「たいへんたいへんたいへんゼロたんとカリスさまがモフトピアで温泉でウサミミでああぁぁぁあたしもうだめ」 鼻血を押さえながらクリスタル・パレスに駆け込んできた無名の司書は、言うなり力つきて倒れ伏した。イヤンな血だまりがじわじわとカフェの床に広がる。「営業妨害はやめていただけますか。どれだけ後始末が大変だと思ってるんです」 ため息をつきながら、ラファエルがモップ掛けを始めたときだった。「カリスさまが何だって!? のんきに萌え死んでないで説明してくれ司書さん!」 ひそかに《赤の城》のフットマンの座を狙っている、カリスさまファンのジークフリートは、血みどろの司書を抱え起こしてガクガク揺する。「ゼロ、たん、カリス、さま、いっしょ……。いく……、ウサ、ミミ、おんせん……」 ダイイングメッセージのように呟いて、司書はまたも、血の海に突っ伏した。 † † † ――カリスさまは毎日いろいろお疲れだと思うのです。いつかモフトピア依頼にご一緒してうさ耳温泉に入りましょうなのです。 ――そうね。機会があれば。 ――カリスさまのうさ耳は、きっと魅力的なのです。全ロストナンバー男子を10kmドミノ倒しで悩殺なのです。 ――できれば、男子禁制でお願いしたいわね。 ――それは当然のことであり自明の理なのです。そのときゼロは巨大化して無防備なカリスさまを警護するのです。 † † †「こうしちゃいられない! 店長! 早退させてください! いえ、ダメと言われても泣いて止められても早退します!」「おい、ジークフリート」「ちょ、ジークさん」 そのままダッシュしようとしたジークフリートに、シオンが追いすがる。「覗きはよくないよ、気持ちはわかるけど! それはひととして、いやトリとしてやっちゃいけない犯罪だ。気持ちはわかるけど!」「誰が覗きに行くといったぁぁぁぁ!」 シオンをげしげし蹴りながら、ジークフリートは、ふっと髪を掻きあげる。「俺はただ、カリスさまが温泉に入っておられる至高のひとときのくつろぎを、同じ世界で同じ時間軸で共有したいだけだ」「いやだって、ゼロとカリスさまが行くとこって、貸し切りの男子禁制じゃね?」「だ〜か〜ら〜、せめて同じ時間、近くの別の温泉に浸かっていたいんだよおぉぉぉ! わかってくれよこの男心!」「ウン気持ちはわかるってば。おれもウサミミのゼロと混浴したいのはやまやまだけど、それは無理だしなー。よぉし、じゃあこうしようジークさん」 おれたちも誰か誘って温泉に行こうぜ。ふつーに。 イイ笑顔を見せ、そんなわけで早退しまーす、と、意気揚々と職場放棄するギャルソン2名に、ラファエルはそっと胃の辺りを押さえる。(入浴中の処女神アルテミスの、一糸纏わぬ素肌をうっかり目撃してしまった猟師アクタイオンは、その報いとして、当のアルテミスによって鹿へと姿を変えられ、連れて来ていた自分の猟犬に食い殺されたというが……) ギリシャ神話の、血も凍るエピソードを、ふと思い出しながら。==!注意!==========このシナリオは、以下の企画シナリオと同じ時系列の出来事を(勝手に)扱っています。同一のキャラクターによる当該シナリオへの複数参加(抽選エントリー含む)は、ご遠慮ください。・【うさ耳スクランブル】アルテミスの純潔 <参加予定者>シーアールシー ゼロ(czzf6499)(っていうか、ゼロたんごめんなさいね。美味しいネタだったんでつい)
ACT.1■温泉は楽しいのです? 「別にいやらし目的とかじゃねえし!」 ここに来た深遠なる理由について、虎部隆は力説していた。 岩風呂の湯船ぎりぎりに仁王立ちになり、熱く拳を振り上げるさまは、崇高なる革命の闘士のようである。 「けどさ、最近、モフトピアとか全然行く機会なかったし、インヤンガイであーんなことやこーんなことがあったからリフレッシュしたかったし、なんたって温泉だし、たまにはゆったり療養もいいかなーと思ってそしたら運よくチケットが手に入ったからこうして大自然を感じながら湯に浸かってるわけだよ! それ以上でもそれ以下でもない!」 「なぁ隆」 その足元で、シオンは胡座をかいている。 「誰も何も言ってないじゃん。海パンいっちょで胸張ってるとこ、ツッコむのもどうかと思うんだけどさー」 「海パンの何が悪い! 