クリエイター大口 虚(wuxm4283)
管理番号1160-23642 オファー日2013-05-18(土) 23:00

オファーPC ハクア・クロスフォード(cxxr7037)ツーリスト 男 23歳 古人の末裔
ゲストPC1 古部 利政(cxps1852) ツーリスト 男 28歳 元刑事/元職業探偵

<ノベル>

 雑然とした通りの暗がりで乾いた砂利道の上を男の屈強な体躯が転がり、砂埃が舞う。太い両腕を地につき、体を起こす男の風貌は大熊の如く凶暴で、しかし、その両の視線はちっぽけな鼠のように脅え忙しなく宙を彷徨っていた。
 一度吹き飛ばされて尚逃げ出そうとする男の体をまた一陣の風が覆い、そのまま拘束する。如何にもみすぼらしい身形の男が体の自由を失い呻く。それを、無精気味に伸ばされた白髪の男とスーツにショート丈のコートを纏った男が沈黙を保ったまま見下ろしていた。
「違う、俺は……俺はやってない……ッ!」

* * *

 ハクア・クロスフォードと古部利政はインヤンガイの黄淵区にて発生した事件に関する依頼を受け、シァリェンという黄淵区では著名な探偵の元を訪れていた。
 黄淵区の住民は一部の富裕層を除けばほとんどがその日を乗り切るにも精一杯の貧しい生活を強いられており、工場区や富裕層の住宅街以外は老朽化して今にも崩れそうな家屋ばかりが建ち並んでいる。貧困層の人々はその頼りない建物の中へ家畜のように押し込められ、日が昇りかけては工場区へ向かい、日もすっかり暮れてやっと狭い家へ帰り、狭い部屋で身を寄せ合う生活をしているらしい。
 シァリェンの事務所は、黄淵区の北西部にある高級住宅街の一角にあった。

 赤く艶やかな光沢のある絨毯は、一目見るだけで優れた素材を使ったものであると分かる。ハクアと利政は細やかな蔓草の模様のレースがかけられた黒革のソファに腰かけ、探偵が事件の資料を持って戻るのを待っていた。
 シァリェンはよく手入れのされた真白いシャツにグレーのベストを着た三十代前半ほどの年齢の男だ。両の手にはめた白手袋が彼の清潔で几帳面な印象をさらに際立たせている。
「連続殺人事件の解決といっても、犯人は既に判明しているんだ」
 テーブルを挟み、二人のロストナンバーの向かいのソファに腰かけた探偵は何枚かの写真を広げてみせた。
「……惨いな」
 現場で撮影されたらしい被害者たちの変わり果てた姿に、ハクアは無意識に眉を顰める。遺体はどれも斧のようなもので頭を割られており、砕けた頭蓋骨や潰れた脳髄が露出していた。その胴体には拘束に使用したと思われるロープの痕が縄の目まで視認できるほどクッキリと残っており、被害者たちは体の自由を奪われた後に殺害されたものと見える。
 殺されたのは皆、仕事を終えて家族の元へ戻ろうとしていた日雇い労働者たちだという。何れも身ぐるみを剥がされた状態であり、彼らのその日の賃金目的の強盗が口封じのために殺害したものだとシャリェンは話す。
「犯人は、既に特定しているのだったね」
「ああ。ダォナンという、何度も盗みや強奪を繰り返している男だ。以前、彼は今回と同じように日雇い労働者を帰り際に襲って賃金を奪うということを繰り返していた」
 利政は探偵が差し出した「犯人」の写真を受け取る。写真の男は如何にも凶悪な面持ちに逞しく荒々しい容貌をしていた。探偵によると、ダォナンについて聞き込みを行った際に彼を犯行現場近くで見たという証言が出たうえに、彼がよく根城にしている廃屋で凶器とみられる血の付着した斧が発見されたらしい。それにより、ダォナンが犯人であると断言するに至ったのだ。
「……犯人が彼であると判明したまでは良かったのだが、彼は近隣では知らぬ者がいないほどの怪力の持ち主でね。私は特別に体を鍛えているわけではないし、格闘術に心得があるわけでもない。そこで――」
「代わりにダォナンを確保しろというわけか」
 シャリェンの台詞を継ぐ形でハクアが依頼の内容を確認すると、探偵は「そのとおりだ」と満足げに首肯する。
「私も忙しい身でね、これから他の事件の調査もある。ダォナンを確保したら連絡してくれ」

