世界樹旅団との決戦は、ターミナルにも大きな被害をもたらした。けれどもターミナルの人々は元の生活を、元のターミナルを取り戻すため、復興に力を尽くしている。 商店街の一部、香房【夢現鏡】近辺は夢幻の宮の結界が張られていたため、夢現鏡の近隣数件の建物は無事である。だがその他は大なり小なり被害を受けていた。 住居を兼ねている店に戻ってなんとか住める状態に出来たものもいれば、自分たちの手だけではなんともできなくて、未だ地下に避難している者もいる。 *-*-*「ノア君。これは私達も手伝ったほうが良いだろうかね」「まあ……人手が多いに越したことはないでしょうけれど……」 緩やかなくせのついた長めの短髪の男が、遠巻きに復興作業を見ている。その隣には、茶色の髪を肩より少し長いくらいに伸ばした少年が立っていた。「でも、旅団員の僕達が歓迎されるかはわかりませんよ。ホワイトタワーから救出された後、なんだかなし崩し的に僕ら、ここにいますけれど。まあ、僕は殺されそうになったら殺しますけどね」 ノアと呼ばれた少年は、生きるということ以外、自分の望みをすべて諦めたような瞳をしている。「ヒューバートさんは行ってきたらどうですか?」「む……わ、私は別に、その。どうしてもと頼むというなら行ってやっても……電気系統なら得意だしな」 ヒューバートと呼ばれた30すぎのその男性は、どうやらプライドが邪魔をしているようだ。「僕が生きるために必要だというのなら、手伝ってもいいんですが」 とノア。こちらは生き残ることが自身の命題らしい。 *-*-*「……困りました」 結界を張り続けていた夢幻の宮は、その顔に疲れの色を見せている。が、出向いた告解室から戻された品物を前に、困り果てていた。 告解室に預けておいた品物は、夢現鏡へ戻ってきている。けれども今度はそれを持ち主に返さなくてはならない。 物品のリストはあるものの、数が多くて一人では手が足りないのだ。 あたりを見回しても、みな復興作業で忙しく、手を貸して欲しいとは言いづらい。(これは……わたくしひとりで何とかせねばなりませんようですね……) 珍しく、彼女はため息をついていた。 *-*-*「一緒にお手伝いしてもらえますか?」 ユリアナ・エイジェルステットはなんとかここまで連れてきた三人の少女達を前に、ゆっくりと語りかけるように告げた。しかし芳しい反応はない。和服姿の少女達は、黙り込んだままだ。 おさげ姿の三人は、顔立ちは幼いが瞳だけは大人びていて。けれどもそれも、今は曇っている。 ホワイトタワーから助けだされた三つ子は、タワー内にいる時と同様に三者三様にふさぎ込んでいた。それは、姉のように母のようにと慕っていた織絵という旅団員が、共に戦った時に亡くなったからである。そのこと(と鹿)が彼女たちを混乱させ、捕獲されるに至らしめた。 少しでも人と触れ合えば何かが変わるかもしれないと世界司書に頼まれて連れてきたものの、そう簡単にはいかない。もちろんユリアナもそれをわかっていて引き受けたわけではあるが。 ピンク色の着物を着ているのは虹子。心優しい長女。温和で優しい。自分もショックを受けているのに妹たちの事が気にかかっていて。 けれどもうまく言葉を紡げず、うつむいている。 黄色の着物を着ているのは次女の月子。おっとり甘えん坊。一番織絵にベッタリだったからか、放心したような状態だ。 促されれば移動するも、どこか一点を見つめていることが多い。 水色の着物は凪子。気が強く勇敢な三女。彼女は姉二人を守らなくてはと思っているのか、キッと鋭い瞳でユリアナや図書館側の者達を睨みつけている。 幼いがゆえに知らない環境でどうしたら良いのか戸惑っているのも大きいだろう。頼るべき大人を失ってしまい、もう自分たちで何とかしなければいけないと思っているのかもしれない。 向こうから攻撃をしてくることはないが、怯え、毛を逆立てて威嚇しているようなものかもしれない。「一緒に作業するの、嫌ですか? 私達は仲良くは、できないのでしょうか?」 ユリアナの悲しそうな呟きが漏れた。 *-*-* 復興は一日にしてならず。 けれども復興の入り口を固めるくらいは出来るだろう。 力を貸してもらえぬだろうか。=============!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
