__ねえ、知ってる? ロストナンバーの必携品、トラベラーズノート。 それにまつわる、とある噂をご存知だろうか。一、トラベラーズノートの白紙部分を一枚破る。二、それを便箋とし手紙を書く。宛先の相手を思い浮かべながら書く事。三、手紙をターミナルの縁から『飛ばす』。0世界の空に向けて。 これを実行すると、宛先がどこであれその手紙が届くというのだ。壱番世界でも、他の異世界でも、もしかしたら……死後の世界でも。***「それでにゃ、その手紙を故郷の家族に飛ばした人が居るらしいにゃ。そしたらその家族もロストナンバーになった後で、無事に再会したらしいにゃ。いいにゃー、浪漫だにゃ」 皺だらけになったメモをちょいちょいと伸ばしながら、そこに記された内容を読み上げて、フォッカーが目を輝かせている。「本当かどうかわからないけどにゃ、おいらは試してみたいにゃ。よかったらみんなもどうにゃ?」 ターミナル、アーカイヴを覆い隠すようにつくられた建造物の外には、チェス盤のような市松模様の大地と、変化の無いつまらない空がただ広がっている。全てを飲み込み返さないようなこの空に飛ばされた手紙は、果たしてどこへ「往く」のだろうか。 恒常の空を見渡せるターミナルの端、そこにひっそりとあるオープンカフェのテーブルにて、集まった面々が思い描き手紙をしたためるのは誰にだろう、何処にだろう。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>フォッカー(cxad2415)ゼシカ・ホーエンハイム(cahu8675)ジャック・ハート(cbzs7269)ティリクティア(curp9866)=========
◆流れ星、ひとつ 白、黒、白、黒、白、黒。 無限に広がるチェス盤のような0世界の大地に、駒は居ない。 天から盤を睨むプレイヤーも居ない。 天地はただ、そこにあるだけ。 ターミナルという建造物の端からそれを見ると、まるでターミナルの方が異質に見えるのはきっと気のせいではない。 フォッカーはいつだったか、この世界の空はつまらないと言った。雲模様、うつろう季節、抗う風、そして帰りを待つ人。愛すべきあの世界の空と大地にあったものが、この空には無いからだろうか。 __ひゅん…… その、恒常の空に。 「……ティア、今の見たにゃ?」 「ええ、光ったわね。何かしら」 何かが、きらりと。鋭く、しかし優しげな放物線を描き、そして消えた。 「チェンバーじゃなくても流れ星が降るにゃ?」 「きっと、だれかがおてがみ、とばしたのね」 光の名残を追うように手で庇を作り、放物線の先に目を凝らすフォッカーの独り言に、ティリクティアは同じように目を細め、ゼシカ・ホーエンハイムはトラベラーズノートをぎゅっと抱きしめ応える。 不変の天と地の間を矢のように飛び去ったそれは、音もなく、旅人たちの心に小さな波紋を生み出した。 「……全く夢に溢れた噂だぜ」 同時刻。 さっき肩慣らしに投げたのと同じ、手のひらで掴めるサイズの金属筒を弄びながら、ジャック・ハートが放物線の先を見据え口角を上げる。流れ星の犯人はどうやらジャックらしい。 __誰がこんな不確かな手段で、キングやクイーンに連絡を取ろうと思うものか 「遊びとしちゃ面白いがな」 その遊びも、全力でやらねば意味がない。大気圏脱出にすら耐えるという金属筒、先立って投げられたそれにはただ、大真面目な願いだけを込めて。 「さて、子猫チャン達に合流するか。ヒャハハハハ」 垂直に投げた金属筒を眼前でしっかと捕らえ、ジャックの奏でる足音はどこまでも楽しげだった。 ◆あの空が曇らぬように ターミナルの何も無い空と大地を見渡せる、お茶とケーキの味以外にはそれだけが売りのオープンカフェの一卓を囲み、四人はそれぞれ手紙の宛先に思いを馳せる。 