クリエイター霜月玲守(wsba2220)
管理番号1210-26044 オファー日2013-10-22(火) 17:27

オファーPC オゾ・ウトウ(crce4304)ツーリスト 男 27歳 元メンテナンス作業員

<ノベル>

 おばあちゃん先生、とオゾ・ウトウは呼びかける。
 名は、ヤグナといった。オゾの大叔母に当たるそうだ。
 子ども達にちょっとした手習いや、術の基礎を教えていたため、大叔母としてではなく先生として触れ合うことの方が多かった。
 そのため、オゾも自然と「おばあちゃん先生」と呼んでいた。
「なんだい、オゾ」
 初老の婦人は、そう言って静かに微笑む。返ってきた言葉に、オゾはほっと息をつく。いつもと変わらぬ表情と声が、安心感を与える。
「聞きたいことがあるんだけれど」
 オゾが言うと、ヤグナは一つ頷き、家の中へと招き入れてくれた。
 ヤグナの家は、不思議なもので溢れている。様々な道具や書物が、至る所に並んでいた。だがしかし、雑然としているように見えても、なんとなく整っていた。
 ヤグナにしか分からぬ、何らかのルールでもあるのかもしれない。
「ほれ」
 こと、と音をさせ、温かな茶をオゾの前に置いた。ふわりと湯気から香るのは、匂い慣れた薬草茶だ。
「珍しいね、オゾ。そんなに切羽詰ったような顔をするなんて」
「そう見える?」
 オゾの問いに、ヤグナは静かに微笑んだ。
「おばあちゃん先生は、色んな事を知ってるんだよね?」
「全てではないけれどね」
 ヤグナは謙遜するが、オゾが知る中で一番の物知りで、多芸であった。
 産婆や治療師、地鎮の儀式の心得まであったらしい。
「……翼が、欲しいんだ」
 薬草茶を一口飲んでから、オゾは口を開いた。
「集落の防護壁の保安員になりたいんだ。そのためには、翼がいるんでしょう」
 ヤグナの顔つきが変わる。
「修練がいるね」
「うん、そう聞いた。だから」
 力強く言うオゾに、ヤグナは大きな息を吐き出す。
「生半可な覚悟じゃ駄目だよ、分かってるんだろうね」
「分かってる」
「本当に分かってるのかい?」
「分かってるよ! だから、おばあちゃん先生のところに来たんだ!」
 オゾは真っ直ぐにヤグナを見据え、叫ぶように答える。
 その顔を、じっとヤグナは見つめる。ただ、じいっと。
 オゾも負けじと見つめ返す。目を逸らしたら負けのような気がして、瞬きすらもできずに。
 しばらく見つめあった後、ふ、とヤグナは息を吐きだした。
「いいや、分かってない」
「……決め付けるの?」
「オゾ、お前は、分かってないんだよ」
 諭すようにヤグナは言う。思わずオゾは顔を真っ赤にし、机を叩いて立ち上がる。
「分かってる、分かってるよ!」
「分かってないよ、オゾ。さあ、茶を飲んだら帰るんだ。静かに、もう一度自分に問いかけるんだね」
 オゾはぐっと言葉につまり、そのままヤグナの家を飛び出した。
(分かってる、分かってるのに!)
 頭の中で、ぐるぐるとヤグナの声が回る。
 分かっていないと決めつける、静かな声。もう帰れという、諭すような声。
 オゾの頭の中まで真っ赤に染まるかのように、ただただ悔しかった。


 翌日、オゾは気を取り直し、再びヤグナの家へと向かう。
「おばあちゃん先生」
 昨日よりもはっきりと呼びかけ、まっすぐに見据える。
 分かっていない、といわれてしまった原因の一つとして、己の信念を店切れなかったのでは、と思ったのだ。
「よく来たね、オゾ」
 ヤグナは昨日と変わる事無く、オゾを招き入れる。オゾはぐっと唇を噛み締めつつ、ヤグナに招かれるままに家の中へと入る。
 再び出された薬草茶に、今度は口もつけずに本題へと入る。
「翼が欲しいんだ。修練がいるというのは、知ってる」
「知っているだけだろう?」
「分かってる!」
 オゾがむきになって言うと、ヤグナは静かに微笑む。
「いいや、分かってない」
「何でだよ……なんで、分かってくれないんだよ?」
 強くヤグナに言うも、ヤグナはただ静かに首を振る。
 分かっていない、分かっていないんだよ。
 幼子を諭すかのように、そればかりを繰り返す。
「さあ、茶を飲んでお帰り」
 ヤグナが勧めるも、オゾはぐっと唇を噛み締めたまま、茶に口をつける事無くヤグナの家を後にした。


