エダム・ブランクはその日、司書の呼出に応じて司書室に訪れた。なんでもさる娘の相手を頼みたいというが、儂に女の相手……気が重いがいたしかたあるまい。 ドアをノックするが返事はない。 ぎ、ぎぎぎ。 不吉な音がしたのにエダムは眉根を寄せて、ドアノブに手をかける。「なっ!?」 ドアを開けた瞬間、部屋いっぱいの巨大な岩が自分めがけて落下! 思わず硬直したエダムだったが長年の戦いの経験からこの場合、どうするべきかを判断した。 すなわち、この原因を見つけ出し、それを排除する。 ほとんど本能的に幻覚が発動する。煉獄の炎が生まれたのにきゃあああと悲鳴があがり、岩が消えたが、なにかが落ちてきたのに両手で受け止めた。「きゃー、う、うう。痛い。もうもう! がんばったのにぃ! なによ、いまの! こわかったよぉ。ふぇん」 エダムの腕のなかの娘は腹立しげに声をあげたあと、しゅんと俯いた。「どうしよう。ちゃんと能力をコントロールできるはずだったのに……ときどきやっぱりうまくできない」「お嬢さん、あなたがいまのを?」「ほぇ? あなただれ? キサはキサだよ」「……エダム・ブランクと申すが、今のはあなたが?」「なんか、いま、すごい炎あったの。あれって」「儂が咄嗟に幻覚を使用したのですが」「げんかくぅ? いまは、もうあつくない。けど、あれでびっくりして力が止まった……よし、能力マスターするの手伝って、エダムちゃん!」「ちゃ、え、あ……あー!」 がしっと手をとられて部屋のなかに引っ張られる。 まるで死者の門にひっぱられるようであった――とのちにエダムは語る。★ ★ ★ 嵐が去ったような室内に司書の黒猫にゃんこ――現在は十代の青年の猫は顔をひきつらせて、集合したロストナンバーたちを見た。 今日はキサの家庭教師兼見守りのために呼ばれたのだが……キサが来てからにゃんこの部屋は毎日荒れ放題だ。「今日の予定は、キサを連れて樹海にいってもらいます」 キサを連れて? キサはって……「えへへ。能力だいぶマスターしたの!」 キサがにこにこと笑っている横ではぐったりしたエダムがいる。なにがあったんだ「実は、キサは最近、力のコントロールを学んでいるんだ。以前、依頼した家庭教師たちのおかげもあるんだけど……ただどうしても性格的に細かいところでミスをしちゃうんだ。集中力がきれたりしてね。まぁ、それでも本人はがんばってコツコツ努力を……人の司書室で、人の司書室で人の司書室でやりやがって」 猫、ものすごく怖い。 猫の全身から放たれる負のオーラにロストナンバーたちから苦笑いが漏れる。「で、ツギメさんに頼んでエダムさんを御目付け役にしたんだ。それが大正解だったんだ! エダムさんの能力って幻覚を見せることだろう? キサが暴走しそうになると幻覚で押しとどめてくれてさ!」 猫はにこりと笑って説明する。 どうやらエダムがぐったりしているのはキサが力の訓練をしているとき暴走しそうになるとそれを止めるために幻覚を使って抑え込んでいた、らしい。 なんと苦労性な……見ろよ、死相が顔に浮かんでる。「で、今日はそろそろ実践してもらおうと。キサもだいぶ落ち着いてきた、うん、まぁ、そういうことにしておく。そろそろ別世界に旅に行く練習もしていいと思うんだ。そんなわけで今回は予行演習として樹海に行ってもらいます。この地図をみて、樹海のちょっと奥に花畑があるんだよ。ここの現地調査をして帰ってきて。あ、ワームがここらへんを最近、うろちょろしているらしいからがんばって戦ってね」 軽いんだか、ハードなんだか、どっちなんだよ。それ「キサは実践がはじめてだし、エダムさんもまだ本調子ではないと思うから無理はさせないように。君たちには依頼に臨む姿勢、どういうことをするべきなのか、協力することの重要性などを教えてあげてほしい。ワームは一匹だし、花畑そのものは危険はないから現場についたらゆっくり楽しむといいよ。きれいな花畑らしいし」 ちょっとハードなピクニックみたいなものか。ロストナンバーたちがちらりとキサとエダムを見る。キサは目をきらきらさせてエダムの腕を両手で握りしめている。どうもエダムはキサになつかれてしまったようだ。「がんばろうね、エダムちゃん」「……お嬢さん、少し落ち着いてはいかがかな」 ああ、うん。がんばれ、エダム。
