オープニング

 お盆。
 壱番世界には、灯篭を流して死者の霊を慰める風習がある。
 海へと続く大きな川のあるこの町でも、灯篭流しは行われている。
「興味、ありますかー?」
 音琴 夢乃はにこにこと笑いながら、集まってきた三人、煌 白燕、ジューン、ソア・ヒタネを見る。
 時は既に夕暮れ時。橙色に光る空が、優しく四人を包み込むかのようだ。
「出店があっちでー、太陽が落ちたらあそこから灯篭を流してー」
 夢乃は沢山立ち並ぶ出店を指した後、川のほとりを指す。
 なるほど、行き交う人々は皆、思い思いの灯篭を手にしている。
「今から作るなら、材料も揃ってますよー」
 近くに、簡易テントが張られていた。そこには「灯篭作成所」という看板がついており、灯篭を作るための和紙や竹などが、ずらりと並んでいる。
 また、既に完成したものも置いてある。文字だけを書けば良いだけのもののようだ。
「さあ、どこから行きますかー?」
 夢乃が尋ねると、胸に抱いている真っ白なデフォルトセクタン、大福屋しずくも、尋ねるかのように小首を傾げるのだった。

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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
音琴 夢乃(cyxs9414)
煌 白燕(chnn6407)
ジューン(cbhx5705)
ソア・ヒタネ(cwed3922)

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品目企画シナリオ 管理番号2086
クリエイター霜月玲守(wsba2220)
クリエイターコメント この度、企画シナリオを担当することになりました、霜月玲守です。こんにちは。
 灯篭に死者への思いを、または祈りたい気持ちを乗せて、川へと流してください。

1.灯篭流し
 思いや気持ちを書き込んでくださいませ。

2.出店回り
 どの出店に行きたいですか?
「食べ物系」や「娯楽系」といった、大まかなものでも構いません。

3.灯篭作り
 和紙の色や文字をお書き添えください。

 以上三点について、プレイングで書いてくださいますと嬉しいです。
 宜しくお願いいたします。

参加者
煌 白燕(chnn6407)ツーリスト 女 19歳 符術師/元君主
ジューン(cbhx5705)ツーリスト その他 24歳 乳母
音琴 夢乃(cyxs9414)コンダクター 女 21歳 学生
ソア・ヒタネ(cwed3922)ツーリスト 女 13歳 農家

ノベル

 灯篭を作ることの出来るテントに、四人はいた。
 ジューンが、最初に灯篭作りに参加したい、と言ったためである。
「これが、灯篭なのですね」
 見本となる灯篭を見て、ジューンは感心したように言う。
「こっちで作れるみたいですねー」
 蓮の透かしが入った和紙を手にしながら、音琴 夢乃は言う。
「自分で作れるのならば、作り上げたものを流したいな」
 細く切られた竹を手にしつつ、煌 白燕は言う。
「もし作り方がわからなければ、教えてあげますよ」
 にこ、と笑いながらソア・ヒタネは言う。
「私はあまり器用ではないから、請ったものは出来そうにないんだが」
「大丈夫です。わたし、作りなれてますから」
 目を細めつつ、ソアは言う。故郷でも参加してきたのだ。お盆に帰ってきた先祖の魂を見送ると言う、灯篭流しの行事に。
「こういうものは『思いが大事』なのだものな」
 白燕の言葉に、夢乃は「その通りですよーう」と言って笑う。
「見本はここにあるし、先生もいるし、色々あるからアレンジも利くし」
「解析すれば、全く同じものを作り上げることができますよ」
 にこ、とジューンは微笑みながら言う。
「じゃあ、早速作ってみましょうか」
 ソアの言葉に、四人は揃って作業台に腰掛けた。


