イラスト/Jack。(iham4799)

クリエイター櫻井文規(wogu2578)
管理番号1156-16078 オファー日2012-03-11(日) 16:58

オファーPC 山之内 アステ(cvys4605)ツーリスト 男 21歳 新聞記者/素人探偵
ゲストPC1 那智・B・インゲルハイム(cyeu2251) ツーリスト 男 34歳 探偵/殺人鬼?

<ノベル>

「せっかくだけれど、アステ。ごめんなさいね、もう他の方にお願いしてしまったのよ」
 心から申し訳なさげな面持ちを浮かべ、眼前のマダムはもう一度「ごめんなさいね」と言った。
 山之内アステは口に運びかけたカップを手に、満面に笑みを浮かべたままの表情でマダムの目を見つめる。
「……え?」
 目を瞬かせ、アステは笑みを崩すことのないままに軽く首をかしげた。
 くもりなく磨かれたガラス製のテーブルを挟んだ向こう、高価な、しかしそうとは感じさせない品の良いソファの上で、アステの母よりもいくらか年若い見目を持つ彼女は手入れの届いた唇を開く。
「インゲルハイムという方は知っているかしら? 友だちがね、その方がとても優秀な探偵さんだって紹介してくれたのよ」
「でも、マダム。ぼくも最近ちょっとは探偵として名前を」
「ええ、知っているわよ、アステ。この間も家出した女の子を見つけたそうじゃないの。その前はミザリア夫人のところで盗まれた絵を見つけたのだって聞いたわ」
 マダムは耳にしたことのあるアステにまつわる評判を思い出し数えあげるようにして、指をひとつふたつと折っていく。
 アステの両親が懇意にしている家――旧くから続く富豪な家系に生まれ育ったマダムは、少しばかり格下の家系に生まれた男と出会い、恋におち、結婚した。が、夫とは比較的早期に死に別れ、以降は独り気ままに生活している。
 そのマダムがまさに我が子のように可愛がっていた飼い猫が、数日前から行方不明になっているのだという。彼女がかわいそうで。そう言ってため息を落としたのはアステの母だったが、それを聞いて顔を上気させたのはアステだった。
 アステは新聞記者だ。取材した内容、集めた情報。そういったものを視聴者や傍聴者を相手に、解りやすく、簡潔に伝えるのが主たる仕事だ。加えて、聴衆は記者の語るその話法にも関心を寄せたりもする。あの記者は話し上手だ、となると、例え――これはあってはならないことだが、情報に多少の誤りがあったとしても、聴衆はそれを許したりもするのだ。
 アステは情報を伝える際、自身の考え――つまりは推理的なものを交えて語るのが手法だった。あまつさえ、その推理が正解であったときの評価ときたら、それはもう、上々たるものだ。聴衆はアステが語る情報を心待ちにし、面白く聴いてくれている。
 素人ながらも、探偵としての才覚のある者――人々の中には、アステをそう呼んでもてはやす者さえもいるほどだ。そして、アステもまた、その呼称には満足していた。
 ――探偵か、悪くない。実際に何件かの”功績”もあげていた。そんな、気分をよくしていた矢先のことだったのだ、マダムの猫が行方不明になったのは。
 ここでまた名をあげれば、素人探偵ではなく本物の探偵になれるのではないか。そんな淡い期待すら抱いていたのだ。
 それなのに。
「そ、そのインゲルハイムという探偵は有名なんですか?」
 わずかに声が震える。マダムに悟られないように気を落ち着かせ、カップを口に運びながら、アステは極力やわらかな笑みを浮べようと試みる。さいわいなことに、マダムはアステの表情のわずかな歪みに気付いてはいないようだ。
「那智・B・インゲルハイムさんよ。確かこの間の……ほら、お嬢さんが密室の中で殺されてたっていう事件、あったでしょう」
 言われ、アステは記憶を探る。そうしてすぐに思い至った。
「……あ」
 そうだ、担当記者はアステではなかったものの、他の記者が聴衆を前に語っていた、あれだ。
 完全たる密室殺人だったらしい。ともすれば自殺と処理されてしまっていたであろう案件を、他者による殺人だと推理立て解決したのが、――ああ、そうだ。那智・B・インゲルハイム。そんな名前だった。
「わかりました。もし今度何かお手伝いできそうなことがあったら、いつでも呼んでくださいね」
 カップの中身を一息に干して、アステはふわりとやわらかな笑みをのせた。

