ふと気配に気づくと、つぶらな瞳に見つめられている。 モフトピアの不思議な住人――アニモフ。 モフトピアの浮島のひとつに建設されたロストレイルの「駅」は、すでにアニモフたちに周知のものとなっており、降り立った旅人はアニモフたちの歓迎を受けることがある。アニモフたちはロストナンバーや世界図書館のなんたるかも理解していないが、かれらがやってくるとなにか楽しいことがあるのは知っているようだ。実際には調査と称する冒険旅行で楽しい目に遭っているのは旅人のほうなのだが、アニモフたちにしても旅人と接するのは珍しくて面白いものなのだろう。 そんなわけで、「駅」のまわりには好奇心旺盛なアニモフたちが集まっていることがある。 思いついた楽しい遊びを一緒にしてくれる人が、自分の浮島から持ってきた贈り物を受け取ってくれる人が、わくわくするようなお話を聞かせてくれる人が、列車に乗ってやってくるのを、今か今かと待っているのだ。 ●ご案内このソロシナリオでは「モフトピアでアニモフと交流する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてアニモフの相手をすることにしました。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・あなたが出会ったのはどんなアニモフか・そのアニモフとどんなことをするのかを必ず書いて下さい。このシナリオの舞台はロストレイルの、モフトピアの「駅」周辺となりますので、あまり特殊な出来事は起こりません。
* ノラ・グースが雲のホームに降り立つ。途端に、わらわらと集まるアニモフたち。我先にと駆け寄り、勢い付いて飛び出してぶつかって。押されたノラの、頬がにへらとゆるむ。 (ふかふか、もふもふです!) 見たとおり、思った通りの肌触りに、思わず、むぎゅって抱きついたり。むぎゅって抱き返されたり。柔らかしっとりの毛並み。つやつや。ぼくもわたしもむぎゅむぎゅしてほしいもふ! 同じ列車で来たロストナンバーたちも、アニモフに歓迎を受けているのが見えた。その向こうに、優しい青い空、綿あめ色の雲。虹の滝が流れ落ち、水玉模様の星が瞬く。 初めてのモフトピア。 (なんだか空気がふわふわ、雲はふかふか、甘い香りもぷかぷかですー) すんすんと嗅いでいると、白くまモフが真似をする。旅人さんの匂いー。 依頼を受けていた旅人たちは、浮雲に乗って出立した。見るともなく、見送るノラ。彼らは慣れた旅人だった。ノラのまだ知らぬひとたち。図書館のひとたち。 (リーダーはこの世界、『割と好きなほう』だと言っていました。……ノラは、好きになれるでしょうか) 気づけば、ひとり残ったノラに、アニモフたちが寄ってきていた。 遊ぶもふ? おもしろい話してくれるもふ? どこか行くもふ? 期待のこもった視線があっちからも、こっちからも。きらきらした瞳に見つめられ、微笑みは自然と浮かぶ。 (少なくとも、嫌いではないのです) 「ノラはこの世界で、図書館の皆さんとお茶会してみたいと思っていたのです」 アニモフたちへ、切り出せば。 お茶会ー。お茶好きー。お菓子大好きー。ほわほわ飛び跳ねた声が返る。 「なので、少し静かめで、でもちょっと楽しげな場所があったら、案内してほしいですー」 ノラのリクエストに、アニモフたちは顔を見交わした。 静かもふー? でも楽しいもふー? 静か、なら消える洞窟あるもふー。氷のお城も静かー。きらきらのくっしょん楽しいもふー。水遊びー。ダメダメ、お茶会が大切もふーお茶会出来ないのはダメもふー。 彼らの口から飛び出てくる面白そうな場所にも興味は湧くけれど、それはまた、あとで。けれど聞けば聞くほど期待は膨らんで。お茶会の場所すら。 (どんなところへいけるのか、ノラはわくわくなのです) わいのわいのと悩むアニモフに、ノラは追加の希望を伝える。 