厚手の絨毯が通路を歩く音を消す、目的の扉から響くくぐもった声が鋭敏な耳に触れた。 薄暗い通路を歩くのは屈強な体躯を紫の外套で覆う魔神メンタピ。 因果の巡りによって自身の名を冠した遊興場チェンバーの奥深く、二人の契約者の内一人が使用している個室に近づくにつれ音はハッキリと聞こえる。 扉から漏れる音は、男女が吐く荒い吐息。 中で行われている行為は想像に難くないが、人の行為に対して遠慮などと言った概念を持つことのない魔神の拳が扉を叩き、部屋に大きく響き渡る誰何の声を扉に叩きつける。 四半刻――悠久の時を生きる魔神にとって呼吸一つに満たない刹那。 室内から慌ただしい物音と共に扉が開くまでの時間であった。 扉から顔を覗かせた女――甘い化粧の中にニコチンの移り香を漂わせる――は扉先に佇み2mを超える長身の姿に一瞬ぎょっとした表情を浮かべるがすぐに営業スマイルと思わしき笑みを貼り付ける。「こんばんは、ファレロのお仕事仲間? 邪魔してごめんなさい」 何故か壱番世界の婦警と思わしき制服(もっとも女の肉体を覆うには少々布地が不足していたが)を身に纏う女は魔神に一礼するとそそくさと通路の先に姿を消した。 女と入れ替わり室内に入った魔神を迎えたのは部屋に響く舌打ち。「楽しみを邪魔してくれたんだ、それなりの話だろうな?」 重厚な革張り椅子にだらし無く足を組み座る男。 半裸姿にシャツだけを羽織ったファルファレロの怒気含みの言葉が魔神を刺す。「さした用事ではない」 しれっと答える魔神に、ファルファレロの理性の箍が一瞬で外れた。「メンタピ、テメェ……ぶっ殺されてぇのか……」 刹那で引き抜かれる銀銃。 ファルファレロの体が跳ね、魔神の顎を抉る銃口が轟音共に魔神の顎から天井まで風穴を開通した。「ククク、忘れたか? 余を召喚したのはそなたであろう……『デカイ花火を打ち上げる』のであろう」 魔神は頭頂部に抜けた穴からもうもうと煙を吹きながら、何事もなかったように契約主の言葉に応じた。 ☆ メ ☆ ン ☆ タ ☆ ピ ☆ メ ☆ ン ☆ タ ☆ ピ ☆「レディース! エーンド! ジェントルメン!! 紳士淑女の皆さん、ようこそカジノ メン☆タピへ。 年の瀬は如何お過ごしですか? 新年は如何お過ごしですか? 家族と旅行? 恋人と初詣? 友達と集まって鍋料理? うーんいいですねぇ穏やかでハッピーです。しかぁし、ここにお集まりの皆さんには、そんな退屈で刺激のない時間が必要ですかぁ?」 暗闇に沈んだ会場の唯一の光源であるステージの上から、芝居がかった口上が聞こえる。 のたまうのは燕尾服姿の司会が、耳に手を当て観客からの返事を待っている。 会場は静まり、返事がない。「おおぉ……みなさん、どうしました? 除夜の鐘に煩悩を払われましたかぁ? 暖かい家庭に心奪われてしまいましたかぁ? 悲しいことです、嘆かわしいことです。仕方がありません、心の底に閉まってしまった皆様の本音、私が代弁致しまSYOU」 両手を開いたおどけたポーズの司会。 言葉を切るとマイクを宙に投げ捨て、再び手のなかに納めると共に叫ぶ。「NO NO NO 絶対にノォーーーー。みなさまの滾る欲望はそんなものでは解消されませぇーん、みなさまに本当に必要なもの」「まずは」『金! 金! 金!』「それから」 『女! (男)!』「もうひとつおまけに」 『酒! 酒!』 ブックミスなのか、司会の音頭に合わせ微妙なずれのあるコールが観客席から響く。「ターミナルで唯一そんな皆様の欲望に応えられるのが『カジノ メン☆タピ』。そして、今宵お届けしますスペシャルイベントはぁ」「一夜限りの無礼講、欲望の夜メン☆タピナイト、そしてこのイベントステージでお送りしますはぁーーーファイト!! クラブだぁあああ!!』 MCの絶叫と共に爆竹の爆ぜ、金網張りのリングがライトアップされた。 リング上段には『カジノ メン☆タピ 改装記念年末年始感謝祭』と赤い布地に金文字で描かれた横断幕が揺れた。 ――メン☆タピナイト 裏カジノを取り仕切るマフィアが企画した、無限のコロッセオなどでは足りぬ血の滾りを餌にしたファイト・クラブを中心とした一大カジノイベント。 ノールール、ノーマナー、 ノークォーターを標榜した乱痴気騒ぎが始まろうとしている。 ☆ メ ☆ ン ☆ タ ☆ ピ ☆ メ ☆ ン ☆ タ ☆ ピ ☆ ――イベントステージ階下 紅い絨毯が敷き詰められたフロアには、射幸心を煽るきらびやかな光と音を放つスロットやメダルゲームが並び、欲望にまみれた客から金を巻き上げていた。 凄まじい勢いでリールを揃えるスロットマシーンに接続した茶缶のような物体。 激しく排出されるコインの波にさらわれたその葉巻型UFOは黒服に連れ去られるとダストシュートに投げ捨てられた。 ルーレットテーブルには、素人風情がディーラーの差配に踊らされ一喜一憂している姿が見える。 上階から響き渡る喧騒を、ふと仰ぎ見て女ディーラーは薄い笑いを浮かべる。