ぴょん、と勢い良くロストレイルから降り立った兎は、目を輝かす。 ふわふわの世界、もふもふの生き物。 どれもが優しく、温かで、愛らしい。 「ここが、モフトピアなんだね」 兎はそう言って、振り返って三人を見る。 「あんまりはしゃぐなよ、兎」 呆れたように言う鬼兎だが、その目はちゃんと兎を見守っている。 「そうそう。あまりはしゃぎすぎると、こけてしまうぞ」 同じく、柊 黒も嗜めるように言う。が、その目はきょろきょろとしてせわしない。 そして、何かを見つけて「あ」とだけ声を出す。 「兄貴、いいんだぜ? 行っても」 「……何の話だ?」 黒の様子に、柊 白が欠伸しながら促す。 黒は何事も無いように返したのだが、明らかに近くにいるアニモフ達を見つめているのだ。 「あ、お客さんなの」 ぴょこ、と猫型のアニモフが顔を覗かせる。 「本当なの。いらっしゃいなの」 ぴょこぴょこ、と、熊型のアニモフがやって来る。 「一緒に遊ぼうなのー!」 ぴょんぴょん、と、兎型のアニモフが飛び跳ねている。 「……うん!」 兎は満面の笑みで頷き、アニモフ達の輪の中へと入っていく。 「おい、兎。さっさと行くな」 慌てて兎を鬼兎が追いかけようとするが、アニモフ達が鬼兎を取り囲む。 「きみも、一緒に遊ぶのー」 「何して遊ぶのー?」 「お花摘むのー?」 きゃっきゃっとはしゃぎながら、アニモフ達は鬼兎に話しかけてくる。 「お、俺は」 ちらり、と兎を見ると、既にアニモフ達の中に入って楽しんでいる。鬼兎は「ええい」と呟いた後、ぼふ、と輪の中心に座り込む。 「花だろうが何だろうが、摘んでやるよ!」 鬼兎の言葉に、アニモフ達は「わーい!」と言って、花を摘み始める。 「花、か」 ぽつり、と黒が呟く。 「いいから、行って来いよ、兄貴」 ぽん、と白は黒の背を押す。突然の事に、黒は思わずその場に躓いてしまう。 「白、お前っ……」 「大丈夫なのー?」 白に文句を言う前に、もふっとした手が差し出される。見上げると、犬型のアニモフが手を黒へと差し伸べている。 「こけてしまったのー。痛いの?」 「ぼくもね、よくこけちゃうのー」 えへへ、と猫型のアニモフが照れたように笑う。 「だ、大丈夫、です」 思わず黒は、きゅっと唇を結ぶ。 撫で回したり、抱き締めたりしたい手が、小さく震える。 「怖いのー?」 「もう大丈夫なのー」 その手を、きゅっきゅっとアニモフ達が握り締めてくれる。 もふもふで、暖かい。 「大丈夫、です!」 黒はその手を握り返す。やっぱり、もふもふしている。 「よかったな、兄貴」 ふぁ、と白は欠伸をする。そして、傍らに大きなバスケットを置き、ごろんとその場に横になった。 バスケットには、お弁当が入っている。 このピクニックのために、朝早くからお弁当作りをしてきたのだ。 うとうととする視界の先に、三人の姿を白は見る。 アニモフ達と楽しそうに遊んでいる、兎。きゃっきゃっとはしゃぎながら、鬼ごっこをしているようだ。 アニモフ達に遊ばれている鬼兎。花を摘んで、花輪を次から次へと作らされている。しかし、満更でもなさそうだ。 アニモフ達に囲まれている黒。もふっとしている手を離さず、その場でアニモフ達と静かな時を過ごしている。至福の時間を。 「きみは、寝るのー?」 「うーん……眠たくってね」 「そうなのー。ゆっくり寝るのー」 白いもこっとしたアニモフと短い会話をし、白は眠りにつく。 優しく温かなモフトピアは、居眠りに丁度よかった。 白は目を覚まし、大きく伸びをする。時間を確認すれば、丁度昼頃だ。 「兎、鬼兎、兄貴。弁当にしようぜー」 声をかけると、三人ともがやってきた。ついでに、一緒に遊んでいたアニモフ達もやってきた。 「ご飯なのー?」 「ぼくたちも、ご飯食べに帰るのー」 「そっか。じゃあ、また食後に遊ぼう」 兎が言うと、鬼兎も「俺も」と口を開く。 「遊んでやらない事もない」 「私もです」 すかさず、黒が頷く。 「はいはい、じゃあ俺が腕によりをかけたおべん……」 ――お弁当を食べてからな、と白が言おうとした、まさにその瞬間だった。 開いたバスケットは、見事なまでに、空だった。 いや、正確には空ではない。お弁当の中身が、空だったのだから。 「なっ……!」 慌ててよく中身を確認すると、小さな羊のアニモフ達が、バスケットの中から覗いている。 つまり、羊型のアニモフ達が平らげてしまったのだ。 