オープニング

 激闘の熱も未だ冷めぬコロッセオ、そこから遠く離れた世界図書館で、エミリエが難しそうな顔で集まったロストナンバーを見上げていた。
「『るてんしかいとうりん』って知ってる? ロストナンバー四人が一チームを組んでね、それぞれ一対一で戦うっていうとっても危ない戦闘訓練なんだけど」
 居並ぶロストナンバーのうち何人かが頷く。その中にはすでに観戦してきた者もいるようで、流転肆廻闘輪がいかに血騒ぎ肉踊る戦いであるか、紅潮した顔で周囲のものへ語りだす。
 コホン、咳払いでざわめきだした周囲を制して、エミリエが続ける。
 何かの連絡を受けたのか、世界図書館全体がざわざわとにわかに騒がしくなっていた。
「でね、このるて……面倒くさいから『ルテシカ』って呼ぶね。ルテシカは四人の世界司書の承認がないと開催できない仕組みになってるの。その内三人は闘技場に残ってて、今頃リベルが正座でお説教してる頃だと思うんだけど……」
 ――一人、足らない。
「第一の輪の承認世界司書のE・Jが消えちゃったんだって。途中まではポランと一緒にいたらしいんだけど……リベル、すごく怒っててね。『絶対に確保して下さい』ってエミリエに連絡が来たの。
 ……え? E・Jってナカノヒトがいるんだろ? ラジカセだけ捕まえても意味ないんじゃないか、って? ううん、ナカノヒトのことはエミリエ、良くわかんないんだけど、とりあえずラジカセがないとE・Jとお話しすることもできないんだよね。もちろん実在するならそのナカノヒト? を捕まえらるのが一番いいんだけど、誰も見たことないし難しいんじゃないかなあ。……あとね、もう一つ気になることがあるの」
 エミリエは周囲を見回し、ロストナンバーを手招く。幸いにも周囲の世界司書は難しい顔を突き合わせていて、エミリエを注視している者は誰もいない。
 漏れ聞こえてきた会話からは「またか」「懲りないな」「自習室のセキュリティを上げるべきでは?」「リベルさんがいないからって」等々の単語が拾えたが、今のエミリエには関係のないことだ。
「……会ったことある人は知ってるだろうけど、E・Jって一人じゃ歩けないんだよ」
 ……まあ、ラジカセだし。全員が心の中で突っ込んだ。
 しかし、それでもE・Jはコロッセオから消えていた。
「協力者がいるんだよ。どういう理由かはわかんないけど、E・Jの逃亡をほーじょした人が絶対、いるの! リベルからは『協力者ももちろん同罪ですので必ず捕獲してください』って言われてるんだけど……E・Jに手を貸す人なんているのかなあ?」
 さらりとひどいことを言って、エミリエはかわいらしく顎に指先を当てた。

 * * *

 さて時間は少し巻き戻り、第四の輪に決着がついた直後、リベルがエミリエに連絡を取る直前。熱気渦巻くコロッセオから、一人の少女が小走りに遠ざかっていた。
『リベルちゃんもひどいよねぇ。僕様ちゃんはただ、ロストナンバーの皆に楽しいたのしいひと時をプレゼントしてあげただけなのにさぁぁぁぁぁ』
 ふっくらした手に提げられたラジオから、ノイズに割れた声が漏れている。
「それよりE・J……さっきの約束、本当だよね?」
『ヘイヘイヘイ、お嬢さん。この世に僕様ほど義理堅いラジカセは他にねぇぜぇ? モチ、無事に僕様ちゃんを隠れ家まで連れ帰ってくれたらの話だけど?』
「わかってる。私だって、このことがリベルにばれたら大変な目に遭うんだから!」
 文句を言ってはいるものの、少女の口調は弾んでいた。
 この手のことには慣れているためだろうか。それとも流転肆廻闘輪の熱気が彼女にも伝染したためだろうか。見なくてもわかる、その目はきらきらと悪戯っぽく輝いて、頭の中では追っ手を撒くための策がぐるぐると渦を巻いているに違いない。
 頼もしいガキだねぇ――ラジカセが、軋りを上げていやらしく笑う。
『頼りにしてるぜぇ、アリッサァ』
 少女――アリッサはにっこりと性悪な笑みを浮かべ、足早にコロッセオから立ち去った。

 ラジカセと少女は、逃亡者と共犯者。
 運命の輪から外れた二人の逃亡劇、これにて幕開け。

品目シナリオ 管理番号768
クリエイター錦木(wznf9181)
クリエイターコメント無 茶 振 ら れ た よ !!

