クリエイターあきよしこう(wwus4965)
管理番号1141-10940 オファー日2011-06-11(土) 23:12

オファーPC ジルダ・ロッティ(cmuu1616)ツーリスト 女 33歳 女幹部
ゲストPC1 アルベルト・クレスターニ(cnuc8771) ツーリスト 男 36歳 マフィオーソ
ゲストPC2 マッティア・ルチェライ(cped3908) ツーリスト 男 28歳 清掃員
ゲストPC3 B・B(cefr5031) ツーリスト 男 27歳 放浪者
ゲストPC4 クラウディオ・アランジ(ctxx1204) ツーリスト 男 31歳 秘書
ゲストPC5 ルカ・ジェズアルド(ctsv1609) ツーリスト 男 21歳 ・・・
ゲストPC6 一花・藤林・サザーランド(czep9534) ツーリスト 女 21歳 ウェイトレス
ゲストPC7 ラウロ(czwm3543) ツーリスト 男 41歳 内緒。
ゲストPC8 シレーナ(chbb4928) ツーリスト 女 24歳 バーテンダー

<ノベル>

 
【0】

 風がつくる音ではない。周囲の雑草がそこここでカサカサとたてるそれに体は臨戦態勢をとった。神経をとがらせる。
 何かがいる。
 その正体がわからないという焦燥に息を飲んだ。
 右に左に拡散する音の群れ。
 得物を握る手がじわりと汗ばむ。
 それが殺気であったなら、もっと速く動けたかもしれない。だが、殺気でなかったと気づくのはもっと後のこと。
「痛っ!」
 近くで仲間が声をあげた。
 その時には自分も同じ声をあげていた。
 足首に噛み痕。
 視界の片隅には――双頭の……蛇?
「建物まで走れ!!」
 誰かの――仲間の声に応戦もせず全速力で走り出したのは直感ゆえ。
 走って息が切れたのか、蛇の毒にでもやられて呼吸がおかしくなったのか、心臓の脈打つ音が耳の奥で強く鳴り響く。
 視界がぼやけ始めた。
 建物に飛び込んだところで誰かが扉を閉じる音を聞く。
 霞む視界と共に意識まで霞み始め。
 ダメだ、ダメだ、ダメだ。自分を奮い立たせるように声をかけたが、体は泥のように重く、意志とは無関係に床に転がった。
 ダメだ、ダメだ、ダメだ。そして意識も手放した。





【1】

 まだすっきりしない頭を軽く振ってジルダは床に転がる仲間たちを見渡し、傍らのシレーナの肩を揺すった。
「シレーナ……」
 ぐったりして起きる気配のないシレーナにジルダは言いようのない不安を感じて少しだけ手を強める。
「シレーナ、返事をなさい!」
「はい、ボス……」
 その声は背後からした。聞き知った男の野太い声だ。ジルダはそちらを振り返った。白髪の前髪をうっとうしそうに掻き上げながらこちらを見ているラウロと目が合う。
 彼に自分をボスなどと呼ばれる筋合いはない。彼はB・Bの直属の部下なのだから。ならば、彼はジルダにではなくB・Bに返事をしたのか。だが、B・Bはまだ床に転がったまままだ。訝しみながらジルダが言った。
「……ラウロ?」
 すると彼の顔が見る見る驚愕に変わっていく。その視線がジルダから別のものに移っていることに気づいて、ジルダはその先を追いかけるように自分が今を肩を掴むシレーナを見下ろした。
「なっ!? どうして私が!?」
 ラウロが口元をおさえ野太い声で悲鳴にも似た声をあげた。
 その声にか、ジルダの手の中で肩が揺れた。目を覚ましたのか身じろぎを一つしてシレーナがゆっくりと上体を起こす。
「……っ、何とか命はあるみたいさね……っと、なんね、こりゃ?」
 声はシレーナのものだった。しかしその口調は間違いない。
「ラウロ!?」
 シレーナはジルダの顔をきょとんと見上げて、こくんと頷いた。ジルダは言葉を失う。その背で。
「あー! あたしがいる!!」
 別の方から声があがった。シレーナの、ラウロの声による悲鳴で他の者たちも目を覚ましたらしい。ルカがイツカを指さしていた。
「うるさいな、何が……って声が?」
 アルベルトは喉の辺りを撫で咳払いをしながら仲間を見渡した。その中に自分を見つけて面食らう。
「っっ!?」
 鏡だとは思わなかった。自分はあんな間の抜けた顔はしないからだ。自分を真似ているのだとしたらこれほどの侮辱はない。
「貴様、何者だ!?」
 アルベルトは声を張り上げ怒鳴りつけた。しかし今一つ迫力がでない。何故だ。この、おかしな声のせいか。いや、それだけではない。何故自分は自分を見上げている? そうしてアルベルトはゆっくり自分を振り返った。こんな服、着た覚えはないが見た記憶はある。マッティアが着ていたものだ。
「おいおいおい……」
 アルベルトの傍らでクラウディオが頬をひきつらせた。クラウディオらしからぬ口振りにアルベルトはわずかに後退った。嫌な予感がする。
「これはどういうことでしょう?」
 B・Bが言った。



 ▼



 ジルダの手鏡が9人の間を順に巡った。それぞれがそれぞれに内心で、或いは表にだして阿鼻叫喚。
 体格差についていけず周囲に体をぶつけまくるマッティアにアルベルトが怒鳴り散らした。よほど動揺しているようだ。いつもの冷静さは微塵もない。
 「動くな! 喋るな! 黙ってろ!」と言われ、床にのの字を書きいじけてみせるアルベルトの体をしたマッティアに、アルベルトが更にぶち切れた。
 その傍らでは妹のシレーナがビシッと自分を指さしながら怒鳴っていた。
「私の体に触るなぁ!!」
 シレーナの体を誰も殴れないことをいいことに、ラウロがその柔らかさなどを確認しようとていたのだ。セクハラ満載にジルダが呆れながらもラウロをホールドにかかる。
 B・Bがシレーナを気遣い、まぁまぁ、と宥めて優しく腰を抱いたが、いくら中身はシレーナでも髭面おやじでしかない外見に、更に自分が彼女を見上げるという図に複雑な気分になったらしい。若干笑顔をひきつらせていた。
「エロおやじがっ」
 毒吐くルカは、身長が30cm以上も縮んで見下ろしていたはずの養父を再び見上げることになり不機嫌極まりなかった。さらにイツカが自分の体ではしゃぎ回るのも気に入らなくて片隅で憤然としている。
 クラウディオは、チャラくシレーナの入っているラウロに迫り、一見ゲイのように見えなくもない自分の姿や、威厳もへったくれもなくなったボスの姿を見ていることが出来なくなって心頭滅却という名の現実逃避に出ようとした。
「クラウディオ、ちょっとこれなんとかしてよ!」
 ジルダの声に引き戻される。だが、ジルダの視線が自分に向いていないことに気づいてクラウディオは息をはいた。どうやら彼女は手近にいるB・Bに助けを求めているようだ。
「クラウディオ!!」
 再び呼ばれて「はい」とクラウディオはラウロの、というかシレーナの腕をとる。するとジルダは不思議そうに見上げて。
「あれ? え? あ、そうか」
 ようやく気付いたような顔で「そうよね」とクラウディオの体の方を振り返った。そうだ、クラウディオがあんなこと、するわけがないと気づいたようだ。ジルダがそっとこめかみを押さえる。
 クラウディオはついでにB・Bの首根っこをつかまえて、ラウロの体から自分を引きはがした。それにB・Bが不満をまくしたてる。
 場は喧々囂々、カオスは更に加速の一途となってしまった。もはや誰も止めるものはないのか。
 やがてラウロが建設的な言葉を口にした。
「騒いでもしゃーないけんね。元凶探そか?」
 まったくもって、その通りだった。