「おうおう騒がしいことだ、いやはやファルファレロくんらしいね」 壱番世界ではその筋で知られるベルダは、ポーカーテーブル越しに、幾人もの博徒気取りの素人を相手にしながらつぶやく。 壱番世界からの腐れ縁の小僧っ子がいっちょまえに店を持ったと聞いて駆けつけたが、なかなかどうして彼らしいとしかいいようのない店になっている。「さて、こいつらを少しもんだら声でもかけにいこうかね」「メンタピ、今日は随分おとなしいじゃんか? 何を企んでいる?」 『カジノ メン☆タピ』のVIPであるウーキー族……ではなく山猫の獣人マフ・タークスは皿に山盛りに盛られた菓子を独り占めしながら、黒服姿の魔神に尋ねる。「カカカ、余は一介の黒服風情よ。何を企むことがあろう? ……お客様、何か不都合はございますか、なんなりと給仕の物へお申し付け下さい」 気持ち悪いくらい優雅に一礼する魔神がマフの元を去ると入れ替わりに、大量の菓子とフルーツ盛り、そしてマタタビフレーバーのワインを持ったバニー姿の女が現れる。「小さなお客さまぁ、食べ物のおかわりは如何ですかぁ?」(……見張りか? 魔神め) 警戒心を露わにする獣人、だが悲しいかなその心と体は見事に乖離していた。 両の手に溢れる菓子とワイン、アルコールに混ざったフレーバがマフの眼を早くも溶かしにかかっていた。 酔っぱらいが汚物をぶちまけながら壁まで吹き飛ぶ。 桐島怜生の鉄拳が、婦女子を苦しめる酔っぱらい親父を制裁していた。「キャーーお兄さんありがとう、お兄さん喧嘩強いのね? カッコイイ! 私強い人憧れちゃうなぁ」 鉄拳をつきだしたままの怜生の腕に、黄色い声を上げたバニーガールが抱きつく。 些か薄手すぎる布越しに伝わる豊かなバストの感触、武辺一本とは言わないが学生風情の怜生には強すぎる刺激が脳を撹拌する。「お兄さん、今日このカジノでファイトクラブって言うのおぉやってるんだけどぉ。お兄さん参加してみたら? ね、私お兄さんのカッコいいところもっと見てみたいなぁ」 数分後、怜生がファイトクラブ参加用紙にサインしていた。 もっともバニーさんの誘惑に負けたわけではなく、この血なまぐさいイベントに興味があったからである。 「小足みてから昇龍余裕ですし」 カジノ一角に据え付けられた格闘ゲームで35連勝のランプを照らすのは青獣竜の少女チェガル フランチェスカ。表のゲーセンとは違い一勝ごとに相手のコインを奪える格闘ゲーム。勝ちすぎた彼女の回りには、ビキビキと効果音を背負った強面が囲んでいた。「ねえやん……ちょいとやりすぎやで上いこか?」 フランの顔が、人間にもそれとわかる笑みの形に歪む。チンピラ風情のリアルファイトへのクールなお誘いに嫌がおうにも心が沸いた。 0世界にあって腕を腐らせていたギャンブラー、カジノの雰囲気を楽しみたいもの、ただただ純粋にバトりたいもの、賞金目当てのものらが集った『カジノ メン☆タピ』。 欲望と酔狂の夜は長い。 ☆ メ ☆ ン ☆ タ ☆ ピ ☆ メ ☆ ン ☆ タ ☆ ピ ☆ イベントステージの最上段、カジノマスターにのみ許された特等席。 乱痴気騒ぎから抜けブランデーグラスを片手に小憩をとっていた、ファルファレロはアルコール以上に達成感に酔っていた。「ご満悦だな、契約主よ」「んだ……メンタピか、たりめーだろ。イベントは大成功だ、動くナレッジキューブも半端じゃねえ」「そうか、だが不足と余は考えている」「ああぁん?」「そなたは言ったな、ベガスを作ると。そなたらと視察した壱番世界のカジノ、明らかに規模が違う。余は思案した、何が足りぬかと。結論は自明であった、足りぬのは器……来訪者の数と受け皿となる施設よ……」 魔神はよい冷めやらぬ主の前に紙の束を投げ捨てる。「我が契約主よ、再び余と遊戯を競わぬか? 余の対価は朱き月の犬猫共が温泉を掘り当てたシュンドルボン市……そなたの対価は今宵の全売上……どうだ?」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)ベルダ(cuap3248)チェガル フランチェスカ(cbnu9790)マフ・タークス(ccmh5939)桐島 怜生(cpyt4647)=========
「拳には、愛を! 口元には余裕を! 瞳には、希望を! そして、脳には妄想を! これぞ、桐島流の真骨頂!!」 白いマットのジャングルの上、アニメヒーローのように勝利ポージングを決めた少年の気焔が天井を炙る。 ファイトクラブ会場は開幕から沸き上がりを見せていた。 ‡ §レッドゾーン・ポーカーテーブル 頭上から度々鳴り響く喧騒。 耳障りではあった、だがその熱は賭場にあっては絶妙のスパイスとも言えた。 敷き詰められた赤い絨毯の上、緑なすポーカーテーブルには表裏入り混じったトランプ。 ディーラー席に陣取るは胸元を大きく開いたユニフォームに身を包む金髪の女――壱番世界ではその名の聞こえたベルダ。 遊戯の供されるはセブンカード・スタッド――ラウンド毎に踊り舞う表裏のトランプは見えるがゆえに、あるいは見えないがゆえに、計りきれぬ神算と胆力に胸を焦がす。 