 数年間、その繰り返しばかり行われてきた。
 喧嘩腰になっても、だめ。
 泣いてすがっても、だめ。
 冷静に言っても、だめ。
 ヤグナの返答は変わらない。やり取りの方法は違っても、返答は揺るぐことが無かった。
 オゾはそれでもヤグナの家に通った。
 翼を得たい、保安員になりたい、という思いも揺るぐことが無かった。
 どれだけヤグナに「分かっていない」といわれようとも、オゾは決して意志を曲げることは無かった。
「……おばあちゃん先生」
 その日も、同じようにヤグナの家を訪れていた。また同じことが繰り返されるだろう、と覚悟しつつ。
「おお、オゾか。またやって来たんだね」
 いつも通り、ヤグナは静かに微笑み、オゾを迎え入れる。出してくれる薬草茶も、変わることが無い。
「翼が欲しいんだ」
「相変わらずだね」
「修練が必要だということは、分かってる。その、覚悟も」
 ヤグナはいつものように、微笑んだ。
「いいや、分かってない」
 オゾは、また帰るように言われるだろう、と小さな溜息をつく。そうして、手元に置かれている薬草茶に手を伸ばす。
 ほ、とする、いつもの薬草茶だ。
 ヤグナはオゾをじっと見つめ、す、と立ち上がる。
 ヤグナは何も言わない。帰れ、とも、再び分かっていない、とも。
 ただ何も言わず、身振りだけで部屋のオクへと誘う。
「先生?」
 薬草茶を置き、オゾは立ち上がる。先に部屋の奥へといったヤグナを追う様に。
「オゾ」
 ただ一言、ヤグナはそれだけ言った。それだけ言い、両手を取り、皺だらけの手で包んだ。
 どくん、どくん、という脈打つ音が、オゾとヤグナに伝わる。
 オゾは何かを問おうとしたが、結局何を問うていいのか分からず、口をつぐんだ。
 暫くし、ヤグナはやさしくオゾの手を握り締める。
「お帰り」
 いつものヤグナの台詞だ。
 オゾは黙ったまま頷き、ヤグナの家を後にした。
 あれは何だったのだろうか、という疑問は、未だに答えを知らぬ。


 ほどなくし、オゾは成人し、翼を得ることができた。
 必要だと思われた修練は、結局こなしてはいない。ヤグナに再三言われた「分かっていない」という言葉も、否定できてはいなかった。
「おばあちゃん先生」
 オゾはヤグナの家を訪ねる。
 数年前よりもさらに皺を増やしたヤグナが、微笑みながらオゾを出迎えてくれた。
「お入り、オゾ」
 家の中に招きいれ、再びいつもの薬草茶を出してくれた。
 変わらない味、変わらない雰囲気。
 違うのは、確実に年月が経ったと思わせる、オゾとヤグナの風貌だ。
「翼を、得ました」
「そうだね」
 ふふふ、とヤグナは笑う。
「実はね、私は教える自信が無かったんだよ」
 ヤグナは悪戯っぽく笑いながら、言う。
「自信?」
「そう、自信がなかった。だから、ああやって『分かっていない』というしかなかったんだ」
「先生」
「だから、それはお前の力だよ」
 嬉しそうにヤグナは言い、自らの入れた薬草茶を美味しそうに啜った。オゾも続けて啜る。
 ふわりと香る湯気は、初めて出されたものと何ら変わりは無い。
「そろそろ、行こうかね」
 ヤグナはそう言って、オゾを見て微笑む。
「行くって、どこにですか?」
「お前の叔父のところだよ。体のあちこちが、随分痛んでね」
 ああ、とヤグナは納得する。
 そういえば、そろそろ家に呼ぶつもりなのだと、叔父から聞いていた。一人暮らしが大変だろう、体も辛かろうと、随分心配をしていた。
「子ども達には、場所が変わってすまないけれどね」
「……気にしないと思います」
「そうだと良いけれど」
 ヤグナは笑う。皺が増え、肉が減り、老いを感じさせる動きを携えて。
 それでも尚、昔からちっとも変わる事の無い表情で。
「引越しの際は、手伝ってくれるかい?」
「もちろんです」
 即答するオゾに、ヤグナは嬉しそうに微笑んだ。

――ヤグナが亡くなったのは、それから数年後のことであった。


 オゾは思い出す。
 空へと向かう煙を見つめ、ヤグナという存在を。
(謎の、存在だ)
 ずいぶんと色んな経験をつんだ人なのだろうとは、元々思っていた。そうに違いないとも察していた。
 だが、葬儀の時、いろいろな人からヤグナの話を聞き、更なる謎ばかりが生まれていった。
「おばあちゃん先生」
 目を閉じ、問いかける。
 もうあの薬草茶は出ない。笑みも返ってこない。分かっていない、と諭されない。
 それでも思い出さずには、いられない。
 背にある翼を思うたび、奥底から溢れるような温かさが掌に宿るのだ。

――オゾ。

 ヤグナの声が聞こえた気がした。
 オゾは目を開き、空に笑う。
 時折思い出す、不思議な懐かしい人へと向かって。


<笑みを携え・了>

クリエイターコメント この度は、プラノベを発注してくださり、有難うございます。いかがでしたでしょうか。
 少しでも気に入ってくださると、嬉しいです。
 それでは、またお会いできるその時まで。
公開日時2013-11-08(金) 22:20

 

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