オープニング

【1】

「やられたらやりかえす精神って、大事だよね」
 テーブルに集まった四人――ハーデ・ビラール、リーリス・キャロン、ファルファレロ・ロッソ、ゼノ・ソブレロ――の顔を見回して、チェガル フランチェスカは語る。
「向こうさん、図書館はうざいからもう基本放置な方針らしいけど。一方的にロストレイル襲撃しておいてそりゃないんじゃないかなー? って思うのよ。後個人的にはカップラーメンをぎったんぎったんにして本当にラーメンにしてやりたいっていう。舎弟でも可。話逸れちゃったけどまあ、つまりはさ、」

「ナレンシフ強奪しにいかない?」

 ある者は報復として。
 ある者は目的へ近づく手段として。
 ある者は、ナレンシフへの純粋な興味。
 または暴れられれば誰でもいい者まで。
 理由はそれぞれが異なっているが、目的はただ一つ。
 ナレンシフの強奪である。
「じゃ、ナレンシフを呼ぶためにまずはハンスかシャドウのウッドパッドを拝借する。ここまでは良いよね?」
 チェガルが四人の顔を見比べ、全員がそれぞれに頷く。
「……って言っても、まずウッドパッドがどこに保管されてるかってところから始めなきゃだけどー」
「情報収集が必要ッスね。ウッドパットのことなら世界司書の誰かに聞くのが一番ッスけど……ナレンシフ呼んだりしたのがバレた時、真っ先に疑われちまうッスよね?」
「コソ泥みてぇな真似は趣味じゃねえが、掠め取るか?」
 ゼノが不安そうに首をかしげ、ファルファレロは水でも飲むようにジンを干していく。
「何も言わずにウッドパッドの在処とか、罠とかがあったらそれについても教えてくれて、なおかつ告げ口もしないで黙ってくてれるってのが理想ッスけど……」
「脅すか、適当にふんじばってどっか詰めときゃ良いんじゃねえ?」
「世界司書だぞ? いなければすぐに捜索がはじまるはずだ、余計に早く計画が露見する」
 剣呑極まる提案をぺろりと吐きだすファルファレロに、ハーデがはあっとため息を吐く。
「リーリスはどうだ? 何かアイディアは?」
「ううん、アイディアは特にないんだけど、ウッドパッドの在処をしってそうで、私たちのことを告げ口しそうにない、優しいやさしい司書さんなら今、見つけたわ」
 にっこり微笑み、リーリスは白魚のような手で一か所を指し示す。
「うっそ、マジで!?」
「……あの時のか」
「あー、なんだ、誰だっけ?」
「知らない人ッス!」
 四者四様の反応には全く気付くことなく、コンダクターの青年の手に運ばれて、古びたラジカセはターミナル前広場を横切っていた。