 夢乃は、最初から手にしていた蓮の透かしの入った白い和紙と、無地の和紙を交互に竹の骨組みに貼り付けていく。
 貼り付け終えたら、筆に朱を含ませ、無地の方に曼珠沙華を描いてゆく。
(忙しい、お店だったな)
 祖母を思い返す。
 店が忙しいと中々会いに行かず、店を閉めてからは余計に会いに行かなくなった。
(闘病生活のときは、来るなって言われたし)
 正直なところ、記憶はない。
 しかし、一番近い先祖と言われると、祖母が浮かぶ
「文字は……」
 曼珠沙華を書き終え、いざ文字を書こうとしたところで筆が止まった。
 個人的なことは、なぜか憚られてしまった。
 ならばと願い事を書こうとしたが、浮かばなかった。
(お祖母ちゃん)
 まだ、死というものが分からない。
 あの頃も、今も。
 祖母のために、あと一応大叔母さんの為に、灯篭流しに来たと言うのに。
 まだ、分からない。
「……よし」
 夢乃は筆に黒を含ませ、文字を書く。
 世界平和、と。
「不思議な気持ちですよーう」
 ぽつり、と呟き、完成した灯篭を見つめた。


 見本の灯篭の解析を終了させ、ジューンは自らの灯篭作りに着手する。
 骨組を手早く作り上げ、和紙を貼る工程へと進む。
「……あ」
 見本と同じ和紙を手にしようとし、同じものが同じだけない事に気付く。
 形は全く同じなのに、和紙だけが足りない。
「仕方ありませんね」
 ジューンは異なる柄の和紙を手にし、貼り付けていく。
(世界は、コロニーで見たことないものが溢れていますね)
 惑星国家で生活していれば、当たり前だったかもしれないのだが、知識としてしか知らなかったものばかりが存在している。
 冷たくつるりとした触感がする金属の通路ではなく、ほのかに暖かく柔らかな土がある。
 見上げればすぐに存在した天井ではなく、果てなく広がる空がある。
 エアコンプレッサーを使うことなく風が吹き、農業プラントにしかなかった緑が溢れ、川という名の水が無尽蔵に大地を彩っている。
 どれもが、惑星に下りなければ見られない風景だ。
 それなのに、どの世界にも普通に存在している。
「……できました」
 ジューンの灯篭が完成する。
 見本と1mmも違わぬつくりの、しかし和紙の柄が違う灯篭が。
 解析したのだから、全く同じものができると思っていたのに。
 ジューンは作り上げた灯篭を、見本の灯篭と交互に見る。
 同じつくりのはずなのに、何故か全く違うもののように感じるのだった。


 白燕とソアは、一緒に灯篭を作っていた。
 作れるかどうか不安な白燕に、手馴れたソアが教えながら。
「これで、いいんだろうか」
「そうそう、それで大丈夫です」
 時折、白燕がソアに尋ねる。見本が置いてあるものの、実際作ろうとすると中々に難しい。
「ジューンは、上手だな」
 ちらり、と白燕はジューンの様子を見て言う。見本と同じように作り上げていく様子に、思わず感嘆の声があがる。
「解析できるそうですから。でも、白燕さんの灯篭も、ちゃんと作れていますよ」
「それなら、いいんだが」
 ソアに言われ、白燕は少し嬉しそうに答える。
 手の中の灯篭は、見本よりちょっとだけ形が歪んでいるように見える。だが、自分が作り上げているのはまさしく灯篭であり、他の物には見えない。
(思いが、大事)
 自らが発した言葉を、心の中で反芻する。
 簡素でいいのだ。大事なのは思いであり、こうして自らの手で作り上げると言うことだ。
「出来上がったら、文字を書くと良いですよ」
「何を書けば良いんだろうか?」
「それはもう、白燕さんの書きたいことを」
 白燕は、灯篭に向き直る。
(……彼女は、どうなっただろうか)
 不意に思い浮かぶのは、己の身代わりになった女性。服をお貸しください、と凛とした声が聞こえる。
 今も、耳の奥に、響いている。
(街が燃えた。兵が荒らした。おそらく……死者も出ただろう)
 どんなに前向きに考えたとしても、誰一人死すこともなかったとは思えなかった。
 白燕は筆を手に取り、灯篭に文字を書く。
 誰も読むことは出来ぬ。放逐された世界の文字だ。
「何と、書かれたのですか?」
「魂、だ。なかなか、機会がなくてな。こうして、弔えるきっかけが出来たから」
 静かに白燕は答え、文字を見つめる。
 ああ、魂は、ここに在る。