という訳でルテシト(勝手に省略)番外編です。
アリッサ&ラジカセVSロストナンバー。
(多分)コメディです。

・こういう調査をして居所を突き止めるよ
・こんなかんじにE・J(アリッサ)を捕まえるよ
・と思ったらE・J(アリッサ)にこんな反撃されたよチクショー
・せっかくだから俺は味方を選ぶぜ

大体こんな感じのプレイングを想定しておりますが、もちろんこれ以外の行動も自由にお書き下さい。
なおアリッサは普通の女の子ですので、怪我させるのは勘弁してあげて下さい。もしした場合E・Jが八倍に膨らませて吹聴します。
翻弄されるのを楽しむぞ! くらいの心持で参加して貰えたらなあとこっそり希望。

正直な所完全ネタ系シナリオはこれが初めてで、どんな結末になるかは私にもわからないのですが、楽しんでもらえるよう精一杯頑張らせていただきます。

参加者
千場 遊美(cdtw1368)ツーリスト 女 16歳 学生
ベルファルド・ロックテイラー(csvd2115)ツーリスト 男 20歳 無職(遊び人?)

ノベル

 わらわら、闘技場の方から人波が戻ってきている。この中でたった一人(一台)が見つけられるだろうか、ということについてベルファルド・ロックテイラーはあまり心配していなかった。手がかりは一つもないが、その辺は生来の強運がどうにか上手くやってくれるだろう。
「……さて、まずはそのへんぶらぶらしてみますか」
「待ってっ! それならまずはこれをしなきゃあ!」
 ベルファルドの行く手をさえぎるように、真っ白いリボンと髪を揺らして千葉遊美が立ちふさがる。どこから拾ってきたのか、青葉のついたままの木の枝が差し出された。倒せ、ということだろうか。
「ベル君棒押さえててー」
「……なんで?」
 棒倒しするだけならボク一人で十分じゃないのかい? とベルファルドが返すより早く、遊美が片手を振りかぶる。ピンクのガントレットが漫画みたいにぴかっと光を反射した。
「熱帯低気圧!」
 ななめ上にかっとんだかけ声と共に、ぺちーんと殴られた倒し棒が宙を舞う。きりもみしながら弧を描き、石畳の上を跳ね回り、通行人に蹴っ飛ばされ。一方向を向いて沈黙。
「…………」
 ベルファルドも沈黙。
「これこそが女の勘っ! という訳でターゲットはあっち! すごいね、カンペキな作戦だ! リベルさんが感動して涙を流す姿が眼に浮かぶね!!」
「いやこれ勘っていうか棒倒しっていうか、棒倒されっていうか!?」
「運命の導きには口出し厳禁! チーズフォンデュが右クリック連打するハメになっちゃうよ?」
「あああ、なんかもうどこから突っ込んでいいやら……!」
 怒涛のボケ(?)連鎖にベルファルドはめまいがした。そういえば彼女はツーリスト、見た目が普通の女子だからって中身がそれに比例しているとは、全く持って限らない。
 この依頼唯一のツッコミ役として、ベルファルドの合いの手が止む時は未だ遠い。

 ***

「……」
 とある街角。アリッサはふと足を止め、ターミナルの単調な空を見上げた。
『どうしたぁ、アリッサぁ? 小便か?』
「壊すよ」
『失敬ぃ』
「……なんだか、誰かに呼ばれたような気がしたの」
『リベルちゃんに気づかれたかねぇ? ……人目につかねえ場所に移動した方がいいかもな』
「気取られないように、だね。OK、任せて」
 スカートがひるがえり、重たく振り回されたラジカセが壁をこすって『ひぎぃ』と音を立てる。
 一人と一台の逃亡劇もまた、まだまだ先は長いのである。