【2】

 チェガルらロストナンバーが、トラベラーズカフェに集まるずっと前。
 世界図書館の一室で、こんな会話があった。
「ウッドパッド、ですか?」
『ああ。今、うちにゃあ二枚あるんだろ? なあリベルちゃん、それってどうなってんの?』
「……随分唐突ですね、E・J。何か知りたい理由でもあるのですか?」
『あのねぇ、これでも僕様、世界司書なのよ。そりゃハンスやらシャドウやらの件は僕様の担当じゃあねぇがよ、だからって同じ職場で働く仲間の職務を合切無視ってなぁ、こりゃ健全な社会人としてありえねぇ態度だろぉ?』
「貴方以外の誰かが言ったなら説得力もあったのでしょうね。……ウッドパッドが今、どうされているかでしたっけ?」
『ああ。何、研究とか?』
「それは既に終わっております」
『どっちも?』
「どちらも。現在は厳重な警戒体制の元、保管しております。本来ならあなたもそれに組み込まれる予定だったのですけどね」
『へぇ初耳。何やらされるはずだったんだい?』
「見張りです。最終安全装置と言い換えてもいいかもしれません。ある意味貴方は適任でしたが、性格的に向いてないということで登用は却下されました」
『手厳しいねぇぇぇ。で、結局どこで保管してんの?』
「世界図書館の一室、とだけ言っておきましょう」
『ケチぃ』
「どうせ貴方のことです。長手道コンダクターあたりに吹き込んで、怯えて逃げ惑うところを見物でもするかもしれません」
『いくら僕だってもがちゃんに怪我させたりはしないよぉぉぉぉ』
「あり得ない話ではないから、言っているんです」
 E・Jは声を出さずに小さく笑った。にたりという言葉が似合う笑みだった。
『ところで、まさか見張るだけってこたぁないよなぁ? 敵さんがお持込になった得体のしれねぇアイテムなんだ、放出される宇宙怪電波を防ぐスーパーシールドが張ってあったりするんだろ?』
「映画の見すぎですよ。ウッドパッド自体はそれほど警戒するものではありませんでした。もっとも私たちの技術では感知できないという可能性もありますが」
『だからってむき出しのまま倉庫にポーン、って訳でもねぇんだろう? だって"厳重な警戒体制"組んでんだもんなぁぁぁ?』
「……。迷路です。ちょっとした技術を提供してもらい、迷路を構築してもらいました」
『一部屋分の? せっま! 超せっま!』
「パッと見た感じはそうでしょうね。でも実際入ってみると、そんなことありませんよ。さて、聞きたいことはそれだけですか? 私は次の仕事があるので、失礼します」
 え、なにそれとわめくラジカセを残し、リベルはさっさと部屋を出る。扉が閉める瞬間リベルが見たのは、机の上に一人ぽつんと置かれたラジカセの姿だった。



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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
チェガル フランチェスカ(cbnu9790)
ハーデ・ビラール(cfpn7524)
リーリス・キャロン(chse2070)
ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)
ゼノ・ソブレロ(cuvf2208)

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品目企画シナリオ 管理番号1852
クリエイター錦木(wznf9181)
クリエイターコメントこの度当企画を担当させていただきます、錦木と申します。
見知った方もそうでない方もどうかよろしくお願いいたします。

OPの捕捉です。
【2】は、チェガルさんたちがナレンシフの強奪計画を相談する以前に交わされた、リベルとE・Jの会話です。不良司書のE・Jに尋ねれば、この会話は、すっかり、そのまま、皆さんのお耳に入ることでしょう。
なので今後、作戦の相談をされる場合、【2】での描写(情報)のすべては、既知のものとして共有してくださって構いません。

ウッドパッドの保管場所については、リベルさんが語った通りです。
色々と前科のあるE・Jが聞いたせいか情報の細部はぼやけていますが、リベルの言葉に嘘はありません。
E・Jは、リベルが自分へ情報を伝えることに対し消極的なことについて、自覚があります。

・情報の解釈は適当か
・考え得る状況について適切な対処ができているか

以上二点について判定を行い、十分だと判断できたら、ウッドパッドの拝借ができたと判定します。
拝借可能と判定が出た場合は、世界樹旅団へ向けてのメッセージを送らせていただきます。なので、

・ウッドパッドへ送るメッセージの内容と、どの異世界から送るのか

を、形式はお任せしますので、どなたかのプレイングに記入願います(分担する場合はわかりやすくしてください)

長手道もがも(cypc7447)とDJ E・J(cbun3980)のキャラクターシートの情報が、考え方のヒントになるかもしれません。

それでは、皆様のプレイングをお待ちしております。

参加者
リーリス・キャロン(chse2070)ツーリスト その他 11歳 人喰い(吸精鬼)*/魔術師の卵
ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)コンダクター 男 27歳 マフィア
チェガル フランチェスカ(cbnu9790)ツーリスト 女 18歳 獣竜人の冒険者
ゼノ・ソブレロ(cuvf2208)ツーリスト 男 18歳 (マッド)メカニック
ハーデ・ビラール(cfpn7524)ツーリスト 女 19歳 強攻偵察兵

