クリエイター錦木(wznf9181)
管理番号1144-12382 オファー日2011-09-21(水) 17:17

オファーPC 東野 楽園(cwbw1545)コンダクター 女 14歳 夢守(神託の都メイムの夢守)

<ノベル>

 突き抜けるようなモフトピアの空を背景に、爆炎と黒煙が躍っていた。熱風によろめきながら、青く繁る緑樹の戦場をひた走る。
 ――待って――
 喉を嗄らして叫ぶ。目いっぱい、その背中に手を伸ばした。
 ――お願い、あの人を連れて行かないで――
 聞こえていないのか、あるいは、いや、聞こえていないのだ。聞こえていないから、その歩みが滞ることはない。楽園との間に横たわる距離は、蝶の羽ばたく一瞬の間にさえ、遠く遠くと隔たっていく。やがて木々の向こうから金属のお化けが現れて、あの人をすっかり呑みこんでしまった。空の向こうに飛び去っていくそれを追いかけて、楽園は一歩、二歩と前へと踏み出す。
 空がさっきよりも近いことに気づいてふと、足元を見た。白雲たなびき、山裾広がる地上の光景がそこには広がっている。空を歩いていたと、気付いた途端に楽園の身体は重力を思い出す。途端、襲いかかる浮遊感。金属のお化けがどんどん小さくなって、あの人との距離も一足飛びに乖離し、それがさびしくてさびしくて、胸に詰まって焼け付きそうで、楽園の口からは言葉にならない絶叫が迸り、