 ▼



 ジルダは改めて確認するように点呼をとった。
「えぇっと……アルベルト」
 それにマッティアが不愉快そうな顔で手を挙げる。普段なら悪友同士揶揄するところだがジルダはそれを飲み込んだ。ジロリと睨む目に全く迫力がなかったからだ。あまりにも気の毒すぎて。
「マッティア」
 するとアルベルトが手を挙げた。
「はいっス」
 人当たりのよくなったアルベルトの笑顔にジルダはそっと目頭を押さえて残りの6人を見た。
「ルカ」
「…………」
 返事はない。ただ、イツカがぷいっと、こちらも不愉快そうにそっぽを向いき、やれやれとシレーナが息を吐いていた。中身が入れ替わった人間の気持ちは中身が入れ替わった人間にしかわからないに違いない。
 ジルダはルカの体を振り返った。
「イツカ」
「はいっ! はーい! はーい!! ひゃっほー」
 いつもは無表情のルカが満面の笑顔で元気に飛び跳ねて手をあげた。イツカの体が何かボソッと呟く。黙れとか、ふざけるなとか、そんな感じの単語だ。中身の入れ替わった人間の気持ちは中身が入れ替わった人間でもわからない……こともあるだろう。
「で、シレーナとラウロ」
 ジルダの言葉に2人が頷く。
「クラウディオと、B・Bね」
 ジルダが2人を見やった。「はい」と片手をあげるB・Bに「ふぁーい」と軽い口調で返すクラウディオ。ジルダから見て、違和感はあるがこの2人が一番マシに思えた。それは本人もそう感じているようで。
「もしかして、俺、当たりじゃね?」
 などとクラウディオの中のB・Bが言う。
「そうでしょうね」
 クラウディオも請け負った。だが彼の内心は少し違う。言っても仕方のないことだが一番の当たりはジルダだと確信していた。
 しかし、B・Bやイツカを見ているとなんだかホッとさせられる。楽観すぎるかもしれないが、何とかなるような気がしてくるのだ。ただ、アルベルトやラウロを見ていると、目の毒や歩く公害にしか見えず、早く元に戻らなくてはと、クラウディオを焦らせるのも確かだった。
 とにもかくにも。
「どうしてこうなったんでしょう?」
 クラウディオは記憶を反芻してみた。
「あれじゃね? あの双頭の蛇のせいとか?」
 B・Bが言った。この建物に逃げ込むまでは何ともなかったのだ。しれがあの蛇に噛まれここに逃げ込んだらこうなっていたのである。
「同じ蛇に噛まれた同士ってことかねー?」
 ラウロが首を傾げた。
「そうするとジルダは!?」
 皆、一様にジルダを振り返る。
「今はまだ大丈夫なようだが、この先、その蛇が誰かを噛んだら……」
 その誰かと中身が入れ替わってしまうのでは。その指摘にジルダは無意識に後退る。
「ああ、それなら大丈夫だ」
 アルベルトが片手を挙げた。
「どうして?」
「俺が仕留めた」
 ジルダは安堵の息を吐いた。
「蛇に噛まれて入れ替わったならぁ、もう一度噛まれればいいんじゃないかなぁ?」
 我ながらナイスアイディアと言わんばかりの笑顔でイツカが言った。
 だが。
「言うのは簡単だがなぁ……あの双頭の蛇を探すのも大変だが、うまく互いを噛んだ蛇を見つけないと、今よりややこしいことになりかねないぞ?」
 8人は互いを見渡した。今よりややこしいこと。よしんば、あの4匹の蛇とは別の蛇を探したとしても、その蛇が別の誰かを既に噛んでいたら、それこそこの8人以外の全く見知らぬ第三者が混じって、もっと厄介なことになりうるのだ。
「…………」
 沈鬱な空気にラウロがのんびりとした口調で提案した。
「この建物を調査してみたらどうかねー?」
「そんな気分になれるか」
 アルベルトが珍しく吐き捨てる。
「依頼人は、この建物を跡形もなく消して欲しいって言ったんさ……それは何か隠したい秘密があるってことっちゃ?」
 ここへ訪れたそもそもの目的。それは、人里から遠く離れた山奥の誰も訪れないような場所に建っている、この廃屋を壊して欲しい、というものだった。だが、そもそも、こんな場所に建物が建っていること自体怪しいだろう。人の目を盗んで何かを隠していると考えてもおかしくない。
「その秘密にはおいたちが入れ替わったことと何か関係があるかもしれないさね」
「…………」
 ラウロが皆を励ますように言った。今は皆動揺の色が濃い。しかし何もせずこのままいたって元に戻れる保証な何もないのだ。ならば少しでも可能性のあることに賭けてみるべきである。
 すると。
「確かに、有効かもしれませんね」
 B・Bの顔に、クラウディオらしいいつもの柔和な笑みをのせて彼がラウロの後を押した。
「何?」
 振り返るアルベルトにクラウディオはそれを指差す。その先にあったのは、タペストリーの紋章。そこで初めてアルベルトは周囲を見渡した。いや、全員が、というべきか。誰もが、自分たちの変わりように意識を奪われ、視野を広げる余裕さえなかったのだと気づく。
 ダークグリーンのカーペットの敷かれた広いホール。豪奢なシャンデリア。無造作に飾られたアンティーク。目の前の1階へ上がる階段の突き当り、踊り場に飾られたタペストリーには双頭の蛇がデザインされていた。
「徒労に終わるかもしれませんが……」
「何か、あるかもしれねーってことだな」
 と、アルベルト。
「行くしかないっしょ」
 イツカも笑顔を取り戻す。
「建物は確か1階建てだったけど、地下があるようね」
 シレーナが階段を見やりながら言った。
「手分けしましょう」
 別段誰かが何かを言ったわけでもなかったが、何となく9人は3人づつの3チームに分かれた。
「ところでこれ、どうやって使うんだ?」
 思い出したようにB・Bがクラウディオを呼び止め、手の中でダーツを転がしてみせる。
「トラベルギアですか。それなら僕も、これを扱える自信はありませんね」
 クラウディオがB・Bのトラベルギアである三節棍を取り出した。
「確かに。聞いても使えなさそうだ」
 B・Bは肩を竦めて見せる。しかし廃屋とはいえ危険がないとも言い切れない。外のような蛇と出くわさないとも限らないのだ。武器がないのは何だか心もとない。
「お互い使い慣れたものを持つ方がいいでしょう」
 クラウディオはB・Bに三節棍を差し出した。
「それもそうだ」
 B・Bもクラウディオにダーツを渡す。
「そうだな」
 それを見ていた他の面々もそれぞれにトラベルギアを取り換えた。
「じゃぁ、私たちは1Fを」
 ジルダが言った。傍らには、シレーナとイツカ。
「じゃぁ、俺たちは地下を調べよう」
 アルベルトが言った。傍らには、クラウディオとマッティア。
「俺たちはGFだな」
 B・Bが肩を竦めた。傍らには、ラウロとルカ。