●頑なに閉ざされしもの 世界樹旅団員――その名を冠されることを少女たちはどう思っているのだろうか。 彼女たちにとって旅団とは何だったのか、それを考えれば自ずと答えは出てくるだろう。 彼女たちのとって旅団は、大切な家族のいる場所。大切な家族の仕事先。母のような姉のような織江の所属する機関。 任務に同行するのは大切な人の手伝いだから――そんな意識が強かったに違いない。旅団員としての確固たる自覚と言うよりも、織絵の役に立ちたい、その一心が彼女たちを戦いに駆り立てていたのだとすると。彼女たちの今の状態も納得行くのではないか。 三つ子の側で途方に暮れているユリアナ・エイジェルステットに視線を投げかけて「いいかな?」と許可をとったのは花菱 紀虎だった。彼もユリアナと同じく、織江と三つ子たちと戦った法隆寺の戦いに参加していた者の一人だ。 「三つ子に関しては俺にも責任があるっていうか……」 「はい。それは私にも、です」 ユリアナの言葉に「うん」と頷いて、紀虎は三つ子たちの側に寄る。びくんと身体を震わせて警戒の様子を見せた凪子を見て少し傷ついたような顔をして、紀虎はゆっくりと言葉を紡ぐ。 「謝るってのは違うんだろな。俺ってどうやってもただのコンダクターでしかないからさ。強い力や言葉で導いて上げることも出来ない」 自分の中でまだうまく言葉になっていないのか、口ごもって。紀虎はそれでも嘘偽りない気持ちを伝えようと再び口を開く。 「でも俺以外にも沢山人がいてさ選び放題なんだ。つまりその……一人じゃない、いや三人っぽちじゃないんだ」 その真っ直ぐな言葉に、虹子が顔を上げる。 そう、彼女達を気にかけている人はいる。彼女達を受け入れたいと思っている人がいるのだ。 彼女達の反応に困ったように頭を掻いた紀虎の様子を見て、すっと三つ子に近寄って身を屈めたのはセリカ・カミシロだった。 大切な人を失って混乱してしまう気持ちはよく分かる。まして10歳と幼い彼女達ならなおさらだ。セリカは視線をあわせ、優しく微笑んで告げる。 「大丈夫、みんなあなた達の味方だから。だから我慢しなくていいのよ……ね?」 「みんな味方なら、なんで織江様を殺したの!」 何処かにぶつけたくてたまらなかった感情を爆発させたような凪子の言葉。それは突き刺さるような辛い言葉だが、セリカはめげない。 「もっと言っていいのよ? 言いたいこと、たくさんここに溜まっているでしょう」 そっと、水色の着物の合わせ目のあたりに手を当てて。 ぺしっ……手をはたかれてもセリカはめげない。 「うん……辛かったのよね、悲しかったのよね。あなた達をそんな気持ちにした世界図書館を許せないよね」 「私達は壱番世界を守らなくてはなりませんでした。負けられない戦いでした」 そっと、セリカの隣にしゃがんで三つ子と視線の高さを合わせたのはジューン。彼女の持つ独特の柔らかい雰囲気で、続きを紡いでいく。 「それでも……貴方達の大事な人を奪ってしまってごめんなさい。貴方達に寂しい想いをさせて、本当にごめんなさい」 「……織絵様を直接手に掛けたのはあなた達じゃない。私達と戦ったのはあなた達二人じゃない。なのになんで、謝ってくれるの?」 それは率直な問い。子どもならではの視点というか、世界樹旅団側にいたものの視点というか、そういうものだ。ジューンとセリカは顔を見合わせて。 「仲間ですから、私達にも謝る権利と必要性があると思うのです」 「それにあなた達が気にかかるから、どうすれば心をひらいてくれるか模索しているのよ」 「やっぱり、女の子には笑っていて欲しいんだよね。今すぐには無理でも、ちょっとずつさ」 背後から降ってきた声にジューンとセリカが振り仰げば、そこにはニコ・ライニオの姿があった。