ヒトの帝国にて、皇帝の寵姫シルフィーラと接触した、ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノと相沢優の報告は、あるひとつの結論を導いた。 トリの王国の女王オディールは、ヴァイエン侯爵が《迷鳥》にこころ奪われたことを嘆くあまり、《迷鳥》を憎み、糾弾していた。しかし、無意識のうちに、《迷鳥》という神秘的な存在に憧憬も生まれていたのだ。 もしも―― もしも、わらわが《迷鳥》であったなら。 ヴァイエン候に保護された双子の片割れが、シルフィーラではなく、わらわであったなら。 ずっとあのかたのそばに、いられたかも知れぬものを。 それは女王として抱いてはならぬ禁忌ゆえ、オディール自身さえも気づかぬままに抑圧してきた感情だった。 だが、世界計の欠片が、その封印を解いてしまった。女王の想いは、歪み、ねじれて、《迷卵》を呼び覚ます。 そして、春のヴァイエン侯爵領に、眠ったままであった《迷卵》が、次々に孵化することとなったのだ。 ……今もまた。 緊迫した表情の無名の司書が、ロック・ラカンを呼び止める。「ロックさん。オディール女王が行方不明です」「何だと」「単身、ヒトの帝国に行ったものと思われますが、その足取りは掴めません。ただ……」「ただ、何だ?」「ヒトの帝国内に《迷宮》がいくつも発生しています。もしかしたら」「その原因が、オディール陛下かも知れぬと? よもや、女王が《迷鳥》に変貌したとは言うまいな?」「それはまだ、何とも言えません。今のところ、『導きの書』は、どの《迷宮》の中にも女王はいない可能性を示唆していますので」「だが、現地へ行けば、何らかの手がかりは掴めるでしょうね」 ラファエル・フロイトが進み出る。ロックはじろりと、彼を睨んだ。「候は無関係であろう。それがしが行こう。女王陛下を守護するのが、それがしのつとめ」「いや、私も行かなければ」「おれも行くよ」 シオン・ユングが走りよってくる。「全員、お願いいたします。むしろ、あなたがただけでは人手が足りませんので、他にも――」 司書は冷静に、図書館ホールを見回した。**************************** ロストナンバー達は、ロストレイルに揺られつつ、自分達が向かう事になった《迷宮》についての資料を読んでいた。 今回、行く事になったのは避暑地のど真ん中に発生した《迷宮》。しかも、その中は高級なキャバレーにも似た雰囲気だという。 但し、中にいるのは全て幻である。属性が『宵』であるこの《迷鳥》は、見目麗しいパフォーマー達や極上の酒や料理、煙草を《迷宮》中に広げた。パフォーマー達は侵入者の足を止めようと魅了し、もてなそうとする。そして、進められるがままに酒や料理等を口にすると、体が痺れていくのだ。「全て、幻なのに……?」「《迷鳥》は五感全てに作用する幻影を使うんだって」 資料を見ていた者達はその一文に表情を険しくする。そして、その資料の最後に記されていた言葉に対し疑問を覚えながらロストレイルに揺られていた。 ――フライジング・霊峰ブロッケンの麓 目的の《迷宮》の前にやって来たロストナンバー達は、目を見張る。というのも、その奥からオネェな人の声が聞こえてくるのだ。 ――やだ、なんで力が暴走してるのよぉ! しかも黒鳥になっちゃってるしぃ!! で、ここはどこなのよぉ!―― 現地の人には黒鳥の声にしか聞こえないらしい。しかし、ロストナンバー達の耳には人の声に聞こえる。それで、彼らは思い出す。 ――その《迷鳥》を保護してください。 彼らは、資料に書かれた最後の一文を理解する。幸い、意思の疎通はできそうな気がした貴方がたは意を決して、《迷宮》へと足を向けた。・・・・・・・・・・・!お願い!オリジナルワールドシナリオ群『夏の迷宮』は、同じ時系列の出来事となります。同一のキャラクターでの、複数のシナリオへのエントリーはご遠慮下さい。抽選後のご参加については、重複しなければ問題ありません。