ノベル

 その迷路は、おそらく薔薇でできていた。チェガルとリーリスとゼノ、三人で肩車しても届かない、高いたかい生垣。濃い緑の堅い蔓に、花は一輪も咲いていない。
「カエレー、カエレー」
「うっさい!」
 それでも、わらり湧いて出る獣とトランプをごた混ぜにしたエネミーを、リーリスやゼノと共に殴り倒す度、きっとこの植物は薔薇なのだろうと確信めいた思いがチェガルに落ちてくる。正体不明の敵たちへ棒を叩きつけると、風船ガムの割れるような音と共に、あっけなくはじけ飛んだ。黒と白に塗り分けられた床に、萎んだ風船のような、敵だったものがぺしょりと落ち、そして――それはチェガルの見ている前でムクムク――空気を入れ直されているように、時間を巻き戻しているように、元の大きさに戻ろうとしていた。踏みつける。風船が割れる。靴の裏を押し上げられる。きりがない。きりがなかった。先を急ぐべく、チェガルが棒を携え一歩、次の分かれ道へ向けて踏み出す。
「チェガル君、ストップッス。そこから先、今リーリス君のいるあたりに、いくつか落とし穴があるッス」
 パワードアーマーを操るゼノに制止され、チェガルと、リーリスも動きを止めた。自身の影の浮かぶ床を見下ろして、リーリスが首を捻る。
「何にも感じないわ?」
「精巧なホログラムで床を覆ってるみたいッス。魔法じゃなくて純粋な機械技術ッスから、リーリスさんにわからないのも当然ッス。俺が落とし穴のない道を歩くから、チェガル君はその後をたどってきて欲しいッス」
 懐疑の表情のまま、リーリスが靴先を床につける。固い音を立てるはずのそれは、そのまま、砂に沈むように黒白の床に消えていた。あわてて引き戻し、チェガルと顔を見合わせる。お互いうんざりした顔をしていた。
「いつまで続くんだろうね、この迷路」
「全くだわ」
 薔薇の生け垣にはめ込まれた看板に、嫌味のように「さっさとお家へ帰ろう」と文字が躍っているのを見て、リーリスは。
 迷路――ウッドパッドの隠し場所である、世界図書館内に作られた隠しチェンバーーーを発見する所までは、順調に進んでいたというのにと、数時間前の記憶を脳裏に描いた。

 ***

 E・Jからウッドパッドの保管場所についての示唆を得た五人は、早速行動を開始する。
 ホイホイついてきた哀れな奴隷……もとい協力者に、リーリスは怪しく光る瞳をにっこりと細めて"魅"せた。
「ねぇもがもお兄ちゃん……リーリス、リベルさんに会いたいの。お兄ちゃん、探してくれないかな?」
「……うん」
 無抵抗に頷くその姿に、リーリスは満足とばかりに笑う。彼の背を追いながら、「企業秘密な魔法なの☆」との理由で遠ざけていた同行者に、交渉がうまくいったことを伝える。と、チェガルが身軽に寄ってきて、もがもの手からラジカセ……もといE・Jをさりげなくも強引に奪っていく。
「重たいだろうから、これは預かっておくよ」
 そのままもがもから数歩、後ろに下がったチェガルは、彼の意識がこちらに向いていないことを確認し、一枚のメモ用紙をラジカセ差し出した。