いつもの軽そうな笑顔を浮かべているが、言葉は心からのもの。 「命のやり取りしなくて良くなったんだから、時間はたっぷりあるしさ。というわけで今日はその一歩! 頑張ってる皆に差し入れでもしに行こうか? 閉じこもってるよりかは、よっぽどいいでしょ?」 おどけたようにウインクをして、ニコは手に持ったバスケットを持ち上げる。 「色んな人と接すれば、きっと僕ら図書館の人たちのこと、少しは知ってもらえるはず。それから誰を信じるか決めてもいいんじゃないかな?」 「失礼しますね」 ジューンがバスケットへ手を伸ばし、自らその中のサンドイッチを食べてみせた。 「これは安全な食べ物です。あなた方が配って、毒を混入していたなどと疑われることはありませんから安心してください」 「……」 「あなた達は一人じゃないわ」 セリカが三人の手を取って重ね合わせる。今度は抵抗されなかった。 「いつでも力になるから、信用できるって判断したらいつでも遠慮なく頼って欲しいの。私の名前はセリカ・カミシロよ」 「私はジューンと言います。貴方達の名前を教えて貰えませんか」 重ねられた手から感じる温もり。それは……。 「織江様とおんなじなの……あったかい」 「月子!」 それまで何処か宙を見ていた黄色い着物の月子がぽつり、呟いた。残りの二人は驚いて彼女を見つめている。 「つき、こ、しゃべっ、た……」 「虹子!」 ほんわか笑って、それまでうまく声が出せなくなっていた虹子がかすれた声で言葉を発する。 それまで一人で応対していた凪子は、力が抜けたように地面へとへたり込んだ。ずっと気を張っていて、緊張の糸が切れたのだろう。そんな彼女に紀虎が手を差し出した。 「もしさ……落ち着いたら鹿に餌でも上げに行こう。本来は温厚な生きものなんだよ」 怖がらないでほしい。どうしても怖いなら少しずつでもいいから慣れてもらえれば、そう思う。ただ一度の体験で嫌いになってしまうのは、もったいないから。 それは、人にも言えることだった。 「これ、どうぞ!」 火で炊き出しを手伝っていた藤枝 竜がタイミングを見計らったかのように三人分の汁物を持ってきてくれた。暖かいカップを差し出しながら、視線をあわせて優しく語りかける。 「お姉さんがいなくなって寂しいですよね。私も現代叙事詩を放逐されてお母さんに会いたいです……気持ちはわかります」 「お姉ちゃんもなの?」 月子の言葉に竜は頷いて。 「でも私は皆に支えられて自分でも人を支えられるようになって生きて行きたいんです。でないとお母さんに笑われちゃいますから!」 三人ともが暖かい汁物に口をつけたのを見て、竜は安心したように笑った。 「あなたたちは3人いるんですから私より強く支えあえますよ!」 瓦礫撤去に戻ります、と元気に告げた彼女の背中を、三人はじっと見つめていた。竜の頑張っている姿を見て、彼女達は何を思っただろうか。 ●ふらふらと彷徨いし者 彼女はピンクがかった薄紫色の髪をなびかせながら、ターミナルをあてどもなく歩いていた。広いターミナルで動きまわる対象を探すのは非常に難しい。だから吉備 サクラが彼女を見つけることが出来たのは、本当に幸運であった。 「クローディアさん!」 何をするともなしに商店街をうろつく彼女の後ろ姿に声をかけると、ぴくり、彼女は歩みを止めた。だからサクラは小走りで彼女に近寄り、その前面へと回る。 「クローディアさん、良かったら一緒に復興のお手伝いに行きませんか?」 「私が? 今私が行っても対旅団への感情を逆撫でするだけじゃないのかしら?」 「図書館も旅団もないと思います。みんなで仲良くしたい、仲良く出来ればって思います。……先に向こうの手伝いがいいですか?」 「……」 サクラの言葉にクローディアは口を閉じて、値踏みするようにサクラを見た。 「私の力が必要なの? 私を必要としてくれるの?」 「えーと……」 クローディアは自分を必要とされたい、その思いが強い。