=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/= 謎が、あなたを待つ。 アイリーン・アドラー=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/=/= その招待状は、ターミナルに住まう、“探偵たち”に届いた。 彼らはそれぞれ、“探偵”を生業としていたり、そうではないにせよ、そう呼ばれていたり、あるいは、その秘められた素養を他者から認められているものたちだ。 すなわち、 ジョヴァンニ・コルレオーネへ。 シューラへ。 シーアールシー ゼロへ。 ジャン=ジャック・ワームウッドへ。 ムジカ・アンジェロへ。 那智・B・インゲルハイムへ。 そして、アルバイト先の古書店の店長から譲り受けることになった、 一一 一へと。(そこは、《たそがれのチェンバー》と呼ばれているらしい) 一に招待状を渡しながら、古書店の店長は言った。 そんなに気になるのなら、行ってみるといい。ただ、正義感の強いきみには、あまり、おすすめはできないけれども。 ひそやかに眉を寄せた店長は、何かを察していたのかもしれなかった。 ともあれ。 興味を惹かれた探偵たちは、申し合わせるでもなく、それぞれに、その謎めいたチェンバーへ足を向け―― とあるロストナンバーの、血塗れの死体に出迎えられた。 (あなたは、探偵です。このひとは被害者です) どこからか、声が聞こえる。(このひとがこうなるまでに、どんな物語があったのでしょう? どのような背景のもと、いかなる凶器と動機をもって成されたのでしょう? そして、犯人は誰なのでしょう?) ――さあ。解いてください、この謎を。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>一一 一(cexe9619)ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517)シューラ(cvdb2044)シーアールシー ゼロ(czzf6499)ジャン=ジャック・ワームウッド(cbfb3997)ムジカ・アンジェロ(cfbd6806)那智・B・インゲルハイム(cyeu2251)=========
Who Killed Sherlock Holmes…? Episode1■The Musgrave Ritual - マスグレーヴ家の儀式 あるいは那智・B・インゲルハイムの冒険 那智先生は、《たそがれのチェンバー》に足を踏み入れるなり、招待状の意図するところを知り――いや、意図は今のところまったくぜんぜん不明なままであるにせよ、ともかくも安堵の息を吐いた。 (督促状でなくてよかった……) そっちかい、と、時空を超えてリアル助手くんはじめ、各方面のお知り合い総動員でエアツッコミされながらも、 (まあしかし、0世界に「督促状」などという無粋な法的文書を送付するようなローカルルールがあるかどうか、そして効果のほども疑問だけどね) などと小首を傾げたりするあたり、安定の那智先生クオリティである。 なお、督促状は別名追及状とも言い、請求状や請求書を送付した後、請求内容を相手がなかなか履行しない場合に、実行を促す目的で送る文書だ。那智が何を滞納中なのかは大いなる謎であるが、今回のミステリとは無関係なため、そこらへんの追及は割愛しよう。 (アイリーンというからには美人に違いない。是非お近づきになりたいものだね) ちょ、いいんすかそれで、と各方面(略)からまたも律儀にツッコまれながら、我らが那智先生は、素敵能天気にもわくわくしながら周囲を見回し…… 「おや」 気づいたときには、チェンバー内は、ある「家」に再構成されていた。 外観は煉瓦造りの洋館だが、内部には畳敷きの奥座敷と洋風の迎賓室が設けられた和洋折衷のつくりである。大正時代の建物に見受けられる、ルネサンスふうの意匠を凝らした階段室が特に素晴らしい。 材木商として財をなし、貴族議員でもあった満寿具(マスグ)家の屋敷だった。 そして。 赤天鵞絨の絨毯が彩る階段の下で、ひとりの女性がこと切れている。 年のころは20代半ばくらいか。あまり自己主張が得意ではなさそうな、おとなしげな顔立ちだ。 彼女の名は満寿具ユリ。満寿具家当主の夫人である。 かつてはこの屋敷の女中だったが、当主に見初められて玉の輿に乗ったのだそうだ。