 捜索開始。





【2】

「何故かしら、漢の娘を連れて歩いている気分だわ」
 ジルダは階段を昇りながら疲れたように息を吐いた。従えているのはシレーナとイツカ。外見はラウロとルカだが、中身が女性であるため、仕草が女性的なのだ。どうにも内心で退いてしまう。
「ボス?」
 心配そうにシレーナがジルダの顔を覗き込んだ。ジルダは頬が引きつりそうになるのを堪えながら大丈夫よ、と笑みをこぼす。大変なのは入れ替わった者たちの方なのだから。
「なんでもないわ。この部屋から見てみましょう」
 階段を昇りきった廊下の一番手前の扉を開いた。
「誰かの部屋のようね」
 中はフローリングで壁は淡いピンク地に白い花柄のシンプルな壁紙に、勉強机、ベッド、本棚が並んでいる。ベッドの上にはくまのぬいぐるみが置いてあった。女の子の部屋のようだ。奥の扉を開くとシャワールームになっているらしい。洗面台があった。
「寄宿舎か何かだったのかしら?」
 シレーナが机の上に置きっぱなしになった本をとる。文字の大きさから小学生くらいの子供を思い浮かべた。
「もう随分使われていないようだけど」
「埃っぽいぃ」
 イツカが青いカーテンを開いて窓を開けようとした。
「こら、不用意に窓を開け……」
 あの蛇が入ってきたらどうするのかと諌めようとしたジルダが口を噤む。鉄格子のはめ込まれた窓に驚いたからだ。外から見た時は、蛇に気を取られて、そういえば外観をあまり見ている余裕がなかったのだと思い出す。拘置所、刑務所、そんな言葉が脳裏をよぎったが、室内の調度とはあまりに不釣り合いでジルダは戸惑った。
「クローゼットには服があって、机の中もそのまま。ここの住人はどうしちゃったのかしら?」
 クローゼットの中を開いていたシレーナが呟く。
「どうしちゃったって?」
「普通、引っ越したなら荷物は持っていくでしょ? 亡くなったにしても遺品は整理される? これじゃあ、まるで忽然といなくなってそのまま放置されたみたいで……」
「確かに……変ね」
 ジルダはちぐはぐなこの部屋を改めて見渡した。
 シレーナがクローゼットの奥に手を伸ばす。
「ノート?」
 パラパラとめくると冒頭に数字。それから文字が並んでいた。
「日記かしら?」
 ジルダはシレーナの横からそれを覗き込む。
「日付は……」
「この世界のカレンダーがわからないわね」
 首を横に振ってシレーナは日記を読み上げた。
「『私はイザベラ。私はイザベラ。私はイザベラ』……なにこれ?」
「この部屋の主はイザベラっていうのかしら?」
 ジルダの問いにシレーナは「さあ?」と肩を竦めつつ、更に日記のページをめくった。
「『私は今日、イザベラになる』」
「どういうことぉ?」
 聞いていたイツカが日記を覗き込んだ。日記はそれで終わっている。シレーナが日記をイツカに手渡すと、イツカが日記をめくり始めた。
「殆ど『私はイザベラ』しか書いてないよぉ」
「………」
 ジルダは得体の知れない何かがそこに蠢いているような気分に頭を振った。
「とにかく他の部屋も見てみましょう……ラウロじゃなくてシレーナ?」
 洗面台の前でじっとしているシレーナに気づいてジルダが声をかける。シレーナは鏡を凝視していた。自分の顎をそっと指でなぞりながら真剣な表情だ。あまりに真剣な姿にジルダが無意識に身構える。
「どうしたの?」
「髭……剃ってもいいと思う?」
 シレーナが言った。真顔で。ジルダは気が抜けるのを感じながら答えた。
「それはさすがにまずいんじゃない?」
 と、シレーナが「あら?」と背後を振り返る。背後というよりは部屋の入口の方だ。
「どうしたの?」
「今、あそこに……」
 シレーナは開きっぱなしになった扉の外に走り出た。
「シレーナ?」
「…………」
 何かを探すように廊下を見渡している。
「どうしたの?」
「女の子が立ってた」
「女の子? って……」
 ここは人里離れた山奥だ。それも廃屋だ。そんな場所に女の子がいるとはにわかに信じがたい。
「人形でも見間違えたんじゃないの?」
 そういえば、とジルダは思う。ラウロは新聞を読むときはいつも眼鏡をかけていた。実はあまり目がよくないのでは、ならば尚のこと見間違いも起こりうると思われた。
 だが。
「間違いなく女の子でした」
 シレーナはきっぱり言いきった。
「…………」