 ***

「ねえ、これくらいのラジカセ持った人見なかった?」
 行き交う人に尋ねつつ、ぷらぷらと通りを歩いていく。
 目当ての場所がある訳じゃない。ただ運がやってくるのを待っているのだ。実力だけではどうしようもないものは大抵、こうしていればあっちの方からベルファルドの元へ来てくれる。
「ラジカセ? ああ、E・Jのこと? 闘技場にいたけど……何、あの人また何かしでかしたの?」
「まあね。もし見かけたら教えてくれないかい?」
「わかったわ」
 手を振り返し、ベルファルドはくしゃくしゃと髪をかき乱した。どうやら今はまだその時ではなかったらしい。
 背後から遊美がベルファルドと同じ台詞を繰り返しているのが聞こえた。さっき一度振り返ったらバスケットゴールに話しかけていたので、以来自らの常識の平寧のため彼女の方は見ないことにしている。
『ラジカセとはまた素早いチョイスだな、泣けるぜ』
「仕方がないね、司書さんだもん。で、見た? 見なかった?」
『申し訳ないねえ、俺はクッキー粉と潮の満ち干の痴話喧嘩に夢中でなあ』
「そっか! それじゃあまたね、ぶらじりあん!」
『悪いな嬢ちゃん、塩ほっけー』
 謎会話の尾を引いて、遊美がベルファルドの隣に戻ってくる。誰と(何と)会話していたかは永遠に不明で問題ない。
「駄目だったよ!」
「ん、こっちも。なかなか上手くいかないものだね。……随分隠れ慣れした協力者なのかな」
 ラジカセを持って町をうろつくさまは、それなりに目立つ。人目につくことを危惧してこっそり移動しているのなら、聞き込むだけでは芳しい結果は得られないだろう。
 もう一人、二人声をかけたら別の作戦を考えた方がいいだろうか。変なシャツの人影に近寄りながら、ベルファルドはそんなことを考える。
「ねえ、この辺でラジカセ持った人見かけなかった?」
「ラジカセ持った人? うーん、ラジカセだけならさっき闘技場に」
「それがねー消えちゃったらしいんだよ! どろりと! てんぷらもびっくりの手際だよね!」
「てんぷらはよくわかんないけど、とりあえず大変そうなんだね? でもごめん、見てないや!」
 ベルファルドとそう年の変わらなさそうな青年は、白っぽい髪をがしがしとかいて申し訳なさそうに頭を下げる。やはり人目につかない場所を移動しているのか、もしくはラジカセ自体に何か細工をして一見しただけではそうとわからないようにしているのかもしれない。
 適当に分かれようと口を開いたベルファルドに、被せるように「ところで」と青年が口をはさむ。
「この辺にアリッサちゃんいなかった?」
「……アリッサ?」
「なんで?」
 意外な人名にベルファルドと遊美が揃って首を傾げる。
「自習室からいなくなっちゃったんだって。多分ほら、さっきやってた流転肆廻闘輪を見にいったらしいんだけど。リベルさんが怒っててねー、『何としても探してくるように!』ってオレ頼まれたの。もしどっかでアリッサちゃん見かけたら教えてね」
 それじゃあねとセクタンのしがみついた腕をぶんぶん振って、青年はその場を離れていく。
「うーん。どう思う、今の話?」
「アリッサさんはパワフルだね! 金の額縁にも負けてないんじゃないかな! それともパンの袋の口を止めるアレくらいかな? ベル君はどっちだと思う?」
「額縁とクロージャーの共通項はわからないけど、アリッサさんとE・Jの話が似通ってるのは気になるなねえ」
 どちらも闘技場へ行っていて、今は姿を消している。見つかったらリベルのお説教フルコースを完食しなければならないことも。
「……もし『そう』だとしたら、弱ったなあ」
 ベルファルドは心中腕を組んだ。女の子相手に捕物劇なんて、やりにくいことこの上ない。