 インゲルハイム事務所を見つけ出すのはとても簡単だった。ふたを開けてみれば、彼の名は実に広く知られていたのだ。知らないものはいない、という表現はさすがに大げさだろうが、しかし、那智の評判を調べたアステは、那智が解決した数々の事件の内容をも否応無く知ることとなってしまったのだ。
 ――家出した娘を見つけた? あんなの、交友関係を辿れば誰だって簡単に見つけられるようなものだった。
 ――盗まれた絵を見つけただって? あれは父親の道楽に付き合った先でたまたま出典されていたのに行き当たっただけじゃないか。
 推理だって? 笑わせる。
 簡素なドアの向こうにいるであろう”探偵”は、難解な事件をいくつも解決してきていた。そのどれもが、たぶんアステの力では及ばなかったであろう案件ばかりだったじゃないか。
 
 ドアをノックする。応えはない。もう一度ノックする。応えはないが、ドアの向こうで誰かが動いている気配はしている。アステはわずかに苛立ち、もう一度、今度は強めにドアをノックした。
「入ってもいいですか!?」
 応えがないのを検めて、アステは声をかけた。きっと応えなどないだろう。そう確信すらもって、ドアノブを押し開いた。
 ドアは施錠もされてはおらず、ひどく容易に開かれる。その向こうに広がったのは決して華美な装飾など置かれていない、どこか無機質な空間だった。むろん、無機質だと感じるのはアステだけなのかもしれない。彼は日頃から豪奢な調度品で飾り立てた屋敷の中に身を置くのを常としているのだから。
 けれど、実際には決して無機質な空間なわけではなかった。品の感じられるソファやデスクが置かれ、たちこめているのは質の良い茶葉で淹れた紅茶のかおりだ。
 そしてその空間の真ん中に置かれたソファのひとつに、やはり質の良いスーツを身につけた男がひとり、ゆったりと腰をかけているのが知れる。男の姿を目にとめるとすぐに、アステは靴底で板張りの床を鳴らしながら部屋の中に踊り入った。
「ここにインゲルハイムさんがいるって聞いたんですが」
 努めてやわらかな笑顔を満面に浮かべ、アステは男に声をかける。スーツの男は白磁のカップを口に運びながら、わずかに視線を持ち上げてアステの顔を見据えた。
「依頼ならまた後にしてくれるかな。ご覧の通り、今はちょっと忙しくてね」
 おそろしく端正な顔立ちをした男だ。眼鏡の奥でスギライトのような深い紫を宿した双眸が笑みのかたちを作り出している。
 ソファの上、男はやわらかな笑みを浮かべ紅茶を口に運びながら、それだけ言うと、アステの顔から目線をはずし、テーブルの上にあった今朝刊行されたジャーナルを手に取り読み耽りだした。
 アステの存在などまるで気に留めるでもない男に、アステの顔に張りついた笑みがわずかに歪む。さらに数歩を歩み寄り、男のすぐ横で足を止めた。
「こちらの探偵は那智という名前だと聞いたんだけど、お留守みたいですね。何時ぐらいに戻りますか?」
 アステの声が尖る。男はジャーナルから目を持ち上げることもせず、ただ小さく笑って応えた。
「申し訳ない、ちょっと分からないな」
「分からない? あなたはここの助手か何かなのでは?」
 訊ねたアステに男は小さく笑みながらかぶりを振る。ジャーナルに落とされていた眼差しがほんの刹那持ち上がり、アステの顔を検めた。
「悪いが、これから依頼主との約束があってね」
「……依頼主?」
 わずかに首をかしげ、アステは笑みを少しだけくもらせる。男はジャーナルをテーブルの上に投げやって、それから視線を移ろわせアステの視線をうながすように、部屋の一郭を示した。
 置かれてあったのは大きめなゲージだった。その中に、少し汚れてはいるが白い美しい猫が一匹、静かに眠っている。アステの目が刹那大きく見開いた。
「それは」
「今回の依頼は家出した飼い猫の保護だった。退屈な内容だが、報酬は良かったな」
 男が小さな息を吐く。その瞬間、アステは弾かれたように顔をあげて眼前の男の顔を見つめた。
 華奢な体躯。役者のような、恐ろしく整った顔。――一見、そうとは思い難い見目をしてはいるが、
「那智……」
 インゲルハイムという方は知っているかしら? 
 先ほどまで茶の席を共にしていた女の声が耳をかすめる。
 男はアステの声に応えるでもなく、ただわずかに眉をしかめた。
「君のことは前に見た事がある。どこの街頭だったかな……。得意気に推理小説を唱えていたね」
「推理小説?」
 アステの顔から笑みが完全に消えた。代わり、那智が薄い笑みを浮かべる。
「とても見事な推理小説だった。私も倣いたいものだね」
 言うと、那智はゲージを持ち上げて不快そうに表情をしかめた。
「こんな重いものを届けなければならないんだ。……報酬額は妥当だね。ああ、ええと、探偵くん。ひとまず出て行ってくれないかな。ご覧の通り、私はこれから依頼主のところに行かなければならないんだよ」
 すべてが流れるような言葉によって紡がれる。那智の顔をねめつけるアステを横目にちらりと確かめて、那智は口角を吊り上げた。そして、その表情が、アステの怒りをさらに高める。
「那智・B・インゲルハイム!」
 横をすり抜けようとする那智を呼び止めるように、名を叫ぶ。那智の足は刹那歩みを止めたが、それを引き留めるには至らなかった。が、かまわずにアステは言をつなげる。
「ぼくはきみよりもずっとすごい探偵になるよ」
 吐き出すように告げる。だがその言葉さえ、那智の足を引き留めるには至らなかった。

