クリエイター阿瀬 春(wxft9376)
管理番号1147-14372 オファー日2011-12-30(金) 22:09

オファーPC ヴィヴァーシュ・ソレイユ(cndy5127)ツーリスト 男 27歳 精霊術師
ゲストPC1 クロハナ(cthh4226) ロストメモリー その他 3歳 世界司書

<ノベル>

 膝に広げていた本を閉じる。
 緋色の糸で丁寧な装丁のなされた背表紙を指先でそっと撫でる。窓から流れ込む緩やかな風と穏かな朝陽を受け、本と、本に乗せた指先がじわりと温かくなる。
 白銀の髪が柔らかなカーテンと共に揺れる。舞い踊る朝陽に誘われ、ヴィヴァーシュ・ソレイユは髪と同じ色の睫毛を持ち上げた。
 窓の外はターミナルでの仮宿として長く滞在しているホテルの中庭がある。小さな森ほどもある広い中庭は、健やかな木々が朝の訪れを喜ぶように緑をざわめかせている。
 朝陽を含んだ緩い風を受けて、白い頬が僅かに和む。けれどその右の頬と右の眼を覆うは白皮の眼帯。隠されていない左の眼が静かに瞬く。窓の外に揺れる新緑よりも鮮やかな翡翠の瞳に朝陽の白光が揺れる。その眼に掛けられた片眼鏡の縁に陽光が添う。
 使いこまれ飴色になった椅子の肘置きから腕を持ち上げ、片眼鏡を外す。明るい窓辺に面した書見台に、外した片眼鏡と読み終えた本を置く。
 心に残る本の余韻を小さな息にして吐き出す。一晩中文字を追うことに酷使した眼を閉じ、瞼を指先で軽く揉む。時間をかけて本を読み終えた充足感と共に、長時間片目を使い続けたための鈍い頭痛が圧し掛かってくる。
 窓から流れ込む朝陽の眩しさに翡翠の眼を細めながらも、時間の流れのないターミナルにあって、朝夕の訪れのあるチェンバーを作り出したホテルの主の慧眼に淡く笑む。朝に夕に風を受けてはざわめく木々も、夜に月の光浴びて佇むホテルも、どれも平坦な時の中にあっては得られぬもの。
(それに)
 感情の起伏を知らぬかのような白い頬がほんの僅か、緩む。
 こうしてホテルの図書室に昼も夜もなく籠もりきり、蔵書を片っ端から読んでしまう滞在者に時間の流れをそっと教えるには、眩い朝は最適。
 座り心地の良い椅子から立ち上がる。椅子の背もたれに掛けていたスーツの上着を取り上げ、腕に掛ける。本を元の場所に戻し、片眼鏡を懐に仕舞う。
 図書室に籠もる滞在客のためだろうか、あらかた読み切ったはずの本棚には新しい本が補充されている。ホテル側の気遣いにそっと感謝し、図書室を出る。
 朝陽と眩しい風に満ちる廊下を行く。
 世界図書館よりの依頼も、会わねばならない人も、片付けねばならない用事も、何もない一日の始まりだが、図書館に籠もって読書に耽るには眼が疲れすぎている。趣味と言える趣味は読書しかもたないヴィヴァーシュは、廊下の陽だまりの中、一日を如何に過ごすか思案に暮れる。
 廊下に並ぶ開け放たれた窓から光帯びた風が舞い込む。
 磨きこまれた大理石の床を駆け、ヴィヴァーシュが肘に掛けた上着の裾を、白い頬を、銀色の柔らかな髪を、ふわり、撫でて過ぎる。