しかし当主は、妻を束縛し支配下に置きたがる性質で、ときには暴力をふるうこともあったため、夫婦仲は円満とはいえなかった。 現在、当主は渡航中で留守であること、どうやら夫人には秘密の恋人がいたらしいこと、現在のこの家の住人は、古くから勤める老執事とその親族である書生、住み込みのお抱え運転手、かつてはユリの「同僚」であった女中、という構成であることなどを、那智が把握するまでに、さして時間はかからなかった。 「階段でもみ合い、突き落とされたといったところだね」 死体に顔を近づけた那智は、すぐに何かに気付いたらしく、なんともいえない嫌な顔をした。 この場の「助手」であるところの、ジャン=ジャック・ワームウッドを振り返り、げっそりとぼやく。 「もう帰っていいかな?」 「謎を解かないと帰れないぞ」 「袋小路の堂々巡り。ギャハハハ」 ジャンはにべもなく言い、オウムのビアンカはけたたましく笑う。 那智は額に手を当てた。 「……あとはまかせたい」 「任せられても困る。この場での名探偵はおまえで、俺は助手に過ぎない」 「人間相手は苦手なんだよ」 「死体ならば問題ないだろう。どんなおしゃべりでわがままな女も、もの静かで従順になる」 「もともともの静かな女を、わざわざ殺すこともないだろうにね」 那智はため息をつき、それでも仕方なく聞き込みを続ける。 実直そうな執事は言う。 「奥様はいつも何かに怯えておられるようなかたでした。満寿具家の家計は私が管理しておりますため、秘密裡に殿方と交際するような放蕩はできかねたはずです。それでも恋人がいたとしたら、それは家中の……」 執事は言葉をにごし、そっと書生と運転手をうがかう。 「ああ、奥様と恋仲だったのは運転手さんです。僕は関係ないですよ。こんな臆病で自己保身の強い女性は嫌いなので」 線の細い色白の書生は吐き捨てるように言う。袖口から見える手首には青痣があり、誰かに恒常的に暴力を振るわれている様子が伺える。 運転手は肩をすくめた。こちらはがっしりと骨太で、どこか野卑な印象を受ける。 「俺と奥様が恋仲? そりゃとんでもない。俺はこいつと将来を誓い合ってるんでね」 運転手は若い女中を顎で指す。 女中は目鼻立ちの派手な女だった。女中にあるまじききつい香水が漂う。 「ユリをうらやんでたかって? 冗談じゃないわ。旦那さまの顔色ばっかりうかがって、お財布は執事さんに握られてて、ちょっとした買い物をするお金にも事欠いてあたしに借金してるくらいよ。奥様が女中にお金借りるなんてバカみたい。あたし、貯めてた結婚資金からかなり融通したのよ」 「……ああ、成る程」 那智がぽつりと呟いたとたん、満寿具家も登場人物たちも薄れていく。 若い女中が犯人であることは、死体の残り香の香水から見当がついた。 ユリはかつての同僚であった女中から借金し、秘密の恋人との遊興費に充てていた。それは彼女の結婚資金を取り崩したものだったのに、こともあろうに、密会の相手は自分の婚約者である運転手だったのだ。 彼と別れてよ。お金を返してよ。 階段の上で揉み合い、ユリは落ちて死んだ。 おそらく書生は目撃していたはずだが、口をつぐんだ。 当主の暴力のとばっちりは書生にも及んでおり、見てみぬ振りをしていたユリを恨んでいたので。 「ちゃんと名探偵じゃないか」 「ジャンくんのほうが、人間に興味があると思うんだけれどね」 腕組みをするジャンに那智はそう返し、そしてチェンバーは新しい舞台に変わる。 Episode2■The Adventure of the Illustrious Client - 高名な依頼人 あるいはジャン=ジャック・ワームウッドの推理 白と黒の匣を交互に重ねたような、不思議な家だった。 間接照明と高い天井が非日常感を醸し出し、広い玄関からリビングに至る導線は、どこか美術館を思わせる。 リビングの中央に鎮座しているマントルピースは飾りだけのダミーで、それを横にスライドさせると地下への階段が現れた。 地下1階には、映写室が設けられていた。個人宅とは思えぬほどの設備とコレクションは、あるじの酔狂のたまものであろう。 ジャン=ジャック・ワームウッドの目の前には、巨大なスクリーン。 そして足元には、スーツを着た、若い男の死体。 からからと、映写機が回る。 映し出されたのは、この家の主である推理小説家と、往年のファンたちとの、原作映画の上映会を兼ねた親睦会の記録だった。 