まるで必要とされなければ、自分は無価値で要らないものだと思っているかのように。けれどもサクラは今回、彼女の力を借りる気はなかった。 「確かにクローディアさんの力を使えば凄く復興進むと思います。でも、何だろう…その力を目当てにお友達になったとか思われるの嫌です。私たちの力で、地道に迷子探しとかお片付け、手伝いませんか?」 「……地道に? 普通に身体を動かして……?」 クローディアは驚いたように目を見開き、そして聞き返す。自分の能力以外の力を求められたことが殆ど無いのだろう。彼女は複雑そうな表情を見せたが、サクラは「はい」と肯定してみせた。 その少し前。同じく人を探していたのはリーリス・キャロン。自身の精神感応全開で目的の人物の情報を集めつつ、居所の目星をつけていく。ただ問題があるとすれば、相手が瞬間移動の持ち主だということだ。以前クローディアの施した瞬間移動封じはもうとっくに解けているだろうし、もし彼らが逃げ回っているのだとしたら、なかなか厄介である。 そう、リーリスが探しているのはクローディアの従者であるカロとヒロだ。彼らはホワイトタワー崩壊の際にリーリスに救出され、その後行方が知れなくなっていた。 「カロー、ヒロー、どこー? んもう、せっかくクローディアが来たのに、2人が居ないと話にならないじゃない。下手に徹底抗戦組に合流されても困るのに」 丁度商店街に差し掛かったその時、リーリスは不審な二つの後ろ姿を見つけた。後ろ姿は木の影からそっと向こうを伺っているようで、流れこんでくるのはクローディアを案じる心だった。 (もう、世話が焼けるんだから) リーリスはひとつため息を付いて、そっと二人の背後に忍び寄る。そして。 「「ひゃっ!?」」 襟首を掴んで確保。 「そんなにクローディアがきになるのなら、堂々と会いに行けばいいじゃない。それとも後ろめたいことがあるからいけないの?」 「「……」」 二人は何者かの命令でクローディアを監視していたという負い目があるのだ。ずっと仕えていた姫様を、欺くようなことをしてしまった。けれどもそれが旅団からの命令だったならば。 「図書館と旅団は1つになったの! これからみんなで仲良くできるの! 分かったらキミたち、クローディアに言うことあるでしょう?」 ずるずるずる……リーリスが二人を引きずって、彼らの視線の先にいたクローディアの元へと連れて行く。サクラと話していた彼女は驚きよりも優しい瞳で二人を見ていた。 「……御免なさいは?」 「「姫様、ごめんなさい!」」 「もういいのよ。あなた達に辛い役目を背負わせてごめんなさいね。そして……リーリスだったかしら。二人を連れてきてくれて、礼を言うわ」 「……別に。預かった責任を果たしただけよ。これで3人とも安心して復興のお手伝いできるでしょ」 つんと顔を逸らしたリーリス。話を聞いていたサクラはぽんと手を打って笑顔を浮かべる。 「ではリーリスさんも含めて、みんなでお手伝いに行きましょう!」 「……少しだけよ。リーリス忙しいんだから」 そういいつつも歩き出したサクラを追う彼女を見て、クローディアもゆっくりと歩く出す。その後ろをカロとヒロがついていく。 できることならば、こうしたものが常の風景になりますように。 ●惑い、素直ならぬ者達 「どうしたの、男が2人して辛気臭い顔して。お財布でも落としたの? 探すなら手伝うわよ」 復興に向けての作業がされている傍ら、明らかに輪に入れずにぽつねんとしている男二人に躊躇いなく声を掛けたのは臼木 桂花だった。男二人――ヒューバートとノアはそれぞれ悪戯を見咎められた子供のようにビクッとし、または怪訝そうに桂花を見た。しかし桂花の方はそんな視線にも動じない。 「私は臼木桂花。貴方たちの名前は?」 「やあ、ヒューバートとノアで合ってたっけ?」 と、横から聞こえてきたのはアルド・ヴェルクアベルの明るい声。久しぶりー、ホワイトタワーの居心地はどうだった? なんて付け加えるから、二人の表情が一気に固まる。 