起:いざ、迷宮へ! ――フラウジング・霊峰ブロッケンの麓にある避暑地 木々のざわめきが、さわやかな風に運ばれていく。空を仰げば突き抜けるような夏空。そして、時折聞こえる……オネェな人の声。迷宮の前へと並んだ4人のロストナンバー達は、それを確認しつつそれぞれ意気込む。……が、思わず「けふっ」とゲップが漏れている……ような気がした。 「あれだけたっぷり食べたんですぅ☆ 食べ物の幻影はぁ、どうにかなると思うんですよねぇ☆」 「まぁ、ナ。残った分とロストレイルで買った分を持っていけば説得にも使えるダロ」 そう言い合っているのはきゃぴっ☆ としたウインクをする川原 撫子と思案顔のジャック・ハートだった。その傍らでお茶を飲んで一息ついた司馬 ユキノはがさごそと鞄から真っ赤な瓶を取り出す。それをみた彼女の相棒たるドッグタン、カリンはびくっ、と身を怯ませた。その様子と取り出された瓶にファルファレロ・ロッソは眉間に皺を寄せる。 「……なんかえらく危険な臭いしかしねぇなぁ」 「だよねー。なんてったってデスソースだもん♪」 彼女の言葉に思わず目が点になる3人。ユキノは幻影が五感に作用するのならばもっと強く五感に訴えかける何かで打ち消しが出来るのでは、と考えてこれを用意したようだ。 「その他にも香水も用意したよ! 皆が惑わされそうになったら助けるからね」 ユキノはそういいつつ匂いのきつい香水を染み込ませた布を見せつつ、自分が引っかかったら助けて欲しい、とお願いした。なんかゴージャスなイメージを沸かせるような香水の匂いに思わずむせそうになったものの、効果は期待できそうだな、と3人は思う。 「それは最終手段って事にしておこうゼ? ともかく……」 ジャックは仕切り直しとばかりに入口を見据える。ファルファレロはふんっ、と不敵に笑って眼鏡を正す。 「さっさと行くぞ」 と、彼が示せば撫子も「はぁい☆」と元気よく拳を上げる。ユキノとジャックもまた頷いて4人は迷宮へと足を踏み入れた。 所で、ここで皆様気づいているだろうか。先ほどの撫子とジャックのセリフに。 彼らはとりあえず対策として「すで」にあらかた食事を終えているのである。 ――数刻前・ロストレイル内 「おお……っ?!」 「お腹いっぱいになっておけばぁ、少なくとも食欲で惑わされたりしないかなと思いましてぇ☆ それにお腹いっぱいで眠い時って他の事で邪魔されると苛立っちゃうじゃないですかぁ☆ これで誘惑材料が凄く減ると思いますぅ☆」 ファルファレロ達の前に広げられたのは、唐揚げやら野菜の煮物のおかずとどこか懐かしい匂いのするおにぎり、新鮮野菜を使ったサンドウィッチ等がたっぷり入ったお弁当(8人分)である。これ1つを撫子が『対策のために』作ったというのだから手際の良さに目を見張る。その傍ら、ジャックがぱちん、と指を鳴らしていた。 「今日の乗務員は……、ツイてるゼ。マナちゅわーん! ちょいと飲み物とか用意してくれねぇか?」 通りかかった柊 マナを呼び止めると事情を説明し、それに彼女は頷いて紙袋や飲み物を用意してくれた。その様子を見つつ資料に目を通していたユキノがぽつり、と呟く。 「保護、とありますから……今回の迷鳥は覚醒したばかりのロストナンバーなのかな? 春に迷宮が大量発生した時もロストナンバーが保護されたみたいだし……」 そんな気がする、と言いながらおにぎりをぱくり。向かいでコーヒーを飲んでいたファルファレロも「そうかもしれねぇ」と相槌を打ち、にやり、と笑った。 「狂宴の館だってな。おもしれぇ、まさに俺の為にあるような迷宮だな」 壱番世界ではバーやクラブを手がけた事もある彼としては、どんなものか興味があった。なんせ上質の酒と煙草、料理にパフォーマーが揃っているのだ。