ディールするカードは場を演出し、小気味よく通る声が博徒の意識を挑発する。 如何に客を楽しませ、気持よく金を落とさせ、どうカジノに儲けを流すか。 蠱惑的な服装も流麗な技も人の心理を転がすためのディーラーの本領。 ――ショーダウン ゲストから嘆息の声が漏れる。公開されたハンドはディーラーの勝利を示唆した。 勝敗をコントロールされ程々の金をカジノに落とすこととなったゲスト達であるが、その表情に落胆は薄く雰囲気に酔った興奮気味の雑談をしながらテーブルを去って行く。 (まあまあなお客だったね、ファルの店にしてはだけど) テーブルから去る客に頭を下げ、一服をつくベルダの耳に拍手が聞こえた。 「素晴らしい手並みだミズ……どうだろう私と一勝負して頂けないだろうか?」 男が一人残っていた。 嫌味がない程度に上等な仕立てのスーツに鷹揚な笑みを乗せた壮年。 一見紳士と言っていい風体、しかし長く賭場に生きたベルダにその体からでる臭いは隠せない。 漏れる肉臭い息。全てを自分の自由にならないものはないと思うがゆえの傲慢が滲み出ている。 端的に言うと金をもった屑。 お誘いの理由もしれたものだ。 (ふふ……こういう子みるとイタヅラ心が騒ぐねえ) ベルダは湧き上がる苦笑を押し殺すと営業用の笑みを浮かべ誘いに応じた。 ‡ §レッドゾーン・ビデオゲーム台 ――テレッテー ホクトウジョーハガンケー フェイタルケーオー 「今のがリアルでなくて良かったな、リアルだったらお前はもう死んでるぞ」 何故か都合よくゲーム筐体から聞こえたKO音楽に勝ちゼリフが被る。 いやリアルだからというツッコミが何処からともなく聞こえてたが、まあどうでもよかった。 (いやー、こんなところで毎日機械(KIKAい)の如き魔女さんの道場に通っていたかいが発揮されたというか。毎日魔女さんにコテンパンにされすぎて自分弱いと思ってたらそんなことないのね。実はボクってばモヒカンじゃなく修羅勢です?) ボーナスステージよろしく、大変マナーのおよろしくあらせられるチンピラゲーマーを適当にボコして山と積み上げ終わると青獣竜の少女――チェガル フランチェスカはリアルファイトに至った経緯を思い出し、修行用の重りを解き放った某人気漫画のような、いつの間にか高みに至っていた己の実力に気づく。 再びゲーム筐体に戻ろうとしたフランは、一寸思案気な表情を浮かべた。 「んー、また格ゲーするにもなー、相手は今しがたボコっちゃったし、表のゲーセンは魔女さんいないからこっちに来たんだしー」 リアルファイトの後とあっては、筐体を囲む面子も確かに多いとはいえない。 CPU対戦も可能ではあるが、折角カジノに来たのにコンボ練習というのも些か冴えない。 「そいやファイトクラブがあるって話、ファルファルが言ってたような。参加できるか聞いてみようかな?」 竜人の少女が頭の後ろで腕組みしながらビデオゲーム台から去ると音もなく集まった黒服たちがチンピラゲーマーを何処へともなく運びだしていった。 ‡ §カジノメンタピ・特別室 特別室を囲うマジックミラーは、乱痴気騒ぎの喧騒を全て封じる。 自らの名を冠した狂騒を眺めながら魔神は主に再度問うていた。 「して返事は如何に我が契約主よ? 無論、怯懦に逃げても構わん」 魔神の表情に浮かぶのは酔狂と運命の名に相応しい嘲弄。 黒皮張りのソファーにだらし無く掛けるマフィアは、手の中のブランデーを一息に乾すと魔神にガンをつけ宣う。 「はっ、『返事は如何』にだ? 笑わせやがるぜ。狂気の沙汰程面白い、てめぇの台詞だ。上等じゃねえか、乗ったぜその勝負。……折角の祭だ、ファイトクラブの優勝者を当てた方が勝ちってのはどうだ?」 「ククク、此度の遊興を競うには良い条件だ。……して我が契約主よ、如何なる人物に賭ける?」 魔神は同意を示す哄笑を上げると魔神遊戯の始まり――すなわちベットを主に促す。 アルコールの匂いを体に纏うマフィア、マジックミラーに近づくその足取りは些かも振れることはない。 その顔を染める赤は、既に酔ではなく興奮に変じていた。 マジックミラー越しにマフィアはカジノを眺める。 己が手にした夢の世界を具に品定めをするマフィア、その目が一際、細く邪な光を放つ――虹彩が映したのはかつてコロッセオで苦杯を舐めさせてくれた青獣竜。 「あの雌竜にゃコケにされた。その腹いせってわけでもねえが、俺はあのリングで調子づいているガキに賭けるぜ」 歪な笑いがマフィアの顔に張り付く、剥き出しになった犬歯には悪意がありありと見てとれた。 四情をむき出しにする主に、心底愉快そうに魔神は嗤う。 「ククク、それを腹いせと言わずして何を腹いせという……よかろう、余は余自身に賭けるとしよう」 ‡ §レッドゾーン・遊技台 古い遊戯台の集まる奥まった一角、硬質の物体を打ち付ける鈍い音が響いている。 衝撃の残滓がボクシングミットを頭に被せた棒状の物体を前後に躍らせている。 ――時代を感じさせるファンファーレ、エレメカのディスプレイされた隕石破壊級というメッセージ 比較するものがあれば賭けは成立するとはよく言ったものだ、パンチングマシーンの前には二人の男。 