オープニング

 いつもは夜になると静かに暗闇の落ちるその街区も、今日だけは仄かな明かりに照らされていた。月さえ遠慮したように隠れて他に灯りのない中、導くようにぽつぽつと提げられた燈籠を辿って歩けばやがて少し大きな光と遭遇する。
 灰味を帯びて目に優しいその光は、どうやら玄武を模った人ほどの大きさをした燈籠に灯された物らしい。肩ほどまでの高さがある台座の前で足を止め、高く空を見上げているらしい玄武につられたように何気なく見上げる。
「新年早々、物好きだな」
 どこか揶揄するような声は玄武のそれではなく、台座の反対側で仰ぐように佇んでいた探偵の物らしい。顔を見せると軽く眉を上げた探偵は、けれどすぐに目を細めるようにして口の端を持ち上げた。
「ま、燈會は新年だけか。さほどでかい規模じゃねぇが、楽しんでいってくれ」
 言って探偵が肩越しに振り返った先からは、温かな光と一緒に華やいだ声と空気が伝わってくる。玄武が守るこの道を少し行けば、どうやら広場に出るのだろう。
「とうえ?」
「何だ、知らずに来たのか。ここに来るまでにもあったろう、花や動物を模った燈籠が。あれを飾って新年を祝うんだ。広場の真ん中には主燈を据えて、それを取り巻くように小さな燈籠が提げられてる」
 そんな風にと探偵が示した玄武を据えた台座の四隅には、まるで守るように桃の形をした燈籠。どうやら広場には、これに似た燈籠が多く祝火を灯しているらしい。
「そうだ、広場に提げられてる燈籠はどれでも一つ、好きな物を持って帰っていいことになってる。気に入った物があれば、屋台の奴に声をかければいい」
 取ってくれるだろうと他人事のように説明する探偵に目を瞬かせると、察したらしい彼は肩を竦めると玄武を顎先で示した。
「俺はこれのお守りだ、副燈の火が絶えたら縁起が悪いだろ」
 四神を巡ってぷらぷらしてるさと笑った探偵は、天灯を放す頃には戻るがと続けて説明が足りていなかった事に気づいたらしい。
「燈會の最後には、天灯──熱で浮かぶ燈籠に願いをかけて空に放つ。ここまで来たんだ、願いの一つもかけていったらどうだ」
 叶うかどうかは運次第だがなと語尾を上げた探偵は、役目は終えたとばかりにふらりと歩き出した。
「見回りがあるんで、俺はこれでな。広場には屋台も出てる、燈籠を探しがてら湯元でも食うといい。縁起物だからな」
 いい正月をと義理のように口にして歩いていく探偵の手にも貝に似た形の燈籠があり、ゆらり、と小さく火が揺れた。



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●ご案内
こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。
参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。
「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。

《注意事項》
(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。
(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。
(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。
(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。
(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。
(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
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品目イラスト付きSS 管理番号2389
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
クリエイターコメント《ライターより》
あけましておめでとうございます、今年はどうにか乗れましたよ年越し便……! と打ち震えつつ、ちょみっとお澄ましバージョンのお正月。
IL様とご一緒させて頂くので、ちょっと余所行きの声です。

そんなドキドキは置いときまして、ランタンフェスティバルにようこそ。ちょっと規模ちっちゃいけど我慢してねinインヤンガイです。

広場の真ん中には、でーんと白蛇燈籠様がましましておられます。
その周りには干支やら神様やら花やら食べ物やら動物やら、職人住人の気の向くまま色んな形の燈籠が飾られていますので、皆様のお気に召した燈籠はどんな物か教えてください。
そして最後に飛ばす天灯にかける願い祈り、言葉にできる物からできない物まで、そっと教えて頂けますと幸いです。

勿論、そんなんそっちのけで屋台巡りするぜ! でも大歓迎です。
淡い光の下、皆様がどんな風に新年を過ごされるか楽しみにしています。

それでは、いつも以上にそわそわと燈籠作りに精を出しつつお待ちしています。


《イラストレーターより》
最後の年越し便、WR様と手を携えて(正確には思いっきり引っ張り上げて頂いて)思い出作りのお手伝いができる喜びに震えております新田ですあけましておめでとうございます。
お正月、灯篭が照らし出す怪しくも暖かなひと時。どのような服装でお楽しみになるか教えて頂けるとありがたいです。NGカラー、NGアイテムなどありましたらご連絡よろしくお願いします。それでは、良い夜を!

