なお茶会なのね」 コレットが案内係のアニモフに微笑んで礼を言い、辺りを見回す。わくわくと、楽しげなヒツジアニモフたち。その間に、ロストナンバー達が期待と緊張に満ちた表情で座っている。テーブルの上には、さまざまな色や形のクッキー、スコーンなどの焼き菓子、可愛らしい花柄の陶器に入ったジャムやクリームが並べてある。 「おいしそう!」と目を輝かせるほたるに、「なんだか、もう、夢の中みたい」と理緒がうっとりと眼を細める。 「こんな素敵なお茶会に参加できるだけでも幸せなのに、見たい夢が見られるなんて、もっと幸せね」 「そうだ! 見たい夢、見られるんだよね!」コレットの言葉に、今思い出した!というようにほたるが叫んだ。 「ふふ。ほたるちゃんったら。忘れてたんですか? あんなに一生懸命、どんな夢を見るか考えてたのに」 「だって、ヒツジアニモフちゃんは可愛いし、お天気が良くて気持ちいいし、おいしそうなクッキーがいーっぱいあるし、楽しくてたまらないんだものっ♪」 「ほたるちゃんが楽しいなら私も楽しいです♪」 にこにこと見つめ合うふたり。 「シャチさんは、もうどんな夢見るか考えた?」仲良しコンビを微笑ましく見守りつつ尋ねるコレットに、「うぅん。せやなあ。やっぱ、うん、あれしかない。ってのはあるけどなー。そういう嬢ちゃんは?」決めかねるように呻き、反対に問い返す。 「私は……」と、思案しながら答えかけたところで、ポットを手にしたヒツジアニモフが登場し、テーブルに付いた面々から歓声が上がった。 深い琥珀色の液体が次々とカップに注がれ、あたりに独特の香りが漂う。 「コレがその、特別なハーブティなんかいな? えぇ匂い、しよりまんな~」 放浪の料理人はおおきくその香りを吸い込み、ひとくち、液体を口に含んだ。 まずは軽い苦みがあり、そのあとにほんのりとした甘みが広がり、さわやかな後味を残して喉を流れおちた後、小さな野の花のような香りを漂わせる。 それはまさしく魔法のハーブティであった。 旅人たちが、言葉も無く顔を見合わせる。 (おいしい!) アニモフ達も満足そうに頷きあい、ハーブティを飲み、クッキーを食べてはしゃいでいる。あれ?ちょっと人数(ヒツジ数)増えてる?と思えば、いつの間にか、ギャルソンアニモフやメイドアニモフたちもテーブルについて、一緒にお茶会を楽しんでいるのだった。ヒツジアニモフ達は特別なお茶会を、旅人たちにも精一杯楽しんでもらおうと、ふかふかの毛皮で、もふもふ、もふもふと、身体を摺り寄せてくる。 「うふふふふっ! くっすぐたいよお! もうー!」 「え? このスコーンくれるんですか? この赤いジャムが似合うの? ありがとう♪」 椅子から転げ落ちるように楽しげに笑うほたるの横では、理緒が、グルメなアニモフのもてなしを受けている。 言葉は少しずつしか通じないけれど、ヒツジアニモフたちは人懐っこく旅人たちを歓迎し、4人のロストナンバーを癒し、心から幸せな気持ちにさせた。 「なんや、眠なってきたんやけど…… はっ! そうや、ヒツジ数えればえぇんやよな!? って、これ…どんなけぎょーさんおんねや……いっぴき、にひき…さんびき…… あ、あかん、ジンギスカン作りとうなってきよったわ……」(今度は)半ば本気の目をとろんと眠たげに蕩けさせて数えだすシャチのあとを、ダメよ、と釘を刺しつつ、コレットが引き継ぐ。 「四匹。五ひき……あらあら。あなたはもう眠っちゃってるのね。風邪引かないように……わあ、あったかい」ぎゅう、と眠り込んでしまった柔らかなヒツジアニモフを抱きしめると、耐えがたい眠気に襲われ、「あなたを抱きしめて寝たら……素敵な夢が見られそう……」と呟いて、意識を手放した。 