クリエイター錦木(wznf9181)
管理番号1144-15943 オファー日2012-02-28(火) 07:01

オファーPC ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)コンダクター 女 15歳 家出娘/自警団

<ノベル>

 ついてないな、と俺は思った。時刻は午後三時、昼食と夕食の間のお楽しみ時間である。公園で、近所のスクールの生徒だろうか? 三人の子供が取っ組み合いのけんかをおっぱじめている。スツールから腰を上げた俺に、こちらに背を向けてドーナツを揚げていたベッティが訝しげな顔になる。
「ちょっと仕事してくるよ」
「仕事? ……ってなーんだ、子供の喧嘩じゃない、放っておけばそのうちどっちかが泣いておしまいよ」
「正義の警察官の出番を取らないでくれ。それとドーナツはあとで取りに来るんだから、焦がさないでくれよ」
 呆れたように肩をすくめるベッティを置いて、俺は店を出る。黒髪の少年が同い年くらいの少年に馬乗りになって、前髪を引っ掴んで何か叫んでいた。もう一人が黒髪を引きはがそうとボカスカやるが、黒髪の少年は野生の獣そのものの獰猛さで拳にくらいつく。
「おい! お前さんたち一体なにやってるんだ!」
 俺の声に気づいた三人が一斉に顔を上げ。前髪を掴まれた少年が、ひくっとのどを引きつらせると、黒髪の少年を突き飛ばし、猛ダッシュ。続いて硬直から抜け出したのはボカスカやってたガキで、こちらも見事なフォームで駆けていく。残されたのは突き飛ばされた姿勢のまま動かない黒髪の少年と間抜けな警察官、要するに俺だ。
「……ヘイ、事情聴取だ、ボーイ。喧嘩の原因はなんだ?」
「……だってアイツら、ママの事娼婦上がりって言ったのよ!」
 意外なほど甲高い声で叫んで、黒髪の少年はひぐひぐと泣きだした。

