お盆。 壱番世界には、灯篭を流して死者の霊を慰める風習がある。 海へと続く大きな川のあるこの町でも、灯篭流しは行われている。「興味、ありますかー?」 音琴 夢乃はにこにこと笑いながら、集まってきた三人、煌 白燕、ジューン、ソア・ヒタネを見る。 時は既に夕暮れ時。橙色に光る空が、優しく四人を包み込むかのようだ。「出店があっちでー、太陽が落ちたらあそこから灯篭を流してー」 夢乃は沢山立ち並ぶ出店を指した後、川のほとりを指す。 なるほど、行き交う人々は皆、思い思いの灯篭を手にしている。「今から作るなら、材料も揃ってますよー」 近くに、簡易テントが張られていた。そこには「灯篭作成所」という看板がついており、灯篭を作るための和紙や竹などが、ずらりと並んでいる。 また、既に完成したものも置いてある。文字だけを書けば良いだけのもののようだ。「さあ、どこから行きますかー?」 夢乃が尋ねると、胸に抱いている真っ白なデフォルトセクタン、大福屋しずくも、尋ねるかのように小首を傾げるのだった。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>音琴 夢乃(cyxs9414)煌 白燕(chnn6407)ジューン(cbhx5705)ソア・ヒタネ(cwed3922)=========
灯篭を作ることの出来るテントに、四人はいた。 ジューンが、最初に灯篭作りに参加したい、と言ったためである。 「これが、灯篭なのですね」 見本となる灯篭を見て、ジューンは感心したように言う。 「こっちで作れるみたいですねー」 蓮の透かしが入った和紙を手にしながら、音琴 夢乃は言う。 「自分で作れるのならば、作り上げたものを流したいな」 細く切られた竹を手にしつつ、煌 白燕は言う。 「もし作り方がわからなければ、教えてあげますよ」 にこ、と笑いながらソア・ヒタネは言う。 「私はあまり器用ではないから、請ったものは出来そうにないんだが」 「大丈夫です。わたし、作りなれてますから」 目を細めつつ、ソアは言う。故郷でも参加してきたのだ。お盆に帰ってきた先祖の魂を見送ると言う、灯篭流しの行事に。 「こういうものは『思いが大事』なのだものな」 白燕の言葉に、夢乃は「その通りですよーう」と言って笑う。 「見本はここにあるし、先生もいるし、色々あるからアレンジも利くし」 「解析すれば、全く同じものを作り上げることができますよ」 にこ、とジューンは微笑みながら言う。 「じゃあ、早速作ってみましょうか」 ソアの言葉に、四人は揃って作業台に腰掛けた。 夢乃は、最初から手にしていた蓮の透かしの入った白い和紙と、無地の和紙を交互に竹の骨組みに貼り付けていく。 貼り付け終えたら、筆に朱を含ませ、無地の方に曼珠沙華を描いてゆく。 (忙しい、お店だったな) 祖母を思い返す。 店が忙しいと中々会いに行かず、店を閉めてからは余計に会いに行かなくなった。 (闘病生活のときは、来るなって言われたし) 正直なところ、記憶はない。 しかし、一番近い先祖と言われると、祖母が浮かぶ 「文字は……」 曼珠沙華を書き終え、いざ文字を書こうとしたところで筆が止まった。 個人的なことは、なぜか憚られてしまった。 ならばと願い事を書こうとしたが、浮かばなかった。 (お祖母ちゃん) まだ、死というものが分からない。 あの頃も、今も。 祖母のために、あと一応大叔母さんの為に、灯篭流しに来たと言うのに。 まだ、分からない。 「……よし」 夢乃は筆に黒を含ませ、文字を書く。 世界平和、と。 「不思議な気持ちですよーう」 ぽつり、と呟き、完成した灯篭を見つめた。 見本の灯篭の解析を終了させ、ジューンは自らの灯篭作りに着手する。 