幻影とは言え、気になるのも仕方ないだろう。 「しかし、口にしたら体が痺れるって話だったナ。撫子が作った料理を口にしていた方が対策にはなりそうだゼ」 そう言いながら早速サンドウィッチをもらうジャックにお茶を渡しながら撫子はまだまだありますからぁ、とにっこり笑う。が、ユキノは広げられた料理を見て、 (絶対、この4人で完食は出来ないよ~) と内心涙目になっていた。因みにカリンの他、ファルファレロの相棒であるオウルタンのバンビーナ、撫子の相棒であるロボタンの壱号もちまちま食べているのだが、その量は減りそうにない。 「まだたくさんあるからぁ、どんどん食べてくださいね~」 にっこり笑う撫子であったが、ユキノだけでなくジャックとファルファレロもその量にはちょっと悩むのだった。 撫子が作ったおいしいお弁当をある程度お腹に収め、余った分は「中のヤツも幻覚ばかりじゃ腹減ってっかもしれねェしな」というジャックの意見もあり、マナに頼んで纏めてもらった。それでも余った分を撫子がきっちり食べ終えた頃、ロストレイルはフラウジングへと到着する。 「腹八分目で気力充実ですぅ☆ これなら幻覚にも絶対騙されないですぅ☆」 「それ通り越して満腹だよっ」 にっこり笑顔の撫子にユキノがツッコみ、ジャックとファルファレロは同意するように頷いたのはここだけの話である。そんな様子に壱号が、ため息を付くようにネジをキコキコ言わせて両手を下ろした。 承:狂宴の中へ飛び込めば ――フラウジング・迷宮内 『いらっしゃいませーっ、4名様ごあんなーい!』 入るなり、華やかな声と賑やかな音楽が聞こえてくる。そして出迎えたのは見目美しく華やかな衣装に身を包んだ女性……のように見えた男性達であった。 『あら、アナタ。わたしのタイプねぇ』 そう言って1人が早速ジャックへと近づくも、彼によって押しのけられる。 「酒も煙草も女も、仕事中にやる趣味はネェんでな」 そう呟けば近づいてきた別の男性が『つれない人ねぇ』といいながら肩を押される。次から次に来るパフォーマー達を見つつ、場合によってはサイコシールドを使おう、と考えるジャック。 一方進められるがままに口にしたバーボンに、ファルファレロが眉を顰める。彼はそれを押し返すと僅かに体が痺れた事を感じながら、きっ、と鋭い目で言い放つ。 「上質の酒だぁ? 冗談だろ、こんな安物並べやがって! がっかりさせるんじゃねぇ!」 うちで出す物の方が上質だ、と同業者目線で論ずるファルファレロ。彼は漂ってきた煙草の匂いにも反応し、「そいつも安物だろぉが」と厳しい発言をする。幻惑とは言え差し出したパフォーマー達は驚きの表情を浮かべ、顔を見合わせた。 撫子とユキノへはタキシードとオールバックでクールに決めた美男子……のように見えた女性がエスコートしようとやって来る。 (わっ、私、こんな如何わしいお店に入った事無い……?!) 際どい衣装を纏う男性パフォーマーやら、性別を超えた美しさを見せる女性パフォーマーの姿に赤面してしまう。わたわたしつつも勧められたジュースを口にしたが、器官に入って思わず噎せてしまった。というのも、咄嗟に手にしたハンカチ(香水が染み込んだもの)を顔に当てたからだった。 「だ、ダメ! 惑わされちゃダメ! これは幻影なんだからっ!!」 ここは魔窟なの? と困惑しつつも今回の任務を思い出し、気を引き締めて突き進んでいく。けれどもそつない仕草で跪くタキシード姿の女性に思わず胸がキュン、となる。 『そんなに急いでどうしたのですか、可愛いレディ。こちらにスイーツを用意しておりますよ?』 そういう彼女が手で示したテーブルには、美味しそうなケーキやマカロンが乗った銀の三段トレイがあった。上品なデザインのティーカップは香り豊かな紅茶で満たされている。