「おいらも半信半疑だけどにゃ、こういうのはやらないよりやったほうがいいのにゃ」 フォッカーも例外ではなく、トラベラーズノートの空白部分を一枚なるたけ丁寧に切り取り、ペンを構えてまなじりを下げるその姿は微笑ましい。見る人が見れば、誰に送ろうとしているのかは明白だ。 「くろねこさん、だれにお手紙おくるの?」 「おいらは故郷の妹に送るにゃ、母ちゃんも兄ちゃんも……ついでに弟も心配だけどにゃ、やっぱり一番手紙を送りたいのは妹にゃ!」 同じく白紙を前にして手紙の内容を考えるゼシカの何気ない問いかけに対し、表情のゆるみきったフォッカーの口からこぼれる言葉は決まっている。 「猫ってなアレだ、もっと個人主義なんじゃねえのかヨ」 「それは壱番世界の猫の話にゃ。ジャックも妹の可愛さを見たら分かるにゃ……あ、でも可愛いからって惚れたらダメにゃ!」 「んな趣味ァねえヨ」 ジャックのからかうような文句も意に介さずフォッカーはさらりと(むしろでれでれと斜め上に)かわし、ひとつフレーズをひらめくたびに盛大ににやけたり、目を細めたり、一人でうんうん頷いたりと、くるくる表情を変えて即席の便箋を文字で埋めてゆく。 __さらさら、さらっ 「(うーん……)」 __さらり、きゅっ 「(うん、やっぱりこっちの言葉の方がいいにゃ)」 __……さらり 「(急にこんなこと書くの、おかしいかにゃ……? でもにゃー……)」 __…… 「……」 そして筆はぴたりと止まる。さっきまでのでれでれした表情が少しずつ曇る様子を見かねたティリクティアに声をかけられ、フォッカーはやっと我に返った。 「フォッカー? 難しい顔して、どうしたの」 「……にゃ? いやー、妹に男が出来てるかと思うとにゃ? 兄ちゃんとしては居ても立ってもいられないにゃ!」 にゃははと声を上げて笑ってみせ、フォッカーは帽子をほんの少し目深にかぶりなおした。 __本当に、心からそういうことで悩めればいいのににゃ 妹に悪い虫がつくのは個人的な大問題だが、そんな悩みを持つことすらかなわない状況をフォッカーは最も心配していた。 戦争。 愛すべきあの空が、硝煙と血の匂い、悲鳴と嗚咽、憎しみと報復で満ちてしまいやしないか。 世界や種別が違えど、ヒトの欲望はいつかはじけて関係ない誰かを傷つけ、そして受けた傷を報復で癒そうと、愚かな行いを繰り返す。『それ』が、故郷に待ち受けている運命だったとしたら。取り越し苦労かもしれないのは分かっている、それでもフォッカーは祈らずにいられなかった。 「心配のしすぎだわ、妹さんの恋路くらい見守ってあげなさいよ」 「いやいやいや、帰ったらそいつは一発……十発ぐらい殴らないとにゃ!」 話をごまかす為とはいえ、すっかり妹に彼氏がいる前提で喋ってしまったこと、きっとフォッカーは後で気づいて今より落ち込んだことだろう。小さなティリクティアがぴしゃりと言ってのけた大人らしい一言も、今のフォッカーにはあまり効き目がないらしい。 そして。 「……うん、書けたにゃ!」 長らく握りっぱなしだったペンを置き、フォッカーがやっと心からの弾んだ声を上げる。 "" 最愛なる妹 アンリ・エイグルへ アン、元気にしていますか? 母ちゃん達も元気にしていますか? 変わりはありませんか? 困った事は起きてませんか? おいらは遠くにいるけど、元気です。 今まで連絡せず皆怒ってるだろうね。ゴメンなさい。 おいらも帰りたいけれど、アンに会いたいけれど、そうはいかないみたいで……。 きっと15歳になったアンはまた可愛いのだろうね。 いつかアンに会うために絶対に帰るから、どうかそれまで元気で。 早く帰れるように、努力するから。 追伸: これからまた戦いが起こるかもしれない。その時はできるだけ遠くへ逃げて。 意味分からないと思うけれど、お願いだから。 兄 フォッカー・エイグルより この手紙が届くよう祈りを込めて "" どうかあの美しい空が、大切な家族の未来が、哀しみで曇らぬように。 ◆子はかすがいって、誰かが言ってたの ゼシカはあらかじめ普通の紙に下書きを用意し、それとにらめっこしながらトラベラーズノートの便箋に手紙を書き写している。時折手の動きに緩急がつくのは、きっと下書きよりももっといい文句を思いついたサイン。 "" ママへ。 お元気ですか。ゼシは元気よ。天国はどんな所? 先生は綺麗なお花畑があるって言ってたけど……ママは今幸せですか。 ゼシね、ダスティンクルのお祭りで不思議な人と会ったの。 カササギの仮面の男の人。そのカササギさんがママの写真を落としていったの。 ひょっとして、あのカササギさんはパパだったのかもしれない。 懐かしい匂いがしたもの。 優しくてあったかくて、おててを繋いでると落ち着いたもの。 でもゼシお別れする時までちっともわからなくて。 急いで追いかけたらもういなくなってたの。 パパの落とし物は大事に拾って持ってる。 写真のママとっても幸せそう。お腹の中にいるのはゼシね。 写真を撮ったのはパパかしら。 ねえママ、そこからゼシが見える? "" ゆらめく炎のようなオレンジ色に彩られた烙星の祭り、あの時出会った優しいカササギの仮面の人。炎が見せた幻のように、気づいた時にはもう消えていた。だけど、今も残るぬくもりの記憶、手触りと懐かしいにおい、そしてママの写真。それはシンデレラが残した硝子の靴よりももっと確かな……いや、もっと確かだと思っていたいもの。 「ゼシカは母ちゃんに手紙を送るんだよにゃ?」 「うん……パパへのお手紙は郵便屋さんにおねがいしたけど……」 ゼシカに運ばれたミックスジュースのグラスに露がおりる。それを拭いて便箋から遠ざけてやりながら、フォッカーが手紙の中身は見ずに問いかけた。 「ママへのお手紙はどうしようかなあって、ゼシずっとなやんでたの。くろねこさん、このお手紙だったら天国にとどくのよね……?」 不確かな噂だけど、もし届くのなら伝えたい。大好きなママはきっと天国から見守っていてくれるけど、ママもゼシカがどこにいるか分からないかもしれないから。 __天国には、おもいでしかもっていけないのよね 写真も、手紙も、きっとママは持っていない。だからこの手紙が異世界や生死の壁を越えて届くのなら、ママはきっと喜んでくれる。 「きっと……きっと届くにゃ!」 「ありがとう、くろねこさん。きっととどくのよね、だからなかないで」 いい大人のはずのフォッカーがゼシカの話に涙でぐずぐず。それを優しく笑って慰めるゼシカ。どっちが大人なのかわからない。 __カササギさんが、パパだったら 本当の迷子は、ゼシカではなくパパだから。あの時奥さんと子供を思って泣いていたカササギの仮面の人をフォッカーの涙に重ね、ゼシカは唇をきゅっと引き結んで浮かぶ涙を堪えた。 もう泣かないでいいよ。ゼシカはここにいるよ。ママはパパがずっとずっと大好きだよ。 ママに手紙を書いているのに、伝えたい言葉はいつの間にかパパに宛てられている。だけどそれは書かない。パパとは絶対に、絶対に会えるから。手紙じゃなくて、自分の声で伝えたいから。 「手紙って形に残るけど、本当はもっと伝えたいことが便箋の外で踊っているのよね」 「うん。それはね、ママじゃなくてパパにいってあげるの」 熱い紅茶が立てる湯気の向こう、ティリクティアがペン先で空をなぞるような仕草を見せる。絶対パパを見つけてみせる、その決意がゼシカを大きく頷かせた。 今度はしっかり手を握ろう。そうしたら絶対に離さない。天国のママと、迷子のパパを繋ぐことが出来るのは、ゼシカだけだから。 ◆それを恋文と呼ぶにはあまりに トラベラーズノートの一ページに折り跡をつけ、余計な破り目が出ないよう丁寧に切り取って、ティリクティアは少し悩みながら手紙を書き始めた。 誰に送りたいかはもう決まっている。セルリーズ、故郷の敬愛する王太子であり婚約者。彼に送れば、きっと庭師のウィルにも言葉は伝わるだろう。逆でもよかったのかもしれないけれど、フォッカーから噂の話を聞いてティリクティアが真っ先に思いついた宛先はセルリーズだった。