骨組を手早く作り上げ、和紙を貼る工程へと進む。 「……あ」 見本と同じ和紙を手にしようとし、同じものが同じだけない事に気付く。 形は全く同じなのに、和紙だけが足りない。 「仕方ありませんね」 ジューンは異なる柄の和紙を手にし、貼り付けていく。 (世界は、コロニーで見たことないものが溢れていますね) 惑星国家で生活していれば、当たり前だったかもしれないのだが、知識としてしか知らなかったものばかりが存在している。 冷たくつるりとした触感がする金属の通路ではなく、ほのかに暖かく柔らかな土がある。 見上げればすぐに存在した天井ではなく、果てなく広がる空がある。 エアコンプレッサーを使うことなく風が吹き、農業プラントにしかなかった緑が溢れ、川という名の水が無尽蔵に大地を彩っている。 どれもが、惑星に下りなければ見られない風景だ。 それなのに、どの世界にも普通に存在している。 「……できました」 ジューンの灯篭が完成する。 見本と1mmも違わぬつくりの、しかし和紙の柄が違う灯篭が。 解析したのだから、全く同じものができると思っていたのに。 ジューンは作り上げた灯篭を、見本の灯篭と交互に見る。 同じつくりのはずなのに、何故か全く違うもののように感じるのだった。 白燕とソアは、一緒に灯篭を作っていた。 作れるかどうか不安な白燕に、手馴れたソアが教えながら。 「これで、いいんだろうか」 「そうそう、それで大丈夫です」 時折、白燕がソアに尋ねる。見本が置いてあるものの、実際作ろうとすると中々に難しい。 「ジューンは、上手だな」 ちらり、と白燕はジューンの様子を見て言う。見本と同じように作り上げていく様子に、思わず感嘆の声があがる。 「解析できるそうですから。でも、白燕さんの灯篭も、ちゃんと作れていますよ」 「それなら、いいんだが」 ソアに言われ、白燕は少し嬉しそうに答える。 手の中の灯篭は、見本よりちょっとだけ形が歪んでいるように見える。だが、自分が作り上げているのはまさしく灯篭であり、他の物には見えない。 (思いが、大事) 自らが発した言葉を、心の中で反芻する。 簡素でいいのだ。大事なのは思いであり、こうして自らの手で作り上げると言うことだ。 「出来上がったら、文字を書くと良いですよ」 「何を書けば良いんだろうか?」 「それはもう、白燕さんの書きたいことを」 白燕は、灯篭に向き直る。 (……彼女は、どうなっただろうか) 不意に思い浮かぶのは、己の身代わりになった女性。服をお貸しください、と凛とした声が聞こえる。 今も、耳の奥に、響いている。 (街が燃えた。兵が荒らした。おそらく……死者も出ただろう) どんなに前向きに考えたとしても、誰一人死すこともなかったとは思えなかった。 白燕は筆を手に取り、灯篭に文字を書く。 誰も読むことは出来ぬ。放逐された世界の文字だ。 「何と、書かれたのですか?」 「魂、だ。なかなか、機会がなくてな。こうして、弔えるきっかけが出来たから」 静かに白燕は答え、文字を見つめる。 ああ、魂は、ここに在る。 白燕が静かな眼差しで灯篭を見つめる横で、ソアも灯篭を作る。 教えながら作っていたので少し作業速度が遅れているが、そこは経験でフォローする。 手早く、綺麗に。 迷うことなく作り上げ、白の和紙を手にする。 「じゃあ、文字を」 筆をとり、いつものように「ご先祖様 見守っていてくれてありがとう 来年もまた来てください」と書こうとする。 だが、筆は一向に文字を書こうとはしない。 (ここ、違う世界だから……) 果たして、違う世界にご先祖様は来るだろうか。世界も何もかも飛び越えて。 (来てないんじゃないかなぁ) 逆に、来ていたら凄い。