 ▼



「おかしい……」
 B・Bは玄関ロビーから続くカーペットの廊下を歩きながら呟いた。
「何がね?」
 ラウロが尋ねる。
「普段なら、女の子2人を連れてウハウハなはずなのに」
 B・Bの傍には、シレーナとイツカがいるのだ。だが、がに股で歩く彼女たちに、B・Bの心はいろいろ折れ曲がっていた。
「…………」
 ルカが舌打ちしながらそっぽを向く。
「やだ、B・Bったら、私のことそんな風に見てたの?」
 ラウロがしなを作った。
「!?」
 B・Bはがしっとその肩をつかむ。
「ラウロ、その声とその顔とその体でそういう事を言うんじゃありません!」
 今にも泣きそうな顔だ。
「なんだ? 溜まってんのか?」
 ルカが悪態を吐いた。
「ルカく~ん。その顔とその声とその体で、そんな下品な言葉、使っちゃいけないなぁ~」
 顔は笑顔だが口ほどに語る目は彼の複雑な心境をこれでもかと如実に表していた。
「ウゼェ」
 辟易とルカがB・Bから離れる。
「私、B・Bだったら……いいわよ」
 ラウロがB・Bを上目づかいに見上げてはにかんだように笑う。
「……っ!!」
 B・Bは声にならない声をあげて絶叫。それから疲れたようにその肩を掴んで、いたずら好きの子供を諭すような口調で訴えた
「頼むからラウロ、普通に喋ってくれないか……」
「いやさ、楽しくて、つい」
「つい、じゃねぇ!」
「ははは」
 どうやらラウロはこの状況を誰よりも受け入れ楽しみ、B・Bで遊んでいるらしい。
「戻ったら、一発殴らせろよ」
 地を這うような声音でB・Bが凄んでみせる。この体がシレーナのものでなかったら、今頃タコ殴りにしていたに違いない。
「イヤン、B・Bったら暴力的」
「っっ!!」
 そんな2人に呆れながらルカはさっさと目の前の扉に手を伸ばした。
「…………」
 両開きの扉を引くと、中には大きなテーブル。それからいくつもの椅子が並んでいた。テーブルに置かれた2つの花瓶の花はどちらも枯れている。
「ここは、食堂のようだな」
 後から入ってきたB・Bが言った。
「ざっと見て、20人くらいかねー?」
 ラウロがスタスタと奥へ入っていく。先ほどのお茶らけたそれは消え、今は真剣な眼差しを周囲に向けていた。油断ないマフィオーソの顔にルカは舌打ちしたくなる。
 配膳台の奥には厨房が広がっていた。
「…………」
 食堂に繋がる別のドアを開くとそちらは食糧庫のようだ。ここには特に目ぼしいものもなさそうで、3人は食堂を後にした。
「次は何が出るかな?」
 廊下を進んだ先の部屋の扉を開く。
 そこにはリビングのような空間の奥にいくつもの書棚が並んでいた。
「こっちは書庫か?」
 B・Bはずらりと並ぶ本の背表紙を眺めた。
「生体工学に遺伝子工学の本が並んでる」
「こっちは医学書が並んでるさ」
 と、シレーナの声、はラウロだ。
「こっちは黒魔術」
 ルカはそうして一冊をとった。挟まった栞のページを開く。
「何が書いてあるんね?」
 読みふけるというほどでもないが、ぼんやり字を追っていたルカにいつの間にそこにいたのかラウロが声をかけた。
「うるせぇ、クソオヤ……ヂ」
 面倒くさそうにそちらを睨んで、シレーナの姿に若干固まる。頭ではわかっていても慣れるものではない。
「おにーちゃんだっていつも……あ、今はおねーちゃんか」
 ラウロが微笑む。シレーナの顔で。そっと胸元を押さえながら。
「何、頬染めてんだ! 気色悪ぃ!!」
 ルカはラウロの肩を押しやった。
「そうだ! どさくさに紛れて胸押さえてんじゃねぇ!」
 B・Bも声をあげる。
「いやー、はっはっ、なかなか慣れんとね」
 ラウロが笑った。なんとも嘘くさく。
「あんたの腕は縛っといた方がよさそうだな」
 B・Bはどこかに手頃な紐はないかと辺りを見渡した。
「私を縛るの? B・B……」
 ラウロがB・Bを見上げて目を瞬いた。
「……だからその顔で冗談はやめろ」
「はっはっ、いやぁ“当たり”は、おいだったみたいさ」
「…………」



