その日、ゼシカ・ホーエンハイムは相棒のドングリフォームセクタン・アシュレーを抱え、てこてこと図書館を歩いていた。その途中、1人のエルフっぽい男が何人かのロストナンバーたちに声を掛けているのを見かけた。 その男は世界司書らしく、片手に『導きの書』を持っていた。どうやら、グラウゼ・シオンが人手を探しているようだ。彼はロストナンバーたちに何か話していたものの、皆ばつが悪そうにその話を断っていた。「皆、予定あり、か。うーん、このままでは竜刻が暴走してしまうんだがなぁ」「あの……」 ゼシカがおそるおそる声を掛ける。と、グラウゼは身を屈め、ゼシカと目を合わせる。「なんだい、お嬢ちゃん? 」「何か、困り事なの? 」 その言葉に、グラウゼは1つ頷く。「君はコンダクターか……。実は、ヴォロスのある街で竜刻の暴走が予見されたんだ。そこで、回収に行ってくれる人を捜してたんだが、話だけでも聞いてくれるか? 」 彼の問い掛けに、ゼシカはうん、と1つ頷いた。そして、何人かのの仲間に呼びかけてみる事にした。 しばらくして、司書室にゼシカを初めとする何人かのロストナンバー達が顔をそろえた。グラウゼは安堵の息を着く。「そいじゃあ、説明するぞ。今回は皆にヴォロスへ行ってもらいたい。目的は、暴走しそうな竜刻の回収だ」 舞台は絵描きが集う芸術の街。森に囲まれたそこはいつも多くの画家やその卵たちで溢れている。そして、そこの人々はこの地方原産の珍しい植物や鉱石から採れた絵の具を用いて絵を描く事で、精霊と交感する術を持っていた。 今回は1つの絵が竜刻となってしまい、暴走するという。そのタイミングは祭のクライマックス。コンクールで特別賞に選ばれた物が人々にお披露目され、表彰を受ける場面である、という。 また、竜刻の暴走に影響されて壁画の竜や怪物など、有名無名問わず画家の作品が具現化し暴れ出す危険性が示唆され、緊急性を要するそうだ。「まぁ、絵の具の材料の所為で竜刻になったんだろうな。因みに、その絵は美しい女性のポートレートだ。描いたのは、新人の絵描きで、どうやらモデルは自分の妻のようだぜ」 グラウゼはそういい、『導きの書』を捲る。そして、ゼシカ達を見た。「今からすぐ行けば、ちょうどヴォロスで一番優れた絵描きを決めるコンテストが開かれる。祭のメインイベントでな、暴走の2日前だ」 だから、どうにかしてその絵を回収してほしい、とグラウゼは頭を下げる。そして、こうも言う。「まぁ、絵を回収し札をはっつけたらあとはのんびり観光するもいいさ。絵のコンクールのほかに皆で大きな壁画を作るイベントとか、画材や絵のバザーとかもあるし、楽しむのも一興さ」 でも、一番の目的は竜刻の回収だからな、とゼシカ達に念を押すのだった。「世界司書さん、その絵を描いた人はどんな人なのかしら? 」 ゼシカの問いに、グラウゼはうーん、といいつつ『導きの書』を捲る。「問題の絵を描いた新人絵描きだな。背は高く、ちょっと痩せているよ。白い翼を背中に生やしてる。ただ、その地方じゃよくいるらしいなぁ」 ただ、その絵描きの青年は口元にほくろがあり、赤いリボンを黒い髪に編み込んでいる、とも。それを目印にすればみつかりやすいかもしれない。「ま、コンクールに出される前に譲ってもらうなり、盗むなりした方がいいかもしれない。が、そこは君たちに任せるよ。それに、彼自身も他の絵を出した方がいいか悩んでいるかもしれないし……」 グラウゼはそこまで言うと、人数分のチケットと封印の札、人数分の弁当を差し出す。そして、ぺこり、と頭を下げた。「祭でたくさんの人が集まっている。もし暴走したら、と思うと俺は怖い。絶対に竜刻が暴走する前に回収してくれ」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>鹿毛 ヒナタ(chuw8442)ハロ・ミディオ(cryb8187)タリス(cxvm7259)ゼシカ・ホーエンハイム(cahu8675)