『ウッドパッド持ち出しに協力して欲しい。0世界から連れ出したりナレンシフ強奪に噛んだり旅団に一泡吹かせたり面白いと思う。協力OKならノイズ短く二回出して』

 例え性格が若干アレでも、司書は司書。今以上の協力が得られれば心強いことこの上ない。しかしラジカセからはざらついた音楽が流れるばかりで、返事は一向に聞こえてこなかった。
(……協力する気がない? いや、さっきは簡単に情報ポロったし、性格的にも絶対乗るでしょこれは……?)
 焦りが鼓動を早くする。その様子を隣で見ていたファルファレロが、おもむろにラジカセをかっさらった。低く、囁く。
「おいE・J」
『んだよ』
「てめえ、俺たちに噛まねぇか?」
『何の話ィ?』
「ちょ、何」
「ウッドパッド拝借して、ナレンシフ強奪に行かねえかってことだよ」
 ラジカセから流れる音楽がひたりと止んだ。ややあって、流れてきたのはリズムの狂った不協和音。どうやら笑っているらしい。
『――……ヒャヒャ。やっぱそう来ちゃうんだぁぁぁぁ。良いねぇ、お前ら最ッ高。楽しませてくれるじゃねぇの。寄せてくれて嬉しいぜぇぇぇ?』
(ええー、どうして!? ボクの時はガン無視だったくせに、こんなあっさり……)
 チェガルの脳裏に最大の疑問符が浮かぶ。チェガルの見せたメモはファルファレロの言ったことと、何ら変わりないはずだ。
(内容じゃない……伝え方? あ、もしかして見えてないとか!? ラジカセだから?)
 改めてE・Jの全身を――古びたラジカセを見回す。カメラのようなものは確かに見当たらないが、詳細まではわからない。聞けば教えてくれるだろうか? それよりも隣でキラキラ顔のゼノ(おそらく解剖……いや解体? したいなあと思っているに違いない)に手を加えてもらった方が……いや、それよりもまずは、ウッドパッドを手に入れることこそが最優先だ。それについて考えるのは、後回しでも間に合うだろう。
「じゃ、じゃあお願いがあるんだけど。これから迷路に行くから、そこではうるさくしないでね? 何の罠があるかわからないんだから。その後列車に乗ってる間は万が一にもバレないよう、ボクのトラベルギアの中にいてもらうからね」
『外の世界まで連れてっちゃうんだ? マジで? ははあ、こりゃますます愉快だねぇ。僕様に異存はねぇがよぉ、ただ世界単位で隔たっちまうとなると、電波が届くかギリギリってとこだな』
「あ、やっぱこれって、ただの端末なんだ?」
『まあな。ほらぁ僕様ってば超絶究極のイケメンだからぁ、人前に顔とかだすと女の子たちが僕様を巡って骨肉の争いしちゃう系なんだよねぇぇぇぇ。どこの世界に行くかはしらねぇが、最低でも途切れ途切れ、最悪ノイズ全開くらいは覚悟しとけよ』
「前半については妄想乙。後半は、ま、後で考えるよ。早速だけどE・Jには張り切ってお仕事してもらおうかな?」
 人込みの向こうに、リーリスともがも、そして早速発見したらしいリベルの姿が見える。ハーデはどこに行ったかと見回せば、少し離れた物陰からリベルの方をじっと見ていた。彼女は精神感応で、リベルが想いうかべる場所を探ると言っていたはずだ。もがもが少しふらついた足取りでどこかへと立ち去っていくのと入れ替わりに、リーリスが戻ってくる。
「もがもは?」
「もうご用はないから、帰ってもらったわ。今日あったことは忘れてねって"お願い"したから、もう大丈夫」
「末恐ろしいガキ……」
 ぼそりとファルファレロが漏らす。「何の事かしら?」と言いたげな無垢な笑みを浮かべ、E・Jを携えてリベルの元へ駆けて行く。
「DJお兄ちゃん。私たち、ウッドパッドの保管場所を知りたいの。お兄ちゃんから、リベルさんにお尋ねしてくれる?」
『あのリベルちゃんが僕様の知りたいことを教えてくれるって、本気でそう思ってんのぉ?』
「ええ。きっとリベルさんも、喜んで私たちに協力してくれるはずよ。DJお兄ちゃんもそうでしょう?」
 ラジカセに取り付けられた何かの計器が、びくりと針を震わせた。
 跳ねるように、リーリスはリベルの前に立つと、ラジカセを差し出す。それを受け取るリベルの動きは固い。瞳には、普段浮かべている強い意志と知性の光はなく、ただ虚無のようなぼんやりとした色があった。それを確認して、リーリスはその場を離れる。リーリスはあくまで、「リベルに用事があるE・Jを運んできた親切なロストナンバー」だ。二人が何を話しているかなんて興味がありませんと言う風でなければならない。
 ……二人が会話を交わしてしばらく、ハーデの脳裏にはっきりとはしないまでも具体的な映像と体験を伴ったいくつかのイメージが浮かんできた。その中には見覚えのある廊下の景色や、緑の格子模様の絨毯が敷き詰められた室内、その部屋に備え付けられた箪笥の向こうに広がる迷路のイメージが混在していて、おそらくこれがウッドパッドの保管場所に繋がる部屋なのだろう。念のためリーリスにも尋ねてみたが、見えたのは同じ景色らしい。情報をすり合せる内に、それが図書館内のかなり上の方にある廊下の、突き当りの部屋だということもわかった。
「この後なのだが、私はフォローに回ろう。ウッドパッド確保後の移動がスムーズにいくよう、チケットと荷駄の備えをしておこうと思う。後は、保管庫外での安全確保の担当だな。誰か私と、精神感応で視線を繋がないか? 取りにくい物も、視線さえ通っていれば私の目前まで引き寄せる事が出来る。ウッドパッドも中に入った人間も、ウッドパッドを見つけ次第順次保管庫の外へ連れ出そう」
「私はパスさせてもらうわ」
 さっとリーリスが身を引く。
「ほら、私、魔術師の卵だから。互いの能力が混線したりしたら大変だし、ね?」
「ではファルファレロは?」
「ちまちま迷路攻略なんざ、がらじゃねえんだよ。そんかし時間稼ぎは任せとけ。一応バンビーナはつけといてやるから、危なくなったら救助隊員の真似事くらいはしてやらあ。そして誰もいなくなったじゃ洒落にならねえしな」
 ファルファレロの肩に止まっていた青い鳥が、もふっとチェガルの頭に移動する。ゼノが進み出た。
「良かったら俺の目を使ってくださいっす。あ、でも視線さえ通ってれば……てことは、自分は移動させられないッスかね?」
「いや、この手鏡で自分の姿を映してくれれば問題ない。そこの売店で買ったものだから、持ち主を判別するのはそう簡単ではないだろう。脱出時間を短縮する事で我々はより動きやすくなる……違うか?」
 ハーデがぐるりと仲間たちを見回す。否を唱える者は誰もいない。
「それじゃ……チェンバー探索に出発~!」
 リーリスが愛らしく拳を上げる。「おー!」とチェガルも高らかに叫び、ゼノが持参したパワードアーマーの腕を持ち上げた。