 ▼



「マッティア! お前は、動くな喋るな、余計なことはするな!!」
 地下に降りる狭い階段を下りながらアルベルトが怒鳴った。先ほどから、手すりに腕をぶつけては、痛い、だの、目測を誤ってはドアに激突したりなどしているマッティアによほど腹を据えかねたようである。マッティアがあちこちにぶつけまくっているのはアルベルトの体なのだ。
「…………」
 怒鳴られてマッティアは踊り場で蹲った。
「おい、何をしている?」
 イライラとアルベルトがマッティアを見下ろす。
「…………」
「動くなと言われたから、止まっているのではないですか?」
 クラウディオが代わりに答えた。
 アルベルトはマッティアを見やる。マッティアはチラリとアルベルトを見て頷いた。喋るなと言ったから喋らないのか。
「……わかった、前言は撤回してやるから、静かに従え」
 アルベルトはいろいろな感情を抑え込み飲み込んで、静かに言った。
「はいっス」
 マッティアが意気揚々と立ち上がる。嬉しそうに。
「……クラウディオ。俺は今すぐこいつの首を絞めたい気分だ」
 アルベルトの耳打ちにクラウディオは苦笑を滲ませながら小声で返した。
「中身はマッティアでも、体はボスですよ。今は堪えてください」
「わかっている」
 言ってみただけで本気ではない、アルベルトは深い深いため息を一つ吐き出して地下へと続く階段に再び足を進めたのだった。
 カーペットはなくビニール素材のラバーシートの敷かれた廊下を進む。壁は乳白色に統一されていた。まるで、何かの研究施設のようだ。だが、防犯カメラのようなものはない。立地から、その必要がなかったのか。それとも別の理由があるのか。
「この部屋は鍵がかかっていて、中には入れませんね」
 クラウディオが手近なドアの取っ手から手を放した。電子キーのようだ。それでふと気づく。この建物には電気が届いているのか。廃屋となった今も。
「中はかろうじて覗けるようだな。……こういうの見たことあるぞ」
 アルベルトが廊下のガラス張りから中を覗くと、そこには小さなベッドがいくつも並んでいた。
「新生児室のようですね」
「こっちは入れるみたいッス」
 マッティアが扉を開きながら2人を呼ぶ。
「勝手に動くなと言っただろ」
 窘めつつアルベルトはマッティアの後に続いた。
「これは……」
 見慣れぬ機材が並ぶ。だが、全くかといえばそうでもない。
「分娩台……ですか? ということはここは産婦人科か何かだったのでしょうか」
 クラウディオは書棚からカルテを見つけて広げてみた。少なくともここで出産が行われていたことは間違いないようだ。
「ってことは、上は病室か?」
「かもしれません」
 その可能性が非常に高いように思われた。
 分娩室を出て更に奥へと進む。その廊下の奥に、それは静かに立っていた。
「あれは、なんだ?」
 アルベルトは足を止め、それを凝視した。自分より、いやアルベルトの体より縦にも横にも3倍はありそうな巨体がそこにある。
「ゴーレムみたいですね」
 クラウディオが答えた。ゴーレムとは、主人の命令を忠実に聞く泥人形。それ自身には意思も感情もないことが多い。それ故に、邪悪というよりは、守り人のような存在だ。
 巨体が顔をあげ、うろんな瞳をこちらへ向けた。
「なんで、そんなものがこんなところにいるんスか?」
「さぁ?」
 アルベルトはとぼけて見せながらも既に走り出していた。彼には予感めいたものがあった。ゴーレムとやらが今も稼働中ということは、彼が守っている何かがその先にはある、ということだ。いわば、この廃屋に隠された『秘密』。自分たちの中身が入れ替わってしまったその『理由』が。
 こちらに気づいたゴーレムも得物である巨大な金棒を振り上げていた。アルベルトがいた場所を抉る。傍らにいた、マッティアは、誰かに引っ張られたように後ろに転がり難を逃れた。引っ張ったのはクラウディオである。
「巨体のくせに速いな」
 アルベルトは舌打ちしつつナックルダスターを両手にはめた。アルベルトのものとは大きさも太さも全く違うマッティアの指に、だがそれは思いのほか馴染む。それが彼のトラベルギアであるという証でもあるかのように。
 クラウディオがダーツを放った。それを操ろうとして、うまく操りきれないことに気づく。トラベルギアは精神に依存するが、法術は肉体の方に左右されるらしい。いや、肉体と精神の両方が合致していないと扱えないのかもしれない。何はともあれ今は使えないということだ。
 だが、別の何かによって足をとめたゴーレムにアルベルトが渾身の一撃を叩き込んだ。
「…………」
 十分に体重ののったパンチだ。ただし筋骨とは無縁なマッティアの体重である。アルベルトが普段繰り出すパンチより遥かに軽いだろうか。ところで、力には作用・反作用の性質がある。アルベルトの鍛え抜かれた体だからこそ、その反作用にも耐えうる事ができるのだ。要するに、大して重くもなかったのにアルベルトの放ったパンチに耐えるだけの筋力がマッティアの腕にはなかった。
「うぐぐっ……」
 腕が痺れて思わず唸った。
 ゴーレムは力任せに拘束をときにる。ゴーレムを縛り付けているのはマッティアのトラベルギア、伸縮自在のワイヤーであった。
 アルベルトはマッティアを振り返ると怒声をはりあげた。
「貴様! なんだこの貧弱な体はっ!!」
「ボス!?」
 ゴーレムにあっさり背を向けたアルベルトにクラウディオが慌てる。しかしアルベルトは大して気にした風もない。邪魔するなと言わんばかりにゴーレムを睨み付けただけである。
 刹那、ゴーレムの動きが止まった。
 もちろん、今のアルベルトには迫力のかけらもない。ついでに言えばゴーレムに心があるわけでもないのだから気圧されるということもないだろう。マッティアがワイヤーの本数を増やしたのだ。
 と、余談はさておき。
「もっと鍛えておけ!! これじゃぁ、まともに戦えないだろ!!」
「はあ……荒事は苦手なんっス」
 人には向き不向きというものがあるのだ。もちろん、マッティアが戦えないというわけではない。ただ、肉弾戦は彼の得意とするところではなかっただけである。掃除なら、ちょっとやそっとじゃ負けない自信があるのだが。
 怒鳴られて拗ねるマッティアにクラウディオは一つため息を吐いてアルベルトに提案した。
「一度、皆と合流しましょう」
「それは逃げるということか?」
「戦略的撤退というやつです」
 クラウディオの言葉にアルベルトはゴーレムを振り返った。確かにこの3人では撃破の決め手に欠けるだろう。それに、この奥に『秘密』があるなら、皆で進んだ方がいいに違いない。
「……わかった」
 不承不承アルベルトは頷いた。





