クリエイター錦木(wznf9181)
管理番号1144-8712 オファー日2011-01-21(金) 22:59

オファーPC 赤燐(cwzn2405)ツーリスト 女 23歳 南都守護の天人(五行長の一人、赤燐)

<ノベル>

 あら司書さん、どうもお久しぶり。ええ、今日はオフなの。久しぶりにのんびりしようと思ってね。お茶? ご一緒させていただけるの? 嬉しいわ、ありがとう。ところでお二人は何のお話をしていたの?
 恋。
 恋の話。
 素敵。私そういうの大好きよ。
 ……え? ……私のこと? こんなおばさんにそんなこと聞いて楽しい? 楽しい。楽しいのね。あらあら。そうねえ、じゃあ夫との馴れ初めでも話そうかしら?
 私は当時まだ赤燐じゃなくてね、榊透香という名の、ただの火行天人だったの。


 しゃりん、と鈴が鳴る。裾がひるがえり、清冽な空気が静かに波打つ。
 鏡のようにつるりと磨き上げられた舞台へ足袋に包まれた足を落とし、透香は再び鈴を打ち鳴らした。見下げた視線の中、十九歳の娘盛りの顔が透香を見返している。
 顎を伝った滴が舞台の上ではじけ、映り込んだ顔がじわっとにじんだ。透香の実年齢は二十八だが、踊りを奉納する巫女として火行天人になって以来、肉体が成長することはない。天人として経験を積めば加齢さえ操れるという噂だが、生まれ故郷の村で修業の日々を過ごす透香に、それを確かめる術はなかった。
 指南役が手を叩く音に、はっとして顔を上げる。練習の終わりを告げる合図に、一緒に練習をしていた巫女たちが次々稽古場を後にしていき、透香もあわてて後を追う。汗で湿った衣装が重かった。奉納舞はゆったりとした動きが基本だが、衣装飾りや冠の重みが加わると、それでもこれだけ汗をかく。
 「暑ーい」「はやく水浴び行こうよ」「都の視察団が来てるんだって?」周囲の少女たち――外見通りの年齢の者もいれば、透香の何倍も年上のものまで――がおしゃべりに興じながら潔斎場へ向かう。透香も流れに身を任せ、ようとして足を止めた。握ったままの鈴もつられて震える。
 舞衣装の裾が、何かに引っかかったように動かない。振り向けば、そこにいたのは小さな男の子。十二歳くらいだろうか? この辺りでは中々見ることのない上等の着物を着た子供が、何やら必死の目つきで透香を見上げていた。
「……坊や、こんなところでどうしたの? お母さんは?」
 膝をついて目線を合わせながら、透香は優しく問いかける。誰か客人のお小姓だろうかと、後から考えたら無礼にもほどがある思考を巡らせて。
「突然ごめんなさい。あの、おれ、セキって言います」
「……ええと、どうも。私は榊透香です」
「透香さん。一目見て好きになりました、付き合って下さい!」
 目のふちを真っ赤にして、少年は後ろに回していた手を差し出す。汗ばんだ掌にくったり萎れた野の花は、ひらりひらりとと花びらを散らし、透香の顎もかくんと落ちた。
「…………」
「…………」
 しゃりん、二人の間の沈黙を、鈴の音色がどこか楽しげに通り過ぎる。偶然その場を通りかかった巫女たちが、きゃあとはしゃいで遠巻きに見守る体制を築いてしまう。
 ふ、と一呼吸。鈴を床に置き、音色が地を這う。ゆるく折り曲げられたままの透香の指先が少年の額へと伸ばされ、触れるか触れないかという瞬間――……
「あいてっ」
「もうちょっと、大人になってからね?」
 ぴん、と弾かれた。
 俗に言う「でこピン」である。
 額を強襲された少年が、大きな目をぱちくりさせて透香を見上げる。そのあどけなさにくすりと笑って、透香は少年の背を押した。
「さ、もうお帰りなさい。急にいなくなって心配されてるんじゃない?」
「……おれ、諦めないですから! 明日もまた来ます!」
「それは別にいいけど」
 私の返事は変わらないわよ。その言葉を聞いているのかいないのか、少年は透香の手に花を握らせると、子供特有の俊敏さで駆け出した。
 その動きが途中で急停止。透香に向き直ると、深々と一礼。そしてまた駆け足。
 もともと小さな背中がますます小さくなっていくのを見送って、透香はぽつりとつぶやいた。
「……変な子ねえ」
 礼儀正しいところは嫌いじゃないけれど、と心中で付け加えて、透香はふにゃふにゃになった花を指先でくるりと回してみせた。