映像の中の、入れ子細工のような劇中劇。親睦会の終わりに、スクリーンに一瞬、ノイズが走り、死体が発見される。 スクリーンの中で、ファンたちは悲鳴を上げた、 そして「そんなはずはない」と口々に言う。 こんなことは不可能だと。 犯行をなし得たものなど、いないはずだと。 割れたワイン瓶の欠片が、映写室の床に飛び散っている。死体はワインで濡れ、どこまでは本人の血だか、判別もつかない。 ネクタイはゆがみ、スーツは気崩れている。 もみあい、争ったあとも見受けられるが、上映中、誰もそんな気配に気づかなかった、と。 フィルムは語る。 被害者は、担当になったばかりの新人編集者であったこと。 死因は撲殺らしいこと。 上映中、地下室を出た者はいないこと。 すなわち、映写室は、密室であったことを。 この家の主は、高名な推理作家だ。歌舞伎や能などの古典芸能や、加賀友禅や江戸漆器など、伝統的な職人の世界を題材にした伝奇的作風で、熱狂的なファンを持っていた。 そう、「持っていた」。 すなわち、過去形だ。 量産できる内容ではないのに、読者の要望に応じるままにいくつものシリーズを重ね、パターン化に陥り、やがて、飽きられてしまったのだ。 中堅の人気作家は、20年以上のスパンで鳴りをひそめた。 だがごく最近、過去の人となったはずの老作家は、華々しいトリックを引っさげて返り咲いた。 がらりと作風を変えた新作は、六本木に本社ビルを持つIT企業を題材としていた。そのイメージチェンジは新鮮だった。 新作はすぐに映画化された。親睦会で上映されたのはその映画であった。 「ギャハハハ! 道化の祭りだ」 オウムのビアンカが嘲笑する。 同時に、足元の死体を検分したジャンは、スクリーンの中の推理作家に呼びかけた。 「おまえが犯人だろう」 と。 「なぜ、そう思うね?」 老いた推理作家は、否定しない。 アルミ製の杖をこれ見よがしに抱げ、スクリーン越しにジャンを見返す。 そうとも、わたしが犯人。 そうとも、これが凶器。 その視線、その語調は、「名探偵への挑戦」に他ならない。 「では、わたしはどうやって彼を殺したのかね? その理由は?」 「簡単だ。これは、被害者が生きているように見せかけた密室だ。被害者は、上映会が始まる前に殺されていた。おまえは、あたかも生きているように話しかけ、ファンに錯覚させた。犯行時刻を誤認させるために、一瞬のノイズを利用してワイン瓶を割った。上映中の暗がりが、おまえの共犯者だ」 その動機だが、と続けようとしたジャンを、老作家は淋しげに遮る。 「ミステリが、好きだからだよ」 「違うね」 「だから、どうしてもトリックを作らずにいられなかった。たとえそれが無意味でも」 「違う」 容赦なく、ジャンは老作家を糾弾する。 「おまえは新人編集者を殺さなければならない理由があった。新作は、おまえが書いたものじゃない。彼のアイデアを、盗んだんだろう?」 老作家の表情が、深い絶望に彩られる。 凶器にはおよそ適さない、軽いアルミの杖を握りしめて。 そう、彼の犯行は衝動殺人。計画的なものでさえ、なかった。 盗作を糾弾した編集者を、思わずマントルピースに突き飛ばした結果なのだから。 アルミの杖で殴り凶器としたのは、せめてもの――「職人」の矜持。 「密室を作った動機は、本物だよ」 スクリーンを、白と黒のノイズが走る。 死体もろとも、白と黒の家がかき消えるのを、ジャンは感慨もなく見送った。 Episode3■The Five Orange Pips - 五粒のオレンジの種 あるいはジョヴァンニ・コルレオーネのティータイム そこに出現したのは、硝子と鉄骨で構成された緑ゆたかなカフェ、クリスタル・パレスだった。 厨房の床の上、薄紅いろの翼を力なく広げ、『被害者』は絶命していた。 彼女は新人のギャルソンヌ。名前はサマンサ。 世界一美しいオウムといわれるクルマサカオウムの彼女は、フロアデビューしたその日から、来客の注目の的であった。 桜の花びらを重ねたような羽根。ふわふわのマシュマロのようなピンク色の髪。 華奢な身体をぐったりと床に散らしたさまは、純白のワンピースの清楚さと相まって、どこか聖なるもののような印象さえ受ける。 死因は窒息死。 オレンジを喉に詰まらせたのが原因のようだ。 周囲には、オレンジの種がいくつも飛び散っている。 