「……こうなったら、ここに居るラム肉たちを食べるしか」 暫く考えた後、白が静かに口を開く。 「よろしい、ならば戦争だ」 黒がぴしゃりと言い放つ。羊型のアニモフが、怯えたように見上げている。 「じゃあ、そういう事で」 白が羊型のアニモフに手を伸ばす。 「駄目だよ、絶対に駄目だよ! 食べちゃ、駄目!」 慌てて、兎が止める。 「でもさ、兎。俺の作ったお弁当を食べられちゃったんだぜ」 「食べちゃ駄目! 食べたら、白兄と口聞かないからね!」 兎に言われ、白は「仕方ねぇな」と手を引っ込める。 「実際、腹は減ってるんだよな」 お腹を摩りつつ、鬼兎が言う。 「何か、食材でもあればいいんだが」 羊型のアニモフをバスケットから出しつつ、黒は言う。 「そうしたら、適当に作ってやるんだけどなぁ」 白がそういった途端、アニモフ達から「あ」と言う声が聞こえた。 兎と遊んでいた、アニモフ達だ。 「ぼく、食材のなる木って、聞いた事あるのー」 「食材のなる木?」 兎の問いに、アニモフ達はこくこくと頷く。 「うん、確か森の中にあるって聞いたのー」 「あ、それぼくも聞いた事あるのー」 きゃっきゃっと、アニモフ達が話し始める。 「で、何処の森にあるんだ?」 鬼兎の問いに、アニモフ達は「あっちなの」とぽてぽて歩き始める。四人は顔を見合わせた後についていき、沢山の木々が生い茂っている森の入口に辿り着いた。 「ここなのー」 「でも、詳しい場所は知らないのー」 少しだけしょんぼりしたように、アニモフ達が言う。 「ううん、ここから先は僕たちで探してみるよ。ありがとう」 兎が礼を言うと、他の三人もこっくりと頷く。 アニモフ達はそれを見て、嬉しそうに笑った。 「じゃあ、さくっと探しに行きますか」 白が言い、四人は揃って森へと足を踏み入れるのだった。 森の中は、思ったよりも暗くなかった。そよ風に木々の葉っぱが揺れ、きらきらと木漏れ日が落ちてくる。 「気持ちいいねぇ」 うーん、と伸びをしながら、兎は言う。 「腹が減ってなければ、もっとよかったんだけどな」 溜息混じりに、鬼兎は言う。 「やっぱり、ラム肉」 「却下」 白の言葉を、黒が素早く遮る。 「まあまあ、白兄。これもピクニックの一環だと思えば、楽しいよ」 「腹は減っているけどな」 フォローする兎に、言葉を挟む鬼兎。ある意味、息がぴったりである。 「……ごめんなさいなの」 突如声が聞こえ、四人は一斉に声のした場所を見る。 白が持っている、バスケットの中からだ。 「え、まだいたのか?」 ぱこん、と開くと、中から小さな羊型アニモフがひょこっと顔をのぞかせた。 「……いたのか」 黒はそれだけいい、きゅっと唇を結ぶ。手がうずうずとしている。 「紛れ込んでいたんだね。外に出る?」 兎が尋ねると、アニモフはこっくりと頷く。そっと黒が手を伸ばそうとするが、それよりも先に鬼兎がひょいっとアニモフを外に出してしまった。 「な、なんだよ、黒兄」 「……別に」 別にと言いつつも、目線が冷たい。 白は「まあまあ」ととりなしながら、アニモフに話しかける。 「もう謝る必要はないって。そりゃ、ラム肉になってくれるなら話は別だけど」 「白」 「白兄」 黒と兎から突っ込みを受け、白は「冗談だって」と付け加える。 「それで、お前は知ってるのか? 食材のなる木ってやつ」 鬼兎が尋ねると、アニモフは首を横に振る。首と言うか、もふっとした体を。 「ぼくは知らないけど、知ってるかもしれないの」 「誰が?」 兎が尋ねると、アニモフはこっくりと頷いた後、ちりりりん、と首に掛かっている鈴を鳴らす。 涼やかな音が、森の中に響き渡っていく。 「……ん?」 鬼兎が、耳を澄ます。ぽふ、ぽふ、という音が、徐々に近づいてきたからだ。 「あ、あれ!」 兎が、近づいてきたものを指差す。 現れたのは、アニモフ。羊型のアニモフ。 だが、なぜか八頭身である。 「……兄貴、あれ、どうよ?」 白は、八頭身アニモフを見つめた後、ちらりと横目で黒を確認する。 黒は絶句していた。目を大きく見開き、口を小さく開き、何か言いたそうに……しかし何も言えず、ただただその場に立ち尽くしていた。 「……アニモフって、こういうのも、いるんだな」 ようやく、鬼兎が口を開いた。兎はただただ、こっくりと頷くだけだ。 八頭身アニモフは、ぺこりと頭を下げた後、一本の木の前を指し示した。 「わあ、凄い!」 兎は思わず声を上げる。 その木には、果物や野菜、それになぜかハムなどの食材がたわわに実っていたからだ。 