可愛いと言われてぽっ、となったユキノはカリンがスカートを引っ張る事に気づかないまま、席に案内されようとした。 「しっかりして下さぁい!!」 その時、想い人の足元にも及ばない、と男装の令嬢を押しのけていた撫子がユキノにデスソースの瓶を近づけた。その火がつくほどスパイシーな香りで我に返ったユキノは、カリンを抱えて後ずさる。 「こ、ここは魔窟だよぉ! 早く、行かなくちゃ!!」 「ですねぇ☆ ちゃっちゃか黒鳥さんをお迎えにいっちゃいましょう☆」 半泣き状態になりながらもユキノはぐっ、と手を握り締める。それに撫子と壱号がうんうんと頷き答えたその傍で……ジャックが怪訝そうな表情を浮かべた。 「……な、なぁ。あれ……何ダ?」 「「えっ?」」 彼が指差した先。そこには、引き締まった体の男がいた。でもなんかぴゅあっぴゅあっでキュア☆ な感じのゴシックロリータ衣服を纏って愛らしいポーズを決めている。 「そんなのはお呼びじゃねぇんだよっ! 女だせ、女! つーかストリップショーはまだか? オラッ、日本の伝統料理ニョタイモリはどうした!!」 「多分伝統料理じゃないよ、それぇ!? ってストリップなんて……!!」 思いっきりテーブルを蹴り倒しながら言うファルファレロに激しく赤面しながらツッコミを入れるユキノ。しかし、呆然となった撫子にその声は聞こえていない。なぜなら、その男の顔は……誰かに似ていたからだ。 「きゃああああああっ! ――さんだったら何を着ても格好良いんですけどぉ!! うわあああんっ!!」 盛大に落ち込んだ撫子はがっくりとその場に膝をつく。それを好機と睨んだのか例のパフォーマーが撫子に手を差し伸べようとする。 「取り敢えずお前は引っ込んでろ!」 ファルファレロが盛大に蹴り倒して遠くにやり、その間にユキノとジャックがフォローする。が、顔を上げたジャックの表情が酷く不機嫌なモノになった。彼の視線の先に知人に似た格好をしたパフォーマーがいたようだ。 「……ったく、良くもまァけったいなモン見せてくれるな……クソッタレが」 低い声で吐き捨てられた言葉は喧騒に紛れて他のメンバーには聞こえなかったものの、ジャックの目が細められる。と、同時に展開されるのはサイコシールドだった。寄ってこようとするパフォーマーを押しのけ、ジャックはふぅ、と1つため息をつく。 「おっ? この趣向はいいな。カジノ『メン☆タピ』に取り入れてみるか。店のデザインも工夫すればいけるぜ」 相変わらず同業者目線で辺りを見渡しつつまた進められるがままにブランデーを飲めば、今度は口笛を吹くほど上質なものだった。思わずロサンゼルスで手がけた店を思い出すも、僅かな体の痺れが意識を現実に引き戻す。 「ぐすっ、――さんに謝れですぅ!」 撫子がそう言いながらパフォーマー達を押しのけ、その後にできる空間をユキノはデスソース(蓋なし)片手に歩いていく。この刺激的すぎる匂いで正気(?)を保ちながら、彼女はカリンを抱えて歩いていく。 (思ったよりパフォーマーが多いなぁ。とりあえず、こうして進むしかない) 踊りへと誘うパフォーマーの手を振り切り、ファルファレロが手を伸ばしそうになった料理にデスソースをかけながら、奥へ行かなくちゃ、と決意を改めるユキノであった。 一行が迷宮内を進んでいてわかった事は、所々にある袋小路にふっかふかなソファと美味しそうな料理や酒が並んだテーブルがある事と、少しずつ例の声が近づいている事だった。 黒鳥は相変わらず錯乱した様子であったが、少しは落ち着いてきたのだろうか? 声の調子が少し変わったような気がした。 「しっかしヨォ。どいつもこいつも派手だなぁ、オイ」 しなだれかかろうとした女装パフォーマーを突き飛ばしながら呟くジャックに、ファルファレロが眼鏡を正して相槌を打つ。 「そうだな。品のない衣装はお断りだぜ。ったく、そこのダンサー、動きがバラバラじゃねぇか! ちゃんと揃えろ!!」 