赤煉瓦の敷き詰められた道。 煉瓦と煉瓦の隙間から、あちこちに雑草が自由奔放に伸びている。 人が行き交っていた間は、煉瓦の隙間から雑草などは手入れされていたのだろうが、今は荒廃した風景に一役買っているように見えた。 両側に並ぶのは、鬱蒼とした葉を揺らす樹木。 地面には枯れた葉が積み重なって、赤煉瓦の道の上を塞いでしまい、空は途切れ途切れにしか見えない。 ホラーアトラクションの洋館に繋がるようなシチュエーションだが、あながち間違ってはいない。 この道の先にあるのは、廃墟となった遊園地。 インヤンガイの一角にあった遊園地は、開園した当時は賑わっていたが、その賑わいも短い期間で終わり、閉園という道を辿った。 原因は、インヤンガイ特有の暴霊の被害が大きく、アトラクションの不具合や人へと被害が及ぶようになってしまった。 表向きはアトラクションの初期不良によるメンテナンス不能という理由ではあったが。 そんなことがあってから、噂があっというまに広がり、人が訪れなくなった。 暴霊をどうにか出来れば、閉園にはならなかったのだろうが、この遊園地がある場所が、いろいろ良くなかった。 壱番世界のアジアでは龍脈と言われ、欧州ではレイラインと言われる力の満ちた流れが、ここでは正常に循環することなく、歪んでいたからだ。 流れ、循環すべき力が滞り凝れば、異変として現れる。 遊園地の開園当初は、幸いにして何も起こっては居なかった。 けれど、アトラクションが面白ければ、人は集まる。 人が絶えることなく、人が集まることで龍脈が刺激されてしまったのだろう。 一度、刺激されれば、止まることはない。 人が集まったのは何も人だけではなかった。 人の形をした暴霊も。 暴霊は人の集う場所に惹かれ、楽しく遊ぶ姿に妬ましいとマイナス的な感情が溢れると、歪んだ龍脈の力が、弱い暴霊を強い暴霊へと変化させた。 強い力に翻弄されるように、遊園地を遊び道具として、小さな悪戯のつもりのものは、事故を引き起こし、人々の足を遠のかせる。 遊んで欲しくて、自分に気付いて欲しいだけだったとしても。 今はもう、気付いてくれる人はいないけれど。 +++ 閉園された理由は、年月が経てばすぐに人の記憶から消えてしまう。 そこにある理由も取り壊されない理由も、本来の理由を知っているものの数も減り、遊園地の名前自体も思い出すのに苦労する程。 けれど、廃墟となった遊園地があることは怖い物好きなものの耳へと入って、定期的に肝試しをしようと考えるものが現れる。 人が訪れる数も限られていたから、暴霊も驚かせて遊ぶくらいになっていた。 あるとき、同行した人の中に極端に恐がりが1人いて、大げさな程驚いたひょうしに、運悪く頭をぶつけて病院へと運ばれた。 死亡してはいなかったのだが、噂では死亡したことになっており、噂が噂を呼んで一時よりも訪れるものが急増していた。 純粋に肝試し、というのなら、まだよかったのだが、変異を起こす暴霊にたいして攻撃的な意志を見せて、暴力的な行為に及ぼうとするものが現れるようになったのだ。 このままでは、本当に取り返しの付かない被害が出かねないと考えた土地管理者が、探偵へと依頼をし、インヤンガイに訪れていた臣 雀とハロ・ミディオに一度みてきてくれないかと頼んだのだった。 +++ 遊園地の入場ゲートを通り、錆び付いて塗装の剥げ掛かった園内案内図を見上げる。 背後にある植え込みは、延び放題で好き勝手な方向に枝を向けている。 「たくさんのアトラクションあるみたいね」 「動いてるのが多いし、楽しんでってことかな」 雀とハロは、依頼された内容は頭の隅にはあったが、営業中であるかのように動いてるアトラクションに、すっかりテンションがあがって、遊ぼうという気分になっていた。 パンフレッドなどはさすがに無かったし、残っていても風化して崩れてしまっていたので、園内案内図でアトラクションの場所を記憶して、巡り始めた。 柔らかな光を放って、きらきらと色の洋燈がメルヘンチックな雰囲気を作っているのは、メリーゴーランド。 白い馬車にピンク色の馬車、白馬が馬車を引いているような配置で、その周囲にも白馬はある。 上下に揺れながら、円形舞台をまわっている。 