『レッデェェェェェーーーーースエーーンジェントゥルメェェェーーーーーン!!!』 レンタルショップと書かれた看板の下で、赤と青の派手なストライプの一張羅に赤の蝶ネクタイを付けた手乗りサイズのウサギのフォログラムが、マイクを片手に呼び込みをしている。 世界司書アドルフ・ヴェルナーが作った発明品の一つ、頭に乗せるだけで“シャイな貴方もこれで安心! 思考を勝手に垂れ流してくれるシャベラビット――時々思考と違うことを喋るのがたまに傷”である。 ちなみに現在は誰の頭の上にないが人工知能が暴走してしゃべっている。『いらっしゃあああああああああああああああい、キサちぁあああああああああああああん!! レンタルショップ【Z.M.A.(零世界マッドサイエンティスト協会)】にようこそおおおおおおおおおお! 今日は一日、ここで力いっぱい科学をまなんで、キミもまっとさいえんてぃすとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおのなかまいりだよぉおおおおおおおおおおおお』 う、うわぁ。すげぇ熱烈歓迎はいいけど、マッドサイエンティストになってどうするんだよ てか、アドルフさん、七夕に世界のみんながマッドサイエンティストになりますように、とか書いてたもんなぁ ロストナンバーたちがこそこそとしゃべる傍らではキサが目をきらきらさせている。 いけない、なんか、いろんなマッドな世界に興味をもってる! キサ、だめよ。帰っておいで! 本日のお題「自由研究」にゼロ世界のマッドサイエンティストの申し子・アドルフ・ウェルナーが担当となので彼の資金繰りに困っているお店――レンタルショップ【Z.M.A.】に来たのだ。 ドアが開くと「おお、来たか! お主たちを待っておったぞ!」「アドルフさん! 今日は一日お願いします! ええっとね、アドルフさんのお店で、いっぱい研究されてる品を見て、キサ、いっぱい科学に触れます! それが本日の宿題の自由研究です!」「おお、キサ! そうか、そうか、お主はいいマッドサイエンティストになれるぞ! では、さっそく店の品を見るとよいぞ!」「はぁい! そういえば、トラベルギアって、これって、アドルフさんの発明?」「む。違うぞ。いや、しかし、トラベルギアもまた発明の一つ! それに興味を持ち、知りたいか、よしよし。トラベルギアのパワーを増やす発明があるぞ。試してみるか」「おー!」 ……アドルフさんってさ、確かレーザービーム砲とかファージホイホイとか目からビーム義眼なんていう失敗作なかったけ 花なんかを閉じ込める冷凍スプレーや花火打ち上げてたレイルガンは成功してたよな? あと悪の戦闘員服とか てか、この店、どんなものが他に置いてあるんだ……キサ、頼むから、へんなものに触るなよ、試そうとか思うよ、なぁ!「さぁさぁ、お主たちも! 力いっぱい科学に触れるがよい!」『さぁ、おまえらぁあああ地獄の門はひらいてるぜぇええ!』 ……うわぁ。
「……うわぁ」 シャベラビットに導かれてレンタルショップ【Z.M.A.(零世界マッドサイエンティスト協会)】のドアをくぐった黒豹が擬人化したようなエク・シュヴァイスの顔はあからさまに曇った。 その横にいる藤色のシンプルなベスト姿のシュマイト・ハーケズヤはむすっとした顔をした。 「前々からアドルフの発明には言いたいことはあったが……」 「シュマイトさん、どうしたの? みてみて、すごい、すごいね」 「っいやいや! ちょっと待て待つんだキサ、ストップ!」 「ふえ?」 意気揚々と奥に進もうとするキサの肩をがしっと必死の形相でエクは掴んだ。 女性嫌いで傍にいるのもびくびくするエクであるが、キサは見た目はともかく中身は完全に子どもなので平気だ。それにキサの保護に関わって、ターミナルでもあれこれと世話を焼いて今は住まいを同じくしているのでもう家族。