「お茶会に必要なお茶の葉や、指で摘める程度のお菓子もあったら、ほくほくなのです」 「……あ! はじまりの森」 思いついたように誰かが言い、直ぐに全員の同意が続く。 お菓子のなる木にジュースの泉。豊かな雲の湧く、大きなテーブルも作れるところ。ぽかぽかの日差し。お花のいい匂い。お気に入りなのだと、口ぶりでよくわかる。彼らの住む集落の、憩いの場所でもあるらしい。 「では、そこに連れていって下さいです」 ゆらゆらと揺れていた2本の尻尾の先も、合わせてぴょこりと曲げ、ノラは改めて告げた。 「いぬモフさんもねこモフさんも、くまモフさんも、今日はよろしくなのです」 駅からほど近い集落のひとつ、その先の、見かけは何の変哲も無い森。他との違いがあるなら、原っぱから沸き出す雲が、時折空に飛んでいくところ。それが、はじまりの森。 もくもくと膨らむ雲を上手に捕まえて、アニモフは器用にテーブルセットをこしらえた。いつのまにか花の形の茶器が並ぶ。 興味を持って見つめていたノラの手を、ねこモフが引いていく。飾りのついた特等席。ノラが座ると、少し気取ってお菓子が差し出されていく。ノラの希望の通り、指で摘めるお菓子を選んできてくれたらしい。 糖蜜の絡んだ煌めきの飴。カラフルなゼリービーンズのようなもの。甘辛くも歯触りの良い焼き菓子。ふっわふわの砂糖菓子はちぎって食べてほしいと言われ。嬉しくなったノラは、次々に試していく。どれも食べたことがないほどに、美味しい。 差し出された紅茶カップを受け取って、ノラはいったんテーブルへ置いた。ほんのり温かく、湯気がでている。もう少し待たないと。 飲まないのかもふ? と言いたげな視線に、ノラは理由を告げる。 「あちちなお茶は飲めないのですよ。ネコですから」 「?? じゃあ、旅人さんには、熱くないもふよ?」 旅人さん、には? 不思議な言い回しが引っかかる。それに、テーブルについた皆からの催促する視線に気がついた。促されるまま、おそるおそる口を付ける。 ――あれ。飲めました。痛くないです。 よくよく聞けば、熱いのが好きなひとには熱く、ぬるめが好きな人にはぬるく、飲み頃になってくれるらしい。だからいちばん美味しいお茶になるのだと。 (これが、モフトピアなのですかー) 驚くノラの表情に、アニモフたちはますます、盛り上がって騒ぎ出す。 お茶会のひとときは、あっという間に過ぎてしまった。 「さよーならですー」 案内をお願いしたアニモフたちが、集落へ帰って行く。駅まで送るというのを、ノラは断って、お見送りをしていた。 手を振り尾を振り耳を振り、ノラは全身で別れを惜しんだ。 アニモフも振り返り振り返り、手を振っている。 けれど。 住処へ帰っていくその様が、羨ましいなと、ノラは思う。 あたたかな灯りのある場所。おかえりという誰か。 (ノラは野良、帰る場所を見失ったモノ……) 自らの名の由来へ思いを巡らせたとき。 ふいに脳裏をよぎる、茶色いブルゾンコート。 のんびりした声で呼ばれる、ノラという名前。 今のノラには、もう新たに見つけた帰る場所がある。 あるのだけれど。 ノラの帰る場所は、あの優しいリーダーの元だと。 強く、強く思っているのに。 ――吹くはずのない風が吹く。この寂しさは何だろう。 心の中、ぽっかり空いた何か。空虚。消えないもの。 見ぬ振りも出来なくて、突然にやってくる暗い何か。 ノラは今でも、探してる。 それが何かを、探してる。 * リーダーへ。 今日はモフトピアへ来ています。 この世界はちょっと不思議で、とっても楽しいところですねぇ。 どこにも死の匂いがしない点が、ちょっとヘンな感じですが。 ノラが一匹旅をしてた頃、こんなところがあるなんて、夢にも思わなかったです。 もふもふさんたちに、とっても素敵な場所を教えてもらいました。 今度みなさんを誘って、一緒にお茶会しましょうです。 *
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