オープニング

世界司書リベル・セヴァンは『導きの書』を片手に説明を始めた。
「内容はシンプルです。ヴォロスに行き、人の集落から離れた秘境にある『竜刻』を持ちかえるか、元の場所に戻してほしいのです。気が進まないのはわかりますが、周辺の生態系に深刻な影響を及ぼす可能性があります……」

 はるか昔から、その場所には『竜刻』があったものと推測される。
 ヴォロスにおける人、あるいは人に類似した知恵のある種族は決して居住地には選ばない、森林に囲まれたまさに秘境である。
 湿気が強く、地面は湿原に近い状況である。大型の爬虫類や水生の哺乳類が頻繁に見られる区域だが、性質は比較的おとなしい種が多く、刺激しなければ危険は少ないものと思われる。
 大人しい種が多い、原因は豊富な食料にある。ヴォロスの固有種で、現地の研究者から『イボマダラカエル』と呼ばれているカエルの群生地であり、『イボマダラカエル』は体長30センチにまで成長する以外は、ごくありふれたカエルである。ただし、名前の通りの外見をしている。
 『イボマダラカエル』の最大の特徴は、その繁殖能力の高さにある。ほぼ一年中が繁殖シーズンであり、捕食者である大型の動物がいなければ、湿原一帯が『イボマダラカエル』に覆われると予想される。『イボマダラカエル』の主食はミズゴケや水生プランクトンであり、この地域の豊かな土壌を反映しているともいえる。
 異変が判明したのは、二ヶ月前のことだ。湿原を当たり前のように覆い尽くす『イボマダラカエル』に、奇形と思われる個体が増え始めた。カエルのような両生類は、環境の変化を受けやすいのだが、ただでさえ外見はパッとしないカエルが、足が八本だったり目が十三もあるというのは普通ではない。湿原を、現在では奇形を持ったカエルが埋めているらしい。
 影響が『イボマダラカエル』の外見だけにとどまっているうちは影響も少ないのだが、旺盛な繁殖能力に支障をきたすことになると、『イボマダラカエル』を主食にしている大型の動物が別の食べ物を求め、平和だったこの区域がきわめて危険な区域に変貌してしまうかもしれないのだ。

 カエルに影響を及ぼした原因が、『竜刻』であることは特定できている。
 『イボマダラカエル』の群生地の、ほぼ中央にある沼の底にはるか昔からその『竜刻』は存在していた。今回、沼の底で眠っていたはずの『竜刻』を沼の表面まで引きあげたものがいる。
 電気ウナギの一種で、『チチュウシマウナギ』と現地では呼んでいる。名前の通り地中での生活を好み、泥で構成された沼などで、何年も潜って過ごすという。『竜刻』は、沼の『チチュウシマウナギ』の腹の中にある。
 見つけるのは難しくないはずだ。『チチュウシマウナギ』は『イボマダラガエル』とは対照的に、同族に対して過敏な縄張り意識を持ち、一つの沼に何匹もの『チチュウシマウナギ』がいるとは考えられない。また、『チチュウシマウナギ』が住処を変えることも通常はあり得ない。注意してもらいたいのは、『チチュウシマウナギ』が電気ウナギと似た種だという事だ。現地では放電現象を目撃した事例はないが、電気を操れると思って間違いない。また、生息地を『沼』といったが、はるか昔から『竜刻』が眠っていたことでもわかる通り、『底なし沼』と呼ばれる種類のものだということも理解してもらいたい。本当に底が無いというわけではないが、『チチュウシマウナギ』のように泥の中で呼吸をすることができるのでなければ、通常死ぬ。また、泥の中を自由に泳げる能力の無い者は、普通抜けだすことができない。

 『竜刻』を飲み込んだ『チチュウシマウナギ』は殺すことになるだろう。殺さずに『竜刻』を吐き出させる方法があるかもしれないが、その場合は『竜刻』は持ちかえって貰いたい。沼に戻せば、また同じ『チチュウシマウナギ』が呑みこんでしまう恐れがあるためだ。また、『チチュウシマウナギ』を殺したのであれば、『竜刻』は回収しなくても構わない。それほど貴重なものではなさそうだ。底なし沼に沈めてくれていい。『チチュウシマウナギ』の亡骸ごと沈めてくれれば、害はないだろう。『イボマダラカエル』の群生地に、底なし沼の底まで潜って行ける種は他にいない。
 秘境のため、異変に気付くのが遅れたが、『チチュウシマウナギ』が『竜刻』を飲み込んだのは、ほぼ二年前だ。『イボマダラカエル』の群生地に住む動物の中では、比較的獰猛な種なので、おびき出すのは難しくないと思われる。

 リベル・セヴァンは静かに語った。
「該当する沼の位置も正確に特定できています。困難な要素がそれほどあるとも思いません。大型の動物も多い場所ですが、性質が大人しいので、刺激しなければ危険はないはずです。しかし私なら……見渡す限りイボガエルという光景は、できれば本の中だけにしてほしいですね」
 一応、という形でリベル・セヴァンは付け加えた。『イボマダラカエル』は、食用としてもそれなりに美味いらしい。