 悪戯な精霊の掌にも似た風の行方を追って、ヴィヴァーシュは細い顎を上げる。肩越しに振り返る。眩い廊下を擦り抜ける軽やかな風は、ふと、今はもう居ない兄を思い起こさせた。
(何故)
 知らず、掌が持ち上がる。白皮の眼帯に覆われた右半面を押さえる。眼帯に施された精緻な刺繍を引っ掻くように、指先を折り曲げる。ゆっくりと、殺した息を吐き出す。
 眼帯の下には、いつまでも消えることのない過去の傷跡がある。癒えることのない傷は、空気に触れれば錆びた錐で貫かれるほどの痛みを訴える。一切の思考を奪う痛みを嫌い、過去を封じるようにこうして眼帯で覆い隠しているというのに、
(……何故)
 癒えぬ傷と同じに、終わらぬ問いが自身の内に響き渡る。
 何故、城主たる貴方が闇の精霊の贄たる私の身代わりになど。
 私が闇の精霊に取り込まれようと、それならばそれで構わなかった。私は貴方が生きてゆけるのならばそれで良かった。それなのに、何故。
 翡翠の隻眼の端に、朝の光が揺れる。
 穏かな朝陽に背を撫でられ、ヴィヴァーシュは過去の痛みに苛まれていたとは思えぬ怜悧な瞳を直ぐに上げる。心の動揺を瞬きひとつで胸の底にしまいこむ。右の眼を押さえていた掌を下ろし、窓の外の緑の木々へと繊細な顎を向ける。
 朝と夕のあるこのチェンバーのホテルには、天候の変化もある。
 窓から見える今朝の空は、天の果てまで続いてゆきそうな青の空。
 チェンバーの外に一歩出れば、時の止まった平坦な空が広がるばかりだが、――ホテルの部屋で紅茶を淹れて過ごすよりも、ターミナルを歩いて回る方が少しは気も紛れるかもしれない。
 そう思わせるほどに、空は明るい。
 長い逗留の間にすっかり顔見知りとなったドアマンに、いってらっしゃいませ、と送り出されてホテルを出る。ホテル内でのみ使われる暦に合わせ花の彩りを変える前庭を過ぎ、今は春浅い花々に飾られた門を潜る。
 門より一歩踏み出せば、空の色は乾く。変わること知らぬ平坦な、明るいだけの空となる。
 隠れ家の入り口にも似た狭い路地を抜け、通りに出る。幾つかの通りと路地と緩やかな坂道を、とりたてた当てもなく歩む。
 己と姿変わらぬ人が隣を足早に過ぎる。翼持つ小さな獣人がその翼で風起こしながら楽しげに笑う。建物の影からふわり、確たる形持たぬ影のようなものが浮き上がり空へ舞う。樹木の肌持つ少女と半獣の少年が手に手を取り駆けて行く。
 路地を抜けた先の小さな広場では、派手な衣装纏った異世界の道化師が玉乗りを披露している。異界の動物象った飴細工を売る露店では、鱗持つ青年が朗らかな声を上げる。敷き布広げ異世界で入手してきた様々の装飾品や楽器を売る老爺が居る。
 様々の姿持つ人々と行き違い、擦れ違う。そうしている間に知らず眉間に力が寄っていることに気付いて、ヴィヴァーシュは足を止める。
 指先で眉間に触れる。人が嫌いなわけではない。人と接することを厭うてはいない。それでも、人の多い場所を歩けば、空気の流れが澱んでいる気がして。遠近感の狂う隻眼で人波を潜れば時折鈍い頭痛がこめかみを過ぎる気がして。
 煉瓦道の端の街灯の傍に立ち、行き交う人々の邪魔にならぬようにしながら、眉間の皺を消そうと細く長く息を吐き出す。