 ……自分の声で、目が覚めた。

 病人着に包まれた腕が、天井に向かって突きだされている。指先は何かを求めるように緩く折り曲げられていたが、何の感触があるわけでもない。強張ったそこを小さく、動かしても、自分の指が動いたという以外の感慨はない。
 いつの間にか詰めていた息を吐く。入れ替わりに、消毒液をはらんだ空気が鼻孔を満たしていく。点滴チューブが割る視界の向こう側、ベッドサイドの時計を見れば、前に見た時とそう変わっていない。
 力を抜いた腕がベッドに落ちる音は、間が抜けていた。白々と光を落とす蛍光灯が、微かになく。
「また、同じ夢」
 零れた言葉は毛布の上を転がって、床の上で砕けて壊れた。碌に水分を取っていない喉はかさかさに干からびて、声も同様に醜い。
 モフトピアの会戦から幾日もの時間が過ぎた医務室は、ひんやりとした静謐に満ちていた。楽園の荒い呼吸と、滴々と腕に流れ込む栄養剤のしけったリズムだけが、それを壊し続けている。
 怪我をした訳ではない。夢の中の楽園は大樹から落ちても、現実の楽園はその場にへたり込んでただ呆然と、ナレンシフが見えなくなるまでその背中を見送っただけだ。そこまで記憶をたどって、ずくんと胸が痛む。
「信じて、いたのに」
 言葉は声にならず頭で思っただけだったけれど、途端に嵐のような衝動に襲われて、楽園はぎゅっと眉根を寄せる。点滴を差し込まれていない方の腕で、目を覆った。そうでもしないと、乾ききった瞳に押し寄せる漣が今にも頬を濡らしてしまいそうになる。
 泣くことと、受け入れることは同義だ。涙と一緒に何か大事なものも洗い落とされてしまいそうで、楽園はそれが恐ろしい。
 そのままじっと身を固くして、嵐が凪ぐのを待つ。と、扉の開く音がした。足音はこちらに近づいて、楽園と周囲を切り分けるカーテンがレールを横滑りする。
「目が覚めたんだね」
「……」
「気分はどうだい。寒くはないか。毛布は一枚で足りているかな」
「……」
「……食事を持ってきたんだが、食べられそうかい?」
 楽園は小さく首を振った。食事をする気分ではないし、どうせ食べたところで昨日みたく全部、吐き出すに決まっている。口を経由しなくとも、滴々、化学合成された養分は今も血管から全身に染み込んで楽園を生かしているのだから、それでいい。
「少しでも胃に何か入れた方が良い。桃のシロップ漬けだけでも食べてみないか。私も味見したが、大変瑞々しくて美味しかった」
「うるさい。放っておいて」
 声は掠れていたが思っていたより力強い響きだった。投げ出された手に、医者が触れる。乾いて暖かい手が、点滴の差し込まれた方の手を撫でる。
「……君がショックを受けているのは、わかるつもりだ。ただ、私は医者だから、君を治療する義務がある……」
「……わかる?」
 医者の言葉に、ふつ、と凶暴な感情が沸き立つ。
 冷静に考えれば、医者は楽園を励まそうとその言葉をかけたのだと思えたが、今の楽園に正常な判断などできる訳もない。あるのは、自分の心の柔らかい部分に勝手に入り込まれた不快感と、自分勝手な孤独感だった。溶岩のような感情は途端に膨らんで爆発する。勢いよく身を起こした。シーツを握りしめる手が白くなる。
「……わかるって何よ!? 何、勝手に私のことをわかった気になってるの? はっ! ふざけないで! 貴方何様!? 貴方なんかに何されたって私が癒されることなんてないのよ!? その程度のことも見抜けないなら貴方、とんだ藪だわ! いいわよ、治せるものなら治してみなさいよ! 私は優しいから教えてあげるわ。あの人を連れてきなさい! 今すぐ! ここに! 簡単でしょう? お医者様なんでしょう? 治すんでしょう? 治してよ? 治せ! ……ええ、そうでしょう。そうでしょうね。できないんでしょう。できないんだ。あははははは! お笑い種だわ! くだらない! 最低! 落ち着けですって? あなたに言われたくないわ! 誰の所為よ! 貴方よ! 貴方がくだらないことを言うから私はこんなになっちゃったのよ! 医者の癖に! 無能女! 阿婆擦れ! 破廉恥! ……私に触らないで! 何よ、落ち着いちゃって! ええそうでしょうねそうでしょうとも、こんないかれた××××の小娘なんて、貴方は何人も相手にしてきたんでしょう!? でもあの人は一人きりなのよ? 貴方にはそれがわからないの? 馬鹿なの? ……やめて、やめてよ! やめなさい! やめろ! 畜生、何で、何で私ばっかりこんな目にあわなきゃいけないの!? なんでみんな私を傷つけるの!? 私が何をしたって言うの? どうせなら貴方が代わりに連れていかれれば良かったのに! なんで貴方はここにいるのよ!? なんであの人はここにいないの!? 嫌い、嫌い、貴方なんか大っ嫌い! ねえ返して、あの人を返して! それができないならどこかに行って! 今すぐ私の目の前から消えて!! 一人にして! 貴方なんかと会いたくない! あの人に会いたい! 出てって! 出てってよ!! 出てけ!!!」
 両手を振り回し、医者を突き飛ばす。弾き飛ばされた膳が床に落ち、ぶちまけられた粥と桃がぐちゃりと広がる。医者は一瞬目を見開いて、だが次の瞬間には「また来る」と静かな声で言うから、楽園はまたかっときてフォークを拾い上げたが、投げつける前に医者はさっとカーテンを引いてしまい、行き場のないそれを思い切りベッドに突き刺す。
 ふーふーと獣のような浅い呼吸を繰り返し、膝に顔を埋める。全力疾走した後のように心臓がうるさい。叫びすぎたのどの痛みは鮮烈なのに、頭は酸欠と疲労でずしりと重たい。
「……ああああっ!」
 握りしめたままのフォークを振り上げる。終着点はシーツではなく、己の手首だ。骨との骨の隙間に、刺すというよりぶつける。刃物ではないのでひと息に切り裂くことはない。皮膚の薄い部分が浅くへこんで、へこんでいるところにまた振り下ろす。ぶつぶつぶつと、赤い内出血の跡がいくつもいくつも浮かぶ。ベッドの上に手首を押し付けて、フォークを振り下ろし続ける。
「あああっ、あああああ!!」
 ぶつ、と音を立ててフォークが皮膚を抉った。そのまま肘の方へ力任せに引き下ろす。三本の溝状にえぐられた肉から、一拍遅れて血の珠が浮かび、川になり、支流を作ってシーツに染みる。同じ場所に、何度も何度もフォークを突き刺す。抉る。削る。掻きだされた肉片が傷跡に沿って土手を作っていた。神経にかすったせいだろうか、手首が跳ね、点滴が派手な音を立てて倒れる。飛び込んできた医者が蒼白な顔で楽園を取り押さえにかかる、その腕にもフォークを突き刺した。突き刺した。突き刺した。医者が悲鳴を上げ、さらにバタバタといくつもの足音が雪崩れ込んで、騒然と楽園の手足を押さえこみにかかる。
「離せ、はぁぁぁなせぇぇええええっっ!!」
 身をよじって拘束から抜け出そうとするが、大人の力に押さえつけられては楽園にはどうすることもできない。腕にちくりとした痛みを感じて、すぐに意識が遠のいた。