参加者
セリカ・カミシロ(cmmh2120)ツーリスト 女 17歳 アデル家ガーディアン
福増 在利(ctsw7326)ツーリスト 男 15歳 蛇竜人の薬師
村山 静夫(csrr3904)ツーリスト 男 36歳 ギャング

ノベル

 広場に足を踏み入れると、思った以上の燈籠で飾られていた。どこか淡く目に優しい灯りと伝わってくる華やいだ空気に、セリカ・カミシロも口許を緩めた。
 家族、友人、そして見知らぬ誰かの為。良い一年になりますようにと祝福し、祈る暖かさを灯した燈籠を眺めていたが、何かに惹かれるように広場の片隅へと目を向けた。
 地面にぽつんと置かれ、少し遠くざわめきを眺めているそれが何となく気になってセリカは足を向けていた。
 作り手は幼い子供か、それとも失敗作なのか。不安げにゆらゆらと細い火を灯している歪な猫は自分と重なって見えて、そっと手を伸ばしていた。
「確か、一つ貰ってもいいのよね」
 それならこれにすると大事に取り上げたセリカは、後ろからぶつかられて身体を竦めた。油断していたと軽く唇を噛み、謝罪しようと振り返ると相手が先に手を上げた。
「悪い悪い、ちっと酔ったかなぁ」
 ご機嫌な様子で謝罪する男の肩を叩いたのは、同じ便で訪れてきた村山だった。彼は男の肩に手を置いたまま、兄さんと穏やかに言葉を紡ぐ。
「稼ぎ時ってなぁ分かる。が、今日だけは勘弁しちゃくれねぇか」
 言いながら取り上げたのは、セリカの財布。気安い仕種で村山がそれを返してくれる間に、掏りはそそくさと逃げている。小さく肩を竦めた村山に礼を告げると、大したこっちゃねぇと苦笑された。
「まぁ、いい新年をな」
 言ってふらりと歩き出した村山にいい新年をと返すと、振り返らないまま軽く手を上げて返された。



 燈籠の合間をのんびりと歩いていた村山静夫は、立ち尽くしている福増に気づいて足を止めた。視線を感じたのか顔を向けてきた福増は、どこか照れ臭そうに笑った。
「貰う燈籠は、もう決めましたか?」
 尋ねられてようやく思い出し、そうさなぁと視線を揺らすと蝶が舞い飛ぶ筒状の燈籠を見つけた。日本では死と再生の象徴として蝶を家紋に用いる武家もあったと思い出し、惹かれるまま取り上げた。
 蝶々ですかと和やかに目を細めた福増に、そちらさんはと彼が眺めていた燈籠を顎で指した。
「蛇にすんのかい」
「え、ええ、僕も蛇ですのでっ」
 柔らかに頬を染めた福増に、野暮をしたかと含むように笑うと邪魔したなと声をかけて散策に戻る。
 そういや天灯はどこから上げられるのかと何気なく顔を巡らせると、いらっしゃいと明るい声をかけられた。どうやら饅頭の屋台らしく、期待に満ちた目にこれも何かの縁かと鉄板を覗いた。
「お土産に如何です?」
 パンダと桃の形をした饅頭を示され、ふと頭を過ぎったのは同居人。
「幾つか包んでくれくれ。……ついでに酒も頼めるか」
 ひやりと冷たい風を感じて付け足したのは、人気のない四神の側をうろついているだろう探偵を思い出したから。まだもう少し時間があるなら、差し入れくらいできるだろう。
「まぁ、せっかくの新年だからな」



 歩いて行った村山を見送り、福増在利はそっと息を吐くと燈籠に視線を戻した。
 見つけた時から目を離せず、大事そうに取り上げたのは蛇の描かれた燈籠。自分もそうだと言いながら、緑ではなく淡い黄色だった。
(あの人は、どこに再帰属するのかな……)
 ちらちらと揺れる、内に灯った火を見下ろして呟いた。言葉にできない疑問は、吐いた息と一緒に白く空に向かった。
 自分の世界に共にと望むのは、在利の勝手だ。願ってはいけないと分かっているから、ゆっくりと頭を振って追い払う。
「そうだ、白蛇にお参りもしないと」
 ご利益があるかはともかく、参って損はないだろう。
 振り返ればすぐ目につく白蛇は玄武より二回りほど大きく、ゆったりととぐろを巻いていた。天を臨むではなく地上の火を見下ろす様は、新年を祝して灯された一つ一つを見守るようだった。
 知らず言葉をなくして見上げていると、そろそろみたいよと唐突に声をかけられてはっと隣を窺う。いつの間にか同じように白蛇を見上げていたカミシロは視線を下ろしてきて、ざわつき始めた右前方を指し示した。
「あ、天灯ですか」
「そう。飛ばす前に祈りを懸けるみたいね」
 言いながら既に歩き出しているカミシロを追うように歩き出し、願い事かぁ、と小さく呟いた。