第一発見者は、店長のラファエル・フロイトである。 「サマンサ……! いったいどうしてこんなことに」 「触れてはならぬ」 駆け寄って抱き起こそうとしたラファエルを、ジョヴァンニ・コルレオーネが押しとどめる。 ジョバンニはいつの間にか、来客のひとりとしてそこにいたのだ。 運ばれたばかりの香り高いアールグレイが、大理石のテーブルでまだ湯気を上げている。 やさしく気だても良く、しかも美貌のサマンサは、その歌声も澄んで美しかった。 入店して日も浅いというのに、サマンサ目当ての指名客は引きも切らず、シオンやジークフリートなどの先輩ギャルソンを差し置いて、あっという間に人気ナンバーワンとなった。 サマンサを店外デートに誘う男性客は多かったが、彼女は誰に対しても首を縦に振らなかった。 唯一、ジャン=ジャック・ワームウッドが……、いや、正確には、オウムのビアンカが来店したときは、頬をほんのりと染め、そわそわと落ち着きがなくなっていたようだったが。 しかしビアンカは、サマンサにはひどく冷淡で、一度も彼女を指名することはなかった。 それどころか、彼女に話しかけられてもそっぽを向き、やさしい笑顔には皮肉で返し、彼女が来客に請われて歌を披露するたびに敵意のこもった視線を投げていた――その矢先の出来事だった。 「これは……。事故でしょうか? それにしても……」 眉をひそめるラファエルに、ジョヴァンニは首を横に振る。 「オレンジを喉に詰まらせたのが不慮の事故なら、現場に皮が見当たらんのが奇妙じゃ」 「周囲に落ちているのは種だけですね」 「彼女は、皮まで余さず食べるほど意地汚くはあるまいて」 「それはもう。サマンサは皆の規範のような店員でしたから」 「うむ。まして店長の新人指導は厳しいことで知られておる。サマンサが、そのようなはしたない食べ方をしたとは考えにくい。ならば」 ジョバンニはまっすぐに、ジャンを、いや、ビアンカを指さす。 「巧妙に偽装しても儂の目はごまかせん。ビアンカ君ならば店員にまぎれて厨房に出入りすることも可能じゃろう」 儂は想像する。 彼女はヒトではなく、本来の鳥の形態で殺されたのではと。 凶器は、この種じゃ。 オレンジの種を、ジョバンニは拾い上げる。 「ヒトのサイズではあり得ぬが、トリ形態だと、種が原因の窒息死も十分あり得るじゃろう?」 ビアンカは押し黙ったまま、その先をうながす。 「オウム同士のことじゃ、互いの好物を知っておる」 「……。……」 「恐らくは歌声勝負で負けたのじゃろう。失礼ながら君は少々音痴、もとい濁声じゃからね」 「……。……。……」 「君は意趣返しを企み、トリ形態の彼女に種を贈呈し……食餌の最中、その狂気的な哄笑で大いに驚かせた。そして彼女は、種を喉に詰まらせ、絶命に至った」 「ギャハハ、そんな証拠がどこにある?」 「そうとも。表向きは事故死。見事、完全犯罪が成立するところじゃったが、犯人にも不測の事態が起きた。彼女は最期の力を振り絞り、ヒトへと変身し、絶命したのじゃ」 「もしかしたら、ヒトのサイズになれば、窒息死を免れると思ったのかも知れませんね」 ラファエルが痛ましそうに言う。 「……しかし手遅れじゃった。あるいは自分を死に追いやった犯人を、庇いたかったのかもしれんがな」 「サマンサ……。かわいそうに」 「哀しい事件じゃった……」 ジョバンニとラファエルはサマンサの死を嘆き、ビアンカは目を閉じて寝た振りをした。 ビアンカ君。 もし彼女を悼む気持ちがあるのなら……。 唄ってくれたまえよ、葬送曲を。 それだけを、ジョバンニは言い添えた。 Episode4■The Sign of Four - 四人の署名 あるいはシーアールシーゼロの推理 舞台は反転する。 世界観と登場人物が入れ替わる。 ここは、ある財閥がかつて迎賓館として建てた西洋館だ。英国17世紀のジャコビアン様式を基調としているが、内壁には明治期の金唐革紙が貼られているなど、様式混淆の、独特の魅力がある。 この館は現在、ジャン=ジャック・ワームウッドの個人所有となっている。 国の管理下にあった重要文化財級の建物が、なぜジャンのものになったかはわからない。ただ、ジャンは神秘結社の一員であり、重要な機密を知る立場にあったから、あるいは国と渡り合うことが可能だったのかも知れなかったが……、ジャンが死んだ今、それが明かされることは永遠にない。 ジャン=ジャック・ワームウッドは死んでいた。 