■出撃! トレジャーハンターズ! 人波にごった返すターミナルを、坂上健の声が貫いた。「諸君! ついにこの日がやってきた!」 列車のタラップに足をかけ、健は自身の呼びかけに応じた仲間――小竹卓也、シーアルシーゼロ、手塚汐――を一人ひとり見回す。「今日この日、俺たちは異世界の秋葉原に旅立つ! それぞれの夢の実現ために! だが出発前に、壮行会として各人の目標を再確認しようと思う!」 まずは俺からだっ! 叫んで、健はタラップを駆け上がる。列車から吹き上がる蒸気が白衣を揺らし、背中に刻まれた「耳を我が手に!」の聖萌七文字がひるがえるっ!「俺の目標はずばり、ワンコ耳カチューシャだっ! タレてるのならなお良しっ! ……じゃあ次、ゼロ!」「はいなのです!」 ぴしっと片手をおでこに当てて、空気系窮極美少女・シーアールシーゼロは銀の瞳に熱意の炎を灯す。「ゼロは『メカ娘パーツ』を探したいのです! そしてパーツを装着したままでっかくなって、巨大ロボごっこをするです!」「うむ、想像するだけで心躍る気宇壮大ぶり! その時はぜひ俺も混ぜてくれ! では次、オタケン!」「ふっ……人間でも獣人になれるアイテムが見つかると聞いちゃこのドラケモナー、黙っちゃいられませんぜ!」 不適に笑い、オタケンこと小竹 卓也はにやりと口元をゆがめる。 ちなみにドラケモナーとは、竜や獣人などに愛を注ぐ、要するに卓也のような者を指していう言葉らしい。「インヤンガイで経験した蜥蜴男! リザードマン! あれが永続的に体験できるかもしれない機会! 逃すわけにはいきませぬ!!」 今はさらりと皮膚の手触りしかしないその拳に、鱗がびっしり生え揃っている様を思い浮かべ、卓也はますますにやついた笑みを深める。「さすが俺の魂の友、その心に一ナノの歪みもなし! そこに痺れる! 憧れる! じゃ、最後は汐だな」 トランクを抱え、健たちのやり取りをニコニコ眺めていた少女を振り返る。「汐は何が目当てなんだったっけ?」「汐は、ごほんをさがしにいきたいです。パパにいつもごほんをみせてもらっていたから、汐はごほんがだいすきです」 舌足らずに、でも楽しそうに言葉をつむぐ幼……少女に、小竹は目を細める。なんて微笑ましいんだろう。だが続く言葉に絶句した。「パパは、みちゃだめっていって、かわいいごほんをみせてくれないの。パパのほんだなにもたくさんあるのに。ぶー。だから汐は、じぶんのちからでゲットするんです!」「……ええと、変なところ足踏み入れるのだけはやめてね……?」 卓也の心からの忠告にも、汐はきょとんと首をかしげるだけだった。パパさん苦労してるんだろうな、と卓也は心中付け加える。 汽笛が低く呻る。発車時刻はもう間もなくだ。 健が力強く拳を突き上げる。「行くぞ! 秋葉原ジェノサイダーズ!」「おーなのです!」「待ってろ俺のリザードマン!」「はーい」■いらっしゃいませだピョン、ご主人様!「一つ、聞きたいんですけど」 いまだ混乱の渦中にある頭を必死でなだめて、長手道もがもは必死に言葉をつむぐ。「何だ」 テーブルの向かいに腰を下ろしたウサミミの表情は涼しい。ノリの効いたワイシャツと艶のある黒いベストをスマートに着こなし、運ばれてきたにんじんジュースをさも美味そうに吸っている。「ここ、革命組織の本部なんですよね」「ああ」 カウベルが鳴る。次いで聞こえるのは「いらっしゃいませだピョン、ご主人様!」と語尾の跳ね上がった出迎えの挨拶。「オレにはメイド喫茶にしか見えないんですが!?」 叫ぶもがもの後ろを、ワゴンに載せられたにんじんステーキが通り過ぎる。押しているのはクラシカルなメイド服に兎耳を生やした少女。ロングスカートを覆う白いエプロンにはウサギの刺繍と「ウサミミメイド喫茶Honey☆Bunny」の文字。「革命にも金が入用だからな。俺も革命活動の合間には、ここでウェイターとして働いている」「お、おかしい、革命組織ってもっとワイルドで砂埃にまみれてるもんだと思ってたのに」 思わず頭を抱えたもがもの頭上でウサミミが小さく笑う。「で、何だっけ? 犬耳とロボっ娘カスタムパーツと、本と……」「あ、あと、リザードマンになれる気ぐるみとかを探したいって聞いてます。