 ***

「って、意気揚々とここに入ったのが何年前だったかしら?」
 固形燃料で温められた魚介のスープをこくりと呑みこみ、リーリスがぼやく。
「んーと、二時間と十四分前ッスね」
 鶏肉のトマト煮込みにクラッカーを浸しながら、ゼノが計測器に目をやる。チェガルが選んだ炊き込み飯はとっくにからっぽになって、今は空き缶だけが転がっている。自らがマッピングしてきた地図を縦にしたり横にしたりと忙しい。
「広いわねー」
「広いっすねー」
 二人そろって天井を見上げる。部屋にあった箪笥の底からこの迷路に降りてきたのだから、そこにあるべきは木目の板であるはずなのだが。実際は、眩しいような暗いような灰色の空が延々と続いていた。ꈸ
「……そういえば、リーリス君はなんでこの計画に乗ったッス?」
「あのね、リーリスはナラゴニアでペッシに会いたいの。ドクタークランチやパパ・ビランチャもどんな人か見てみたい。だからナレンシフが欲しかったの。そうしたら、いつでも会いに行けるじゃない? ゼノさんは、ナレンシフ自体に興味があるの?」
「そうッス! ああ、UFO! 機械は男のロマンッス! はやく解体……じゃない分解……でもなくて、研究してみたいッス!」
「……はあ……チェンバーの広さの限界ってどのくらいだったかしら」
「ものすげえ広かったと思うッス」
「……もー、飽きた飽きちゃったー! 敵は弱いしどこまでいってもおんなじ景色だし、帰り用のワープゾーンばっか沢山あるのが馬鹿にされてるみたいで腹立つ!」
 リーリスがきっと青い光を睨む。道の端に整備されたそれは魔術的な仕掛けが施された魔法陣であり、生垣に埋め込まれた看板の情報をうのみにするなら、「帰りたくなったらいつでもここにおいで!」だそうだ。
 迷路の攻略は順調と言ってよかった。踏むと爆発する魔法のタイルは、こっそりと紛れている安全なタイルをリーリスが見つけだし、パスワード入力の必要な扉はゼノのパワードスーツが解析。それ以外の単純極まる、たとえば重みに反応して沈む床と落とし穴などは、チェガルが持参した棒でつついて潰している。
 入り口に結び付けてきた毛糸と、丁寧なマッピングのおかげで、同じ道を何度も通るような愚も犯さずに済んでいる。現れるモンスターのようなものが、倒しても倒しても倒しきれないことだけはさすがに辟易したが、苦戦するような強さではなく、また倒してから復活するまでにある程度時間がかかることも相まって、踏破それ自体は順調に進んでいた。
 ただただ、道のりだけが果てしなく遠い。
『……大分苦戦しているようだな?』
「ハーデ君!」
 ノイズと共に、ハーデの声が鼓膜を震わせる。五人の耳にそれぞれ装着されているイヤークリップ式の通信機は、ハーデから渡されたものだった。いちいちノートを開くよりも、このほうがよほど早いだろうという判断だった。
『うん、通信に問題はなさそうだ。今は話しても?』
「はい、こっちは休憩中で……ハーデ君のくれたごはん、とっても美味しいッス!」
『それは良かった』
 通信機と共にハーデが用意したのが、三人の食事――軍隊用のレーションだった。持ち運びしやすくバリエーション豊かな食事は、延々と続く変わり映えしない景色に辟易しきっていた迷路組の心を、優しく落ち着けてくれた。
『ターミナルだが、今日は特にトラブルもなく、時刻表に乱れもない。ウッドパッド取得の目処がついたらすぐに連絡をくれ。直近の列車のチケットを取ろう。ところでファルファレロなんだが、今何をしているか聞いているか?』
「ファルファレロ君っすか? さあ、こっちから特に連絡してないッスけど」
『やはりか。いや、さっきから連絡を取ろうとしているのだが……』
「とれないッスか?」