世界を飛び越えてしまった子孫の一人のために、先祖の霊までも世界を飛び越えてくるだろうか。 「あ」 ソアは気付く。 頭では理解していた。新しい生活が始まったとも思っていた。世界の説明をされ、ツーリストなのだと教えられ。 (わたし、一人きりなんだ) 先祖は来ない。世界が違うから。 ソアは元の世界にはいない。今あるのが現実だから。 (わたし、わたし) ソアは手の中の灯篭と、見本の灯篭を見比べる。 似ているが、やはり違う。世界が違うのだから、当然と言えば当然だ。 (夢の延長だと、思っていたのかなぁ) ぞくり、と背筋が震える。生まれて初めての逆境に、ソアはようやく実感したのである。 「……ソアちゃん、大丈夫?」 声をかけられ、顔を上げる。そこには、夢乃が心配そうに顔を覗き込んできた。 「わたし」 「顔色悪いけど、大丈夫? 疲れちゃった?」 胸がじんとした。 そして先ほどまで感じていた恐怖を振り払いつつ、仲間達を見る。 ジューンも、白燕も、心配そうにこちらを見ている。 (今の、家族) 故郷の村人達は、家族同然だった。となれば、今の家族は彼女達だ。 「あの……ご迷惑でなければ、わたしも一緒にお祈りさせてください」 ソアの申し出に、三人は快く応じた。 おそらく、三人が灯篭に寄せるのは、大切な人だ。ならば、ソアは大切な人達を一緒に弔いたかった。 今の家族の、大切な人たちを。 ソアはそれぞれの側面に、文字を書いていく。 夢乃の祖母に、夢乃を見守って貰うように。 白燕の国民に、白燕を見守って貰うように。 ジューンは特にいないとのことで、壱番世界の平和を願う。 そうして最後に、自分を。 「故郷のご先祖様 家族みんなを見守っていてください」 書き上げた文字を見つめ、ソアはゆるりと微笑むのだった。 まだ灯篭を流すまでに時間があると言うことで、出店を冷やかすことになった。 作った灯篭は、一時預かりに預けてあるので安心だ。 「あ、皆さん。りんご飴ですよ」 ソアがりんご飴を見つけ、指差す。「やっぱり、お祭りといえばりんご飴です」 「へぇ、りんご以外にも色んな飴があるんだな」 いちごやパイナップル、みかんや葡萄といった、様々な果物の飴が並んでいるのを見て、白燕が頷きながら言う。 「とても赤い飴ですね。林檎本来の色ではないようですが」 不思議そうに見つめるジューンに、夢乃は悪戯っぽく笑う。 「それも、お祭りの醍醐味ってやつですよー。体に悪そうだなーとか、甘そうだなーとか思いながら食べるけど、やっぱり笑っちゃうっていう」 「なるほど、醍醐味ですね」 こく、とジューンは頷く。 「はい、醍醐味をどうぞ」 いつの間にか購入したソアが、それぞれに飴を手渡す。 自分には林檎を、白燕にはパイナップルを、夢乃には葡萄を、ジューンにはいちごを。 「ふむ、パイナップルも美味しいんだな」 「ソアちゃん、じゃあ次はゆーのがおごっちゃいますよー」 飴を食べ終えた夢乃が、にこっと笑いながら言う。 「え、そんな。迷っちゃいます」 えへへ、とソアは笑う。 「じゃあ、これなんてどうですかー?」 夢乃はそう言いながら、皆にあつあつのじゃがバタを渡す。ほくほくしたジャガイモに、とろりとしたバターが乗っかっており、食欲をそそる。 「本当に色んな店があるんだな。あっちは、とうもろこし?」 はふはふと食べつつ、白燕が言う。 「やきそばに、お好み焼きまで。まるで、食事のようですね」 ジューンはきょろきょろし、感心したように言う。 「食べるだけじゃないんですよー。遊ぶのもありますしー」 「金魚すくいとか、風船釣りとか、くじとかですね」 ソアの言葉に、夢乃は頷く。 