 何らかの目的や向かうべき場所がなければ、心惹かれる収穫など見つけるは難いか、と翡翠の眼を伏せる。
 伏せた視線の先を、赤茶色の毛がひらひらと横切った。
 ヴィヴァーシュは疲れた眼を瞬かせる。赤茶色の塊に焦点を合わせる。
 行き交う人々の膝の高さあたりで、赤茶色のふさふさ尻尾がひらひらと揺れている。ほとんどステップを踏むほどの上機嫌な足取りで人込みの隙間を抜ける赤茶色の獣を、ヴィヴァーシュは知っていた。
 幾度か依頼を受けたことがある。ブルーインブルーの祭の際には旅を共にしたこともある。
 世界図書館に勤める司書のひとり、クロハナ。
 ヴィヴァーシュが声を掛けるよりも早く、赤茶色の犬の姿した世界司書は尻尾をふりふり人波に突撃して行ってしまった。四本足を地に着ければ、子どもよりも丈低くなる犬の司書は、すぐに人波に紛れてしまう。
 思わず一歩踏み出しかけて、立ち止まる。
(クロハナさんなら)
 思いつくと同時、人が見ても分からぬほどに唇に微かな笑み浮かべて足を進める。
 見るからに楽しそうに歩いていた。誘ってみればいいかもしれない。たまには誰かと歩いてみるのも悪くないかもしれない。
 人と人の隙間にちらちらと見える赤茶色の毛の塊を追う。目的でもあるのだろうか、ゆらゆらと揺れる尻尾は人の多い広場を一目散に横切る。狭い路地を突っ切り、幾度か角を折れた先のどん詰まり、赤い花を咲かせる垣根の根元、
「クロハナさん?」
 犬の司書は赤茶色の尻尾だけを覗かせ、垣根の向こうに潜りこもうとしていた。
 ヴィヴァーシュに声掛けられ、尻尾がぎくりと跳ね上がる。
「はい!」
 悪戯を見つかった子どもの仕種で、クロハナは垣根から後退りで出てきた。爪先から尻尾まで、身体をぶるぶると震わせ、毛皮についた葉や小枝を払う。三角耳をぴんと持ち上げ、黒い鼻先と黒い眼をヴィヴァーシュへと向ける。
「ヴィヴァーシュ!」
 何にも悪いことはしてません、とでも言いたげな顔で、桃色の舌を見せて笑う。
「今日は、クロハナさん」
 ヴィヴァーシュの丁寧な挨拶に犬の尻尾が揺れる。
「今日は、ヴィヴァーシュ」
「ヴィー、でいいですよ」
 失礼、と屈みこみ、三角耳の後ろに絡む小枝を取り除いてやる。嬉しげに揺れる尻尾と黒い眼を見ているうち、ふと眉間に入っていた力が抜けていることに気付く。
「ほんと?」
「はい」
「ヴィー!」
 クロハナは跳ねた。尻尾を振り回してその場で跳ね回るクロハナを眼で追いながら、ヴィヴァーシュはクロハナの予定を尋ねる。
「今日、なんにもない日」
「でしたら」
 足元でお座りをするクロハナに合わせ、ヴィヴァーシュは膝を折ってしゃがみこむ。
「お気に入りの場所や、良く行く場所を案内して頂けませんか?」
 そう言った途端、クロハナの眼が輝いた。うずうずと尻尾と尻が一緒になって振られ始める。
「散歩?」
「はい、散歩です。お好きですか」
「さんぽ!」
 クロハナはヴィヴァーシュの周りを走り回った挙句、路地の奥へと駆け出す。少し離れた場所で足を止めて振り返る。
「行こう、ヴィー」