そのうちの一人、筋肉ダルマとしか描写のしようがない男が悔しげ顔を歪めていた。 「いや~またまた勝たせて頂いちゃいましたよ、おじさん優しいねえ。前途ある若者をおもわんばかっての手加減……くー泣けてるね」 黙っていれば二枚目に見える筋骨引き締まったハイティーンの少年――桐島 怜生はナチュラルに挑発的な言葉で勝利を宣言する。 彼の練り上げられた氣を乗せたギアの拳撃は岩石をも砕く。パンチングマシーンなど得点という次元ではない。 挑発への返事は、大きな舌打ちと投げつけられた賭けのコイン。 刹那、呼気と目を細めた少年、極自然に脚は肩幅程に開き、怜生の両腕が円心の軌道をなぞる。 撒き散らされたコインの散弾は、余さず怜生の掌に吸われ消えた。 (やり過ぎちまったかな) キャッチしたコインを一つ宙に弾くと、ははっと苦笑の嘲笑の中間の表情を浮かべた。 「よぉ、雑魚相手にご機嫌じゃねえか、楽しんでるか?」 賭け相手を失いファイトクラブ会場に戻ろうかなと脚を向けた怜生の背中に声が掛かった。 ぎょっとして振り向く怜生の目にはスーツ姿の一見インテリマフィアことファルファレロ・ロッソ。 「ファルファレロさんっすか……自分は程々ってところっす……どうしたんっすか、運営で忙しいんじゃ?」 「まあ、そんな他人行儀にすんな、いいか、ぶっちゃけた話をするぜ。てめぇの優勝にでけぇ金が懸かってる。この『カジノメンタピ』の浮沈に関わるくらいのな」 余りにも明け透けなマフィアのブックに怜生は返す言葉が見つからない。 「……てめぇとかち合いそうな相手のデータを揃えた、見ておけ」 一抱えはある紙の束を投げ渡すマフィア、ぱっと見何故か特定個人の戦闘に関する情報が頻出しているが。 「は、はぁ……」 生返事を返し、書類束をキャッチした怜生の内心は引き気味だった。 (なんかギラギラしてて苦手だな、俺は適当にお気楽バトルしたいんだけどな……) 今ひとつ煮え切らない反応の怜生に勘違いしたのかマフィアは一つ提案を加えた。 「チッ、最近の若い奴は擦れてやがんな……仕方ねぇ、優勝した暁には特別ボーナスとハーレム接待を約束する……好きなバニーガールを三人まで選んで朝までしっぽりだ、ドーピングメンタピスープもサービスでつけるぜ」 マフィアにしてみれば最上級の歓待。 だが大学生風情の怜生にしてみれば興味が無いと言わなくはないまでも、ここまで露骨だと逆に引く。 マフィアが必死で発奮させようとすればするほどに上滑りし怜生の拒否感を喚起している。 悶着する二人。 元々沸点の低いマフィアの語気は徐々に荒くなる。 今にも掴みかかりそうになる寸前、二人を呼ぶ声がした。 「おーいファルファレロー、変態仮面ーボクだーフランだー」 件の資料目一杯に記述のあったフラン。 「二人隅っこで何してんの? もしかして二人で今からピンクに消えたりするの? すまないホモ以外は帰ってくれないか状態ってやつ? ボクお邪魔? あれ?? これボクの写真じゃん、も・し・か・し・て君たちドララーなの。きゃーHENTAIー犯されるー」 フランの素っ頓狂な言葉はマフィアと怜生の間にあった空気を緊張感に張り詰めたものから間の抜けた弛緩したものに変えた。 「ま、冗談はさておきさ、ボクもファイトクラブ参加していいかな? 観客盛り上げればいいんだよね? だからさ、ファルファレロ衣装貸してよ!バニーさんの他にもコスプレ衣装あるんじゃないの?」 仇敵の登場に些か戸惑ったマフィアであったが、この鴨が葱を背負ってくるとしか言いようのない提案に自ずと笑みが零れる。 「お、なんだいそのニヤ付いた表情? ボクのコスプレ想像してるの? ファルファレロはイヤラシイね」 「……まあな。……おもしれえじゃねえか、すぐに衣装を用意させるぜ」 「あんまり過激なのは流石に恥ずかしいからやめてね。YES『健全』NO『R18』ってやつ?」 楽しそうなフランの笑い、邪なロッソの笑い、居た堪れない空気に怜生は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。 ‡ §レッドゾーン・バーカウンター 「ねぇ? ねぇ? さっきの子、結構かっこ良くなかった?」 「えええ~ちょっと初心過ぎないかなぁ? 確かに顔はいけてるけどさぁ、ああいう子って一回寝るとぉしつこく付き纏いそうだしぃ」 「そうかなぁ? 私は結構ああいう子好きだけどなぁ? ほらさっき支配人があの子……怜生君だっけ? 応援してファイトクラブでやる気出させようにって言ってたし……凄い人なのかも?」 「あーそういうのならお零れもらえるかもねぇ、ファイトマネー凄い出るんでしょ? いやー目のつけどころが違いますなぁセンセイ」 「んもぅーそういうのじゃなくてさぁ……」 山猫の耳が姦しい音に反応して震える。 先程、怜生に抱きついてたバニーガールを含む女共の井戸端会議。 (ファイトクラブねえ、非公式のコロッセオ……闇遊戯ってトコか) 湧き上がる人の気配、そして熱――闘争の醸し出す気がマフの背中をチリチリと炙る。 (なるほど、雰囲気が妙にザワついてる理由はコイツか、ファルファレロの考えそうなこった。いや、入れ知恵をしたのはメンタピか……? まあどっちでも構わんが) マフは、傍らにそっと置かれた紙片――貪り食ったお菓子類の請求書を横目に一つ大きく伸びをする。 勧められるがままに積み上げた空の皿は己の身の丈を越えようとしていた。 (んじゃま、代金分キッチリ稼がせてもらおうかね) 「そこの……土産にドーナツの山盛り追加で、あとマタタビワインもな」 更なる請求書を積み上げるのはマフの自信。 身の丈を遥かに超える黒鉄の大鎌を背負うと黒獣は人間達の喧騒へ躍り出た。 ‡ ‡ §ファイトクラブ会場 『さぁさぁ、十二連勝の人間処刑機械に挑むのはもういないのか! ……おおっとこれは意外です!? 我がカジノ・メン☆タピのVIPofVIPsことMrマフが驚きの参加だー! しかしこの身長差、どうでるMrマフ! リングの上は無法地帯、VIP待遇は存在しないぞぉーー!!』 金網に包まれた四角形、ゴングで始まる遊技場。 処刑機械と呼ばれた筋骨隆々の巨躯が敗北した対戦相手を金網に磔するパフォーマンスをマフは冷めた顔で見ていた。 (ようは勝ちゃいいんだろ?) 「んーー次の相手はどこだ、見えないぞ? んん? おっとここに居たか。あんまり小さくて気づかなかったぜー」 詰まらない言葉でマフを挑発すると哄笑を吐く人間処刑機械、残念ながら彼は猛獣の尾を踏んでいることに気づいていない。 (勝ったら当然、怪我人が出る、気の毒なもんだな) 黒獣は牙を剥き、笑みを浮かべた――獲物を前にした猛獣の顔 金属が鳴らす軽快な音が試合の開始を告げ、処刑機械は巨漢に似合わぬ華麗なフットワークで間合いを詰めるとマフに拳をみまう。 (雑魚にしてはいい動きだがな……) 過たず頭蓋を狙った拳はマフの頭部の大きさに等しい剛拳。 半身に流す獣人の髭が空を切った拳の作る気流に揺れた。 腹筋が貫かれる鈍い音、巨漢の顔が悶絶に歪む。 (魅せる戦いってのは不得手なんだが……雑魚が相手なら問題ない。浮遊も透明化も必要ない、相手の攻撃をギリギリで避け、反撃を放てば片付く) 退歩――地面を支えとした大鎌の石突が巨漢の発する勢いをままに臓腑を抉る。 動きを止めた肉塊を撓る竜尾が激しい音と共に打ち据えた。 (観客が素人どもなら、尻尾でド派手な音が出るように叩き付けて盛り上げりゃいい、生憎、バカの一つ覚えみてェなドンパチ効果は嫌いでね) はじけ飛ぶ巨漢は己が磔にした男の隣に体を埋める。 静寂――達人級の動きを素人が即座に解することはできない。 重量に耐えかねてか巨漢が金網から落ち、マットがどうと鳴る。 ――怒轟の如き歓声 『うぉぉぉ!! すごーい! 一瞬の早業です!!! Mr.マフ、圧倒的な強さで人間処刑機械をKOだあああ』 巨躯がマットに沈む音に、スイッチが入ったかのような囂々たる歓声が上がった。 歓声を無視しマフはリングサイドに降り、山積みにされたドーナツを食むと傍らの男の胸を小突く。 「おい、ヤブ医者あいつらの治療は頼むぞ……加減しても雑魚相手じゃやり過ぎちまう。スロットの前でスカピンになっていたお前をそのために連れてきたんだからな」 ‡ 『おおっと、第三リングの怜生選手。ここで指を一本掲げてアピールだ!? これはまさかの1RKO予告かぁー!!?』 解説役の言葉と同時に、バニー姿のラウンドガールから怜生にマイクが手渡される。 「いいや、違うぜ……1Rなんて必要ない。一発だ! この試合一発で試合終了させてやる!!」 湧き上がる歓声、怜生コールがリングサイドから聞こえてきた、……何故か女性の声が多いのはマフィアの差し金か。 『おおおお、なんと怜生選手一発KO宣言です。果敢な言葉に一段と湧き上がる会場……おっと、対戦相手のゴズ選手ゴング前に突撃だー』 「てめぇええ、さっきから舐めやがってリングの上はパンチングマシーンとはちげーって教えてやるよぉお」 雄叫びを上げながら襲い掛かるゴズ。 素人目には迫力のある動き、だが武術をかじったことのあるものには稚拙としか思えない喧嘩殺法。 怜生の震脚がリングを揺らす。 突進に合わせ一直線に撃ちぬいた怜生の左正拳が過たず鳩尾を撃ちぬく。 ゴズは数歩よろめくと吐瀉物を吐きながら崩れ落ちた。 『すごーーーい、怜生選手予告通り一撃勝利!!! 若干十七歳、カジノメンタピにニューヒーローの登場だぁーーー!!』 指を突き上げ勝利宣言する怜生は一寸前のゴタゴタも忘れて会場が揺れんばかりの歓声に酔いつつあった。 ‡ 「イェーイ、余裕っち! ……あれこの台詞であってたっけ?」 クルッと一回転してサムズアップの勝利ポーズ。 回転に合わせて浮き上がるふりふりスカートの端から黄金領域は見えそうで見えない。 フランに一撃され倒れ伏した男は勝利ポーズの一部始終を眺め……満足した顔で逝った。 バニーガール、白衣、女教師から始まり仮面ヒーロー、魔法少女、格闘家と試合の度に装束を変えるフラン。 