クリエイター錦木(wznf9181)
管理番号1144-16978 オファー日2012-04-24(火) 12:28

オファーPC 古城 蒔也(crhn3859)ツーリスト 男 28歳 壊し屋

<ノベル>

 石膏に彫刻刀を入れるたび、背筋を微かに、しかし明確な甘さを持って震わせるものがなんであるか、蒔也は正しく理解している。
 刀を一振り。その繰り返しがただの石膏に、形と意味とを乗せていく。自分の中にあるものが現実に、実体を伴って現れる興奮は、静かに赤く燃える熾火が焔へと成長するさまに似ていた。石膏を切り崩すことそれ自体も楽しい。蒔也が彫刻と言う趣味を持つようになった理由の一つに、それはきっと数えられる。
 破片と粉にまみれた膝をはらい、抱え込んでいた石膏像を持ち上げた。腕に一抱えもあるそれを回転させつつ検める蒔也の目は真剣そのものだ。石膏像はまだまだ荒削りで、見る人が見れば、胸像を彫っているのだと分かっただろうが、そうでないものには、ただ不格好な球体にごつごつとした三角錐がくっついているというだけの代物だった。十分に精査し終えた蒔也は、真っ白い表面をさらすそれに、迷いなく彫刻刀を走らせていく。
 蒔也がこの胸像を彫った回数は、既に両手足の指では数えきれない。己が記憶だけで父親を――敬愛する養父ではなく、悪名高きテロリストにして血の繋がった実の父、火神幹人を――再現することは、すでに蒔也にとって容易にすぎた。
 額から頭部を丸く整え、額より少し下の位置に彫刻刀を当てる。薄く、慎重に、削っていく。やがてそれは目のくぼみとなり、削らなかった部分は不格好な鼻梁となった。そのまま刀を滑らせて、顎から首に続く筋張った筋肉を彫り込んでいく。

 幼少のみぎりに死に別れた実父ではあるが、蒔也の記憶は驚くほど鮮やかだった。額の生え際が少し左に傾いていたことも、顎周りの肉が骨に沿うようにすっと引き締まっていて子供心にセクシーだったことも、耳朶のうねりに至るまで、蒔也の脳髄は鮮度の良さを誇るようにありありとその姿を眼前によみがえらせてくれる。
 異常なほど鮮やかな実父の面影と比べて、母親については茫洋とした記憶しかない。幼い蒔也が、幼いなりに自分の側に父しかいないことに気づいたある日、「どうしてぼくにはおかあさんがいないの?」と尋ねたことがある。実父は少しだけ黙って、「お前のお母さんはショウフをしていた。私の子だから、責任は私がとるべきだとお前を預けて、それっきりだ」と教えてくれた。今よりさらに小さい蒔也を抱き、実父の元へ押しかけた母親の、イヤリングがちゃりりと音を立てるさまが目の前に浮かんだ。しかし、幼い蒔也の本物の記憶なのか、実父の話を聞いて想い描いた妄想なのか、蒔也には判断できなかった。今となっても確証が持てずにいる。幼い頃の蒔也にとって、あるいは今でも、実父の存在がいかに大きなものだったかわかるというものだ。

 大分人間らしい形になってきた胸像を丁寧に置いて、蒔也は長時間の作業に強張った肩を回す。太ももから指先まで、全身が凝り固まっていた。身体をぐねぐねと折り曲げ、指の腹を強く押してマッサージする。ここから先は本当に神経を使う部分なのだ。
 深く息を吸って、吐く。粉っぽい空気に咽て、ミネラルウォーターを探すべく咳き込みながら冷蔵庫へと向かった。