今度はパフォーマンスやらパフォーマーにダメだしを始めるファルファレロ。その傍を撫子がにこにこ笑顔で押しのけていく。時々美味しそうなカルボナーラやらカルパッチョに目を奪われたユキノを香水の香りで正気に戻しながらだが、確実に進めていく。 「お料理ならさっき食べたでしょう? まだこっちにありますよぉ☆」 「うう、先ほど沢山食べたのにお腹がすいてるのも、魅了の所為かなぁ?」 撫子の言葉に半べそをかきながらユキノが呟く。彼女は紙袋からナゲットを取り出して食べながら進められる料理を断って歩いていく。 (あー、これは……思ったより早く精神的限界がくるかもナ) 内心でそう考えつつ、ジャックは耳を澄ませる。精神感応能力を全開にして突き進む彼はなんとかあらゆる魅了に落とされずに進んでいるも、状況が状況だけに少し疲れてきていた。 「そっち、もっと腰を振れ、腰を! 大胆さと色気が足りてねぇんだよっ!」 中途半端にやってんじゃねぇ! と酒瓶を投げるファルファレロだったが、そんな彼を初め、他のメンバーも足を止める。と、いうのも急に暗くなったからだ。 「……何があるってんダ? 一応警戒はしておけヨ」 「はーい☆」 ジャックの声に撫子が頷き、ユキノが身構えていると先程まで流れていたアップテンポな曲が止まり、代わりに煽情的なサックスの音色が響く。そしてスポットライトが袋小路の1つにあたったかと思えば、ぴったりとしたスーツを纏った女装パフォーマーが銀色のポールに絡みついていた。 くるり、くるり。蛇の様に絡みついたかと思えば、しなやかに伸ばされる肢体。次から次に繰り出される動きに、4人とも思わず足を止めてしまう。 (はっ、これは……ポールダンス! 野郎ってーのが最悪だが、その繊細な芸は一級だぜ……っ!) ぐっ、と拳を握ったファルファレロの傍で我に返ったユキノが香水のハンカチを握り締める。そしてジャック達の前へと突き出した! 「だめぇえええっ!!」 「「「?!」」」 けほけほと噎せながらも我に返った3人は迫り来る魅了の波を振り切るかのように再び走り始めたのだった。 (でも……気持ち悪い……よぉ……!) 因みに、香水の香りで気分が悪くなり、吐きそうになるのを必死にこらえたユキノはパフォーマーからもらったトニックウォーターで回復したものの、やっぱり体の痺れからは逃れられなかった。 転:レビューは続くよ? 一行は次から次に襲いかかってくるパフォーマーやら食べ物などの魅了をどうにか振り払いながら突き進んでいた。が、その中でファルファレロは妙に生き生きとしていた。 「自慢じゃねーが、俺が手がけたバーやクラブが年収どんだけ叩き出したと思ってやがる!」 そう叫んだ彼は中途半端だと感じたパフォーマーに再び酒瓶を投げ、説教を始めていた。動きが洗練されてない、メイクがお粗末だ、無駄な動きが多い等など……。その間はパフォーマーから放たれる魅了の効果も薄まり、お陰でジャック達は速やかに奥へ進む事ができた。 「そういえばロサンゼルスがどうこう、とか言ってたね」 「餅は餅屋サ。ここはアイツに任せて先を急ごうゼ」 ユキノが振り返ると、ファルファレロはどこからともなく出てきたホワイトボードに何か書きながら熱弁を振るっている。その様子に安心していた撫子だったが……前方を見てまた凹んだ。彼女の想い人に似たパフォーマーが、衣装も新たに迫っていたのである! 蛇足だが今度の衣装は振袖っぽいぞ! いつの間にか彼はジャックやユキノを押しのけて、膝をつく撫子の前に現れた。そしてそっと手を取り、ウインクをする。 『泣かないで、お嬢さん。せっかくの可愛い顔がだ・い・な・し・よ?』 「だからお呼びじゃないんだっつってんだロ!!」 ジャックのサイコシールドで吹き飛ばされるパフォーマー。その後ろでえぐえぐしている撫子を慰めるユキノ。その後ろではまだファルファレロによる講義(?)