 ……今考えると、とっても恐ろしいことしちゃってたわ、私。……え? 今一つピンとこない? そうねえ、飲み屋で意気投合して思いっきり絡み酒したら実はその相手が社長だった、先生の悪口言ってたら背後に本人がいた、って言えばわかってもらえるかしら。ぞっとするでしょう? ああ、いくら知らなかったとはいえ、当代の赤燐にでこピンって……。
 ああ、そう。赤燐っていうのは本名じゃなくて役職みたいなものね。天人達のまとめ役のことをそういう風に呼ぶのよ。赤燐は南都の守護をつかさどる天人に与えられる名前で、これが北都だと黒燐と呼ばれるようになるわ。
 ……うん、まあ、社長AとBって認識でも、間違ってはいないけど。できれば赤燐って呼んでもらえると嬉しいわ。情緒がね。違うの。情緒が。
 ……コホン。だから彼の名乗った「セキ」っていうのも、もちろん偽名よ。本当の名前は……まあ、知ったのはもっとずっと後になってなんだけど、敷城朱鷺。だから今の私も、榊じゃなくて敷城透香。


「付き合って下さい、透香さん。第一印象から決めてました」
「……どちら様でしょう?」
 ぱっつぱつの狩衣とよれよれの単、ちぐはぐ極まりない格好の男は、透香の手を取ると力強く言い切った。二十七、八歳と言ったところだろうか? 精悍な男の顔に見覚えはなかった。ただ、真剣な光をたたえた目の奥に、どこか昨日の少年の面影が見えるが、いや、まさか。
「おれです透香さん、セキです。成長期が来ました。これで大人と認めてくれますね?」
「いや、いやいやいや。おかしいでしょこれ、どう考えても」
 寝る子は育つとでも言うつもりか。それにしたって限度がある。
「透香さんを思うおれの気持ちが起こした奇跡です。どうかお願いです、結婚を前提におれとお付き合いしてもらえませんか?」
 周囲を取り囲んだ巫女たちの間から、割れんばかりに黄色い声が上がる。昨日よりも声が大きくて人の輪が二重三重に増えているのは、透香の気のせいではないだろう。ませた子供と凛々しい男前、どうしたって後者の方に胸をときめかせてしまうのが女の子というものだ。
「透香さん」
 そしてそれは透香だって例外ではない。
 セキの手は透香の手を包むように添えられているが、それだけだ。振りほどこうと思えばいつだって逃れられる。その優しい拘束からは、無言のうちにセキの気持ちが伝わってくる。
 無理強いしたり、傷つけたいなんて思わない。慈しんで守りたい。大事にしたい。
「……いいわよ」
 そういうことが全部、わかったから。透香は静かに言って、セキの手に自分の手のひらを重ねた。最初に触れた時は熱いほどだったセキの手のひらは、いつのまにか透香の手と同じ温度になっていた。
 なお一層の歓声が上がる中、今頃自分の顔もセキに劣らず真っ赤なんだろうなと、透香は熱さに火照る頭でぼんやりと思った。


 ……ああ、暑い暑い。なんだか恥ずかしいわねえ、自分の娘時代の話って。初心だったわねえ、昔の私。まあ、こういうことがあって、朱鷺と付き合うことになったの。
 そうは言ってもあっちは赤燐、こっちは見習い天人だからね。文字通り住んでる場所が違うって言うか。朱鷺は南都の守護を任されてるからそうそう出歩けないし、私も舞の練習をさぼる訳にはいかないから、付き合うって言ってももっぱら文通ばかりだったわねえ。その時の手紙? さあ、どうだったかしら。探せばあるかもしれないけど。
 そう、そうなのよ! 結局その場じゃ朱鷺ってば自分の正体明かさずに帰っちゃって!
 まあ一晩であんなにニョキニョキ成長できるんだから、只者ではないと思ってたけど、まさか赤燐だなんてねえ……。
 年だって、見た目はあんななのに実際は三百二十八歳だったのよ、彼。
 年の差カップルにもほどがあるって? ふふっ、そうね、その通り! 朱鷺の見た目年齢と当時の私の実年齢ならちょうどいい感じなんだけどね。
 いつ、朱鷺が赤燐だって分かったのかって? そうよねえ、気になるわよねえ。私もずっと彼の気になってたの、彼の正体。いつだと思う? ……正解。プロポーズの時よ。出会ってからちょうど一年後だったかしら。
 今更過ぎるって? そうかもしれない。でもね、出会ったばかりの時に彼の正体知らされてたら、私、やっぱり少し距離を作ってしまっていたかもしれない。そう考えたら、彼があの時に言ってくれたのは良かったと思うの。あの頃には私、彼のことが大好きになってしまっていたから、赤燐だろうがなんだろうが知ったこっちゃなかったわ。ごちそうさま、って? まあ嬉しいわ、ありがとう。
 さて、お茶も飲み終わったことだし、そろそろお暇させていただくわね。機会があったらまたお喋りしましょうね。朱鷺とののろけ話なら、何年だって語ってあげられるから。
 それじゃ、ごちそうさま。

クリエイターコメントはじめましてもしくはこんにちは!
このたびはご指名ありがとうございます!

朱鷺さんはどんな方だったのかな、と描いている最中はずっとそのことを考えていました。
思い立ったらすぐ行動、でも強引じゃなくてちゃんと相手の意思を尊重できる大人の男性、というイメージで書かせていただきましたが……どうでしょう?
赤燐さんのイメージに副う結果になっていれば幸いです。
これからの旅路が幸多きものであることを願って。
公開日時2011-02-06(日) 23:20

 

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