……どうでしょう、買え……るもんなんですか? それとも物々交換とか?」「そうだな。犬耳とロボっ娘カスタムパーツなら、露店街でいくつも商われている。物々交換でも良いし、普通に金を出しても大丈夫だ。むしろ店が多いから気に入ったものを選び出す方が大変かもしれないな。譲れないポイントは何か、妥協できる場合はあるか、あらかじめ考えておけば買いやすいだろう」「本と、リザードマンはどうです?」「その前に一つ聞きたいのだが、その子は女の子か?」 ウサミミの目は真剣そのものの光を宿していた。「え? ええ、そうですけど」「そうか……だったら『きく屋』が良いだろう。ただし対価は物々交換のみで、基本的には本が良いらしいが、写真とか服とかでもOKらしい。特に女の子ならあそこで必ず気に入るものがあるはずだ。店主はこの道も長い。変なものを薦められる心配も……そんなには……ないんじゃないかな」「そんなには」「……その子の無意識的潜在的な部分に『そういうもの』への耐性とか好奇心があった場合は、保障しかねる」「……女の子が気に入る本って、具体的には?」「……」 ウサミミは沈黙した。それがすべての答えだった。「……えーと、じゃ、じゃあリザードマン気ぐるみの方は?」「少し難しいな。一応、知り合いでそういうものを専門に作っている爺さんを知っているが」「へえ! 職人さんかあ、なんかかっこいいねえ」「だが少々偏屈なところがあってな。『ワシが手塩にかけて作った娘をその辺の青二才にゃーやらん! 嫁に欲しけりゃワシを倒してからにするがよい!!』と喧嘩を吹っかけてくる」「それは偏屈じゃなくて変態って言うんじゃ」「変態じゃない、ただの愛娘家だ」 いや娘じゃないじゃん、気ぐるみじゃん?「強いぞ、あの爺さんは。娘を触媒にして、鋭い爪と拳法を繰り出してくる。その上戦ってる最中にも延々ドラゴンとかに対する愛を問うてくるし」「ええとそれはつまりお爺さんがリザードマンになるということで」「最初からそう言っているだろう」 ざわめきを増した店内を見回して、さて、とウサミミが立ち上がる。「俺はそろそろ仕事に戻る。どうだ、ついでにバイトでもしていくか? うちは年中人手不足でな。黒兎耳と白兎耳、どっちが好みだ?」=========!注意!この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。ただし、参加締切までにご参加にならなかった場合、参加権は失われます。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、ライターの意向により参加がキャンセルになることがあります(チケットは返却されます)。その場合、参加枠数がひとつ減った状態での運営になり、予定者の中に参加できない方が発生することがあります。<参加予定者>坂上 健(czzp3547)シーアールシー ゼロ(czzf6499)小竹 卓也(cnbs6660)手塚 汐(cdfx7539)=========
■健萌街 焼け焦げたビルの並ぶ、異界の秋葉原。 オタクの持つ異能を恐れた政府により弾圧が始まってからというものの、かつての歩行者天国の賑わいは絶えて久しい。 ――だが、それは表面上のこと。 いつかの戦いで廃墟となったビルの、自然に崩れたとしか見えない瓦礫の影にひっそりと隠された、地下へと続く細階段。 オタクからオタクへ口伝えに伝えられる秘密の階段と扉をくぐった先には、秋葉原が崩壊する以前と変わらぬ、高密度の熱気が渦巻いているのであった。 「おかえりなさいませ、お嬢様だワン!」 「ちっがーう!」 手製の執事服に身を包んだ坂上健の頭を、ウサミミがぺいんとひっぱたく。 地下通路直結、ウサ耳メイド喫茶「Honey☆Bunny」は臨時アルバイター研修に余念がなかった。 「健がイヌ耳萌えなのはわかっている。わかっているが、今は観念してもらうぞ」 お嬢様たちにクスクス笑われつつエスコートし終えた健の頭上では、ゆらゆら黒いウサ耳ヘアバンドが不満げに揺れていた。 「ちぇー、どうせならイヌ耳喫茶が良かったな、俺」 「何を言う。