起:絵描きを探せ! ――ヴォロス・とある芸術の街。 祭で賑わっている中を訪れた4人のロストナンバーたちは、さっそく行動を起こす事にした。回収しなければならない竜刻が暴走するまであと2日。何が何でも回収しなくてはならない。 あつまったメンバー……ツーリストのタリスとハロ・ミディオ、コンダクターのゼシカ・ホーエンハイムの3人を見、コンダクターの鹿毛 ヒナタは内心でぽつり。 (俺、見た目引率だな……) というのも、彼以外10歳にも満たない幼子だからだ。どうみたってヒナタが「保護者」である。何かあったら責任問われそうな強迫観念があったりした。 そんな彼は「離れて行動する際は、ノートに連絡を入れるように」と言い、3人とも「はーい! 」とよいこのお返事を返すのであった。 「……まず、絵描きさんを探さなくちゃ」 「そうだねぇ」 ゼシカはポシェットから絵描きの似顔絵を取り出す。彼女にじゃれ付いていたタリスもまた同じように似顔絵を取り出した。2人とも司書から聞いた情報を元にし、ロストレイル内で描いていたようだ。 こころなしかタリスの猫耳が垂れているのは、僅かに落ち込んでいるからだろうか。 (……、りゅーこくの絵がうごくのは、たいへんなことなんだねぇ) タリスは、絵が動き出す事をずっとずっとすてきな事だと思っていた。それだけに今回の暴走で予見された事は悲しく思う。 「絵描きさんが描いた絵が大変なことになるんだよね? だから、何とかしなきゃだね! 」 ハロの言葉に全員が頷くのであった。 話し合いの結果、タリスとゼシカの似顔絵を元に3人で聞き込んで青年を探し、その間にヒナタが絵を買い付ける為の資金を調達する、という事になった。 「描きの感覚で物を述べると、盗まれたりしたら物凄く哀しいよ」 悪意しか感じず、その上盗まれた絵がどうなっているのか不安で胸が張り裂けそうになる。芸術を愛する彼は絵描きの青年にそんな思いをさせたくなかったので、まっとうに買い付けたい、と考えていた。それにタリスたちも賛成した。 「それじゃ、いっくよー! 」 タリスはちゃちゃっと青い鳥を描き、例の絵描きの似顔絵を持たせる。そしてゼシカとハロもまた似顔絵をもって聞き込みを開始した。 「とっても絵が上手な人なんだって。それに結婚してるの。おねえさん、知ってる? 」 似顔絵を見せながらゼシカが問うと、女性はそうねぇ、と少し考える。 「その人だったら画材通りに住んでいるわよ」 そういって指差した先は、幾つもの画材屋が建ち並んだ場所だった。 (たしか、そっちには……) ゼシカの記憶では、ハロが向かった場所だった。お礼を言い、彼女もまたドングリフォームセクタン・アシュレーを抱えてそっちへ歩いていく。他の人にも聞いてみたところ、この青年は画材通りに住んでおり、夕方に市場へ買い物に出かける、らしい。 「それなら、今家にいるかもしれないわ」 ゼシカは画材通りへと走り出した。 一方、似顔絵を元に青い鳥をつかって探していたタリスはあちこち歩いているうちにヒナタの露店の前へとやって来た。 「あれれ? もどってきちゃった……」 「おつかれ。例の青年は見つかったか? 」 ヒナタの問いに、タリスは首を振る。こころなしか尻尾がしおれているのは気のせいだろうか。ちなみにヒナタの方でも客に聞いてみたりしているが、「画材通りで働いている」という事以外はわからない。 