「これだけあれば、しこたま食事が作れるな」 白はそう言いながら、空のバスケットに食材を入れていく。 「……確かに凄いな」 ようやく気を持ち直し、黒が言う。 「凄いもの知ってるな、お前」 鬼兎は、八頭身アニモフに話しかける。が、相手は既に居ない。 「あの子は、用が終わったから、帰ったの」 羊型アニモフがそう言って、笑った。 「あの子」 「あの子、と来たか」 「……あれで、あの子」 ぶつぶつと突っ込みを入れる三人に、兎が「ええと」と苦笑する。 「と、とにかく。食材が手に入ってよかったね!」 兎の言葉に、三人は「それもそうか」と頷く。 だが、四人揃って八頭身アニモフの姿が、脳裏に焼きついたままであった。 食材の木から採った食材を使い、白は料理を作っていく。 黒は一切手伝わない。それが黒の手伝いでもある。 「わあ、良い匂いなのー」 料理の匂いにつられ、アニモフ達が集ってきた。 「沢山あるから、食べていけばいいさ」 白が料理を作りながら、アニモフ達に声をかける。アニモフ達は一様に「わあい」と言いながら喜びあった。 「……やはり、こうでないと」 きゃっきゃっと楽しそうにしているアニモフ達を見て、黒が呟く。 「はい、どうぞー」 兎は料理を取り分け、アニモフ達に振舞う。 「おい、待て。それは俺のだから! こっちのをやるから!」 鬼兎も、自分が食べつつ、自然とアニモフ達にも分けてやっている。 「ほらほら、順番だ順番。慌てなくてもいいんだからさ」 白は料理を作りつつ、アニモフ達にあげていく。もちろん、ちゃんと自分でも食べながら、である。 「よく噛んで、食べるんですよ」 優しく黒は取り分けてやる。アニモフを見る目が、より一層優しい。衝撃的映像が、やっぱり頭から離れていないようだ。 羊型アニモフも、また集って食べていた。白のお弁当を、食べつくしていたにも関わらず、である。 「よく食べるなぁ、お前ら」 苦笑気味に、白は言う。 「沢山食べて、大きくなれば良い」 黒はそう言って頷く。心なしか、嬉しそうだ。 「でかくなって、ラム肉に」 「もう、鬼兎ってば!」 悪戯っぽく言う鬼兎に、兎が突っ込む。 わいわいと楽しい食事会は、食材が続く限り続くのだった。 帰りのロストレイルで、白と黒は目の前に座る兎と鬼兎を見て小さく笑う。 二人は、すこん、と寝てしまっていた。余程楽しかったのだろう。 「たくさん、遊んだもんな」 白は小声で黒に話しかける。二人を、起こしてしまわないように。 「よく食べていたしな」 黒も小声で返す。 モフトピアにいる間、遊んで、食べて、遊んで遊んで……笑って。 目一杯楽しんだのだ。 こうしてすっかり寝入ってしまったのも、無理もない話だ。 「楽しんでくれて、よかったな」 白はしみじみと呟く。 元々、今回のピクニックを決めたのは、兎の元気がなかったからだった。 元の世界にいる仲間たちの安否を思い、そしてまた寂しさも募らせ。日々、不安な気持ちを抱いていたようだった。 どうにかして気分転換ができないかと白は考え、黒や兎が前々から行きたがっていた場所であるモフトピアへのピクニックを提案したのだ。 もちろん、理由は内緒にして。 「……少し、元気が出たようだしな」 黒の言葉に、白は思わず顔を上げる。 「ばれてたか」 苦笑交じりに言うと、黒は「当たり前だ」と言い放つ。 「分かりやすいからな、お前は」 「兄貴ほどじゃないと思うんだけどな」 「……どういう意味だ?」 二人が話していると、ふにゃ、と兎が口を開く。 「白兄……黒兄……ありがと」 ふにゃふにゃ、と言っている辺り、寝言であろう。 事実、兎はそれだけ言うと、またすーすーと寝息を立て始めたのだ。 白と黒は顔を見合わせ、微笑み合う。 ガタンゴトン、とロストレイルが走る音が、心地よい。 二人は眠っている兎と黒兎を見ながら、緩やかな振動に身を任せた。 「……兄貴は、楽しかった?」 ふと、白は黒に尋ねる。黒はこっくりと頷く。 「まあ、一部は、ある意味といったところだが」 一部に該当するのは、間違いなくあの八頭身アニモフだろう。 白はぶーっと噴出すのをなんとか堪えつつ、ロストレイルから窓の外を眺めた。 楽しかった思い出を乗せて我が家へと向かう、ロストレイルが走る空を。 <楽しい時間を反芻しつつ・了>
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