荒れ果てた司書室を見たマフ・タークスは豊かな大地色の毛でおおわれた顔をしかめた。怒っているのと呆れているのが半分ずつ、という顔だ。 「……場所選べよ、お前も」 マフの金色の鋭い視線にキサはこそこそとエダムの後ろに隠れる。 「マフ、鬼教官で怖い」 「鬼、なんですか」 エダムが小声で問うのにキサはこくこくと力いっぱい頷いた。以前、家庭教師中にこっぴどく教育されたのは記憶に新しい。 マフのピンッと張った髭がぴくりと動く。 「あぁん」 ぎくぅとキサは怯える。 「まぁまぁ、けれど、実地訓練ですか? ……危険な気もしますが」 「このまま、こんな元気娘を部屋に閉じ込めてもロクなことしねェぞ? エダムも、ある程度、体調が治ったら身体を動かさないとな」 キサもそうだが体調が万全ではないエダムを心配したオゾ・ウトウはマフの意見に 「そうですね。僕の体験から言っても、実地で経験を積むのが一番、ではありますし……実地で失敗して、そこで憶えたことは本当に身に染みつきますからね」 しみじみと、覚醒を合わせていろんな世界に行って体験を経たオゾは同意した。 依頼前に司書から注意をされたところで、失敗しない保証はない。むしろ、失敗をやらかして身に染みて司書がどうして注意したのかがわかることのほうが多い。 「キサさんは初の依頼……色々大変でしょうが、頑張っていきましょう」 ダルメシアンが人化した姿の神官であるダルタニアの言葉にキサはぱっと笑って頷いた。 「うん! エダムちゃんも初依頼だよね?」 「違いますよ。彼は、わたしくたちの先輩です。わたくしはエダムさんと一緒の依頼が初依頼でした」 その言葉にエダムは僅かに顔を強張らせた。 「まぁ、あの時は「暴霊を止めなくては周囲に被害が出るから」と思っていましたが」 エダムが何か言う前にダルタニアはつぶらな瞳を細めて、微笑んだ。 「あの時は、何となく信頼できない感じでしたが、今は何となく性格が変わった感じがしますね」 穏やかな声で告げられた言葉にエダムは言葉に詰まり、何も言わずに頭をわずかに下げてダルタニアの言葉に礼を尽くした。その横にいるキサは何も知らないため不思議そうにエダムを見つめるが、ふと視線を感じてそちらを見た。 先ほどから穴を開けんばかりにじぃと見つめてくる――にへらっと力ない笑みを浮かべたベルファルド・ロックテイラーだ。キサはぎくりっと震えてエダムの腕にぎゅうとしがみつく。 ベルファルドは遠慮がちにキサに近づくと、しげしげと頭の上からつま先まで視線を向けた 「キサ……ちゃんでいいよね? ついこないだまであんなに小さかったのに今はもう、こ~~んなに大きくなったんだね♪」 人畜無害な笑顔に、こ~んな、のところは両手を使って地面からキサの頭の場所まではかってみせる無邪気なベルファルドにキサは黙ってうつむいた。 「あれ? あれ、あれれ? えーと、ボクのことわからないかな? うん、わからないと思うけど」 ふるふるとキサは首を横に振った。 「わかる、よ」 「え、わかるの?」 「……怖いこといっぱいあった」 ぼそっとキサが告げるのにベルファルドはあーと落ち込んだ声を漏らした。 「そうだね、ボクたちが会ったのってフェイさんの事件のときだもんね。覚えてるなら怖いよね? けど、よかったら、ボクと、これを機会に仲良くなってほしいな。えーと、キサちゃんとエダムくんね。ボクはベルファルド、よろしくね」 くんづけされたエダムはなんと反応してよいのか困っているのにキサはむぅとベルファルドを上目遣いに見つめる。 「あ、気になったけど、すぐおばあさんになったりしない……よね?」 