『いや、一応通じることは通じるのだが……どういう状況なのかよくわからなくてな。万が一にもトラブルに巻き込まれている可能性を考えて、様子を見に行く途中だ』
「どうしたの?」
「いや、何かファルファレロ君と連絡が取れないというか……リーリス君、ちょっとファルファレロ君に繋いでもらっていいッスか?」
「わかったわ」
 リーリスが耳元の通信機をいじる。
「ファルファレロおじちゃま、聞こえてる? …………だめ、物音みたいなのは聞こえてくるけど、おじちゃまの声じゃないみたいだし、さっぱりだわ」
「ままままさか、俺たちの事がばれて、情報吐けーこのやろー……みたいな目に!?」
 ファルファレロは陽動に動くと言っていた。通信を入れる暇がないほど逼迫しているのだろうか。血の気が引いたゼノを、いや、とハーデが宥める。
『それならこの通信機は奪われていてしかるべきだ。それがないということは、どこかに落としたという線も……ああ、ここだ。ファルファレロが入っていったバーに到着した。突入して状況を確認……。……これはひどい……』
「え、どうしたッスか、何があったッスか、その反応はどうしたことッスか?」
『何があったというか、何だったというか……バーはバーなんだが、めちゃくちゃに壊されていて……これは気絶しているのか? 男たちが何人も伸びている』
「確かおじちゃま、時間稼ぎするっていってたわよね?」
『……司書たちの注意を自分に集めて、本命から目をそらさせる、という意味だったようだな』
「俺たちのしてることが可愛く見えるほどの暴れんぼうっぷりッス、ファルファレロ君ぱねぇッス」
『……入り口から姿を確認した。ちょっと心配して損した気分になる元気ぶりだな。通信機は案の定床に落ちていたので、今彼の耳に差し戻した。今は複数の女性たちとその、何だ、仲睦まじげで……いかん、リベル司書がこちらに向かっている! 離れていてもわかる、この怒りのエネルギーは危険だ。私は一時撤退させてもらう!』
「了解ッス」
 言葉と共に、ハーデとの通信が切れる。同時に、リーリスの通信機から「『また貴方ですか、この乱痴気騒ぎはどうしたことです!』『ホームパーティ開いたくらいでいちいち騒ぐなよ』」というやり取りが大音声で流れ出した。耳を押さえて、通信を切るリーリス。
「ふぅ……ま、手段はともかく、この調子ならリベルさんもしばらくおじちゃまにかかりきりになるでしょうね。こっちは安泰ってとこかしら?」
「時間稼ぎが通じる内に、進めるだけ進みたいっすね。そろそろ行くッスか?」
「その前に。今まで辿ってきた道筋なんだけど、どうもボクたち右、左の順で進んできてるんだ。もちろん偶然って可能性もあるけど、とりあえあず次は左に進んで見ていい?」
「はああ、そりゃなんというか、随分お行儀のいい迷路だったッスね」
「うん、ちょっと整然としすぎだよね。道筋の為にある迷路って印象。ま、簡単に解けるならそれに越したことはないけどさ!」
 それじゃあ行こうかとチェガルが腰を上げ、毛糸玉と地図を構える。リーリスと共にならんで先行しながら、ゼノは先ほどのチェガルの言葉に何か引っかかるものを感じていた。それはこの迷路全体から感じる違和感と根を同じくしているように思えた。
(E・Jは見張りに適任。踏むと爆発するタイル、パスワードの扉、規則的な迷路。よわよわな敵に帰ろうと思えばすぐに帰れるワープ装置、ああ、そういえばモンスターも帰れ帰れって言ってたッスね……)
 カチリ。
 一つ一つ感じた違和感を並べ立てる内に頭のどこかでそんな音がした。急に立ち止まったゼノに、ハーデとチェガルが不思議そうに首をかしげる
「どうしたのゼノさん何かこの先に罠が?」
「わかった、っぽいッス」
「何が?」
「……この迷路の意図。最後の罠が何なのかも、多分わかった……と思うッス」
 チェガルとリーリスが、そろって息をのんだ。