「絵の方はどう? 」 「こっちはぼちぼち。珍しがられて……」 今度はタリスが問う。買い取りの資金を得る為にはじめたのだが、水墨画を見た事が無かった人々はヒナタの絵に興味を示し、既に1つ売れたらしい。 また、人々の話によるとこの辺りでは色んな需要があるらしく、その買い手によって絵の相場が変わるらしい。大体、新人画家の絵の相場は金貨3枚あたりだ、と聞き、ヒナタは考える。 (中世西欧における平民の肖像画の価値は低いって認識だったけど、ここでは違うようだな……) 実際に青年の絵を見てみないとわからないが、予見では特別賞を受賞している。と言う事はなかなかの物ではないだろうか。そう思った彼は金貨を5枚集める事にした。 この辺りでは銀貨が10枚で金貨1枚、銅貨が10枚で銀貨1枚の計算らしい。ちなみに、ヒナタの絵は1枚銀貨5枚で売れた事を追記しておく。 「すごいねぇ。この調子で集まってほしいな」 タリスがそう言っていると、青い鳥が声を上げる。ヒナタと共に見上げると、白い翼を背負った、黒髪の青年が空を飛んでいる。彼が向かっている先は、画材通りと呼ばれる場所だった。 「いってくるよ! 」 タリスはその方角へと走り、ヒナタはその背中に「頼んだよ」と声を掛けるのであった。 そして、ハロ。彼女は画材通りの一軒一軒を回りながら青年を探していた。しかし、まだ見当たらない。 (どのお店に居るんだろう……) 絵の具を扱う店は一通り入ったが、黒髪の青年はみつからない。ゼシカとタリスの似顔絵のお陰で、ここで働いている、というのは解ったのだが……。 「もうちょっと探してみよう」 と、意気込んだその時。白い羽根がふわり、と落ちる。顔を上げると似顔絵どおりの青年が、舞い降りた所だった。黒髪に赤いリボンを編み込んだ、口元にほくろのある青年だ。 「おや、こんにちは」 青年はニッコリ笑う。ハロは挨拶した上で 「お兄さんの絵、すごくきれいって教えてもらったんだけど見せてもらえないかな?」 そう問われ、青年は目を丸くする。急なお願いに驚いたものの、彼はええ、と小さく微笑んだ。そういうやり取りをしている間に、タリスとゼシカも合流する。ハロは2人を青年に紹介した。 「にゃあ、ぼくは旅の絵描き! いまはね、いろんなひとからいろんな絵をみせてもらってるの! 」 タリスは目を輝かせる。自分にも絵を見せてほしい、と頼めば青年は優しい笑顔で応じてくれた。 「この街には色んな絵描きさんが集まって互いに勉強しあっているんだ。僕も君の絵が見れたらいいなっておもうよ」 青年もまた興味深そうにタリスにいう。旅の絵描きがどんな作品を描くのか、楽しみなようだ。 「ゼシ、おえかき大好き。もっと上手になってお友達やパパやママを描いてあげたいの」 一方、おえかきを教えてほしい、と弟子入りを申し込むゼシカ。それに青年は少し困ったような顔になる。彼曰く、自分自身もまだ師匠から1人立ちしたばかりで、弟子をとるという事はまだ考えていなかったらしい。 「うーん、少し考えさせてくれるかな? 僕よりもっと上手な人はいっぱいいるから、いろんな人の絵を見て、こんな風に描きたいって人の元に弟子入りした方がいいよ」 ゼシカの目線にあわせ、穏やかに言う青年。彼の言葉に少女は少ししょんぼりしてしまう。それに青年も胸を痛めたのか、少しおろおえしていた。 「……うーん、ここでは何だし、僕の家へどうぞ」 そういって、彼は自分の家へと3人を案内した。 承:想いよ届け 3人が青年を見つけた。その報告を受け取ったヒナタは内心ホッとする。見つからなかったらそれはそれで大変な事が待ち構えていたからだ。 (交渉は、あの子達に任せよう) 内心でこんな年長者である事を申し訳なく思いつつ、彼は紙に大胆な筆遣いで絵を描いていく。彼はこういったパフォーマンスで道行く人を惹き付けていた。 空気の湿り具合などを考慮しても、一発勝負の水墨画。その張り詰めた空気と、描かれる動物や風景に、人々は魅了されていく。 「舟、客寄せ頼むよ」 相棒である舟は楽しげにぴょんぴょん跳ね、ヒナタはのびのびと絵を描く。生き生きとした動物や伸びやかに息づく木々を、時に大胆に、時に繊細に……。 「兄さん、よかったらその梟を描いてもらえるかい? 」 小柄な老女が舟をみてにこにこと問いかける。ヒナタはそれに笑顔で応じ、真心を込めて描いていく。そうして、出来上がった舟の絵に老女は満足げに金貨を1枚取り出した。 「えっ? そ、そんなには……」 「いい絵には、それ相応の対価を払う。どこでもそうだろう? なぁ? 」 そういい、老婆は金貨をヒナタに握らせ、からからと笑いながら嬉しそうに絵を持っていった。最初のうち、いいのだろうか、と戸惑うヒナタであったが、見ていた男が「いいんだよ、貰っときなって」と肩を叩く。 (俺の絵が、認められたって事かな……) ヒナタは少し照れながらその金貨を握り締めた。そして、再び絵を描く。全てはこの依頼を全うする為。あの子達の説得を無駄にしない為だった。 ヒナタが露店でパフォーマンスをしている頃。ハロ、タリス、ゼシカの3人は絵描きの家に来ていた。1階が絵の具屋になっており、2階に夫婦は暮らしていた。 絵描きの名はラッシュといい、絵の具屋を手伝いながら絵を描いて暮らしている、という。しかし、絵が売れたことは1度も無いそうだ。 「いらっしゃいませ。どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」 出迎えたのは奥さんだった。少しお腹が大きいところからして、どうやら赤ちゃんがいるようだ。ラッシュは彼女に無理をしないよう、と言って座らせる。そのやり取りをゼシカはどこか寂しい気持ちで見ていた。 彼はコンクールに絵を出しに行ったのだが、書類を忘れた為それを取りに来たらしい。タッチの差で間に合った事に3人は内心安堵の息を吐く。 「絵が見たいって、言っていたね。よかったらコンクールに出す予定のをみてくれないかな。よかったら、素直な感想が欲しいんだ」 そういいながらラッシュが包みを解き、絵を3人に見せる。確かに、奥さんをモデルにした、すてきな物だった。静かな佇まいの中に、人柄が伺えるような、自然で優しいポートレート。これだけで、ラッシュがどれだけ奥さんを愛しているのか、すごく良くわかる作品だと、3人は思った。 これがコンクールで特別賞を得るのも頷けるもので、3人も目をキラキラと輝かせた。 「わぁ、とってもきれいっ! 」 「とてもやさしくて、すてきな絵……」 「うんうん、なんか、温かい気持ちになるね」 それぞれ感想を言っていると、傍らで奥さんが恥ずかしそうにしている。ラッシュとしてはあるがままの奥さんの姿を描いたそうだ。彼は人や自然のあるがままの姿を描くのが好きなのだという。 (絵描きさんのだいすきな人の絵なんだよね) 彼の話を聞きながら、タリスが絵と奥さんを見比べる。奥さんへの愛を感じるその絵が竜刻になり、暴走しようとしている。それを思うと悲しい気持ちになる。 「絵って凄い。描いてる人の心が見えるのよ」 と、ゼシカ。彼女はポートレートに見入っていた。ラッシュは頬をかきながら小さく笑う。 (……やっぱり、こんなに綺麗な絵が皆を酷い目にあわせるなんて、いやだよ) ハロは意を決した顔で、1つ頷いた。それに気が着いたゼシカとタリスもまた答える。