とっても不思議そうに尋ねるベルファルドにキサは頬を膨らませてそっぽ向いた。 「え、え、え、キサちゃん」 「女性におばさんはないかと」 思わずつっこむエダム。 「え、え、え、ボク、もしかして地雷ふんじゃった?」 「……お前、天然だろう」 「天然ですね」 「……さすがに、おばさんはストレースすぎるかと」 マフ、ダルタニア、オゾの反応にベルファルドは頭のなかでがーんとショック音が聞こえるほど落ち込んだ。これでもキサと会うために気合いを入れて来たのに、肝心の挨拶で思いっきり滑ってしまった。 「そ、そっか、女の人に、おばさんはなかったね。ごめん、ごめんね?」 キサがエダムの背からじとーと睨むのにベルファルドはがっくりと肩を落とした。 「女の子って難しいね。……えーと、きみもよろしく? なんだかワイルドな姿だね」 「……うん? あぁ、ルンは、ルンだ。狩人。今日は……よろしく」 ルンが反応しないのにベルファルドが不思議そうに、ルンの顔の前で手をふると、ようやく頷いた。 「なにか見てたの?」 「いや」 ルンはそっけなく返事をして太陽のような金色の瞳を細めた。 しゃべることはもともと得意じゃない。それにどうしても胸のうちがもやもやしてしまうのにルンは微妙に困った笑みを浮かべた。 「どうかしたの?」 「何でもない。うん、何でもない」 ベルファルドの問いにルンは首を横にふったあと 「多分、風邪。早く寝て、治す。心配ない」 「おい、大丈夫かよ。本調子でないのに、ワームとも戦うんだぞ」 マフが眉根を寄せ、尻尾を忙しく振った。 「ワーム、三m。それは小さい。一人で倒せる。大丈夫」 「あのなぁ、一人で倒しちゃ意味がないだろう。そもそもワームをテメェ一人で倒せるかよ! 三メートルといやぁ、討伐隊組んで苦戦するやつだぜ」 「それに一応、キサちゃんの訓練なんですから……ええっと、すいません」 マフが呆れる傍らではオゾが気遣わしげな笑みを浮かべてルンに歩み寄ると、その頭に遠慮がちに手を伸ばすと野生の虎猫のような艶やかなルンの髪の毛に触れた。 「多少でしたら、僕は治癒ができますが」 「それでしたら、わたくしもお手伝いできますよ。わたくしは神官ですから」 キサもおずおずとルンの前に出てきた。 ルンの逞しい手をそっと両手でとると、優しく撫でる。 「キサ、人に力をあげられるんだって。いたいの、いたいの、とんでいけ、とんでいけっ! どうかな」 「? よくわからない、大丈夫」 ルンが小首を傾げるのにキサも同じく首を同じ方向に傾げる。 「ルンは体調が悪くなったら、すぐに言うんだぞ? ほら、キサ、ついでにエダム、俺様の前にちょっとこい」 マフに呼ばれてキサ、そしてその横にエダムが立つ。 マフの鋭い眼光にエダムは一瞬、ぎくりと身体を強張らせるとキサが励ますように手を握る。 「キサは、“冒険”は初めてだったな。とりあえずな、テメェみてぇなガキは仲間とはぐれずについて来い。あと、エダムだったな? テメェもだ、常に視界に入る位置に居ろよ。自分探しもいいが忘れるな、テメェにゃ前科がある、それで警戒してるヤツがいるんだ、俺様がいるときはいいが、いないときにトラブルに巻き込まれたら守ってやれないからな……ったく、メンドクセェガキどもを押しつけやがって、猫のやつも」 「ガキ、ですか」 エダムが多少拍子抜けした口調で言い返す。マフの鋭い目にさらされたとき、ひどい言葉を浴びせられると覚悟したのに、まさか、こうして気遣われるとは思わなかったのだ。 「俺様から見れば、お前なんてまだまだケツに殻つけたらひよこだ! いいか! 俺の言ったことは一度で覚えろ! キサ、エダム!」 「一回だけしか言ってくれないのー、マフ教官のけちー」 「あぁん?」 唇を尖らせてブーイングするキサにマフが牙を剥く。 その鬼教官ぷりにキサは震え上がり、エダムの腕にしがみついた。 「俺は教えた話を覚える気がないガキは大嫌いだ」 「お嬢さん、こちらの御仁は正しい。