――モフトピア。 そこに、小さな少女とふわふわとした猫のような獣人の少年がやってきた。少女はコンダクターのゼシカ・ホーエンハイム。少年はキリル・ディクローズ。2人はとある物を探すために、虹の根元のある浮島を目指し、歩き始めた。 というのも、そこに『何でも願いを叶えてくれる』という伝説の花があると聞いてきたのだ。 デートも兼ねて、という事でゼシカは目一杯おしゃれをしてやってきた。内心ドキドキしているのは、言うまでもない。どことなく、いつもよりふわふわしているような気分もあれば、緊張しているようでもある。 お姉さん気分で淡い桃色の色つきリップを付けてみたり、髪留めを桃色の花の飾りにしてみたり、裾にフリルのついたワンピースを着てみたり……。女の子は何時の時代も、どんな年齢でも、好きな人の前ではおしゃれしてみたくなるものである。 (郵便屋さんとおでかけ、とってもたのしみ! おめかししたの、気付いてくれるかな?) そっと見上げれば、キリルも少しドキドキしているようだった。彼はにっこり笑うとゼシカの頭をそっと撫でる。 「髪留め、髪留め。いつもと違う?」 「! そうなのっ」 気付いてくれたのが嬉しくて、ゼシカはキリルへと抱きつく。受け止めながらキリルはこの少女を愛しく思い、また頭を撫でる。そうしつつも、彼はこの少女がどんな願いを叶えたいか、と言う事を思い出していた。 ゼシカの願いはまだ見ぬ父に会うこと。それは、今の彼の願いでもある。あの日、ゼシカから頼まれた手紙は、今も鞄の中に大切にしまってある。そっと鞄を押えながら、キリルはそっと瞳を細める。 (ゼシカの願い、願いの為に、今はその伝説の花、花をみつけなきゃ) 胸の奥がきゅん、となりながらゼシカを見ていると、不思議そうな瞳で見つめてくる。その澄んだ青色の瞳に魅入られそうになりながら、キリルはそっと、ゼシカの手を取る。 「そろそろ、そろそろいこう?」 「うんっ」 二人は頷き合うと、早速歩き出した。暖かな小さな手を握りながら並んで歩いていると、キリルの脳裏に故郷の事が思い浮かんだ。幼い頃は、こうして祖父と一緒に歩いて旅をしていたのだ。 (そういえば、じいじと二人、二人でこんなふうに、歩いてたかな) どこか懐かしい気持ちになりながら、ちらり、とゼシカの手を見る。祖父の手とは違い、ゼシカの手はとても小さくて、ぷにぷにで、愛らしい。思わず口元に笑みが浮び、少女を愛しく思うのだった。 その一方で、伝説の花を見つけたい、という気持ちが強かった。というのも、キリルにとっては四葉を見つけられなかったあの日の、ささやかなリベンジマッチでもあったからだ。 (ゼシカの願い、願いの為にも、見つけなくちゃ!) キリルは内心で拳を握り締め、気を引き締めた。 しばらくの間、2人はいくつもの浮島を渡り歩き、その先々でアニモフ達に伝説の花について聞いたりしていた。が、ヒントになりそうなものはなかった。皆、口を揃えて 「虹のねもとにあるみたいだよー」 としか言わないのだ。どうやら、アニモフたちもどんな花なのか知らないようだった。少しずつ近づいてくる虹の根元を見、2人は溜め息を吐く。 「虹の根元、根元に行くしかないのかなぁ?」 「そうね。行くしかないわよね」 キリルとゼシカは顔を見合わせて頷き合う。が、急にキリルのお腹がきゅぅ、と愛らしい声をあげる。それに真っ赤になっていると、ゼシカはおかしかったのか思わずくすくす笑ってしまったのだ。 「ぜ、ゼシカ?!」 「ごめんなさい、郵便屋さん。少し、休憩しましょ?」 ゼシカの提案に、キリルは少しはにかみながら賛成する事にした。 二人は虹の見える丘に昇ると、そこにピクニックシートを広げた。そして、ゼシカが持ってきたお菓子とキリルが持っていたお茶で休憩する事にした。 遠くに見える虹を見つめながら、ゼシカは小さく溜め息を吐く。幼い少女には似つかわしくない、曇った表情に、キリルは胸が締め付けられる。が、ゼシカは直ぐに笑顔でキリルを見つめ返した。悟られぬように笑うと、ゼシカは愛らしい笑顔で服を引っ張る。 「なぁに?」 「ゼシ、郵便屋さんの話、いっぱい聞きたいな」 「どんな、どんなこと?」 