迷探偵にして名探偵にして謎探偵、シーアールシーゼロの前で。 つまり今回、ジャンさんは被害者なのである。 那智さん回では助手だったし、ジョバンニさん回では犯人、ちゅうか犯人はビアンカさんだったけど、ともかく今は被害者である。まごうことなき被害者である。大事なことなので三回言いました。 「ジャンさんが被害者ですね!」 「被害者なのです」 助手役となった一一 一がゼロ先生に念を押し、ゼロは鷹揚に頷く。 「なんてひどいことを。先生、必ず犯人を見つけてくださいね!」 「おまかせくださいなのです。ゼロはまるっとお見通しなのです」 ジャンの死体は、大広間のシャンデリアに首を吊られた状態で、ゆらゆらと揺れている。 胸には矢が刺さっている。 「ジャンさんは、三通りの方法で殺害されているのです」 「えっ? 見たところ絞殺+矢での刺殺で、二通りじゃないんですか?」 「毒も飲まされているのです」 「どうしてわかるんですか?」 「ジャンさんから、青酸カリ特有の匂いがするのです」 「あっ、そういえば紅茶がここに。わかりました、これに毒を入れたんですね……!」 大広間のテーブルに置かれたティーカップに、一は鼻を近づける。 「……? あれ? 何の匂いもしないですよ?」 「そこはそれ、飲み残しは別の紅茶と取り替えてしまったのです。メイドとしてこの館に潜入したシューラさんのいいお仕事ぶりなのです」 「それじゃ、シューラさんが犯人」 「犯人のひとりなのです。シューラさんがあらかじめジャンさんの飲む紅茶に毒を混入し、ジャンさんの意識が混濁したあたりで他の犯人さんに合図をしたのです。シューラさんの手引きで侵入した他の犯人さんは、まだ息のあったジャンさんに矢を刺したり首を吊ったりなさったのです」 「どうしてそんな……」 「ジョバンニさんも那智さんもムジカさんも、お忙しいのに力を合わせての殺人お疲れさまなのです」 「っていうか、シューラさんとジョバンニさんと那智さんとムジカさんが犯人なんですかっ!? 豪華メンバーですね」 「犯人役は大物がふさわしいのです」 「あの〜〜。いちおう、動機とか、聞いていいですか〜〜?」 「ジャンさんは神秘結社の幹部のひとりで、重要な機密を共有、秘匿していたのですが、このたび、それを公表しようとして殺されたのです」 「……神秘結社の機密ってなんでしょう?」 「機密なので謎なのです」 「つまり、裏切り者には死を、ってことでしょうか」 「重大な裏切りをした者には、四名の幹部が、それぞれ一つずつ別な死因を齎す方法で殺すという決まりがあるのです。ちなみにこの結社の概略はそれなりに知られていることなのです」 「えー。それだと『神秘結社』じゃないような。それに……」 それまで素直にゼロ先生の推理を聞いていた一は、重大な矛盾に気づいた。 「ちょっと待ってくださいね。四名の幹部が手をくださなきゃいけないんですよね?」 「そうなのです」 「だったら今回も、死因は四つ、なければならない」 「そのとおりなのです」 「でも! ジャンさんは 三 通 り の方法で殺されてるじゃないですかぁ〜〜〜!」 一は叫んだが、ゼロは平然と、 「殺し方は三つでしたが、死因を四つに数えたのです」 と、答える。 「え?」 「首吊りをふたりで行って、頚骨骨折と絞首によるふたつの死因としてカウントしたのです」 「え〜?」 「皆さん、幹部なのでお忙しいのです。時間と人手の節約なのです」 謎探偵ゼロにより、謎が解けた、その瞬間―― ジャンの死の影響で、結社の秘匿事項であった全長バード数テラパーセクに達する超宇宙的デフォタンが、外宇宙より来襲した。 ゼロは超巨大化し、荒ぶるセクタンを抱きしめる。 すりすりして、鎮める。 ――そして。 世界に平和が訪れた。 何故か、ジャンは息を吹き返した。 首を吊っていた縄を外して、とん、と大広間に降り立ち、放心状態の一の肩を、ぽんと叩いたのだった。 めでたし――なのかな? Episode5■The Adventure of the Noble Bachelor - 独身の貴族 あるいはシューラの冒険 「そんなこんなでしたが、ゼロ回は無事解決したので、シューラ名探偵と交代なのです」 西洋館の大広間で、何ごともなかったように、ゼロとシューラはハイタッチした。 「いやあ。すごいスペクタクルな世界観だったね」 シューラは広間を見回す。 