ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは、モフトピアからの駅に向かう途中で足を止めた。 駅の手前で、ぱた、と倒れているアニモフを発見したのだ。 「そなた、どうしたのじゃ!」 ジュリエッタは慌ててそのアニモフに駆け寄る。ふわふわの猫のようなアニモフだ。 「お、おなか」 「お腹? お腹が痛いのか!」 慌ててさすろうとしたその瞬間、ぐううう、と大きな音が鳴り響いた。 「む?」 「……おなか、すいたの……」 腹痛ではなく、空腹。 「なんじゃ、びっくりさせおって」 ははは、と笑うジュリエッタだったが、アニモフは笑わない。 「な、なんじゃ。そなた、そんなにお腹が空いておるのか」 尋常ではないと察知したジュリエッタは、慌てて背にしていたリュックの中を探る。すると、奥の方からクッキーの箱を発見する事ができた。 ついでに、温かな紅茶の入った魔法瓶も。 「ほら、良かったら食べるのじゃ」 「うわあ」 アニモフはにこーっと笑うと、夢中でクッキーを食べ始めた。途中、詰め込みすぎてゴホゴホと咳き込んでいる。 「慌てずとも、ゆっくり食べるのじゃ」 こぽこぽと魔法瓶からコップに紅茶をいれ、アニモフに差し出す。「熱いから、気をつけてのう」 口いっぱいにクッキーを詰め込んだアニモフは、こくこくと頷いて紅茶を飲む。 「あつっ!」 「じゃから、言ったじゃろうに」 ジュリエッタは思わず苦笑する。 そうして、箱一杯に合ったクッキーと魔法瓶に入っていた紅茶を全て平らげた後、ほう、とアニモフは息を漏らした。 「……生き返ったの。ありがとうなの」 ぺこ、とアニモフは頭を下げる。 「なに、構わぬ。それよりも無事でよかったのう」 「あの、ぼく、お礼を」 ぱたぱたとアニモフは自らの体を触る。何か持っていないか、探るかのように。 「いやいや、要らぬよ。そなたがあれで元気一杯になったのなら、それがわたくしへの礼じゃ」 「でも」 「構わぬ構わぬ」 にこにこと笑うジュリエッタに、アニモフはきょろきょろと辺りを見回す。そして「あ」と声を出した後、その場にしゃがんで花を手折った。 「あの、これ」 すっとジュリエッタに差し出したのは、綺麗な一輪の花だ。 「わたくしに?」 「はい。お礼には、ならないかもなのだけど」 ジュリエッタは申し訳なさそうなアニモフから、花を受け取る。きらきらと露が光に反射して、まるで虹色だ。 「ありがとう。凄く、嬉しいのう」 「本当?」 「もちろんじゃ!」 アニモフも嬉しそうに笑う。そして、駅に再び向かいだすジュリエッタに、何度も何度も手を振った。 「ふむ、本当に綺麗じゃのう」 花を見つめ、ふふ、とジュリエッタは笑う。 「あ、その花」 ぴたり、とまたジュリエッタは足を止める。今度はウサギ型のアニモフが立っている。 「この花が、どうかしたのか?」 「その花、探してたの。後一本で、これが完成するの」 ずい、と差し出したのは花輪だ。なるほど、ジュリエッタが貰った花で作られているが、ここら辺にはもう同じ花が咲いてない。 「友達が病気なの。元気付けてあげたいの」 「なるほど。ならば、是非とも使ってくれ」 ジュリエッタは花を差し出す。 「うわあ、ありがとうなの!」 アニモフは嬉しそうに受け取り、代わりにといわんばかりに、小さな球を差し出した。 「これ、さっき拾ったの。お礼なの」 ジュリエッタは、差し出された球を受け取る。ほんのり青い色をした、透明な球だ。ビー玉のような、水晶のような。 球の中心に細い糸を通せるような穴が空いているので、ペンダントの一部だったのかもしれない。 「とても綺麗じゃのう。ありがたく、いただこう」 「ううん、こちらこそ、ありがとうなの!」 ジュリエッタは花輪を大事そうに持つアニモフに手を振り、再び駅を目指す。 球を見ながら暫く行くと、また別のアニモフに声をかけられた。 「それ、わたしのなの。探していた、ネックレスの球なの!」 そう言いながら、アニモフはネックレスをずいっとジュリエッタに差し出す。 なるほど、先が千切れてしまっているネックレスの球と、先程貰った球は同じものだ。 「それは良かった」 ジュリエッタは、快く差し出す。 