理緒がふと気付くと、さっきまで隣で笑い声を上げていたほたるは、口元に笑みを浮かべたままぐっすりと眠りこんでおり、理緒は、その肩に自分の上着を掛けてから、もう一度楽しそうな寝顔を見つめ、自らも幸せな眠りに落ちていった。 … … … ちゅんちゅんと小鳥の鳴き声が聞こえ、ほたるは顔を上げた。 メェ~~~~。メェ~~~~~~。 もふもふのヒツジアニモフがすり寄ってくる。 「いつまでねてるの。あそぼうよ~」 ヒツジアニモフの言葉に、ほたるは目をぱちぱちと瞬かせた。 これは夢なんだっ! ううん? 夢が、現実になるんだっけ? 現実?? 夢……そうだ、私の夢は―― 「巨大パフェを、お腹いっぱい食べたいっ♪」 叫ぶと当時に目の前に現れたパフェに、ほたるはぽかんと口を開けた。 (巨大と言ってもこれは、想像してなかったかも…?) 綺麗にパフェが盛りつけられたグラスは、ほたるの身長の、二倍程の高さがあったのだ。 それでもほたるは、次の瞬間には目を輝かせて、パフェの攻略にかかった。 (夢の中だったら、太っちゃうとか気にしなくていいもんっ。) 巨大なパフェを、小さな銀のスプーンで切り崩していく。 やっぱり王道は、チョコパフェにストロベリーパフェだよねっ!? でもでもヨーグルトも捨てがたいし、フルーツパフェも……!! ほたるが夢想する度に変化するパフェは、あわい乳白色のヨーグルト部分、爽やかな舌触りのシャーベットに、なめらかな口溶けのアイスクリーム、鮮やかないちごソースに、ほんのりビターテイストなチョコレートのラインがシャープさを添え、宝石のように輝くゼリーと色とりどりの新鮮なフルーツが飾られた、究極の姿となって完成した。 「はう……」 スプーンを握りしめ、ウットリとため息をつく。 ほたるちゃーーーーん! そんな夢心地なほたるの耳に、親友の声が響いた。 そうだよっ。何か欠けてると思ったら理緒ちゃんいないんだものっ! 「理緒ちゃん! こっちーっ!!」 近付いてくる理緒の姿に、ほたるはもう一度、口をぽかんと開けた。 もっふもふのヒツジアニモフたちを引き連れ、表れた理緒は、見たことも無いような煌びやかなドレスに身を包んでいたのだ。 純白のドレスはパールのような素材で、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。両の手で踏みつけないようフワリと広がった裾を持ち上げ、走ってくる理緒は、まるでおとぎ話から抜け出したプリンセスのようだ。ふかふかのヒツジアニモフたちを彷彿とさせるような、ふかふかの真っ白なフリル。流れる漆黒の髪に映える、ダイヤモンドが散りばめられたティアラ。よく見ると、まわりをぴょんぴょんと跳びはねるヒツジアニモフたちも、もふもふをさらにもふもふさせるように念入りにブラッシングした上に、ラメ入りのレースを巻き付けて、精一杯おめかししている様子。 「わっ! 超巨大パフェですっ!」 「うん、そうなのーって、それより理緒ちゃん、そのドレスは?!」 「ふふふふふっ。素敵な夢を、ドレスアップして楽しみたいなあと思って♪ 勿論ほたるちゃんも一緒ですよ?」 「えっ……。わあああ?!」 慌てて自分の体を見下ろすと、普段通りの服を着ていた筈が、淡いブルーの生地に、襟や袖口をリボンで飾られた、こちらもまた、どこの舞踏会から逃げ出したお姫様?というようなドレスに変わっていて、ほたるは驚きの声を上げた。 「うん、ほたるちゃんはやっぱり、みずいろなドレスがよく似合います♪」 満足げに頷きながら、あ、でもこういうアクセントもありかもっ♪と言ったかと思うと、ほたるの頭の上にぽんっ、とピンク色の花をあしらったコサージュがあらわれた。じっとしててくださいね、と言いつつ、ほたるの銀の髪にコサージュを飾る。 「あ、ありがと」 しげしげと自分のドレスを眺め、もう一度理緒のドレスを眺めて、「うーん! お姫様っぽい!」