キサは可愛い娘と言っても過言ではない。まだ結婚もしてない、チェリーボーイ(理沙子さんより提供情報)と噂のくせに父性発揮してどうする、エクよ。などなどのつっこみは端っこに置いておいて 「お前の勉強熱心なところは素直に賞賛する。力の使い方は勿論、店の手伝いなども積極的に学ぶ姿勢は素晴らしいものだ。おしべやめしべなんてのは年齢的に早い気がするがまあいずれ、というのもあるし目を瞑る。満員電車とか、そもそもインヤンガイに電車、鉄道があるのかというツッコミも置いておこう!」 キサのお勉強については本人から嬉々として報告を受けていた。団欒の食事時だし、キサはがんばっているから褒めてやりたいが、それ以上に毎回内容になにやってんだ司書と突っ込みが常に飛んでいた。 「だがしかし……だがしかしッ!」 くわっとエクは牙を剥く。 「なぜ数多にある自由研究の課題にマッドサイエンティストという項目を選んだ!? なぜひまわりやあさがおの観察日記みたいな平和的な課題をスルーしたんだ!?」 まったくもってその通りである。 普通子どもの自由研究といったら可愛いところで朝顔の成長、ちょっと凝ったところで蝉の標本作りとかではないのか? キサ、お前、どういう成長してるんだ。 「だってー、それ時間かかるもん」 「時間かかるもんってお前」 「知識はね、知らないことを得るためにあるんだよ、エク! マッドサイエンティストの知識はあんまりないんだもん!」 きらきらと無垢なキサの笑顔にエクはその場に崩れた。 つまりキサがこの自由研究にしたのは欠片の知識として不足しているからという理由。 子どもは好奇心旺盛というが、どう考えても欠片の知識欲が関わっている気がなくもない。いや、かかわっている。 「くっ、これも欠片の影響か……世界図書館めェ……」 眉間に太い皺を三本ほど刻んでエクは唸り上げる。おのれ、チャイ=ブレめ! 幼いキサに無駄な好奇心(もともと持っていたんだよ、キサが)にたきつけるように知識欲を与え!(知識おいしいです)――なんか、どっかから不愉快な電波をキャッチしたのはあえて無視しようとエクは決めた。ああ、うん、あれは深淵から囁きなんかじゃない。ただの空耳だ。うん。 「まぁ、落ち着け」 「うっ。シュマイト」 声をかけられたエクはびくっと震える。シュマイトはエクの反応に美しい片眉をぴくりと持ち上げたが何も言いはしなかったし、あえて近かないだけの優しさはあった。 『おんなのここわいぜぇえええ、うわぁん、こわいこわいこわい、ちかづくぐえ』 「うるさい、黙れ、この兎が」 「ごほん。いいかな? 科学に触れるということ自体をわたしは賞賛したい。科学は興味を持って接すれば得るものはある」 「……確かに、そうだが……ここでいいのか、その知識を得るのが」 「……」 「お主ら、なんじゃ、その失礼な言葉は! まるでこの店の発明品は害があるかのような言い方をしよって」 エクとシュマイトの視線は「あるだろう、確実に、害が」と語っている。 『ここの商品はぁああああしんじられねぇぜぇえええ』 「む、むむむ、シャベラビットまで……!」 「ドクター、下の倉庫の掃除終わりました……ってお客さん!? いらっしゃいませ、ZMAへようこそ! ZMAではレンタル会員、賛助会員も随時募集中……ってキサ? やべぇ、今日依頼の日だった?」 店の奥から出てきた白衣の坂上健はキサ、シュマイト、エクの姿を見てあっちゃーと顔をしかめて頭をかいた。 「わりぃ、ここのバイトですっかり忘れてた」 「ばいと? お仕事のことね? キサのことは気にしないで、お仕事のほうが大切だから」 キサはにこりと微笑んだ。 「そっか。ありがとな。え、バイト歴? もう3年くらいやってるなぁ」 「すごい長いんですね!」 キサが目を丸めると健は照れ笑いする。 「稼ぐよりレンタル費用で消える方が多いけどな。