イヌ耳を否定する気はないが、メイドさんと執事の白黒揃えに似つかわしいのは何と言ってもウサ耳。我が軍の方針に従えないなら、……今日は君に一日留守番を頼もうかな?」 「いやいやっ、それは勘弁! 一生懸命働かせてもらいまっせ!?」 あわてて弁解する健に、ウサミミは悪戯な笑みで返す。セカンドディアスポラの一件で面識があるせいか、ウサミミも健相手だと大分気安い。 わいのわいのする二人の後ろで、オタケンこと小竹卓也がてきぱきとニンジンジュースを配膳していく。普段から飲食店でバイトしている卓也の接客はこなれたものだった。唯一、笑顔だけが微妙に引きつっていたのは、かつて卓也が客として訪れた「冥土」喫茶で味わった地獄の体験の後遺症なので仕方ない。 「ごしゅじんさま、ニンジンケーキをおもちしましたピョン!」 「生クリームでお好きな絵を描かせて頂くのですピョン!」 手塚汐とシーアールシーゼロ、愛らしいソプラノボイスの二重奏に、店内の大半を占める男性客が一斉に満面の笑みを浮かべる。 ウサ耳カチューシャの少女……否、幼女が執事服で接客してくれるだなんて、なんて倒錯的。なんという至高の花園。みなぎってくる。 熱く発せられる毒電波をうっかり受信してしまった健が、青ざめた顔でオタケンに寄っていく。 「……今日、絶対、ゼロと汐から離れないようにしようぜ」 「ああ……よく考えたら、幼女二人連れで秋葉原とか、デンジャラスにもほどがあるもんな。世間体的な意味でも」 固く手を握り合う保護者役二人。一方、汐とゼロは四方から注がれる湿った視線には全く気付いていなかった。 「しつじさんになるのって、たのしいですね。パパがよくりようしてるのも、汐、わかります!」 「なんと、汐さんのパパさんはこの道の通でしたか。では今日帰ったらこの経験を活かして、パパさんをお出迎えするのはどうです? きっとパパさん涙ちょちょぎれるほど大喜びなのですよ!」 「すてきです! けんおにいさんのくれたしつじのおようふく、パパにじまんしちゃおっと!」 涙が出るのは別の理由ではないだろうか、とオタケンはそっと心の中で呟いて、あったこともない汐の父に手を合わせる。きゃっきゃと笑いあう二人の姿は無邪気そのものの愛らしさで、周囲の熱視線がますます膨れ上がって今にも暴発しそうな勢いだ。 「む、なんという萌え力の高まり。どうやらウサ耳執事っ娘を本格的に導入する時が来たようだな」 「いや、感心してないで何とかしてくれないか?」 「安心しろ、ちょうどそのことを言いに来た所だ」 ウサミミが親指で示した先にあるのは掛時計。ハトではなくウサギがぴょこぴょこ飛び出す仕組みになっているあたりウサミミのこだわりがうかがえた。 「バイトの時間は終了だ。お待ちかねの買い物と行こうか?」 「しっかし、思ったより廃墟じゃなかったんだな」 特攻服じみた白衣に着替えた健が、パイプの走る天井を見上げてぽつりと漏らす。 ウサ耳メイド喫茶「Honey☆Bunny」を階段とは反対方向に抜けた先には、広く長い地下通路が広がっていた。直線かと思えば曲がりくねり、先の見えない横道が枝分かれして奥へと延びていく様は、アリの巣を連想させる。 地下通路の端では、簡素な長机に、あるいは直に敷いたビニールシートやプラスチックの大きなケースに入った種々の品物を商う露店が連なり、人種も年齢もバラバラな、ただ「オタクである」という共通点を持った男女が、生き生きと買い物を楽しんでいた。健とゼロが眼光鋭く、イヌ耳とロボっ娘パーツをあつかう店を求めて通りの左右を見回し…… 「うおおおっ! あ、あれはっ!?」 「ど、どうしたのです?」 不意に健が叫ぶ。何事かと振り返るゼロたちの目の前で、健は勢いよく人波に突っ込んでいった。あわてて後を追いかけたゼロが見たのは、とある露店の前で立ち尽くす健の後姿だった。露店に並べられているのは……動物耳である。 「確か、健さんのお目当てはイヌ耳だったのですよね?」 ゼロの言葉が聞こえていないのか、健の目は並べられたイヌ耳を見つめ、微動だにしない。そろそろと伸ばされた指先がイヌ耳の一つを撫で、感電したように跳ねる。 「深みのある漆黒の色艶……既製品の薄っぺらさを鼻であざ笑う重厚で妥協のない手触り……乱れのない縫製……何よりこの柔らかくも高級感溢れる手触り!」 ――完璧じゃないか。震える手で飾られたイヌ耳の一つを指さし、健が中年の店主に詰め寄る。 「こ、このイヌ耳と尻尾のセットを売ってくれ! これが欲しい!」 「へっへ、お兄さん、お目が高え。ではお代を頂戴……」 「金はない!」 「なん……だと……」 「だから代わりにこれで支払うぜ!」 どこに仕込んでいたのか、健はさっと執事服を一式取り出した。先のアルバイトの時身に着けていた品だ。見事な縫製に店主がほう、と思わず感嘆の息を漏らす。 「確かにいい品だが……ウチのイヌ耳と交換するにはちょっとばかし足りねえな」 「うっ!? ……じゃ、じゃあこの閃光手榴弾もセットでつける!」 「いや何でだよ!?」 追いついたばかりのオタケンが思わず突っ込む。イヌ耳とは縁もゆかりもない近代兵器が、気難しげな店主との交渉材料になるとはとても思えない。 だが店主は取り出された手榴弾に目を丸くして、恐る恐る手に取ると、真贋を見極めるかのように目を細め…… 「……いいだろう」 「ええっ!?」 「いやっほぉおおおおう!!」 オタケンの顎が落ちる音に、健の雄叫びが重なる。 「え? いいの? おじさんひょっとして兵器萌え?」 「そうじゃねえよ。普通にレアだろ、兵器なんて。ミリオタ連中が喜んで金を出すぜ」 「あ、なるほど、そういうことっすか」 ウサ耳萌えの一心で革命に身を投じるウサミミや、ドラゴン命の爺様の話ばかり聞いてきたためかすぐにはピンとこなかったが、よく考えれば商売とは損得勘定の世界である。店主の趣味でなくとも、それ相応の価値があれば取引は成立するとわかったのは大きい。 (……俺の持ってきた同人誌はどうなんだろう?) 手作りドラゴンスーツがこの世界においてどれだけの価値を見出されているのかはわからないが、懐が温かくて困ることはない。どうか必要とする額に足りますようにと、祈るような気持ちでパスホルダーを掴んだ。 ■本も、パーツも、あるんだよ 古物店「きく屋」はひんやりと効いた空調と濃いお香の匂いの立ち込める、江戸の商家のような構えだった。 「また随分とうい子たちを引っ張ってきたんねぇ」 番頭台によりかかった女主人は、汐と卓也をそう評した。 健とゼロの姿は、この場にはない。 あの後。 「ねんがんの、イヌ耳を手に入れたぞ!」と大はしゃぎする健の姿を目の当たりにして、ゼロのわくわく指数はこらえられる限界を突破した。 『も、もう辛抱たまらないのです! ゼロはここで別行動を提案するのです! ロボっ娘パーツがゼロを呼んでいるのです!!』 鼻息荒く宣言して、今にも飛び出していきそうな様子に、それならと時間を決めて待ち合わせることになった。本を探したい汐と手持ちの同人誌を換金したい卓也はウサミミとともに「きく屋」へ。ゼロには荷物持ちとボディガードを兼ねて健がついていくことに。 汐がぺこりと頭を下げて、卓也もつられて会釈する。 「こんにちは。汐は汐といいます。ここでかわいいごほんがてにはいるってきいて、とってもたのしみにしてました!」 「あいどうも。あたしは菊子って言うんよ。そっちのおにいさんも本をお探しなんね?」 「いや、自分は」 トランクから取り出しておいた同人誌を掲げる。 それは蝶子というロストナンバー――この世界のどこかに転移しているらしい――が、愛ゆえに暴走して作り上げた悶絶物の一品で、ラジカセ司書の「戻ってきた蝶子の恥ずかしがる顔がマジ見もの」という理由だけで持たされたものだ。 「この同人誌を売らせて欲しいと思って。あとはまあ、保護者っていうか」 「たくやおにいさんは、汐がへんなごほんをみちゃわないよう、おてつだいしてくれるんです」 「あい、なるほど」 薄く笑って、菊子が姿勢を正す。 「うちは本を売るときにゃ物々交換しか受け付けてないんよ。汐ちゃんのトランクに何があるのか、菊子さんに見せておくれでないかえ?」 はい、と元気よく答えて、汐が小上がりに品物を並べだす。 かわいい女の子の描かれた色紙、ポスターときて、三つ目の品物にウサミミの目の色が変わる。 