一度で覚えるつもりがなければいけません。教えてもらえるのはありがたいことなんですから」 キサは二人の言葉に反省してしゅんと俯いた。 「ふん、わかってるじゃねぇかよ。よし、まず、はじめのところだ。依頼だが、大体は司書の言葉どおりに動けばいい、一番楽したけりゃこれに限る。あとは自己判断だ、俺達は軍隊じゃねぇ、司書は言葉で俺達を縛らない。司書の依頼に反する行動も可能だ……それで生じた責を背負う覚悟があれば、な?」 マフの金色の瞳がちらりとエダムを見る。エダムは動揺もせず、淡々と頷いた。 「そうですな。すべては自己責任」 「次に持ち物、支給されている装備以外に異世界へ持ち込める品はトランク一個分だ。原則で言やぁキサの破片は持ち込み厳禁なんだろうが、それは俺とは関係ない」 キサは不思議そうに自分の頭をこんこんと叩いている。その頭には破片が入ったまま、離れることはないらしい。マフは詳しくないのであえて追求しない、司書がその点についてはキサに直々に教えるだろう。 「よし、こんなところだろう。あとは現場で気が付いたらそのつど言うからな」 「はーい」 「よろしくお願いします」 キサは元気よく手をあげ、エダムは神妙に頭をさげた。マフはじろっとキサを睨みつけて、尻尾をぶんぶん振った。 尻尾の動きが激しいのは犬科ならば喜びの表現であるが、猫科ならば怒りや警戒といった表現である。 「ったく、このガキは緊張感がたりねぇなぁ」 「緊張するよ、けどわくわくするほうが大きいんだもん。……みんなも緊張するの?」 「依頼は常に緊張しますよ。危険もあれば、辛いこともあるものです。まぁモフトピアは例外ですけどね」 ダルタニアが微笑むのにキサはモフトピアに興味を抱いたようだ。 「樹海は、危険も多いですからね。気を付けましょう、キサさん」 「……ん、わかった。気を付ける!」 大きく頷くキサにダルタニアはほほえましげに頷き、マフは絶対にこいつわかってねぇという顔をした。 「それじゃあ、そろそろ行きましょうか。そうだ! お弁当はどうしましょうか。僕は好き嫌いありませんし、お任せしようかと思ってるんですが」 「そういや、今の時間なら昼までかかるな。飯か、樹海で食い物は期待できないからな」 「お弁当! そうだね。大切だよね。けど、ボクも用意してないし、どうしよう」 「樹海に行く前に買っておけば……おや、キサさんは?」 仲間たちが昼をどうするべきかと考えていたダルタニアは、犬の姿を持つだけあって嗅覚も鋭い。そのためここから匂いがひとつ消えたのにすぐに気が付いた。 「あぁん? って、あのガキ!」 キサは忽然と、部屋から消えていた。 全員でキサを探し回った数分後……エダムがキサを見つけて連れ帰ってきた。エダムの背に隠れたキサはえへっと笑うのにマフが白牙を剥いた。 「テメェは、ふらふらと、そんなにしてると首輪と鎖つけちまうぞ!」 「マフ教官、こわい」 「テ・メ・ェ・が怖くしてるんだろう! 一人行動はだめだからな! ったく、なにふらふらしてんだよ」 「内緒だよー。いいことだもん」 マフの怒気を孕んだ注意にキサはへこたれず、理由についてはにへらぁと笑うばかりだ。マフの口からはぁと深いため息が漏れた。 「まぁまぁ! ワーム退治、みんなでやれば怖くない! それじゃあはりきっていきましょ~~っ☆」 ベルファルドが場をとりなし、音頭をとって右拳を天井に向けて上にあげるのにキサもにこにこと笑って手をあげた。 「本当にめんどくせぇガキだな」 マフは知らない。このあとのほうがもっとめんどくさいことを…… 「ルン、狩人。先に行く。先に行って、ワーム、見つけておく」 とワームを一人で倒せると言い切るルンはマフの忠告もあまり耳を傾けず、一人で先行してしまった。 マフはルンに一キロ以上離れないようにいいわたし、なにかあればすぐにノート連絡を言いつけたが、不安が大きい。 それに用心深いダルタニアは 「元の世界の仲間に作ってもらったんです」 差し出したのは金のリング。