先ほどジャンが首吊り死体になっていたシャンデリアは、燦然と輝いたままだ。 「えっと。世界観や設定は違うはずだよね……?」 「シューラさん回も助手役は一さんなのと、舞台設定も広大な館ということなので、このまま流用するみたいなのです。アイリーンさんはエコなかたなのです?」 「シューラさん。私が助手でいいんですか?」 「ああ。対照的な相棒もいいと思ってね。何気ない一言が助かるんだ。さりげなく、やる気を出させる方法を知ってる」 「やだなあ。買いかぶり過ぎですよ」 一は照れて頭を掻き、ゼロは、 「今回はメイド兼容疑者のひとりをつとめさせていただくのです」 すでに、可愛らしいメイド服を着用していた。 この館の女主人エリザヴェータは、愛称をリズーラという。 非常に高圧的な性格で、大変なトマト好きだった。 過去形なのは、リズーラそのひとが、被害者であったからだ。 それは、リズーラの義理の娘ヴァルヴァラ、愛称アーラの婚約発表の席だった。 「奥方様。ジャン=ジャック・ワームウッド様と那智・B・インゲルハイム様がお越しになりました」 執事のジョヴァンニ・コルレオーネが招待客を案内する。 ジャンは医師、那智は警察官。どちらもリズーラの知人である。すでに席についていたアーラの婚約者が、無言で会釈した。不動産投機で蓄財したという壮年の男は、いかめしい表情をくずさない。アーラはずっと曇り顔でうつむいている。婚約発表の席とは思えぬほど気まずい雰囲気の中、リズーラだけが楽しげだった。 「よかったこと。これで我が家は安泰ね。アーラも幸せになれるわ」 まだ少女といっていい年頃のアーラと、どこか得体の知れない壮年の婚約者は、第三者の目から見ても似合いとはいえなかった。この縁談はリズーラによる一方的なものであり、アーラの本意ではないのだろうが、それでもアーラはリズーラには逆らえない。母亡きあと、後妻としてこの館に来たリズーラあってこそ、傾きかけた父の事業の息が伸びたのだ。その父も亡くなり女主人となった義母に、生活手段のない未成年の娘が、どんな主張ができるというのだろう。 「アーラ様。この度はおめでとうございます。腕を振るいました」 料理人のムジカ・アンジェロがうやうやしく頭を下げた。リズーラの好物であるトマトを多く使用したディナーであったが、女主人にではなくアーラに声をかけたのは、今夜の主賓への配慮だった。 メイドのシーアルーシーゼロが配膳を開始する。 リズーラは終始上機嫌で、ムジカの料理の腕を褒めたたえながら舌鼓を打ち―― 血を吐いて、倒れたのである。 トマトのような、鮮血を。 そして、居合わせた那智からシューラに協力要請が来た。 なんとなればシューラは、特定の事件、すなわち「料理での毒殺に対しての名探偵」として名を馳せていたからだ。 「シューラ先生! この事件、料理に毒を入れられてたって話ですよ! 先生の出番ですよ!」 助手の一にそう言われ、俄然やる気を出しての出馬であった。 関係者を一同に集め、シューラは聞き込みを開始する。 ……いや、アーラは「ジギタリスが料理に入ってたのね? こわい」と叫び、部屋に閉じこもったままであったし、婚約者は冷淡にも、仕事が忙しいからと帰ってしまったので、そこにいたのは、招待客と使用人だけであったが。 「死因は、毒によるもので間違いないんだね?」 シューラは検死を行ったジャンに問う。 「ああ。薬物を特定するには科学的な精査が必要だが」 ジャンは肩を竦める。 「ならば、使用人全員に、その動機と機会があるね」 そういったのは那智だ。 執事も料理人もメイドも、高圧的な女主人を快くは思っていなかっただろうから。 「料理人としては、毒殺だけはしたくないけどね」 「このような場で、嫌疑を招くような殺害方法は取らないがのう」 「メイドはそこにいるだけで容疑者なのです? 疑うのは安易なのです」 使用人たちはなかなかに、口が達者である。 「どう思う?」 「うーん、そうですね。何となくですけど、感情に走っちゃった犯行のような感じがします。使用人さんたちの誰かが犯人だったら、もっとこう、完全犯罪になるような冷静な方法を取ると思うんですよ」 一が言い、シューラは頷く。 「そのとおりだね」 シューラがメイドのゼロを呼び、何ごとかを聞いたのは、それからすぐのことだ。 そして、事件は解決する。 シューラにとっては、とても簡単なことだった。 