が行われ……ているように思えたが、なんだかあっちはあっちでピンチだった!! 『せんせぇ、もっと詳しく教えてくださぁい♪』 『貴方がいれば百人力だ。ムッシュ、是非私たちに教えを!』 派手なメイクをバシバシ決めたバニーガール姿(金色スパンコールが眩しい)のパフォーマーと、凛々しい軍服姿の男装パフォーマーが両側からファルファレロを魅了する。背後からはいつの間にかタイトなドレスを纏ったドラァグクィーンが彼に抱きついている。 (はっ、俺は何を?!) 我に返ったファルファレロは体の痺れを振り切るように抱きついてきた相手を払い、右側にいたバニーガール(でも男)をきっ、と睨みつける! 「バニーボーイなんざお呼びじゃねぇんだよ! ……ったく」 ファルファレロは何を思ったか彼からその衣装をひん剥く。ペールオレンジのボディスーツ姿となった男性が悲鳴を上げるのを聞き流し、彼は撫子とユキノへと差し向けた。 「なっ、何なの?!」 「てめぇらが手本、バニーガールの魅力を見せてやれ!」 「それは私への当て付けですかぁ?」 差し向けられた撫子が突如涙目でホースをファルファレロにつきつけた。胸が小さい事を悩みとしている彼女にとって水着は鬼門。それ故にバニーガールの衣装も……以下略だったようだ。 因みに蛇足だが、胸のところにパッドが仕込まれているのでそれなりにボリュームが出るようだった。なおユキノの場合はそれがなくても十分通用するだろう、と思われる。 「ちげぇよ! バニーガールの魅力を見せろってだけだ! お前ら、この場で着ろ」 そういう傍から着替え用の天幕をどこからともなく持ってくるパフォーマー達。しかもどこからともなく早着替えを促すようなBGMまで流れてくる始末! 「……いや、そういう事やってる場合じゃネェだろガ?!」 思わずツッコミを入れるジャックの傍で撫子とユキノ、壱号とカリンがふるふるしていた。因みに撫子&壱号は怒り、ユキノ&カリンは恥ずかしさで、であることを付け加えておこう。 「水着なんて……、可愛い水着なんて敵ですぅ!!」 「そ、そんな恥ずかしい格好なんてできなぁああいっ!」 と、2人が叫ぶ傍から水しぶき。撫子のギアから放たれた激流を華麗に避け、ファルファレロは内心で舌打ちする。こんなトラブルの合間にも煙草や酒を進めようとするパフォーマー達に嫌気がさしていたのだ(描写は抜いているが、事実ジャックやファルファレロの周りには酒や料理を持ったパフォーマーがしつこく絡んでいた)。 「……ああ、まどろっこしい!!」 遂にぷつっ、といったファルファレロ彼は銃を取り出すと思いっきり前方へ向けて高らかに銃声を響かせる。一瞬凍る空気とパフォーマー達。ファルファレロは「邪魔すんじゃねぇ!」と叫びながら乱射し、迷宮を突っ走る。飛び散る悲鳴とガラスの割れる音が、ところかしこに響き渡る。 「最初からそうすりゃ良かったんだろうナ。おら、邪魔すんじゃネェ!! そいでもって、ユキノ、来い!」 どさくさにまぎれて抱きつこうとしたパフォーマーをサイコシールドで跳ね飛ばし、バニーガールの衣装に困惑していたユキノを抱え上げると更にスピードを挙げて追いかけた。 「ごめんなさい、ジャックさん……あっ?!」 抱えられしゅん、としたユキノの手からデスソースの瓶が転げ落ちる。蓋が空いている為勿論転げ落ち、その最中パフォーマー達の顔を濡らし大いに微妙な色合い……銃声も相まって惨劇の後のような形相に見えて、ちょっとグロテスクだなぁ、と2人は思った。 因みに幻影なのにデスソースが目に入って「目がぁ! 目がぁああ!」と身悶えているパフォーマー達。そんな姿を水撃が勢いよく押し流す。 「ああん、待って下さぁい☆ 置いていかれるとぉ、迷っちゃいますぅ☆」 一人遅れた撫子に群がろうとするパフォーマー達。