 白燕が静かな眼差しで灯篭を見つめる横で、ソアも灯篭を作る。
 教えながら作っていたので少し作業速度が遅れているが、そこは経験でフォローする。
 手早く、綺麗に。
 迷うことなく作り上げ、白の和紙を手にする。
「じゃあ、文字を」
 筆をとり、いつものように「ご先祖様 見守っていてくれてありがとう 来年もまた来てください」と書こうとする。
 だが、筆は一向に文字を書こうとはしない。
(ここ、違う世界だから……)
 果たして、違う世界にご先祖様は来るだろうか。世界も何もかも飛び越えて。
(来てないんじゃないかなぁ)
 逆に、来ていたら凄い。世界を飛び越えてしまった子孫の一人のために、先祖の霊までも世界を飛び越えてくるだろうか。
「あ」
 ソアは気付く。
 頭では理解していた。新しい生活が始まったとも思っていた。世界の説明をされ、ツーリストなのだと教えられ。
(わたし、一人きりなんだ)
 先祖は来ない。世界が違うから。
 ソアは元の世界にはいない。今あるのが現実だから。
(わたし、わたし)
 ソアは手の中の灯篭と、見本の灯篭を見比べる。
 似ているが、やはり違う。世界が違うのだから、当然と言えば当然だ。
(夢の延長だと、思っていたのかなぁ)
 ぞくり、と背筋が震える。生まれて初めての逆境に、ソアはようやく実感したのである。
「……ソアちゃん、大丈夫?」
 声をかけられ、顔を上げる。そこには、夢乃が心配そうに顔を覗き込んできた。
「わたし」
「顔色悪いけど、大丈夫? 疲れちゃった?」
 胸がじんとした。
 そして先ほどまで感じていた恐怖を振り払いつつ、仲間達を見る。
 ジューンも、白燕も、心配そうにこちらを見ている。
(今の、家族)
 故郷の村人達は、家族同然だった。となれば、今の家族は彼女達だ。
「あの……ご迷惑でなければ、わたしも一緒にお祈りさせてください」
 ソアの申し出に、三人は快く応じた。
 おそらく、三人が灯篭に寄せるのは、大切な人だ。ならば、ソアは大切な人達を一緒に弔いたかった。
 今の家族の、大切な人たちを。
 ソアはそれぞれの側面に、文字を書いていく。
 夢乃の祖母に、夢乃を見守って貰うように。
 白燕の国民に、白燕を見守って貰うように。
 ジューンは特にいないとのことで、壱番世界の平和を願う。
 そうして最後に、自分を。
「故郷のご先祖様 家族みんなを見守っていてください」
 書き上げた文字を見つめ、ソアはゆるりと微笑むのだった。