 ***

 ぷらぷら、アリッサの手が振られる。反対の手は手首を押さえ、ラジカセは足元でざらざらと鳴いていた。
「E・J重たーい」
『僕様もこれで四十路のオジサンだからねぇ』
 要するに、壱番世界で四十年以上前に売られていたラジオカセットだ。旧式も旧式、少女一人が抱えて運ぶには少々ごつごつしている感は否めない。
「休憩しよ、休憩!」
『……おいおいアリッサぁ、そんなのんびりしてていいのかぁ?』
「今のまま逃げてたって捕まっちゃうもーん。そうなったら困るのはE・Jだよ? 私はいざとなったら置いてけばいいしぃ?」
 にやり、アリッサの目が狐のように細められる。スピーカーがぼそぼそと震える。
『僕様もとんだ魔女の宅配便に捕まっちまったもんだねぇ……』
 アリッサは億劫そうにE・Jを抱えると、静かにその場から離れた。

 ***

 そのままふらふら歩いていったベルファルドと遊美は、小さな公園にたどり着いた。ターミナルに建物を作ったらちょっとずつ場所が余ったのでまあ、ついでにとばかりに作られたような印象の、猫の額ほどの小さな公園だ。
「こんな所があったんだね、気づかなかったよ」
 等間隔に茂る濃い緑に隠されて中の様子は伺えないが、キイキイと金属の軋る音が葉っぱの隙間からもれ聞こえてくるので、きっと誰かが遊んでいるのだろう。何の気なしに通り過ぎようとしてふと視線を向けると、ブランコで足を揺らしていたその人物と目が合ってしまう。
「……あれぇ? もしかして、見つかっちゃった?」
「アリッサさんだー!」
 遊美がびしっと指を指す。さっきの青年に教えた方が良いかな、と思ったのは一瞬。アリッサはさっと顔色を変えてブランコから飛び降り駆け出した。と、急ブレーキで方向転換。ベルファルドたちから陰になって見えない位置に置かれていた古めかしいラジカセを引っ掴み、
 ……ラジカセ?
「あのラジカセがE・Jだ! 共犯者はアリッサちゃんだったんだよ!」
「なるほど、共犯者Aってことなんだね!」
 柵を乗り越えベルファルドは叫ぶ。アリッサの後姿はすでに建物の裏手へ消えていた。遊美もウサギのような動きで公園の敷地へ飛び込むと、全速力でアリッサの後を追い始める。
「やったぁ、久々の鬼ごっこだ! プラモ用のピンセットと鋼のブラジャーは必需品だね! ベル君はマイピンセット持ってる? なくても大丈夫だよ、いざとなったらわたしの貸してあげるから!!」
「使わないしそもそも必要ないよね!?」
「……あれ?」
 公園を抜け、建物の隙間を突っ切るベルファルドと遊美。距離は中々縮まらない。なにせ相手はこれまでに何度もロストナンバーに捕獲依頼を出されたアリッサだ。ベルファルドが叫ぶ。
「ちょっと待って! 確かにリベルさんから捕まえるように言われたけど、事情によっては考えなくもない!」
「え? 本当? ……でもやっぱ駄目ー! リベル怒ってたもん、流転肆廻闘輪は絶対に許可できないって言ってたもん! E・J連れ出して自習室まで抜け出した私が、リベルに容赦してもらえる訳なーい! 捕まえられなかったらあなた達だってひどい目に合わされちゃうかもなんだよ!?」