「これは……」 「パパがつくったうさみみのおんなのこのフィギュアです! このまえ、おそうじのときにすてたといって、こっそりかくしておいたのです!」 汐はさくしなのですと、えっへん胸を張る汐。 「素晴らしい。このウサ耳と顔の角度、布の張りつき具合。汐のお父様は素晴らしい技術を持っているな。菊子さん、このフィギュア、後で俺に買わせてくれ」 「まいどどうもぉ」 「……でも、無断で持ってきたりしてパパさんに怒られなかったの?」 卓也が恐る恐る訪ねる。 「パパはこんなことで汐をしかったりなんかしません。ただよるおそくまで、ずーっとだいごうきゅうしていただけです!」 「……くぅっ」 卓也は泣いた。涙は出なかったが気分的には号泣した。パパさん、マジ、可哀そうすぎる! 「腐腐(フフ)、汐ちゃんは怖いもの知らずなんね……査定は終わったんよ。卓也お兄さんもさ、ほら。その本を見せておくれ?」 受け取った本をめくって、菊子はおやと目を見開く。 「絵柄からしててっきり日本人が描いたと思ったんだけど……外国産同人誌だったんね」 あ! 卓也はどっと冷や汗が噴き出るのを感じた。たとえ文化が似通っていても異世界は異世界、セカンドディアスポラでここに強制転移させられたロストナンバーも、言葉は不通だったはずだ。 「あっ……すいません、自分、うっかりしてて……! あの、今訳しますんでっ」 「そうしてくれるとありがたいんよ。でも、その前に汐ちゃんを商品のある場所まで案内させてくれな……」 店番は頼んだんよとウサミミに告げ、菊子は億劫そうに立ち上がる。向かった先は入り口と反対方向にある引き戸だったが、懐から取り出されたのは西洋的な鍵の束だった。掛け金の跳ねあがる音。引き戸の向こうを覗き込んだ汐が歓声を上げる。 本、本、本。空間を埋め尽くさんばかりに、本が詰まっている。どの棚もちょっとつつけばはじけそうなほどパンパンに詰め込まれていて、実際、収めきれずに床にタワーを作っている所もある。それが広々とした隣室の端から端まで続いているのはある種幻想的ですらあった。 「この中から十冊、何でも好きな本を持ってお行きな」 「でも、でも、どこからさがしたらいいんです?」 「どこからでも。汐ちゃんがピンときた本を持っておいでな。それが運命の出会いだからね」 「うんめい……わかりました、汐、うんめいにであってきます! たくやおにいさん、あとでかんていよろしくおねがいしまーす!!」 ぴしっと敬礼して、汐は古い紙の匂いをかきわけるように跳ねていく。 「き、気を付けてねー!」 本棚の間から聞こえてくる卓也の声に、はーいといい返事。きょろきょろと棚を見回すが、どれも背表紙しか見えないから内容はさっぱりわからない。適当な場所にしゃがみ込んで、かわいい色をした本を引っ張り出しては表紙とにらめっこを繰り返す。 (かわいいおんなのこせんしがでてくるようなのがよみたいなー) 中を見ればもっとちゃんとわかるのだろうが、汐は卓也と約束したのだ。へんな本はやめた方がいいから、やめますって。 (でも、ヘンなのって、なにがヘンなのかな?) ついついキョロりと後ろを振り返って、卓也がいないことを確認したりしてしまうが、汐はちゃんと我慢できる子なのだ。頭を振っていけない考えを追い出して、てこてこ本棚の間を歩く。普段かがないお香と本の匂いに、なんだか探検ごっこをしているみたいな気分になって、汐はクスクス笑いながら本棚の間を飛び回っては気になる本を腕の中に抱きしめる。 「むー……そろそろもちきれなくなってきましたね」 だが、六歳の子供に持てる本の量など些細なものだ。すぐに腕が重たくなって、しびれてくる。 「しかたがありません、そろそろもどるのです」 よいしょと本をゆすり上げて、汐は元来た道を戻りだす。 ――戻りだそうとしたが、運悪く床に積んであったブックタワーに足が引っかかってしまった。あ、という暇もなく、本が宙を舞う。 ばっさばっさ、ごちん。ずっこけた汐の上に本は次々に落ちてくる。 「……な、なかないもん」 それでもちょっと涙声になってしまったのはしょうがない。ぐすっと鼻をすすりあげて、散らばった本を拾い集めている。 と、すっと一冊の本が汐の目の前に差し出された。思わず顔を上げる。 