一同は不思議そうな顔をするラッシュ夫妻に真剣な顔を向けた。 「あのね、この絵、とってもすてき。だけど……」 「実は、その絵がね、竜刻になっているんだ」 タリスとハロの言葉に、ラッシュは「えっ?! 」と驚き、目を見開く。本人は全く考えていなかったようだ。ハロは言葉を続ける。 「それでね、……なんというのかな。暴走しそうなの」 「こ、これが? 君、竜刻使いなのかい? 」 青年の問いに、ハロは首を振る。しかし、彼女は徐にそっと詠唱し、鷹の霊を呼び出した。ハロはこういった存在を呼び出せるのだ。 「ハロも精霊とお話できるから分かるんだ」 その言葉に、ラッシュは「そうか……」と小さく呟く。彼自身は精霊と交感するが不得意で、そういった力を感じとる事があまりできない、という。苦笑しながら話しつつ、彼はちらり、と絵を見た。 「暴走しそうならば、責任を持って処分しないとね……」 ラッシュは悲しそうにそういい、絵を手にしようとする。が、それを止めたのはゼシカだった。タリスもハロも、彼の思いが伝わってくるのか、泣きそうな顔になっている。3人は見ていた。彼の手が、酷く振るえているのを。 「赤リボンさんが心を込めて描いた、大事な奥さんの絵だってわかってる。だから……」 「だからね、その……ぼくらにゆずってくれないかにゃ? 」 どきどきしながら問いかけるタリス。ハロとゼシカも真剣な表情で2人を見た。ラッシュは少し考える。その目はどこか不安そうだった。 「竜刻の暴走が恐ろしいのは、僕もよく知っている。そんな絵を持って行って、どうするつもりだい? 」 「ぼくらは、暴走を封じる手段があるんだよ」 タリスはそういい、必死な目で訴えかける。ゼシカもまた、ラッシュの手を取って彼の目を見た。ハロもまた、悲しげな目を向ける。 「そんなきれいな女の人の絵で大変な事になるのはイヤ。だけどそれを壊すの……ハロはもっといやだ! 」 「ゼシも、そう思うの。赤リボンさん達の悲しい顔を見るのも、イヤ」 自分もこの絵が好きだから、と涙目で訴えるゼシカ。タリスもまた顔を上げて問いかける。 「どうかにゃ、ラッシュさん……」 3人の説得に、ラッシュはうーん、と考える。危険な物をこの子達に預けて、大丈夫だろうか? 暴走を封じる手段がある、とは言っていたが、やはり心配なのだろう。彼は悩んでいた。 奥さんはこの会話を聞き、暫く何も言わず考えているようだったが、しばらくして、そっと、こう言った。 「暴走を抑えられるならば、この人たちに預けたらどうかしら? 私は、その方がいいとおもうわ」 その言葉に、青年は少し考え……タリス、ゼシカ、ハロの目を見た。この子供たち3人が嘘を言っているようには思えない。 「そういえばだけど、お兄さん。その絵、いくらだったら、売ってくれる? 」 ハロの問い掛けに、ラッシュは少し考える。 「そうだね。金貨1枚でも充分ありがたい、とおもうよ」 彼の言葉に、3人は顔を見合わせて頷く。……ヒナタはどれだけお金を用意できただろうか? そんな事を思いつつゼシカが口を開く。 「あのね、提案があるの」 その頃、ヒナタの露店は賑わっていた。彼の大胆なパフォーマンスのお陰か、舟の愛らしい客寄せのお陰か、6つの絵が売れ、銀貨が40枚(金貨4枚分)と金貨1枚も稼ぐ事が出来た。 (これぐらいあれば、充分かな? ) 自分の絵がこれほど好評になるとは、と内心驚いているとゼシカ達から連絡が入る。どうやら、交渉は上手く行きそうだ、と思った彼は早速青年の家へ向かう事にした。 転:評価される、という事 ヒナタが向かっているその頃。ラッシュの奥さんが焼いたフィナンシェを食べながらゼシカ達は会話を楽しんでいた。 