履いてないよりはいいだろ」 「もちろんパンツは履いてくださいお願いします」 「あー、俺は履いてないが、相応の配慮はしてるぞ?」 特に下心もなく、こういった場所で裸体を晒すことへの抵抗感もまったくない虚空は、すがすがしくマッパであった。一分の贅肉もない身体と、腰に巻き付けたタオルがさりげに洒脱で、何ですかあなた、古代ローマのお風呂を彩るギリシャ彫刻ですか、てなもんである。 虚空は、酒と冷やしサイダーと、冷奴とゴーヤのお浸しと枝豆と温泉玉子と茄子塩もみ、各種アイスクリーム、各種フルーツなどを持ち込んでいた。岩肌の凹凸を利用して、皆が自由に取りやすい位置に並べつつ、自分も、奥多摩の酒造が醸した純米吟醸生酒「蒼天生酒」を、江戸切り子のグラスで楽しんでいる。 「枯れてんなぁ、虚空さんは」 隆が、枝豆をひょいとひとつ、つまみあげる。 「温泉の楽しみつーたらこれだろ。飲むか、隆、シオン?」 「いちお、未成年なんで、冷やしサイダーいただきますー」 「いちお、未成年だけど、店長もいないことだし蒼天生酒を」 「『こらシオン。クリスタル・パレスでは、覚醒時の外見年齢が未成年のロストナンバーの飲酒は非推奨だ。ギャルソンがそんなことでどうする!』って、ラファエルに怒られるぞ?」 「げ。虚空、店長の口真似うめぇ」 「シオンなら冷やしサイダーでもコーヒー牛乳でも酔っぱらえるんじゃね? いいよなぁ安上がりな男は」 からかう隆に、なんだとぉ〜!? と、足をくすぐる。 「うひゃひゃ、やめろよぉー!」 妙な声を上げ、隆は足元をふらつかる。そして。 ざっばーん! お尻から派手に、湯船に落っこちた。 盛大なしぶきが上がる。 虚空の前髪とシオンの羽根が、びしょ濡れになった。 「そういや俺、この刺青のせいで一般の銭湯とか温泉には入れねぇから、ある意味新鮮だなあ」 濡れた髪をかき上げる虚空に、 「壱番世界だとそうなの? そんなに綺麗な蓮花の意匠なのに」 少し離れて湯船に浸かっていたリンシン・ウーが、不思議そうに言う。 「いろんな事情と経緯があって、そういうことになってんだ」 「私も、こういう場所は初めてで……」 リンシンは、温泉どころか共同浴場自体、初めての経験である。 「こういう格好をするのも……」 なにしろ、水着というものを身につけるのも初めてなリンシンさま(さま付き)なので、デザインの善し悪しなどもよくわからない。 ゆえに。 ゆえに。 ゆ え に。 リンシンさま、ものっそ、大 胆 な ビキニをお召しでいらっしゃったのだ。 パールピンクのチューブトップビキニに、申し訳程度に覆われたスレンダーボディ。いつもきちっと体を覆う古風な服を着ているため、そのギャップ萌えたるや無限大である。 無言でガン見していたジークフリートが、つつつ、と泳ぎながら近づいて、おもむろに名刺を差し出す。 「『クリスタル・パレス』ギャルソン、ジークフリート・バンデューラと申します。貴女のようなかたとお知り合いになれて光栄です。是非、下僕候補のひとりにお加えください」 「湯船の中で名刺出すなよジークさん。ふやけんだろ」 「だいじょうぶ、いつでもどこでも渡せるように、俺の名刺は特製プラスチックでコーティング済み……、ぶはっ」 シオンはジークフリートの羽根を引っ張って、お湯に突っ伏させた。 「あ、あの……」 鳥たちの見苦しいドタバタに、リンシンは困惑している。白い腕で胸もとを押さえたすがたさえ魅力的で、ジークフリートは沈没状態だしシオンは湯当たりしそうになっていたところ。 「リンシンさま、とっても素敵……」 「ん……?」 おずおずとした可憐な声に、シオンは振り向く。桜妹だった。 「肌も白くて、髪の毛もきらきらしてて、とっても綺麗です。……羨ましい」 かくいう彼女は、白地にリゾートフラワー柄のビキニに、愛らしいフリルのミニスカートを合わせていた。ほんのり桜いろに染まった肌の美しさが水着に映え、濡れた髪が陽をはじき、その可愛らしさ、その悩殺度、凶器レベルである。 シオンの熱視線が、今度は桜妹に釘付けになった。 「桜妹の水着、かっわいいな」 「……今日のために、新調したんです」 「うんうん、可愛い可愛い」 「本当はタンキニにしようと思っていたのですが、お店の方やお友達に勧められて……」 「タンキニってセパレート型だっけか? うんうんうん。