 以降、アステは過去の事件案件を片っ端から調べた。正確にはそこにインゲルハイムの名が係わっているかどうか。係わっているならばそれがどういった事件であったのか。くまなく、食い入るようにして。
 結果的には、那智の功績は幅広く届いていた。それこそ失せもの探しや浮気の調査といったものも含め。――だが突出して目を引いたのは、やはり殺人事件の解決に関与するものだった。密室殺人といったミステリアスなもの、――あるいは目撃者のまったく無い、解決の糸口などまるでないもの。
 殺人事件の解決。それはアステにとってまるで熟した果実のような甘さを秘めたものだ。その内容が陰惨なものであればあるほどに胸が高鳴る。
 けれど、調べていくうちに、那智の解決している事件のいくつかに、奇妙な点があるのに気付いた。
 連続した殺人を繰り返した男を、那智が推理する。那智によって追いつめられた男は自らの命を自らの手で断つ。あるいは心神を病み、裁決を待つまでもなく相応の施設に隔離される。そういった案件がいくつかあるのだ。
 むろん、それは単なる偶然なのかもしれない。殺人を犯すような人間は狂気の底にある者が大半なのだから。
 ――しかし。

「つまり、何らかの原因があると思うんですよ」
 アステはインゲルハイム事務所の中にいた。那智はデスクに腰かけ、うんざりした顔でアステに背を向けている。
 何しろ、アステが初めてこの事務所を訪れてから四日目になるのだ。四日間、飽きもせず、アステは那智を訪ね来ている。そして毎回自分なりの推理を論じているのだ。那智がまったく相手にせずともかまうこともなく、だ。
 腕を組み不快を顕わにした表情の那智の前に回りこみ、アステは再び推理論を唱えだす。それは犯人を生かしたまま捕えない那智への批判でもあった。罪は罪として真っ当な裁決を下すべきなのだ、と。裁決が死であってはならない。
 那智は眼鏡の奥の双眸を歪めると、大仰なため息を吐き、ようやく口を開けた。
「いいだろう。ええと、探偵くん。今話題の連続殺人鬼を知っているかな?」
「今、話題の」
 返し、アステは首をかしげる。
「”霧の魚”」
「そうとも言われているね。それで? 君のその見事な推理は、その犯人像はしぼれているのかな?」
 那智の顔に薄暗い笑みがにじむ。
 数ヶ月前から、不定期に続いている、謎の多い殺人事件だ。そもそもにして霧に覆われた街ではあるのだが、その事件は特に霧の深い日に起きている。それゆえに目撃者もなく、有益な証言はいまだひとつもない。
 被害者の共通項もない。性別も偏りがないのはむろんのこと、年齢もまばらなのだ。共通している点はただひとつ。
 ――鋭利な物、例えばナイフなどの刃物。そういったもので喉や額、腹部。そういった箇所を真一文字に裂かれているという点だ。その裂傷の見事さから、凶器となる刃物は日頃から手入れのなされたものであろうことが容易に知れる。
 つまり、犯人は日頃から丹念に凶器を愛でているのだ。殺人の目的は知れない。あるいは凶器の手入れが届いているかどうかの確認をしているのでは、という論を唱えている者もいる始末だ。
 その不可解な犯行に潜む犯人像に関しては、まだなんの推理もかたまってはいない。アステはくちびるを噛んだ。
「どうだろう、ひとつ、賭けをしようじゃないか」
 アステの心を見透かすような酷薄めいた笑みを浮かべて、那智はアステの顔を覗きこむ。そしてアステの耳に口を近付け、ゆっくりと、言い含めるようにしてささやいた。
「犯人を捕えることが出来たなら君の勝ちだ、アステくん」
 やわらかな笑みが降る。アステは再び、わずかに首をかしげた。
「ぼくの、勝ち」
 那智の言葉を反芻し、アステもまた笑みを浮かべる。
 その傍らで、那智の眼光が不吉な三日月のかたちを描いていたのにも気付かずに。