 広場に戻り、クロハナの先導で別の道に入る。白と茶のモザイク模様の煉瓦道を辿るうち、雑踏が遠くなる。銀色猫柳の樹に飾られた屋敷の脇を過ぎれば、景色は不意に漆喰と瓦の高い塀で挟まれた砂利道に変わる。
 どこかのチェンバーに紛れ込んだかと空を仰ぐも、空は平坦な零世界の空のまま。仰ぐ視界の端、濃紺色の瓦の向こうに朱緋色の小さな花を咲かせる樹の群生が見える。
 冬陽の優しさにも似た花の香りが砂利道を淡く包む。
「こんな道があるとは」
 白皮の眼帯を彩る銀糸の精緻な刺繍が、零世界に降り注ぐ静かな光を静かに跳ね返す。
「こちらに来てから、随分とあちらこちらと散歩してはいるのですが」
 ヴィヴァーシュと並んで歩くクロハナの尻尾が得意げに揺れる。
「零世界、狭いようで広い。路地の道の先、色々いろいろ、ある」
 花の香りを嗅いでいるのか、黒い鼻先と黒い髭がすんすんと動く。
「トラム乗るの、楽しい。歩いて散歩、楽しい」
「そうですね」
 漆喰塀に挟まれた道の突き当たりには、石に彫られた素朴な神の像があった。道行く人々を見守るような優しい顔した石の神像の足元には、この道を行く人々の手によるのだろう花や菓子が供えられている。
「お参りおまいり」
 神像の前でクロハナは足を止めた。ひょいと二本足で立ち上がり、額に皺寄せた神妙な顔で前肢の肉球と肉球をぺたりと合わせる。
「道の神さま旅の神さま。なむなむなむ」
 不思議な呪文を唱えるクロハナの隣で、ヴィヴァーシュも神像に向かいそっと目礼する。何処の神とも知れないが、それでも、素朴な神像には確かに人々の祈りが宿っているように思えた。その石の身に優しい精霊の息吹を纏うているように感じた。
(おはようございます)
 神像に短い挨拶を述べ、伏せた瞼を上げる。クロハナは神像の脇の竹筒に活けられた黄色い花に黒い鼻先を寄せていた。ヴィヴァーシュの視線に気付き、花粉のついた鼻先を舐めながら四足で立つ。
「よく行くところ、行こう」
「お願いします」
 翡翠の隻眼を淡く細めて言うヴィヴァーシュに、クロハナの尻尾が揺れる。
「こっち!」
 わふわふわふ、言葉にもなっていない鼻歌交じりに、クロハナは歩き出す。
 様々の花樹が様々の香りと彩りを塀の上から降らせる。
 人通りの絶えた砂利道の先から、ふわり、温かく甘い湯気が流れている。視線を延ばせば、白塀と白塀の間に幻のような藍の暖簾。樹と竹で出来た古風な店舗が一軒だけ。甘い湯気の元はその暖簾の奥のようだ。
 湯気に誘われ、クロハナが唐突に駆け出す。
「ばあちゃーん」
 転がる勢いで暖簾の内に駆け込んでしまう。
「クロハナさん?」
 クロハナを追って暖簾を潜る。何席かの露台があるばかりの簡素な店内には、外に流れ出ている甘い香りの湯気に満ちていた。奥の台所で何か甘いものを蒸しているらしい。
「うちは酒屋なんだけどねえ」
 着物に襷がけ姿の小柄な老婆が台所から困り顔でひょいと出てくる。片手に軽々と一升瓶を抱え、戸口に立つヴィヴァーシュにいらっしゃいとしわくちゃの顔で笑う。
「ヴィー、酒蒸饅頭食べる?」
 老婆の後ろから二本足で立つクロハナが三角耳の頭を覗かせる。両の前肢にはコップと深皿の乗った盆を捧げ持っている。
「とてもおいしい」
 ヴィヴァーシュの身体は、食事を必要としない。身体機能を維持するには、世界に満ちる精霊の力があれば充分に事足りる。けれど、
「頂けますか」 
 ヴィヴァーシュはクロハナと老婆に向けて僅かに微笑む。真直ぐな翡翠の眼に、老婆は面食らったような照れたような、困った顔で笑った。はいよ、と一升瓶を手近な露台に置き、一度奥に引っ込む。白い湯気の上がる真白な饅頭を皿に盛って出て来る。
「牛乳ぎゅうにゅう」
 酒蒸饅頭の甘い匂いに黒い鼻を動かしながら、クロハナは一升瓶の中身を深皿とコップに注ぐ。
「そういえば」
 露台の真中に置かれた一輪挿しで咲く紅い花に眼を落とし、ヴィヴァーシュはちらりと首を傾ける。
「あの紅い花の向こうには何が?」
 クロハナは牛乳をヴィヴァーシュに勧めるなり自分も夢中で舐め始める。そうしながら、楽しげな黒い眼を上げる。
「知りたい?」
「はい」
「食べたら行こう、ヴィー」