 ***

「あー。だめだー。もうだめだ~」
 男は頭を抱えていた。
「今日中に始末書千枚とかないわー、超ないわー。どんな無茶振りだよ、あのド腐れラジオ。先輩面して面倒な後始末ばっかり押し付けやがって……爆発しないかな~、したらいいのにな~、しないかなあああ~」
 書類に埋もれた男は、頭を抱えつつ、それでも必死に手を動かす。子供なら二人は寝そべれる大きさの、重厚な机ではあったが、現在はつもりに積み重なった書類と分厚い本で、軋む音さえ聞こえてきそうだ。
 ぶつぶつ一人毒を吐き続けるその姿をじっくり観察して、ゼノは静かに静かに、物陰へと頭をひっこめた。カメレオンプリズムで透明偽装を施した姿は、男に捉える事はあたわない。
「間違いなく世界司書ッス。導きの書があったっす」
「うお、すごい。ゼノの予測ドンぴしゃ」
「それで、ウッドパッドは?」
「その人の後ろ、ガラスケースの中。ごつい南京錠がかかってたッス」
「そう、なら私の秘密の魔術の出番かしら。その人がカギを持ってたなら、開けさせるわ。監視カメラは?」
「二台。任せて欲しいッス、完璧にごまかしきってやるッスよ」
「ならボクは今のうちにハーデに連絡しとくね。鍵がなかったときはぶっ壊してやるさ」
 頷き合い、万が一にも声が漏れぬよう、チェガルは迷路を元来た方へ戻っていく。リーリスは手鏡で床や壁の魔術の痕跡を確認しながら待機、ゼノは監視カメラの無力化へと動き出した。

 ――ウッドパッドのところには、司書がいると思うッス。
 ――見張りってこと? でもそれなら、監視カメラとかで十分じゃない?
 ――もちろん、監視カメラもあると思うッスよ。でも、司書じゃなくても誰かは確実にいるはずッス。リベルさんがE・Jに言ってたこと、覚えてるッスか?
 ――見張り云々って奴? でも、だったらそれこそカメラで十分じゃない?
 ――十分だとは思わなかったんじゃないッスかね。これは心理的な罠ッスよ。司書が見ている目の前で、ウッドパッド盗むなんて大それたことをできるロストナンバーはそうそういないはずッス。
 ――ああ、となると……E・Jが適任って言われたのは。
 ――この迷路を行ったり来たりする必要がないから、ってこと。確かに迷路の罠は、わかってればどれも避けて通れるし、敵だってよわよわだったわね。
 ――外された理由はいうまでもないッスね。
 ――ええ、お兄ちゃんったら、これだもの。
 ――おいおいおい、そう褒めてくれるなってぇの! 僕様照れちゃう! ヒャハハ!
 ――こんな計画に嬉々として乗ってくる司書じゃ、ねえ?
 ――セーフティにはなりえないッスね。