【3】

 再び玄関ホールに集結する。
「黒魔術の本に栞が挟まっていて……どうやらここで中身を入れ替えるための研究をしていたことは確かなようだ」
 ルカが手にした本を皆の足元に投げるように置いてB・Bが言った。
「研究……ですか。地下は病院のようでした。てっきり産婦人科の病院か何かだと……」
 ただし、ただの病院ではない。だがゴーレムの話を続けようと思ったところで、B・Bはジルダの方に話を向けていた。
「そっちは?」
「上は……病室というよりは寄宿舎のようだったけど」
 ジルダは今一つ煮え切らない顔で続けた。
「部屋には鉄格子がかかっていたわ」
「鉄格子?」
 皆一様に顔を驚かせる。やはり、外にいた時は足元の蛇に意識が集中して気づかなかったのだろう。
「そういえば、GFの窓は全てはめ込みで、開閉出来ないタイプだったさ」
 ラウロが言った。いつの間に確認していたのかとルカが舌を巻く。
「それからシレーナが……」
 言いかけたジルダに、何かあったのかとB・Bは心配げにシレーナの肩を抱いた。優しい顔でその顔を覗き込む。ひげ面だろうと自分より背が高かろうとシレーナはシレーナだ。
「女の子を見たの」
 シレーナが言った。
「女の子?」
 オウム返すラウロにシレーナが頷いた。
「女の子って、こんなところに女の子がいたのか?」
 B・Bが尋ねる。やはりにわかには信じ難いらしい。
「B・Bも私が言うこと、信じられない?」
 シレーナがB・Bをまっすぐに見返した。たとえひげ面だろうとその瞳に宿っているのは紛れもなくシレーナの意思だ。
「もちろん、信じるよ」
「しかし、こんなところに女の子って……」
 クラウディオが不審げに建物を見渡す。廃屋なのに電気は今も通っている。確かめたわけではないが、水も通っているなら、人が住めないこともない。ただ、逃亡中の犯罪者がここに隠れ住んでいたとかならともかく、女の子というのが腑に落ちなかった。
 すると。
「女の子って、あの子っスか?」
 マッティアが言った。
「え?」
 マッティアの視線の先を追いかける。
 しかしそこにあるのは、女神の銅像があるだけだ。
「どこに女の子がいるんですかぁ?」
 尋ねたイツカにマッティアは首を傾げた。
「見えないっスか? まぁ、肉体はないみたいだからしょうがないッスけど」
 さらりとそんなことを言う。
「肉体は、ない?」
 クラウディオが確認するように尋ねた。
「それって、まさか……」
 B・Bが一つの可能性に頬を引きつらせる。
「でも、シレーナさんは見えたんスよね?」
「え? ……えぇ」
 確かに見た。しかし、直接的には見ていないことに気づく。
「鏡に映ってるのを……」
「鏡……そうか。マッティア! その子をこっちに連れてきて!」
 ジルダは、ロビーの端にあった立ち見鏡の前に立って手を振った。
「こっちよ!」
 マッティアはそんなジルダを見やり、それから女の子を見た。たまにこういうのが見えたりするが、話せるかどうかはまた別の話だ。
 恐る恐るマッティアは女の子に声をかけてみる。
「……おいで」
 女の子がゆっくりとマッティアに近づいた。声は届いているみたいだ。マッティアは女の子を鏡の前へと促した。
「…………」
 一同が鏡を覗き込む。
 鏡に女の子が映った。スカイブルーのワンピース、ハニーブロンドのウェイブのかかった長い髪、蒼い瞳の女の子。
「そうよ、この子!」
 シレーナが鏡を指さした。鏡に少女は映っているが、少女の立っていると思しき場所に少女の姿はない。
「あなた、名前は?」
 ジルダが鏡に向かって声をかけた。
 少しの間があってマッティアが答える。
「イザベラっていうそうっス」
「イザベラって、あの日記の!」
 イツカの声に少女は首を横に振った。
「日記? …とやらは彼女のスペアのエルザのものらしいッス」
「スペア?」
 マッティアの言にアルベルトがちゃんと通訳しろという顔で尋ねた。
「スペアは、スペアだそうッス」
 睨むアルベルトにマッティアの声が小さくなっていく。
「たとえば、病気になって臓器移植が必要になった時の……って」
 彼女の言葉を伝えていたマッティアがその言葉の意味に思わず少女をまじまじと見返していた。
「まさか!?」
 アルベルトが先を促すように語気を荒げた。
「ここでは、必ず一卵性の双子が生まれた……その片方がスペアに……なるッス」
「…………」
 誰もがその意味するところを悟って言葉を失った。
 それは、ただ生まれてくる順番がほんの少し違っただけの差でしかなかったに違いない。世の権力者たちが、自分たちの跡継ぎのために用意したスペア。必ず一卵性の双子が生まれたのは、そうなるように仕向けていたということだろう。
「なんか、もうその先は、わかった気がするわ……」
 ジルダは重たい息を吐いた。
「あの日記は……」
「さっきから、日記、日記って何だ?」
 アルベルトが要領を得ない顔でジルダを睨む。
「毎日綴られていたの。『私はイザベラ。私はイザベラ』って。そして、その日記の最後のページに……『今日、私はイザベラになる』って、あれはエルザって子の日記だった……」
「なっ……それって……」
「中身が入れ替わる研究が行われていたんでしょう?」
 たどり着く結論は一つしかない。
「スペアが、本体と入れ替わるための研究……だったのか」
 B・Bは置き去りにされた黒魔術の本を見やった。
「ああ……」
 ラウロは視線を落とす。
「スペアは、ただ、本体のためだけに生かされ、そして殺されるだけの自分の運命を呪いながらも、本体と入れ替わるための方法を探していたんですね」
 クラウディオは鏡の中に痛切な、それでいて優しい微笑みを向けた。
「そして、見つけたわけだ」
 ルカが本を拾う。
「その後、スペアと入れ替わった本体は?」
 その疑問には誰も答えなかった。イザベラも。
「…………」
 それは、想像に余りある。何も知らず知らされずただ自由に生きていた自分が、ある日突然自由を奪われ、自分のスペアになるのだ。
 ある者は発狂し、ある者は死を選び、ある者は呪い、ある者は……。
「ちょっと待って! 本体とスペアが入れ替わってしまったら、もう戻ることは出来ないの!? もう二度と戻ることは出来ないの!?」
 出来ないと言われてしまったら、自分たちはずっとこのままになってしまう。
 8人は鏡を見つめ、通訳たるマッティアの言葉を待った。
「戻ることは……」
 ごくりと生唾を飲み込む。本当は一瞬だったのかもしれないが、それはひどく長い時間のようにも思えた。
「出来るッス」
 マッティア自身、ホッとしたように笑みをこぼした。
「本当ですね!?」
 念を押すクラウディオにマッティアが気圧されたように頷く。それからチラリと少女に視線を馳せて続けた。
「ただ……」
「ただ、なんだ!? 焦らすな!」
 アルベルトが怒鳴った。
「さっきのゴーレムを倒さなければならないッス」
「ああ、なるほどな」
 アルベルトはあっさり納得した。
 スペアたちは当然、本体と入れ替わった後のことも考えていたのだろう。スペアの体に入ってしまった本体たちは、元に戻ろうと考え、入れ替わるための『方法』を求め地下へ降りるのだ。だから、彼らを近寄らせないために用意した。それが。
「あのゴーレムか……」
 だが、ゴーレムを見ていない他の6人は寝耳に水である。
「ゴーレムって何よ?」
 ジルダがアルベルトを睨んだ。
「ああ、地下にいたんだ。何かを守るようにして」
「聞いてないわよ」
「聞かれなかったからな」
 肩を竦めるアルベルトにジルダが怒りを露わにしているとクラウディオが割って入った。
「話すタイミングがなかっただけです」
 そこへおずおずとマッティアが声をかける。
「それと……装置が動くかどうかは賭けみたいッス」
 一同はマッティアを見て、それから本を手に佇むルカを見た。
「そこは大丈夫だろ」
 B・Bが請け負った。



