ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
黒一色の背景に、洒落た一本足の机と、二つの椅子が舞台の上に在った。 ぽつん、とある。 「これは、中々の舞台ですね」 二つのうちの一つの椅子に座っているMrシークレットはそう呟きつつ、ぐるりと舞台を見回す。 「どれ、一つ手品でも」 『客の居ない劇場で楽しく手品ができるとは、毎度恐れ入るよ』 もう一方の椅子から、声がする。 シークレットは、ぱちんと指を鳴らす。徐にシルクハットを脱ぐと、中から鳩が飛び出してくる。 「ライフワークですからね」 一羽の鳩が、シークレットの肩にとまる。シークレットは鳩を指の上に乗せ、勢い良く空へと放つ。 ぽん、という軽快な音と共に、鳩は紙吹雪へと変化し、ひらひらとステージ上を彩る。 「こんなことを始めて、そろそろ何年でしたか」 『200年近く、といった所かな』 なるほど、とシークレットが頷く。 すると、一瞬のうちに背景が変わる。 緑豊かな自然。耳を澄ませば、鳥のさえずりが聞こえてきそうだ。 「ここでは、鳩が一羽帰ってきませんでしたね」 再び背景が変わる。 高層ビルが立ち並ぶ、近代的な街並み。ぎらぎらとネオンが光り、沢山の車や電車がせわしく動いている。 『足を止めてみてくれる人が、少なかったな』 また、変わる。 黄金の稲穂が、風に揺れている。子ども達の笑い声まで、聞こえてきそうだ。 「手品に驚いてくれて、とてもやりがいがありましたね」 青い海に囲まれた、小さな孤島。 真っ白な雪に覆われた、寒く白い世界。 色とりどりの花が咲き誇る、美しい野原。 どこまでも地平線が続いていく、広々とした砂漠。 様々な世界が背景に現れ、シークレットの記憶を呼び出し、また変化する。 「200年ですか」 シークレットは呟く。笑顔を携えたまま。 「思えば、色々な所にいったものですね」 『君は何処に行っても、にこにこ笑って手品をするばかりだったな』 声が聞こえる。呆れたような、笑んでいるような。 それに対し、シークレットは表情を崩さぬまま、答える。 「ライフワークですから」 背景がまた、変わった。 今度は、今までとは雰囲気が違う。何処にも美しさの欠片が見当たらない、血みどろの戦場跡だ。 『そして、君は。気に入らない人間は、にこにこ笑って手品で殺す』 シークレットは、答えない。 答えないから、声は続ける。 『心を開いているふりをしながら生きるのは、そろそろ疲れたんじゃないか?』 「そんな感覚は、当の昔に空の彼方ですよ」 シークレットは言葉を紡ぎ、シルクハットを被りなおす。 「今となっちゃ、これが私です」 ぱちん、とシークレットは指を鳴らした。 今度は鳩が出ることは無い。ただ、背景が駅のホームへと変わっただけだ。 「ところで?」 シークレットは、すっと椅子から立ち上がる。 目の前に座している存在に向かい、悪戯っぽく笑いながら。 「こんな実りの無い会話が、神託なのでしょうか?」 シークレットの問いに、椅子の上の存在が小さく笑う。 『ここでの神託は、それを望む人の心に現れるものさ』 ぎし、と目の前の椅子が軋む。 『望んでない人間に現れるわけがないだろう』 「それもそうですね」 『さぁ、遊びはやめて、そろそろ帰ろうか』 シークレットは「ンフフ」と笑う。 「結局、今回も駄目ですか」 シークレットの言葉に、相手は答えない。 「しかし、毎度ながら。貴方は私に嫌味ばかりですね」 『そうかな?』 「そうですよ。もう、200年の付き合いでしょうに」 シークレットはそう言いながら、椅子の上の存在に語りかける。 じっと、その者を見つめつつ。 「ねぇ……」 シークレットは、相手に呼びかける。 「メルシー」 目を開くと、白い二つの山があった。 柔らかく、暖かい。生暖かい、といった方がいいだろうか。 もふっとした、オウルフォームのセクタン、メルシーの尻である。 むくっと起き上がろうとすると、シークレットの顔に座っていたメルシーは少しだけ羽ばたき、どけてくれた。 ようやく視界が開け、息がしやすい。 シークレットは小さく微笑み、少しだけ息を吐き出し、メルシーと向かい合う。 「……はいはい。それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」 声をかけると、メルシーはシークレットの肩にとまった。 了承の合図のように。 <戯れの会話の余韻を残しつつ・了>
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