 まだ灯篭を流すまでに時間があると言うことで、出店を冷やかすことになった。
 作った灯篭は、一時預かりに預けてあるので安心だ。
「あ、皆さん。りんご飴ですよ」
 ソアがりんご飴を見つけ、指差す。「やっぱり、お祭りといえばりんご飴です」
「へぇ、りんご以外にも色んな飴があるんだな」
 いちごやパイナップル、みかんや葡萄といった、様々な果物の飴が並んでいるのを見て、白燕が頷きながら言う。
「とても赤い飴ですね。林檎本来の色ではないようですが」
 不思議そうに見つめるジューンに、夢乃は悪戯っぽく笑う。
「それも、お祭りの醍醐味ってやつですよー。体に悪そうだなーとか、甘そうだなーとか思いながら食べるけど、やっぱり笑っちゃうっていう」
「なるほど、醍醐味ですね」
 こく、とジューンは頷く。
「はい、醍醐味をどうぞ」
 いつの間にか購入したソアが、それぞれに飴を手渡す。
 自分には林檎を、白燕にはパイナップルを、夢乃には葡萄を、ジューンにはいちごを。
「ふむ、パイナップルも美味しいんだな」
「ソアちゃん、じゃあ次はゆーのがおごっちゃいますよー」
 飴を食べ終えた夢乃が、にこっと笑いながら言う。
「え、そんな。迷っちゃいます」
 えへへ、とソアは笑う。
「じゃあ、これなんてどうですかー?」
 夢乃はそう言いながら、皆にあつあつのじゃがバタを渡す。ほくほくしたジャガイモに、とろりとしたバターが乗っかっており、食欲をそそる。
「本当に色んな店があるんだな。あっちは、とうもろこし?」
 はふはふと食べつつ、白燕が言う。
「やきそばに、お好み焼きまで。まるで、食事のようですね」
 ジューンはきょろきょろし、感心したように言う。
「食べるだけじゃないんですよー。遊ぶのもありますしー」
「金魚すくいとか、風船釣りとか、くじとかですね」
 ソアの言葉に、夢乃は頷く。
「あ、でも、お持ち帰りのものは、見るだけにするのですけどー」
 夢乃は、ぼそ、と呟く。そっと、誰にも聞こえないように。
「あ、あれは何だ?」
 白燕が何かを見つける。輪投げだ。
「白燕ちゃん、上手そうですー。やってみると良いですよー」
 にこ、と夢乃が勧める。
「じゃあ、やってみようか」
 白燕は輪を手にし、えい、と投げる。距離感が中々つかめず、二投目までははずしてしまった。
「あと少し、なんだが」
「はい、あと少しに見えます。手をあと30度右に傾けると、良いと思います」
 ジューンの言葉に、白燕は「あと30度」と言いながら、調整する。
「頑張ってください!」
 ソアの応援を受け、白燕は「うん」と答える。
「えい!」
 三投目。
 空を飛ぶ輪は、見事に狙っていた的に引っかかる。
「わあ、すごいですよーう!」
 ぱちぱちと夢乃は拍手する。続けて、ソアとジューンも。
 店主から獲得した商品を手渡され、白燕は嬉しそうに三人に何かを手渡す。
 差し出したのは「お楽しみ券」だ。
「この屋台の食べ物や娯楽を、一度だけ無料で楽しめる券みたいなんだ」
「じゃあ、ジューンさん。あれやってみてくださいー。絶対、上手なのですよー」
 夢乃はそう言って、店を指差す。
 そこに書かれているのは「射的」の文字。
「確かに上手そうだな。さっきは、私にアドバイスをくれたくらいだし」
 白燕の言葉に、ジューンは「では」と言って店に向かう。
 弾は全部で三発。的は商品ではなく、点数になっているようだ。
「あの小さいのが、高得点みたいですね」
 ソアが一番上の段にある、マッチ箱よりも一回り小さな箱を指差して言う。
「他の低得点をちまちまと狙うより、あれを最初から狙った方がよさそうだな」
「あ、本当ですねー。あれ一つで、一番良い景品がもらえるみたいですー」
 白燕と夢乃の言葉に、ジューンは「分かりました」と答え、銃を構える。
「あれをしとめれば良いのですね」
 ジューンは的までの距離を解析する。銃の持つ重量から弾の発射と軌道を計算し、引き金を引く。
 ターン、という軽い音が響き、小さな的が倒れていた。
 高得点である。
「おお、さすがだな!」
 白燕が言うと、ジューンはにこやかに微笑んで礼をする。ソアと夢乃は、ぱちぱちと拍手を送る。
「一発で高得点をあてられたからにゃ、仕方ねぇな」
 かかか、と店主は笑いながら、景品をジューンに手渡す。巨大な兎のぬいぐるみだ。「それ以上はもうねぇから、勘弁してくれ」
「あの、申し訳ないのですが。こんなに巨大なものを持って歩くのは大変ですので、景品は結構です」
 ジューンはぬいぐるみを店主に返す。店主は「参ったなぁ」と言うと、低い得点の方にあった小さな花飾りを四つ手渡す。
「なら、これならどうだい?」
「ああ、それならば戴きます。有難うございます」
 ジューンは頭を下げ、花飾りを三人に手渡す。
 夢乃に青い花飾りを、ソアに黄色い花飾りを、白燕に赤い花飾りを。
「いいんですかー?」
「もちろんです」
 夢乃の問いに、ジューンは紫の花飾りを手にして答える。
「これ、灯篭に飾ったら綺麗かもしれませんね」
「ああ、それはいいな」
 ソアの提案に、白燕は静かに笑む。
「ソアちゃん、あれ、やってみませんかー?」
 出店の一つに気付き、夢乃は指差す。型抜きの店だ。
「これは、何でしょうか」
「型抜きですね。綺麗に型を抜けたら、難易度によって配当金がもらえるんですよ」
「え、お金をもらえるのですか?」
 ソアの答えに驚くジューン。
「とはいっても、結構難しいんですー。濡らしたら駄目ですしー」
「なら、皆でやってみよう。夢乃も、一緒に」
 夢乃の言葉に、白燕はそう答える。
「ぼく、普通の腕前ですよー?」
「一緒にやるのが、いいんですよ」
 にこ、とソアに言われ、揃って型抜きを始める。
 何も変哲もない、板状のお菓子だ。細いところや入り組んでいるところがあって、中々難しい。
「あ」
 ジューンが口にした瞬間、板は割れてしまっていた。少しだけ、力を入れすぎたようだ。
「難しいな、これは。加減がどうも」
 ばき、と白燕も板を割ってしまう。
「難しいですよねー。気付くと割っちゃって」
 そこまで言ったところで、夢乃も板を割ってしまった。
「……できました!」
 そんな中、ソアは型抜きを完成させた。配当は少ない、比較的簡単な形ではあったものの。
「やっぱり、ソアちゃん上手でしたねー」
 ぱちぱちと夢乃が拍手する。
「あんなに難しかったのに、上手だな」
「完璧に計算していたはずなのですが」
 白燕とジューンも手を叩く。ソアは恥ずかしそうに「ありがとうございます」と礼を言う。
「じゃあ、この戴いたお金で、何か食べちゃいましょう!」
 ソアの提案で、四人は再び出店を一通り見て回るのだった。