* * *

「どう思う」
 自身の無実を繰り返し訴えるダォナンを前にして、ハクアは隣に立つ男に問う。利政はあくまで落ち着いた様子でハクアの方へ顔を向けた。
「それは彼が嘘をついているかどうか、という意味かな」
「ああ」
 探偵の事務所を出てから、何か釈然としないものがあった。形のない違和感の正体を求めるように、ハクアは利政の返答を待つ。利政は一度、左手首にはめた腕時計に視線を落としてからまた顔をあげると、苦笑し軽く肩をすくめてみせた。
「この男が強盗の口止めのために殺害したとすると、不自然なところがある……と、きみも思っているのだろう?」
 ダォナンは何度も「俺じゃない」を繰り返している。ハクアはそれをじっと見下ろしたまま、低く言葉を紡ぐ。
「犯人は、何故被害者を拘束した」
 目の前にいる熊のような体躯の男に、わざわざそんなことをする必要があったのか。身ぐるみを剥ぐためにしろ、口止めのためにしろ、殺すなら力尽くで抑え込むなりして斧を振るうだけで充分であったはず。
「さらに、だ。被害者の胴体に縄の目の痕がはっきりと残っていたということは、被害者は服を脱がされてからロープで拘束されたことになるね」
 利政がハクアの覚えた違和感を補うように台詞を続ける。
「口止めしようというのに、随分と悠長だな」
「きみの言うとおりだ。あの探偵はそれを見落としたのか、それとも、」
 利政は一旦言葉を区切り、含みのあるような微笑を浮かべた。話の流れを聴いていた大男が幾らか安堵した様子で縋り付こうとするのを、ハクアは半歩後退し避ける。
「何れにしろ、このまま素直にこの男を引き渡すわけにはいかない」

 黒ずんだコンクリートの壁を背に、中年の女は体を丸めてチラチラとこちらの様子を伺っている。土で薄汚れた衣服や荒れた肌がいっそう彼女を醜くみすぼらしく見せていた。見慣れぬ外見のハクアを余所者と警戒しているのか、女は彼を睨むように見上げながら、忌々しげに吐き捨てる。
「や、殺ったのは、ダォナンだろ。皆がそう言ってんだ、アイツだって」
「それを、おまえは誰から訊いた。見た人物がいたのか」
 利政は他に調べることがあると別行動をとっていた。後退りしながら、女はゆっくりと、震える骨と皮だけの指である方向をさす。
「そこの、共同住宅に住んでる。リャオって爺さんだ。あいつが、ダォナンが、恐ろしい形相で、斧を持って歩いてたんだそうだ。死体が出た日にね」
「見たのは、その老人だけか」
「殺したところを見たって吹いてるヤツなら幾らでもいるさ。それだけ、あいつなら殺ってもおかしくないって皆思ってんだよ」
 ダォナンは普段から乱暴な振る舞いが目立ち、近隣の住民は彼を恐れてできるだけ関わり合いを持たないようにしていたらしい。
「……そうか」
 ハクアは女が指した建物の方へ足を向ける。ざり、と砂を踏む音が耳に届く。この一帯を訪れてから、生ごみのような悪臭が鼻腔を苛んでいた。住宅の入り口に近づくにつれ、その臭気が密度を増していくような錯覚がする。
 住宅の入り口付近で屯していた女にリャオ老人の所在を尋ね、案内を頼む。老人は住宅の一階の端の部屋に住んでいた。一部屋に複数の家族が暮らしているらしく、部屋の中の人の密度は予想していたよりずっと高かった。
 部屋にはリャオ以外の数人の老人の他はまだ幼い子供たちばかりである。両親が働きに出ている間はいつもこうなのだと、案内をした女は言って去っていく。ハクアは、部屋の隅で腰を下ろしているリャオ老人の前に来ると膝をつき、老人と視線を合わせた。
「事件の日に、ダォナンを見たと聞いた。それは本当か?」
 老人はハクアを品定めするようにじっと見つめた。それから、もごもごと口を動かす。
「一昨日から、孫の姿が見えん。まだ六つの、女の子だ。可愛い、女の子」
 老人の言葉に、ハクアは僅かに顔を顰める。それには構わず、リャオはごそごそと自分の服のポケットから、数枚のお札を取り出して差し出してみせた。
「これで、食べ物を買いに行くつもりだった。孫と、息子と、嫁と、此処の、子供たちの分も」
 お札を持つ老人の手は、震えていた。その震えは、恐れなのか、後悔なのか。
「探偵が来て、帰ってから、ずっと、姿が見えん」
 それまでは確かに表で遊んでいたはずなのに。老人は頭を地に伏せ、懺悔を続けた。