「あ、でも、お持ち帰りのものは、見るだけにするのですけどー」 夢乃は、ぼそ、と呟く。そっと、誰にも聞こえないように。 「あ、あれは何だ?」 白燕が何かを見つける。輪投げだ。 「白燕ちゃん、上手そうですー。やってみると良いですよー」 にこ、と夢乃が勧める。 「じゃあ、やってみようか」 白燕は輪を手にし、えい、と投げる。距離感が中々つかめず、二投目までははずしてしまった。 「あと少し、なんだが」 「はい、あと少しに見えます。手をあと30度右に傾けると、良いと思います」 ジューンの言葉に、白燕は「あと30度」と言いながら、調整する。 「頑張ってください!」 ソアの応援を受け、白燕は「うん」と答える。 「えい!」 三投目。 空を飛ぶ輪は、見事に狙っていた的に引っかかる。 「わあ、すごいですよーう!」 ぱちぱちと夢乃は拍手する。続けて、ソアとジューンも。 店主から獲得した商品を手渡され、白燕は嬉しそうに三人に何かを手渡す。 差し出したのは「お楽しみ券」だ。 「この屋台の食べ物や娯楽を、一度だけ無料で楽しめる券みたいなんだ」 「じゃあ、ジューンさん。あれやってみてくださいー。絶対、上手なのですよー」 夢乃はそう言って、店を指差す。 そこに書かれているのは「射的」の文字。 「確かに上手そうだな。さっきは、私にアドバイスをくれたくらいだし」 白燕の言葉に、ジューンは「では」と言って店に向かう。 弾は全部で三発。的は商品ではなく、点数になっているようだ。 「あの小さいのが、高得点みたいですね」 ソアが一番上の段にある、マッチ箱よりも一回り小さな箱を指差して言う。 「他の低得点をちまちまと狙うより、あれを最初から狙った方がよさそうだな」 「あ、本当ですねー。あれ一つで、一番良い景品がもらえるみたいですー」 白燕と夢乃の言葉に、ジューンは「分かりました」と答え、銃を構える。 「あれをしとめれば良いのですね」 ジューンは的までの距離を解析する。銃の持つ重量から弾の発射と軌道を計算し、引き金を引く。 ターン、という軽い音が響き、小さな的が倒れていた。 高得点である。 「おお、さすがだな!」 白燕が言うと、ジューンはにこやかに微笑んで礼をする。ソアと夢乃は、ぱちぱちと拍手を送る。 「一発で高得点をあてられたからにゃ、仕方ねぇな」 かかか、と店主は笑いながら、景品をジューンに手渡す。巨大な兎のぬいぐるみだ。「それ以上はもうねぇから、勘弁してくれ」 「あの、申し訳ないのですが。こんなに巨大なものを持って歩くのは大変ですので、景品は結構です」 ジューンはぬいぐるみを店主に返す。店主は「参ったなぁ」と言うと、低い得点の方にあった小さな花飾りを四つ手渡す。 「なら、これならどうだい?」 「ああ、それならば戴きます。有難うございます」 ジューンは頭を下げ、花飾りを三人に手渡す。 夢乃に青い花飾りを、ソアに黄色い花飾りを、白燕に赤い花飾りを。 「いいんですかー?」 「もちろんです」 夢乃の問いに、ジューンは紫の花飾りを手にして答える。 「これ、灯篭に飾ったら綺麗かもしれませんね」 「ああ、それはいいな」 ソアの提案に、白燕は静かに笑む。 「ソアちゃん、あれ、やってみませんかー?」 出店の一つに気付き、夢乃は指差す。型抜きの店だ。 「これは、何でしょうか」 「型抜きですね。綺麗に型を抜けたら、難易度によって配当金がもらえるんですよ」 「え、お金をもらえるのですか?」 ソアの答えに驚くジューン。 「とはいっても、結構難しいんですー。濡らしたら駄目ですしー」 「なら、皆でやってみよう。夢乃も、一緒に」 夢乃の言葉に、白燕はそう答える。 「ぼく、普通の腕前ですよー?」 「一緒にやるのが、いいんですよ」 にこ、とソアに言われ、揃って型抜きを始める。 