対戦相手は、はじめこそ純粋に戦いを行うものであった。 しかし、いつの間にか竜人の少女のコスプレを間近で見、しばかれることを望む者達が大挙すると言う異常な事態。 「おっと次のコスプレはビキニ戦士だ……うっかりポロリもあるかも知れないってさ。実はおっさんよ、運営に顔が利いてさ……どうだこんぐらいでさ?」 試合参加の抽選を売るダフ屋まで出る始末。 だが、目的が違うなどといった無粋を吐く者達は、此処には一人としていない。 狂気の沙汰程面白い……。 ‡ §ブルーゾーン そこは喧騒と狂騒の赤に包まれた上層とは違い、一面が静寂と怜悧の暗青色に沈む。 遊興のカジノたるレッドゾーンと違い、真剣な賭場たるブルーゾーンは博徒がその心技体を競う場である。 壁の花となるのは艶やかなバニーガールではなく、厳しい黒服。ロビーに居る者たちも言葉少なであった。 この蒼き区画の賭場は全て邪魔の入らぬ個室で行われる。 ベルダと壮年の賭けもまた、厚手の扉に仕切られ音響くことのない秘所で行われていた。 ――シューが運命をテーブルに吐き出し、人為が新たな道を添えた。 壮年のハンドは4のスリーカード ベルダのハンドはQのスリーカード 「また、あたしの勝ちだねミスタ……まだ賭けるものはあるのかい?」 壮年は頭を片掌で抑え、参った参ったと手を振る。 「ははは、素晴らしい手並みだミズ……完敗だよ。……だがね、もう少々女性らしく慎みを持ったほうがいい」 力づくで勝負の結果を書き換える……それもまたこの蒼き区画で認められた行為である。 ここには暗黙の了解は存在しない。 男は小型のポーカーテーブルを蹴り飛ばすとベルダの襟首を掴む。 元々大きく開いていたシャツの胸元を押さえるボタンが弾け、熟れた胸を包む下着が露わになる。 その手に伝わる弾力に男は紳士の仮面を剥ぎ取り、舌なめずりせんばかり下卑た笑いを浮かべた。 「何……命まではとらんよ、大人しくしていればな……ここにはお誂え向きの場所があるようじゃないか」 (いやはや、テンプレートにでもしたいね。こいつらの思考回路は) 一つ嘆息。 ベルダの手の先の寸鉄が男の隆起した股間に触れた。 状況を悟り青ざめる男、ベルダは嘲るように男の口調を真似た。 「何、命まではとったりしないさ。ただし男であることはやめて貰うけどね」 「おーベルダさん居た居た、どっすか俺とダーツで勝負しませんって……この部屋、臭くねえすか?」 試合の合間にブルーゾーンに来た怜生が鼻を摘みながらベルダの居る部屋を覗く。 「おや怜生くんじゃないか? いい年してるのに赤ん坊のような子が居てね、ちょっと脅かしたらこの有様さ」 銃口から花の飛び出た拳銃で、泡を吹いて失禁する男を指し示すとベルダは悪戯っぽい笑みを浮かべた。 ‡ ‡ §カジノメンタピ・特別室 マジックミラーにディスプレイされる数字が二つ。 言わずと知れた賭博の途中経過、数値は僅かにマフィアが不利。だが大勢を決するものではない。 室内にいるのはマフィアと魔神、寝そべりながらおみやげ用の菓子を貪るマフ、そしていつの間にか現れたディーラーのベルダ。 「ファル、面白そうなことをしているんだってね。連れないじゃないか、あたしも一枚噛ませてくれないかい?」 「ベルダ……これは俺とメンタピのヤマだ邪魔すんじゃ……」 「よかろう、話すがいい」 若干の苛立ちを紛れさせ吐き捨てたマフィアの言葉を魔神が遮る。 ギリと歯噛みしながら魔神を睨みつけるマフィアに、ベルダは揶揄する笑みを浮かべた。 「話がわかるねえ。メンタピくんは体ばっかり大きいボウヤと違って大人だねぇ。……そうだね、賭けの賭けってのはどうかしら? どっちが勝つかを賭けようじゃない? あたしは、腐れ縁のよしみでファルに賭けるよ。もしファルが勝ったら、あたしの賭けも勝ちなんだから、なにか頂けるのかしらねぇ?」 」 「然り、だが我が契約主の敗北はそなたの敗北となる。そなたもこの魔神遊戯に敗したのならば対価を払わねばならぬ……そうだな、『バニー姿で一週間カジノの従業員としての就業』これを賭けよ」 「それって、ファルがわざとまけないかい?」 わざとらしい呆れた表情を浮かべて肩を竦めるベルダ、魔神は素知らぬ顔で返した。 「何これも戦略よ、盤外戦術は契約主だけの特権ではないゆえな。呑まぬならば賭けは無しだ」 「あはは、魔神ってのは面白いもんだねぇ。OKその条件でいいよ。それじゃ、あたしが勝ったら世界一周のカジノ旅行に連れて行ってもらおうかな」 苦虫を潰したような表情のマフィアを尻目に、魔神は楽しげに首肯する。 ‡ 「オノレ……美少女竜戦士フラン! よくも我が僕共を……これ以上の無体見るに耐えぬわ、とぅ!」 『おっとぉ? 何者でしょう!? 突然の乱入に会場はブーイングの嵐だぁ!!』 金網を乗り越えリングに乱入したのは、結体な仮面を装着した少年。 「…………ククク、吾輩の名を聞くか愚民どもめ、我が名は桐島仮面。魔王の一の、イテ、クソ空き缶投げるな」 自信満々に発した口上が、抽選待ちだったドララーから上がる激しいブーイング打ち消される。 