 蒔也を引き取った時、実父は既に悪名高いテロリストとして警察の賞金首リストの上の方でコーヒーの染みをつけられていたようだ。蒔也の記憶に残る風景は一つとして同じところはない。長くて数週間、短ければその日のうちに、実父は蒔也を連れてかりそめの家を渡り歩いた。そのうち、国を一周してしまうんじゃないだろうか、そう思うと隠れ家で実父が帰ってくるのを待つ蒔也の退屈に満ちた胸は、少しだけわくわくと弾んだ。
 ある時はビルを。
 ある時は電波塔を。
 ある時は公園を。
 ある時は議事堂を。
 ある時はバスを。
 ある時は観覧車を。
 ある時は飛行機を。
 ある時は民家の軒先の一輪車を。
 ある時は路地にたむろするごろつきを。
 ある時は自分を逮捕しようとした警察官を。
 ある時は無関係の通行人を。
 ある時は男を。
 ある時は女を。
 ある時は野の花を。
 幹人の持つ異能力は、蒔也と等しい。実父もまた、触れたものを爆破する能力者だった。目につくもの悉くを爆発四散し破壊する父は「破壊狂」と恐れられ、連日メディアを賑わせていた。しかし、そんなことは蒔也には関係のない、彼岸の向こうの話である。幹人は蒔也の父親なのだ。愛していないわけがなく、愛してほしいと望まないことはなかった。逃亡生活にあっては親しい友人など望むべくもなく、一番近くにいた他者が父親だけだったことも、その思いに拍車をかけた。父の存在は文字通り蒔也にとって世界の全てで、父親が仕事に行っている間に考えるのは父の事であり、父と一緒にいられる間(それは大抵新たな破壊を求めてさすらう道中だったが)に思うのも、やはり父のことだった。
 そんな実父に年貢の納め時が訪れたのは、蒔也が六歳の時だった。警察と、そして父が属していたはずの裏社会の任侠組織までもが、実父を執拗に追い掛け回すようになったのだ。実父が爆破した誰か、あるいは何かが、警察にとっても任侠組織にとって重大な何かだったのだろう。想像は何度もめぐらせてはみたものの、誰にも尋ねたことがないので今をもってしても真実はわからない。ロストナンバーになった今はもう、永遠に実父の死の真実に触れられる機会は永遠に失してしまった。
 その日は朝からひどく冷え込んでいて、蒔也と実父がそのうら寂れた湖のボート小屋にたどり着いた時には、ちらちら灰色の雪が降り始めていた。目の前には広大な湖が広がっている、対岸のなだらかな山々から、ミルク色の霧がさあっと雪崩のように湖へ滑り落ちてその表面を覆っていた。警察官のサイレンと、任侠組織のがなりたてる声が、背後の森からわんわんわんと絶え間なく響く。蒔也は実父の手をぐいぐいと桟橋の方へと引っ張った。
「おとうさん、はやく。ボートあるよ。あれでにげよう」
 父はひたりと足を止めた。つないでいた手を振りほどいて、蒔也の肩を掴む。
「蒔也。ボートの乗り方はわかるね?」
「うん。前ににげたとき、やったから」
「そうか」
 他者が死をもたらすと畏れ泣きわめく父の両手は、ただ乾いて暖かかった。その手がくしゃりと蒔也の前髪をかき回して、脇に手を入れてボートに乗せる。
「オールはしっかりつかんで、何があっても離してはだめだ」
「うん、でもおとうさん、はやくこっち、あいつらがきちゃうよ」
 蒔也が涙声で叫ぶと同時に、森の奥から下草をかき分けて警官と、任侠組織の装束をまとった一団がどっと現れた。蒔也は半狂乱になって叫ぶが、父は落ち着いて自分の靴を脱ぐと、それを水に沈めた。
 一体何をしているのか。蒔也の頭に特大の混乱がひしめく。できることならのんびりした父の袖を引っ掴んでボートに引っ張り込みたいが、何があってもオールを離すなと、その父に言いつけられてしまえば蒔也は動けない。
 身体が浮いた。下から何か、強い力がボートを押して、蒔也は背中からひっくり返った。小さな手には不釣り合いなオールはしかし、身体にぎゅっと引き付けて離さない。父が自らの靴を、水中で爆発させたのだと気づいた時、すでにボートは岸から何メートルも離されていた。
「おとうさん!」
 父はこちらに背を向けたまま振り返らない。やがて警官隊と任侠組織の構成員が包囲網を完成させ、じわじわとその輪を狭めていく。破壊狂への警戒心がその顔の目いっぱいに張り付いていた。その半月の包囲網へ、父が一歩、足を踏み出す。「おとうさん!」蒔也の叫びが聞こえていないのか、父は歩みを止めない。一歩。また一歩。包囲網が揺らぐ。父の能力は知れ渡っている。警戒するのは当然だった。