品目シナリオ 管理番号1577
クリエイター西王 明永(wsxy7910)
クリエイターコメント皆さまはじめまして。新米ライターの西王明永です。
 今回の冒険はオープニングの通りヴォロスで『竜刻』を何とかする、というものです。
 命にかかわる危険は少ないものと考えていますが、色々と楽しい冒険にしたいと思います。
 皆さまの参加をお待ちしています。また、不慣れなため若干の手違いがあるかもしれません。細心の注意をするつもりですが、その際にはご容赦ください。

参加者
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
日和坂 綾(crvw8100)コンダクター 女 17歳 燃える炎の赤ジャージ大学生
コタロ・ムラタナ(cxvf2951)ツーリスト 男 25歳 軍人
ブレイク・エルスノール(cybt3247)ツーリスト 男 20歳 魔導師/魔人
松本 彩野(czpp1907)ツーリスト 女 19歳 美大生

ノベル

     1
 広大なヴォロスの片隅に、見渡す限りの湿原が横たわっていた。
 一年を通じて水に満たされているためか、特殊な環境が存在するためか、豊かな自然を象徴する巨木はなりを潜めていた。腐敗した植物が頼りない足場として大地を覆い、覆われた大地には、水棲の巨大な動物が潜むと言われている。
 自然に溢れたヴォロスの世界でも、現地の住民が見向きもしないような辺境に、ロストナンバーは訪れていた。

 人も、それ以外の知恵ある生物も、手を入れない天然の林を抜けると、見渡す限りの湿原で視界が覆われた。大地は、灰色をしていた。
 林を抜ける手前で、シーアールシーゼロは大地を覆う灰色の原因を見つけていた。湿原地帯の際に生えるぶなの木の根元で小さな膝を折り、それを見つけた。
 世界司書から、イボマダラカエルという名を聞いていた。灰色のカエルは、体長30センチほどある大型のカエルだった。四肢は比較的短く、ジャンプ力は低そうだ。シーアールシーゼロが屈みこみ、イボマダラカエルの顔を覗き込む。横に引かれた長い線のような口の脇に、小さな目があった。極端に離れているので、正面のシーアールシーゼロを見ているのかどうかも解らない。
 イボマダラカエルという名前の割に、体色は灰色だった。ただ、イボは体の表面にびっしりと生えている。比較的大きなイボが、背中側を覆っていた。シーアールシーゼロが手を伸ばす。警戒心がないのか、イボマダラカエルはじっとしていた。
 シーアールシーゼロの小さな手のひらに、カエルのイボが触れる。しっとりとした感触を伝えてくる。イボの一つが、シーアールシーゼロの手のひらと同じぐらいの大きさだった。シーアールシーゼロは、イボを掴んでみた。イボの先端から、粘液のような黄色い液体が出て、シーアールシーゼロの手を汚した。滴る液体を、まるでまどろむかのように、シーアールシーゼロは見つめていた。
 突然、イーアールシーゼロはイボマダラカエルの名前の意味を知った。カエルは灰色だが、イボがマダラだった。黄色い粘液が沁み込んだからだろう。イボだけを拡大すると、気持ちの悪いマダラ模様になっていた。イボの先端が灰色のため、全体としてはあくまでも灰色だった。
 シーアールシーゼロは、他者を傷つけることも拘束することもできなかった。シーアールシーゼロの特異なトラベルギアの効果である。それでも、イボマダラカエルのイボは掴めた。カエルにとって苦痛ではないからだろう。両手を伸ばし、カエルの白い腹に手を入れ、持ち上げてみた。ずっしりと重い。それでも、持ちあがった。抱えてみる。ただの興味本位である。
 最終的に、両足を持ってぶら下げてみた時に、シーアールシーゼロを探す仲間の声を聞いた。両手を放す。イボマダラカエルは頭から落ちたが、シーアールシーゼロを恨むでもなく、ただゲコッと一声鳴いた。

 ブレイク・エルスノールは仲間のロストナンバーに中座することを告げ、シーアールシーゼロを探しに行った。
ロストナンバーとして、予想される異変を未然に防ぐためにヴォロスに来たのだ。その異変が起こっている場所は、湿原のほぼ中央にあるはずの、底なし沼だった。当面の問題は、この広い湿原をどうやって渡るかだったが、シーアールシーゼロの姿が見えないことに気付き、探しに来たのだ。
 一人で勝手な行動をとるとは思わなかった。好奇心が強いというわけでも、なにかに夢中になるといった性格でもない。ブレイク・エルスノールの予想通り、シーアールシーゼロはすぐに見つかった。ぶなの木の根元で、灰色の物体を持ち上げていた。常にまどろんでいるまだ幼い少女が、何かに興味を持つこと自体が珍しいことだった。ブレイク・エルスノールは、少しはなれてその様子を見守った。銀色の輝く髪が揺れていた。腕に抱いているのは、イボマダラカエルだった。長い時間、そうしていたような気がする。あるいは、一瞬だったかもしれない。ブレイク・エルスノールは、目を細めてシーアールシーゼロの背中を見つめていた。ずっと抱き抱えているかと思ったが、何を思ったのか、シーアールシーゼロはイボマダラカエルを持ち替えた。手が滑ったのか、両足を持ち、逆さにつるすことになった。
 その後、シーアールシーゼロがどうするつもりだったのか見届けたかったが、仲間たちの声に気付いた。危険な旅ではない。そう思っていた。何を言っているのかははっきりと聞きとれなかった。シーアールシーゼロには聞こえていないようだ。カエルに夢中になっている。戻ったほうがいいだろう。
「ゼロさん」
 ブレイク・エルスノールの呼びかけに、シーアールシーゼロの手がぴくりと震え、持っていたカエルの後ろ足を放した。シーアールシーゼロが振り返る。白い肌と、髪と同色の銀色の瞳が印象的な、美しいが、あまり印象に残らない少女だった。手を放されたイボマダラカエルが頭から墜落するが、一声鳴いただけで逃げもしなかった。
「ブレイクさん、ほら、ゼロの手もマダラです」
 カエルの体液で黄色くなった手のひらを、なぜか嬉しそうに見せる。ブレイク・エルスノールが手を伸ばし、掴んだ時、すでにシーアールシーゼロの手のひらは綺麗になっていた。どれだけ汚れてもすぐに綺麗になる手のひらを、シーアールシーゼロは寂しそうに見つめていた。小さく柔らかい手を取り、ブレイク・エルスノールは仲間達の声がした方向に、小さな少女をいざなった。

 湿原の入り口に立ち、コタロ・ムラタナは眉間に皺を寄せた。ブレイク・エルスノールはシーアールシーゼロを探しに行ってしまった。日和坂綾(ひわさか あや)と松本彩野(まつもと あやの)の意見が会うとは思えず、相談するのをためらった。
 見渡す限りの湿原は、灰色に塗りこめられていた。一面の灰色は、ヴォロスの固有種イボマダラカエルの体色である。つまり、湿原を覆い尽くすほど、大量のカエルが大地を埋めている。まるで、丁寧に敷きつめたかのようだった。
「足の踏み場もない。カエルを避けて進むことは不可能だ。目的の沼まではかなり距離があるし、強行突破しかないな」
 右後方で、なにやら荷物の整理をしていた日和坂綾を振り返る。日和坂綾が用意しているのは、どうも料理器具らしい。小型コンロに包丁にまな板……。
「そうこなくっちゃ。料理は任せてよ。イボを除いて内臓を掻きだせば、肉は唐揚げがいいと思う。毒はなさそうだし、新鮮な肉なら刺身にして塩で食べるのもいいよ。捌くのは任せて。仕留めたら、どんどんこっちに回してよ。材料も道具も、たくさん持ってきたからさ」
 日和坂綾は御機嫌で包丁を振り回した。足場の悪い湿原の上で、手頃な潅木を見つけて、器用にキッチンを作り上げていた。
「日和坂殿、貴殿は食うことしか頭にないのか?」
 コタロ・ムラタナは脱力しながら嘆息した。まじめに任務を果たそうという考え方は、できないものなのだろうか。
「何言っているんだよ。食うより大事なことなんか、あるものか。私はイボマダラカエルを食べるために、この仕事を引き受けたんだ。世界司書のリベルさんだって、イボマダラカエルの肉は美味いっていただろ」
 苛立ったように日和坂綾は包丁をまな板に突き立てた。簡単に刺さるようではまな板として意味を成さない。それだけ力が入っているのだ。
「それはただの補足情報だ。今回の目的じゃない。だいたい、こんなところに料理器具を広げてどうするつもりだ。目的の底なし沼はまだ5キロも先なんだぞ」
「仕方ないじゃないか。このぶなの林を出たら、ずっと足場が悪い場所が続くんだ。せっかく任務の前に腹ごしらえさせてやろうっていうのに、文句を言う暇があったら、捌くの手伝ったらいいじゃないか」
「カエルはそこらじゅうに居るんだ。捌きたれば、勝手に捕まえて捌いたらいいだろう。自分は携帯食料を持ってきている。カエルなんぞ食わなくても、食料はある」
 コタロ・ムラタナは片手でずっしりと重いイボマダラカエルをすくい上げ、日和坂綾の前に突きつけた。本当は投げつけたかったが、喧嘩になっては気まずいと思って自重した。ただでさえ、もう一人の仲間、松本彩野は二人のやり取りを、息を飲んで見つめていたのだ。
「私は、カエルを食べるのを楽しみにしてきたんだ。他に食料なんか持ってきていないし、腹いっぱいカエルを食べるまで、ここを動かないからな」
 日和坂綾が立ち上がり、指をコタロ・ムラタナに突きつけた。さすがに苛立ったコタロ・ムラタナが、いっそのこと魔法で排除してしまおうかと思った時、小さな影が進み出た。
「イボマダラカエルなら、これだけいるんだ、そう慌てることもないだろう。だいたい、所詮はカエルだ。美味いといっても、腹いっぱい食べたくなるほど、美味いとも思えないね。イボマダラカエルがそんなに美味なら、もっと市場に出回っているはずだ」
 コタロ・ムラタナの前に進み出たのは、剣を腰にしたさっそうとした姿だった。ただし、小さい。身長は60センチほどしかない。二本足で立ち上がる、カエルだった。イボマダラガエルと異なり、体色は緑色をしていた。松本彩野が独特の魔力で呼び出し、常に連れ歩いている、カエルの紳士である。飼い主からは『ケロちゃん』と名付けてられているが、その呼び方を気にいっていないのを、コタロ・ムラタナをはじめ全員が知っている。
「でも、まずは味身ぐらいしてみたいって思っても、当たり前だろ?」
 なおも食い下がる日和坂綾に、ケロちゃんは腰の剣を抜いた。
「ケロちゃん!」
 慌てて止めようとした松本彩野に、吸盤付きの手のひらを見せて制止すると、剣の切っ先を足元のイボマダラカエルに向けた。
「すまないな、どこの誰かも知らぬ同族よ。オレ達の任務にとって、こうすることが必要なのだ」
 ケロちゃんの大きな瞳が、きゅっと閉ざされる。
「おい、いいのか」
 声をかけたものの、コタロ・ムラタナも止めることはできなかった。ケロちゃんは魔法生物とはいっても、常に剣を帯びる戦士であり、その戦士の覚悟に、水を挿すことはできなかった。
「何も、キミがやらなくても」
 日和坂綾さえ止めようとした。その刹那、ケロちゃんの剣が、イボマダラカエルの脳天を貫いた。ゲコッとも鳴かず、一つの命が散った。
 動かない骸を抱き、ケロちゃんは日和坂綾に歩み寄る。
「同族の死、無駄にはしないでもらいたい」
「うん。わかった」
 日和坂綾も神妙にうなずく。カエルを食べるという行為そのものは、やめるつもりが無いらしい。
 ケロちゃんは振り向いた。
「さあ、コタロ、彩野、オレ達は、底なし沼までどうやって移動するか、方法を考えよう。道中、邪魔なイボくん達を料理しながら進むのでは、時間がかかりすぎる」
 松本彩野が、ケロちゃんを抱きしめた。何も言わず、ただ、抱きしめた。ケロちゃんの瞳が閉ざされる。ケロちゃんに、二度とこんな真似をさせてはならない。コタロ・ムラタナは、鍛えられた自らの胸を叩き、自分自身に喝を入れた。

     2
 日和坂綾は料理が大好き、というわけではない。カエルの捌き方に詳しいわけでもなく、聞きかじった知識でなんとかしようとした。失敗しても、食材はたくさんある。ケロちゃんにさえ見つからなければ、責める奴もいないはずだ。日和坂綾の目の前で、深刻ぶったコタロ・ムラタナが自分の意見を述べていたが、もはや耳を貸す暇はなかった。
「強行突破すれば、どうしても大量の被害が出るな」
 コタロ・ムラタナの意見に対し、話し相手はひそめる眉もない。
「イボくんたちは、寝そべっているだけだ。害はないのだから、駆除する必要はないだろう。まっすぐ進めばいい」
「自分には、まっすぐ進めるようには思えないが」
「どうして?」
 尋ねたのはケロちゃんの飼い主、松本彩野だった。コタロ・ムラタナが足元を指差す。イボマダラカエルが、足をよじ登ろうとしていた。すでに膝下まで、カエルにうもれつつある。松本彩野には、腕に抱かれたケロちゃんに敬意を表したものか、登ろうとするカエルがいなかった。
「戦闘力は無いし、敵対するつもりもないのかもしれないが、好奇心は旺盛らしい。ここにいても、自分はきっとカエルタワーになる。この先は、さらにカエルの絨毯だ。とても、まともに進めるとは思えない」
「ケロちゃん、イボくんたち、説得できない?」
 緑色の魔法生物が、抱きかかえた飼い主を見上げた。
「イボくんたち、そんな知恵がある連中ではないよ。オレは一匹、殺しているしな」
「そうだよねぇ」
 会話を聞きながしながら、日和坂綾は何とか取り出したカエルの肉を、塩で揉んでぬめりを取った。後ろ足の肉は桃色をして、鳥のササミに似ている。味を想像して唾を飲んだ。
「しかし、5キロ先の沼まで、魔法で散らしながら進むというのでは、燃費が悪すぎる。移動手段を考えておかなかったのはまずかったな」
 日和坂綾はカエルの腿肉を薄くスライスし、口にしてみた。ぷりぷりした歯ごたえに、固有の甘みが脳を貫く。幾度か噛むうちに、舌の上でとろけてしまった。
 なるほど、美味だ。刺身でも十分美味い。日和坂綾は仲間達を覗き見た。また騒ぎになるし、ここは一人で味わっても文句は出ないだろう。温めた油で素揚げをする。塩を軽くまぶした。カリッとした歯ごたえと、とろける肉は、新鮮な食材を現地で調理しなければ、決して味わえないものだ。
 物欲しそうに日和坂綾を見上げていたフォックスフォームのセクタン、エンエンに一切れ与える。美味そうに食べる。頭をがしがしと撫でると、頭部を擦り寄せてきた。日和坂綾のカエル料理に満足したに違いない。
 カエルの紳士、ケロちゃんが見ていない間に、5匹のイボマダラカエルが、日和坂綾とエンエンの胃袋に消えた。
「カエルの絨毯を突破するのに、魔法なんか使わなくたっていいさ。蹴散らせばいい。それなら、簡単には死なないだろ」
 満腹になった日和坂綾が勢いよく立ちあがって、適当なことを言ってみる。一人で食事に熱中していた日和坂綾の言葉を、コタロ・ムラタナも松本彩野も聞こうとはしなかった。一人だけ、例外がいた。
「うむ……そうだな」
 神妙な顔をしたケロチャンである。コロナ・ムラナタも反対はしなかった。ただし、なぜかコロナ・ムラナタだけ、胸のあたりまでイボマダラカエルがよじ登ってきていた。8割までカエルタワーと化したコロナ・ムラナタは、カエルに好かれる体質なのだと、日和坂綾は口に出さずに決めつけた。

 松本彩野は戦闘が得意でも好きでもなかった。カエルに深い愛着を持っていた。自らの力で、ケロちゃんを実体化させたほどである。カエルで一杯の湿原に竜刻があると聞き、むしろカエルを保護することが目的で今回の任務に参加した。
料理器具を片付けた日和坂綾がイボマダラガエルを蹴りとばし、エンエンが炎を吐いてコタロ・ムラタナをカエルタワーから救い出す間、ケロちゃんと一緒にイボマダラカエルの観察をしていた。カエルが虐待されるのを見たくないので、日和坂綾にはずっと背を向けたままだった。
ケロちゃんがイボマダラカエルをひっくり返したり、持ち上げたりする間、松本彩野はスケッチをしていた。
「奇形のカエルがいるって聞いたけど、みんな普通だね。目が二つだし、手足も2本ずつだし」
「まだ、竜刻がある底なし沼まで距離があるからな。近付けば、影響が出たイボくん達に会えるだろう」
「可哀想だね」
 ケロちゃんは、少し首を傾げた。
「そうでもないんじゃないか? イボくんたちの主食はプランクトンらしいからな。食べるのに苦労していないらしいから、少しばかり外見が変わっても、本人達は気にしていないんじゃないかな」
 松本彩野はケロちゃんの頭を撫でた。
「そうだといいね」
 日和坂綾に背を向けていた松本彩野は、自然とぶなの林に目がいった。ブレイク・エルスノールと、手をつないだシーアールシーゼロが、柔らかい陽光を浴びながら、ぶなの林を歩いてきた。絵を得意としている松本彩野は、二人の姿に絵画的な美しさを見出し、上等な絵画を見るように、うっとりと見とれた。
「どういう状況なんだ?」
 ブレイク・エルスノールは松本彩野の背後で繰り広げられていた光景に、目を点にした。松本彩野は、ずっと背を向けていたので、詳しくはわからなかった。
「底なし沼までどうやって行くかでちょっと揉めただけです。ケロちゃんが止めてくれました。それより、ゼロちゃんを捜すのに、随分かかりましたね」
「すぐに見つかったんだけどね。ゼロさんが、ちょっと気にいったみたいでね」
 シーアールシーゼロは、腕にイボマダラカエルを抱いていた。日和坂綾のように、食べるためではあるまい。松本彩野が笑いかけると、シーアールシーゼロはギュッとイボマダラカエルを抱いた。イボからにじみ出た汁で服が黄色く染まった。
「それより、『ちょっと揉めただけ』には見えないんだが」
「うん。凄いことになっているです」
 ブレイク・エルスノールの言葉より、普段まどろんでいるシーアールシーゼロの言葉に驚き、松本彩野が振り返ると、日和坂綾もコタロ・ムラタナもいなかった。いや、いるはずだ。二人がいたはずの場所に、山ができあがっていた。カエルタワーだったコタロ・ムラタナと、カエルを蹴散らそうとした日和坂綾の周りに、カエルの山が築かれていた。

     3
 シーアールシーゼロは巨大化した。
 イボマダラカエルは好奇心こそ強いが戦闘力は皆無であり、抵抗もしない。カエルの山を丁寧に崩し、日和坂綾とコタロ・ムラナタを助け出した。巨大化したシーアールシーゼロは四人とカエルの紳士を乗せて、湿原の中央にある底なし沼に向けて歩きだした。
 シーアールシーゼロの巨大化能力に限界はなく、性質は大人しいが巨大な動物が多いと言われていた湿原で、最も巨大な生物となり、湿原をゆっくりと進んだ。本来華奢な肩の上に、4人の男女とカエルの紳士がゆったりとくつろげる空間がある。ヴォロス全土を含めても、これだけ巨大な生き物はそうはいないはずである。
「コタロさんがいて、どうしてあんなことになったんです?」
 シーアールシーゼロの肩でくつろぎながら、ブレイク・エルスノールが尋ねていた。シーアールシーゼロの耳元で会話が交わされていることになるが、興味がなかったため、聞き流していた。
「湿原をどうやって渡るか考えていたものでな。カエルにあれだけ懐かれるとは思わなかった。今でもぬめぬめしている気がする」
 コタロ・ムラタナに、日和坂綾も同意する。
「多勢に無勢ってのはあのことだよね。コタロさんを助けようとして、気がついたらカエルに埋まっていた。さすがにちょっと気持ち悪いな」
「初めから、この子に運んでもらえばよかったな。ゼロさんが足で踏んでも、傷つかないらしいではないか。無駄な犠牲を出した」
「ケロちゃん、それは言っちゃ駄目」
 肩の上で、ケロちゃんの指摘に落ち込んだ人間達がいたが、シーアールシーゼロにはどうでもよかった。足元に、水棲の動物がいた。指でつまめるほど小さく見えるが、元のサイズに戻れば、シーアールシーゼロが食べられてしまうような大型獣である。
 生物を傷つけることができないシーアールシーゼロは、今のサイズではこの獣に触ることもできないだろう。イボマダラカエルは可愛かった。この獣は、どんな顔をしているだろうか。シーアールシーゼロが足を止めた。肩の上で、誰かが不安そうに囁いた。
 どうでもよかった。足元の水棲動物をもっとよく見たかった。しゃがみ込み、覗きこんだ。
 4人の悲鳴が上がる。
「……あっ……」
 イボマダラカエルの絨毯に、ロストナンバー達が落下した。
 底なし沼の到着するまでに、合計5回、1キロに1回の確率で、4人はカエルの海で泳ぐことになった。

 コタロ・ムラタナは全身をイボマダラカエルの黄色い体液と緑色の血液で染めながら、底なし沼の縁に立った。コタロ・ムナタラは軍人であり、任務に対して常に冷静である。そのように努めている。
 カエルが苦手だと思ったことはない。だが、二度とは見たくなかった。全身がカエルに覆われ、自分の体でカエルを押しつぶし、体液に浸る感触は、独特のものだった。シーアールシーゼロを責めることはできない。運んでもらわなければ、力を使いはたしてプランクトンに分解され、カエルの栄養になっていたかもしれないのだ。
 底なし沼は、まるでイボマダラカエルの温泉のようだった。くつろいでいるかのように、沼の上に漂っている。実際には、沼は見えなかった。事前の情報で、その場所が沼であることを知ることができたが、湿原と同じように、灰色に埋まっていた。あるいは、ただの灰色ではなく、ほんのりと泥の茶色に染まっていたかもしれない。
 肝心の竜刻と、竜刻を飲み込んだチチュウシマウナギがここにいるはずだ。
「チチュウシマウナギは電気ウナギと似ている種らしい。一番世界の電気ウナギ漁を参考にできるか?」
 日和坂綾は、携帯型の酸素ボンベを確認していた。一体どれだけの備品を持ってきたのか、不思議になるような量である。一番世界の出身者は、日和坂綾だけだった。柔軟運動をしながら、備品を確認しながら、日和坂綾は答えた。
「そうだと思うよ。一番世界では、棲み家の沼で騒ぎ立てて、おびき出すんだ。獰猛な魚だから、外敵に注意するより、餌が来たと思って顔を出すっていうわけ。心配ないよ。私に任せて。大暴れには自信あるんだ」
「日和坂殿が大暴れに自信があるであろうことは、疑っておらんが」
「なんだか、棘のある言い方だね」
 カエルを相手に大立ち回りをし、性質の穏やかなイボマダラカエルに次々圧し掛かられてカエルの山に埋まったのは、コタロ・ムラタナと日和坂綾である。日和坂綾は強い。コタロ・ムラタナはむしろ感心した。あれだけのカエルに圧し掛かられながら、何度もカエルの海に落とされながら、懲りていないのだ。
「いや、気のせいだ。では日和坂殿、頼むぞ」
「うん」
 日和坂綾は腰にロープを縛り付け、シーアールシーゼロにロープを渡した。巨大化したとはいえ5キロの行程を走破したため、元のサイズに戻って休憩中だった。疲れる、ということが無いはずなので、本来休憩も必要ない。しかし、元のサイズに戻って、好きなことをする時間は必要なのだ。シーアールシーゼロはロープを受け取った。
「私が合図したら、引っ張ってくれよ」
 シーアールシーゼロはロープをじっと見つめたまま答えない。あまり、ロープに興味がないようだ。
「頼んだよ、彩野さん」
 うっかり忘れられても困ると思ったのか、日和坂綾は側にいた松本彩野に頼んだ。松本彩野は、底なし沼周辺のイボマダラカエルの様子に、顔をしかめていた。そうでなくても、返事をしなかった。
「任せろ。仲間は仲間だからな。カエルを喰らったからといって、見殺しにはしないさ」
 答えたのはケロちゃんだった。松本彩野のほうは少し複雑な顔をしていた。カエルを遠慮なく食べた日和坂綾を、快くは思っていないのだろう。日和坂綾はケロちゃんに片手を上げ、イボマダラカエルがくつろいでいた底なし沼に跳び込んだ。
「ブレイク殿、貴殿はどうする?」
「私は私でやりますよ。日和坂さんの思い通り、チチュウシマウナギが出てくるとは考えにくいですからね。ラドヴァスターを召喚します。コタロさんも、ご自分の判断でどうぞ」
 ブレイク・エルスノールはとらえ所がなくぼんやりとした話し方をしたが、内容は辛辣に聞こえた。
「やっぱり、日和坂殿は失敗するか?」
「そりゃそうでしょ。沼で暴れて、チチュウシマウナギをおびき出すという方法を実行するには、そいつが空腹だという前提がないと成りた立たない。これだけ普段から食料で溢れているのに、幾ら騒いだって出てくるはずがないでしょう」
 二人の視線の先で、沼の中で暴れる日和坂綾がいた。元気に泳いでいるようだが、徐々に沼に呑まれている。いずれ、自力では抜けだせなくなるだろう。
 ブレイク・エルスノールの前に、石でできた魔物、ラドヴァスターが出現していた。沼に放たれる。
「では、自分も始めるとしよう。松本殿、ゼロ殿、少し離れられよ」
 松本彩野が、シーアールシーゼロを抱いてケロちゃんと下がるのを確認し、コタロ・ムラタナは呪符を手に取った。

     4
 松本彩野は、目が13あるカエルや、前足が存在せず、後ろ足が8本あるカエルに涙した。
「こんなに酷いことって、ある?」
 奇形のカエルで周囲は満たされていた。スケッチブックを開いたまま、模写もできず、松本彩野は震えていた。その手を、ケロちゃんが押さえる。
「彩野、こうして産まれてきた奴らは、もうどうにもならない。異変はきっと、卵のうちに受けた影響によるのだと思う。ならば、オレ達にできるのは、この原因を取り除くだけだ」
 松本彩野がケロちゃんを見ると、勇ましく、強いカエルの紳士が、離れた両目で見つめ返した。
「でもケロちゃん、わたしに、何ができるの?」
「できるさ。オレがすることは、彩野がすることだ」
 緑色の紳士が、底なし沼に向かって走り出した。日和坂綾とちがって、命綱もつけていない。
「ケロちゃん、待って!」
「ゼロを頼むぜ」
 ケロちゃんは笑いながら、底なし沼に跳び込んだ。
 シーアールシーゼロは、奇形のイボマダラカエルを興味深そうに抱きあげていたはずだが、カエルを放り出し、沼の一点を見つめていた。
「ゼロちゃん、そろそろ、おっきくなっていようか」
 松本彩野が話しかけた。沼に潜った日和坂綾を引きあげるためである。シーアールシーゼロは聞いていなかった。辺りを見回し、近くに松本彩野しかいないことを知ると、短く細い指を沼に向けた。
「彩野さん、あれ何?」
 シーアールシーゼロは、沼のほぼ真ん中を指差していた。
ケロちゃんの姿がない。日和坂綾は既に沈んだ。ラドヴァスターは初めから潜っている。コタロ・ムラタナは呪符を握りしめたまま、カエルタワーと化していた。ただブレイク・エルスノールが、ラドヴァスターからの連絡を待っていた。
「あれ、たぶん、ウナギじゃないかな」
 大きな顔が、沼から立ち上がった。大きかった。頭だけで松本の上半身ぐらいある。チチュウシマウナギは、電気ウナギに似た性質を持つと聞いていた。似ているというだけで、全く別の生物なのだ。人間ですら、丸飲みできる。全長は、数十メートルにも及ぶ。この沼は、それだけの容積がある。
 チチュウシマウナギの口が開く。沼の泥と一緒に、イボマダラカエルを飲み込んでいく。口腔に消えて行くなかに、緑色の皮膚が見えた。
「ケロちゃん!」
 思わず松本彩野が駆けだそうとした。ケロちゃんが呑まれてしまう。食べられてしまう。二度と、会えなくなる。足が泥に取られた。どうでもよかった。どれだけ汚れようが、関係なかった。
 ケロちゃんには届かない。足を救われた。泥だけではない。ブレイク・エルスノールが、足をかけて転ばせた。
「邪魔をしないで下さい。ケロちゃんが、ウナギに呑まれたんです」
「解っていますよ。松本さん、何の装備もなしで、どうするつもりです?」
「そ、そんなこと、ケロちゃんを助けてから考えます」
「ケロちゃんを見殺しにはしませんよ。少しは、他の仲間も信用してほしいですね」
 松本彩野が仲間を信用していないわけではない。ブレイク・エルスノールの淡々とした言葉が、松本彩野に冷静さを取り戻させた。沼に跳び込んでも、助けられるはずがない。
「ご免なさい」
「謝ることじゃないよ。コタロさん、いつまでもカエルとじゃれていないで、そこにウナギがいますよ。私もラドヴァスターを呼び戻します」
 コタロ・ムラタナがイボマダラカエルを払い落し、呪符を利用して魔力を解放した。雷、氷が荒れ狂い、沼にのんびり浮かんでいたイボマダラカエルがひっくり返る。松本彩野は見ていなかった。ただ、両手を重ねてケロちゃんの無事を祈った。
 ブレイク・エルスノールがラドヴァスターを転移魔法で呼び戻す。ラドヴァスターは、何かを捕まえたような格好で姿を見せた。
「折角竜刻ヲ発見シタノニ、ドウシテ呼ビモドシタ。モウスグ、外セルトコロダッタノニ」
「ラド、真っ暗で見えなかったけど、どこにいたんだ?」
「アノ、腹ノ中ニ決マッテイル。胃袋ノ壁ニ、竜刻ガ張リツイテイル」
 石の悪魔ガーゴイルのラドヴァスターは、コタロ・ムラタナの魔法で苦しむチチュウシマウナギを指差した。松本彩野が顔を上げる。苦しむチチュウシマウナギは、沼の中に戻ろうとしていた。ガーゴイルのラドヴァスターに詰め寄った。
「中で、あれの中で、ケロちゃんに会わなかった?」
「解ラナイ。中ハ真ッ暗ダ」
 ブレイク・エルスノールが松本彩野の肩を叩いた。
「心配ない。ケロちゃんは助けますよ。ラド、どの道、もう一度行ってもらうしかない。頼むぞ」
「別ニイイケド、必要ナイト思ウゾ?」
 松本彩野が沼を見ると、チチュウシマウナギが沼に潜るところだった。沼に潜る寸前、腹の中央から、鋭い刃が伸びた。長さ、形状、材質から、松本彩野には、誰の剣か、すぐに解った。
「ケロちゃんだ」
「確カ、オレッチモアノ辺リデ竜刻を見ツケタ」
 チチュウシマウナギが沼に潜る。沼の上に、緑色の肌が、顔を出した。60センチの身長と、60センチの剣を持ったカエルの紳士、ケロちゃんが浮かび上がった。手に持っていたのは、竜刻だった。

 シーアールシーゼロは、ケロちゃんと抱き合う松本彩野を見つめていた。二人とも泥にまみれている。ブレイク・エルスノールとラドヴァスターが二人の健闘を讃えるかのように背中を叩いていた。コタロ・ムラタナは、相変わらずイボマダラカエルに好かれていた。呪符を使い切り、カエルを引きずりながら、近付きつつあった。
 竜刻は回収されたのだ。シーアールシーゼロにも、今回の冒険が成功したこと、皆がそれを喜んでいることがわかった。
 何か、忘れているような気がした。
 シーアールシーゼロも立ち上がった。足元に、ロープがぽとりと落ちた。とりあえず、拾い上げておいた。
 松本彩野とケロちゃんに、シーアールシーゼロが近付く。ラドヴァスターが気づき、竜刻を見せてくれた。こぶしぐらいの大きさの、ただのありふれた石だった。
「ねえ、ブレイクさん」
「どうしたんだい?」
 ブレイク・エルスノールは、身長の低いシーアールシーゼロに、優しく視線を合わせた。
「これ、なんだか知っている?」
 さっき拾ったロープの切れはしを見せた。ロープは、底なし沼に向かって伸び、先端が沼の中に消えていた。
「いや、何だろう?」
 松本彩野が、緑色の肌から顔を上げた。シーアールシーゼロが持ち、ブレイク・エルスノールが首を傾けるロープを見つけ、目が丸くなった。

 日和坂綾は、沼の中にある岩に挟まって動けなくなっていた。底なし沼は想像以上に深く、自力で抜けだすことは不可能になっていた。一同の努力により助け出されたが、無事とは言い難い。日和坂綾は、しばらくカエルを見ることさえ避けていた。カエルを見ると、色々と思い出すらしい。
 もちろん、それはごく短い期間にすぎなかったが。

 竜刻は取り除かれ、ヴォロスの辺境に平和が戻った。
 湿原にはいつまでも、カエルの鳴き声が響いていた。
                        了

クリエイターコメント ご参加いただいたプレイヤーのみなさん、どうもお疲れさまでした。無事完成いたしましたので、お届けいたします。
 ロストトレイルでの初の通常シナリオとなります。やはり、難しかったというのがライターとしての感想です。ご自分のキャラクターの扱いに不満を持たれる方もいるでしょうが、現状でのライターとしての目いっぱいの力として、ご理解いただきたいと思います。
 また、皆さんとご一緒できるのを楽しみにしております。今回は本当にありがとうございました。
公開日時2012-01-04(水) 22:30

 

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