サーチ・エネミーといわれる数キロ先でも離れている敵を察知し、大きな警音を轟かせるという代物で、ワーム対策は万全だ。 「ルンさんには、私の神聖魔法でなにかあればすぐにわかるようしておきましたから、大丈夫ですよ」 ワーム対策は万全だがマフの頭はずっと痛いままだった。 そう、問題はキサだ。 今までターミナルにだけいたキサは、樹海にある植物が物珍しくて、ふらふらと落ち着きがない。 あっちに行ったり、こっちに行ったりして姿がすぐに消えてしまうので一時も気が抜けない。 「く、首輪と鎖つけてぇ」 「本当にそうですな」 保護者として気を遣うマフとエダムは樹海にはいってものの三分ほどですでに疲労ゲージが半分くらいいっぱいになっていた。 「あはは、ちいさな子って、みんなあんなかんじだよね? キサちゃんって、見た目は大きいけど、本当に中身は小さいんだね~」 にこにことベルファルド。 「キサちゃん、あ、あの、どこですか、キサちゃん!」 メンバーのなかで一番の被害者は間違いなくオゾだ。真面目な性格からキサが消えると真っ先に探すので気苦労とともに身体的な疲労も人一倍である。きっとこの依頼を終えたころ胃はぼろぼろだろうに。 「みてみてー、大きな葉っぱ」 どこからかキサが戻ってきて、元気に自分の顔ほどある葉っぱをオゾに見せてにこにこと笑う。そして、再びまたどこかに行こうとするのをマフの手が肩を掴んで止めた。 「だぁあああ! この馬鹿娘ぇ! ちったぁ、じっとしてろ!」 「う、ひゃあ」 「迷子になったらどうするつもりだぁ!」 「うー」 「エダム! こいつの手をしっかり、がっちり、繋いでやれ!」 「……儂は生きた首輪兼鎖ですな」 つっこみつつもエダムはキサの右手をがしっと掴む。顔にこそ出してないがキサがうろちょろしてマフと同じく軽く胃が痛かったのだ。 「ぶー」 キサが頬を膨らませてブーイングするのに笑顔のベルファルドがやんわりと窘めた。 「キサちゃん、みんな心配するからふわふわしちゃだめだよ? そうだ。今の内にボクといろいろとおしゃべりしない?」 「そうですな。お嬢さん、今のうちに聞いてみましょう。貴方はどうなんですか」 「僕ですか?」 話を振られたオゾはどきまぎと応じる。 「僕の場合、自分がどこで役に立てるか、何が出来るかを考えてから依頼に入りますが……番狂わせもあります。なのでキサちゃんも、今回の依頼で何が出来るかを考えて、準備してみると良いと思います」 「うむ。では、力の使い方はどうでしょうか? 貴方は?」 「ボク?」 ベルファルドはきょとんと眼を丸めると、自分を指差して笑った。 「力の使い方、かぁ。ボクに教えられること? ……あはは♪ そんなの、ないない♪」 ひらひらとベルファルドは手をふって笑うのにエダムは多少驚いたように眉を持ち上げ、キサも不思議そうな顔をする。 二人の視線にベルファルドは少しだけ考えるように視線を上に向けた。 「ボクはものすごく運がいいし、まわりのみんなにも影響があるってことは気づいてる。けど、どこからがボクの力で、どこまでがもともとの運命なのかは微妙だもんね」 説明するベルファルドのいつも穏やかな顔に苦いものが過る。 「力を使おうって思うことはあるけど、それでコントロールできてるとも思えないし。それどころか最近は知らないとことでボクの力をだれかに利用されちゃったりもするもんなぁ」 脳裏に過るのは世界樹旅団と戦っていたころの出来事だ。 基本的にめんどくさいことは苦手だがついうっかり関わってしまったベルファルドは冒涜的な笑い声をあげる敵のシャドウと何度か顔を合わせた結果、ベルファルドの体質をまんまと利用して力を覚醒したのだ。少しでも自分の体質を仲間たち、ひいては世界図書館のために使いたいと思っていただけにショックだった。 エダムとキサの視線にベルファルドは沈んでいく意識から現実に意識を戻した。目に優しい緑の濃い植物たちが目に映る。 