犯人しか知り得ぬこと、毒物が何であるかを、口走った人物がいたのだから―― リズーラに毒を盛ったのは、アーラだった。 そして、アーラがジギタリスを密やかに栽培していたことを、ゼロが証言した。 「アーラさんの動機って、何だったんですか?」 「自由になりたいが為だ。他に好きな人がいたんだね」 「……だったら、殺すまえにお義母さんと話し合えば、って、思うんですけど……」 一の、やるせないつぶやきが、消え始めた館にこだまする。 Episode6■Silver Blaze - 白銀号事件 あるいはムジカ・アンジェロの憂鬱 紅葉に彩られた井の頭公園を、ムジカとその友人は歩いていた。 この公園は、映画撮影の舞台としてよく使用される人気スポットだ。今日も機材と照明が設置され、規制網がしかれていた。ひっきりなしに、俳優やスタッフが行き交う。その中には、メタルカラーの衣装をつけたヒーローや、極彩色の異形の怪人が混ざっていて、ここが壱番世界であることを失念しそうになる。どうやら、今日の撮影は特撮ものであるらしい。 人出は多く、井の頭公園池のボート乗り場は、家族連れやカップルでにぎわっている。 池の噴水の向こうには弁財天宮の赤い社が見えた。紅葉と緑が交互に色を添え、美しい。七井橋に三脚を立て、社を撮影している素人カメラマンも複数いる。 ムジカの友人もカメラマンであるため、ファインダー越しに、公園内の建物や樹木、そこここで展開されるささやかなドラマなどを観察していたのだが。 ――突如。 燃え盛る何かが、駆け抜けた。 「炎の馬だ」 唖然と、友人は呟く。 なるほど、その残像は、銀炎のたてがみを纏った白馬に、見えなくもなかった。 公園にいた人々は騒然となる。口々に言い交わす。 ボート乗り場から。撮影現場から。橋のうえから。 「馬……?」 「うん、馬だ」 「燃えてたね」 「炎の馬」 そうね、私にも見えた。 ぼくにも見えたよ、お母さん。 馬だ。馬だ。 ムジカと友人は、走る炎を追いかけた。 炎は轟音とともに七井橋を抜け、ボート乗り場を突っ切り、動物園前を通って、弁財天宮にぶつかる――前に止まる。 そして楓の樹の幹に引っかかって横転し、井の頭池の水際に落ちた。 ようやく、彼らは確認する。 馬に見えたそれが、焼死体であることを。 黒こげの死体は、落馬して放心したように、うつろに口を開いている。 そのスタントシーンは、何度も撮り直されたという。 燃えるバイクに乗り、俳優は駆け抜ける。 ならば何故。 あれが馬に見えたのか。 マグネシウムの炎を纏い、俳優の死体を乗せて走ったバイクが、何故。 「あんたは、カメラマンじゃないのか」 ムジカは友人を糾弾する。 友人はずっと、カメラ越しの光景を見つめていた。 彼だけは、見間違えるはずがなかったのに。 「炎の馬だ」 友人の、ひとこと。 そのたったひとことが、幻想を構築した。 公園内の人間全てが、炎の馬を幻視してしまったのだ。 ムジカはバイクの残骸に近寄り、本物の「白馬」を探す。 ブレーキには、細工の痕。 友人はこの撮影のスタッフカメラマンでもあること、今は休憩中であること、焼死体となった俳優は、彼の知己でもあったことなどを思い、ピースがかちりとはまっていく。 「おれの助手はあんたじゃダメだったんだ」 ムジカは友人に背を向ける。 この舞台には、ワトソンなど初めからいなかった。 ただ、探偵と、 焼死体と、 犯人が、いただけ。 ――それでも、協力者がいたとしたら。 弁財天宮を、ムジカは見やる。 弁財天は、水の女神でもある。 幻の炎を消してくれたのは、彼女かも知れないと。 ◇◇ ◇◇ 「ところで、シャーロキアンとして、この結末は面白くないんだが。助手が犯人だなんてね」 消え行く井の頭公園に、ムジカは呼びかける。 「それとも、俺がどんな助手も認めないだろうと知っての選出だったのかな? アイリーン?」 弁財天宮の、赤い社が揺らぎ―― 淡い水色のドレスをまとった女が、現れた。 舞台が消えても女は消えず、ムジカに向かって膝を折る。 「わたしはただ、答えてほしかっただけ」 「何を?」 「誰が、シャーロックホームズを、殺したのか」 ◆The Adventure of the Dancing Men - 踊る人形 あるいは一一 一の告発 踊る。 踊り続ける。 糸の切れた、人形のように。 インヤンガイの路地裏で、シューラは息絶えた。 胸から噴き出る鮮血が、路地を濡らす。 