「きれいな鷹の精霊だね。プリーシャもこういった精霊を呼び出せるんだよ」 プリーシャというのは奥さんの名前だ。彼女は刺繍で精霊と交感しているらしい。そんな彼女との馴れ初め話になると、ハロとゼシカはうっとりしてしまう。なんでも、体調を崩したプリーシャをラッシュが介抱したのが始まりだという。 (2人とも、本当に仲がいいんだねぇ) タリスがほくほくした笑顔で2人を見つめる。そして、持ってきた道具を使って2人の絵を描き始めた。ゼシカもまた道具を借りて2人の絵を描く。その姿をハロは優しい眼差しで見ていた。 しばらくして、タリスとゼシカの絵が出来上がった。2人ともラッシュ夫妻の絵を描いていた。ハロは絵と夫妻を見比べ、顔を綻ばせる。どちらの絵も心が温かくなるようで、ちゃんと特徴もつかめていた。 「ゼシ、まだまだへたっぴだけど……赤リボンさんと奥さんがずーっと幸せに暮らせますようにって祈りを込めて描いたの」 「うけとってくれるかにゃ? 」 大好きな人といっしょに居られますように、という願いを込めて描かれた、2枚のポートレート。それを緊張しながら手渡すゼシカとタリス。ハロが見つめる中、ラッシュが頬を赤くして頭を下げた。 「ありがとう! 嬉しいよ、ゼシカさん、タリスさん……」 「本当に、ありがとう。部屋に飾らせてもらうわね」 プリーシャが笑顔で受け取り、ラッシュも嬉しそうに絵を見つめる。照れながら語り合う2人の姿に顔をほころばせながら、ハロは鷹の精霊と顔を見合わせて笑う。アシュレーもまた顔を綻ばせるゼシカ達の様子に喜んで、ちょっとだけ跳ねた。 (これなら、上手く行きそう……) ハロが安堵の息を吐いていると、ドアをノックする音。絵描きが出ると、そこにはヒナタがいた。彼は挨拶し、事情を説明する。と、ラッシュは少し緊張した様子でヒナタを中に入れた。 「交渉、上手く行ったよ! 」 「それは良かった。あとは、俺だな……」 ハロの言葉に頷き、ラッシュに絵を見せてほしい、とヒナタは頼む。 「これです。……どうでしょうか? 」 カチコチとぎこちない動きで絵を見せるラッシュに、奥さんが苦笑する。タリス、ゼシカ、ハロが傍らで「大丈夫だよ」と励ますように微笑むと幾分か表情が和らいだ。 一方、ヒナタ。彼は目の前の絵に、心奪われていた。絵の知識があり、アーティストでもある彼の目からしても、この絵描きの絵が売れたことが無い、というのが疑わしいほどだ。しかし、ラッシュはどうみても嘘が言えそうも無い人間に思える。 (どうみても、相場より上の値段だろ、これは。それ以上に、お金ではあらわせないほどの何かを秘めているよ……) 1度深呼吸していると、奥さんがお茶とフィナンシェを持ってきてくれた。席に着き、礼を述べてお茶を1口飲むと、ラッシュにこう言った。 「文句の付け所が無い、素晴らしい絵だ。金貨5枚で俺たちに譲ってくれないか? 」 その言葉に、ラッシュの目が丸くなる。仰天したのか、思わず椅子から転げ落ちそうになった。彼はそんな金額が提示されるとは全く思っていなかったようだ。 「そ、そそそそそそんなに受け取れません! 」 「いいや、それだけの値打ちがある、と俺は思うよ」 そういい、穏やかな目で絵を見るヒナタ。おろおろとする若い絵描きに奥さんやハロたちも笑顔で頷く。が、しかし、青年は首を横に振った。 「こんな大金、受け取れません。これだけで、充分です」 そういい、彼は一枚だけ金貨を受け取ろうとする。が、ヒナタはそんな彼の手にのこり4枚の金貨を握らせた。傍らでは舟もまた小さく頷く。 「で、でも……」 「話はこの子たちから聞いている。