「……か、覚悟はできてるよ」
 ひどい目――それは想像のはずなのにベルファルドの背中を滝のような汗で濡らす。返事が一拍遅れてその上小声になってしまったのも無理はない。
 思わず歩調の緩んだベルファルドの隣を、真っ白いリボンをたなびかせた遊美が駆け抜けていく。
「逃げるアリッサに追う遊美! 同じ追うなら楽しくなきゃ損そん! 食らえい、『百花狂乱』大展開!! 起これ何か派手で面白いこと!!」
 遊美がにっこり笑顔と共にぶんっと大きく手を振り上げる。ちょうど万歳のような格好だ。ベルファルドはひょいと頭をかがめてそれを避け、たつもりがたたらを踏んでしまい、顔面から地面へと激突する格好になる。
 ――あ、このままじゃ痛い。
 条件反射で差し出した手のひらを押し返したのは冷たくざらついた石の感触ではなく、こう、ゼリーというか生まれたてのセクタンというか、ぷにょんぷにょんでやわやわな石の感触だった。いや石なのにぷにょぷにょて。
「どうなってるのかなー、これ!?」
「アハハハハ!!」
 地面はぐんにゃりゆがんでベルファルドを受け止め、反発する力が身体を浮かす。視界の端にご機嫌な遊美の顔が見えて、なんかもうそれだけでこの奇天烈な出来事の説明がつく気がした。
「えっ? わ、わわっ!?」
 ひっくり返ったアリッサが戸惑いに戸惑った声を上げる。それはそうだ、いきなり地面がトランポリンになったら誰だって驚く。周囲の人たちもこちらを見てはぽかんと口を開けていた。ベルファルドだってビックリだ。ただアリッサよりは遊美と一緒にいる時間が長かったから、平静を取り戻すまでそう時間がかからないだけで。
『ヘイヘイヘイ、何かあったんだ何が起きてるんだぁアリッサぁぁぁぁ!? 僕様縦揺れ横揺れ斜め揺れででかなり気持ち悪ヲヴェロェェェェェ』
「うわ、汚。嫌だなあ、これを捕まえなきゃだなんて」
 ラジカセから聞こえてくる名状しがたい流動音に耳を塞ぎたくなりつつ、ベルファルドのパスホルダーから赤いダイスが飛び出した。振り出されたそれが一直線にアリッサへ向かい、スカーフのひだの上にふんわりと着地した。
(これで簡単に捕まえれると思うんだけど……)
 予想通り、ぶよぶよ地面へたりこんだアリッサが固い場所を目指して這い進もうとした途端、落ちてきた遊美とベルファルドの勢いにつられて再び宙を舞う。
 跳ねる勢いに根負けしたアリッサの指が、ついにラジカセの取っ手から外れた。あ、と焦るアリッサが手を伸ばすより早く、ベルファルドが固く重たいそれを腕一杯使って受け止める。
 ベルファルドのトラベルギアは紅白のダイス。当てた相手の次の行動を成功しやすくさせる白ダイスの対、失敗しやすくなる赤ダイスの能力はしっかり効いてくれたようだ。
 ベルファルドはやれやれと肩の力を抜き、遊美が「あれ、もう終わり? 楽しかったあ!」とご機嫌にアリッサに手を差し伸べる。
 腕の中のラジカセはボソボソとスピーカーを振るわせてため息らしい音を立て、アリッサは「うー」となみだ目でうなりながら遊美の手を取った。
 逃亡者と共犯者は、こうしてお縄となった。

 ***

「ねー、アリッサさんは何で共犯者になったの? 脅されたから? それとも向日葵が黄色かったから?」
「事情によっては協力するって言ったのは、本当に嘘じゃないんだ」
 ……と、そこで問屋が卸さないのがベルファルドと遊美である。アリッサを見つけた公園のベンチに戻り、するは今後の作戦会議。
 元より強運と狂乱まかせの大作戦を敷く二人だ、リベルあたりに知られたら真面目にやれと怒られそうだが、二人にとって一番大事なのは

 面白くって楽しいこと!

 なのである。
 アリッサは二人の様子を上目に見上げて、ちょっとボロっちくなったラジカセにちらりと視線をやって、「実はね」と切り出した。
「私ね、流転肆廻闘輪を見に行ってたの」
「自習室を抜け出して?」
「うん。凄かったなあ、私興奮しちゃったよ。……それで帰ろうと思ったら、E・Jに呼び止められてね。『どうせ逃げるなら僕様も連れてけ』って言われて……」
『リベルちゃんのお説教は長いんだよねぇぇぇ!』
「なるほど、それが理由かい」
 これでE・Jが闘技場を抜け出した理由はわかった。だが疑問は残る。
「でもさー、それってアリッサさんに良いことなくない?」
「うっ……いや、それは……」
 途端、アリッサの目が泳ぐ。
 自習室を抜け出しただけなら、急いで戻れば良いはずだ。ひょっとするとリベルに気づかれることもなかったかもしれないが、E・Jを連れ出したとなれば罪状は増えるばかり。
『約束があるんだよぉ。なあ、アリッサぁ?』
「い、E・J!」
『ここまで来たら言うも言わねぇも一緒だろぉ? っつーか僕様を置いていこうとした罰でぇぇぇす! アリッサたぁ、次にリベルちゃんの目ぇ盗む時にゃ手伝ってやるっつー約束で運んでもらってたのさぁぁぁぁっ!!』
「わあ、あくどいね!」
 遊美が目を丸くする。
「なるほど、脱走魔のアリッサちゃんらしいねえ」
 ベルファルドは何度か頷いた。
 リベルに追いかけ回されること幾数回、幾数十回、幾百回。エミリエと共にターミナルトップクラスの実力を誇ってしまっているアリッサだ。敵方の情報に多少なりとも通じている世界司書は、たとえ性格がかなりアレだろうとラジカセだろうと、危険を冒してでも得ておきたかったのだろう。
『普段COOOOOOLなリベルちゃんが青筋おっ立ててる声を聞きてぇっつーのもあったけどぉ』
「最悪だね。うん、でもまあ、これくらいのことなら協力しちゃおうかな」
 E・Jはともかく、ロストナンバー同士の真剣勝負を観戦したいという気持ちはベルファルドにもわかる。それも長らく実施されなかった大舞台だ。遊美もうん! と勢い良く頷いた。
「私も共犯者Aになる!! 遊美だしね、ちょうどいい!」
 あそびのAは、共犯者のA。
「……いいの? 本当に?」
「だって、楽しい方が好きなんだもん!」
 よろしくねと遊美がアリッサの手を握ってぶんぶんと振る。ベルファルドも苦笑しつつ手を差し出した。アリッサがはにかみながらベルファルドの手を取り、三人と一台の間に和やかな空気が流れる。
 それを崩したのは、ぱらぱらと聞こえ出した足音だ。公園を囲むように、大量の人影が押し寄せている。
 その先頭に立っていたのは、鉄面皮の下に激怒を隠した女性司書。
 リベル・セヴァン。
「……お二方とも、ご苦労様です。それでは、館長代理をこちらに引き渡してください」
 一言一言が重い。リベルが一歩歩むごとに包囲網が狭まり、その度にアリッサが身を固くする。彼女を庇うように前に出る遊美とベルファルドを見て、リベルがため息を吐いた。
「裏切るのですね。ベルファルドさん、遊美さん。非常に残念です」
「ごめんねー、リベルさん」
 どこからとりだしたのか、ベルファルドは先のとがったサングラスをすちゃっと装着。
「だ~って、こっちの方が面白そうなんだもん!」
「皆みんな楽しくなぁれ! 『百花狂乱』!」
 遊美がくるりと一回転、あたりに火花が乱れ飛ぶ。にょこりと動き出すブランコに、リベルが突かれた隙は一瞬。赤いダイスを投げつけて、ベルファルドはアリッサの手を引いた。
「驚天動地だ、イヤッホゥ!!」
 背後から聞こえる遊美の声はとても楽しげ。ラジカセがキシシと笑い、アップテンポなドラムのリズムを垂れ流す。
「アリッサ、待ちなさい、アリッサ!」
 リベルの声を後ろに置いて、二人ははターミナルの町を駆けていく。押しのける風が髪をなぶり、弾む呼吸に言葉が途切れる。
「これからどうする?」
「E・Jの隠れ家に行こう! 作り立てで、まだ誰にも知らせてないんだって!」
「良いね」
 捕まったらどうなるのか、想像すると寒気しか感じられない。けれど二人は共犯者の笑みを浮かべ、力強くハイタッチを交わすのだ。

クリエイターコメントお待たせいたしましたー!

強運と狂乱の持ち主の前には作戦なんて無粋なものはいらなかったのですね!
次にリベルと顔をあわせた時が大変かと思いますが、青汁三昧頑張ってください!

プレイングはかなりの量を拾えたと思っておりますが、話の展開上どうしてもできなかった部分については申し訳ありません。

このたびはご参加いただきましてありがとうございます!
公開日時2010-08-07(土) 21:50

 

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