「よかったの。これで、全部揃ったの」 ほっとしたようにアニモフは言った後、袋から綺麗なコサージュを取り出す。 「これ、わたしが作ったの。お礼なの」 「おお、これは綺麗じゃのう」 薄紫の花をあつらえたコサージュは、あでやかで美しい。 「貰ってよいのかのう?」 「もちろんなの。本当に、ありがとうなの」 「いや、こちらこそありがとうのう」 ジュリエッタは礼を言い、そのコサージュを胸に着けて歩き出す。なんとなく、お洒落になった気がする。 「あ、そのコサージュ!」 また歩いていると、声をかけられた。胸に薄ピンクのコサージュを着けた、アニモフだ。 「これかの?」 ジュリエッタが胸に着けたコサージュをさすと、そのアニモフは何度も何度も頷く。 「そう、それなの。今話題の、一品物なの!」 「ほほう、人気のコサージュ作家アニモフじゃったのか」 感心したように、ジュリエッタは頷く。 「お願いなの。そのコサージュ、譲って欲しいの」 「そなたは、コサージュが好きなんじゃのう」 ジュリエッタはコサージュをとり、アニモフに渡す。アニモフは嬉しそうにそれを受け取った後、すっと瓶を差し出した。 「それ、わたしの秘蔵のジュースなの」 「ほほう」 光にかざすと、透明な薄紅色をしていた。 「しかし、良いのか? 秘蔵なのじゃろう」 「うん。このコサージュが、嬉しいの。ありがとうなの」 にこにことアニモフは答える。ジュリエッタは礼を言い、手を振ってその場を後にする。 「そういえば、こういう御伽噺があったのう」 くすくすと、ジュリエッタは笑う。最初はクッキーだった。それが花となり、ネックレスの球となり、コサージュとなり。今はジュースになってしまっている。 不思議な縁を感じていると、また更にアニモフが声をかけてきた。 「そ、その手に持っている瓶……」 「え?」 きょとんとしていると、アニモフはジュリエッタの持っている瓶をじっと見つめている。 「ああ、これか。これが、どうしたのじゃ?」 「それ、伝説のももいろジュースなの!」 「これが?」 ジュリエッタは、アニモフに差し出す。アニモフは何度も瓶を見、ぽんと中をあけて匂いを嗅ぎ、こっくりと頷く。 「間違いないの! だから、あの、その……交換して欲しいの!」 アニモフはそう言い、二つの箱を持ってきた。 一つには、黄金のトマトが沢山入っていた。 「それは、滅多に実らない、至高の味が堪能できるトマトなの」 もう一つには、金銀財宝が入っていた。 「ぼくの、目一杯の財産なの」 「そんなに凄い逸品なのか」 ジュースを見ながら言うと、アニモフはこっくりと頷く。 「大好物なの。でも、もう売ってないの。だから、ぼくの宝物と、交換して欲しいの」 「ふむ」 二つの箱を見比べ、ジュリエッタは「そうじゃのう」と言った後、一つの箱を手にした。 黄金のトマトが入った箱を。 「こっちを、もらってよいかのう?」 アニモフはにっこりと笑って頷く。 「もちろんなの」 「では」 箱の中から一つ、ジュリエッタはトマトを手にする。そして、かぷ、とかぶりついた。 「……っ!」 言葉に出来ない。 美味しすぎて、何と言っていいのか分からない。 ジュリエッタはホクホク顔でその一つをあっという間に平らげ、残りをリュックに詰め込む。 「本当に、そっちで良かったの?」 ジュースを握り締めるアニモフが、尋ねる。ジュリエッタは「もちろんじゃ」と笑顔で返す。 「金銀財宝は、長き刻を得た自分がいつか手に入れることができるかもしれぬ。じゃが、黄金のトマトはいつ行き当たるか分からぬ」 きゅ、とリュックの口を閉じ、背負う。 ずし、とトマトの重みがジュリエッタの両肩にかかる。 「ここは、より好きなものを選んだだけのこと!」 「それなら、良かったの」 ニコニコと笑うアニモフに、ジュリエッタは「じゃあの」と手を振る。 「さあ、どんな美味しいトマト料理ができるか、楽しみじゃ!」 駅に向かいながら、ジュリエッタは呟いて笑う。 ロストレイルが、もう少しで到着するのを見つめながら。 <黄金のトマト料理に思いを馳せつつ・了>
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