 うとうとと微睡みの中で見える景色があった。
 夢だと分かるほどの、浅い夢。
 空気になった楽園が見下ろしているのは、楽園だった。織目細やかな肩掛けを羽織って、お茶の支度をしていた。壁紙はふわりと優しい色調の花柄。飾り棚には硝子のメリーゴーランド。星の散るスノードーム。リノリウムの床。鉄格子のはまった窓。さらりと肌触りの良い病人着。緊急コールのボタン。
 ああ、そうだ。
 これは楽園が幼い頃に暮らしていた、病室だ。
 部屋には豊かな香気が満ちている。毒々しいほど真っ赤なハーブティーが高い位置から零されて、二つのカップに注がれる。仕上げにエッセンスを一滴、二滴。出来上がった紅茶の一つを幼い楽園が差し出して、受け取った男の子が笑顔で礼を言う。
 ああ、そうだ。
 いつだっただろう、楽園の病室は他の一般患者がいるところからひどく隔たっていて、もちろん優しい父母は毎日のように会いに来てくれたけれど、それでもやっぱり退屈を持て余し気味で、そんなある日、彼はひょっこりと楽園の部屋に迷い込んできたのだ。年が近いこともあって二人はすぐに仲良くなって、それからは毎日のようにこうしてお喋りをしてお茶を楽しんだ。楽しかった。同年代の子供と話したことがあまりなかった楽園は、すぐに彼に夢中になった。彼はとても優しくて、彼の話す外の出来事に楽園が「なあに、それ?」と首をかしげると、それがどんなに些細なことであっても一つ一つ丁寧に教えてくれて、楽園に楽園の知らない沢山の「素敵」をくれた。
 楽園はそんな彼のことが本当に好きだったから、日が暮れて、彼が「そろそろ帰らなきゃ」というたびに胸が張り裂けそうになった。彼ともっと一緒にいたかった楽園は何日も何日も、うんうんうなって考えて、そして名案を閃いた。
 幼い楽園のソーサーには、わざと零したエッセンスが虫ののたくった後を引いている。男の子のソーサーは真っ白で、きれいだ。その手からカップが滑り落ちる。ガチャンガチャン、カップとソーサーが砕けて、どちらがどちらの破片なのか、もう区別はつかない。楽園は、この後男の子が何と言うのか知っている。
『なんだか体がだるいんだ』
 幼い頃の楽園が何と答えるのかも、知っている。
『まあ大変。すぐに先生を呼ぶから、ここで一緒に待ちましょう』
 コールボタンを押すふりをしながら、幼い楽園は反対の手でエッセンスを枕の下に押し込んだ。
 ああ、そうだ。
 幼い頃の楽園は、男の子ともっとずっと一緒にいたくて。

 ぱちりと、目覚めは突然だった。なんで忘れていたのだろう。あんなに大事なこと。とっても幸せだった日々。
「そう、そうよ、あの時みたいにすればいいの」
 気づいてしまえば簡単で、楽園は笑いがこらえられない。迸る高笑いはすぐに枯れ咳に変わったけれど、込み上げてくるこの愉快な気持ちを抑えるなんてとんでもない。
「あんなことになる前に、この手で息の根を止めて仕舞えば良かったのよ! ああ、そんなこともわからないなんて、私もお馬鹿さんになったものね! あの医者に文句は言えないわ」
 夜になると帰ってしまう男の子、それがつらくてさびしくて、楽園は彼に毒を盛った。病室に戻る時間をほんの少し引き延ばして、ほんの少し長いお喋りを楽しんで、でも次に会った時には彼のことがもっと好きになっていて、ほんの少しじゃ足りなくて。そして楽園は長い長い幸せを手に入れた。
「殺してやる、殺してやるわ! そうすればずっと一緒だもの! もうどこにも行かないもの! 私のものになるんだから! 最高だわ、それってとっても最高だわ!!」
 永遠の幸せを手に入れたいと思ったら、殺すしかない。楽園はそれを知っている。大切な人が去ってしまうのか悲しい。愛しい人の側にいられないのは苦痛だ。でも殺してしまえばそんな心配しなくて済むし、それに大事なあの人が最後に見つめるのが自分の姿だなんて、とってもとってもロマンチック。
 楽園は笑った。笑いながら、涙をこぼした。

クリエイターコメント大変お待たせいたしました。

暴走OKのお言葉に調子づいて、目いっぱい書かせていただきました。お届けするのが遅くなった身でこのようなことを言うのは大変おこがましいですが、この物語を私に書かせてくださって、本当にありがとうございます。

この度はご依頼ありがとうございました。
公開日時2011-10-25(火) 23:10

 

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