「確かに普通のロストナンバーなら、それで良かったんだろうけどさ」
「でも」
「そうね」
「ッス」
 三人、顔を見合わせた。
「相手が悪かったんだ」
「相手が悪すぎたわ」
「悪いッス!」
 パチパチと武器直斗を立てる監視カメラは、チェガルやリーリスらを映す角度には首が回らないようになっていて。
 ウッドパッドを収めていたケースは、空っぽになって、鍵が外れ。
 それをした世界司書は、リーリスの「ここで起きたことはすべて忘れて。私たちのことも誰にも言わないで」という命令に「はい喜んで!」といい笑顔で言い切って、机にがつっと頭をぶつけてうごけなくなった。
「そういえばこの人、E・Jみたいな人に恨みがあるっぽいけど、もしかして知り合い?」
『新人研修のときにやりやがったどうしようもねぇ失敗をフォローしてやった恩を、一日五割の利息付で返させてやってるくらいの仲良しさん』
「うわあ」
 呆れ半分のため息を漏らしたチェガルの姿が、ふっと掻き消えた消えた。次にはリーリス、最後にゼノの姿がその場からさっぱりいなくなり。落下した鏡が、軽い音を立てて部屋の隅へと転がっていく。
 その日、一台の列車がウッドパッドと世界司書を乗せ、壱番世界へ向けて出発した。




 ***



 
 見上げても見上げえきれない世界樹の大木の根元に、慎ましやかな庭があった。
 その木陰に腰を下ろす、一人の青年の姿がある。白い衣をまといつけたそのかたちは、髪の一筋に至るまで高貴で美しかったが、その表情は硬くとがっている。困惑と警戒と、あるいは他の何かが、皮膚一枚下で身悶えしていた。
 青年が覗き込んでいるのは、自らのウッドパッドである。メールにはただ一言、簡潔で明快な文章と、死者の名前が添えられていた。


========================

 銀猫伯爵に謀反の疑いあり。詳細は会って話す

             ――シャドウメモリ

========================


「…………」
 長い間、白い青年はウッドパッドを睨みつけていたが、やがて何かを決心したように、一通のメールをしたため始める。そう長い文章でもなかったのだろう、すぐに書き終えられたそれはそのまま一斉送信される。青年が立ち上がり、衣が白い軌跡を描く。真っ直ぐに庭を出、青年は自らが指定した会議場へと歩き出した。

 ここはナラゴニア。
 彷徨える森と庭園の都市。

クリエイターコメントこの度はご参加いただきありがとうございます。

魔法への警戒、機械方面への対処、迷路自体の攻略、長丁場を見越しての兵糧の確保、加えて司書の居る可能性まで看破されたとなっては、完全制覇という結果を提示しないわけにはまいりません。
用意していたすべての罠を見事に踏破し、マスター冥利に尽きる結果を導いてくださったこと、感謝いたします。

 リベルからの再度の情報収集は、皆様の立場とも相まってかなりの高難易度での判定を考えておりましたが。もがもとEJの利用によるめくらまし、加えて二重の精神感応と前では、あってなきがごとき難易度でした。
 司書の存在する可能性を記入くださったゼノさんは見事なファインプレーでした。ファルファレロさんとハーデさんは、出番こそ少なくなりましたが渋い活躍でございました。今後もし、ウッドパッドの奪取に気づかれた際には、お二方の行動が皆様を守ることになるでしょう。
 リーリスさんの精神感応能力は情報収集において抜群の効果をお持ちでしたし、チェガルさんの迷路それ自体への攻略があってこその短期決戦の成立でした。

 この度はご依頼ありがとうございます。
 よろしければ次回、メインディッシュたるガチンコ奪還戦も、ご指名いただければ幸いです。
公開日時2012-05-27(日) 20:00

 

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