と感想を述べる。 「普段は黒系が多いんですが、モフトピアだし、明るめに挑戦してみましたっ♪ 似合いますか?」 わくわくと尋ねる理緒は、モフトピアの空気のせいか、それとも夢の中だからなのか、子供のようにはしゃいでいて、そんな姿を見ているだけで、ほたるまで嬉しくなってしまう。 「すーっごく、似合ってるよ?! ね、ね、私は? こんなカッコしたの初めてだけど……似合うかなっ」 ほんのりと頬を染め、照れながらも、引きずるように長いフリフリレースの裾を持ち上げ、くるりと回って見せる。 「ふふっ。いつも可愛いですけど、華やかなドレスもまた、本当によく似合います♪ コサージュもピッタリですよ?」 「うんうん! 可愛いよねーっ!! あーあ、一緒に写真撮って、飾っておけないのが残念…っ」 これは、夢なんだもん。 現実みたいにリアルなのに、と、不思議になる。 ドレスの、上品な布地の手触り。 頬に触れた理緒の手の温度。 さっきだって、あのパフェってば、すっごく…… 「そうだ! パフェ!! 溶けちゃう!!?」 勿論、巨大なパフェは溶けてなどいなかった。 ここが夢の素敵なところだ! 「食べよう♪ 食べようっ♪」いつのまにか両手に握っていたスプーンのうち、片方を理緒に手渡す。 「ふ、普段は、色々気にしちゃって食べられない憧れのスイーツ! 夢の中なら怖くないっ!」主にお腹とか……体重とか……と、小声で気掛かりを口にしつつ、夢でよかった♪と目を輝かせ、片手を上げる。 「ほたるちゃんっ、ナイスですっ♪」 「えへーっ理緒ちゃんも喜んでくれてよかった♪」 笑いあい、ハイタッチする二人。 「ふふ、ご褒美にあーんしてあげます♪ はい、あーん」 「ふぁっ、食べさせてくれるの?! やたーっ♪ あ~~~ん♪」 ここは、衣装に合わせてお上品に……とそろりと口を開けようとして、やっぱり無理! と豪快に、あーんと開けたほたるの口に、とろりとした滑らかなバニラアイスがすべり込む。「あうぅ、おいしい……!」思わずぎゅうと目をつぶり、極上の風味をかみしめる。 「お礼に私からもあ~んしてあげるっ。理緒ちゃんには、この苺ソースたっぷりのトコあげるね♪」 「うふふ、ありがとうございます♪」 きゃあきゃあと互いにパフェを食べさせあい、豪華なドレスが生クリームで汚れるのも構わず、レースが縫い付けられた袖で口元を拭う。 「あ、ぽてともいりますか? はい、あーん♪」 ほたるのセクタン、ぽてとの羨ましそうな表情に気付き、差し出した理緒のスプーンに、ぽてとがぴょこんと飛び上がってかぶりついたのを見て、ほたるが悲鳴を上げる。 「って、ぽてと!? そのさくらんぼ、私のーっ!?」 まったくぅ、主の顔が見てみたい、だよっ! とぷんぷんしながら、ぽてとの主は、イチゴは渡さないんだから!とばかりにパフェの山頂に飛び付くのだった。 「なぁ~んでやねんっ!!?」 放浪の戦闘料理人、シャチの目の前には、おいしそうな食用のヒツジが群れをなしていた。眠る前にジンギスカンなんて想像したのがまずかったのか? だって、ヒツジだらけなんだもの!! わいは悪ない!! 思わずヒトの所為にしてみたりする。 「目の前に食材があったら、調理すんのが、料理人の務めや……、しゃあない、堪忍してや……」 無邪気に草を食むヒツジを屠殺しようと、彼のトラベルギアである包丁『鮫牙』を取り出し近付いたところで、ヒツジはポンッと煙を出して食材の姿に変化した。 「おお、お、…流石、モフトピアやな……」 驚きと、安堵感と、両方を胸に抱きながら、ラム肉を手に歩くシャチ。道すがら出会うヒツジや木の実、花々は、シャチが近付き、触れるたびに様々な食材へと変化する。 「あああ! 夢の食材天国! なかなか手に入らない、レアな食材も、思いのままやなんて……!」