トンファーライフルの代金を返し終わったのも1年近くかかったな」 「とんふぁーらいふる?」 「ああ、戦争映画に出てくるような無敵ヒーローに憧れて、中距離の敵をSMGで薙ぎ払って近距離の敵をトンファーで殴り倒すってのがやりたかったけど、強度に問題があってさ。銃身もロングレンジライフルにしかならなかったんで結局箱入りの案になったなぁ」 健の説明にキサはついていけずにハテナマークを頭いっぱいに浮かべて首を傾げるが語りだしたオタクはとまらない。そっと健はトラベルギアのトンファーを差し出した。 「これをさ」 「キサ、とりあえず行くぞ。武器オタクの話を聞いていたら日が暮れて勉強が進まないぞ」 一応、保護者として突っ込みどころは多くともキサのやりたいことには付き合うつもりのエクは冷徹だ。 「おおい、ここからだぜ、本題は!?」 「そんな一部のコアな人間しかわからないことにキサがついていけるはずないだろう!」 「そんなことないぜ!? あ、ところでキサが壊した分はエクにつけときゃいいのか? エクは理沙子さんのナイトなんだろ? 理沙子の娘のキサも間接的にナイトだよな?」 「なんで、キサがものを壊す前提で話が進んでるんだ!?」 「だって、キサだしなぁ」 「なっ、キサはいろいろと勉強したんだ。ものを壊したりはもうあんまり、しないぞ!」 ない、と断言できないのが悲しいところだが。だって昨日、夕飯の後片付けのときに皿を壊したな。キサ。 「ま、保障としてさ」 「いいだろう! 俺が責任をとってやる!」 「まいどー!」 「あ」 キサの間抜けな声がしてエクと健は振り返った。 棚にある馬の形をしたなにかの発明品を手に取ったのだが、その首がとれて茫然としている。――キサ! 早々にものを壊してどうする! 『これはもとからはずれるんだぜええええ。くっつければなおるんだぜぇえええ』 「うむ。頭だけ取り外し可能なのか」 ぽむっとキサの手の頭をとって元に戻すシュマイト。その姿にキサははぁとため息をつくがエクも尻尾を垂れさせて嘆息した。心臓に悪い。 「ほら、やっぱり保障は必要じゃねえか」 「……っ、キサ、不用意にものに触るんじゃないぞ!」 財布をぎゅうと握りしめてエクは覚悟を決めてキサを信じることに決めた。 「そういやシュマイトは色々発明してるよな? どうせならZMAの賛助会員にならない? 月報で新作案内とか出るぜ? いい刺激になるんじゃないか?」 商品を紹介もそうだが購入、会員入会をすすめるのにも健は余念がない。そうしたら自分のバイト代が入るからだ。 「ここの発明品についてじっくりアドルフと話し合わなくてはいけない気持ちになるのだが」 「む。なんじゃ、ここの発明品はいいものばかりじゃろう」 「七夕のときも思ったが、じっくりと話す余地がありそうだな。わたしとキミは」 ばちりっと同じ発明家として譲れない諸々を抱えるシュマイトとアドルフの間で火花が散った。 「シュマイトさん、アドルフさんと話していて楽しそう~。キサもいっぱいがんばって調べないと!なに、これ?」 「キサ、なんでも手にと……なんで手榴弾があるんだふつーに!」 「えい」 キサは躊躇わずピンをはずした。 爆発する! エクは全身の毛を逆立て、せめて、キサを守ろうと腕をのばして懐に抱きしめた。 ぱぁん! 予想するダメージはないかわりにひらひらとなにかが鼻に落ちる。みると花吹雪が舞っている。 「パーティー用なんだ、すごーい」 『げらげらげら! すげーだろう、いいだろおおおおおお! おおおおおおおおおびびっちっゃたかーいいいい、こねこちゃああああん』 ぷちん。(エクの切れてはいけない血管が切れた音) かちゃっと懐に収めた拳銃を無言で手にすると、発砲した。 『うお、ぎゃ、ちょ、お、へいへい、おおおおおお、こさっくこさっくうううううだんすだんすううううちょっとおおおおお! らんしゃはんたぁああああい』 月色の瞳は血を欲する獣のようにぎらつき、シャベラビットの哀れなダンスと床にあけた穴を見下ろす。ぐりぐりとその額に銃口を押し当てる。 「いいか貴様、キサの身に傷一つでも付けてみろ……その時は貴様を始め、科学者もろともアニメに出てくるチーズみたいに蜂の巣にした上でぐしゃりと蹴り潰した後、その残骸を地獄の門に放り込んでやるからな……ッ!」 え、これエクだっけ? むしろ、インヤンガイのまだらの狼と謳われるマフィアのハワードが乗り移ってない? 『うおおおおおおおおおおおおおおおい、おれさまぴぃいいいいいいいいいん、キサちゃんたすけてぇええええええって、べつのところみてるよおおおおおおおおお』 シャベラビットがキサに助けを求めたが キサはすでにシュマイトとともに別の発明品に夢中であった。シャベラビットはぎらぎらと殺気を漂わせるエクと対峙する。 ――合掌。 「こっちの棚にあるものはみんな安全だぜ。興味あったらいってくれよ? 狂科学って面白いけど、その世界の常識とのせめぎあいって部分はあると思う。だからターミナルでは使えても他の世界じゃうまく機能しなかったりとかな。キサもここで狂科学の神髄学んでいくといいぞ」 健がにこにこと笑うのにキサはこくんと頷いた。 「ありがとう。坂上さん、えーと、シュマイトさん?」 なぜか棚の一角を見てシュマイトが硬直しているのにキサは近づいた。 「こ、これは」 シュマイトは淡い唇から零れる震える声、シルクの手袋に包まれた手でそれをとった。 一見、大き目の懐中電灯のそれに書かれてあるのは『豊胸マシン』――光を胸に当てると大きくなるようである。 ごっくりとシュマイトは喉を鳴らす。 「……興味がある」 「お胸のため?」 「そ、そういう意味ではない! こ、このわたしですら、まともな効果を出せなかった機械を……ハッ! いや、その作った理由も効果が出なかった仔細についても聞くな。キサにはまだ早い」 「えー。キサも大きくなりたい。やってやって!」 「うっ……まぁ、何事も試してみることからだな」 ぱっ――ライトアップ☆ 「おおー、おっきくなった!」 「なぬ!?」 シュマイトが声をあげるほどにキサの胸はぷるんと大きくなっていく。ああ、まるでプリン? メロンみたい。 「……な、な、なっ、わたしですら作れなかったものを完成させている、だと……!」 「すごーい、すごーい」 いろんな意味で敗北感を抱えてがっくりと肩を落とすシュマイトにたいして胸が大きくなったキサは嬉しくて飛び跳ねる。 それを女性恐怖症のエクは硬直したまま見守り、健としてはぜひ購入しないかなぁという視線を向けた。そんな男二名は女性陣からちゃんと距離をとっている。こういう微妙な乙女の領域に男性がはいっていってもロクな目に合うことがない。 「これ、男の人もお胸大きくなるのかなぁ、ねぇねえエク!」 「やめろ! キサ、俺に向けるなぁ!」 『げらげらげらげらげら! ライトの効果はぁあああああああああ1日だよぉおおおおお、きさちゃあああああん、びびっとあびせてやれぇえええ』 「らびっとおおおお! お前だけは壊すっっ!?」 「ちょ、待て、待てよ、エク!?」 「キサ、あまり遊ば……こ、これは」 シュマイトは再び棚にあるキャンディの詰まった瓶を見て硬直した。瓶には『セガノビール』と貼られている。このそのまんますぎる名前のセンス、どうにかしろよと突っ込みどころ満載だがシュマイトはそれどころではない。 「し、身長まで……!」 実はひそかに身長が低いことを気にしてヒールのある靴を履いているシュマイトとしては見逃せない品だ。 「わぁ。おもしろい! 食べてみようよ」 「これはキサには必要なかろう? わたしよりも身長があるんだ」 「ううん。チャレンジ! ぱく」 キサはなんの躊躇いもなくキャンディを一個食べると、その身長が――いや、脚がほっそりと長く、くびれも出来ている。 「……っ!」 シュマイト、もう言葉もない。 『はぁはぁ、おいかけやがってぇえええ! へへ、店のなかで迷子になってなああああ! きさちゃあん、だったらこれもどうだぁあああ!! 『フロムフェイス・トゥフェイス』!! 顔立ちがかわっちゃうぜぇ!』 化粧水らしいそれを、ぎらぎら殺意を垂れ流すエクから見事逃亡したシャベラビットが差し出すのにシュマイトは目を細めた。ここまでくると、もうのるしかあるまい。 「キサは、幼いのと大人ぽい顔立ちどっちがいいかね?」 「大人ぽいの! ぜひ、使うよね! わーい」 キサはまたまた、なんの躊躇いもなく化粧水を使用すると、ふっくらと丸みのある顔から余分な肉が落ちてすっきりとした顔立ちになっていく。 『よっしゃああああ、仕上げはこれだぁあああ! 『おしゃれシミュレーター』だああああ!』 一見カメラのようだが、それにはいくつもの服のデータがはいっていて撮ると一時だけ選んだ服に変われるというものだ。シャベラビットがシャッターを切るとキサの姿はピンクのふりふりのドレスに変わった。 「服を着た姿をシミュレートするのか、これなら良い……っ、なぜロリータ―系しかないのだ」 カメラのなかに収められているデータを見て呆れるシュマイトはちらりとキサを見る。 確実に発明品を使って可愛さ、女らしさ、その他いろいろなものがステップアップしている。 「っ……もういい。なぜこの店には乙女のコンプレックスを刺激する品ばかり置いてあるのだ」 ぷいっと顔を反らすシュマイトの手をそっとキサがとった。 「シュマイトさんも、使おうよ」 「キサ、しかし、わたしは」 「キサ、シュマイトさんの変わったのも見たい。ね、いいでしょ? ほら、宿題の、商品を使用した個人の比較データがいるの、ねっ!」 「……仕方、あるまい」 キサに手を引かれてシュマイトはため息をついた。 「く、シャベラビット、殺す。絶対殺って、キサ、その姿は!」 「落ち着けよ。エクって、お、すげー!」 シャベラビットを追いかけるエクと商品を壊されてはたまらない健は一緒に店のなかを移動して、ようやく戻ってきたのに可愛くなったキサは笑顔で出迎える。 「あ、エク、どう? かわいい?」 「……よせ、くるな。よるな」 エクは蒼白な顔で後ろに下がるのにキサはがーんとショックを受ける。 「なんで!?」 「なんでそんな女らしい姿なんだ!」 「女らしいとはなんだ。キサは女性だぞ。エク」 「だって、キサはこど……!?」 反論しようとしたエクは言葉をなくした。 そこに立つのは海色のドレスに身を包ませた女性だった。 百六十ほどのすらりとした背丈、ふくよかな胸とくびれ、ほっそりとした顔立ちは女性らしさが漂い、春色の唇、長い睫毛に空色の知的な光を宿した瞳。 十九歳という年齢よりやや上に見える外見のシュマイトだ。 「わたしも、発明品を少し、キサがどうしてもというのでな」 エクはふるふると震えて後ろに下がる。 キサは子どもだし、シュマイトは見た目が年齢よりも幼い雰囲気があって平気だったがこうなるととてもではないが無理だ。 「もう、エクったら、なによ、その反応」 「お前、俺が女性が苦手なの知っているだろう!?」 「ぶー」 見た目は可愛らしくなっているが仕草はいつものキサなのにエクはなんとか踏みとどまった。 「へー。すげーじゃん。どうだこれ買って」 「わたしも発明家として、これくらいは作って見せるぞ。……キサ、楽しかったか?」 「うん!」 キサの輝く笑顔にシュマイトは目を慈愛深く細めた。こうして喜んでくれる人がいる、それは発明家にとって嬉しいことだ。 「そうか。キサ、発明というものは、誰かに求められるためのものだと知っておいてほしい。これらを使うことで生活が便利になったり悩みが解消されたりする。そこに発明の使命はあると思う。これらの発明は求める者がいるはずだ」 だからアドルフの発明品の数々を見るとつい眉根を寄せてしまうが、彼には彼なりの発明への使命があるのだろう。たぶん、きっと。 今日の、これについては認めてやってもいい。 「発明はなにをどう求めるかも無論、問題となってくる。わたしは自分の作った発明品が他者を傷つけるために使用されたくない。それは、きっとアドルフも同じだと思う。キサはこれからもいろんな技術に触れるチャンスがあるはずだ。そのとき、目の前にあるものが誰になぜ求められているかの問いかけは忘れずにいてほしい」 目を真っ直ぐに見つめてシュマイトが優しい微笑とともに告げるのにキサはこくんと頷いた。 「シュマイトさん、うん、わかった! キサね、ちょっと、発明についてわかった気がする。それはシュマイトさんのおかげだよ」 「そういってもらえて、よかった。さて、少し疲れただろう。お茶を」 『おいえええええええええええええええええい! お茶なら、ここに、ぐうたらめいどろぼっとがあるぜぇえええええええええええええ』 「……なぜ、ぐうたら、それになんとなくハイユを思い出す姿をしているんだ?」 う、ううぃいいんと四角の鉄メイド(白いエプロン着用)がごとごとと動いて、店の端にあるテーブルに案内すると口からあたたかな紅茶、胸部からミルク、おなかから焼きたてのケーキを出してきた。 「見た目には、いろいろと文句はあるが、味は申し分ないな」 「俺はバイト中だけど食べていい? やったー、いだたきまーす! うおー、うめー」 健が嬉しそうに食べているのにキサももぐもぐとケーキを食べつつ、ちらりとエクを見る。 「あのね、エクの銃、触ってもいい?」 「俺の?」 こくこくとキサは頷く。その目は純粋な興味に満ちている。一瞬、だめだ、と言いそうになったがそれだと学びには繋がらない。 「いいぞ」 「やった!」 エクの声にキサはぱっと笑って、いそいそと近づいてエクの手のなかにある拳銃を手に取ると興味津々に見つめる。 「パパも、これ、いっぱいもってるの、記憶してるよ。シュマイトさんは発明には意味があるって、エクのこれも発明品?」 「ハワードはどういう仕掛けか知らないが、大量の銃を所有していたな」 あれは下手したら人外だ人外。そう思いつつ、シュマイトの発明の言葉に感銘を受けて、銃についても知りたいと思ったらしいキサにエクは言葉を選んでしゃべった。 「これは俺以外には撃てないように安全装置は俺だけしか解けないようにしてある」 「どうやってとくの?」 「聞いてどうする」 エクはキサの額にデコピンを軽く放った。 「……義眼のセンサーで解くんだ。だから俺にしか解けない。シュマイトが口にしたみたいに便利を求めた発明のなかには誰かを傷つけるものもある。それが武器だ。これは誰かを傷つけるものだ。キサ、お前には不要なものであってほしいと俺は思う」 「エク?」 「誰も傷つけないに越したことはないんだ、キサ」 エクの真剣な視線にキサははにかんだ。 「私も、そう思う。それを教えてくれたのは、エクのおかげ。みんなのおかげだよ」 エクが慈愛深く微笑むのにキサはいそいそと鞄からノートを取り出した。 「よーし、お勉強の成果を書かなくちゃ」 「今からか?」 「そうだよ! あっ! ここの道具を使ったら、お勉強なんてちょちょいのちょいだよ!」 「それならすらすら文章書けるくんとかあるぜ? レンタル料はなんとたったの」 「待て、健。勉強でずるするものをススメてどうするんだ!」 「そうだぞ。キサ、わたしも手伝うからゆっくりと書いていこう、今日の成果を」 エクとシュマイトの言葉にキサは舌をちろりと出して悪戯ぽく笑った。
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