店員さんとお友達に座布団十枚!」 「……でも、やっぱり、肌を出し過ぎているような気がして」 桜妹は恥ずかしそうに目を伏せる。 「へ、変じゃないでしょうか……?」 「まったくちっとも全然これっぽっちも!! もっと露出度が高くてもおれはいっこうに構わない!!!」 「少しも変じゃないわ。とても桜妹さんに似合っているわ」 リンシンはにっこりと微笑む。 「それに……、体を洗うのだから、布が少ないほうがいいでしょう?」 「リンシンさま」 「そうだわ、洗ってあげましょうか?」 「そんな」 「大丈夫よ、いつも侍女にやってもらっていたから」 リンシンと桜妹は、いったん湯船から上がった。水着すがたの美女と美少女が背中を流し合う光景に、ジークフリートとシオンは感動のあまり手を取り合う。 「シオン」 「ジークさん」 「ここは天国かもしれない」 「おれ、もう、ターミナルには帰らねぇ……!」 とか何とかやっている鳥たちを、 「鳥’s(バーズ)よ」 隆がぴしっと指さした。 「おまえたちはまだ甘い!」 ACT.2■探検隊が結成されるのです? 今まで数々の探検隊を指揮して来た隊長の顔で、隆はおごそかに宣言した。 「ミッションは遂行するべきだ」 「え?」 「え?」 隆が指し示す方向に、鳥’sはたじろく。 それは今まさに、シーアールシーゼロとレディ・カリスが入浴しているだろう、貸し切り温泉の……。 「俺たち男子はモフトピア探検隊だろ! あそこには神秘が待っているんだ!」 「そう、だけどさ」 「いや、だけどさ」 「俺もレディ・カリスに圧迫されたい! しかしそれをやると俺は死ぬんだ……」 苦悩に打ち震える表情で、隆は自分で自分を抱きしめる。 「命がけの探検隊……。何という男のロマン」 「ちょっと待て虎部隊長」 「いつの間にそんな話に!?」 「だが君たちは自由だ! その背には翼がある!」 「いやいやいや、シオンはともかく、俺は七面鳥なんで飛べないし」 「そして君たちの目の前には、野望という荒野が広がっている」 虎部隊長、聞いちゃいねぇ。 にやりとニヒルに笑い、ジークフリートに囁きかける。 「いつまでも見果てぬ夢を追い続ける、それが男ってもんなんじゃないのか……? のぞけば、いいんじゃあ……ないのか……? んん〜〜?」 悪魔のささやきである。隊長ヒドイ。ジークフリート、ぐらりとしてるじゃん。 「ていうか俺は」 ことばの響きに込められた、無駄な重さ。 「よくわからんけどジークを応援したいんだ! 頑張れよ!」 とどめだった。 ぷつーーん。張りつめていたものが、思いっきり切れる。 ジークフリートは湯船から上がるやいなや、七面鳥姿でふらふら歩き始めた。 彼の運命は、誰も知らない。 † † † 「でさぁ、虚空は、何でひとりで温泉に来たわけ? ご主人さまは?」 シオンは何ごともなかったように、冷やしサイダーをラッパ飲みしている。 「強引に話を逸らしたな。ジークと一緒に行かないのか?」 苦笑する虚空に、シオンは両手を上げ、首を横に振る。 「いやぁ、ゼロがカリスさまを警護してる以上、覗きが成功するわけないし。犠牲者はひとりで十分だし」 隆はといえば、 「何てひどいやつだ! ジークの純情を応援したいと思わないのか?」 とか何とか言いながら、頭にタオルを乗せ、おもむろにフォークを持ち、マンゴーの角切りに突き刺している。「おまえたちの友情はどこにあるんだ!? もぐもぐ」 「隆こそ、あおるだけあおって、なんでひとごとみたいにフルーツ食べてんだよ。隊長だろ? ……おっ、ライチがある。メロンも」 「隊長は隊長らしく、ここから望遠鏡で覗いておくさ。ジークの冒険を。……このマンゴー美味いな虚空。ライチもなかなか」 「懇意にしてる果物屋のおすすめだからな。……ご主人さまは仕事放り出してヴォロスの夏祭りに行っちまってな……。しばらく呆然としてて、はっと気づいたらチケット握りしめてたんだ。まあせっかくだから、いろいろ買い込んで来たんだが」 「相変わらず苦労してんなぁ。あ、メロンもうめぇ」 隆と一緒にフルーツを満喫するシオンに、虚空はもうツッコまない。 「……いや。しかしものは考えようだ。