 利政はある喫茶店で嘗ての同業者である知人と顔を合わせていた。依頼した資料の入った封筒を受け取り、中を検める。
「久しぶりに声を聞いたと思ったら、また血生臭い話だとはな」
「性ということだろうね、分かるだろう? きみなら」
 資料を机の上に広げつつおおらかな微笑を浮かべる利政に、相手は苦笑いで肯定を示した。珈琲を一口含み、ちらりと腕時計を見やる。秒針は変わらぬ早さで時を刻み、時間の経過を伝えていた。
 黄淵区での殺人事件の発生推移は、そういった案件の絶えぬインヤンガイにあっても一際目立つものであるようだ。特に、同一犯による連続殺人事件はここ二、三年だけでも十数件あがっている。
 利政はそれらの中から数件を選び出し、じっくりと事件の概要に目を通していった。
「事件はすべてシャリェンが?」
「ああ。元々治安の悪い黄淵区にあって、発生した事件のほとんどを解決に導いたのがシェリェンだ。優秀な男さ」
 それから、しばらくの沈黙が下りる。利政が抜き出した事件は、それぞれ、無差別通り魔事件、婦女暴行殺人事件、怨恨による連続殺人事件、と一見すれば何の関連性もないようなものばかりだった。被害者の年齢や性別、事件発生の時刻、場所、凶器もそれぞれに異なり、犯人も何の繋がりもない。ただ、何れもシャリェンの調査により目撃者や凶器などの証拠が揃い、解決に至っている。それでいて、何よりも。
「ところで、最近の『他の事件』については何か聞いていないかい?」
「そっちも、調べてるのか」
「いや、彼が調べてると言っていたんだ」
 元同業の男は一度利政から視線を外し、珈琲を一息に飲み干した。それから、声のトーンを落としてそれに答える。
「子供の失踪事件だ。最初にある富豪の孫娘が失踪して以降、同じくらいの歳の女児が連続して数人消えてる」
「……なるほど」
 会話が途切れたところで、トラベラーズノートにハクアからの連絡が入っていることに気づいた。内容を一瞥し微笑を深くすると、利政は席を立つ。
「礼はまた改めてしよう。今日のところは、ここの珈琲代で勘弁してもらうよ」

 近くの公衆電話からシャリェンの事務所へ連絡を入れると、助手から彼の不在を伝えられた。それからしばらく言葉を交わしてから、利政は受話器を戻す。
「帰るのを待つか」
 ハクアの問いに、利政は左右に首を振って否定する。
「居場所は聞いた。行こう」

* * *

 シャリェンは女児失踪事件の発端となった富豪の邸宅へ招かれて行ったという。広く手入れの行き届いた庭を囲う鉄柵の前で待っていると、探偵は家の召使いらしい老年の男に連れられて現れた。
「要件なら、事務所で待っていてくれても構わなかったのだが」
「外出先に押しかけるのは迷惑だと分かってはいたんだ。しかし、できるだけ早急に話す必要があってね」
 シャリェンは二人の旅人へ順に視線を送ると、微笑する利政に笑みを返し、召使いの男性に主への伝言を頼んだ。
「ここの主人からお許しがでたら、中でゆっくり聞かせてもらおう」

 二人が来訪したのは、ちょうど晩餐が終わり富豪一家と客人揃っての談笑の最中のことだったようだ。利政とハクアは共に当主である老紳士へ歓談の最中に邪魔をしたことを詫び、家へ招きいれることを許した寛大さに礼を述べる。
「構わんよ。この黄淵区の治安を守ってくださる探偵殿に助力しておられるのだろう」
 老紳士は、彼の一族である若夫婦とその子供たちの居並ぶ食卓の末席へ二人を促す。それを、シャリェンは穏やかな口調で制止した。
「ここからは、つまらない仕事の話になります。別室をお借りしても、」
「いや、待て。ここの家人にも関係のある話だ」
 ハクアがシャリェンの言葉を遮ると、一家はそれぞれ不安げに顔を見合わせた。老紳士は改めて二人に着席を促す。
「君たちに頼んだのは、殺人事件の犯人の確保だったはずだが?」
「もちろん、これから確保するつもりさ」
 シャリェンと利政は互いに笑みを崩さぬまま、視線を交わした。緩やかな動作で、客人たちは富豪の食卓の末席を頂く。探偵の席の脇には、彼のものらしい大きな鞄が置かれている。その隣には当主の孫と見える少女が座っていたが、ハクアの隣は失踪した彼女の妹のものだったらしく、空席だった。