 灯篭流しを始めます、というアナウンスが流れた。
「ああ、そろそろですねー」
 夢乃が言うと、皆頷く。
 一時預けのところからそれぞれ灯篭を受け取り、川辺に立つ。
「あの……これを川に流してしまったら、最後はどうなるのでしょう」
 ジューンが心配そうに尋ねる。
「下流で、回収しているそうですよ。あちらの看板に、書いてありましたから」
 ソアはそう言って、受付近くの看板を指差す。
「確かに、全てを海にまで流したら、大変なことになりそうだ」
 くつくつと笑いながら、白燕が言う。
「そういえば、花を飾ろうと言う話でしたよねー?」
 夢乃の言葉に、皆が思い当たって花飾りを取り出す。ジューンが射的でもらってきた、花飾りだ。
「これで、あとは流すだけですね」
 ジューンが言うと、夢乃は不意に「あ」と声を上げ、小走りに灯篭を作るテントへと行く。
 筆を借り、そっと付け加える。
「夢」と。
「どうされたのですか?」
 にゅっとジューンが後ろに現れ、思わず「うわ」と夢乃は声を上げる。
「書き忘れか?」
 いつの間にか追いついたらしい白燕が問う。
「えっと、その、ぼくのサイン」
「素敵ですね」
 にこにこと笑いながら、ソアが言う。
 今度こそ、と四人は灯篭を流すために川辺へに立つ。
「流してください」
 アナウンスが響き、一斉に灯篭を川へと流す。ゆらゆらと光の灯った色とりどりの灯篭が、川をゆるやかに流れていく。


「どうぞ安らかに。……安らかに」
 白燕は、流れてゆく灯篭を見つめて呟く。
(共に死ねず、すまん)
 心の中で謝罪する。
 国と共に存在していた。そう在るべきだと思っていたし、そう在ることが誇らしく嬉しかった。
(私の国の民であったことを、後悔してはおらぬだろうか)
 問うてみたかった。白燕は、彼らが民であったことを誇りに思っている。だから、同じように思っていてくれたら、と願わずにはいられない。
(ちゃんと、先祖に対する祈りというのもあるんだ)
 あぁ、と白燕は揺らめく光を見つめる。
 父や母、あの国の礎を気付いてくれた先祖に対し、自然と頭の下がる気持ちで一杯だ。
「私は、あの国を誇りに思う」
 誰に言うわけでもなく、呟く。
 灯篭に、ふう、と息を吹きかけるかのごとく。