これは、リフレッシュすることでパフォーマンスを上げろという神さまとかのお達しにちがいねぇ。……神とか1ミリも信じてねぇけど」 「おれは信じるぞ。ジークさんが向こうに気を取られている間、リンシンと桜妹の水着姿は独り占めだ。神さまありがとう!」 「カリスさまとゼロさまのうさ耳姿、見てみたいですけど……」 桜妹は小首を傾げる。 「ゼロさまとは以前依頼でご一緒しましたが、うさ耳が似合いそうです」 「だよな」 「モフトピアでなかったら、いけないおじさまに誘拐されてしまいそうです」 「ていうか、おれがさらいたい」 「その、一応申し上げておきますけれど、だからって見に行くのはだめですよ……?」 「うんうんうん、行かない行かない。ホント、桜妹の言うとおりだよ、うんうんうんうん。どこにも行かないよきみのそばにいる」 シオンは調子良く相槌を打つ。 ジークフリートの姿はすでに見えなくなっている。彼が消えた方向に、リンシンは手をかざす。 「元気ねぇ」 ……ほのぼのなリンシンさまだった。 「でも……、気持ちはわかるわ。私だって、出来れば旦那様の御背中、流してみたかったもの」 「ああ、リンシン姉さんのダンナって、皇帝陛下だっけ?」 自分の姉を思い出したらしく、シオンはシンパシーに満ちた笑顔になる。 「流せばよかったんじゃん」 「立場的に叶わなかったのよ……」 「リンシン姉さん」 がしっと肩に手を置いた。 「リンシン姉さんこそ、ダンナの風呂を覗くべきだったんじゃないのか?」 「ええ……?」 「いや、覗くだけじゃだめだな。やっぱ乱入しないと! そして押し倒せ!」 「そんな」 「リンシン姉さんに風呂場に乱入されて抵抗できる男なんているわけないって」 「……おっ、この桃うめー」 無心にフルーツをむさぼる虎部モフトピア探検隊長(註:名目だけ)の頭には、 ぴょこん、と、 うさ耳が生えていた。 ACT.3■うさ耳は神なのです? 「すごいです、本当に耳が生えてます!」 自分の耳を触って、桜妹は嬉しそうに笑う。やわらかであたたかい、優しい手触り。 (もしお父さまが見たら……、可愛いと思って下さるでしょうか) ふっと、そんなことを思いながら。 温泉の効果を知らなかった虚空は、前のめりに轟沈した。まさかこんなことになろうとは。 「ちょ待っ……! 三十路男のうさ耳とか誰得だよ、どんだけニッチなフェチなんだよコレ……!」 もうツッコミはあきらめた虚空だったが、さすがに何か言わずにはいられない。だが語彙が追いつかない。シオンは生暖かく微笑んだ。 「かわいい、よ、虚空」 「目を逸らしながら気の毒そうに言うな……! 言っとくがおまえのうさ耳も超絶可愛いぞ!」 このようなすがたは、敬愛するあるじにだけは見られたくない。 虚空の横顔がシリアスな影を帯びる。どこからどう見ても悲壮な男前の顔になった。うさ耳だけどな。 「可愛いわ、可愛いわ……!」 一同に生えたうさ耳に、リンシンは手を打って目をきらきらさせている。 「……ええとですね、リンシン姉さん」 「なあに?」 「貴女にも、キュートなうさ耳が生えてるんですが?」 「えっ?」 手を伸ばしてみる。馴染みのない、やわらかな感触が、たしかにある。 ぴこ、ぴこ、と、動かしてみる。 ……面白い。 もしも、このすがたを、と、リンシンも思う。 (もしも、ここにジンヤン様がいらしたら……) 少しは、気に入ってくれたかしら。シオンさんみたいに、褒めてくれたかしら? (……いいえ、そんなことはないわよね) しょんぼりうつむいたリンシンは、しかし、すぐに気を取り直す。 晴れやかな笑顔を向ける。 「シオンさん」 「ん?」 「誘ってくれてありがとう。温泉って、こんなに楽しいものなのね!」 「どういたしまして」 どさくさまぎれに、シオンはリンシンの手を握りしめる。 「また、おれと旅行してください。地の果てまでもお供します」 「シオーン。人妻口説くのNG! もぐもぐもぐ」 うさ耳をぴょこぴょこさせながら、隆はなおもフルーツを食べ続けている。 「関係ないね。おれはフランであろうと口説くぞ!?」 「なんだとぉ。フランは渡さん!」 「あの……」 桜妹が、防水カメラを構える。 「差し支えなければ、皆さまの写真を撮らせて頂いてもいいでしょうか?」 