 アステは那智の功績を調べるのをやめた。代わり、件の事件に関し調べることに従事するようになった。
 霧の魚が人間を喰らっているのだ。そんなはずはない。魚が刃物を扱うはずもない。ならば、犯人に関する呼称が欲しいところだ。
 目撃者のまったく存在しない事件。――アステはその犯人を”不可視の殺人鬼”と名付けた。
 聴衆に聞かせ続ける推理は根拠も証拠もないものだったが、それでもアステが名付けた呼称は見る間に街中に伝播した。それがアステの気を良くする。気付けば、不可視の殺人鬼を追う専属の記者のような位置に立っていた。
 事件の現場にも足を運んだ。それは街の路地裏であったりもしたし、公園の一郭であったりもした。いずれにせよ、それは濃霧を利用した、堂々たる殺人だったのだ。恐らくは犯行はごく一瞬の内に済んでいるのだろう。鮮やかな手腕から、犯行はまるで通り魔によるものであるようにも思える。
 インゲルハイム事務所にも足を寄せた。
 那智は少しずつ打ち解けてくれたようだった。アステはまるでインゲルハイム事務所の一員であるかのように振る舞えたし、紅茶を共に飲みながら会話を楽しむことさえ出来るようになっていた。
「不可視の殺人鬼、か。シャレた呼び名だね」
 ソファの上、カップを口に運びながら那智が笑う。 
「調べれば調べるほど、ぼくはむしろ感銘さえ覚えるんです。彼――そう、犯人はきっと男だと思う。ともかく、彼の手腕の見事さにはいっそ感嘆してしまう」
 短い息を吐く。アステの双眸は翳りを帯びていた。ゆらゆらと揺らめく暗い炎のような気配を浮かべながら、アステは紅茶を干す。
「ぼくは彼と話をしてみたい。ああ、どんな人なんだろう。凶器はなんなんだろう? 興味は尽きません」
 言いながら再び深い息を落とした。
「……そうだね」
 紅茶の芳しいかおりの含んだ湯気の向こう、那智が小さく喉を鳴らす。口もとににじむ薄く歪んだ笑みを、紅茶と共に飲み下した。
 それに気付くこともなく、アステは声を弾ませ続けていた。

 窓の向こう、街を包む霧はさらに深さを増している。

クリエイターコメントこのたびはオファー、ありがとうございました。お届けまで期間めいっぱいいただいてしまい、申し訳ございません。たいへんにお待たせしました。

那智様もアステ様も書かせていただいたことのある方なのですが、お二方が絡むお話を書かせていただく機会をくださり、ヒャッホーの極みです。いちいちうんうん唸りながら書かせていただきはしましたが、めっちゃ楽しかったです。できるならまた機会をいただきたいぐらいです。

それでは、少しでもお楽しみいただけていましたらさいわいです。
またのご縁、心よりお待ちしております。
公開日時2012-07-03(火) 21:30

 

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