「……ヘルウェンディ? お前さん、女の子だったのか!?」
 あ、やばい。思った時にはもう遅く、少年改め少女ヘルウェンディは――まだ目のふちは赤かったが――悪魔も泣き出しそうな視線で睨みあげてくる。俺、ハンズアップ。興味津々といった風のベッティをしっしと追い払って、受け取った二杯目のコーヒーへコンデスミルクを死ぬほどぶち込んでから向こうへ押しやる。彼女はしばらく俺とカップを見比べて、フンと鼻を鳴らしてごくごく飲み始めた。よし、示談成立。
 ……あの後。泣き出したヘルウェンディをなんとかなだめて、俺はドーナツ屋に戻っていた。普段ならそこまですることはないが、泣きだす子供を前にして「OK,事情は分かった、ではサヨナラ」とクールに去れる奴がいるなら、俺はお目にかかりたいね。
 確かに、ヘルウェンディの母は娼婦だったらしい。だがそれは彼女が生まれる前の話であり、身ごもってからはその世界からはすっぱりと足を洗い、今は朝から晩まで食堂の配給やレジ打ちを掛け持ちし、苦労苦労で彼女を育ててくれているのだそうだ。
「一つ聞きたいんだが、お前さんのママが、あー、夜を徹して働いてたのをどうして知ってる? お前さんが生まれる前のことなんだろう?」
 ヘルウェンディはカップを口に運んだ。のろのろと嚥下し、小さくちいさく、口を開く。
「……聞いたの。最初に、あいつらがママのこと、悪く言った日に。ママは娼婦なの、って。そうしたらママ、そうよ、って。私のこと、ぎゅって」
「……で、またバカにされて、お前さんはあの二人を殴ったって訳か?」
 俺は深々とため息を吐いた。伏せっていたヘルウェンディの顔が跳ねあがる。私は悪くない、とふっといペンででかでかと書き殴った顔だった。その額に俺は手を伸ばし、
「バカはお前さんだ」
 撓めた指でビシッとはじいてやる。
「きゃん!」
「事実なんだろう? ママだって認めてるんだ、否定するとこはどこもないし、ましてや殴るなんてよくないぞ」
「だって!」
「だってじゃねえよ、ヘルウェンディ」
 低い声は普段、犯罪者を恫喝するときに出しているものだ。小さな肩が大げさに跳ねた。
「お前さんにできるのはクラスメイトを殴ることじゃない、『そうよ』って笑って返してやることだ」
「……どうして! あいつらはママのこと!」 
「聞け。……娼婦をやめるってのは、お前さんが思ってるより面倒なんだよ。もし、どっかのヤクザがシノギでやってたりしたらなおさらだ。そこからきっちり足洗って、今は堅気の仕事だろ? 並大抵の努力じゃできないことだ」
「……」
「他の奴らが何て言おうが、俺はお前さんのママをすごいと思う。なあ、ヘルウェンディ。お前さんはそんな立派なママの子なんだ。人を殴るなんてことはしちゃだめだ。……わかったな?」
「……」
 ヘルウェンディは。唇こそ、アヒルじみて尖っていたが。その表情からは、険と呼べるものは一切、抜け落ちていた。俺はその頭をポンポンと、軽く撫でてやる。怯えるように竦められていた首から、力が抜けていくのを見て、安堵した。
「あんまり長く外にいるとママが心配する。送って行ってやる、家はどこだ?」
 告げられた住所はここからそう離れていない。うつむきっぱなしのヘルウェンディを連れて店を出る。パトカーが発射するのと同時、ベッティが店から出てきたのがミラー越しに見えた。
 パトカーを飛ばして数分。まあそうなんだろうなと思っていた通り、母子の住まいはダウンタウンにほど近いぼろっちいアパートメントだった。痛んでいない箇所を探す方が難しいほど傷で覆われた扉は、しかし、さっぱりと拭われて清潔だ。木製のハンドメイドネームプレートは、ドングリやキャンディの包み紙で明るく飾り付けられていた。並んだ名前はクラリッサ、ヘルウェンディ。
「おかえりなさい、ヘルウェンディ」
「ママ!? 帰ってたの!?」
 ヘルウェンディの声が、俺といた時は一度もそうならなかった音階ではずむ。
 ――ママは。……クラリッサは、優しそうな女だった。肩も腰もほっそりと頼りなさげで、娼婦というより箱入り娘じみた体つきをしている。だが凛々しい眉といたずらっ子のようにきらめく瞳からは、意志の強い部分が露出していた。年は俺とそう変わらなさそうだが、掛け持ちしている仕事のためか、疲労が影のように貼りついているせいで幾らも年上に見える。だがそれは彼女の美しさを翳らせるものではなかった。
「帰りが遅いから心配してたのよ……あら、お巡りさん。あの、娘が何か?」
 クラリッサの言葉にハッとする。危ない、呼吸が一瞬どころじゃなく止まっていた。
「失敬。俺、いや自分はデイビット・ブルックリンと言います。公園でお嬢さんを見かけて、最近物騒なので、お見送りを」
「そうでしたの。わざわざありがとうございます。ちょうどパイが焼きあがったところなんです。よろしかったら召し上がっていきませんか?」
「ママ!」
「あら何よ、大事な一人娘がお世話になったんだもの、これくらいのお礼はしないと」
「いえ……自分はまだ仕事がありますので」
 強烈な誘惑だった。だが自分の中の良き警察官であろうとする部分が、職務中の怠慢を叱咤する。ドーナツ屋の店先で一服するのとはわけが違う。
「ならせめてこれを」
 パタパタ部屋の中へ戻っていったクラリッサが差し出したのは、布巾をかけられた皿だった。香ばしく焼けたバターと、とろりと煮詰まったリンゴの匂いが肺を満たし、たまらず喉が鳴った。皿を受け取る瞬間、クラリッサの指先と俺の指先が微かに触れ合う。重労働に痛めつけられた固い指先は、だがとてもあたたかかった。
「これっぽっちで申し訳ありません」
「いえ、とてもおいしそうだ。どうもありがとうございます」
 俺は本心からの感謝を伝え、部屋を辞した。ヘルウェンディはクラリッサの影から俺たちをじっと見つめて、でも何を言うこともなかった。頭を撫でようと伸ばした手は直前でさっと避けられた。ベッティにドーナツを預けたままだったことを今更のように思い出した。