「……おねえさん、だれ?」 そこにいたのは見知らぬ女性だった。くたびれたジャージに眼鏡をかけて、頭の上ではネコ耳カチューシャをはめている。 「おねえさんも、ごほんをさがしにきたの?」 女性は答えない。かくりと首をかしげて、汐に本を差し出した姿勢のままだ。ゆらゆらと瞳の焦点は揺れていて、話を聞いているのかどうかさえよくわからない雰囲気である。 「……えっと、ひろってくれてどうもありがとうございました」 ちょっと不思議に思いながら、父親に教えられた「人に親切にしてもらったらお礼を言いなさい」を忠実に守って、汐はぺこりと頭を下げる。 「……あれ?」 顔を戻した時には、もう女性はいなくなっていた。 「飛行機能付きロケットブーツ? 買うのです!」 露天商の机の上に、貴金属に姿を変えたキューブが叩きつけられる。 「サーモグラフィー機能付きヘルメット? 買うのです!」 屋台を引く男の手に、貴金属に姿を変えたキューブが(ry 「立体ホログラムで時間から高度まで様々なものを計ってくれる腕輪? 買うのです!」 怪しいシルバーアクセ屋に、貴金属(ry 「七色の怪光線が出るコンタクトレンズ? 買うのです!」 怪しい眼鏡屋のレジトレイに(ry 「スクール水着肩型飛行服? 今なら胸のところに名前を入れるサービス付きで? 買うのです!」 ハアハアと鼻息の荒い男は代金を渡そうとするゼロの手をぎゅっと掴んで離さなかったため、健に制裁された。 「綿菓子ミサイルを全自動で作って発射するロケットランチャー? 買うのです!」 貴金属に姿を変えたキューブが(ry 「飴細工の肩パッド? 買うのです!」 キューブが(ry 「何の意味もないけどバサッと開くかっこいいメカ翼? もちろん、」 ダン、とキューブだった貴金属が叩きつけられる。 「買ってやるのですよ!」 ……というようなことがあったのが、ウサミミたちと別れてすぐのこと。 健とゼロは通りを離れて、小さな公園のブランコをキイキイ言わせていた。 「いやあ、買ったです買ったです。宵越しの銭は持たねえ秋葉っ子の心意気を体現してやったのです」 ゼロは顔中に充足感を張り付けて、ほうと弾んだ吐息を漏らす。 「でも、これ全部トランクに入りきらねえよなあ……」 「……そうだったのです」 二人同じ動きでがっくりと肩を落とす。健はイヌ耳と尻尾もしおれた。 気に入るものを気に入るままに買い求めた結果、実用的にもネタ的にも求める以上のクオリティの品を入手できたはいいもの、そのせいでトランクの容量はとっくにオーバーしてしまっている。ロボッ娘のパーツの多さは困りものだ。 このままではせっかく手に入れたアイテムがそのまま道具屋に売られることに……どうしたものかと二人深く思案にふけっていると、ふいにゼロが大声を上げる。 「健さん、あの人を見て欲しいのです!」 「誰……ぶほぇっ!?」 健が噴いたのも無理はない。 そこにいたのはどどこからどう見ても中年のオッサン、がスク水風の飛行服を身に着けて天井付近をかっ飛んでいるという、空前絶後の魔空間だった。手に持った紙袋からフランスパンが覗いていたので、夕食のお買い物にでもでかけていたのだろう。 「視覚の暴力ってレベルじゃねーぞ! 何、ゼロは俺にアレを見せてどうしたいの!? 」 「なんと、健さんほどの男が気づかないとは……あのロボっ娘の先輩はゼロたちに道を示してくれたのです! 『入らぬなら、着てしまえ、ロボっ娘パーツ』!」 「なるほど、そういうのがあるのか!?」 ゼロの圧倒的ひらめきに健もスタンディングオベーション。小さくなっていくロボっ娘のオッサンに敬礼して、手近なコスプレ衣装屋へ突撃することにした。 「どうです健さん! スク水スーツ七色怪光線コンタクト、サーモグラフ機能付きヘルメットにハイテク腕時計にロケットブーツ、とどめに飴細工装甲と綿菓子ロケットと無意味な翼のフル装備ゼロですよ!」 「ロボっ娘っていうかロボそのものみたいになってんぞ!!」 「なんと! くう、ロボっ娘の道はかくも険しいものなのですか……!」 ゼロががっくりと膝をつく。その勢いでロケットランチャーやら翼やらがガッチャガッチャと触れ合って派手な音を立てた。