「おっと次の相手は変態仮面か……それにしてもダサい格好だね」 ビキニ戦士スタイルのフランが呆れた顔で変態仮面にツッコミを入れた。 「うるせえよ! 糞ー盛り上がると思ったんだけどな……まあいいぜフラン一戦頼むわ」 「いいよーボクもコスプレショーに飽きてきたしー」 「流石、フランさん話が理解る……そんじゃ行くぜ」 フリースタイルのフランに相対する怜生は腿をL字型に曲げた内股――那覇手で言うところの三戦に加えて、両手首から肘までをピッタリとくっつける構えの先端には花を形意する十指。 「変な構えだなー早くかかってきなよ。変態仮面は流星桐島キックとか言って突撃して昇竜されるのがお似合いだよ」 「まあまあいいじゃねえか、盛り上げようぜお得意の雷撃で来なよ」 (ファルファレロさんには悪いけど……ここは楽しませてもらうぜ) 「ふーん、余裕じゃないか。じゃあまずはこれでもくらいなー」 青竜の少女が腕を振り、掌を開いた 空気を弾く雷霆の音、フランの手が電撃を帯びる様は白光放つ巨大な爪。 投手の如く振りかぶった竜の腕は雷霆を矢として解き放つ。 五条の稲光――輝く鏃が怜生を襲う 怜生の鼻が、そして胸が吸気に膨らみ――口から鋭い呼気が漏れる 息吹――丹田から練られる氣は全身を巡りギアの手甲を薄っすらと発光させる 繊細さと硬質さを伴う格闘家の指――燐光象る蕾が花開く動きは雷霆の短槍を僅かに押しのけた ガラスを熱したような破砕音が鳴り、崩れる落ちる金網。 騒音と悲鳴……そして歓声を背に受けた怜生は得意げに口の端を釣り上げる。 試合前のブーイングはもはやない。 「へへへ、滅多に見せない受けの型だ、どうだすげーだろ?」 「ちょwwコンダクターが稲妻を素手で弾くとかww寺チートwwww汚いなww流石変態仮面汚いwwww。……こうなっては本気の封印は解かれるしかない」 竜の口腔が開いた。 伝承にある竜であれば噴出すのは火炎の息吹、しかし青獣竜の吐き出すのは電神の咆哮。 轟音の速度を遥かに超える稲光、いや極太の光線が空を焚き一帯に急激にオゾン臭が満ちる。 加減はされているがそれでも常人ならば致死の光線、迎え撃つ格闘家の十指は再び蕾を型取り光線を貫き―― ――覇!! 裂帛の気合が電撃の音声をも超え、大気を震わせる。 氣流に満ちた怜生の十指が開き電光を引き裂く。 雷光の残滓がリングをのたうちマットを灼き焦がす異臭が煙と上がる。 「ふははは、どうよ!」 体に触れる電撃の破片が痛むがやせ我慢しながら啖呵を切る怜生。 「残念、変態仮面。ちょっと調子に乗りすぎだね!」 返事の言葉は、想像するより遥かに近く。 帯電した青獣竜の背には、マットが上げる煙が纏わりついている。 破壊光線を目眩ましにした電磁加速。間合いを詰めたフラン、拳が纏う雷霆の咆哮が怜生の顎を震えさせる。 (クソ……油断だぜ、あれを受けるには氣が足りねえ) 脳内麻薬がフランの拳を恐ろしくスローモーションに捕らえた。 己の顎はその速度を超える動きをなす術がない。 格闘家の経験は己の敗北を弾きだすが、怜生という男の無茶と無謀はそれを認めない。 追いつかないなら無理やり加速する!! 己の拳を振るい自ら顎を弾き上げた。 帯電した拳が放つ白色の線は空に縦一文字を描く、怜生が自ら跳ね上がった顎は、脳を撹拌したが刻み込まれた無謀の血は動きを止めない。 揺れる視界崩れる視界のなか、伸びきった胴を晒さすフラン。 ――チェガル フランチェスカの顔が嗤っていた ――桐島 怜生の顔が嗤った 格闘家の脚が焼け焦げたマットを鳴らす、全霊の震脚から必殺の打ち下ろ―― ――ぷち 小さな音と共に怜生の視界が突然消える――意識はあった、灼けるリングの臭いが鼻孔を刺激している。 面体に触れるのは柔らかい布のような感触、反射的に手握ったそれは女性の胸部を覆うのに大変向いている――いわいるビキニというやつだ (なんだこれ……? ……えっと……) 違和感が怜生を戦闘狂から大学生に戻してしまった。 轟音がリングを鳴らす。 電撃が怜生の意識が吹き飛ばす刹那、露わとなった青獣竜の豊かな胸が見えた気がした。 ‡ 「ククク契約主よ、小細工が裏目に出たな……この勝負余の勝ちだな」 「まだだ……まだ勝負は着いちゃいねえぜメンタピ……賭けってのは終わるまでわかんねーんだよ」 「まったくだねファル、あたしのバニー姿を見たいからって手を抜くのはいけないね」 賭人の敗北に舌打ちをして部屋から飛び出すマフィア、それを見送る魔神とディーラーは楽しげにからからと笑う。 (やれやれいつものことだが騒がしい奴らだ……しかし、犬猫どもの星にもカジノ建てる気か? 需要は低そうだな……) マタタビ酒によって夢見心地に丸くなっていたマフが、けたたましい音を立てて閉じる扉に反応して大欠伸した。 ‡ ‡ ファイトクラブ会場の灯りは消え、第一リングだけがライトアップされている。 「逃げんなよシェイクハンダー。敗けたら握手王の称号返上してもらうぜ」 リングの上、マイク片手に息巻くのはロッソ。 