「いろんなこと!」 ゼシカに強請られ、キリルは色々と話し始める。手紙屋という仕事で体験したことや、その途中で出会った沢山の人の事、気の置けない友達の事。そして、故郷の事も。そのどれもを、ゼシカはキラキラとした瞳で聞いていた。ゼシカもまた、日々の事を一杯語って聞かせる。こうして、2人で語らっているだけでも、心が温かくなる。 (いつまでも、郵便屋さんといっしょにいたいな) ゼシカはそう思いながら、そっとキリルの服の裾を握り締める。何故だろう、胸の奥に寂しさが蘇る。まだ見ぬ父のように、キリルが何処かへ行ってしまったら? そう思うと怖くなってしまうのだ。 「だいじょうぶ、だいじょうぶ」 それを察したのか、キリルが震える少女の手に手を置く。ゼシカが見上げれば、彼の茶色い優しそうな瞳が、頷く様に1度瞬きした。 「郵便屋さん……」 言いかけた言葉を飲み込み、ゼシカは小さく微笑む。この僅かな温もりで、少しでもゼシカの心が解れればいいな、と願うキリルであった。 少し休んだ後、2人は再び歩き始めた。互いの手を取り合って、楽しくおしゃべりしながら。虹の根元までの道のりは平坦ではなかったものの、飛び石のように並ぶ浮島も、金平糖の雨も、ミルクセーキの川も2人で力をあわせれば乗り越える事が出来た。 「モフトピアって奥が深いのね……」 「!? こんどはグミ、グミが転がってくる?!」 ぽよんぽよん、と弾みながら転がってくるグミキャンディー。ぶつかりそうになったゼシカの手を引き、キリルはどうにかそれをやり過ごす。 「ちょっと心臓に悪いの」 「でも、これがモフトピア、モフトピアなんだねぇ」 そんな事を言いあいながらも、2人は虹の根元を目指していく。伝説の花を見つけるために、そして、ゼシカの願いをかなえるために……。 暫くすると、虹の根元が良く見える場所へやって来た。その傍では岩場の穴から大きなシャボン玉が浮かび上がっている。よくみると、アニモフ達はそれに乗って虹の根元の方へ向かっているようだった。 「わぁ、素敵! あれに乗っていけばいいのね!」 「とても綺麗、綺麗だねぇ」 シャボン玉に入る前に、ここでも聞き込みをする2人。そこで漸く、1人のアニモフから有力な情報を入手した。 「その花はね、虹の根元の奥にある花なんだよ。でね、滅多に見られないんだぁ。僕、見た事ないけどねぇ」 「どんな、どんな花?」 キリルが問うと、アニモフは耳をぱたぱたさせつつこう答えた。 「友達が見たらしいんだけど、青い薔薇のようなお花みたいだって。でね、本当にかなえて欲しいお願いがある人にしか、姿を見せないみたいだよ?」 「ありがとう!」 ゼシカは礼を述べ、お礼にキャンディーをあげた。アニモフは嬉しそうにキャンディーを受け取り、その場を跳ねて感謝の踊りを踊るのであった。 2人はアニモフたちに教えてもらいながら、大きなシャボン玉の中へと入った。中は無重力状態なのか、2人はふわふわと中でも漂っていた。最初はなれない感覚なのか、ゼシカはぎゅっ、とキリルに抱きついたままだったが、少しずつ慣れてくると、また手を繋いだ状態に戻った。 オーロラのような膜から景色を望めば、辺りが美しく輝いて見える。そんなシャボン玉は風に流され、少しずつ虹の根元へと近づいていく。 (お花があるといいのだけれど……) ゼシカが不安げに見つめる。キリルはそっと手を握り返し、笑顔で励ます。まだ色々喋りたい、と話せば、少女も小さく頷いた。 色々話していた2人ではあったが、いつのまにか話題は夢の話になっていた。ゼシカの夢はもちろん、まだ見ぬ父に会うことである。 「ゼシね、郵便屋さんの夢も、知りたいな」 金髪を揺らし、甘えるように問いかけるゼシカ。キリルは「そうだね」と言いながら僅かにお茶を飲み、そっと答える。 「ぼくの願い、願いは……じいじ、じいじに会うことかな」 そう言いながら、少し考える。自分の願いと、ゼシカの願いはどこか似ているような気がする、と。 「ゼシカのパパも、パパも優しい。ぼくのじいじも、じいじも優しい。だから、会いたい、会いたいんだ」 心からそう願いながら、ゆっくりと言う。キリルとしては、ゼシカの夢を叶えたい。