それを恋心と呼ぶなんて、まだまだ背伸びしたがりのお年頃なティリクティアが自覚するのは、きっともう少し先の話なのだろう。 「手紙の書き出しって、難しいのね。書き出しさえ決まればあとはすらすら書ける気がするのに」 「そんなの簡単にゃ、自分がもらって嬉しい手紙がどんなのか考えればすぐにゃ!」 「それもそうね! ふふふ、悩んでたのがばかばかしくなっちゃう」 妹への手紙をもう書き上げたフォッカーのアドバイスは意外と的を得ていたらしい。深呼吸を一つして、ペンを持ち直したティリクティアの表情は明るかった。 まずはセルリーズに宛てた手紙であること。そして自分が書いた手紙であること。これさえ分かれば、きっとセルリーズは喜んでくれるから。 __だって哀しい未来を変えることが出来たんだもの。そうでしょう? 見えてしまった結末を捻じ曲げることは果たして正しかったのか、確かめる術を今のティリクティアは持っていない。だけど、あの時はそうせずにいられなかった。セルリーズは、ティリクティアのあの行動をどう思っているだろう。怒っているだろうか、それとも哀しんでいるだろうか。 セルリーズが死なない為とはいえ、最後に哀しい顔をさせてしまった。罪滅ぼしじゃないけれど、せめて、無事でいることだけでも伝えたい。 その名を何度か書き記し、ふとティリクティアは手を止める。左手中指に嵌めたセルリーズと揃いの指輪が、何かを囁いた気がして。離れていても、繋がりはこの指に、そして心に残っている。 今よりもっと幼かった頃は、こんな古めかしい紋章の彫られた指輪なんてただのお飾りだと思っていた。古くて面倒くさくて、ただただ煩わしいしきたりの象徴みたいな指輪、それはティリクティアの華奢な指にはぶかぶかで、ちょっと木登りを楽しんだり庭園を走り回ったりするだけですぐに外れてしまい、その度大騒ぎになったこと。そして置いてけぼりにされたこの指輪を見つけてくれるのはいつも決まってウィルで、教育係には内緒で中指に嵌め直してくれるのはセルリーズだったこと。 指輪を通してよみがえる思い出が、ティリクティアの手をじんわりとあたためる。それがいつか教わった、指輪に込められた護りの力なのだとしたら、古いしきたりも捨てたものじゃないかもしれない。 "" セルリーズへ セルリーズ、私。ティアよ。 この手紙は、無事に貴方の元に届いているかしら。 私は今、とある世界で元気に過ごしているわ。 怪我の方も、大丈夫よ。ちゃんと治療してもらって、すっかり完治したのよ。 ねぇ、セルリーズ。 私は絶対に貴方の元に帰るわ。だからそれまで、待っていて。 必ず、必ず。私は貴方の元に帰るから。 ウィルにも私が元気でいる事、伝えてね。 ティアより "" ウィルへの私信がたった一言だけなのは、きっと信頼の証。 だんまりだったあの蕾は、今頃、大輪の花を咲かせているだろうか。 ◆ハートの騎士は教唆する 「さァて、絶好の手紙日和だナ、ヒャハハハ」 トラベラーズノートを一枚無造作に破り取り、ジャックが誰に憚ることなく書き始めた手紙。真っ先に記されたその肩書き、『前館長』には、トラベラーズカフェで予め聞いていたにしろ、皆驚きを隠せない。 「ほ、本当に元館長に手紙送るにゃ?」 「俺ァやる時ァ真面目だゼ、どんな事もヨ?」 げらげらと声を上げて笑うジャックの様子には、言葉通りの真面目さなど感じられない。しかし先立っての流れ星に込めた願いに、嘘などあるはずもなくて。 「ねえ、元館長に手紙を送るならって……ちょっと、友達を呼んだの」 「あァ? お嬢ちゃんのダチがエドマンドに何の関係があるってんだ」 「関係? 関係なら大有りよ、ほら!」 ティリクティアが自分のトラベラーズノートを開き、破り取ったのよりもっと前のページをめくると、エアメールを送ったのであろう痕跡が見て取れる。そこには何とアリッサ・ベイフルック……前館長の後を継いだ者の名が記されていたのだ。