 最初は、アップルパイの皿を返すため。
 二回目は、最初に渡し忘れた布巾を汚してしまったと言って、新しい物をプレゼントした。
 三回目になればあとはもう、顔見知りの友人として付き合いが始まる。貧しい女の、しかもそのうち一人は子供の暮らしだ。男手が必要になる場面は多々あった。
 そういうことが積み重なって、俺とクラリッサの仲は少しずつ近づいていく。じれったいほどのスローペース歩みだったのは、強烈な恋愛感情に舞い上がった俺が臆病になったせいだろう。普通の女ならこのドン亀と頬を張られてベッドに引き込まれそうな歩みも、過去に色々あっただろうクラリッサにはちょうど良かったのか、出会って一年後にしたプロポーズでは見事、柔らかい微笑みを頂戴した。
 しかし、ヘルウェンディとの仲は相変わらずだった。いや、一番の最初に会った時より、悪くなったかもしれない。話しかければ、返ってくるのは軽口ではなく皮肉。それでもクラリッサには相変わらずべったりだったが、俺がプロポーズをしてからはその話を聞いたのか女の勘ってやつなのか、クラリッサにもよそよそしい態度をとるようになったらしい。
 夜になってもヘルウェンディが帰ってこなかったのは、そろそろ正式に籍を入れて三人で暮らさなければなどと俺が考えていた、ちょうどその頃だった。 
 クラリッサは半狂乱だった。肩をゆすぶって落ち着かせて、何があったんだと辛抱強く問いかける。
「……今朝……どうやらあの子、私があなたと仲良くなるのが嫌みたいで……もうあなたを連れてこないでって言うから、私、思わず……私、あの子にひどいことをしてしまったわ。どうしましょうデイビッド、あの子に何かあったら……!」
「大丈夫。大丈夫だ。必ず見付けてみせる」
 力強く言い切って、俺はアパートメントを飛び出す。行先に心当たりなんてないが、やるしかない。普段、凶悪犯罪者の逃亡ルートを割り出す時に使う頭の部分が、熱くて痛かった。なんだかんだで母親想いの子だ、自分がいなくなったらクラリッサが悲しむと分かっているからそう遠くへは行かないに違いない。ならば徒歩圏内で、金がないからホテルやモーテルに止まるのは無理。となると。
「……」
 俺は、浮かび上がった可能性を脳内で処理して、パトカーのサイレンを消したまま、夜の街へとかっ飛ばした。

 ヘルウェンディは。あの日。最初に出会ったあの公園の、植え込みの石垣に腰かけて。抱えた膝に顔を埋めて、そういう彫像のようにじっとしていた。その背中がひどくちっぽけに見えて、俺は。……今まで何十人もの凶悪犯罪者を豚箱送りにしてきた、警察官である俺は……何て声をかけたらいいのか、迷って。結局、口をついて出てきたのは、他愛もない言葉だった。
「戻るぞ」
「……」
「ママが心配してる」
「ママはあんたのママじゃない!!」
 絶叫は涙声が混じっていたせいで、後半からぐしゃぐしゃとつぶれていた。
「嫌いきらい、私からママを奪うあんたなんて大っ嫌い。もう来ないで、もうほっといてよ」
「ヘルウェンディ……」
「勝手に呼ばないで。それは私の名前なの。ママがつけてくれた、私の、名前なの」
 無言の壁が、俺と彼女とを隔てている。どうして彼女が俺やクラリッサにつんけんし始めたのか、やっとわかった。だが、俺は言わなければならない。言わなければ、本当の家族には、なれないのだ。
「寂しかったんだな」
「……!」
「……なあ、俺はお前さんのママが好きだ」
「……」
「クラリッサさんが好きだ」
「……」
「そしてお前さんの事も好きなんだよ、ヘルウェンディ」
「……!」
 ひゅ、と息をのむ音が、聞こえた。
「俺とクラリッサさんだけじゃダメなんだ。ヘルウェンディもいっしょに、家族になりたいんだ」
「……私、わたし、邪魔じゃない……?」
「そんなことを気にしてたのか? 全く……お前さんって奴は……。言っとくがな、お前さんのいない家なんて、揚がってないドーナツよりつまらないんだからな?」
「……どういうこと?」
「俺たち皆が幸せになるには、お前さんが不可欠って意味だよ」
「……ふふっ」
 やっと小さく笑った彼女は、涙の跡の残る眼元をこしこしと擦る。俺はいつかしたようにポンポンと頭を撫でた。
「改めて……これからよろしく頼むぜ、ヘル」
「ヘル、って……ちょっと、人の名前、勝手に略さないでよ!」
「なんで? いいじゃないかヘル。呼びやすい上にキュートだ」
「どうせならウェンディとかのがいい」
「長いから嫌だ」
「やっぱり言いやすいから縮めたんじゃない!」
 ママがつけてくれた私の名前返せ! とヘルにポカポカ胸を叩かれながら、俺は。
 幸せのリズムはこういう音階なんだろうと思った。

クリエイターコメント大変お待たせいたしました。

アメリカの警官といったらドーナツだよね、という発想で、ドーナツ屋さんからのスタートでしたが、書いてみたら結局ドーナツ、食べてませんでした。
非常にあれれ? です。
もしかしたらヘルママさんの「私のパイをお召し上がりになって!」という意志がWRへ作用したのかもしれません。
描写密度と触れ合いに重点を置いた執筆のため、いくつかの場面をさらりと触れるだけで終わってしまったのが悔恨の極みです。
ブルックリンは、養父さんの苗字でよかったのか最後まで悩みつつ。

ご依頼ありがとうございました。
公開日時2012-04-19(木) 21:20

 

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