両手にいっぱいの食材を抱え、抱えきれなくなった分を大きな布に包んで背に背負って歩き回るシャチが次に見つけたのは、果たして彼が今、一番必要としているものだった。 「厨房が、あるやんけー!!」 原っぱにぽつんと、厨房がある。なんとも不思議な眺めだったが、炎の料理人には、そんなこと、何の障害にもならない。 「よっしゃ! 早速調理や! 腕が鳴るで~!」 その厨房はまさに、シャチの夢そのものであった。 シャチの体にぴったりと合うよう、使いやすく設計された調理台。調理器具はどれもこれも、高価過ぎて迂闊には手が出せないような一級品で、ピカピカに磨きあげられている。オーブンの熱の調節だって、細かなところまで思いのままだ! 次々と出来あがっていく豪華な料理を前に、シャチは感激してしまい、もはや涙目である。 「見事な出来栄えや……!」 ああ、これが夢やなんて! 夢やなんて!! いや、たとえ、夢であったとしても。 シャチは、誰かに自分の料理を食べて欲しいと思った。 そして、思ったことがすべて、その通りになるのがヒツジアニモフのお茶会の夢なのだ。気がつけば彼の周りには、たくさんのアニモフ達がわいわいと集まってきていた。シャチの、つるんと温和そうな顔が、思わず知らず、ほころぶ。 「待っとったでえ!」 当然のように現れた大きなテーブルに、真っ白いテーブルクロスをふわりと掛け、テキパキと完成した料理を並べていく。ヒツジアニモフたちの歓声が上がる。 「さ! あったかいうちに、食べてや!」 見たことも、想像したことすらないご馳走を、おいしい、おいしい!とさも嬉しそうに食べるアニモフを眺め、シャチはこの上なく幸せな気持ちになった。 これが夢でも、この幸せは、わいの本当の気持ちや。 ふと振り向いて、シャチは尻もちをついた。 「えーーーーーーー!? 何やこれ……」 なにも無かった筈の草原に表れたのは、そびえ立つような、巨大なパフェであった。 周りにはきらきら、もふもふのアニモフ達。 パフェの天辺には、豪華に着飾った、ほたると理緒の姿が見える。 「夢を共有するっちゅうのは、こうゆうことかいな……」 気がつくと、シャチは、タキシードを着ているではないか。 「なぁ~んでやねんっ!!?」 誰にともなく再び、シャチは突っ込みを入れた。 コレット・ネロは、心地よい振動の中で目を覚ました。 温かく、滑らかな手触り。どく、どく、と規則的な響きは、心臓の音。 ゆったりと歩く何かおおきな生きものの背の上で、自分は揺られているのだと、コレットは気付いた。 そろりと身体を起こす。 手のひらの下、柔らかく美しい毛並みは黄金色をしている。 「ジュリエット、さん……?」 『そうよ』 獣が答えて言った。 どうして、というような気持にはならない。それが当然のように、コレットが、獣の首に、ぎゅうとしがみつくと、ジュリエットはクゥン、と気持ち良さそうに鼻を鳴らした。 コレットには、たくさん、たくさん、会いたい生きものがいた。 ディラックの落とし子に寄生されたり、変異に影響されて、退治されてしまった動物たち。彼らが幸せに暮らしている世界を、コレットは夢見た。出来るなら、彼らと一緒に遊びたいと願った。 もしも違う巡りあわせであったなら、そう出来たかもしれない。 (私が実際にしたことは、動物さんたちを天国に送ることだけだったもの。) 悔いてはいない。 けれど夢を見た。 今までの、いくつもの旅の中で出会い、悲しく別れることしかできなかった生きものたち。そしてこれから出会う、別れを内包して――、別れるべく出会うのかも知れない生きものたち。 (あなたたちと、楽しく、遊びたい。) ジュリエットが立ち止まったのは、広々とした草原の中に輝く、美しい水辺だった。そこでは、犬、猫、馬や、蝶や、蛇や人魚、ありとあらゆる動物たちが集い、飛び回り、水を飲み、自由に駆け――、生きていた。 