 不思議な光景だ、とジューンは眺める。
 コロニーは、全てリサイクルで完結している。人の死でさえ。
 大昔は宇宙葬などというものもあったらしいが、重要航路で重大事故になる事例が頻発したため、禁止されたのだと言う。
 今では、死体は融解され、金属片等を回収した後で加工され、農業プラントで使用されている。
 コロニーに還った、とも言われている
「これが、宗教儀礼、なのですね」
 静かに、優しく、ゆるやかに時が流れている。
 周囲にいる人の顔をそっと窺えば、痛みよりも、悼みと懐かしみの表情が大半だ。
(初めての宗教儀礼となるのですね)
 子ども達に接するアンドロイドであるジューンは、宗教儀礼を子ども達に教えることが禁止されていた。各惑星国家に、特定の宗教儀礼があることがあるからだ。
 特定の宗教信仰を強制する可能性があるとしての、禁止である。
 だが、それは全て、コロニーだからこそだ。
「重力のある大地の上で生活すると言う事は、私が思っていた以上にのびやかな事なのかもしれませんね」
 ジューンは呟き、微笑む。ゆらりゆらりと川を下っていく、大量の光たちに目を吼え染めながら。


 手を合わせて祈った後、ソアは灯篭を流した。
 ゆらりゆらりと、ソアの作った灯篭が流れてゆく。ソアの思いと、仲間達の思いを乗せた灯篭が。
 川下へと進む灯篭を見てから、ふと周りにいる人々を見る。
 祈りをささげてから灯篭を流す人。
 流れてゆく灯篭に祈る人。
 そのどちらの人も、優しく、静かに、厳かにその時を過ごしているように見える。
(一緒、なんですね)
 ぽつん、と一人になったと感じていた。
 仲間が家族同然なのだ、と少し安心したものの、心のどこかで寂しさも感じていた。
 自分は一人ぼっちになってしまった、世界からはみ出てしまった、と。
 しかし、どうだろう。こうして人々が灯篭に祈りを乗せる様子と、故郷で見た風景と、どこが違うと言うのだろう。
 灯篭の形は違う。人も違う。世界が違うのだから、当然と言えば当然だ。
 だが、その根本にある精神は変わらない。魂を尊ぶ、心は。
「一緒です」
 ぽつりと呟き、ふ、と息を吐き出す。
 安堵感が体を突き抜けるのが分かった。
(わたしは違う世界にいるけれど、根本にあるものは何も変わっていない)
 ソアは手を合わせ、祈る。
 故郷のご先祖様に、新しい家族の大切な人たちに、大事な世界の人々に。
 全ての魂に、祈りを捧げるのだった。


 夢乃は流れてゆく灯篭と、灯篭を見つめる三人を見つめていた。
(皆、楽しそうだったなー)
 出店ではしゃぐ三人を見て、夢乃はほっとしていた。色々勧めて、楽しんで貰って、喜んで貰って。
 ならば自分も楽しかった、とようやく夢乃は実感した。
 もちろん、その時その時で楽しんでいた。しかし、実感として得たのは三人が喜んでいる姿を見たときである。
(さっきは、焦ったな)
 夢乃は苦笑する。
 慌てて付け足した文字を、咄嗟に自分のサインと誤魔化したけれど。
「ぼくは、夢をみたいのか。望みたいのか。叶えたいのか……」
 ぐるぐると気持ちが回る。
 灯篭が流れているこの瞬間、全てがぐるりと繋がっている気分がした。
 あの世も、この世も、あちらもこちらも……0世界すらも。
 全ての世界が、ぐるんと一繋がりになってしまったかのように感じる。
 世界は本当に分かたれているのだろうか。
(境界が、どこにあるのかなー?)
 こうして行き来できるのに、どこで分かれてしまっているのだろう。
 夢乃は、再びゆらめく灯篭の光に目線を動かす。
 ゆらり、ゆらりと幻想的な光とともに、灯篭は川下へと流れてゆく。
 いや、行き先は川下ではないのかもしれない。世界は繋がっているのだから、この壱番世界だけではなく……そう、例えば。

――中国風の土地に流れる川へと、向かうかもしれない。
――全てがリサイクルで完結されている場所に、イレギュラーとして現れるかもしれない。
――はたまた似たような風景に、紛れ込んでいくのかもしれない。

 そうして、灯篭に乗せられた祈りは流れ着いてゆくはずだ。
 それぞれが抱く、思い思いの場所へと。


<揺らめく灯篭の光を見つめ・了>

クリエイターコメント この度は企画シナリオの執筆機会を戴きまして、有難うございました。
 少しでも楽しんでくださると、嬉しいです。
 灯篭が川一杯に埋め尽くされ、流れてゆく様子を思い浮かべつつ、書かせていただきました。

 それでは、またお会いできるその時まで。
公開日時2012-08-14(火) 16:20

 

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