何も変哲もない、板状のお菓子だ。細いところや入り組んでいるところがあって、中々難しい。 「あ」 ジューンが口にした瞬間、板は割れてしまっていた。少しだけ、力を入れすぎたようだ。 「難しいな、これは。加減がどうも」 ばき、と白燕も板を割ってしまう。 「難しいですよねー。気付くと割っちゃって」 そこまで言ったところで、夢乃も板を割ってしまった。 「……できました!」 そんな中、ソアは型抜きを完成させた。配当は少ない、比較的簡単な形ではあったものの。 「やっぱり、ソアちゃん上手でしたねー」 ぱちぱちと夢乃が拍手する。 「あんなに難しかったのに、上手だな」 「完璧に計算していたはずなのですが」 白燕とジューンも手を叩く。ソアは恥ずかしそうに「ありがとうございます」と礼を言う。 「じゃあ、この戴いたお金で、何か食べちゃいましょう!」 ソアの提案で、四人は再び出店を一通り見て回るのだった。 灯篭流しを始めます、というアナウンスが流れた。 「ああ、そろそろですねー」 夢乃が言うと、皆頷く。 一時預けのところからそれぞれ灯篭を受け取り、川辺に立つ。 「あの……これを川に流してしまったら、最後はどうなるのでしょう」 ジューンが心配そうに尋ねる。 「下流で、回収しているそうですよ。あちらの看板に、書いてありましたから」 ソアはそう言って、受付近くの看板を指差す。 「確かに、全てを海にまで流したら、大変なことになりそうだ」 くつくつと笑いながら、白燕が言う。 「そういえば、花を飾ろうと言う話でしたよねー?」 夢乃の言葉に、皆が思い当たって花飾りを取り出す。ジューンが射的でもらってきた、花飾りだ。 「これで、あとは流すだけですね」 ジューンが言うと、夢乃は不意に「あ」と声を上げ、小走りに灯篭を作るテントへと行く。 筆を借り、そっと付け加える。 「夢」と。 「どうされたのですか?」 にゅっとジューンが後ろに現れ、思わず「うわ」と夢乃は声を上げる。 「書き忘れか?」 いつの間にか追いついたらしい白燕が問う。 「えっと、その、ぼくのサイン」 「素敵ですね」 にこにこと笑いながら、ソアが言う。 今度こそ、と四人は灯篭を流すために川辺へに立つ。 「流してください」 アナウンスが響き、一斉に灯篭を川へと流す。ゆらゆらと光の灯った色とりどりの灯篭が、川をゆるやかに流れていく。 「どうぞ安らかに。……安らかに」 白燕は、流れてゆく灯篭を見つめて呟く。 (共に死ねず、すまん) 心の中で謝罪する。 国と共に存在していた。そう在るべきだと思っていたし、そう在ることが誇らしく嬉しかった。 (私の国の民であったことを、後悔してはおらぬだろうか) 問うてみたかった。白燕は、彼らが民であったことを誇りに思っている。だから、同じように思っていてくれたら、と願わずにはいられない。 (ちゃんと、先祖に対する祈りというのもあるんだ) あぁ、と白燕は揺らめく光を見つめる。 父や母、あの国の礎を気付いてくれた先祖に対し、自然と頭の下がる気持ちで一杯だ。 「私は、あの国を誇りに思う」 誰に言うわけでもなく、呟く。 灯篭に、ふう、と息を吹きかけるかのごとく。 不思議な光景だ、とジューンは眺める。 コロニーは、全てリサイクルで完結している。人の死でさえ。 大昔は宇宙葬などというものもあったらしいが、重要航路で重大事故になる事例が頻発したため、禁止されたのだと言う。 今では、死体は融解され、金属片等を回収した後で加工され、農業プラントで使用されている。 コロニーに還った、とも言われている 「これが、宗教儀礼、なのですね」 静かに、優しく、ゆるやかに時が流れている。 