「件の連続殺人事件だが、ダォナンは犯人ではない。俺たちはそう判断した」
「理由は?」
 シャリェンの問いはひどく簡潔だった。すでに今後の展開を察し、ページを捲るだけの作業をするような、そんな落ち着きように見える。
「ダォナンは、並の人間ではかなわない程の大男だ。その男が、力尽くでも殺せる相手をわざわざ拘束する必要は何だ。強盗目的でありながら、身ぐるみを剥いだ後で縛り上げ、またロープを解くという手間をかける意味は」
 ハクアは死体の縄の痕から、拘束が服を着ていない状況で成されたことを説明する。これが、強盗目的の犯行とは思えないことも。シャリェンはそれを、隣に腰かけている少女に聞こえないように耳を塞いでやりながら聞いていた。
「しかし、彼が斧を持って犯行現場近くにいたという証言も、凶器が彼の根城にあったという事実もある」
「証言をした老人は、おまえにそう言えと頼まれたと言っていた」
 ハクアはリャオ老人に託された札をテーブルの上に置き、シャリェンの方へ滑らせる。食卓の上座から、ハッと息を止めるような、困惑する気配がした。
「全て、私のでっちあげだと?」
「それだけなら、きみの経歴に大きな傷がつく程度で済んだだろうね」
「何が言いたいのか、理解できないな」
 シャリェンの言葉を受け、利政はぽつりと呟くように、「イージェン」という単語を出した。
「ミンファ、イェンリャ、リィヤオ、ワンシィ、」
「……私が以前解決した事件の被害者だな。もう終わった件だ」
「犯人はそれぞれ違うが、全て今回と同じようにきみが見つけた証言と凶器により解決した事件だ。そして、彼らは殺され方に共通点があったんだが、何だか分かるかい?」
「分からないね。無能な私に、ぜひ教えてもらえないか」
「全員、裸にされた後に拘束され、体にひどい損傷を与えて殺害され、そして拘束を解いた状態で放置されていた」
 ある事件では腹部を切り裂かれ腸をぶちまけた状態で、ある事件では胸部を切開し肋骨や心臓を晒した状態で……何れも、被害者は見るに堪えない姿だったという。
「別人が別々の目的でやったにしては、これらの殺害の仕方には同じ意図が宿っているように思えないかい? 同じ人物が、『用意しておいた犯人』に合わせ、あえて凶器と標的を変えて殺人を続けていたようにね」
「それが私だと?」
「どうだろうね。何しろ、決定的証拠はない。すべて終わってしまった話だからね。しかし、『今発生している事件』なら、どうだろう。まだ、死体も凶器も見つかっていない事件なら――」
 そこで、客人たちのやりとりを聞いていた富豪一族の若い母親が突然立ち上がった。
「あっ、あの、シャリェンさん! 違いますよね、違いますよね!? 娘は、探してくださっているって、仰ってくださいましたもの! シャリェンさんは、殺人犯なんかじゃ、」
「……そこの鞄を、見せてくれないか。晩餐の席には些か不釣り合いに見える」
 ハクアが席を立ちかけたところで、シャリェンが懐に手を入れるのが見えた。利政も咄嗟に席を立ち、ハクアも魔法が間に合わぬとみてギアを取り出そうとする。しかし、それより先に銃声が煌びやかな食卓の空気を貫いた。
 ハクア達より上座の方で、人の倒れる音がする。そして間を置かず、食卓はすぐさま悲鳴に包まれた。
「何故殺した」
 ハクアが問うと、シャリェンは隣の席にいた少女の身体を抱え、銃口を彼女の頭に向けたまま微笑んだ。
「甲高い声が耳触りだったから、では不十分か? 私はね、自分の心の声には素直に従う主義なんだ」
 人質に取られた少女は、見ている前で吹き飛んだ母親と、今自分に向けられている銃口への困惑と恐怖で引き攣った顔を見せていた。
「その鞄の中にあるのは、その子の妹なのかい?」
「この後、敷地内の目立たない場所に捨てる予定だったのだがね」
 予想外の事態というのはあることだな、と探偵は肩を竦める。ハクアは幼い少女を盾にとった男を睨んでいる。
「心の声に従った結果がこれか。何がおまえを駆り立てた」
「あえて言うなら、見たかったから……かな。人の中身、真実の姿を」
 探偵は作り物のように張り付いた笑みのまま、旅人たちを見つめる。利政はその笑みを、また笑んで、見つめ返す。
「それで、ここからどうするつもりなんだい?」
「どうしようか。ここにいる全員を殺せば切り抜けるだろうか」
「本気か」
 ハクアの唸るような声が届くと、シャリェンの笑みは冷えたものへ変わり、手にした拳銃に力が籠められるのが目に見えた。
「もちろん……冗談だ」
 二度目の銃声の後に倒れ伏したのは、優秀だったという探偵一人だった。

 男の自殺により『三人分』の死体を孕んだ富豪の邸宅に訪れた夜は、氷のように冷え切っていた。

【完】

クリエイターコメント大変お待たせいたしまして申し訳ありませんでした!
久しぶりに字数制限に悩まされまして、まだまだ詰め込みたい衝動に駆られております。ミステリーって難しい……!

少しでも楽しんでいただけるところがあれば幸いです。このたびはご依頼ありがとうございました。
公開日時2013-06-23(日) 13:00

 

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