奥さんのお腹には赤ちゃんが居る、となればこれから色々と必要になってくるだろうし……貰っておいてほしい」 その言葉に観念したのか、ラッシュはようやく頷く。そして、深々と頭を下げた。その目には薄っすらと涙が浮んでおり、初めて絵が売れた嬉しさと、竜刻と化した絵だけでなく自分たち夫婦の事を考えてくれた旅人たちへの感謝で胸がいっぱいになっていた。 絵に封印の札を貼った後、しばらくお茶とフィナンシェを楽しんでいた一行。暫くして、4人はラッシュ夫妻と共にコンクールの会場へと足を運んでいた。目的はヒナタの水墨画とラッシュの絵の出展である。 竜刻となったポートレートはヒナタたちが持っていくことになったため、ラッシュは別の絵をコンクールに出す事にしたのだ。 「実は、あと幾つか描いているものがありまして……」 とラッシュは何枚かの絵をみせ、その中で一番いいものを皆で選んだ。それは愛らしい双子の赤ちゃんを抱いた夫婦の絵である。 一方、ヒナタが出すのは、前の書初めのときに描いた龍の水墨画である。凛々しく勇ましい龍に夫妻は「すてきだ」と目を輝かせた物の、彼自身は内心で首を振る。 (墨の濃淡だけで描いた絵なんて絶対はねられるから、まかり間違っても入賞しないからっ! ) ヒナタは、このあたりは重厚みっちりな芸風がもてはやされそうな文化圏だ、と推測している。が、先程露店で絵を売った時の事を思うと……少し疑わしい。気になったので聞いてみると、その時代によってもてはやされる芸風が変わっている、という。 「ヒナタさんの絵は、力強い。失礼ながら、私は墨だけで絵が描けるとは思っていなかったのです。しかし、貴方の作品を観て、考え方が変わりました」 ラッシュの言葉に、ヒナタは露店での反応を思い出す。しかし、まかり間違っても入賞しないだろう、と思っていた。 「ここかしら?」 アシュレーを抱えたゼシカが広場で絵を持った、たくさんの人が並んでいるのを発見する。ヒナタは係員に聞き、書類製作からはじめるとの事で、ハロ、ゼシカ、タリスの3人はラッシュ夫妻と共に絵の出展に向かった。 「入賞できるといいな……」 絵と書類を持ったラッシュがぽつり、と言いながらも僅かに震える。どうやら、まだ緊張しているようだ。そんな彼に、ハロはおまじないをし、にっこりと笑いかける。 「ハロたちがついてる! それにプリーシャさんがついてる! ほら、深呼吸! 」 「大丈夫! きっとラッシュさんの絵、気にってもらえるよ! 」 「きっと、赤リボンさんの絵、みんなよろこんでくれるわ! 」 タリスの言葉に、ゼシカとアシュレーの笑顔に、ラッシュとプリーシャは顔を見合わせて笑う。ようやく緊張が解れた彼は、絵と書類を係員に提出した。 そして、ヒナタもまた舟や皆に励まされて水墨画を提出する。その後はゆっくりとお祭を楽しむ事にした。竜刻となった絵には封印の札が張ってある。帰りに忘れず受け取れば任務は完了になるので、とりあえず、絵画祭を楽しむ事にした。 結:絵のお祭 「それじゃあ、みんな。時間になったら俺の露店にあつまってくれ。店を離れる時は俺も連絡するから」 ヒナタの言葉に3人は頷く。そして、3人とも思い思いに祭へと繰り出した。その背中を見送りながら、彼は舟と共に露店で水墨画を披露する。今度は屋台で食べる分だけなのでパフォーマンスに専念した。 「お兄さんの住んでいる国での技法なのか? 私は今年で50歳になるが、こんなに一色の濃淡で魅せられたのは初めてだよ」 1人の男が感嘆の息を漏らし、描かれた鷲を見つめている。その言葉や周りの反応に、ヒナタはどこか照れくさく思っていた。 ゼシカは祭のはじっこで似顔絵描きをはじめたラッシュにあるお願いをしていた。