そしてその名の主もほどなく好奇心に満ち満ちた表情で小走りにやってくる。 「いたいた、ティア! 一体こんなところで何してるの?」 「アリッサ! 来てくれて嬉しいわ、話すと長くなるから簡潔に言うわね、私たち手紙を書いてるの」 「手紙?」 理解の追いついていないぽかんとした表情で、アリッサがオウム返しのように尋ね返す。ティリクティアは大きく頷き、ジャックがニヤリと笑って校閲を求めるかのように書き上がった手紙を差し出した。 "" 前館長、無事に生きてるか? 直接の連絡手段が封じられても、抜け道ってのはあるもんだ。 アリッサの事を信じるなら、偶には夢に現れるなり手紙を出すなりしてやってくれ。 ……彼女の心が折れないように。 サプライズはどんな時でもうれしいからな。 ヘンリーの容体は変わらない。 ファミリーでフォールダウンしそうなのもヴァネッサだけだ。 アリッサが同じ轍を踏まないように祈ってやってくれ。 "" 「これ……これを、おじさまに?」 「あァそうサ。ただの噂でもナ、やってみなけりゃわかんねえコトも世の中にはあるもんだゼ? ヒャハハッ!」 「そうにゃ、だからアリッサも誰かに伝えたいことがあったら手紙を書くといいにゃ」 ジャックの手紙を読み、フォッカーから噂の顛末を聞いて、アリッサはようやくこの集まりが何なのかを理解した。 ジャックの手紙には、エドマンドの個人名は記されていない。ジャックの名もない。だが『前館長』という肩書き、それを記すことが出来るのは世界図書館のロストナンバー及びロストメモリーに限られており、加えて書かれているのは『ファミリー』を案じる内容だった。案じている者がいる、それを伝えるにはこの短い手紙で充分なのだ。異世界をさすらうエドマンドに伝えたい事、それはエドマンドを慕っていた者の数だけある。それでもジャックが選んだのは、自分のことよりもアリッサとファミリーのことだった。 「そう……そんな噂があったんだね。知らなかったなあ」 ジャックの手紙を何度も読み返し、アリッサは戸惑うような笑顔を見せる。いつか世界群を救い、エドマンドと再び出会う日を夢見て行動していた彼女も、ロストナンバーとはいえまだあどけなさの残る少女なのだ。根拠の無い噂でも、思いを伝えられる手段があると知り、その気丈な心は揺れている。 __届かなくても構わねェ……せめて思いついてくれヨ アリッサの為に。 口に出かかった言葉を飲み込んで、ジャックはふざけた笑いを決して絶やすことなくアリッサに渡した手紙をぴっと回収した。 「アリッサ、アンタはターミナルの主だよナ? だからっていいコで待ってなきゃならねェ理屈はどこにも無ェゼ」 終着駅という名の、ロストナンバーがひととき羽を休める場所。アリッサは確かにそこを統べる世界図書館の館長だ。そう、だからといって、いつも毅然と振舞っていなくてはいけない理由などあってはならない。彼女もまた、ひとりのロストナンバーに過ぎないのだから。エドマンドがパーマネント・トラベラーとなったことが哀しくないわけではない、それに、世界図書館に襲い掛かる様々な事件、それらと対峙するたび、隣にエドマンドが居てくれたらと思わない日も、アリッサにはきっと無いだろう。 生きて再び出会うために、最善の努力をしてきたと思っている。だけど、もっと個人的な気持ちをぶつけることは今までしてこなかった気がする。 「私だって寂しくないわけじゃないよ。おじさまに言いたいこと、たくさんあるもの」 __だけど、おじさまは今、一人なんだよね トラベラーズノートを取り出し、噂の作法に則って、アリッサが白紙部分を一枚、切り取ろうとした。……が、しばしの沈黙ののち、トラベラーズノートはそっと閉じられた。 __おじさま、私元気だよ。ジャックの手紙が届いてくれたら、きっと分かるよね 「あ? 手紙、書かねェのかヨ」 「うん。言いたいことはジャックの手紙に殆ど書いてあったもの。