誰がシューラを殺したか。 シューラを殺したのは、ジャン=ジャック・ワームウッドだ。 彼が殺した。 銀色の、中折れ式リボルバーで。 標的との間にあった、障害物をすり抜けて。 ジャンの肩の上でビアンカが笑う。認めまいと、一は耳を塞ぐ。 それを指摘したのは、一であったのに。 モフトピアの浮き島で、ジャン=ジャック・ワームウッドは死んでいる。 その青い目は、もう二度と開かない。 誰がジャンを殺したか。 ジャンを殺したのは、ジョヴァンニ・コルレオーネだ。 彼が殺した。 黒檀の仕込み杖で。不可視の刃で切り裂いて。 薔薇の結界の中、一は叫ぶ。 こんなこと、ありえない。 だってここはモフトピアなのに、と。 ヴォロスの森の湖のそばで、ジョヴァンニ・コルレオーネは絶命した。 割れたモノクルの破片が、無惨に散らばる。 誰がジョヴァンニを殺したか。 ジョヴァンニを殺したのは、那智・B・インゲルハイムだ。 彼が殺した。 そのヴァイオリンで。弓の弦で斬って。体内の血液を沸騰させて。 どうして。どうして。 どんな理由で。 一の声はくぐもっていく。 壱番世界の砂漠の中で、那智・B・インゲルハイムはこと切れた。 口元に、いつもの苦笑を残したままに。 誰が那智を殺したか。 那智を殺したのは、シーアールシーゼロだ。 彼女が殺した。 圧倒的なその力で。巨大なすがたで、押しつぶした。 一は呆然と立ちすくむ。 ブルーインブルーの小さな島で、シーアールシーゼロは殺された。 見開いた銀の瞳は、まだまどろんでいるかのよう。 誰がゼロを殺したか。 ゼロを殺したのは、ムジカ・アンジェロだ。 彼が殺した。 その拳銃で。歌う詩を銃弾に刻んで。 「ムジカさん……」 振り向くムジカに、一は息を呑む。 「さあ、きみの番だよ」 ムジカは一に言う。 「きみがおれを殺すんだ。そのスタンガンを最高出力にして」 「いやです」 一は首を横に振る。振り続ける。 「その後で、シューラさんがきみを殺す。そして、この物語は完結する。ホワイダニットが適用されないまま、謎は謎のままに。探偵と被害者と犯人が入れ替わり立ち替わり踊り続ける輪舞曲が」 「いやです」 一は告発する。 登場人物ではなく、この舞台を見ている「観客」を。 「この事件は矛盾だらけです。どれも成立しません」 こんな謎は、必要ありません。私に謎は要りません。 探偵という存在が誰かの犠牲の上にしか成り立たないというのなら、私は探偵にはなりたくない! 一がそう叫んだとたん―― すべての事件は、霧のなかに消えた。 ◇◇ ◇◇ 「ならば、あなたにもお聞きしましょう。誰が、シャーロックホームズを殺したのか」 水色のドレスの女の問いに、一はにべもなく答える。 「作者です。コナン・ドイル。自分が生み出したホームズの人気にうんざりしたドイルは、彼を作中で殺した」 「だが」 そのあとを受けたのは、ムジカだ。 「アーサー・コナン・ドイル卿が殺したホームズは復活した。読者の要望が、あまりにも強かったから」 ◇◇ ◇◇ 「いやぁ、ごめんなさいアドラーさん。私、最初から探偵には向いてないみたいです。代理なもんで」 《たそがれのチェンバー》は、シンプルな白のテーブルに、丸椅子が八つ置かれただけの場となっていた。 一は肩を竦める。 「探偵って、事件を……、悲劇を最初から回避することって、できないじゃないですか。ヒーローにはなれない存在ですよね」 「そしてあなたは、人の正義と感情を重んじすぎる、ということね」 アイリーン・アドラーを名乗った女は、やわらかに微笑む。 「そろそろ、きみの正体と目的を知りたいね」 ムジカが言ったが、女は受け流すだけだ。 「ただのシャーロキアンですよ。おそらくはあなたと同じ。作者が殺した名探偵を、蘇らせたいと願った読者のひとり」 「ならば、きみはなぜ、シャーロキアンなのかな?」 「私の本性は水。如何ようにも姿を変えられます。だからこそ、ゆるぎない器を求めているのかも知れません」 「……美人と知り合えてうれしい」 握手を求める那智を、女は不思議そうに見つめ、 「光栄です」 そっと、その手を握り返した。 ◇◇ ◇◇ チェンバーを辞しながら、ムジカは振り返る。 「また、招待状を送ってくれるかい?」 「お望みなら」 水の女は、さざ波のように笑った。
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