そして、自分の夢も……。そうすれば、もっと幸せになれるような気がした。 「ありがとう」 ゼシカは、そっとお礼を言う。けれども、少女は穏やかな口調で言葉を続けた。 「でもね、ゼシ……、もしね、もしも伝説の花が見つからなくても郵便屋さんと手を繋げただけで幸せよ」 「!?」 軟らかく、愛らしい声がシャボン玉を震わせる。ゼシカの言葉に、キリルの頬がちょっと赤くなったかもしれない。 「あ、ありがとう」 どうにかこうにか言えたのは、可細い小さな声だけだった。 しばらくすると、シャボン玉が割れる。二人がついたのは、目的地である虹の根元のある浮島だった。真っ白い雲の浮島から、虹が伸びている。ともすれば、橋のように渡れるかもしれない。 「ここが目的地、なのかしら?」 「早速、早速探そう!」 ゼシカとキリルは手分けして探してみる。しかし、あのアニモフが言った青い薔薇はそこには無かった。虹の根元の周りをくまなく探してみたものの、それらしきものは無い。 (折角来たのに……、ここで戻る、戻るなんて出来ないっ!) キリルはみゅうっ、と小さく気合を入れると、少し落ち込むゼシカの肩を叩いた。 「なぁに、郵便屋さん?」 「虹、虹を、渡って、渡ってみよう!」 「えっ? で、でも……」 キリルの提案に、ゼシカは恐々と虹を見る。手すりも無い、かなりの高さのある虹の橋を怖がっているようだった。それでも、キリルは少女の手を取って 「大丈夫、大丈夫っ! 僕が、僕がついてる!」 と、一生懸命励ます。ゼシカは、キリルの真剣な瞳に、うん、と頷いた。そして、早速2人で、虹の橋を渡ってみる事にした。 虹の橋は、思っていたよりも登りやすかった。根元は少しふにゃり、としており、のぼりやすいように足跡が残る仕組みになっていた。暫くするとゆっくりと消えていく。まるで低反発素材のようだった。 「おもしろいっ」 「やわらかい、やわらかい虹! はだし、はだしで歩こう!」 裸足になってみると、虹はふかふかで、とても温かかった。ゆっくり、ゆっくり歩いていくが、まったく揺れない。登っていけばいくほど、少しずつ風は強くなるが、落ちるほどの強さではない。 ゼシカはすっかり気に入ったようで、楽しそうに歩いていく。その手を引いて、キリルが楽しげにエスコート。 「ゼシカ、あっちをみて、みて!」 キリルが促すと、先ほどのシャボン玉が見えた。アニモフ達はふわふわと浮びながら遊んでいる。その光景が面白くて、ゼシカの顔も綻んでいる。 「! あっちにも何か見えるわっ」 ゼシカが指差した先には、シロツメクサで覆われた浮島が見えた。愛らしいシロツメクサの花がいくつも咲き、アニモフ達が冠を作ったりして遊んでいる。よく見ると、そこも虹の根元に通じているようだった。 「とても綺麗ね。いってみたいな」 「そうだね、楽しそう、楽しそう!」 2人は反対側の虹の根元を調べた後に、そこへ行ってみることにした。 虹を渡り終えると、2人は早速伝説の花を探した。そして……、降りてきた場所の真後ろに差し掛かったとき、ゼシカとキリルはそろって声をあげた。 「これが、伝説の、伝説の花っ!?」 「まるでお空の色みたい……」 2人の目の前には、空色の薔薇のつぼみがあった。それも何輪もである。2人は薔薇に謝ると、そのうち、今にも咲きそうな2本を切り取った。 「見つかって本当に、本当によかった。僕は、うれしい、とてもうれしい」 「うんっ」 キリルの言葉に、ゼシカは笑顔で頷く。 「郵便屋さん、ありがとう。大好きよ」 そう言われ、キリルは目をぱちくりさせる。けれども、しっぽを優しく添えて、答えるのであった。 帰り道、先ほど見つけたシロツメクサの浮島で、ゼシカはキリルへ冠を作った。そして被せると、キリルは幸せそうにお礼を言うのであった。そして、キリルはそこで四葉のクローバーを2つ見つけ、1つをゼシカにプレゼントした。 (お願い事、お願い事、かなうといいな、いいな) (パパに会えますように、郵便屋さんがおじいさんに会えますように) 2人はそう祈りながら、シロツメクサのアクセサリーをつけて停留所へと歩いていった。 (終)
このライターへメールを送る