「……冗談だってば、そう殺気立たないでよ。けどま、無事で何よりだよ、ワームが出てきたって聞いた時はビックリしたから」 しかしそれはアルドなりの挨拶のようなもので、イギリスで対峙したとはいえ特に悪意はなかった。その口から心配の言葉が出てきたことに二人は驚いたようである。 「それはさておき、今、手は空いてる? ターミナルはご覧の有様でね、人手がいるんだ」 「そうね。ぼっちしてるより動いた方が楽しいわよ? 後で食べる炊き出しも美味しくなるし。クリパレに行けば色々食べさせて貰えると思うわ」 「どぉしましたぁ、もしかして腹減りさんですかぁ☆ そーゆー時は最初に温かい物をお腹に入れてから動いた方が良いと思いますぅ☆」 ふわり、風に乗って味噌汁のいい香りが漂ってきた。何事かとそちらを見れば、炊き出し配布中の川原 撫子が大量のプラカップ入り味噌汁とおにぎりを持って歩いていた。そのいい香りにぐう、と反応したのはヒューバートのお腹。 「なっ……何でもないよ」 「作業前の腹ごしらえも必要よね」 「そうだね。素直にもらいなよ」 慌てて否定するヒューバート。ノアはそれを冷たい瞳で見ていたが、桂花とアルドは別にそれを恥ずかしいことだなんて思っていない。撫子は有無をいわさずヒューバートに炊き出しを握らせ、ノアの手を問答無用で取る。 「戦争になったのに生き残れただけ丸儲けですぅ☆ 難しいことはお腹がいっぱいになってから考えればいいと思いますぅ☆」 「しかし私達は旅団員で……」 ヒューバートがぽろりと零した言葉に反応したのはアルド。 「……一応言っとくけど、僕が気に入らないのは『旅団のやり方』だから。キミ達のことは歓迎するよ、ようこそターミナルへ!」 「……男がうじうじ悩まない! 迷った時はね、行動してから考えるの! 今やることが思いつかないなら、人の真似をすればいいの」 「お二人とも良い方だと思いますぅ☆ 皆さんを優しい目で見てらしたからぁ☆ とりあえず、今はそれを食べるのがお仕事だと思ってくださいぃ☆」 桂花が撫子の持つおにぎりの山からひとつとってはむりと食いつく。それを真似するようにして、ヒューバートもおにぎりに食らいつき、味噌汁を含んだ。 「……暖かいな」 お腹にものが入って少し落ち着いた様子のヒューバートの前に現れたのは、ドレスの裾を翻らせた東野 楽園だった。 「お久しぶりね、元気にしていた?」 まるで旧友にでも話しかけるように微笑を浮かべる楽園。彼はそれを皮肉ととったのだろうか、少し険しい表情が戻る。 (私も少しの間旅団に与していたから素直に協力しにくい気持ちはわかるわ) だから楽園は楽園なりのやり方で彼を懐柔するつもりだ。レディを助ける騎士の役目を割り振ってあげるのだ。それは彼の性格を考えれば、うまくいくことば想像に難くない作戦である。 「そこの騎士様、手を貸して下さる? 私の細腕じゃ重くて持ち上がらなくて……一緒に瓦礫を片して頂戴」 「そうですね。レディには少し重い荷物だ。しかし……」 この男はまだしも渋るのか。だがそれも楽園の予想の範疇。 「困っている人は極力助ける、それがノーブレスオブリージュじゃなくて?」 そう告げれば、ヒューバートはため息を付いてまいったよ、と苦笑した。そしてすっと楽園に手を差し出して。 「お手をどうぞ。それても腕のほうがよろしいかな?」 「……ありがとう。よろしくね」 ふふ、と微笑み、楽園は彼の腕をとってエスコートされることにした。 そんな二人を冷たい瞳のまま見ているのはノア。手にした味噌汁も冷めてしまったが、未だに動けないでいた。彼にすっと近寄ったヴァージニア・劉はそっと横に立ち、同じ方向を見つめたまま口を開く。 「あんたノアってのか。その無気力な目、なんとなく俺を見てるみてえで落ち着かねえ。他人にお節介焼くのはスタンの領分でガラじゃねーけど、ここで生き残るのが目的なら取り入っといた方が賢くねーか」 「……まあそうですね」 「ターミナルはお人よしが多い。