「あはは♪ なんだか弱気なことばっかり言っちゃってるけどさ、ボクなんか体は強くない、頭もそれほどよくない。その上ちょっとは自信のあった強運も完全には操れないしね。だけど、さ。そんなボクでも今日まで生きてるのは一人じゃないからさ♪」 にこりと、今日一日のなかで一番晴れ晴れしい笑顔に、目の前にいる二人の幸福を祈る気持ちを託してベルファルドはキサとエダムを見る。 「おい、ちょっと来てくれ!」 マフの呼び声にベルファルドは怪訝をした。 マフの横ではダルタニアとオゾが真剣な顔で向き合っている。ベルファルドたちが近寄るとダルタニアが地図を両手に握って、真剣な顔で告げた。 「どうやら、迷ったみたいなんですが」 「え」 ベルファルドは目を瞬かせるのにオゾがふぅとため息をつく。 「その、地図からずれてしまっていたみたいです」 「どっかの馬鹿娘がふらふらしているからな」 マフのジト目の睨みにキサは誤魔化すように視線を明後日の方向に向けた。一応、自分が原因の自覚はあるらしい。 「ったく、まぁ、ついキサにばっかり気を取られていた俺らの失敗だな。ルンのやつが先行してから、はぐれちまうな」 「すいません、もうすこし、周りに気を付けておけば」 「一人のせいではありませんよ。キサさんも、いいですか? 依頼を受けて、何か困難に遭遇したとき、また失敗した場合も、それは全体責任です。こういうときはみんなで協力して解決するように努めるんですよ」 オゾが責任を感じて肩を落とすのにダルタニアが励まし、キサを諭す。その傍らではベルファルドが腕組みをしてうーん、うーんと唸り始めた。 「おかしいなぁ。ボクの運の良さからいって、このかんじ……なんかの前触れぽいんだよねぇ」 「あぁん?」 マフが顔をしかめる。 「お前の強運だってなぁ」 「けど、ボク、迷子になっても確実に目的地につくし、こういう場合、なにかトラブルがあったりとかだし、そうそう、遠回りすると、とっても素敵なお姉さんに声をかけられたり、御菓子もらったりしたなぁ」 にこにことベルファルドが断言するのにマフは世の中、間違ってるという顔をした。 「ううん。よし、ここは、白ダイスを振ってボクの運をみんなに渡しておくよ。たぶん、なにかあるはずだから。はーい、並んで」 ベルファルドがダイスを振う――五。 「ん、みんな、そこそこにいい数字が出たね! さて、ボクに任せて。絶対に目的につけるようにしてあげる」 「その手にもってるのはなんだよ」 マフが鼻白むのにベルファルドは右手に持っていた木の枝を振う。 「え? 木の棒だよ。そのへんで拾ったんだけど」 「なにするつもりだよ。まさか」 「うん。これを地面につけて倒した方向に進むんだよ。ボクの運はすごいんだからさ!」 マフが文句を言おうとして止めた。とくに手がないならターミナル最強にして最凶の運に身を任せるのも、悪くはない、はず。まぁ、これ以上、ろくでもねぇことになることはねぇだろう。 「あ、右に出たよ。いってみよう。キサちゃんも、エダムくんもさ、がんばってもうまくいくことばかりじゃない。だけどがんばることはムダじゃないから、そこからはじめてみようよ? ボクも、キミたちも♪」 失敗しても、大丈夫。また、次がある。そんな気持ちをこめてベルファルドはキサに微笑む。キサはちょっとだけ考えてこくんと頷いた。 ベルファルドを先頭に進んでいくと、どすん! 大きな音がしたのに全員がそちらへと走る。 「ルンさん!」 ダルタニアが叫ぶ。 一人で先行していたルンはワームを発見すると、いつもの調子で戦闘に入ってしまったのだ。三メートルほどのワームは酸の血を流しながら超回復力を発揮して唸り声をあげてさっと林のなかに隠れてしまう。 「逃げた」 「一人じゃあ、倒すのは無理だって言っただろう。まぁ、逃げたってことはもうこねぇか? めんどくせぇことが終わって、こっちとしては万々歳だ。