撫子は例の想い人に似たパフォーマーを思いっきり突き飛ばし、凹みそうになりながらも3人を追いかける。因みに彼女がトラベルギアで撒き散らした水は、ジャックのサイコシールドによって避けられた為、ジャック達は濡れていない。 迷宮に響き渡る銃声や叫び声に、パフォーマー達が戦いて道を開ける。いつのまにか撒き散らされるデスソースや水の被害に遭い、ついには4人に絡むパフォーマーはいなくなった。それでも4人は走る事をやめなかった。 「オラオラオラオラオラッ! ちんたらしてたら置いてくぞ!」 銃声をまき散らしながら突き進むファルファレロの眼前に、重そうな扉が見えてきた。その上には『VIPルーム』と書かれたプレートが貼り付けてある。 「そこに黒鳥はいる! 今も苛々と羽を毟っているようダ!」 ジャックの声にファルファレロは頷き、思いっきり扉を蹴って開ける。同時に背中に激突する冷たい感触。その無色透明なうねりは、照明に煌きながらファルファレロと黒鳥を押し流す。巻き起こった風に灰色の羽根が舞い散り、ちょっとだけ幻想的な光景が見えたものの、壁に激突したファルファレロと黒鳥を見ると台無しである。 「みつけました! 貴方が……ってきゃあああっ?!」 「おい撫子! 何やってんだヨ!!」 飛沫をまともに受けたユキノとジャックが声を上げれば、撫子はてへっ、と笑って見せる。どうやら、勢い余ったのもあるらしい。 「えっとぉ、この黒鳥も幻影かと思っちゃってぇ……」 「いい根性してるじゃねぇか……」 びしょ濡れになったスーツ姿で、よろよろと立ち上がって笑うファルファレロ。彼は傍らで目を回していた黒鳥を抱えると、どうにかソファに座らせたのだった。 『いきなりなんなのよぉ! こっちはゴードンの所為でテンパってるってのにぃ!』 急に現れてその上激流をぶちかました相手に、黒鳥はおかんむりだった。しかし、ここからが彼らの正念場。この《迷鳥》……っぽい存在を上手く落ち着かせ、説得しなければならないのだから。 結:黒鳥の正体 「あの、落ち着いてください」 最初に話しかけたのは、ユキノだった。彼女の少し緊張気味な声に黒鳥は顔を上げる。僅かに警戒は溶けたように見えたが、それでも油断はしない。 「私達、これでも怪しい者じゃないから……」 『いきなりそう言われても、警戒するわよぉ!』 黒鳥の苛立った声に、ユキノは「そうだよねぇ」としゅん、としてしまう。けれども、そんな姿を見て黒鳥はばつが悪そうに頭を下げた。 『……あら、やだ、アタシったら! こんな可愛いお嬢さんに対して……』 「少しは落ち着いた見たいですねぇ☆」 羽を毟る仕草をやめ、先ほどよりも穏やかな声の黒鳥に撫子もほっと一安心。そこでジャックとファルファレロが近くにあったテーブルの上にお弁当やらお酒やらを広げた。 「ッたく……。探したゼ、黒鳥の。幻覚ばっかじゃ腹も減っただろ?」 「まぁ、飲め。そこらからかっぱらった酒だ。望むなら煙草もあるぜ」 2人が用意したそれらを見、黒鳥はまぁ、と嬉しそうな表情を浮かべる。どうやら空腹だった上喉もからからだったらしく、『いただけるかしら?』としおらしく問いかける。2人が肯けば黒鳥は美味しそうに料理と酒を口にし始めた。 その時、体の痺れを覚えていた筈のファルファレロとユキノだったが、いつの間にかとれている事に気づく。目の前で酒を飲む黒鳥も、痺れを覚えた様子はなかった。 『なんだか、悪いわねぇ。最初はアタシの暴走で生み出した幻影の子達かと思ったわぁ』 ごめんなさいね、と苦笑混じりに言えばジャックが肩を竦める。 「俺サマ達がテメェの作った幻覚かどうかぐらい分かるだろォが。迷子のテメェを探しに来たンだヨ、おひぃサン」 『えっ? アタシを……探しに来てくれたの?』 彼の言葉にきょとん、となる黒鳥。どうやら、考えていなかったらしく、その目に感謝と安堵が浮かび上がる。 「私達は、迷子になった貴方を探しに来ました。漸く、見つけられて嬉しいです」 ユキノが笑顔でそう言えば、黒鳥は嬉しそうに頷く。その傍らで撫子がご馳走を勧めながら口を開いた。 「自己紹介が遅れましたけどぉ、私は川原 撫子と言いますぅ☆ そしてぇ、ジャック・ハートさんにファルファレロ・ロッソさん、司馬 ユキノさんですぅ」 撫子に紹介され、3人は頭を下げたり、笑ったり、指をひらひらさせて挨拶する。と、黒鳥も器用にハンカチで口元を拭い、頭を下げてこう言った。 『アタシは……今でこそこんな姿だけども、フォレスティーノ国王宮魔導士長、マーイョリス・オディールよ』 マーイョリスの話によると、彼は友人の実験に付き合っている最中に爆発がおこり、現在に至ったらしい。因みに、ゴードンというのは友人の名前だった。 4人と食事をとるうちにだんだん落ち着きを取り戻したマーイョリスは状況を把握しようと辺りを見渡す。が、ここは迷宮の最深部。外の様子がわからない。困った彼は4人に聞く事にした。 『えーっと、ごめんなさいね。今、アタシはどこにいるのかしら? フォレスティーノとは別の国にいるのかしら?』 「それが……、その、貴方はぁ、今フライジングと言う異世界に来ているのですぅ☆」 異世界という言葉に、マーイョリスは驚きを隠せなかった。そこで撫子達はロストナンバーの事や、世界図書館の事を説明する。ゆっくり噛み砕いて説明するも、少し困惑する彼であったが、ジャックが「質問にはなんでも答えてやるヨ」と助け舟をだしたお陰でより理解を深める事ができた。 「俺達ロストナンバーは0世界って場所を拠点にしている奴もいる。……そうさな、このクラブもそこそこだが0世界にゃもっとイケてるクラブがあるぜ」 ファルファレロが説明しつつ……ふと、自分が持つカジノ『メン☆タピ』の事を思い出す。なんならそこで働いてみないか、と誘えばマーイョリスは興味を示す。 「ショービジネスの極意を叩きこんでやる。俺と一緒に業界の頂辺、目指そうぜ?」 『あらまぁ! すてきね。元々魔法が使えなかったらその道に行くつもりだったのよ。元の姿に戻ったら、是非働かせてもらうわ!』 「話はまとまったようだナ」 ジャックがうんうんと頷くと、ユキノがにっこりと笑いかける。 「まずは一緒に、ここを出ましょう。もう大丈夫ですから」 黒鳥は『ええ』と頷き、ジャックが優雅に女性をエスコートするように黒鳥を抱える。そして4人と1羽がその部屋から出た瞬間……、迷宮は消えて無くなり、外へ出ていた。同時に、ジャックの傍らには彼と背丈の変わらない、淡い褐色の肌をした男性がそこにいた。 灰色がかった銀髪に、血のように赤い瞳。しなやかな印象の体には魔術師らしい若草色のローブを纏っている。凛とした顔に施された品のあるメイクに、趣のあるカフスと指輪という出で立ちで、背中には黒鳥を思わせる翼が生えていた。 それを見るなり、彼は少し考えたものの、洗練された仕草で4人に礼を述べる。 「貴方達のお陰で、力の暴走も収まったみたいね。ありがとう。……では、その0世界とやらに案内してくださるかしら?」 マーイョリスがそう問えば、もちろん、と笑顔で頷く4人。彼らは依頼を達成した安堵感で満たされながらターミナルへと向かっていく。その背中を見送るように、涼しい風がふわり、と一筋吹き込んだ。 こうして、《迷宮》の1つは無事に消え、霊峰ブロッケンの麓にある避暑地には平穏が戻った。けれども、この《迷宮》では何1つ女王陛下の手がかりを見つけることができなかった。おそらく《迷鳥》となってしまったのがロストナンバーだったからだろう、と一行は推測した。 そして暫くしてカジノ『メン☆タピ』に新しい仲間が加わるのだが、それはまた別の話……。 (終)
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