助っ人として役に立つってわかりゃ色々力を貸してくれるんじゃねーか」 ヴァージニアの言葉にノアは正面を見つめたまま、ぽつりと口を開く。 「そうでしょうね。さっき来た人達も随分お人好しに見えた」 「ならわかるだろ? カオでにこにこ笑いながら他人を上手く利用するんだ」 「ええ、確かにそれがここでの賢い生き方でしょう」 ヴァージニアの言葉はノアにとってとても筋が通ったものだった。だから、彼も素直に会話に応じたし、何かを決意したようだった。 「とりあえずそれ持ってたら何もできねえから、食ってからへし折れた街路樹があったら再生でもしてやったら?」 「そうですね。そうしてみましょう」 それを聞いて、ヴァージニアはお節介はここまで、と踵を返す。後はノア次第だ。 おにぎりと味噌汁は食べ終わった。それでもまだノアは動けないでいた。だから突然現れたドレス姿の女性が自分の前で足を止めた時、怪訝な表情を向けてしまう。 「おまえは植物を操れると聞いた。カンタレラも唄で草花を育てることができるのだぞ」 「……」 ぴくり、ノアの表情が動いた。植物を操れる者がいるだろうことは予想していたが、まさかそちらから近づいてくるとは思わなかったらしい。カンタレラは笑んで、そして音を紡いだ。それは壱番世界で覚えた賛美歌で、神秘的な旋律がカンタレラの声とよく合っている。 彼女の歌が響き渡ると、近くに置かれていた植え替え前の壊れた植木鉢で萎れていた花がぴんと元気になって。蕾は徐々に膨らんで。 「ほら、な?」 嬉しそうに笑ったカンタレラは、笑顔のままノアの手を取る。彼は抵抗しなかった。それは似た能力を持つ彼女が相手だからだろうか。それとも賛美歌がなにか心に響いたのだろうか。 ゆったりと、リードするようにカンタレラはノアと踊る。最初は固かった彼も徐々に身体を動かすことに慣れていく。ステップを踏みながら、彼女は諭すように言葉を紡ぐ。 「我々はきっと皆が罪を犯す。犯した罪をも抱き、背負っていかねばならぬ。奪ってしまったものの分も、這ってでも生きていかねばならぬのだ。大丈夫なのだ。カンタレラも一緒なのだ。がんばろう」 笑顔で、手を差し伸べるから。 華月はこそこそと瓦礫や障害物の撤去を手伝っていた。兄ちゃん、手伝ってくれるのかい、そんな声が聞こえたからふと視線を移すとそこには以外な顔があって。だから、思わず。 「あのっ……」 声をかけてしまった。当然ながら声を掛けられた方は何事かと振り返る。ノアとヒューバート、二人にじっと見られた華月はあわあわと焦り、言葉を探す。彼らにとってあの時イギリスで対峙した自分はまだ敵かもしれないのだ。 「あの時、貴方達を捕らえたのは……ただ貴方達を殺したくはなかったから」 一生懸命言葉を探して、紡ぐ。 「ノアに貴方はあの時、私の言葉に対して怒った。確かに……私は貴方の事を何も知らない。そして貴方も……私の事を知らない」 緊張を少しでも和らげようと、自分で自分の手をきゅっと握って。 「貴方達と話すのに私、今すごく緊張しているの。……復興の手伝いをしながら、お互いの事を少し話さないかしら?」 返事が帰ってくるまでの沈黙が長く感じた。だから内容がなんであれノアが口を開いた時は嬉しかった。 「確かに僕達は貴方の事を知りません。作業の邪魔にならぬ程度なら、気分転換も兼ねて話しても構いません。何を聞きたいのですか」 「おや、ノアくんがそんなこと言うなんて珍しいね」 「ただの気まぐれです」 ヒューバートとのそんなやり取りもなんだか彼らの『日常』を覗けたようで嬉しくて。華月はよかったと胸をなでおろして柔らかい微笑を浮かべた。 ●復興へ向けて 「わっちらは気付いたでやんす! 復興大忙しなこの時期に百五十体では足りないと! そういうわけで、とりあえず二百体まで増産したでやんす! 樹海の迷子探しもあることでやんすし、最終的には千体を目指すでやんす! ターミナルの平和を守るススム戦隊(?)、イメージソング募集中でやんす!」 というわけで、50体のススムくんがあちらこちらをウロウロしていた。