おどろおどろしいテーマソングが流れ乱舞する光線とスモークを割って異様が現れる。 これでもかと悪趣味な装飾に身を包む魔神が腰に『握手王』と刻まれたベルトを巻きながらリングに降り立った。 「クカカカカ、余がいつ逃げたという矮小なるものよ」 経営者同士のアームレスリング一騎打ち。 ファイトマネーを稼ぐイベントであり、賭人の倒れたロッソが放つ起死回生の一策。 怜生と同じくメンタピが倒れれば賭けはノーサイド、誘い出すのは容易……メンタピが酔狂を断ろうはずもない。 「普通に戦えば店が消し飛ぶ。ここはてめえを握手王と見込んで宣戦布告だ」 「ククク……、余は如何な挑戦も受ける。それが握手王たる余の誇りよ」 アームレスリングでの勝利でメンタピの意識を奪うことはできない……さらに一手加える必要があった。 「メンタピ……敗けた方はブラックゾーンで三日間ご奉仕ってのはどうだ? 一週間だと廃人になっちまうからな。生きて帰ってこれる保証もねえがな」 衣装も相まって異様を発するメンタピを挑発するロッソ……ブラックゾーンに封印すれば如何な魔神とて優勝の名乗りを上げることはできないという算段。 「コココ、魔神相手に腕相撲あまつさえは敗北条件までつけるか。良かろうその狂気に敬意を払い、余は条件をつけこの勝負に臨む……余は正しくそなたが発揮できる膂力で勝負すると約束しよう……」 ‡ 大写しになったスクリーンにマフィアと魔神の姿が映る。 片手は互いの手を握りしめ、余った手はグリップバーを握りしめた。 レフリーが試合開始を叫ぶ。 互いが互いを倒すべく傾けた全霊に台座が揺れる。 マフィアと魔神の膂力は互角。 それ故、隙を作る一手無くしては、勝敗は決さない。 早々に勝負に出たのはマフィアだった。 「よう、メンタピ……てめぇロリコンなんだってな……その上ちょっと人には言えない性癖だって聞いてるぜ」 魔神の表情筋がぴくりと動く……だが、腕に篭る力は変わらない。 「余裕だなメンタピ……だがこれを見てもそう言えるかな?」 パノラマスクリーンに映るのは、ブーメランパンツ一丁の魔神が随分とリアリティのある少女……いや幼女を型どった像を抱きしめて寝台の上ではぁはぁしているというなかなかに見るに耐えない光景。 「ククク……お盛んじゃねえか、いつもは澄まし顔はどうした? この醜態はなんだ……人形で処理とは惨めなやつだぜ」 魔神は気持ち悪い程無言であった 「……なんたることよ……このままでは余の隠したる性癖が赤裸々になってしまう……おお」 魔神の手から動揺が伝わる勝利の予感に余裕ができたロッソの心に一抹の疑問が浮かぶ。 (赤裸々になってしまう……? 何いってんだ、もうバレてんだろうが) ――映像には続きがあった幼女の等身大フィギアに隠れて見えなかったが、寝台には抱きまくらが一つ……それが己の似姿だと気づくのにさしたる時間はいらなかった 「よいことを教えてやろう……余はバイセクシャルだ。そして契約主よ……余はそなたを心から好いているのだ。アームレスリング……心躍るぞ。そなたの掌を十分に愛でることができる……全身に力を込めて歪むお前の顔を、呼吸を間近で楽しむことができるのだ……力を緩めたのはそのためよ。おおファルファレロ・ロッソ我が契約主よ、さあ共に登りつめようぞ」 メンタピの手が艶かしく動きロッソの手を揉みしだく、最大のチャンスであったがそれを利用できるほどの余裕がマフィアにはなかった。 嫌悪から反射的に手を離そうとする動きを魔神が見逃すはずもない、グリップバーを掴む魔神の腕が盛り上がり全体重乗せた腕がマフィアの腕を台に叩きつけた。 ――ウィナー・メンタピ! ‡ ‡ ――狂騒の夜から三日 レッドエリアのポーカーテーブルにはグッタリと突っ伏すファルファレロ・ロッソ。 長年マフィアとして過ごしたロッソであってもブラックゾーンの滞在は堪える。 「くそっ……ジェリーフィッシュめ……加減ってもんを考えやがれ……」 「あのさ、カジノマスター。あんたが居るとお客さん来なくて邪魔だからどいてくんない?」 閑古鳥の泣いたディーラー席に座っているのはバニー服姿のディーラー。 サービス精神旺盛な彼女は、瞬く間に人気ディーラーとなったがブラックゾーンから生還したロッソが目の前に陣取っていては客が来ようはずもない。 「厄介払いかよ糞が……ん、ベルダてめぇは今うちのカジノの従業員だよな?」 「ああ、そうだね、七日間だけの約束だけどね」 「……ベルダ、今すぐその格好でピンクゾーンに来い。こいつは支配人命令だ、重要な仕事がある」 「……ボウヤの熱意にはたまに感動するね。OK、その前にブルーゾーンで一勝負……その先はあんたが勝負に勝てたらだね」 息巻くマフィアと共にカジノの奥に消えるディーラー。 「狂気と酔狂こそ、人そのもの。契約主よ……そなたの生き様、余はまだまだ楽しみ足らぬぞ」 マフィアの姿を遠目に眺める魔神。 その哄笑がカジノメンタピの通路を揺らした。
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