艶のある白馬は鬣が金色で、ひんやりとして気持ちよさそうに見える。 いまはまだ汗ばむ気温であることもあったので。 「乗りたいな」 雀がメリーゴーランドを見上げて言葉にすると、動いていたメリーゴーランドは緩やかにスピードを落として、そして停止した。 「乗っていいみたいだね。乗ろう?」 「うん」 雀とハロは白馬に跨がって、天井と床を支える棒に掴まった。 動き出すと同時にメロディが流れ、曲調に合わせて白馬も上下に動く。 「わ! 気持ちいい~」 「ふわふわしたのがいいね!」 緩やかな速度でまわる。 支柱の表面には、優しい色使いで、城や緑豊かな庭が描かれ、天井は暖色の光を放つライトが、きらきらと反射している。 カッティングされたガラス飾りがちょっとした非日常の空間を作り出している。 雀の三つ編みをお団子にして両サイドに作り、それでも長い黒髪垂らしているのが、後ろへと流れて動的な装飾のように見えた。 愛らしい顔には笑顔。 対して、ハロはひと目見れば印象を残す牛の頭の骨を頭に被っている。牛の二本の角には飾りがあり、骨の表面には呪術的なペイントが施されて立派な装飾品のよう。 頭蓋に興味を惹かれがちだが、ハロの赤い瞳は水の波紋のようで、思わず見つめてしまいそうになる。 年齢的には雀の方が年上で、お姉さん。 仲の良い姉妹がメリーゴーランドで遊んでいる姿は、もし他の子どもが見ていたなら、自分も混ぜてもらって一緒に遊びたいと思うだろう。 曲が一巡りして、メリーゴーランドの動きが止まると、軽やかに白馬から降りる。 「次ぎはどれに乗ろう?」 「あたしは、あれがいいわ」 そう言って、雀が指で示したのは上。 絶叫マシーンだ。 ジェットコースターがからからと音を奏で、レールの上を走っている。 「ハロ、身長足りるかな」 「大丈夫よ、ほら」 ジェットコースターの入口にある簡易に出来る身長計測版に、雀はハロの手を引っ張って並んで比べる。 「ね?」 「ほんとだね」 「安心したでしょ? 乗りましょ」 「うん!」 出発ホームでは、荷物など預けて下さいと言われることもなく、2人が乗り込むと、出発のブザーが鳴ると、からからと滑車が動きレールの上を滑り出した。 コースターの一番前の席に並んで座って、前にあるバーをぎゅっと握っている。 率先して乗り込んだ雀は、全然怖くないんだから! と、前を向いているが、よくよくみれば、足先はぴーんと延びている。 ハロは、下を覗いた時にみたのだが、笑うことなく、同じなんだと少し安心した。 コースターは頂点に近くまで進み、下を覗いてみればきらきらと瞬いてみえる。 空もそうなのかなと思ったとき、半瞬の静止の後、高速でレールの上を走り出して、景色どころではなくなった。 「わわ……!」 「きゃー!」 「だ、だだ、大丈夫だよ!」 「きゃー!」 3回転半しているときに、思わず悲鳴をあげる雀に、ハロは応えていた。 何が大丈夫なんだろうと、あとになって思うのだが、その時は咄嗟に思いついたのを言葉にしていたので、ハロもドキドキして動揺していたに違いない。 「お、終わった……!?」 ぐん、とスピードが落ちて、からからと滑車の奏でる音がやけに大きく聞こえていた。 「そうみたいだね。終わった後は、入ったのと逆のホームから出るんだね」 ハロは安全バーを外して、ホームに降りる。 長い髪を撫でつけている雀にハロが手を差し伸べる。 「楽しかったね!」 「そうね」 くるくると回っているコーヒーカップの乗り物に乗り込む。 ソーサーに乗ったコーヒーカップの内側は座席が向かい合うようになっており、中央がハンドルで回せば回すほど、回転スピードがあがる。 「そういえば、この遊園地は閉鎖されているのに、なんで乗り物が勝手に動いてるの?」 アトラクションの係員もいないのに、雀とハロが入口に近づけば、勝手に停止して乗り込むのを待ってくれていた。 「そのはずなんだけど……」 そう言った時、ハンドルを回していないのに、回転速度をあげはじめた。 「あたし回してないわ」 「ハロもだよ」 周囲で回っているコーヒーカップも回転速度を増して、段々と近づいてくるのが分かる。 雀とハロの乗っているコーヒーカップに。 