その肩にぽん、と優しい手。健の自愛の笑みが優しくゼロを包み込む。 「あきらめたらそこでロボっ娘終了なんだぜ?」 「け、健さん……」 「見た目がなんだっていうんだ。人間大事なのは中身、中身が肝心なんだ。ゼロ、ロボっ娘にとって一番大事な機能は何だ?」 「それは……そうです、空を飛ぶことです! ゼロはロボっ娘になって空が飛びたいのです!」 「ならやることは一つだな! さあ行こう、あのオッサンのように! その者白銀の鎧をまといて金色のアキバに降り立つべし!!」 「はいなのです、やってやるですよ! 愛と勇気を燃料に変えて、ゼロ一号発進! なのです!」 片手を腰に、もう片方のこぶしを天に突き上げ、ゼロが吠える。 ごう、とブースターが起動する。次いでごうという何かが燃えてエネルギーに代わる音。だがゼロはその場から全く動いておらず、健はあれっと首をかしげた。 「や、やったです健さん!? 」 「え? どこが?」 「このホログラム計測器を見て欲しいのです! なんと、ゼロは六ミリメートルも空を飛んでいるのです!」 「……おお?」 はいつくばってよく見ると、確かにゼロのブーツは地面からほーんのちょっぴり浮き上がっていた。 「やったーです! ついにゼロもロボっ娘デビューなのですよ!」 万歳三唱するゼロは本当にうれしそうで、健にそれ以上突っ込むことはできなかった。 「……おめでとう、ゼロ! これでゼロも立派なロボっ娘だな! だから精一杯の引きつり笑顔で、ゼロの新たなスタートを祝うのだ。 「……あの、お客さん。出て行ってもらっていいですか?」 もっともコスプレショップの店員には、そんなこと全然関係ない話だった。 ちなみに飴細工肩パッドはその後、すれ違う人の熱にデロデロ溶けてきたので、二人で泣く泣くバリバリした。 ■竜+嫁 店というより工房だなと一人ごちて、卓也はごくりと生唾を飲みこんだ。壁際の日の当たらない位置には、怪獣映画に出てきそうなウレタンの二足歩行竜の全身着ぐるみ。その隣には手、足、頭部といったパーツが絶妙な位置で並べられている。床には何に使うのだろう、木彫りの伏竜。洋服箪笥にはきらりと光るライダースーツが数点。神棚にはこちらも精巧なフィギュアがほこり一つなく飾られていて、この老人の竜にかける本気の入れ込み具合がひしひしと感じられた。 その部屋の中心で。一人の老人が小さな金属を鍛えている。 「爺さん、例のお客を連れてきたぜ。彼が――」 「……皆まで言うな」 谷底を震わせる重低温の声。只者ではないと、卓也の直感が告げる。長い間火を見続けていたせいだろう、片方だけになった目が汐、健、ゼロと横滑りに移動して―― 「貴様だな」 ひたり、過たず卓也の上で静止した。 「はい」 ともすると震えそうになる声を抑え込んで、卓也は一歩、一歩と老人に近づく。老人と言ってもその身体は貧相さとは縁もかけらもなく盛り上がっていて、タンクトップの上半身を汗の玉がぬらして光っていた。 「……あなたの愛は十分に感じています。もう見ただけで娘さんに魂を込めていることもわかります。そして僕は、それを売って欲しい」 老人は何も言わない。片方だけの目が無言で続きを促していた。 「だから、僕はあえて、まずは儀礼としてこの言葉を選びます」 老人の眼前で卓也は足を止め、 「お義父さん! 娘さんを僕のお嫁に下さいッ!!」 見事な土下座を決めて見せた。 「…………」 「…………」 誰も何も言わない。老人の無言の圧力の前に、言葉を発することをためらっているのだ。 「……調子に乗るなよ餓鬼ィ~?」 老人の巨大な掌が、卓也の頭をわしづかみにする。飛び出しかけた健をウサミミが視線で制する。 「手前の軽い頭一つでくれてやるほど、儂ん娘は安い女じゃねぇぞぉ~?」 「それこそ覚悟の上です」 「ケッ……いい度胸だぁ。立ちな。手前の覚悟ってもんを見せてもらおうかぁ~」 そのままぶん投げられ、たたらを踏む卓也の前で、老人はぴったりとしたツナギ――ライダースーツと言った方が適格かもしれない――のファスナーを喉元まで上げていく。青黒い光沢の一つ一つが鍛えられた平たい金属片であることに気づいて、卓也の胸がぞくりと波立つ。 