 ▼



 9人は地下への階段を下りた。先導していたクラウディオが、ゴーレムの射程圏外ぎりぎりのところで足を止める。距離にして20mほどだ。
 巨体はただ静かにそこに佇んでいた。
「あれがゴーレム……」
 ジルダはそれをまじまじと見つめた。
「打たれ強そうだな」
 B・Bが舌を出す。泥人形なのだ。打たれ強いとかいうレベルでもあるまい。
「弱点は?」
 ジルダが誰にともなく尋ねた。
「諸説あるけど、結局、ゴーレムの核となる部分を破壊すればいいんじゃないかと思うっちゃ」
 ラウロが答えた。
「それ、どこ?」
「さぁ、どこさねぇ?」
 膨大な知識を持ってしても知りようのないことだった。このゴーレムを作った人間にしかわからないだろう。
「情けない話だが、この体ではどうすることも出来なかった」
 口惜しげなアルベルトの独白。
「…………」
 アルベルトの顛末が容易に想像できてルカがそっぽを向く。彼もイツカの腕力では自分のトラベルギアを持ち上げるのが精一杯だったからだ。もちろんトラベルギアは所有者の精神に依存し馴染む。しかし重さを失ったソードブレーカーではあらゆる意味で威力が落ちる。ゴーレム戦では戦力になれるとは思えなかった。
「私がいくわ」
 ジルダが言った。当然のように。彼女はこのメンバーの中で唯一、中身が入れ替わっていない。体格差によるズレなどを気にする必要もなく、特殊能力も使える。万全で臨めるのだ。
「あたしが援護するよぉ」
 イツカが言った。彼女の得物はライフルだ。それを扱うに際して身体能力はさほど問われるものでもない。スナイパーである以上動き回るわけでもないのだから、ルカの長身も大した問題にはならないだろう。スコープを覗けば視界の高さなど無関係になる。
「俺も行かなきゃ男じゃねーよな」
 B・Bが言った。クラウディオとは体格的にも筋力的にもさほど変わりはない。少し背が低くなってはいるがこれなら動けると判じたようだ。
「僕の体であることをお忘れなく」
 と釘を刺しながらクラウディオがB・Bの隣に並んだ。影が扱えない今、それほどの戦力になれないだろう自覚もあるが彼は彼なりに考えがあった。
 その傍らにはマッティアがいる。
「私もいく」
 シレーナが名乗りをあげた。ラウロの体は女性のそれより筋力もある。
「大丈夫か? 無理はしない方が」
 気遣うB・Bにシレーナは大丈夫よ、と微笑んだ。ひげ面親父じゃなかったら、B・Bはこっそり息を吐く。
「おいも行……」
「ダメ!」
 言いかけたラウロの言葉を2つの声が遮った。
「私の体よ!」とは、シレーナ。
「シレーナの体に傷でも付ける気か!?」とは、B・Bである。
「おいの体はいいんかねー?」
「もちろん」
 2人は異口同音で答えた。
「…………」
「ルカ、セクハラおやじ、ちゃんと見張っとけよ」
 B・Bの命令に舌打ちしながらルカがラウロの背後にまわった。了解の意だ。
「じゃぁ、行きますか」
 言うが早いかB・Bは床を蹴る。
 迎えうつ構えのゴーレムにマッティアの錘が走った。
「足止めに集中してください」
 クラウディオの声にマッティアは慌てて指を引いた。ワイヤーはゴーレムの足元に絡みつきその足を止める。
 振り上げられた金棒がB・Bを襲った。だがそれはわずかにB・Bをそれる。彼が避けたわけではない。
 ゴーレムの腕にクラウディオのダーツが突き刺さっていた。それが振り下ろされた金棒の軌道を変えていたのだ。力に力で抑えつけようとすればかえってこちらの消耗が激しくなる。いくらアルベルトの体を纏っているとはいえ、長期戦になれば、マッティアがもたないと判じたのだ。そもそも、ワイヤーは絶妙な力加減でゴーレムを止めている。強く引けばゴーレムを切ってしまうだろう、泥で出来たゴーレムは切れた先から再生してしまうに違いない。だが、弱ければ、止めることも出来ないのだ。
 ゴーレムは腕に刺さったダーツを気にも止めず再び金棒を振り上げた。
「なるほど!」
 影は操れないがダーツに糸を付けていたクラウディオがそれでダーツを再び手元に引き戻す。
 だが次の攻撃には間に合わない。
「それなら任せて!」
 ジルダの声。振り下ろされたゴーレムの金棒はB・Bを捉えられない。
 ジルダの髪が巧みにその軌道をずらしたのだ。
 ゴーレムの懐に飛び込んだB・Bが三節棍をゴーレムの胸元、人で言うなら心臓の部分に叩き込む。
「ここかっ!!」
 三節棍は綺麗な弧を描いて、一番先の棍がゴーレムの胸を突き破った。しかし開いた穴はパラパラと土を零しただけだ。
「ちっ、はずれか」
 間髪入れずゴーレムが金棒を一閃する。
「どいて!!」
 ジルダの声に今度は床を蹴ってB・Bが間合いを開けた。
 その時には既にジルダの四丁拳銃が火を噴いている。その威力に大きく仰け反り穴をあけるゴーレムに、ジルダは銃弾を重ねながら声をあげた。
「イツカ!」
「ぶっとべぇ~!!」
 イツカのライフルがゴーレムの額を貫く。
 だが、ゴーレムは倒れる気配がない。
 その首をシレーナの投げたナイフが切り裂いて、一瞬動きを止めたが崩れた土がまるで生きているかのように集まりゴーレムの体を再生し始めた。
「核はどこだ!?」
「わからない」
「めんどくせぇー。全部燃やしたくなってきた」
 などと喚き散らしているB・Bに再びゴーレムの金棒が振り下ろされる。
「わっ!?」
 ぎりぎりで金棒は軌道を大きく変えた。
 ゴーレムの腕に一撃を食らわしたのはアルベルトだった。さすがに見ていられなくなったらしい。
「よそ見をしている余裕はないぞ」
 と笑うアルベルトに感謝の意を目だけで返してB・Bは再び三節棍を握りしめた。
「B・B、左肩さ!!」
 ラウロの呼びかけに走りだす。
 勢い余って床にめりこんだ金棒を抜こうとあがくゴーレムの腕を駆け上がり飛んだ。
「ここだな!!」
 六角棍を力いっぱい突き立てる。
 それを後押しするように、イツカのライフルが、ジルダの拳銃が、シレーナのナイフが、クラウディオのダーツが、ラウロのフラッグ・ポイがゴーレムの左腕を襲った。
 文字通り粉砕。
 ゴーレムの左腕を肩から粉砕する。
 すると、ゴーレムはぼろぼろと崩れ落ち、そこに土山を作った。