 がさがさと音立てて、クロハナの尻尾が緑の垣根の向こうに消える。
「ヴィー、こっちこっち!」
 赤い花を誇らしげに咲かせる緑の垣根の向こう側から呼ぶ声がする。歩き回った後でも、まだまだ走り足りなさそうな元気な声に招かれて、ヴィヴァーシュは自分の背丈よりも高く伸びる緑の垣根を仰ぐ。
 長身をできるだけ屈め、クロハナの通り道の分だけ開いた花と枝葉の隙間をそっと押し広げる。春の香り抱く赤い花が肩先を掠める。冬の名残の冷たさ纏った濃緑の固い葉が頬を撫でる。
 短い緑の隧道をどうにか潜り抜ける。濃緑の陰から出た途端、クロハナの冷たい鼻先が頬に触れた。ぎくりと身を固め、瞬きをする。
「こっちこっち!」
 眼と鼻の先でクロハナが笑う。くるりと身を翻し、黄色い花で埋れた野原を駆けて行く。ヴィヴァーシュの腿丈までもある花は、背の低いクロハナの姿をほとんど隠してしまうけれど、クロハナが走れば風になびくように黄色い花が騒がしく揺れる。後を追うのは難しくない。
 足を踏み出す度に舞い上がる花の香りを胸に満たし、空を仰ぐ。仮宿のホテルの空と同じに、このチェンバーにも朝夕の流れがあるらしい。青空に浮かぶ羊雲がのんびりと風に吹かれている。
 揺れる花々を目印にクロハナを追う。足元埋める優しい黄色の花と、頭上の静かで温かな青空に、ほんの少し、たとえ傍らで見たとしても分からぬほどの笑みが翡翠の眼と白い頬に浮かぶ。
 花の果ての緑の野原には一本の巨木があった。傘を広げるように枝広げる樹の下、赤茶色の犬が尻尾を振りながらちょこんと座っている。
 樹の腕の中のような陰に入った途端、冷たい風が頬を撫でた。風に紛れて、嗅ぎ慣れた匂いが鼻を掠める。
「ここ、おきにいり」
 ご機嫌に笑うクロハナの背後、巨木の幹をぐるりと取り囲むのは、幾段にも重ねられた本棚。ヴィヴァーシュの背丈の何倍もある本棚のところどころ、樹と同じ色した梯子が架けられている。
「絵の本、写真の本、文字の本、ふしぎの本。たくさんたくさん」
「すごい、ですね」
 花と緑の香りする風に銀の髪を揺らして、木洩れ日降らせる巨木とその元のたくさんの本を見遣る。思わず足が動いた。ずらりと並ぶ本の背表紙を眼で追い、幹を巡る。
「本、ここで読むだけ。外、持っていけない」
 ヴィヴァーシュの足取りに合わせて歩くクロハナがどこか得意げに胸を張る。
「でも、読みたい本なくなるまで、いつでもここ、来てください」
「いいのですか?」
「はい、いつでも。わたし、いなくても」
 言うだけ言って、クロハナは足を止める。お座りをするクロハナに見送られ、ヴィヴァーシュは樹の本棚に沿って無数の本の背表紙を眼と手で辿る。
 異世界の文字さえ苦もなく読めるロストナンバーという存在の在り方を、異世界の本を前にした時は嬉しく思う。
 樹の周りを巡り、気になった本を一冊だけ手にして戻ると、クロハナは金色の陽だまりの下で丸くなっていた。近寄り、傍に座る。クロハナは黒い眼だけを開けて笑う。夕陽の色に透ける毛並みがあまりにも温かそうで、ふと手を伸ばす。
「触れても、」
 不意に触れては失礼か、と思い、伸ばしかけた手を止めて問いかける途中で、温かな三角耳の頭が掌にぐいと押し付けられた。撫でて、とばかりに黒い眼が細くなる。ヴィヴァーシュの掌に合わせ、三角耳が左右に倒れる。
「ありがとうございます」
「うううん」
 優しい掌に撫でられ、クロハナは気持ちよさそうに眼を閉じる。
「わたしこそ、ありがとう」
 ヴィヴァーシュは陽の光を集めた温かな毛並みの身体を片手で撫でる。もう片手で見知らぬ異世界の神話記した本を開く。
 のどかな風が花の野を渡る。樹の葉枝をざわめかせ、クロハナの尻尾の毛を揺らす。新しい訪問者であるヴィヴァーシュを歓迎するかのように、心に凍ったままの重く悲しい痛みを少しでも和らげようとするかのように、銀色の髪を柔らかく撫でる。


クリエイターコメント 大変たいへん、お待たせいたしました。
 ひとりといっぴきの散歩のおはなし、いかがでしたでしょうか。楽しんでいただけましたら、また、ヴィヴァーシュさまのお心を少しでも和ませられておりましたら、とても嬉しいです。
 ひみつ(?)の図書館、またいつでもお越しください。

 おはなし、ご一緒させてくださいまして本当にありがとうございました。
 またいつか、お会いできますこと、楽しみにしております。
公開日時2012-03-15(木) 23:40

 

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