周囲にいる人の顔をそっと窺えば、痛みよりも、悼みと懐かしみの表情が大半だ。 (初めての宗教儀礼となるのですね) 子ども達に接するアンドロイドであるジューンは、宗教儀礼を子ども達に教えることが禁止されていた。各惑星国家に、特定の宗教儀礼があることがあるからだ。 特定の宗教信仰を強制する可能性があるとしての、禁止である。 だが、それは全て、コロニーだからこそだ。 「重力のある大地の上で生活すると言う事は、私が思っていた以上にのびやかな事なのかもしれませんね」 ジューンは呟き、微笑む。ゆらりゆらりと川を下っていく、大量の光たちに目を吼え染めながら。 手を合わせて祈った後、ソアは灯篭を流した。 ゆらりゆらりと、ソアの作った灯篭が流れてゆく。ソアの思いと、仲間達の思いを乗せた灯篭が。 川下へと進む灯篭を見てから、ふと周りにいる人々を見る。 祈りをささげてから灯篭を流す人。 流れてゆく灯篭に祈る人。 そのどちらの人も、優しく、静かに、厳かにその時を過ごしているように見える。 (一緒、なんですね) ぽつん、と一人になったと感じていた。 仲間が家族同然なのだ、と少し安心したものの、心のどこかで寂しさも感じていた。 自分は一人ぼっちになってしまった、世界からはみ出てしまった、と。 しかし、どうだろう。こうして人々が灯篭に祈りを乗せる様子と、故郷で見た風景と、どこが違うと言うのだろう。 灯篭の形は違う。人も違う。世界が違うのだから、当然と言えば当然だ。 だが、その根本にある精神は変わらない。魂を尊ぶ、心は。 「一緒です」 ぽつりと呟き、ふ、と息を吐き出す。 安堵感が体を突き抜けるのが分かった。 (わたしは違う世界にいるけれど、根本にあるものは何も変わっていない) ソアは手を合わせ、祈る。 故郷のご先祖様に、新しい家族の大切な人たちに、大事な世界の人々に。 全ての魂に、祈りを捧げるのだった。 夢乃は流れてゆく灯篭と、灯篭を見つめる三人を見つめていた。 (皆、楽しそうだったなー) 出店ではしゃぐ三人を見て、夢乃はほっとしていた。色々勧めて、楽しんで貰って、喜んで貰って。 ならば自分も楽しかった、とようやく夢乃は実感した。 もちろん、その時その時で楽しんでいた。しかし、実感として得たのは三人が喜んでいる姿を見たときである。 (さっきは、焦ったな) 夢乃は苦笑する。 慌てて付け足した文字を、咄嗟に自分のサインと誤魔化したけれど。 「ぼくは、夢をみたいのか。望みたいのか。叶えたいのか……」 ぐるぐると気持ちが回る。 灯篭が流れているこの瞬間、全てがぐるりと繋がっている気分がした。 あの世も、この世も、あちらもこちらも……0世界すらも。 全ての世界が、ぐるんと一繋がりになってしまったかのように感じる。 世界は本当に分かたれているのだろうか。 (境界が、どこにあるのかなー?) こうして行き来できるのに、どこで分かれてしまっているのだろう。 夢乃は、再びゆらめく灯篭の光に目線を動かす。 ゆらり、ゆらりと幻想的な光とともに、灯篭は川下へと流れてゆく。 いや、行き先は川下ではないのかもしれない。世界は繋がっているのだから、この壱番世界だけではなく……そう、例えば。 ――中国風の土地に流れる川へと、向かうかもしれない。 ――全てがリサイクルで完結されている場所に、イレギュラーとして現れるかもしれない。 ――はたまた似たような風景に、紛れ込んでいくのかもしれない。 そうして、灯篭に乗せられた祈りは流れ着いてゆくはずだ。 それぞれが抱く、思い思いの場所へと。 <揺らめく灯篭の光を見つめ・了>
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