コレットは、ジュリエットの背中から飛び降り、転がるように水辺を目指した。 (生きている!) そこらじゅうの動物に、微笑み、話しかけ、水を掛け合い、追いかけっこをしては、泥の中へ倒れ込む。 ああ、なんて。 なんて楽しい。 あまりに楽しくて胸が詰まり、コレットは泣きそうになった。 「綺麗な嬢ちゃん! 楽しそうやなあ!」 聞き覚えのある声と特徴的な訛りに振り向くと、ビシリと決まったタキシード姿のシャチが、ぶんぶんと手を振っている。 「どうして、そんな格好……?」 「そういう嬢ちゃんこそ!」 首を傾げて泥だらけの服を見下ろし、コレットは自分が淡いピンク色の、薄く柔らかな布を重ねた、ふわふわのドレスを着ていることに気付いた。 「!?」 「白と、みずいろと、ピンク、なんですね♪ うふふ、コレットさんも可愛い♪」 「あーっ。ほんとだっ。何々? ここ、動物たちがいっぱいいるよー?」 理緒とほたるの、ドレスアップした姿に驚きつつ、ああ、これは彼女たちの夢なんだと思いを巡らせる。 「あっ。なんか、あの蛇さん。あの子のこと、私知ってるみたい……?」ほたるが一瞬首を傾げ、笑う。「よーしっ。みんなで遊ぼっ? そいで、超おっきいパフェ食べて! シャチさんのご馳走、お腹がはち切れるくらい食べるの♪」 「そうしましょう♪」 「おう! どんどん食うてなぁ! 滅多にお目にかかれんようなご馳走のオンパレードやで!」 まるで、夢みたいな。 それは素敵な光景だった。 旅人たちも、アニモフ達も、集まった動物たちも。 みんなでオシャレをして、遊んで、パフェや、ご馳走を食べて。 夢みたいな時間が、夢みたいに、過ぎていく。 ふいに、目の前の景色が歪んだ。 目眩を起こしたような、ほんの少し、不安な気分に襲われる。 夢が……終わるの……? コレットは最後に、どうしても、したかったことを果たそうと――、ゆがみ、滲んでゆく動物たちに走り寄った。 「ごめんなさい」 俯き、震えそうになる声で告げる。 「あなたたちを手にかけてしまってごめんなさい。私が」 霞んで、消えていきそうな、ジュリエットの瞳を見つめ、 「私がいつか天国に行ったら……、今度こそ、きちんと謝るから」 言い終えたコレットに、雌の豹は、ゆらゆらと尻尾を振って言った。 『私こそ、ごめんなさい。優しいあなたに悲しい思いをさせて。でもきっと、みんな同じよ。あなたに届けたい言葉はひとつ。……ありがとう』 別れるために、出会ったのじゃない。 私たちは出会うべくして出会った。 生きるというのは、出会うことよ。 出会いと別れを繰り返して、 旅を続けるの。 私たちは、旅人だから。 シャボン玉がぱちんと弾けるように、夢は消えた。 … … … ちゅんちゅんと小鳥の鳴き声が聞こえ、ほたるは顔を上げた。 メェ~~~~。メェ~~~~~~。 もふもふのヒツジアニモフがすり寄ってくる。 何度か瞬きをするうち、次第に意識がはっきりとしてくる。 そうだ、ここは、ヒツジアニモフの島…… 「お茶会、終わっちゃったんだね」 お茶会前の午後の日差しとは違う。 不思議な樹の葉は、朝の光に輝いていた。 「ふあ、あ、ああ! よう寝たわ~……」 シャチが、ううんと伸びをする。 「あっという間、だった気がします。ね? ほたるちゃん」 いつも通り、黒いワンピースの裾をなおしながら、理緒が言った。 「そだね。すっごく、楽しかったことしか、覚えてないや……」 少しだけ不満げな声色で呟くほたるに、コレットが微笑みかける。 「じゃあ、楽しい気持ちで、帰りましょう?」 そしてまた、新たな旅に出かけるのだ。 私たちは、旅人だから。 END
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