彼女はいつも持ち歩いている一枚の写真を彼に見せた。 「素敵な、絵だね。これは君のご両親かな? 」 「そうなの。でも……」 ゼシカが何を言おうとしたのか解ったのか、ラッシュは首を横に振る。哀しい思いをさせない為だった。彼は1つ頷いてゼシカとその両親の絵を描き始めた。 「せめて絵の中だけでもホントの家族になりたいの」 「……君も、色々あったんだね」 そういって、優しく頭を撫でるラッシュ。思わず泣きそうになるのをゼシカは必死に堪えた。どこに居るかわからない父親と、天国に行ってしまった母親を思うと、幼い胸は切なさで締め付けられる。その痛みを知っているのか、感じているのか。彼の瞳は、とても優しく、されど、どこか影があった。 (……絵だったら、ゼシもパパとママと一緒にいられるわ) けれど、いつかはパパと一緒に写真をとりたい。そう願うゼシカだった。 一方、タリスとハロはイベントに参加していた。これは大きな真っ白いキャンバスに皆で絵を描いて巨大壁画を作ろう、というものだった。それを見つけたタリスは尻尾をぴーん、と立てて 「ぼくも描く、みんなといっしょに描くーっ! 」 とハロの手を引いて走っていった。ゼシカとタリスの絵がみたかったハロも嬉々として参加する。係員から道具を借り、2人は早速絵を描き始めた。 「ゼシカちゃんも、来るといいなぁ」 「後で連絡したら、来るとおもうよ! 」 そんな事を言いながら、ハロは大好きな自分のトラベルギアである牛の頭蓋骨をのびのびと描いて行く。稚拙ではあるが、彼女らしさに溢れた無邪気な絵にタリスも笑顔になる。 そんな彼が描いたのは色鮮やかな鬣を持つ獅子だった。その顔を描こうとして、ふと、手が止まる。そして……銀色の目から涙が1つだけこぼれた。 (真っ黒いライオンさんと、もっといっしょに描きたかったなぁ) 大切な友達だった彼を思い、筆を握り締める。ハロが首をかしげたときには、タリスの手が再び動き、笑顔を描き出す。 「うん、いいかんじーっ! 」 ハロが笑うと、タリスも笑顔になっていた。そこに足音が聞こえ、振り返るとゼシカとヒナタもいた。ラッシュとプリーシャも、あとからやってくる。その誰もが笑顔で、嬉しくなってハロとタリスも笑顔を向ける。 こうして、4人と絵描き夫妻は心行くまで絵を描いた。子供らしい絵を描くゼシカとハロ、思い出を描くタリス。そして、自分の可能性を思いながら描くヒナタ。そのどれもが輝いているように見え、絵描き夫妻も目を輝かせる。 夫妻もまた、2人らしい、穏やかな絵を描いた。それは4人の旅人たちだった。ゼシカのおさげも、アシュレーの双葉も、ハロの波紋のような文様の瞳も、ヒナタのつんつんとした髪と舟のまるっこさ、タリスの羽根も、いきいきと描く。そして、プリーシャがそっと、念を込めた。 (貴方がたの道に、光がありますように) そっと囁かれた願いが聞こえたとき、彼らの口元に微笑が宿る。『旅人の外套』で忘れてしまうだろうけれど、このひと時が、4人には本当に嬉しい物だった。 しばらくして、一行は竜刻となったポートレートを手にターミナルへと向かった。ゼシカは両親の絵を抱きかかえ、嬉しそうに笑う。ヒナタは例の絵を手に一つ頷き、タリスとハロもその絵に見とれる。 ロストレイルが来るまでの間、彼らは祭での出来事と絵描き夫妻の事を話しながら祭の余韻に浸っていた。 後日談ではあるが、ラッシュはあのコンクールで最優秀賞を手にした。そして、ヒナタの出した水墨画もまた、『旅人の残した絵』として入選し、人々の注目を集めた事をココに記しておく。 (終)
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