 どうぞとセリカに手渡されたのは、小振りな天灯だった。見れば中に入れそうな大きさの物もあるが、それには多く人が集っていて願い事を書きつけている。書いたほうがいいのかと戸惑っていると、心の内にお祈りするだけでも構いませんよと笑って教えられる。
「願いを懸けたら、火をつけて飛ばしてください」
 火種の在り処を示しながらの説明に頷き、まだ火の入っていない天灯を見下ろす。
(こんな私でも、一人でちゃんと生きていけるんだって胸を張って言えるくらい……)
 思い出す懐かしい人に、顔向けができるように。誇ってもらえるように。
「強くなれますように……この先、何があっても耐えられるように」
 立派な人になりたいという切実は、けれど自分が努力しなければ叶わないとも分かっている。だからこれは、願いというよりは、決意。
 自分を変える為に今以上に努力するのだと固く唇を引き結ぶけれど、幸せそうにはしゃぐ気配に知らず口許も緩む。視線を揺らし、それぞれに大事な願いを懸けている姿に目を細める。
(みんなの願いが叶って、幸せになれますように)

 用意された天灯を眺めた在利は、燈籠みたいに色んな形の物はないのかなと首を傾げた。
(確か、昇り龍って縁起がいいんですよね?)
 ざっと見回したところ、天灯はどれも大きさこそ違えど同じ白い長方形だ。残念と心なしがっかりしたが、ふと視線を上げた先に龍を見つけた。少しだけ先が細く、それに合わせて龍を描いた物らしい。よかったらどうぞと手渡され、ありがとうございますと目を輝かせる。
 龍体に願いを書くと勿体無い気がするので、手にしたまま願いを懸ける。
「元の世界が見つかりますように。──あ、でもその前に! ……早く、病気を治す術を見つけられますように」
 病気が治らない事には、再帰属もできない。だからお願いしますと目を伏せて願い、火を貰いに向かう。
 小さい幾つかは既に空に向かっている物もあり、たくさんが空を仰いでいる。まだもう少し星のほうが強いけれど、じきにこの空は人々の願いで埋め尽くされるのだろう。

 自分より大きな天灯まで引っ張って行かれた静夫は、まだ白い一面に願いを書くよう促された。
 他に書く奴ぁいねぇのかと辺りを見たが天灯の数は多く、一人混じったところで支障はなさそうだ。それならと書きつけたのは、一人でも多くの者の願いが叶うように。その横に、旅立った者達に穏やかな幸せがある事を願って手を止めた。
 個人的な願いはない。届かないと悟り、不要と判断し、諦めた。叶わないのだと理解し、腹を決めてしまえばそんなものだ。
 愚痴なら以前に吐いた。あれを最後と決めたのは、自分や人や世の中が嫌いな訳ではないからだ。
「強いて言や……そうだな」
 呟き、手近にいた誰かに筆を返すと綴られた願いに背を向ける。周りの視線を追うように仰げばそこには数々の天灯が既に放され、息を呑むほどの光景が広がっている。
「蛍、どころの騒ぎじゃねぇなぁ」
 人の願いの賑やかと、何よりの美しさに目を細めて思わず感嘆する。
 願わくば、迷わないと決めた意志がこの先も揺らがない事を。


 それぞれの願いを乗せた優しい光は、静かに空を燈している。

クリエイターコメントやりたいことを詰めすぎて大分駆け足になってしまったようにも思いますが、最後の年越し便、楽しく綴らせて頂きました!

いつも以上に字数の制限が厳しく何度となく削り倒しましたが、今回メインは何よりイラスト! という素敵な強みがありましたので(笑)、視覚に訴える部分の大半をお任せして書かせて頂くことができました。

あまり大騒ぎにならず、静かにしっとりとした空気をお届けできたと思います。
皆様のお心に副う形でお届けできていますよう、ひっそり天灯に祈ってます。

あまり多くを語っても野暮というもの。後はもう、存分にイラストでご堪能くださいませ。
ご参加ありがとうございました。
公開日時2013-01-28(月) 23:20

 

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