「武器ぃ構えな……儂の拳は手前の貧相な体なんざ、木端にしちまうぞ………」 「いいえ」 「……何?」 「武器は使いません。あ、誤解しないでください。あなたを舐めているわけではありません。むしろ敬意を表しているんです。拳での語り合いに、武器はいらないでしょう?」 「……フン、やっぱり舐めた口叩きやがる………」 老人が右手を前に軽く拳を握る。 「……え、」 その手に、ぞわぞわと鱗が這いまわっていた。袖口から触手のように老人の手を多い尽くし、手の甲に硬質の鱗がさざ波立つ。鍛冶に固く焼けた皮膚は白いそれへと色味を変え、最後に爪先がぐんと湾曲して伸びていく。 「前言撤回するなら今のうちだぞ、小僧ォ」 老人の拳は固く、爪は鋭い。殴られたら、いや爪がひとかすりしただけで相当に痛むことはわかった。 だが。 「……武器には、萌えの想いと魂は乗せられねぇんですよおおおお!!!」 先手を取ったのは卓也だった。素早く懐に潜り込み、顎めがけて拳を放つも、予想していたらしい爺さんの竜と化した掌はそれをやすやすと受け止める。湾曲した爪が皮膚を切り裂き、破壊しようと力が込められても、卓也は不敵に笑って見せた。強がりではなく。愛ゆえに。 「小僧ォ。お前はなぜ竜を欲する。暴力をふるうためか。強大な力を得るためか」 「とんでもないっ! 僕はねおじいさんっ! 僕は、竜が、大好きなんです! あの凛々しいお顔! すらっとして長い首! 威厳を誇る体躯と翼! それを支える脚と切り裂くどころか切り壊さんとせんばかりの鋭くも美しい爪! すらりと長く緩やかに細まり鋭く尖った尻尾! 更にその体躯を覆う硬く鋭くも美しい鱗とそれと反比例するかのようにふくよかな蛇腹! その全てが僕にとって、一つ一つこの心を揺さぶり撃ち抜くほどのっ、ふぅっくしさぁっ!」 老人に蹴り飛ばされたせいで、語尾はあやふやになった。壁に叩きつけられて一瞬呼吸が止まるが、ドラゴンスーツにぶつかってしまわなかったことがむしろ嬉しくて、卓也の笑みはますます深まる。壁に寄り掛かるようにして立ち上がるが、足の震えはもう止められないところまできていた。 「……っ好きだから、惹かれたから! 手に入れたい! それだけだ! だから僕は諦めませんよ! おじいさんが僕らの中を認めてくれるまで! 何度だって! 立ち上がるのをやめはしないっ!!」 「……口の減らねぇ餓鬼だ」 老人の手が卓也に伸びる。あの手で握られたら簡単に頭パーンするな、と思ったが逃げる気にはならなかった。どうせパーンするならドラゴンの手の感触を味わいながらパーンしたい。 「……手前みてえな根性の座った餓鬼は、嫌いじゃねぇ」 ポンと頭に掌が乗せられた。きめ細やかでひんやりした、爬虫類の肌がぐしゃりと髪をかき乱す。 「いいだろう。娘の一人を手前にやるよ」 「えっ……」 「うぉーっ! やったーやりやがったなーオタケンっ!」 「たくやおにいさんすごーい!」 「おめでとうなのですよ!」 健たちが一斉に飛びつく。卓也の気迫に、黙って成り行きを見守っていた三人だが、本当は彼のことが心配でたまらなかったのだ。 「で、それで、どちらの娘さんを? ……も、もしかしてちらのフルスーツ!?」 「馬鹿野郎お前舐めてんのかこの野郎。手前みてえなチビ砂利にゃ、せいぜいこの娘で手いっぱいに決まってんだろ」 ばしっと投げつけられたものをあわてて掴む。それは手袋だった。黒に近い緑色の金属片が表を這い、手のひら側は蛇腹の白い皮が張られている。指の先端には小さなかぎづめが縫いこまれていて、それは確かに竜の掌を模していたが。 「な、なんで片手って! せ、せめて反対側も下さいよっ!」 「馬っ鹿野郎砂利餓鬼手前、手前みてぇな餓鬼が二股なんざぁ百億年早ぇんだよこのボケ餓鬼。……まずはそいつを完璧に使いこなせ。使いこなしたら、またここへこい。そん時ぁもう片方でもなんでもくれてやらあ」 「……言いましたね!」 絶対、すぐにここへきてやりますからね! 卓也が力強く言い切ると、老人は期待しねぇで待っててやるよとそっぽを向いた。
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