【4】

 ゴーレムを倒し、更に地下に降りたところにそれはあった。
 中身を入れ替える方法を見つけたスペアたちは、自分たちの体を使って実験し、元に戻ったのだ。双頭蛇を使った入れ替わりは、この装置を更に進化させ遠隔的に行えるようにしたものだったらしい。 
 双頭蛇の屍骸が残っていたが、いくつかのケージは壊れていた。ゴーレムは中に入ろうとするものに対しては容赦なかったが、中から出ていくものには無頓着だったのだろう。ただ、資料を見る限り、蛇はこの建物を中心に描かれた魔法陣の外には出られなかったようだ。
「どうだ、ルカ。使えそうか?」
「…………」
 ルカは無言を返して、黙々と装置に向かっていた。
 皆の期待が自分に向かっている。ルカもそれに応えたい。もとより自分も早く元の体に戻りたいのだ。タイムリミットは刻一刻と迫っていた。人の生理現象とは気合いだけでどうにかするには限界がある。
 しかし、機械との親和性を発揮する肉体はイツカが握っていた。ルカは取り敢えず自分の持つ知識を結集して、それらしいスイッチを順にオンにしてみた。
 装置がウィーンと音をたて起動し始める。中身を入れ替えるらしい2つのポッドが開いた。
 それを見たB・Bが名乗りをあげる。
「よし、俺が入る!」
 だが、ルカはその腕を掴んで自分が入ろうとした。それからイツカを睨み付けて、もう一方に入れとばかりに目くばせする。
「おいおい、どうするんだよ」
「Enterキー」
 それだけ言ってルカはポッドに入った。
 イツカもポッドに入る。
「やれやれ」
 ラウロが肩を竦めてEnterキーを押した。
 ポッドの中を光が包み込む。
 程なくして光が止むと自動でポッドが開いた。
 固唾を呑んで皆が見守る。
 ぐったりした面持ちでルカが出てきた。失敗か、と一瞬嫌な空気が流れたが。
「顔が……痛い」 
 ぼそりとルカが呟いた。普段使われない表情筋をたっぷりイツカに使われ顔面が筋肉痛のようになったらしい。
「わーい! 戻りましたぁー」
 イツカが元気にポッドから出てくる。
「あたしこんなに小さかったっけぇ?」
 首を傾げるイツカに誰もが安堵した。
「よし、俺たちも戻るぞ」
 と言いながら、B・Bはレディーファーストとばかりにシレーナを促した。最初に自分がと名乗りを上げたのは、早く戻りたいというより自分で試してくれ、という意味合いが強かったようである。
 元の体に戻ったルカが再び制御パネルの前に立った。そっと触れる。それだけで伝わってくる。さっきはよく動かせたな、と我ながら感心しながらルカは装置を再稼働させた。
 ポッドの中へと促す。
 シレーナとラウロが入った。
 そして、アルベルトとマッティア、最後にB・Bとクラウディオの順で元に戻った。



 ▼



 人里離れた山奥の建物は跡形もなく消えた。
 建物があった場所を背に、そういえば、とB・Bが尋ねる。
「どうしてゴーレムの弱点が左肩ってわかったんだ?」
「内緒」
 ラウロが楽しそうに答える。
「内緒は秘密ね」
 それにB・Bがムッとしているとルカがぼそりと言った。
「ダーツ」
「種明かししちゃったら楽しくないさね」
 ラウロが言うのを無視してB・Bはルカの顔を覗き込む。何かを知ってそうだ。だが、ルカはそっぽを向いただけでそれ以上説明する気はないらしい。
 それでB・Bはクラウディオに声をかけた。ダーツといえばクラウディオだろう、案の定クラウディオはさらりと答えた。
「どこに投げても歯牙にもかけなかったのに、左肩に投げた時だけ嫌がったんですよ」
「そうだったのか」
 いつの間にとは思わなかった。ただ、なるほど、と納得するB・Bにラウロは残念そうにルカを睨んでいた。
 その後ろにアルベルトとジルダが続く。
「確か、この依頼人の名前って……」
「エルザ、だろ?」
「そう……よね」
 どこか腑に落ちない顔でジルダが俯く。エルザはスペアだった子だ。そして、本体であるイザベラと入れ替わった子だ。そのエルザがあの建物を壊して欲しいと望んだ。まるで過去を消すように。
「あの建物をあのままにしておくべきだったと思うか?」
 そう問われるとジルダは複雑な気分になった。スペアと入れ替わった本体の子供たちはどうなったのだろう。
「…………」
「スペアを作るなんてものは壊しちまった方がいいに決まってる」
 アルベルトが言った。
「確かに、そうね」
 ジルダもそれで吹っ切れた。そうだ。入れ替わった云々よりも、その根本となったスペアなんてシステムの方が問題なのだ。あれを壊したことは間違っていない。
 それからアルベルトの顔を見る。
「でも、ぷぷぷ……あなたの面白いものが見られたわね」
「はぁ?」
「いぢけたり、拗ねたり?」
「あれは俺じゃねぇ!」
 それでも、姿はアルベルトだったのだ。今となっては笑い話である。ジルダはアルベルトの顔を見ながら可笑しそうに笑いをかみ殺した。
「いい加減にしろ!」
 更にその後ろを、イツカとマッティアとシレーナが並んで歩いていた。
「あの建物、本当に灰にしちゃってよかったのかなぁ?」
 イツカがジルダのような疑問を口にする。しかしこちらはもっと単純だ。中身が入れ替わって、戻りたいと思っている人は他にもいないのだろうか。
「イザベラは大丈夫って言ってたッス」
 マッティアが言った。
「そういえば、彼女は?」
 シレーナがきょろきょろと辺りを見回した。とはいえ、元々見える質でもない。
「あの建物の地縛霊だったみたいッスよ」
 あの廃屋に捕らわれて動けなくなっていたようだ、とマッティアが話す。
「じゃぁ、無事、成仏出来たんだね!」
 イツカが嬉しそうに言ったが、マッティアは首を横に振った。
「いや、彼女は死んでないッスよ?」
「へ?」
「入れ替わったエルザはもう一度イザベラと入れ替わろうとしたんス。でも、それに失敗した」
「もう一度入れ替わろうと?」
「スペアなんてシステムは忌むべきものだけど、それにイザベラは関係ないと気づいたんッスね」
「…………」
 だからエルザはもう一度入れ替わり、イザベラを助けようとした。だが、それに失敗し、イザベラの中身があの廃屋に捕らわれてしまっていたということか。
「ここに、元本体だった人々が誰もいなかったのは、エルザがここの人たちを解放するよう働きかけたからみたいッスよ」
「じゃぁ、イザベラは?」
「彼女を縛っていたものがなくなったんスから、自分の体に戻ったんス」
 イザベラの肉体はまだ生きていたのだ。シレーナとイツカは顔を見合わせ笑みをこぼした。
「よかった」



 ▼



 少女はゆっくりと目を開けた。
 病院のベッドで。
「イザベラ!」
 自分と同じ顔をした女性が自分を見下ろしている。彼女は随分と歳を重ねていた。
「……エルザ」
「よかった。目を覚ましたのね」
 自分を抱きしめてエルザが言った。
「ありがとう……ごめんなさい」


 ―――もう、大丈夫。




■大団円■

クリエイターコメントオファーありがとうございました!

楽しんで書かせていただきました。
キャライメージなど、壊していない事を祈りつつ。
楽しんでいただければ嬉しいです。
公開日時2011-09-22(木) 23:30

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル