「セクタンの行動って不思議だよね……!」 ぐっと握り拳でそう主張するのは、早乙女アキラ。格好だけを見ていれば保育士のお兄さんだが、お子様であれば思わず一二歩後退りしたくなる怖い人相で、思わずびくっと身体を竦めている人もいるが当の本人は気づかないほど白熱しているらしい。 背中に引っ付いた通常より彫りの深いデフォルトフォームのセクタン──セク次郎は、何だか冷めた様子でエプロンを伝うようにして地面に下りているが気づいた様子もなく、「というわけでコンダクターの皆さんっ、自分のセクタンの謎を一緒に追いましょう!」 完全たるリーダーシップを発揮して宣言したように見えた早乙女は我に返ると、いやあの僕なんかがでしゃばってすみませんごめんなさいと急に腰も低くおどおどし始める。 呼びかけに答えて集まった内の一人、黒葛小夜はドングリフォームのセクタン──小枝を両手で抱き上げ、心なし頬を紅潮させている。「いよいよセクタンたちの謎にせまるんですね。楽しみです……!」 ね、と腕にいる小枝に笑いかけた黒葛は、何だか下りたがっているのに気づいてそっと下ろした。ちょこちょこと歩き出す小枝にどこに行くのかなと首を傾げたが、視線で追いかける前にうんうんと大きく頷いた一ノ瀬夏也が声をかけてきた。「遂にセクタン密着取材! 気合も入るわよねー」 ねー、と黒葛に笑いかけた一ノ瀬は、セクタンの謎行動は一枚たりとも取り逃さないわとカメラを片手に気合は満点らしい。ほよほよと周りを飛んでいたオウルフォームのセクタン──ホロホロは、一ノ瀬の気合に当てられたのか、何となく離れて高度を下げている。 落ちたりしないよねー? とホロホロの動きを目で追いかけながらも、会話に参加したのは仲津トオル。「セクタン七不思議、確かに気になる事は一杯あるよねー」 まずはセクタンの筋トレは標準搭載機能なのかと、楽しそうに続けた仲津は肩に乗ったデフォルトフォームのセクタン──グミ太を撫でた。それから逃れるように、つつーと肩から腕を滑って地面に下りるグミ太の様子にくすくすと笑っている仲津に、セクタン観察かーとどこかほんわり想像を巡らしていたらしいトリシマカラスが感心したような声を出した。「へぇ。あんたのセクタン、筋トレするのか」 見てみたいなと無精髭を撫でながら、とっとっとっ、と軽い足取りで歩いていくグミ太を追いかけて顔を巡らせているトリシマの言葉を聞きつけて、セクタンが筋トレ!? と一ノ瀬が振り返った。途端にトリシマはびくっと身体を竦めて僅かに後退りしたが、気づいた様子もない一ノ瀬は見たい見たいと跳ねるようにはしゃぐ。「具体的にどんな事をするのか、聞いてもいいかしら?」「放っておくと床に背中やお腹をつけて、揺れたり回ったり妙な動きをするんだよね。勿論手が短すぎて床につかないから、真似事止まり。まともに出来てるのはジョギングと屈伸くらいじゃないかなあ、鍛えられてるとして足だけだね」「足だけ強化されたデフォルトフォームのセクタン……、どこを目指してるんだ」 見たい気はするがと笑ったトリシマに、それそれと仲津が指を立てた。「グミ太が変な動きするようになったのも我が家の掃除ロボに吸い込まれかけてからだし、対抗しようとしてるのかも?」「掃除ロボ……もしや、グミ太君の目標は……打倒掃除ロボ! とか」 閃いた! 的に発言した早乙女は、けれど誰かが反応する前にいやあのそんなまさかですよねと両手を揺らして頭を振った。真意の程は分からないけどねーと楽しそうに笑った仲津は、皆のところはする? と尋ね、黒葛がうーんと首を捻った。「小枝は筋トレじゃなくて、ぽかぽか天気の日は日向でお昼寝してます! 光合成とか、できるんですかね?」「あ、ドングリフォームだから……とか関係ないか、な? セクタンが光合成出来るなんて発覚したら、大ニュースになりそうだね! じ、自信ないけど……っ」 気弱げに語尾を薄らげた早乙女は、トリシマさんのところはどうですかと急いで話を振った。いきなり水を向けられたトリシマは、そうだなと視線を上げて思い出しながら話す。「時々どこの窓もドアも開けていないのに、空気の流れを感じるんだよな。ポゥも場所を移動してるわけじゃないのに、おかしいよな」「オウルフォームって怪現象チックなのかしら。うちのホロホロは時々、宙の一点をじーっと見ている事があるんですよね。声をかけても振り向かないし。まさか見えちゃいけない物を見てるんじゃ?! と恐る恐る様子を窺ってみたんですが、どうにも分からなくて」 あ、でも特に何が起きたわけではないんですけどねと苦笑した一ノ瀬に、うちも特に何ってあったわけじゃないなとトリシマも頷く。ひぃぃぃぃっと青褪めて引き攣った顔をした早乙女が、ホラーじゃないですかーっと本気で怯えたようにしているが、子供が怯えそうという点ではキミも大分それよりだよねーと仲津がぼそっと突っ込んでいる。思わず吹き出しそうになった黒葛は小枝を抱き締めて誤魔化そうとして、その小枝がいないままだと気づいたらしい。「あら、……小枝がいない」 どこに行ったんだろうと首を捻ると、全員が自分の周りを見回して探し始める。「わわわわわっ、セク次郎もいないっ。また勝手に出歩いて、自由主義すぎるよーっ」「あれまあ、グミ太もいないよ。どっかその辺に詰まったり埋まったりしてない?」「え、ホロホロもいないっ。ちょっと、急にどこ行っちゃったの皆ー!」 慌てて四人がセクタンを探し出す中、トリシマは肩越しに背中を窺う。何か用? とばかりに、背中に張りついたオウルフォームのセクタン──ポゥがいるのを確かめて、大体いつもここにいるよなぁと呟きながら慌てている四人にポゥを指し示した。「セクタン同士って、確かお互いの位置がだいたい分かるんじゃなかったかな? それならこいつが役に立つんじゃないかな、どうだろう」 飛ばして捜索してみるか? の尋ねに、是非ー! と早乙女が泣きつく。 色んな意味で怖いからちょっと離れて。とトリシマが言いたかったかどうかはともかく、大分離れたところで様子を見ていたやる気のなさそうな世界司書は、捜索開始らしいですねぇと誰にともなく呟いた。=========!注意!この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。ただし、参加締切までにご参加にならなかった場合、参加権は失われます。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、ライターの意向により参加がキャンセルになることがあります(チケットは返却されます)。その場合、参加枠数がひとつ減った状態での運営になり、予定者の中に参加できない方が発生することがあります。<参加予定者>早乙女 アキラ(cpub1261)黒葛 小夜(cdub3071)仲津 トオル(czbx8013)トリシマ カラス(crvy6478)一ノ瀬 夏也(cssy5275)======
ポゥは悠然と、羽音もさせずに空を駆る。 他のセクタンたちが自由に散歩に出たと知った面々が、残ったポゥに捜索を依頼してきたからだ。頼りにされて、断るなんてとんでもない。お願いできるかいとカラスに声をかけられ、合点だと胸を張った。 もう一つ張り切る理由としては、一ノ瀬に直接お願いされたからだろうか。 カラスの肩からじわじわと腕に移動して近寄ると、ポゥを真っ直ぐに見て捜索お願いしますと頭を下げられた。羽をぶわっと膨らませ、身体を大きく震わせる。人でいうところの武者震いをして高く飛び立つと、後ろでシャッターを切る音が聞こえた。 好きなだけ撮るがいいと寛大な気分で羽を広げ、セクタンたちを探しているとのんびりと後をついてくるカラスたちの声が聞こえてくる。 「ところで、グミ太がいない今だから言えるんだけど。セクタンに筋肉あるの?」 「と、とりあえずデフォルトフォームにはなさそうな気が……いやあの多分ですけどっ」 「確かあんたんところのセクタン、筋トレしてるんじゃなかったか」 「そう、だからグミ太に聞こえるところで言うと拗ねるんだよねぇ。これ見よがしに拗ねるから鬱陶しくて」 でもボクもないと思うわけだよと指を立てる仲津に、努力が報われないと悲しいわよねぇと一ノ瀬がそっと息を吐いている。 「……でも、ポゥ君、飛んでるよ?」 筋肉がなくても飛べるのかなぁと、一生懸命ポゥの後を追ってくれている黒葛が見上げながら首を傾げた言葉で、他の面々ははっとした様子で改めて見上げてくる。 「そ、そうだよねっ、確かに筋肉がなかったら飛べない気がする……!」 「でも確かセクタンって、大量に湧いたり詰まったりするんだよねぇ? 骨や筋肉があると詰まったら痛そうじゃない?」 「フォームを変えたら生え──、うっ、あんまり突っ込んで考えたら駄目な気がする……っ」 セクタン謎追求と聞いて、多分にほんわかな想像をしていたのだろうカラスがいきなり突きつけられた現実を拒絶するように目を伏せて額を押さえた。黒葛は分からなさそうにしているが、妙にリアルな想像をしてしまったのだろう他の三人は目頭を押さえたり頭を振ったりしている。 「そうねっ、何もかも知りたがるのって人間の悪癖だと思うわっ」 知らなくていい事もあると思うのと何故か視線をふらふらさせながら一ノ瀬が断言し、とりあえず今一番の謎は! と話を変える。 「今ホロホロたちがどこにいるのか! という事っ」 にしましょうと真顔の提案に、黒葛もうんうんと頷く。 「皆、どこに行ったのかな?」 「グミ太と小枝くんとホロホロくんはともかく、セク次郎くんまで見落とすなんて」 不覚だよねーと同意する仲津に、すすすすみませんセク次郎がご迷惑をっと早乙女が恐縮している。 「いなくなったのは大半なんだし、あの個性的なセクタンを見落とすかってだけの話だろ」 あんたのせいじゃないと苦笑するカラスに、トリシマさんっていい人なんですねぇっと早乙女が目をうるうるさせて詰め寄っている。怖いから泣きっ面を近づけてくれるなとカラスが早乙女の対応に苦慮していると、そそっと巻き込まれないように距離を取っている仲津がうーんと考え込んでいる。 「見られたら困るセクタンの集会でもあるのかな?」 「セクタンの集会。困らせたくはないけど、ちょっと見たいかも」 皆で輪になってお話し合いかなぁとほんわりした様子で呟いた黒葛に、盗み撮りと言われても激写したい風景よねと一ノ瀬が拳を作っている。 「あんたんところの、セク次郎だっけ? それが真ん中で取り仕切ってる光景が見えるようだな」 「強ち否定できないですけど、そんな長老みたいな……っ。はっ、ひょっとしたらセク次郎のあの顔って、年経たセクタンにできていく皺なんですかね!? そしたらセク次郎が長老扱いされてもおかしくはないのかも……!」 凄い事を考えついた! とばかりに目を輝かせて主張した早乙女は、けれど誰かが突っ込む前にいやあのそれはないですよねないですごめんなさいと何故か頭を抱えまでして否定している。 「ふぅん、年経て刻む皺かぁ。発想としては面白いよね」 「だとしたら何年かしたら、あんたのセクタンは筋肉隆々であんな顔になると」 「──いやあのごめん今の発言なかった事にして」 下では好き勝手に憶測が飛び交う中、ポゥは悠然と羽音もさせずに空を駆る。 セク次郎は、泰然とした様子でてくてくと歩いている。 いつもならばアキラがわたわたおどおどしているのを放って一人(?)でふらふらするのだが、今回は引率すべきが三人(?)もいる。時折振り返ってついてきているか確かめると、すぐ後ろにぽてぽてと歩いている小枝。そのまだ後ろから、とっとっと軽やかな足取りでグミ太。少し視線を上げれば、ホロホロがスピードを合わせてついてくる。 ポゥは元より、参加していない。来ないかと視線で誘ったが、やめとくーとばかりにトリシマの背中に引っ付いていた。冒険心が旺盛なのはだからセク次郎を含めた四人(?)だけ、今のところ脱落者はなし。 よし。 リーダーよろしくメンバーの確認をして先を行くセク次郎は、てくてくと歩を進めた先に転がっているペットボトルを見つけた。アキラがいれば、駄目だよこんなところにゴミなんか捨てちゃ子供が転んだらどうするんだろうとはらはらおろおろしつつ、急いでそれを拾い上げるとゴミ箱を探して辺りを見回すところだろう。 ここにアキラがいないなら、代わってセク次郎が捨ててやるべきか。 ふっ、仕方ねぇとばかりにどこかニヒルに笑ったセク次郎がそちらに向かいかけた時、人影ならぬセクタン影が横切った。 真っ先に転がるペットボトルに駆けつけたグミ太は、僅かに中身の残る50ml容器をひょいと持ち上げた。そのままゴミ箱を探すかと思いきや、何故か高々と持ち上げていたそれを下ろしている。口を挟む暇も与えず持ち上げてまた下ろしてと繰り返しているグミ太に、どうやらあれは運動の一環なんだろうかとぼんやり理解し始めた頃。走るような足取りでグミ太に近寄った小枝が、器用に耳(?)を揺らしてべしっとグミ太を叩いた。それではっと我に返ったらしいグミ太は、ペットボトルを下ろして振り返った。 初めて顔を会わした時からセク次郎やグミ太に関しては何となく距離を持っていそうな小枝だったが、いきなりの筋トレに勤しむ姿には突っ込まざるを得なかったらしい。何やってんだおう?! とばかりにメンチを切っている小枝に、グミ太はうにょんとした顔で向き合っていたが、そっとペットボトルを道端に置いた。 よしよし、まぁとりあえず気がすんだならいいじゃないか。とでも言わんばかりにセク次郎が間に割り込むと、小枝がへっとばかりに息を吐き、グミ太は何もなかったような顔をして歩き出す。いつの間にか地面に下りてじーっとこちらを見ていたホロホロも、もういいですか行きますかとばかりに飛び上がる。 セク次郎は宥めるように小枝を短すぎる手でぽんと──見た目ちょんと、だが──叩いて再び歩き出す。 時折何やら思いがけない事態になるけれど、セク次郎は相変わらず泰然とした様子でてくてくと歩いている。 「あ、あ! 見た!? 見ました!? 今、ニヒルに笑いましたよ……! ほら!」 「ふっふっふ、ばっちり今のも撮りましたよ!」 「それはまぁいいとして……、何か駆けつけてるセクタンが」 「あ、ほらあれあれ。筋トレ。ね、してるでしょ?」 「小枝、……突っ込み、できるんだ」 「え、あれ、ペットボトルは置いて行っちゃうの!? 駄目だよもー子供が転んだらどうするんだよ、ちゃんと片付けないとー」 グミ太は、とっとっと軽やかに跳ねるように歩いている。 先ほどペットボトルで鍛錬していると小枝に勢いよく後ろ頭を叩かれたが、トレーニングは最早グミ太の使命だ。何きっかけで何を目的として始めたかなんて、そんな些細な事はどうでもいい。目の前に鍛えるに相応しい道具があればとりあえず試す、それがグミ太のデフォルトフォームセクタン魂。 だからホロホロがちょんと花壇の端に止まり、踏みつけられてぴょんと目の前に張り出した細い枝にはうずうずした。何故かホロホロと向き合う形で止まった小枝が、睨みつけるようにじろじろと見回しているのも特に気にならない。オウルフォームとドングリフォームの間に埋め難い溝だの越え難い壁だのがあろうと、それがフォーム間の諍いではなく個人(?)の資質によるものだとしても、グミ太にはまったく興味がない。 何故ならばそこに張り出した枝があり、いかにも懸垂をしてほしげにグミ太を招いているのだから。 セク次郎がやめとけお前と言わんばかりの眼差しで見てこようと、セクタンにはやらねばならない時があるっ。 多分それ今じゃないからねと、トオルの呆れたような声が聞こえたような気はするが気のせいだ。あんな運動嫌いで軟弱な野郎様には分からない、この湧き上がるマッチョ精神! いざ行かん、懸垂へ! 湧き上がる熱意を胸に、助走をつけて枝に駆け寄る。花壇は案外高く、デフォルトフォームのセクタンにとっては掛け声を上げながら飛びついてようやく掴まれるほどの高さだ。とお! と心の声を発して跳躍し、枝にぶら下がる。ぷらんぷらんと何度か揺れ、体勢を整えたところで一回目、 「あ」 誰かの声が聞こえた。と思った時には、枝に捕まったままのグミ太はぽとりと地面に落ちた。 何が起きたのか、枝を掴んだまま呆然と転がっているグミ太には分からない。 事実としては至極簡単、グミ太が枝にぶら下がったせいでいきなり重くなり、ホロホロは踏みつけている枝が煩わしくなったのだろう。やんのかコラ! とばかりにメンチを切っていた小枝と睨み合うのにも飽きた様子で、ほっと飛び上がったのだ。 勿論、ホロホロが踏みつけたせいで枝先が持ち上がっていただけのそれは、呆気なくグミ太の体重に負けた。 だから言ったろうとでも言いたげに、セク次郎が転がるグミ太を眺めながら身体を揺すった。あれは多分、人で言うところの呆れたように首を振る、だろう。 何となく、気まずい。枝を捕まえたまま風の吹くままころころと転がっていると、小枝の側に辿り着いた。 逃げんなや下りてこいやぁ! といった様子でホロホロを視線で追いかけていた小枝は、ころんと当たって止まったグミ太を一瞥して反動をつけるように横を向いた。そのまま勢いよく身体を戻してきて、耳を振り抜く。すぱーんと、何だかいい音でも立てそうに再びの耳ハリセンが炸裂する。 ころころと転がって離れたグミ太は、セク次郎に止められて花壇にはぶつからずにすんだ。枝を離して立ち上がる。大丈夫かと物問いたげなセク次郎に、案ずるなと短い手を上げる。 グミ太は何もなかったような顔で、とっとっと軽やかに跳ねるようにして歩き出した。 「どこまで筋トレしたいんだよ……」 「すみません、ホロホロが避けなかったら落ちなかったのにっ」 「小枝、ホロホロ君と何してたんだろう?」 「セクタンの交流か……、通じ合ってる感じはするよな」 「どどどうしよう、怪我とかしてたらまずいよね出て行ったほうがいいのかな!?」 「怪我するほどじゃないから平気だよー。でも何でだろう、そこはかとなくグミ太に馬鹿にされた気がするのは……。ボク、キミのそういうところは気にいらないかなッ!」 小枝はのんびりと、ぽてぽてと歩いている。 セクタン集団での散歩に参加したのは、何となくの成り行きだ。あんまり長く小枝を抱いていては小夜の手が痺れるだろうから、時折下りるようにしている。その時に偶々セク次郎がふらりと離れて行くのを見て、何をしに行くのだろうかと疑問に思って後をついて行っただけ。まさか後ろからグミ太やホロホロまでついてくるとは思わなかった、こんなに団体で離れると小夜が心配するのではなかろうか。 それはまったくもって本意ではないと目を伏せ、今からでも戻るべきだろうかと足を止めて一考する。 じっとしていると、ぽかぽかと陽射しが暖かい。何となく、気分がほわっとする。へにょーと思考がとけ、しばらくこうして温まっていたらいいんじゃないかなとぬくぬくしていると、何やら慌てたような気配がして目を開けた。 正直、邪魔してくれてんじゃねぇよと荒んだ気分で呟きたいところだが、目の前の光景を見るとさすがに皮肉も口をつかない──元々喋らないの突っ込みは不用だ──。 何故。小枝がちょっぴり日向ぼっこをしている間に、いつの間にか追いついてきたらしいポゥとグミ太が柵と柵の間という細い隙間に挟まっているのか。 セク次郎は下に詰まっているグミ太の手を取り、うんうんと引っ張っている。ポゥも自力で出ようともがいているようだがどうにもならず、ホロホロはポゥの羽を捕まえて引っ張り上げようとしているらしい。 何がどうしてこうなった。と小一時間ほど問い詰めたい気分をぐっと堪えてそちらに向かうと、頑張っているセク次郎とホロホロに避けているよう耳で合図する。不審がりながらも退いたセク次郎と、柵の上に捕まったホロホロを確かめると助走距離をたっぷり取り、勢いをつけて駆け寄っていく。そのままグミ太とポゥの間にどーんと体当たりすると、狙い通りにどちらもがすぽんと後ろに飛び出すようにして抜けた。 セク次郎が、おお! とばかりに顔を輝かせ、ホロホロは柵の上で喝采の代わりに羽を広げた。挟まっていたグミ太は転がった先でむくりと起き上がってポーズを取り、ポゥはくるりと輪を描いて飛ぶと近くの木の枝に止まっている。 全員の目が、救世主・小枝に集中する。そして哀れむような色を帯びていく。 無事に救出したはいいものの、今度は小枝がそこに挟まっているからだ。じたばたと足を動かしたところで、すっぽり嵌って身動きが取れない。辛うじて動く耳で器用に柵の両側を捕まえ、ぐりぐりと身体を回すようにして抜け出る努力をするが、なんという屈辱だろう! 好きで嵌ってるんじゃない、人助けならぬセクタン助けの結果だと誰にともなく聞こえない言い訳をしながら、駆け寄ってきたセク次郎が足元から、グミ太が頭のほうから突進してこようとするのを見つける。意図するところは分かるが、両側から体当たりされたら痛いだけだー! と渾身の突っ込みが三度グミ太に入る前、先にセク次郎の突撃を受けてぽーんと抜け出したせいで不発に終わった。 何となく、振り返りたくない。まさかとは思うが、セク次郎が挟まってはいないだろうか。 恐ろしい想像を振り払えないままもそうと振り返ると、挟まったセク次郎がにゅるんと抜け出してくるところだった。何でお前できないのと思わずグミ太を見ると、むきっと右腕を見せつけられる。 ぺしっと、耳でその腕を叩いた小枝は溜め息みたいな息を吐くと、のんびりぽてぽてと歩く。 「ほら。ね、日向ぼっこしてるよね」 「それも確かに気になるけど、グミ太、そこでどんな筋トレする気だったのさ……」 「ポゥ、一緒に嵌るくらい実は参加したかったのか……」 「素敵シャッターチャンスだったけど、大丈夫なのかな?」 「あああ引くより押したほうがいいかも、というよりあれで引っ張れてるのかな!?」 「あ。すごい、どっちもちゃんと抜けられたね。最初は何をするのかと思ったけど頑張ったんだ、小枝。偉いなぁ」 ホロホロは、ゆったりと辺りを見回しながら飛んでいる。 一番の目的は、夏也たちから離れて気儘に散歩しているセクタンを追いかける事だ。別に見張るつもりもなければ咎める気もないが、シャッターチャンスを逃すのが惜しいからついてきている。 勿論、ホロホロはカメラを装備していない。正直なところ、何がシャッターチャンスかもよく分かっていない。けれど夏也は外に出るといつもそれを探してきょろきょろしているから、そうしていればいつか分かるかもしれないと、真似をしているだけだ。 とりあえず今回夏也は、セクタンを撮るべく頑張っている。ならば離れていくセクタンを追うのがいいだろう、といった程度の判断はあった。 上から追いかけていると、自由に歩いているセクタンたちは時々不思議な行動に出る。例えば、小枝。他のセクタンが足を止めている間などは必ずと言っていいほど見上げてきて、何やらガンを飛ばされている気がする。 「あ、小枝くんだ。あれ、小枝くんだよね……? 何か、ホロホロの事をガン見してる……?」 視界を共有する夏也なら、そんな感じで実況中継でもしてそうだ。グミ太の場合が一番大はしゃぎしそうだと思うのは、何かを見かけるたびにとっとっと近寄って色々仕出かすからだろう。 「あ、グミ太くん! 白線が二本……その間に立って……すごいすごい! 反復横飛びしてますよ!」 速いと感動している夏也を思って微かに嘴を動かしたが、その後、何やってんだとばかりに小枝に見られているグミ太からはそっと視線を外しておく。 最初から先頭を切って歩いているのはセク次郎で、ホロホロでさえ他に見かけた事のない彫りの深い苦み走った顔に時折ふっとニヒルな笑みを浮かべている。かと思えば大きな水溜りを飛び越え、ひどく自慢げな顔にもなっている。 「あっ、セク次郎くんはドヤ顔してますよ。すごい、あれこそ正にドヤ顔!」 どうして目前でやってくれないのーっとカメラを抱えて叫んでそうな夏也に、これがシャッターチャンスというやつだろうかと僅かに首を捻る。 とりあえずついてこなかったポゥはどうしているだろうかと視線を巡らせ、セクタンたちの後方にある茂みに夏也を見つける。何故か頭に葉っぱをつけていたり服の裾に泥がついていたり、一人だけ汚れているがいつもの事だろう。 トリシマの肩にはポゥが止まっていて、これで揃ったかと思った時に何故かポゥが羽を広げた。そのまま勢いよく向かう先を知らず追いかけると、細い柵の間に身体を捻じ込もうとしているグミ太を見つけた。途端、夏也がカメラを構えている。多分に止めようとしたポゥがグミ太の上にぎゅむっと挟まった辺りで、シャッター音が繰り返し聞こえてくる。 成る程、これがシャッターチャンスだったらしいと納得しながらもポゥたちの側に寄り、助けるべく努力し始める。 ホロホロは、ゆったりと辺りを見回す事もなくセクタン救出に取り掛かった。 「あいたたた、視覚共有してると足元が疎かになるわね」 「小枝もホロホロくんみたいに飛びたいのかなぁ?」 「何だろう、体力測定でもしたいのかな、グミ太は」 「! やっぱりしますよね、ニヒルに笑ったり自慢げにしたりしますよね!?」 「ポゥもあんな風に日向ぼっこ、あれ、ポゥ?」 「ホロホロ、グッジョブ! こんなシャッターチャンス滅多にない、って本当に突っ込んじゃったけど大丈夫!?」 ポゥは隙間に挟まってしまった自分を反省しつつ、とぼとぼとカラスの元に戻る。背中にべたっと張りついて顔も見せられずにいると、よくやったなとどこか笑ったようなカラスの声が届く。 「助けようとしたんだろ? まぁ、挟まったのは事故みたいなもんだ。それより、参加したいなら散歩してきていいんだぞ」 まだ散歩を続ける気みたいだしと他のセクタンたちを指して言うカラスから、ぐいーっと顔を背ける。そのままきりきりと首を回し続けて高速で元に戻すと、ふわっと風が起きる。いきなり起きたそれにカラスがおわっと首を竦めるのを見て幾らか溜飲を下げていると、すごいと一ノ瀬が目を輝かせて近づいてきた。 「今の見ました?! すごいなぁ、ポゥくんってあんなに首が回るんですねっ」 「え、今の風ってひょっとして首を回したから?」 じゃあ窓も開いてないのに感じる風はそれかと手を打つカラスは、一周以上してたように見えたのは気のせいかなぁと仲津が少し離れた場所でぽつりと呟いたのは聞こえていないらしい。 「今の、もう一回やってくれないかなぁ。あ、一枚撮ってもいいですか?」 「ああ、どうぞ」 頷きながらポゥと呼びかけてくるカラスに、動かないでくださいねと一ノ瀬が何気なく彼の腕に触れて止めた。途端にびくっと身体を竦めるカラスは、どうやらここまで一緒に行動してきたが触れられて大丈夫なほどには慣れていないらしい。 咄嗟に少し離れて気まずげにしたカラスを他所に、一ノ瀬に気づいて戻ってきたホロホロが彼女の肩に止まった。一ノ瀬がきょとんとしているまま、きょとんとしているように見えるのは気のせいだろうか。 とりあえずカラスは軽く頭をかき、ごめんとぼそぼそと謝る。 「その、女の人に免疫なくて。決してあ、」 あんた、と言いかけたのだろう口を一度閉じたカラスは、君と言い直した。 「君の事、嫌いとかそういうんじゃないんだ」 でも気の悪い行動でごめんと重ねるカラスに、一ノ瀬はいいえと慌てて頭を振っている。その肩ではやっぱりホロホロが、同じように首を振る。 「私こそ、いきなり触れてごめんなさい。びっくりしますよね」 でも嫌われてないならよかったとにっこり笑った一ノ瀬と同調するように、ホロホロも心なし笑顔になった気がする。それをじーっと眺めていた黒葛が、ひょっとしてと首を傾げた。 「ホロホロくん、一ノ瀬さんの真似をしてるのかも」 「あ、やっぱりキミもそう思う? さっきから割とシンクロしてるよね」 「セクタンって、割と人の真似をしますよねっ。セク次郎も、見よう見真似で料理なんか作ったりするんです……!」 「へえ。セク次郎くん、料理までやっちゃうんだ?」 グミ太もそのくらいお役立ちな事してくれたらいいのにねーと仲津が大きく頭を振ると、後ろからとっとっと近寄っていたグミ太が気を悪くしたようにとうっと仲津の足に頭突きを食らわせている。痛っと声を上げた仲津はファイティングポーズ取っているグミ太を見下ろし、キミなぁと声を尖らせながらしゃがんだ。 「圧倒的身長差で敵うと思って、……あのさー。ボク、キミの踏み台じゃないんだけど?!」 ぴっと鼻先に指を突きつけた仲津の言葉が終わらない内から彼の腕に飛び乗ると、そのままぎゅむぎゅむとセクタンなりに力一杯踏みつけつつ肩へと移動していくグミ太は、憤然とした様子で頭の上に座り込んだ。 あーもーとグミ太を乗せたまま立ち上がった仲津はカラスの側まで来て、提案なんだけどとポゥに話しかけてくる。 「よかったらこれ、上から捕まえて適当な場所に落としてきてくれないかな」 「いや、今のはあんたが悪いだろ」 グミ太も気を悪くするよとカラスが口許を緩めながらセクタンを庇うと、贔屓だーと仲津が口を尖らせる。そりゃ野郎よりセクタンの味方だなとカラスが笑うように告げると、反論したげにした仲津は何だか楽しそうに笑う黒葛に気づき、戻ってきた小枝を抱っこしている姿にばつが悪そうな顔をした。 「小枝くん、キミに抱かれてると日向ぼっこの時より気持ちよさげだねー」 「そう、かな。それなら嬉しいけど。小枝、お散歩はもういいの?」 まだ遊んできてもいいよと小枝を見下ろしながら黒葛が声をかけると、さっきまでのチンピラ風な空気から一変してぬいぐるみ然とした愛らしさを醸し出している小枝は、ふるふると身体を揺らすようにして否定する。思わずポゥはじーっとその小枝を眺めてしまったが、受けて立つぞと睨み返してくるかと思いきや、小枝は黒葛に抱かれたままちょこんと嬉しそうにしているだけ。 ここまで完全に被れば、猫も本望かもしれない。 「あ、あれ? 皆のところは戻ってきたけど、セク次郎だけ見当たらない!?」 また気儘に動いてるのかな誰かにご迷惑かけてないよねどこに行ったのセク次郎ーっと早乙女がおろおろして探していると、釣られて探すように顔を巡らせていたカラスが、あ、と一点を指した。全員で思わずそちらに顔をやると、あああああああっと早乙女が悲鳴紛いの声を出した。 「す、すみませんごめんなさい司書さん!! セク次郎、何やってるんだよー!」 大慌てで早乙女が駆け寄っていく先には、何故か地面に正座しているやる気のなさそうな司書と、その前で説教をしている様子のセク次郎。司書は相変わらず気怠げな様子で、けれどセク次郎から逃げ出す様子もなく、時折その短い手でぴしぴしっと何かを示されるたび、はぁ、まぁそうですねぇと諦めた様子で頷いている。 「セク次郎、どうして司書さんに正座なんかさせてるんだよっ。ああああのごめんなさいすみません、家のセクタンがご迷惑を……!」 何やってるんだよと急いでセク次郎を抱え上げてひたすら低頭する早乙女に、世界司書はまぁいいんですけどねとどこか遠い目をする。 「ていうかあの人、いつからあそこに?」 いつの間にかいなかったよなとカラスが首を傾げると、嫌だなぁと一ノ瀬がぱたぱたと手を揺らした。 「司書さんなら最初からずっとついてきてましたよ? 後ろのほうとか、端っこのほうとか、何かもうやる気なく面倒そうにだらだらと」 試しに隙間に嵌った私をものすごく哀れんだ目で見ながら助けてくれたのも司書さんだし、と何という事はなさそうに続けた一ノ瀬に、嵌ったの? と黒葛が目を瞠って尋ねている。 「うん、ほら、隙間を見たら嵌りたくなるって言ってたから、そっかなーって。つい」 「でも嵌って抜けなくなったら危ないよ?」 真面目に心配そうに声をかける黒葛に、中津は不貞腐れた様子のグミ太が頭の上から落ちないように手を添えながら、けらけらと笑った。 「相変わらず、面白おかしく生きてるよねー」 でもこんな小さい子に心配かけたら駄目だよーと面白そうに語尾を上げた仲津に、反省しますと一ノ瀬もかくりと項垂れた。ホロホロも、同じくかくりと項垂れている。カラスは人の様子よりもセクタンの様子を微笑ましくほわっとした様子で眺めていたが、突然ぴーっと耳を劈いて響き渡った音に耳を塞いでいる。 黒葛もびっくりしたように振り返っているが、その先ではセク次郎やめなさいこらと早乙女が必死でセク次郎を追いかけている。いい加減にしないと怒るよと口では言いながら、どう見ても泣きついている早乙女は全員の視線に気づいたようにはっとして立ち止まり、慌てて両手を揺らした。 「ご、こめんねセク次郎が煩くしてっ。あれ俺のギアなんだけど、時々思いつきみたいに吹いちゃうんだ。でもすぐ取り返すから、ってああセク次郎、どこ行ったの!?」 完全にセクタンに振り回されている早乙女の背中に向けて、一ノ瀬がすかさずシャッターを切って楽しそうに笑った。 「人もセクタンもそれぞれって事ね。謎はあんまり解明されなかったけど、いい写真は一杯撮れたわ!」 早乙女さんが戻ってきたら記念写真も撮りましょうねと張り切る一ノ瀬に、カラスがどこかもじもじと声をかける。 「あ、あの、できたら今回のセクタンの写真を分けて欲しいんだけど、駄目かな?」 「駄目なんてとんでもないですよ! 私が撮った写真ってたまに違う物が入り込んでたりもするけど、写真集にして皆に配りますよーっ」 「あの、小枝の写真も撮ってもらえる?」 「勿論! あ、今からセクタンと一緒に撮ってあげようか。皆並んでー」 「あー、ボクは遠慮、ってグミ太。グミ太さん。何それひょっとしてポーズ取ってんの、キミ」 仲津の頭からすたっと華麗に着地したグミ太がマッチョなポーズを取ろうと頑張っていると、黒葛からは見えない角度で小枝が呆れたように息を吐いた。ホロホロは一ノ瀬を真似てきりっとした顔立ちをしていて、セク次郎は面白そうな気配を嗅ぎつけたのか笛をくわえたまま戻ってくる。 「セク次郎、自由に動き回りすぎ。あああっ、並んでる真ん中に割り込まないんだよーっ」 セク次郎を追いかけてへろへろと早乙女が戻ってきたのを確かめると、カラスが肩越しに振り返ってきた。 「ほら、ポゥ、お前も張りついてないで出ておいで」 せっかくだし撮ってもらおうと心なし嬉しそうにカラスに促されてポゥもよじよじと肩に攀じ登ると、司書がどうやら痺れたらしい足を引き摺りながら近寄ってきた。 「腕前の保証はないですけど。よかったらあなたも、あちらでご一緒に」 シャッターくらいは押せますよと一ノ瀬に手を出した司書の珍しくいい提案に、黒葛は小枝を抱いたまま一ノ瀬に笑いかけた。 「早く早く。一緒に撮ってもらおう」 「うん、じゃあ撮ってもらおうかな! 早乙女さん、もっと詰めて詰めて」 私が入れないと笑いながら皆のほうに押し遣る一ノ瀬に、早乙女は狼狽えた様子で辺りを見回す。 「ああああの俺も入っていいのかな!?」 「何で一人だけ抜けようとするかなー。キミが提案した企画でしょ」 各自セクタンでも抱っこする? と黒葛の抱いた小枝を見て冷やかすように笑った仲津の言葉に、カラスも思わず笑っている。 「……もうそろそろいいですかね?」 撮りますよーと、気のない様子で司書が問いかけた時、計ったように大きな音が再びぴーっと鳴り渡った。全員がびくっと身体を竦めた状態で、聞こえるシャッター音。 「せ、セク次郎ー!」 せっかくの記念撮影なのにーっと泣きつく早乙女の言葉に、思わず全員が楽しそうに声を上げて笑った。 セクタンの謎解明としてはほとんど実りはなかったけれど、たまにはこんな風に過ごす日があってもいいのかもしれない。
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