あとは花畑が……お、この匂いは」 「甘いですね」 鼻孔をくすぐる甘い香りはダルタニアも感じ、そっと歩いて、大きな葉を手で退けると、そこには色鮮やかな花畑が視界いっぱいに広がっている。 「地獄から天国だな、こりゃ。テメェの運様々だな」 「あはは。ありがとう♪ あ、けど、このかんじだと、まだ、なにか」 「おい、まだなにかって、ベルファルドぉおおおおお!」 マフが振り返ると叫んだ。 なんとベルファルドの背にワームがいた。白い芋虫のようなそれは口をぱかぁと開けて、白い歯を見せてにぃと不気味に笑った。 「え? あっ」 とうとうベルファルドの運も、これで終わりか――そう思った矢先、ベルファルドは思いっきりこけた。 ベルファルドを頭から丸かじりしようとしたワームは地面に勢い余って激突。さらに近くの樹のぶっとい枝まで落ちるという悲惨な有様である。腐ってもワーム、じたばたしているが生きている。あっぱれ。 「ベルファルドさん!」オゾが転げたベルファルドの片腕を掴んで後ろへと下がって安全を確保する。「みなさん、感情の力を貸してください! フォローします!」 オゾは他者の感情を力に変えることが出来る。それで攻撃力をあげ、傷の治癒が出来るのだ。 「迎撃しましょう! オゾさん、フォローは任せます! 天に輝く巨大なる星、月よ、我の言葉に答え、汝、導き給え!!『クレッセント・ムーン』!!」 ダルタニアが勇ましく吠えるように声をあげると、周囲に金の粉が散り、頭上で満月は青白く輝きワームに襲い掛かる。 その隙にマフはギアの大鎌を構え、飛ぶ。的確に刃の月がワームを攻撃するタイミングに合わせ、無駄のない動きで間合いを詰める。 「オゾ!」 マフの声にオゾは祈るように両手を組み、意識を集中させる。マフ、ダルタニア、ベルファルド、ルン、彼らの戦う炎のような感情が、紅蓮の光となってマフの鎌に集まる。 戦場に輝く月のように赤銀色に染まった鎌を大きく振り下ろし、ワームの身体を引き裂いた。どろりとっと酸の血が流れるのにマフが回避するタイミングでルンが矢を放つが、それを自らの血で溶かして防いでしまった。と、先ほど逃げたワームが林から飛び出してルンを横に叩き付けた。三メートルといって甘く見てはいけない。彼らの戦闘能力は恐ろしいほど高い。 ルンは樹に叩き付けられてぐったりするのにダルタニアはすぐにバリアーを張ってワームから守る。 「うりゃあ!」 マフが素早く飛び蹴りをする。 「ダルタニア!」 「吼えよ、吼えよ! 満月の日の刃! 『ファイヤボール』」 再びダルタニアの周辺を包む金色の粉、それが蒼炎の玉となってワームに襲い掛かるのを見てマフは咆哮をあげた。 声に影の刃が生み出されてワームを地面に串刺しにした。それにダルタニアはとどめとばかりにさらに追加で聖なる炎で燃やして滅する。甲高い雄叫びをあげてワームは何度も唸り、呪いのように酸の血を周囲に散らして息絶えた。 「よし、一匹倒した、もう一匹はって……花畑にいってんじゃねぇよ!」 マフはワームが花畑に向かうのを見て毛を逆立てる。怒りのゲージはマックスだ。 しかし、花畑に行く前に追いつけず、マフが焦ったとき、ワームが見えない壁によって叩き付けられ、黒い炎によって包まれ、悲鳴をあげる。 「ありゃ、キサとエダムか! よくやったぁ! このおおおお!」 マフが地面を駆け、飛び上がる。 「おりゃあ!」 真っ二つに、ワームは切り裂かれた。 「ようやく到着しましたですね。あとは、軽く調査して帰るだけですね。念のために注意しておきましょう」 ダルタニアは花畑に到着すると、オゾと協力してルンの治癒をしたあと調査を開始する。キサはやる気はあって空回りしているのにオゾが声をかけた。 「今回、調査の部分は手分けしてになりますかね。植生の事はある程度分かるので、一緒にダルタニアさんを手伝いましょう、キサちゃん」 「あ、ボクも手伝うよ! ってもよくわからないけどね!」 とベルファルド。 「キサもよくわからないよ、オゾさん」 「わからなくていいんですよ。最初は人のやり方を見て学ぶのも大事です。終わってから振り返るのが、一番大事ですからね。帰ったらきちんとそれもやっておきましょう」 「……うん!」 マフは草花に被害がないのを見てほっと安堵の笑みをこぼすと、エダム、ルンとともに調査を開始した。 「おい、エダム」 「なんですかな」 「助かったぜ。先の」 「あれは、お嬢さんが」 「お前だってワームの動きを止めてくれただろう? じゃなきゃ、もっと苦戦したはずだ。テメェが今までしたことはまぁ、いろいろとある。けどよ、お前はちゃんと今、俺らに協力たってのは大きな一歩だろう?」 エダムは黙ってマフの言葉を噛みしめるように俯いた。 「良かったな、エダム。仲間が増えた。良いことだ、とっても。仲良くする、良いことだ」 「ええ、ありがとうございます」 ルンの言葉にエダムは目を細めてぎこちなく微笑む。その背をマフは励ますようにぽんぽんと叩いた。 「あ、すいません。こっちの担当の場所は終わりましたのでお手伝いしますね!」 「おう、オゾ、助かるぜ。じゃあ、俺はルンと組むから。エダムを頼む」 マフがルンを促して花畑の端に行くのにオゾは遠慮がちに視線を向けた。 「儂はわからないので、いろいろと教えていただけると助かるのですが」 「あ、はい。あの、ところで、エダムさん……何をするのも一人じゃ大変すぎませんか? 貴方を見てると、昔の職場の先輩にそんな感じで働いてて、倒れちゃった人がいたのを思い出すんですよ。もう少し誰か手伝える人を探さないと、それにもう少し気を抜ける時間を作らないと……過労死してしまうかもしれませんよ。僕でよければって、そんな便利な力は無いですが……まぁ壊れた部屋を修理したり、キサちゃんを探すのを手伝ったり位なら」 苦笑いして、頭をかくオゾにエダムは驚いたように目を瞬いた。 「儂のしたことを、貴方は知らないわけではないでしょう」 「ええ。依頼書は読みましたし、司書さんからも言われました。けど、その、キサちゃんは信用してました。子どもはとっても素直で、危険なものには絶対に近づかないんですよ。それに、決めつけて、先入観で知ることを怠りたくないんです」 オゾの決意と、そのなかに潜む影を見てエダムはゆるゆると頷いて、口を開こうとしたとき、頭にぱさあとなにかがかかった。見ると未来を祝福するような、花冠から花びらが落ちる。 「えへへ。作ったの」 キサがにこりと笑う。 「こらぁ、テメェ、花を無駄に摘むなって」 「きゃー!」 マフがキサを見つけて怒鳴って追いかける。キサはルンの背中に隠れてささっと逃亡を図る。 ルンの頭にも、花冠がいつの間にかのっかっている。ルンは不思議そうに目をぱちぱちさせる。 キサはマフに怒られつつも今回の家庭教師たちに花冠を作ってプレゼントしていった。 そうしてしばらくのんびりしているとオゾがふと 「お弁当がありませんね」 「そういえば」 ダルタニアが応じるのにキサが胸を張った。 「じゃーん! オゾさんが出発前に言ったのに用意したの!」 キサが背負っていたリュックから取り出した大きなお弁当のふたを開けると大量のサンドイッチが入っていた。もちろん、水筒にはお茶もはいっていた。 「へー。用意したのか」 「猫のお昼をとってきたの!」 「お前も悪いやつだなぁ。まあ、これについてはでかした!」 マフがにやりと笑ってキサの頭を撫でて褒めた。 全員であたたかな陽射しに、花の甘い香りを聞きながらの昼ごはんとなった。 樹海でも驚くほどのんびりと、ゆっくりとした時間を一行は過ごし、片づけをしたあとダルタニアはキサの手をとった。 「さて、注意して帰りましょう。帰るまでが依頼ですよ」 「はぁーい。エダムちゃんも帰ろう」 「ええ、帰りましょう」 エダムはぎこちなくも返事をして、オゾやマフ、ルンにベルファルドとともに歩き出す。帰るべき、場所へ。
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