……ありがとう」 ◆そして旅人たちは 書き上がった手紙をめいめい好きな方法で飛ばそうという段になり、ジャックは持参した金属筒に手紙を詰めてさっきのように投げ飛ばす。肩をぐるりと回し、遠く、遠くへ飛ぶよう。運動エネルギーを可能な限り操作し投げ放たれたそれは、二つ目の流れ星となって何も無い天地を飛び去って行った。 「わあ、流れ星みたい……」 「ヒャハハ、そいつァ縁起がイイじゃねえカ」 もしこの流れ星が故郷エンドアに流れ着いたのなら、中身の無さにがっくりして投げ返されるかもしれない。それがキングやクイーンだったら面白いが、こんな手段で連絡を取ろうとして笑われるなどまっぴらだ。 __処刑者の手紙が流れ着くなんざ、とんざ笑い種だゼ? 本当の宛先に届くかは神のみぞ知る、それも神様なんて都合のいいものが居ればの話。だから信じて行動し続けるしかない、道は前にしか開かれていないのだから。 「すごいわ、本当にどこまでも飛んで行きそうね」 「わあ……くろねこさん、ゼシのお手紙もおってほしいの」 「じゃあ折り方を教えてあげるにゃ! その方がきっと届くにゃっ」 フォッカーが自分の手紙を紙飛行機にし、ターミナルの縁に立ってすいと飛ばす。手首のスナップをなるべく水平になるようきかせて放たれた紙飛行機は、揚力を充分に受けて滑空するようにつくられた翼のおかげで、ただまっすぐ、下降することなく悠々と、白黒の大地に消えていった。迷う仕草も見せず飛んでいくその姿は、まるで手紙自身が宛先を知っているかのよう。 「ゼシカ、私も教わりたいから一緒に折りましょう?」 「うん、いっしょにがんばるの」 文面が内側になるよう中心線を作り、右翼、左翼と折りを重ねて作った紙飛行機は、正面から見ればまるで渡り鳥が翼を広げているように見える。 「(カササギさんも、渡り鳥なのかな)」 小さな手で一生懸命、フォッカーの指示通りに折り、完成品を目にしたゼシカが目を細める。どうか、この手紙が天国のママに届きますように。そしてパパと会えたなら、この手紙のことを笑って話せますように。 ふわりと空気をはらんで上に向かった手紙は、天国のありかを知っているのだろうか。 「ところで、ティアは誰に手紙を書いたにゃ? もしかして彼氏とかにゃー?」 「彼氏? そんな低俗な位置づけの人じゃないわ、乙女の秘密よ」 「にゃ、ということはきっと好きな人にゃね! どんな人!? 聞きたいにゃ!」 つんとそっぽをむいて隠した手紙に興味津々のフォッカー、これにはティリクティアも呆れ顔。 「貴方ねえ、そんなんじゃ妹さんにいつか愛想尽かされるわよ」 「にゃっ!? お、乙女心は難しいにゃ……」 乙女心とは、男の子は分からない、今ティリクティアが頬張っているベリータルトのように甘くて酸っぱくて、それでいてとっても複雑な味と香りが折り重なっているもの。だけどここのカフェには山羊乳のアイスがないから、バニラビーンズたっぷりのミルクアイスエスプレッソがけで我慢してあげる。 __あの時よりは大人だもの、エスプレッソの苦味がわかるくらいにはね? 思い出はサラエ焼きよりエスプレッソよりほろ苦くて、だけど下に隠れた想いは何より甘くて。 小さな手から飛び立って行った手紙は、恋心とはまだ呼べない気持ちを抱えて少し重たげに見えた。 「ティア、今日は呼んでくれてありがとう。ジャックもね」 「何言ってるの、私たち友達でしょう?」 フォームミルクをのせたアールグレイティーを一口飲み下し、アリッサが笑った。友達だときっぱり言い切るティリクティアの勝気な瞳にも嬉しそうに応える。 「ふふ、そうだね。こうやってお喋りするのも素敵だけど、お手紙もいいね」 「みんなのおねがい、かなうといいな」 ゼシカがぽつり漏らした願いは、それぞれが思い描く空に届いただろうか。
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