 ――しかし、遅かった。

 父が自らの衣服に手を触れ、

 ――地獄の太鼓めいた爆音。
 小さな火花が父の体の周りではじけた。瞬間、目をつぶる暇さえ与えず起きた大爆発。湖は激しく逆立ち、蒔也は再びボートの上に尻もちをつく。真っ黒いシュークリームのような煙が森の背丈を越して、空に向かって伸びていく。掲げていた腕を下ろすと、湖の上には警官隊の衣服の切れ端や、小屋の残骸や、人体の一部がぷかぷか、間抜けなリズムで浮いていた。
「あ……」
 口が、ぽっかりと円を作る。
 父のいた場所は、なくなっていた。桟橋は丸ごと吹き飛んで、蒔也は痺れたように動けずにいた。
 危ないからと、父は蒔也を爆発の現場に連れて行ったことはない。父が何をしているのか、本人の口から語られるのも街頭の巨大な掲示板で報道されるのも見たことはあるが、ニュースでは人の死ぬ瞬間の映像はいくら視聴率を稼ぎたくとも流さない。
 だから、父の引き起こした爆発を見るのは、これが初めてだった。
「……あ、ああ……」
 父が何をしたのか。どうなったのか。じわじわ、蒔也の幼い胸に現実が忍び寄り。丸く開きっぱなしになっていた口角が、ゆるゆると持ち上がる。
 去来したのは、途方もない――歓喜と興奮だった。

「…………」
 最後の一彫りを終え、蒔也は彫刻刀を置いた。記憶と寸分もたがわない、父の胸像がそこにあった。ぞろり、指先で撫でる。当たり前だが石膏はしょせん石膏で、血肉の通った温かさなどみじんも持ち合わせていなかったが、耳から頬にかけての骨の描くラインをたどると、あの日に感じた快楽がぞくぞくと蘇ってくる。
 蒔也の愛する父は、一瞬にして肉片に変わった。有象無象の血肉と共に、淀んだ湖に溶けて、水底の魚に食われて、今はもう骨しか残っていないだろう。世界が千切れて、崩れて、塵になる。これ以上の悦楽を、蒔也は知らないし必要ない。
 欲しいのは、あの日を超える快楽だけだ。蒔也の中の救われぬ獣が飢餓を訴え闇に吼える。全てを壊せと牙を剥く。その檻を解き放つのは簡単だ。今すぐ、この時。この手で家の壁でもロストレイルでも、何にでも触れればそれですべては仕舞。堪えるなんて、柄じゃない。興味の向くまま気の向くまま、きっと父もそうして生きてきた。その生き方を今度は蒔也が継ぐ。蒔也はあの人の息子なのだ。それは当然の成り行き。なのだ、けれど。
「…………」
 脳裏に浮かぶ男の姿にふと唇を歪め、蒔也は扉に向かって伸ばしていた手をだらりとのばした。
 堪えるなんて柄じゃない。
 興味の向くまま気の向くまま、爆破して爆発して壊して殺すのが蒔也であり幹人であり破壊狂だけど。
 それでも今はまだ、少しだけ。ケーキのイチゴをとっておくように、ほんの少し、待ってみてもいい。
 そしていつか壊せるものをすべて壊して、実父のように最期には自分すら壊せたなら。

 その日を思いながら、蒔也は実父の胸像を両腕で抱きしめ、爆破した。

クリエイターコメント大変、お待たせいたしました。

世界を壊して気持ち良くなる蒔也さん、一見ドエスっぽいけど実際かなりドマゾなんじゃないでしょうかなどとWRは邪推してしまいます。
幹人さんにとっての蒔也さんが、見つかる日はくるのでしょうか。

この度はご依頼ありがとうございました。
公開日時2012-06-03(日) 13:20

 

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