「このままだとぶつかるよ!」 「アトラクションから退避するのよ。こうやって……ね!」 雀が身軽な動作で、近づいてくるコーヒーカップを浮き石に着地する要領で、飛び移っていく。 同じルートを辿るというわけにはいかなかったが、ハロも上手く着地してコーヒーカップのアトラクションから出ることが出来た。 けれど、そう簡単には終わらせてくれはしないようだ。 隣のアトラクションの囲いを越えてきたのは、ゴーカートの車。 駐車されているゴーカートが全て動き出して、雀とハロに襲いかかってきた。 雀は呪符を取り出し、雷をゴーカートの車輪に落として、身動きできないようにする。 詠唱は省略した簡易のもの。 数を処理する為に、次々と術符を投げつける。 「空を飛ぶ者よ、彼の者に翼を与えよ」 ハロは鷹のアギリを呼び出して、飛行能力を得ると、雀を抱えて上空にあがる。 そうすることで、雀は襲いかかってくるゴーカートの脅威にさらされることはなく、順調に全ての車輪を潰して、この場は安全と思ったのだが、動かなくなったゴーカートが磁石を取り付けられたようにくっついていく、ロボットへと姿を変えた。 「面倒ね」 「ハロも手伝うよ。……力を持ちし者よ、我に牙を与えよ」 「お願いね」 雀は、呪符を指に挟み、狙いを定める。 ハロが飛行能力を弱め、ロボットの形になったゴーカートの頭上へ落ちて行く。 「泰山府君に伏して拝み奉る!」 雀の詠唱の後に、大きな雷を、落雷を落とした。 ドン、という大きな音と共に、ゴーカートが落ちて、地面に転がった。 ハロは飛行能力を元にもどして、ふわりと地面に降り立つ。 「ありがと」 「うん」 周囲で動いていたアトラクションもいつの間にか動きを止めて、錆び付いた遊具となって、これが本来の姿なのだろうと思われる様を晒していた。 だれも居ないのかと、この遊園地を見渡して、人影らしき姿を捉えた。 それに気付けば、良く似た背格好の影が草むらやアトラクションに隠れているのがわかった。 間違えようがない。 自分たちと同じような背格好。 「おねえちゃん、ここにいるのみんな子どもだよ。ハロたちと遊びたがってるだけだよ」 「……そうなの?」 ハロの言葉に雀が、まわりいるであろう子どもたちへと問いかける。 警戒する雰囲気を醸し出していたのは、ほんの少し。 2人に敵意がないということが分かると、そろそろと姿を現し始めた。 雀とハロのように確りとした存在感ではなく、少し輪郭が曖昧で向こう側が透けてみえる子どもたちだった。 思いのほか、数が多い。 少し年齢の高い少年や少女もいる。 遊園地で亡くなった子どもたちではないのだろうが、ここに留まっている子どもたちは楽しい遊園地に惹かれて離れられなくなった状態のよう。 アトラクションが動いていたのは、遊びたい子どもたちがその思いを力として動かしていたからだった。 遊び足りないのは、自分たちだけではなく、訪れるひととも遊んで欲しかったから。 「ハロとおねえちゃんと一緒に遊ぶ? おねえちゃん、いい?」 「遊び足りないなら、仕方ないわね。めいっぱい遊んであげるわ」 それで満足して昇天していくのなら、おやすい御用だ。 とことんまでつきあって、遊び相手となってあげよう。 そう心に決めて、遊び始めた。 子どもたちが動かすアトラクションを楽しんだり、鬼ごっこも。 雀が呪符を使で演じて見せた芸や、ハロの交霊による芸は、初めてみるもので、子どもたちは満面の笑みを浮かべていた。 +++ どれくらい経っただろう。 すっかり空は夜空に変わっていた。 綺麗な星も少しは見える。 『そろそろ……行くよ』 さらさらと輪郭を失っていく子どもたち。 夜空に映えて、きらきら砂金のように輝いて見える。 『ぼくたち、ずっと寂しかったんだ』 『ありがとう、おねえちゃんたち』 最後の方は、言葉はもう聞こえなかったけれど、子どもたちの言いたいことは理解できた。 自分たちも、めいいっぱい遊んで身体は疲れているけれど、それは心地よいもの。 お礼を言われ、雀とハロは顔を見合わせて、にっこりと微笑み合った。
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