迷子探しから瓦礫撤去、おにぎりと粕汁の炊き出しから廃材役(!?)まで様々に動きまわる。手はいくらあっても足りない。もはやあちらこちらで見つかるススムくんの光景にも慣れたのか、人々は楽しそうに彼らと作業をしている。 「お片づけなのです。以前みたいに綺麗にするのです」 巨大化したシーアールシー ゼロによる瓦礫撤去は非常に効率が良かった。現場の指示に従って撤去すれば、別の現場からも声がかかって。引っ張りだこである。 「次はこっち頼むよー」 「はいなのですー」 一度元のサイズに戻って、そして次の現場へと走るゼロ。また次の現場で大きくなるのだ。 「得意分野で役に立てるのは本当に嬉しいことです」 トントントンと心地よいリズムで釘を打ち付けるのはオゾ・ウトウ。修理が得意な彼は、嬉々として補修に着手していた。機械などはわからぬことも多いが、基本的な修理なら任せて欲しい。 その近くで子供の泣き声が聞こえる。どうやら復興作業をしている親を追いかけてきて迷ってしまったらしい。 「ほら、あんまりめそめそしてるとお化けかぼちゃがチェーンソー持ってやってくるっすよ」 迷子の手をとったのはコンスタンツァ・キルシェ。だが泣き止ませようとしている文句がなんだか怖い。 ふと思い出すのは自分が迷子になった時のこと。姉達がよく探しに来てくれた。 「ほら、泣かない! 肩車してあげるっす」 ひょいと肩車をしてあげれば、視界が変わったのが珍しいのか子供はピタリと泣き止んだ。さて、親を探そう。 そんな彼らを支えるのが炊き出しを担当する者達だ。既に何度か経験しているため南雲 マリアの手際は良くなっている。色々な種族の人のために食べ物の種類も豊富に、椅子も用意して。おしぼりも沢山で至れり尽せりだ。 「手伝おう。初めまして。僕は瀬崎という」 くるくるとよく働くマリアの鮮やかな髪の色に惹かれて手伝いを申し出たのは瀬崎 耀司。旅団戦の直前に覚醒した彼は戦の背景や事情などは知らない。けれども彼女の髪に惹かれたから――それも動機のひとつでいいのではないか。 「手伝ってくれるの? ありがとう」 「ああ。何をすればいい? 僕はこの世界へは最近来たばかりでね……きみは長いのかい?」 息抜きに会話をしながら、人々を癒す炊き出しの準備は進んでいく。 ●元の場所へ 途方に暮れていた夢幻の宮の元には何人ものロストナンバーが集まってくれていて、彼女は一人一人に嬉しそうに礼を言いながら品物を託す。坂上 健がリヤカーで、百田 十三が式に命じて大きいものや嵩張るものを運んでくれるので随分と助かった。 「たいせつなものの、お届けなのですー」 ノラ・グースが運んだのはぬいぐるみとおもちゃ。子供達が喜んで駆け寄ってくる様子を見て思う。 (たいせつなものは、たいせつな所にあったほうがいいのです。たいせつなものが、迷子になっちゃうのは寂しいですから) 「袁仁招来急急如律令、お前たちはこれをこの住所に丁寧に運ぶのだ。決して落としても傷つけてもいかん……行け」 式に命じた後に十三が手にとったのは小さな額縁に入った色褪せた写真。随分大事にされてきたのであろうそれは、彼の目を引いた。写真運びを引き受けた十三はふと、思う。 「写真、か……。大戦が終わったら家族で撮りたいと、直至が言っていたな……今更詮無き事か」 ヘルウェンディ・ブルックリンはベビー服と哺乳瓶を抱えて一軒の家を訪れていた。その腕の中には、赤子が抱かれている。 「私のママ、臨月なの。世界計が故障してる間に妹が産まれたらって気が気じゃない」 「大丈夫、きっと待っててくれるわ」 そう声を掛けられて、ヘルは笑む。赤子の暖かさに確かに生命を感じて。 「私、いいお姉ちゃんになりたいな。もっと強くなって妹を……ううん、大好きな家族を守ってあげるの」 大丈夫ですか、と山盛りになったリヤカーを見た夢幻の宮に問いかけられた健は、明るく答えた。 「こういう重たい物運んで爆走してるとさ、誰かの役に立ってるなぁって気がするんだ。もんのすげぇ充実感があっていいぜ? やっぱ人の役に立てるとうれしいだろ」 その思いを抱いて、健は商店街を走って回る。最後にリヤカーに残ったのはリストにないトランペットだった。 あれっ、このトランペットは誰のだろう。 メッキの一部が剥げて洋銀の地が見え隠れしている。吹いてみればきっと、こなれた柔らかい音がするのだろう。 「誰のだ?」 リストを見てもトランペットの持ち主なんて載っていなくて。仕方なしに告解室にいた人達に聴きこみをしてみると。 「確か、男だった」 「確か、疲れた様子だった」 浮かび上がった像は一人の男。だが彼はもういない。戦火で命を落としてしまったからだ。 「……俺の所に来るか?」 健がトランペットに問いかけると、きらり光ったそれが返事のように思えた。 「オォ、探したゼ! 夢幻の宮ッたよナァ? 助けてやるから助けてくれ!」 「え……」 返却物を手渡している夢幻の宮の元に突然姿を表したのはジャック・ハート。転移で突然現れたものだから、驚いてしまった夢幻の宮をそのままにまくし立てるさまは必死そのものだ。 「父親代わり亡くして喪服来て1日中ぼぉーとしてる娘がそれでも前向く元気が出そうな香りねェか!? 勿論あんまどぎつくねェのがいい。ヴォロス出身で料理や紅茶を淹れるのが得意らしい」 「えと……情報はそれだけでしょうか」 「俺も詳しかねェヨ、マスカローゼの趣味は。こンなで選べッて言われても難しかろうが……そこを曲げて頼むッ」 土下座せんばかりの勢いで頼み込まれて、彼女はひとつ息をついて。最後に彼が発した『マスカローゼ』という人名が誰を差すかは夢幻の宮も知っていた。けれどもさすがに嗜好までは詳しくなくて。 「……情報が少ない中での提示ですから、万が一お好みから外れてしまったら申し訳ありません」 そう言って彼女が香房の中から持ちだしたのはイランイランとラベンダー、オレンジ・スイートをブレンドしたものをドライフラワーに染み込ませたポプリだった。カントリー風の可愛い瓶に入っていて、コルクで止められている。柑橘系のさわやかな香りを甘い香りがまろやかにしていて、安心感を与え元気づけ、気分を明るくする効果があるという。 「ポプリは見た目も可愛いですから、プレゼントでしたらこちらを」 「サンキュ! 荷物運びは任せとけッ!」 嬉しそうにポプリを受け取ったジャックは、残りの荷物をほとんど持って行ってくれたのだった。 夢幻の宮の手伝いをして皆に返却物を配っていたニワトコが最後に残されたアルバムの束を見つけたのは、偶然か必然か。 「写真って、想い出を大事にとっておくためのものだよね。想い出が無事でよかった。きっと、写真屋さんも待ってるね」 「はい。いってらっしゃいませ」 「いってきます」 暖かく送り出され、アルバムを抱えてニワトコは小走りで写真館を目指す。 (ぼくも夢幻の宮さんと一緒に写真、撮ってもらってみたいな……) 思うのは、これからのこと。 ふわり……純白の羽根を羽ばたかせて空を行くのはアマリリス・リーゼンブルグ。久々に夢幻の宮に会って大きなぬいぐるみを預かったアマリリスは、それを抱えて商店街の空を飛んでいた。街を見下ろし、思うのは今回の戦いのこと。 (この侵攻には私も加わった。逃れられない、それは強制の命令だった) 街の傷は深い。けれども治る。人の心の傷も、きっと。 アマリリスは思わず自分の首筋に触れた。そして次々と浮かぶ数々の出来事を瞳を閉じて受け止めて。 「……」 強く浮かんだのはあの牧師との最後の会話。 ぐっと強く、拳を握りしめて。思いひしめく胸中を何とか落ち着かせる。 行かなければならない。待ち人の元へと。腕に抱いたふわふわの感触が、アマリリスの心にそっと触れた。 頑なな蕾も心を砕けばほころぶ様に、少しずつ少しずつ旅団員の心もほぐれるだろう。 ターミナルの様子も皆が少しずつでも手を差し出すことで元へと戻っていくのだ。
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