「いいぞー! 思いっきり激写してくれ」 「お、おい」 虚空が何か言う前に肩を組み、もう片手で隆の腕を引っ張る。 「リンシン姉さんは前がいいかな。セルフタイマーにして、桜妹も一緒に写ろ?」 「はい……!」 「あとでカメラ貸して。桜妹のベストショットを写しとくよ」 「ありがとうございます。うさ耳温泉の話を教えて下さったお礼に、帰ったら、無名の司書さまに送って差し上げたいのです」 「そっか。桜妹は優しいなぁ」 「本当は、無名の司書さまも一緒に来られたら良かったのですけれど……」 「いやいやいや。そんなことをしたら、この温泉、とっくに血の池地獄になってんぞ」 ACT.4■青い鳥はすぐそばにいるのです? 「……レディ・カリスも、こんなふうにくつろいでるといいんだけどな」 いつになく伸び伸びとした気分で上体を湯に沈め、虚空は空を見上げる。 「気持ちいいですね。日頃の疲れがとれていく気分です」 桜妹も、ほう、と、息をつく。 「こういう、何も怖いことが起こらない冒険旅行は素敵です。小朋も、いつも桜妹を守って下さってありがとうございます。たくさん泳いでいいですよ?」 ジェリーフィッシュフォームのセクタンを、お湯に浸からせる。 小朋はほわわわと弛緩したふうに、足を伸ばした。うさ耳が生えたかどうかは……、定かではない。 † † † リンシンがにっこりと言う。 「シオンさん、背中流しましょうか?」 夢のような申し出に、シオンが舞い上がる。 「……………えぇえ? い、いいの? 夢オチとかドッキリとかじゃないよね!? 隆、虚空、ちょっとほっぺたつねってみて」 容赦なく両頬をつねられ、ぱんぱんに顔を腫らしながらも、幸福の絶頂のシオンだった。 「痛くないかしら?」 「ないですないですないです。もっとごしごしやっちゃっていいです。ああああああとで、リリリリリンシン姉さんのおおおお背中も流させていただきますよ」 「お願いするわ。でも……、痛くしないでね……?」 あまりのことに、シオンの口からエクトブラズムが立ちのぼる。 「シオーン! ここで倒れるな!」 「鼻血も出すんじゃねぇぞ」 隆と虚空の呼びかけも何のその、ふっと意識を失ったシオンは、リンシンに膝枕で介抱されるという、超役得にあずかったのだった。 † † † 「こちらに、たかしさま、こくうさま、りんしんさま、いぇんめいさまがいらしているとおうかがいし、おみやげをおもちいたしました」 「ましたー」 「ましたー」 和服すがたの子ぎつねアニモフは、三匹揃ってぺこりと頭を下げる。 「あれ? あんたら、たしか店長が転移したとき世話になった」 「はい、らふぁえるさんのごしどうで、おんせんりょかんをけいえいしております。としこしびんではありがとうございました。『おかみ』ともうします。こちらは『すけさん』と『かくさん』」 「すけさんですー」 「かくさんですー」 「店長のネーミングセンスマジわかんねぇ。って、何でここに?」 「らふぁえるさんかられんらくがありまして。『しおんとじーくがぼうそうしないようかんししてください』と」 「うわー、おれたち信用されてねぇ」 「『ぼうそうしてもだいじにはいたらないばあいはほうちするとして、ごどうこうのみなさまにはそそうがないようによろしく』とのことでした。こちら、おみやげです」 透きとおる薄緑の、ガラス細工のように繊細な植物が、一同に配られた。 「『くりすたるみんと』の、なえです。きっちんはーぶとしてごかつようください」 「へー。フランに渡そっかな?」 恋人の笑顔を、隆は思い浮かべる。 「このまま、ラファエルに持っていきたい気もする」 何となく同族の匂いを感じている店長のことを、虚空はつい思い出す。 「ニノさんへのお土産を探そうと思っていたの。ちょうど良かったわ」 リンシンは、恋愛感情ということではないけれど、親しく思っている相手に贈るつもりだ。 「私は……、どうしましょうか?」 自分で育ててみましょうか? それとも、司書さまへのお土産に? (どちらも、楽しいですね) 桜妹はもう一度、カメラを取り出し、一同に向けた。 ――Fin.
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